草片神社

草片文庫(くさびらぶんこ)

草片神社

児童茸小説です。


 雨が三日も降り続いた。
 雨が止んだ次の日の朝、少年はいつものようにランドセルを背負って家を出た。
 坂を下って、熊野神社に入り、階段を下りていくと、階段脇の小笹が生い茂った中にたくさんの網笠茸が顔を出していた。
 小学校の帰りに採ろうと、少年の顔が思わず綻んだ。誰にも見つかりませんように、少年は祈った。

 三時になると、勇んで帰ってきた少年は、熊の神社の石段の脇で一塊になって生えている網笠茸の中の一つに手を伸ばした。
 その時、網笠茸は少年の指からするっと逃げて、脇に移動してしまった。
 おやと思った少年は、隣の網笠茸に手を伸ばした。その網笠茸もするりと動いて逃げてしまった。

 三本目に手を伸ばしてもやはり同じように逃げていく。逃げた網笠茸は、斜面から少年の方を向いて揺れている。何か言いたそうだ。
 少年がまた手を伸ばそうとすると、今度はそこらに生えていた網笠茸が土の中から飛び出すと、小笹の中をぞろぞろと斜面登り始めた。少年も一緒になって石段を登りった。
 神社の入口に到達した網笠茸は、一列になって神社の鳥居をくぐり、社の中に入っていく。
 少年も追いかけていって、賽銭箱のところから社の中をのぞいた。社の中を覗くのは初めてだ。
 社の中の奥には、大きな丸い鏡が置いてある。何かが写って入るようだがよく見えない。
 網笠茸たちが床の上で輪になって揺れている。
 茸たちが輪の真ん中に向かって頭を下げた。それを合図に、網笠茸たちは輪になったまま前に進み始めた。やがて鏡の前で歩みを止めた。
 少年が目を丸くして見ていると、鏡が真っ赤に光った。
 赤い光が輪になった網笠茸たちの真ん中に差し込むと、光の中から真っ赤な大きな網笠茸が飛び出してきた
 真っ赤な網笠茸は網笠茸たちの前で、ぐずぐずと赤い玉になった。
 あれ、と見ている間に、赤い玉は空に浮かぶと、回りの網笠茸の上に飛び乗り、ぎゅうと押した。乗っかられた網笠茸は平べったくつぶれた。
 平らにつぶされた網笠茸はくるくると回り始め、丸まり始めた。
 網笠茸がみんなボールになると、赤い大きな網笠茸も、ぐずっとつぶれて回りだし真っ赤なボールになった。
 赤いボールを先頭にほかのボールたちも転がりだし、社の扉が開いて外に出てきた。ボールたちは少年の目の前を転がって、階段を下りると、あうんの狛犬の口の中に飛び込んで消えていってしまった。
 少年は狛犬の口の中をのぞいてみた。口の中でワサワサとボールたちの動く音がしばらく聞こえていたが、やがて静かになった。
 もう日が沈もうとしている。あたりは薄暗くなってきた。
 逢魔が時だ。
 少年はあわてて境内から出ると、家に走っていった。少年の家は神社のすぐそばである。
 家に帰ると、キッチンに行き、見たことをみんな母親に話した。
 「神社でうたた寝でもしたんじゃないの、夢見たのねー」
 母親は流しの前で夕ご飯の用意をしている。
 「そんなことないよ」
 少年はランドセルをキッチンのテーブルに置いた。
 「あの神社は草片神社というの、草片は茸のことよ、昔、頭のいい茸がいてね、このあたりにいた鬼たちを、狛犬と一緒に懲らしめたのだそうよ、それで、あの神社はくさびら神社と呼ばれるようになったのよ」
