惚気話

 
 君も勿論知っていることと思うが、私には最愛の妻がいる。自慢の妻だ。
 未だ独身の君には辛い話になるかもしれないが、寝床につくにはまだ早い時間だろう。どうせ話も尽きたところなんだ。参考程度に、私の妻の話を聞いてくれ。
 
 まず、彼女は、世界一の美貌の持ち主だ。これは決して、誇張表現などでも、愛故の色眼鏡などではない。紛れもない事実だ。妻を百人の人間に見せたら、百人が美しいと言うだろう。いや、彼女の美しさは人間だけでなく、動物や植物、神さえも魅了してしまうかもしれない。
 
 なにせ、まず、肌が雪のように白い。穢れや老いを知らない艶々と滑りの良い肌は、見せるだけでどんな大罪人の悪心だろうと浄化してしまいそうだ。そして、雪化粧の頬は仄かに色づき、震える睫毛や、その翼に守られながら、涙の膜に沈み込んだ黒曜石の瞳は、まるで罪を許さぬ聖者のそれのようだ。
 
 さらに、絹のように触り心地の良い黒髪がより一層、妻の美白を強調する。それは腰まで届く長さにも関わらず、その一本一本が繊細で、黒真珠のように美しい。
 
 スタイルも良い。適度な長身に似合う、すらりと伸びた細い腕や脚は人形のようだ。いや、今のは間違った比喩かもしれない。ただ細いだけでは、美しくなどない。程良くついた筋肉が、より彼女の美しさを際立たせているのだ。
 
 しかし、手だけはそれらとは違う美の基準を持つ。彼女の手ほど、白魚のようだという形容が相応しい手はないだろう。骨張った、繊細な指……。
 
 妻は、そう、御伽話に出てくる人魚のように、泡沫を彷彿とさせる身体をしている。
 光を浴びて透ける黒髪をなびかせ、硝子の指先で誘うその姿は、この世の何よりも煽情的だ。
 それでありながら、純粋無垢で、妖精のような可憐さもある。
 
 ……ああ、すまない。妻の話になると、つい、惚気のようになってしまう。悪い癖だな。
 
 なに? 本当なのか確かめさせてくれ?
 
 それは、無理な話だ。嘘なのか? くだらん。私は無意味なことが大嫌いだというのは、君もよく知っているだろう。妻は確かに、二階の寝室の棺桶の中で寝ている。
 
 では何故、見せてくれないのかだと? 君は話を聞いていなかったのか? 言っただろう。妻を一目見たその瞬間、君は間違いなく彼女に惚れるだろう。そして、どうしようもなく手に入れたい衝動に陥る筈だ。五年以上、妻と共に過ごしてきた私だからこそ、断言できる。何故なら、その溢れんばかりの所有欲と、妻が私しか見ていないという事実とのすれ違いに苦しみ、藻掻き、溺れ、狂った者達を何人も見てきたからな。
 
 敢えてそうさせるのも、一つの手だろう。だが、君に関してだけは、そうはいかない。
 君は、私にとって、唯一無二の友人だ。いつから一緒にいたか……考えると気も遠くなりそうな程、同じ時間を過ごしてきた。……まぁ、流石にそれは冗談だが。
 
 しかし、唯一無二の友人であることは、そんなつまらない冗談とは違う。君はこうして、森の奥に行方を晦ました私に、わざわざ会いに来てくれた。妻を目当てに訪れた、厭らしい顔をした輩とは違う。君をあんな輩と同じ惨めな姿にはしたくないし、見たくもない。
 世界一の美貌とまで言われて気にならないわけはないと思うが、そこはどうか、高ぶる気持ちを抑えてほしい。
 
 それに、君は私とは違って優秀だしな! 顔も整っている。もしも妻が惚れてしまったら、今度は私が狂ってしまうじゃないか! ははは、私はこれ以上惨めにはなりたくないものでね。
 悪いが、諦めてくれ。……今までの話を聞いて、嘘偽りない、濁りのない瞳で頷けるとは、流石、私の友人だ。君とこうして、今でも杯を交わせることが、嬉しくてならないよ。
 
 そういえば、私の話ばかりで、君の話を聞いていなかったな。新しい酒を用意しよう。なにせ、長い長い夜は、まだ始まったばかりだからな。
 
 

惚気話

惚気話

ちょっと怖い、をテーマに。タイトル通り、惚気話です。独り語り。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-25

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