あかり

「ただいま」
 扉を開けると、部屋の中は暗かった。暗いからか、しんと冷えているようにも感じる。カーテンが閉まっているから外からの光もなくて、帰っているはずの同居人の姿も簡単には見当たらない。
「ただいま」
 二回目で、おかえりと応える声がして、ごそごそと布が擦れるような音も同時に聞こえた。
「電球、切れたの」
「いや。点けてなかっただけ」
「つけていいの」
「いいよ」
 天井からぶら下がる紐をかち、かち、と二回引っ張る。一回目で全灯、二回目でふたつのうちひとつの電球に灯りが点く。そういうふうになっているはずだったけれど、かちかち、かち、かち、何回紐を引っ張っても、電球はひとつのあかりも灯さなかった。
「切れてるんじゃん、やっぱり」
「うそ」
 まじか、と彼がこぼす。眉を下げて申し訳なさそうにするのが、見えなくてもなんとなくわかった。
 暗闇にだんだんと目が慣れてきて、彼が布団の中にいるのだとわかる。白いかたまりのような布団のそばに寄って腰を下ろすと、彼がじいっとぼくを見た。気づけなくてゴメン、とでも言いたげな表情をしていた。昼間寝てばっかだから気づかないんだよ、と詰ってみると、申し訳なさそうにしゅんとするのが、今度ははっきりと見える。ぼくはなんだか楽しくなって、布団を被った彼の頭をくしゃくしゃに撫でた。彼の眉の下がりが罪悪感から迷惑を示す角度になったところで、手を離す。彼はぱちぱちと何回か瞬きをして、ぼくは彼の目が好きだから、暗い中でもひかるように、見える。
「どうする、買いに行ってくる?」
 彼がずる、と布団から這い出ようとする。それを彼のほそい腕を引いて止められるくらいには、目はすっかり暗さに慣れていて、こんな夜中にわざわざ買いに行く必要もないだろうと思った。
「もう、寝るだけだし、いいよ」
「そっか」
 彼が言って、布団に戻っていく。お風呂は、と訊かれて、明日でいいよ、と答える。明日には面倒になっているだろうと思うけれど、いかんせん仕事を終えたあとで眠たくて、だからぼくは吸い込まれるように彼の隣の布団に潜っていくほかなかった。
「おやすみ」
 彼が布団の中から手を出して、ぼくの頬に触れる。その手はやけにつめたくて、そのことで、自分の身体も冷えていることに気がつく。「灯油も、切れてるかも」足元のほうにあるヒーターを確認すると、電源はついていなかった。彼は申し訳なさそうにしたけれど、それからすぐに、目を閉じた。
「明日でいいよね」
 ぼくもそう思って、目を閉じる。最後に見た彼の目のかがやきのようなものだけが残像みたくまぶたの裏に残って、それがきらきらしている限りは、なにもなくてもどうにかなる、と思った。

あかり

あかり

諸々を後回しにする話です

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-03-26

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