 母親は卵を溶いていた。
 少年はランドセルを逆さまにして、ノートと教科書をテーブルの上にだした。
 「あれ」
 少年が不思議そうな顔をした。教科書の後から、網笠茸が後から後から転がり出てきた。テーブルの上に積み上がった網笠茸の中に真っ赤なものが一つあった。
 お母さんが流しから振り返って言った。
 「神社に生えていたのね、茸を採っていたのじゃない、ずい分たくさん生えていたのね、だから遅くなったのでしょう、網笠茸はとっても美味しいのよ」
 お母さんは籠をもってきて茸を入れると流しにもっていった。
 「この茸はね、バターでさーっと炒めてもおいしいの。今日はオムレツにしようと思っていたの、この茸も入れましょうね、でもご飯までまだ時間があるから、ちょっと炒めてあげるわね。宿題しながら食べなさい」
 お母さんは網笠茸を水で洗うと、丁寧に水気をとって、半分に切ると、塩をちょっと振って、バターでさーっと炒めた。
 茸を白い皿に載せると、少年の目の前にもってきた。
「ほら、ちょっと食べてみて、おいしいわよ」
 少年は箸をとると、一つとって食べてみた。
 口の中で網笠茸が飛び上がった。少年はくちゃくちゃと噛んだ。外国の香がして、おいしい汁が舌の上に広がった。
 お母さんも網笠茸をつまんだ。
 「美味しいじゃない、こんなにたくさんよく生えていたわね」
 とまた台所に戻った。
 「うん」
 少年は算数の教科書を開きながら、どうして狛犬の口の中に入った茸たちが、ランドセルに入っていたのか考えていた。
 狛犬はランドセルなのかなあ。
 少年はきらいな算数の教科書を開いた。
 888+188=
 少年は皿の上に赤い茸が半分になって炒められているのに気がついた。
 それを箸で摘んで口に運んだ。
 赤い網笠茸は少年の口の中で、ジューっといって溶けた。
 赤い網笠茸のもう半分を口に入れた。今度は飛び跳ねるようにして口の中で暴れたので、少年は口をもぐもぐさせて噛み砕いた。とてもいい香がして、飲み込むと咽がだんだん温かくなり、ほーっと少年はため息をついた。
 教科書に目を落すと、小さな網笠茸たちが888の上で押し競饅頭をしていた。188の上では踊っていた。みていると888と188の上の茸たちはおっかけっこを始めると、イコールの後に集まった。そこで網笠茸たちは整列をした。敬礼、一つの網笠茸が声を上げると、網笠茸たちは少年に向かって頭を下げた。直れ、声が聞こえると、網笠茸は一斉に頭を上げた。
 その時、少年の目にはイコールの後に1076という数字が見えた。
 少年はあわてて、ノートを取り出すと、888+188は1076と書いた。
 次の問題は999+199だった、その数字の上でも茸たちが踊り始め、イコールの後に集まって、少年の目に1198が見えた。少年はノートに書いた。
 教科書を見ると、数字の上で小さな網笠茸たちは押し競饅頭をしたり、踊ったり、かけっこをして遊んでいた。そして、イコールの後で少年にお辞儀をして数字に変わった。
 ノートに、今日の宿題の答が次々と書かれていった。
 気がつくと、お母さんが覗き込んでいた。
 「すごいね、計算が速くなったわね」
 少年も自分の書いたノートを見て驚いた、今日の宿題が終わっていた。
 「みんなあっているわね」
 お母さんは微笑んだ。
 
