結木叶多

 昔から、いじめられていた。物言わず、内気で、泣き虫だった。それがいじめっ子に、つけ入るスキを作ってしまったのだった。小学校1年生のときに、クラスでイケてる奴らのリーダー、鎌田さとるが僕を標的にしてからというもの、鎌田とその取り巻きで自分をいじめるようになっていた。当時は、勉強も、運動もできなかったから、ちょうどいいはけ口として扱われたのだろう。
 おそらく、世間一般でいじめと認識されていることは一通り受けた。無視され、陰口を叩かれ、暴言を吐かれ、ものを取られたり、机に落書きされたり、殴られたり、蹴られたり。最初は学校の先生たちも、鎌田達を叱っていた。しかしその都度いじめはひどくなり、もう手を付けられないと、さじを投げてしまった。親は本当に最初の方で解決したと思いこんでいて、エリートコースに乗せるため、日々勉強勉強と言ってくる。しかしそれも、小3で弟が産まれてくるまでだった。そこからは両親ともに弟を可愛がり、自分は見向きもされなくなってしまった。
 そんな、どうしようもない日々に、自分の心がすり減っていくのを感じた。でも、そのすり減った心を修復できるほど、もう心に余裕は無かった。
 そんな自分が中学生3年生になった頃、変化が起きる。
 この頃の自分はというと、テストでは学年全体で200人ほどいる中で、10位台から20位台と上位の方を取れるようになっていたし、運動も前よりかはできるようになっていた。でも、どれだけ勉強したところで、もとから頭のいいやつには敵わず、自分で望んでなったものでもないので、さして嬉しくはなかった。
 それに、中学生になっても相変わらずいじめは続いていた。いじめてくるやつから逃げるように、僕は読書にのめり込んだ。学校の図書室だけが自分の聖域だった。全員が一度は入る委員会も図書委員会に入り、自分の空間というものを作り上げていた。
 そんなある日の放課後、教室内で読んでもらうため、図書室から自分の教室に何冊か本を運んでいたときのこと。階段を登っていると前から鎌田が降りてきた。出頭のことであったが、あいつはその一瞬で何かを思いついたらしく、フッ、と意地の悪い笑みを浮かべると、
「おーっと、ごめんよ~」
 そう、わざとらしい口調で言いながら、自分の体にあたってきた。こいつと自分の体を比べると、かなり体格に差がある。自分はどちらかといえば痩せ気味だが、こいつは真逆で、同年代と比べると、かなり太っている方だった。そんな体格差で衝突、しかも向こうは勢いをつけてあたってくるのだ。当然自分は弾き返さえれてしまった。幸いなことに、自分はまだ階段を二段登っただけだったので、尻もちはついたものの、まだ許容範囲内の痛みだった。しかし、その拍子で手に持っていた本を落としてしまった。鎌田は落ちた本を足でどけながらこちらに寄り、しゃがんだ。本を足で扱うとは、そう思うと、ふつふつと怒りが湧くのを感じた。しかし、
「あ〜、悪〜い。でもさ、お前が突然出てきたのがわりぃじゃん。謝れよ〜ほら」
 と催促しだす。何を言っているんだろうか、こいつは。そう思いもしたが、前にも似たようなことが起こり、拒否したときのことを思い出した。その時は問答無用で殴り飛ばされたんだった。今回もまた拒否したら殴られるか蹴られるか、どちらにしろ、こちらが傷つく未来が見えていた。しかし今は、本をぞんざいに扱ったやつに、謝る必要などあるのかという点が、心のなかで主張を強めている。
 決めかねているとあいつが、しびれを切らしたかのようにまくしたててくる。
「お前、俺に謝らないとはいい度胸じゃねぇか。じゃあ制裁だな。歯ぁ食いしばれよ!!」
 そう言って殴ろうと手を上げた、そのとき、
「あっ、友樹くんいたー」
