天使に転生した僕のSAN値がもたない件について
プロローグみたいな第一話
ピッ ピッ ピッ ピッ
心電図の音が聴こえる。どこか遠くで看護師さんたちの叫ぶ、父さんと母さんがぼくの名前を呼んでいる。返事を、したいのに、声がでない。
聴こえてるよ、母さん。だから泣かないで。父さん、父さんも母さんに言ってやってよ。いつもみたいにお前は大袈裟だって。なんで一緒に泣いてるの?
目が開かない、腕が上がらない。こんなんじゃ、また心配かけちゃう。早く起きなきゃダメだ。早く、はやく___
_ピッピッピッピ__
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!!」
騒音に目蓋を開けると眩しさに頭痛がした。見覚えのある天井、慣れ親しんだ病室の天井だ。ひどく怖い夢を見た気がする。
起き上がるとどこぞの法王が着ていそうな白ずくめの衣装を身にまとっている目の前の男がばさりとマントを翻す。男の頭上には一昔前にあった輪っかの蛍光灯みたいなものが浮遊し、背後には作り物めいた真っ白な翼がばっさばさと動いている。どうやらさっきの騒音はこいつが元凶で、僕は新手の宗教勧誘に引っ掛かっているらしい。
「いやー。ドンマイだったね?百年前ならともかく現代社会で不治の病にかかりわずか十六歳で死亡!なんと中途半端!なんとも哀れなことだよ」
「...なんなんですかいきなり、ここは病室です。静かにしてください...というか部外者ですよね?警備員呼びますよ」
「今の発言無視された?きみはたった今死んだから呼んだってだーれも来ないよ。警備員も、看護師も、...ご両親もね」
「は...?嘘も大概にしてください。病院でついていい嘘じゃないですよ」
「嘘だと思うなら回りを見てみなよ」
男はにっこり笑って首を傾けた。男から視線をそらし部屋を見てみると突然視界がぐにゃりと歪んだ。さっきまであった白い壁の代わりに大きな赤色の壁が見えた。僕が座っていたはずのベッドはいつの間にはパイプ椅子に変わっていた。患者服のままパイプ椅子に座らされる僕、目の前には宗教勧誘の男、周りは出口も窓も見当たらない密閉された朱い空間、どう考えても疲れた日に見る夢にしか思えない。
「仮に、現実だとして、...僕が死んでいたとしたらここは地獄なんですよね?」
「答えはNoだよ。ここは天界、君たち人間が天国と呼んでいる場所のさらに上...神様やその眷属が暮らす領域さ」
「ふぅん...なんで僕は地獄じゃなくて天界?なんかにいるんですか。地獄があるなら死んだ人間は一旦地獄に送られるんでしょ」
「きみ若いのによく知ってるねー。すごいすごい。最近の子って仏教とか神道とか興味ないじゃん?知っててもアニメとか漫画でかかれてる知識程度だし...そういやここ数年で地獄とか天国モチーフにした話よくかかれてるよね。俺あれすき、天使が神様に下克上してあと一歩で神様倒せるってところで弟分に倒されるやつ」
「漫画じゃないしそれ」
「人間が描いた読み物に変わりはないよー。バカだよねえ人間って、なにかを悪役に仕立て上げなきゃ生きていけないんだからさあ」
__きみも、そうなんだろう?__
「っ...違う!僕は誰もうらんでないし悪役にしようだなんて考えてない!!なんも知らないくせに知った口をきくなっ...」
「嘘だぁ。本当はうらんでるんじゃないの、病弱な体に産んだご両親を、最善を尽くすと言いながらもきみがもう長くないと知って手を抜いた医者を、無責任に励ます看護師を...」
男が喋るにつれて頭上の輪っかの光がいびつに輝く、さっきまで眩しかったのにどろりした泥みたいな色になっていく。やっぱりこいつは不審者だ。人じゃないとしたら悪魔かなにかだろう。見た目が法王なのに何て言う禍々しさ。速く逃げたいのにさっきから接着剤の上に座ったみたいに尻が椅子にくっついて離れない、夢なら速く覚めてほしい。
「さぁ、そんなきみに提案をひとつ。_俺たちの仲間に_」
「いつまでノロノロ話してんですかアホ上司予定押してんだから速くしろ!!!!」
「あんへるっ?!」
「うわ...」
この一瞬でなにがおこったか説明すると、扉ひとつなかった空間からいきなり人が現れて闇落ち宗教勧誘男の脇腹に見事な蹴りをいれた。入れられた側は空間の端まで吹っ飛び朱い壁に頭から突き刺さった。
「突き刺さった...?」
どうやら僕は警察の前に救急車を呼ばないといけないらしい。
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