 次の日、ランドセルを背負って神社の階段を下りていこうとすると、網笠茸の子供たちがたくさん頭を持ち上げていた。
 「数学の問題てつだってくれてありがとう」
少年は網笠茸の子供たちに頭を下げた。
 その日、学校からの帰り道、やっぱり網笠茸はみんな大きくなっていた。
 「また宿題手伝って」
 少年は網笠茸にそういうと、手を伸ばして採ろうとした。そのとたん、網笠茸はパーッと走り出すと、一目散に神社の社の中に入ってしまった。
 少年はきっと、丸くなってボールになるのだろうと社の中を覗いてみると、網笠茸はひとつもいなくなっていた。
 少年の顔が、社の鏡に映った。
 あ、自分が映っていると思ったとたん、少年は鏡の中にはいってしまった。社の格子の戸から外が見える。
 どこかの小父さんが賽銭箱にお金を投げ入れて、縄を引っ張って鈴を鳴らした。自分の悪くなった足が良くなりますようにとお祈りをして、片足を引きずって帰っていった。
 目の前に網笠茸がたくさん現れた。
 網笠茸は丸くなって、真ん中に向かってお辞儀をすると、少年の方に向かって歩いて来た。
 鏡が光ると、少年が網笠茸の輪っこの真ん中に転がった。
 網笠茸が少年に向かって、あっかんべをした。ように見えた。少年が立ち上がると、網笠茸が少年を真ん中にして押し競饅頭をした。
 そのまま、社から外にでると、少年を押して、道をすすんでいった。
 家のドアが開くと、お母さんが顔を出して、「遅かったわね、また熊野神社で遊んでいたの」と少年を中に入れた。
 少年が周りを見ると網笠茸はもういなかった。
 キッチンのテーブルにランドセルの中の物を出すと、たくさんの網笠茸がでてきた。
 「また、採ってきたの、それにしても今年はたくさん生えたのね」
 とお母さんは、網笠茸を流しのところに持っていくと、水道水で洗った。
 「今日はクリームシチュウよ、網笠茸を入れましょうね」
 と、網笠茸を半分に切ると、牛肉やにんじん、ジャガイモと一緒に煮た。
 少年は、テーブルの上で宿題帖を開いた。数学の問題は999+1010だった。昨日のように茸が現れるのかと思って、少年は待っていた。しかし、いくら待っても現れなかった。
 何で昨日は助けてくれたのだろう。少年は考えた。しかしいくら考えてもその理由はわからなかった。わかったのはああいったうまいことはそうないということだった。それで、何とか自分で計算をした。
 お母さんが覗き込んだ。
 「一つ間違ってるわよ、でもあとは大丈夫、よくできるようになったね」
 と言って、皿の上のクリームシチュウの味見をするように言った。網笠茸が一つ載っている。とてもおいしい。
 「あのくさびら神社はいつからあるの」
 「大昔からのようよ」
 「いつまで網笠茸は生えるのかな」
 「どうでしょう、茸は温度と湿度と光と風と、それによって生えるか生えないか決まるのよ」
 「難しいんだね」
 「そう、去年は網笠茸は生えていなかったでしょう」
 少年はそういえばそうだと思った。
 「神社の神様が決めてるんじゃないんだ」
 「そうね、それも少しあるかもしれないわね」
 網笠茸のクリームシチュウはとても美味しかった。
 「網笠茸には、とても美味しいアミノ酸が入っているのよ」
 「今日ね、草片神社の中の鏡の中に閉じ込められちゃった」
 「何かしたのでしょう」
 「しないよ、網笠茸に宿題手伝ってって言っただけ」
 「あら、それがいけないことなのよ」
 「でも昨日は手伝ってくれたんだ」
 「どうやって、たくさんの網笠茸が数字を示してくれたんだよ」
 「それはね、網笠茸じゃなくて、あなたの頭の中に計算をする力があることを教えてくれたのよ、それで、これからは自分で考えなさいって」
 「そうか、あの神社の網笠茸はえらいんだね、校長先生みたいだ」
 「よかったわね、もし、また生えていたら、美味しくいただきますって言って採るのよ、そうすると、網笠茸も喜ぶのよ」
 「うん」
 少年は次の日、熊野神社の石段の脇に網笠茸が一つだけ生えているのに気がついた。帰り道に採ろうと思っていたのだけど、学校から帰って来た時にはもうなかった。
 「また来年生えてきてよ」
 少年は草片神社の社に行くと、手を合わせてそうお願いした。

草片神社

草片神社

神社に生えたアミガサタケをとろうとした少年、アミガサタケが逃げ出したのでびっくり。児童小説です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-04-02

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