 まさに、救世主の登場だった。長い夜闇のような黒髪をなびかせ、丸く優しい目元、小さい鼻、細い唇の持ち主で、大和撫子を具現化したようなその細身の女子は、自分のところに歩みよると、
「大丈夫?」
 そう言って手を差し伸べてきた。自分が半ば驚いたように見ていると、鎌田が、
「えぇっと・・・藤咲・・・さん?なんでここに?」
「委員会が終わって、図書室内の整理が終わったから、鍵を職員室に返しに行こうとしてたんだけど・・・、そういう鎌田くんは何してるの?」
「えっ、えっ・・・と・・・、いや〜帰ろうとしたらちょうど立川とぶつかっちゃって・・・」
「そうなんだ。ここは私が片付けておくから早く帰りな」
「あ・・・ありがとう。じゃあ・・・おねがいします」
 そう言うと鎌田は、自分を睨みつけながら階段を降りていった。鎌田が見えなくなると彼女は、
「友樹くん、大丈夫だった?」
 そう問いかけてきた。
「あ・・・あぁ、ありがとう藤咲さん」
 藤咲陽香。自分と同じクラスの図書委員で、自分とは正反対の、簡単に言えば人気者。控えめだが、それでいて明るく、人当たりの良い性格とそのルックスが相まって、学年の男子に一番好かれている女子だ。実際、誰々に告白された、というような噂をいくつも聞く。
 普通、そうなると他の女子からは妬まれがちだが、藤咲さんは基本的にどの女子とも仲良くしている。その、誰とでも分け隔てなく接する点も、男子に好かれる理由の一つだろう。現にこうして、自分に手を差し伸べている。これも初めてのことではない。最初に図書委員になったときも普通に話しかけてくれた。その時は正直驚いたが、今では唯一、まだまともに話せる女子だ。なぜか他の人に呼ぶのとは違って自分は名前で呼ばれるが。
「鎌田くん、ひどいね。本を蹴るなんて。それに友樹くんに向かって手を上げたし」
「いいよ僕のことは。いつものことだし」
「それじゃあ、いくらなんでも君が・・・」
本当に、藤咲さんは優しい。ここまで気にかけてくれるとは。みんなから好かれるわけだ。でも…
「いいんだよこれで・・・それより鍵返して来るんじゃなかったの?」
「そうだけど・・・、じゃあその本もいくつかもってこうか?」
「いいよこれくらい、軽いから。早く鍵返して帰りな」
 本を拾いながらそう言うと、4階の自分の教室に向かうべく階段を駆け上がった。
 なぜ自分は、人の厚意を素直に受け取れないのだろう?自然と湧いた疑問に自分で答える。
 本当はすがりたいはずなのに、頼りたいはずなのに、助けてもらいたいはずなのに。それができないのはきっと、騙されたときが怖いからだ。頼って、信じた先に裏切られたとき、そのときこそ本当に自分が壊れてしまいそうで、そうなるのが怖いから、自分は心を閉ざした。挙句の果てに、藤咲さんの純然な厚意も断ってしまう。そんな自分を自覚してまた嫌いになる。自分の長所を見つけるよりも、短所を見つけるほうが、簡単なのだ。
 そんなことを考えながら、教室の後方にあるスペースに本を置いて整理していく。するとふと、窓から外の景色が見えた。空は夕焼けに染まって、感傷的な気分に否が応でもさせてくる。下のグラウンドを見ると、部活がもう終わっているので、人影はなかった。風を浴びたくなり、ドアを開けてベランダに出る。
 西から吹いてくる風は、怖いくらいに心地よかった。どうしてこうも穏やかなのだろう。風を浴びて、赤く染まった空を見ていると、不思議と心が落ち着いてきた。心が落ち着いて、今悩んでいるものが、不思議とどうでも良くなってきた。風にのって旅するあの雲のように、自然に還れたら、どれだけ楽なことか。下の地面はアスファルト、校舎の4階であるここは地面から高さ9~10メートルほど。この高さから飛び降りれば、よっぽど死ねるだろう。
