種間競争

 ベッドへ仰向けになると、天井で小さな蚊蜻蛉がバウンドしていた。 
 ぶつかっては跳ね返り、ぶつかっては跳ね返りを幾度となく繰り返す。天井を突き破って外に出るつもりらしい。薄氷のような羽根は羽ばたくだけで破れそうで、縫い糸のような脚はひょこひょこと月面を蹴るかのよう。羽衣で硬い岩を削るみたいだ、と私は思った。
 劫を待つこと無く数分。蚊蜻蛉は、ぴたりと動かなくなった。自分が途方も無いことをしていると悟ったのだろう、足を投げ出し、天井にへばりついている。返しのついた足先はざらざらとした天井材の珪藻土に食い込んでいた。動きの止まった蚊蜻蛉をじっと見つめるうちに、私はいつのまにかうつらうつらした。
 数十分くらい眠っていただろうか。目を開けると天井で、相変わらず蚊蜻蛉がじっとしていた。ははん、これは体力の温存をしているんだな、と寝起きの妙に冴えた私の直感が働いた。花の蜜など吸えない家の中では、当然活動に必要なエネルギーを補給できない。洗面台にもよく蛾や羽虫がじっとしているが、彼らも同様の理由であろう。脱出をあきらめた蚊蜻蛉は最初こそ呆然としていた。しかし、生きるため、体力を保つために小さな頭脳(比喩としての)を一生懸命に働かせ、じっとするという選択を取ったのである。何という生への執着心であろうか!
 私は、横になったままナイトテーブルの引き出しを引っ張ると、文房具やらなんやらから輪ゴムを一つ取り出した。左手の親指にそれを引っ掛け、垂れ下がった方を右手に持ち、そのままゆっくりときつく引き絞る。天井へ向けて右手を離し、一閃。私は私の生存本能を守った。

種間競争

種間競争

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-04

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