本懐への瞳

神は死んだ、神を信じる私も死んだ。残ったのは神すらも信じない空虚だけだ

誰の声ももう、私の心は理解のあるそれではなくなった。
その瞬間、人は死に。違う私へと成り代わるのだ。
本当の私はとうの昔に死んだ。
人々が涙する私への思いはすべて、私が作りだした。誰かを騙すための自分であり、自分を殺した自分なのだった。
その言葉に皆、耳を貸すな。そう言えるはずもなく、いつからだろうか、皆の言う「私」という存在は、「私」ではなくなっていた。
今言った、その言葉でさえも、貴方には、違う私とでしか捉えられず、本当の私であるということを信じようとしないのだろう。
私を、私だと信じないだろう。
珈琲を淹れた、マグカップの縁に層ができてゆく。
作られた仮面を、人々は「美人」と評するこの苦痛は何だったのか。それを恥と知ったのは、いつの事だろうか。偽りに偽りを重ね、私はただ虚構に作られた夢の街を彷徨うのだった。
過ぎゆく明日が、恋しくなったり、恐ろしいものになったり。もう本当の私を知るのは、明日と昨日だけになってしまった。
明るくなってゆく、嗚呼、今日も恋しくも恐ろしい昨日へと変わってしまう。
どうしようもなく、またどうすることもできなかった。
人を、誰かをどうにかするだなんて、不可能なことに過ぎなかったのだ。
その、皆が私の心に向ける懐疑に、もう私は憔悴するしかないのだ。
それ故に、そんな私を救う、虚偽の自分自身を作り上げ、作り上げられた自我を壊すのはどれほどまでに虚言的なものなのだろうか。
そう、死と言うのは、この世で一番優しい噓なのだ。
他人の色に侵食されても、平気でいるための優しい呪文なのだ。

どれほどまでに辛く苦しくても平気でいられる方法がある。
それは自分自身が自分自身ではないと、違う自分自身に殺された違う自分だと思いこむことだ。

本懐への瞳

本懐への瞳

神は死んだ、神を信じる私も死んだ。残ったのは神すらも信じない違う自分だけだ。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-03

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