肉体の慟哭

 よろこびの歌がきこえる、しらないけれど、かわいらしい女の子と、男の子の声が、光の線となり、おなじ方向にからみあって、進んでゆくみたいに。それは、あれ。未来、などという不確かな、けれども、まぶしいと想われる存在にむかっているようで、ちょっと、こわいんだ。きぼう、という言葉には、切れ味のよいナイフが隠されていて、最低限の傷で、痛みもなく、深くまで開かれる気がしている。ぼくの、やわらかいところを。夜。もう、ここには、朝は来ないのだと、神さまは云った。どこかに行ってしまったから、とおいどこかへ、夜だけはいまも、きみたちのそばにいるのだと、神さまは、お告げみたいに云った。恋をするうえで、だれかを愛するうえで、たとえば、ぼくときみが幸せになることで、不幸におちいるひとがいるのは道理なのだと、みんなが幸せになれるわけがないんだと、さいきん読んだ本がおしえてくれて、でも、不幸になるひとは決して悪人ではなくて、ふつう(しかし、ふつうって、ひどく乱暴でいて、たいそう便利な言葉だ)に生きていて、せいいっぱい生きていて、あたりまえのようにだれかを好きになって、つまりは、幸不幸はいつでも紙一重であるのだということ。しわくちゃのシーツをつかんで、くるしくて、ないて、きみの重みを感じて、その瞬間だけが、ぼくを、にんげんたらしめる。一生、夜でよかった。

肉体の慟哭

肉体の慟哭

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-04-01

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