地獄の花
苦しんでいる姿を曝すことは、だれかを苦しめることだった。
ひとが苦しんでいる姿をみたくなかった。
ひとを頼ったことがなかった。
自分は助けを求めるくせに、ひとに助けを求められると無視をする人間が許せなかった。そんな奴は、助からなければいいと思った。
でも、一番許せなかったのは、自分で助けを求めないのに、いつか助かると思っていた自分自身だった。
許せないことが増えるたびに、私はひとりになりたいと切に思った。
知ることが怖かった。でも、一番怖いのは、何も知らないことだった。
何も知らない自分を想像した。自分は何も知らないのだと仮定した。時には、そう言い聞かせた。耐えられなかった。何も知らないなんて耐えられない。耐えられないことが許せない。でも、許さないと自分が潰れてしまう。でも、許し方がわからない。謝り方がわからない。教わった記憶がない。
ひとは、教わったことしか教えられない。
苦しみは波及する。それなら、平然を装って生きていればいいと思った。
平然を装って生きていても、苦しみは水面下で蠢いていた。肥大していた。
なかったことにするのは、楽だった。楽をすることは、別に悪いことではないと思った。でも、楽をした分だけ過去に復讐されることを覚悟していなければならなかった。
過去の自分を他人と見なすなら、いまの自分は孤独ではないだろう。孤独ぶるな。
被害者と加害者って、おんなじだ。
自分は、波及に巻き添えを喰らっても構わない。でも、自分がひとに巻き添えを喰らわすことは許せなかった。怖かった。
ひとりで死ぬべきだ。
ひとりで生きれたら。
もう、偽りの自分を演じなくて済むだろうか。
偽りの自分を愛されることほど、虚しいことはない。
選択が怖かった。いつまでもできなかった。選択とは、一方に恨まれる覚悟をもって切り捨てることだから。
ひとりになれたら。ひとりで生きれたら。ひとりでいることに耐えられたら。ひとりで、ひとりで、ひとりで。
ひとりのときに感じる孤独より、だれかとふたりきりのときに感じる孤独の方が、ずっと苦しい。だから私は、関係するのが怖かった。
ひとりになれないことを知って、絶望した。
この事実との直面は、罰だと思った。不当な仕打ちではない、もっともな因果だと思った。情状酌量の余地はない。
耐えなければならない。生きて、耐えなければならない。死ぬことは、償いにはならない。耐えながら生きること以外に、道はない。救われなくていい。だれも救えなかったんだから。自分のことさえ、自分で救えなかったんだから。誠実以外に、道はない。誠実に償いをまっとうするより他はない。いつか切り捨てたものに、今度は私が切り捨てられる。それでいい。
命尽きるときまで耐え抜いて、地獄行きで構わない。
地獄に花をもっていこう。誠実という名の、一輪の花を。
地獄の花