 いっそもう、飛び降りてしまおうか。死んだところで悲しんでくれる人など、自分にはいない。親は、自分にかかる費用が無くなる、もしかしたら保険金が支払われて喜ぶかもしれない。いや、確かできなかったな。あの家族が得しなければ何でもいいか。学校の教師達は3年間ほったらかしにしてきた事が大騒ぎになって慌てるだろう。鎌田達は、自分達の犯した罪で、人が一人死んだことを一生抱えて生きていくことになる。誰にしろ、今まで見て見ぬ振りをしてきたことを後悔するなら、それだけでも死んだかいがあるのだろう。
 しかしここで、一つの疑問がふと浮かんだ。
 藤咲さんなら、自分が死んだら泣いてくれるだろうか?あの心優しい人ならあるいは・・・、
 そんな思いにすかさず首を横にふる。いくらなんでも、自意識過剰なのではないか?さすがの藤咲さんも、自分が死だら悲しんでくれるとは思うが、泣きはしないだろう。それに、藤咲さんを泣かせたとあれば、いよいよ自分も終わりだ。その時点で死んではいるのだが、自分のいない後の同窓会でなんと言われるかわからない。
 そこまで考えてふと気づく。
 なぜ自分は、ここまで藤咲さんのことを考えてしまうのだろう?こうして藤咲さんのことを考えると、なんだか胸の奥が締め付けられ、しだいに熱くなる。そして気づく。
 そうか、自分は藤咲さんが好きなんだ。
 恋愛は今まで全くしてこなかった。いや、してこなかったんじゃない、できなかったんだ。鎌田達にいじめられて、周りの人間全員が敵に見えて、どこかで自分のことを悪く言っているんじゃないかと思うと、女子にも恋愛感情を抱かなかった。
 それでも藤咲さんは、初めて自分に優しく接してくれて、藤咲さんと話していると、自然と自分の心が溶けていくのを感じるようになった。自覚してないだけで、いつのまにか好きになっていたらしい。でもやはり、こんな自分に好かれてしまっては、藤咲さんも迷惑だろう。だから・・・、
「ごめんね、藤咲さん」
 そう呟いて、ベランダの手すりに、ぐっ、と力を入れ、身を乗り出した。その時、
「友樹くん??」
「藤咲さん!?」
 教室のドアが開いて藤咲さんが入ってくる。半ば叫んだような声になったが、だいぶ前のめりになっていた体をもとに戻し、藤咲さんの方に向き直る。
「まだ帰ってなかったの?」
「いや、どうせなら友樹くんと一緒に帰ろうかなと思ったんだけど・・・それより‥」
藤咲さんは足早にこちらへ向かってきてベランダに出ると、自分と相対し、
「・・・友樹くん、今何しようとしてたの?」
 どうやら一瞬で状況を察したようだった。普段見せないような鬼気迫る顔と、可能な限り抑えたであろう低い声で問いただしてくる。自分は多少論点をずらし遠くの景色を見て、
「ねぇ、藤咲さん。この高さから飛び降りれば、どうなるかな?」
「・・・やっぱり、そんなこと・・・」
「藤咲さん、変なこと聞くけどさ、もし僕が死んだら、藤咲さんは泣いてくれる?」
「そんな・・・そんなの・・・」
 やはり、泣いてはくれないか・・・。
「いや、いいんだよ。どうせ僕のことは誰も気にしてないんだから・・・」
 そんな自己否定を遮って、藤咲さんはうつむきながら、そして小さな声で、しかし確かに言う。
「・・・泣くよ、泣くに決まってるじゃん」
「えっ・・・、だって・・・だって僕にだよ?誰からも嫌われてて、どうせいてもいなくても変わらないから、いっそのことと思って・・・」
「だったら、君を嫌う何十人の分も私が泣いてあげるよ!!友樹くんがいなくなると、私は・・・」
予想外の答えで驚いてしまった。泣いてくれる?藤咲さんが?自分なんかのために?
