閑寂の宵
かららん、からん、からんころん。
はて。それは、彼女の下駄の音だったか、それともラムネ瓶の中でビー玉が転がる音だったろうか。ふと彼女の足元を見ると、白い肌に緋色の鼻緒が映え、なんとも美しく輝いていた。その鮮やかな色彩に、思わず目を奪われる。
「お祭りの後は、少し寂しいね」
からんころん。下駄が跳ねる。
「まだ花火が残ってるよ」
「それもそうでした。でも、きっと、花火はもっと寂しいよ」
そう言うと、彼女は長い睫毛を伏せて、静かに微笑んだ。
彼女に似合う、桜色の下地に薄紅の花があしらわれた浴衣が、夜の帳にぼんやりと浮き出る。喧騒を抜けて、微かな灯りを頼りに静寂を求め、歩く。
視界に広がる一夜限りの情景に溺れていると、いつの間にか下駄の音が聞こえなくなっていた。舗装された道から随分離れたようだった。振り返ると、立ち並んだ屋台や提灯がその橙色を仄かに染み渡らせていた。喧騒だけが、残響のように木霊する。
見慣れた畦道、昼間には太陽を受けて背を伸ばす向日葵の並びさえも、この慎ましい夜の中では息を潜め、まるで更に深い夜へと僕達を誘っているように見える。
色褪せた畦道を歩く途中、雨蛙の合唱がちらほらと聞こえ始めた。もうそんな時間か。侵食する闇に彼女を奪われないよう、無意識にその手を掴んだ。
少しだけ汗の掻いた小さな掌が、昼間の空蝉の声を思い出させる。
「あ、花火……」
彼女の視線の先を追う。大輪の花。燦爛とした光の瞬き。鮮やかな赤や黄色が散っては咲き、咲いては散り、彼女の瞳の中に映り込む。煌めく飛沫が、僕達に降り注ぐ。
「ほら、見て。綺麗だよ」
彼女は左手に提げていた金魚袋を自分の目の高さまで掲げ、悠々とたゆたう金魚を花火の方に向けた。金魚袋の中にたっぷりと入れられた水に、幾つもの色が反射する。花火に融け込む金魚に続いて彼女はこちらを見つめると、目を細めてはにかんだ。
「金魚にも、この煌めきが伝わったかな」
かららん、ころん。
静寂の中で、ビー玉の澄んだ音が響く。
夜に瞬く花火が、彼女の頬を仄赤く照らした。
閑寂の宵