「だ・・・だって僕は、誰からも好かれてないし・・・」
「そんなことない!!そんなこと・・・ないよ。少なくとも私は・・・友樹くんのことが・・・」
藤咲さんは顔を赤くしてうつむいた。この時点で少し涙ぐんでいる。それを見て自分も、どこか胸が痛くなった。
「お・・・かしいよ、だって、だって僕なんだよ、・・・たくさんの人が僕のこと必要としてなくて、嫌ってて、だからもう、いてもいなくても同じかなと思って、それで・・・」
 自然と紡がれる、必死の言い訳。でもその言葉はとぎれとぎれで、説得力のかけらもない。好かれてはいけない、いいわけがない、自分は嫌われていて、誰からも必要とされていない存在なんだから。そんな考えが頭の中を回っていた。しかし、今まで思い込んでいたことが崩れつつあって、おかしくなりそうだった。
 なにが悲しいのか、藤咲さんはそのかわいい顔を、涙でぐしゃぐしゃにしてしまっている。彼女は一層声を裏返らせて言う。
「君のことを嫌う何人のために死ぬって言うなら」
 その時の藤咲さんは、本当に必死で、ただ美しかった。
「こんなにも君を想う私一人のために生きてみようなんて、どうして思わないの!!」
 はっ、と胸を突かれた。
 一粒の滴が、心の水面に落ちてきて波紋を広げる。表面張力により、コップの淵ぎりぎりで耐れていた水があふれ出すように、自分の中の何かが堰を切って感情の洪水をおこす。それは自分の内側を通って、目から流れ出す。
「君・・・のため・・・に、自分・・・なん・・・かが、生きても・・・いいの?」
「私は・・・、私は、友樹くんが好きだよ。クールに見えて結構優しいところとか、いつも見えないところで頑張ってくれてるところとか」
「・・・でも、自分といたら藤咲さんまで、鎌田たちに狙われるんじゃ・・・」
「うん、そうかもしれない。でも、そんなときでも君といられれば私は大丈夫だよ。だから」
 藤咲さんは自分の首に手を回し、ぐっ、と引っ張る。自分は自然と立ち膝になって、そのまま彼女の胸に自分の顔を埋めるかたちになった。
「だから、いつでも頼って、いつでも、君の力になるから。死んじゃうとか、そんな悲しいこと言う前に、私に話して。たしかに、君がこれまでどんな思いをしてきたかわからない。わからないよ、だけど、少しでも君が楽になるのなら、私に話して。君が楽になるなら、私は嬉しいから」
 自分の中の壁が、音を立てて崩れていくのを感じ取った。そこからはもう、声にならなかった。男子としてはかっこ悪いのだろうが、涙が枯れるまで、彼女の胸を借りて泣いた。彼女のスクールシャツの胸元は涙で濡れていた。それでも何も言わず、ただ、頭をさすってくる。
 本当に彼女は、どれだけ優しいのか。ずっと、ずっと自分は幸せになってはいけない、なれないと思っていた。それでも彼女は、こんな自分を好きだと言ってくれて、壁を壊してくれた。感謝してもしきれない。感謝の二文字では到底足りない。恋心や愛情よりももっと上の、そんな言い表せない感情で、自分の中が満たされていた。
 どれだけ泣いただろう。永遠にも感んじたし、ほんの一瞬にも感じた。やがて自分は、彼女の手を取りながらゆっくりと立ち上がり、言葉を発する。顔は涙でぐしゃぐしゃだし、とても格好はつけられないが、
「ありがとう、藤咲さん。これからもこんな僕だけど、よろしくね」
「待って、『藤咲さん』じゃなくて、陽香って呼んで。私ももう友樹くんって呼んじゃってるし、それに・・・、その・・・彼氏なんだから」
「・・・うん、よろしくね・・・陽香」
「こちらこそ!!」
 彼女は満面の笑みでそう答えた。気づくと空は黒く染まり、月が顔を出していた。

            翌日
 始業10分前の教室、みんながそれぞれ、宿題を出したり話したりする中で自分は支度をしていた。
 昨日はあの後、たくさん話しながら家路についた。好きになったきっかけとか、お互いの思うちょうどいい距離感とか、親とのこととか、周りの友達とのこととか。
 彼女ももともと内気な性格であまり友達がいなかったそうだ。それで図書室で過ごしているときに自分を見て、最初はいじめられる自分に同情してただけだったそうだが、いつのまにか恋していたらしい。それ以来、他の男子の告白はすべて断っていたとのこと。しかしまさか、両片思いだったとは。
 そんなことを考えながら朝の準備をしていると、前に巨漢の姿が見えた。言うまでもなく鎌田だ。すると急に、わざとらしく周りに聞こえる声で、
「なぁ昨日俺さ、立川にぶつかられたじゃん。なのにまだ謝ってもらってないんだよね〜。だからほれ、謝罪しろ、謝罪」
 なんて、傲慢な顔をして言ってくる。こういうのはいつものことで、クラスメイトはわれ関せずといったように顔をそむける。前までの自分だったら、また普通に謝っていただろう。でも、今は違う。
「あれは、君が僕を確認した上でぶつかってきただろ」
 自分が反論するのが興味をひいたのか、鎌田を含めクラスメイトのほぼ全員が驚いた顔をしていた。
「お前・・・、俺に口答えするのか?」
「口答えじゃないよ。事実を言ってるだけ」
「そこまで言うなら証拠出せよ証拠を」
 まさしく刑事ドラマに出てくる犯人のようなセリフだった。それに自分で答える前に、彼女が割って入ってきた。
「友樹くんの言ってることはほんとだよ。私も見てた。なんなら鎌田くんが友樹くんに手を上げてるところも見ました。鎌田くん私と喋ったよね?言い逃れられると思ったの?」
「ふ・・・藤咲さん?なんで立川なんてかばうんだよ」
「それは、弱いものいじめしているのを、これ以上見ていられなかったのと、それと・・・」
 そこまで言うと、自分のほうに来て、腕に抱きついた。そして、先程の鎌田に負けないほどわざとらしい声で、
「私の彼氏に手を出されたんだもん。放っておくわけないじゃん」
 クラスメイトたちの動きが一瞬止まった。宿題出していた人も、本を読んでいた人も、話しながらこちらの会話に耳を傾けていた人も。みんながみんな、一瞬、完全に動きを停止させた。しかしすぐに、
「「「「ええええええぇ!!!!」」」」
という、先程よりも何回りも大きい声が上がった。すかさず、一番近くにいた鎌田が、
「えっ・・・、ちょっと待って、いつから?いつからなの?」
 と、慌てた口調で聞いてくる。それもそうだろう。学年一の美少女と、根暗ないじめられっ子が付き合っていると知ったのだから。鎌田の質問に彼女が、
「昨日の帰り。鎌田くんが帰った後だよ」
 そう彼女が答えると、鎌田はなぜか自分に詰め寄り、
「おい立川。藤咲さんに何した」
 と、見当違いなことを言いだす。
「何って・・・、別に何もしてないけど・・・」
「なわけないだろ!!お前なんかが藤咲さんと付き合えるなんて、夢でもありえない。どうせあれだろ、お前が告って優しい藤咲さんが、仕方なくオーケーしたんだろ。なぁそうだよな、おい」
 その言葉には、多くの攻撃的な男子の視線も受けて、必死に聞こえた。でも・・・、
「違うよ鎌田くん。告白したのは私から」
 再びクラス内でどよめきが、今回は主に男子から起こった。女子にはすでに、好意的な目線をくれる人もいる。
「私はもともと友樹くんが好きで、昨日も一緒に帰ろうとしていたの。そしたら、友樹くん、ベランダに出て身を乗り出してたんだよ。だから私慌てちゃって・・・、理由聞いたら、この人を守りたいって、そう思っちゃって・・・」
 もう全員、一言も発していなかった。自分が自殺しようとしてたことがそんなに驚くことだろうか。やっとのことで鎌田が声を絞り出す。
「・・・おい立川・・・、それ・・・ほんとか?」
「そうだよ。夕焼けの空見てたら、もうどうでもよくなっちゃって、だったらいっそのこと・・・って。でも藤咲さんが・・・、陽香が止めてくれたから、この人のために生きようって、そう思えた」
 藤咲さんを途中で言い換えたのは、彼女の強い視線を感じたからだ。鎌田はもう呆然としていたが、クラスでリーダー的な立ち位置の女子の一人が、
「二人ともすごい。なんか大人の恋愛って感じだね。二人が決めたんなら応援するよ、ねぇみんな」
 そう言うと周りも、
「そうだね、なんだかんだ二人が良ければそれでいいし」
「本好き二人か。いいね、お似合いだと思うよ」
「あぁ、でも立川くんをよりにもよって藤咲さんに取られちゃったか〜。これは勝ち目ないな」
「たしかに、立川くんかっこいいもんね。鎌田くんよりもずっと・・・」
「意外と人気あるんだよな〜立川くん。もしかして、気づかなかった?」
 なんて、好き放題言ってくる。でも、なんだかクラスから受け入れられた気がして、少し心が軽くなった。鎌田はさっきからうなだれている。もしかしたら鎌田も藤咲さんが好きだったのかもしれない。
 クラスが活気づく中、始業のチャイムが鳴り、担任が入ってくる。
「おいお前らー、もうチャイムなってるぞ。席つけ・・・って、男子が屍になってるんだが、何があった?」
 何も知らない先生はキョトンとしていて、クラス中が笑い出した。自分は藤咲さんの方を見ると彼女は、精一杯の笑顔を返してくれた。
 今度は自分が、その笑顔を守れるよう、彼女のために生きよう。そう、青い空に誓ったのだった。

  • 小説
  • 短編
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  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-03-30

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