一匹の蟻 エデンの星
これは「一匹の蟻」「一匹の蟻 その後」の番外編です。
「一匹の蟻」「一匹の蟻 その後」同様、フィクションですが真実も含まれています。本文中の何がフィクションで何が真実なのかを読み取っていただければ幸いです。
さだめ(運命)に弄ばれし若者、大山大蔵は外国で死ぬつもりで日本を去った。そして外国で運命的な出会いを
一匹の蟻 エデンの星
復讐と慕情
高校生のころ身長が190センチを超え、しかも父に似て肥満体だった彼は、角界やプロレス界のスカウトがしょっちゅう家に来た。しかし、本人も両親も大学に入りたかったのでスカウトを断り体育系の大学に入学した。そしてレスリング部に入りすぐに頭角を現した。
だが父は薄給サラリーマン、母も懸命にパートで家計を助けたが、大蔵と妹の学費を確保するのに四苦八苦していた。
体格に似合わず大蔵は格闘技はあまり好きではなかった。彼は好奇心旺盛で旅行が好きだった。
特にバイクで気ままに通リングするのが夢だった。しかし、両親の苦労を見て育った大蔵は「バイクを買って」とは言えなかった。まして大型バイクで通リングなど夢のまた夢だと思っていた。
大蔵はバイトも懸命にした。大学の授業と部活とバイトで睡眠時間は毎日5~6時間だった。のんびりできる休日もほとんどなかった。
そんな大学生活2年目、夜遅くバイトから帰る途中、数人の若い酔っ払いに絡まれた。早く帰りたかった大蔵は無視して行こうとしたが、二人に片腕ずつ捕まれ他の男が飛び蹴りをしてきた。
大蔵はとっさに右腕を引っ張った。飛び蹴りの足が見事に右腕を掴んでいた男の顔面に炸裂した。
大蔵は左腕を掴んでいた男を振り払い、飛び蹴りをした男に押し付けた。はずみで男が倒れ、アスファルト舗装道に頭をぶつけたのか鈍い音がした。大蔵はその音を聞いて嫌な予感がしたが、他の男も加わって殴りかけてくるので応戦せざるを得なかった。
やがてパトカーが来て大蔵も連行された。取調室で大蔵は「絡まれて仕方なく相手しただけだ」と繰り返したが、倒れた男が頭を打って意識不明で搬送された事もあり、翌日の昼まで釈放されなかった。その時たまたま来ていた立花老人と知り合いになった。
立花老人は「バイト先の事を心配しているこの人は逃げるような人ではないから一度帰してやりなさい」と言ってくれた。すると大蔵はすぐに釈放された。
大蔵は立花老人がただ者でない事を感じ取った。
それ以来、立花老人はレスリングの試合や練習を見に来てくれたりして親しくなった。
大蔵には立花老人は孤独な老人に見えた。だから暇つぶしに相手してくれているのだろうと思っていた。しかし部活を終えバイトに向かう途中での会話で、立花老人は元刑事で「どうしても人手が足りない時、内密に警護員として協力していただくかもしれません」と言われた。
大蔵は「僕でお役に立てるなら喜んで」と言ったが、まさかそのような事が本当に起こるとは思ってもみなかった。
日曜日の昼前、早目に昼食を済ませてバイトに行こうとすると立花老人から電話がかかってきた。
「今日の夕方からバイト休めないかね、その後で私の警護をお願いしたいのです。時間給は今のバイトの10倍です」
立花老人の依頼でもあり大蔵は二つ返事で引き受けた。
バイトを夕方までにしてもらい、そのまま待ち合わせ場所に行った。
喫茶店の窓際の席で立花老人と向かい合ってすわると立花老人はすぐに話し始めた。
「この後私はこの目の前のホテルの00号室に行くから、君はどこかで弁当を買って4時ころ00号室に届けてください。
00号室は面白い部屋でしてな、入るまでは全く危険はないが一度でも入ればその後は命を狙われる。まあ、君が弁当を届けてくれたら一緒に部屋から出るので大丈夫だと思いますがね、、、
これは明朝までの代金です」そう言いながら現金の入った封筒を手渡し、コーヒーを飲み干して立花老人はホテルへ向かった。
大蔵は一人になって立花老人の話を思い返すと少し怖くなった。
(弁当を届けた後、立花老人の警護つまりボディガード、、、相手が銃さえ持っていなければ大丈夫だ、、、銃さえ持っていなければ、、、)
大蔵は喫茶店を出るとコンビニで弁当を買い4時前にホテルに入った。フロントから電話してから00号室に行った。
ドアをノックする時は緊張していたが、西田氏に弁当を渡し、立花老人と部屋を出ると不思議と落ち着いてきた。
しかしエレベーターに入る時、出る時の立花老人の張りつめた緊張感が伝わってきてまた不安になってきた。
ホテルを出ると二人は並んで歩いた。そうしながらも立花老人は、スマホに似せた鏡で電話中を装いながら後ろを警戒していた。
10分ほど歩いて別のホテルに入ると立花老人は、そのまま薄暗い喫茶ルームに入りミラーガラスの窓から今来た道を注視した。
それから1分も経たないうちに、その道を男が一人歩いてきたが、その男は辺りを警戒しているのが見てとれた。
「ああいう行動を挙動不審と言うのです」と立花老人が独り言のように言った、と同時に左右から通行人風の男が近づいた。すると男は今来た道を走り出した。後を追うように通行人風の二人の男も走りだした。
「逃げられたようです、、、残念です、、、これで我々が警察の者だと奴らに知られてしまいました」と言ってから立花老人は大蔵の方を見て「では今のうちに我々も食事しておきましょう」と言ってそこを出て隣のレストランに入った。
テーブルに着くとウエイトレスがすぐにメニューを持って来た。
「何でも遠慮なく注文してください。とにかくお腹いっぱいになるまで食べてください」と言った後で立花老人はすぐに自分の食事と食後のコーヒーを注文した。
しかしまだ緊張が溶けていない大蔵はなかなか注文を決められなかった。
「安心してください、ここに居る間は奴らは襲ってきません。のんびり時間をかけて食事しましょう」と立花老人に言われ大蔵はやっと数品注文した。
ウエイトレスが去った後で立花老人は言った。
「初めての時は誰でも緊張します。でも後日良い思い出になります」
その夜二人はそのホテルに泊まった。大蔵はよく眠れなかったが何事も起きず朝を迎えた。
ホテルのレストランで朝食を済ませてから西田氏の宿泊ホテルに行った。
00号室のドアを何度もノックしたがドアは開かなかった。立花老人は顔色を変え大声で西田氏を呼んだ。数分後やっとドアが開くと途端に甘い変な匂いがした。
構わず大蔵が中に入ると、西田氏と顔に醜い傷跡のある男が倒れていた。
大蔵は「西田さん、どうしました」と言って抱き起した。
続いて立花老人も入って来たが、立花老人は状況を注意深く観察していた。そしてすぐ甘い臭気に気づいたのか、ドアの外に出て大蔵に言った。
「大蔵君、息を止めてすぐ西田殿を廊下に出してください」
大蔵は、言われた通りに西田氏を出し、その後、男も引っ張り出した。
立花老人は救急車を呼び、警察にも連絡した。それから西田氏に話しを聞こうとしたが、口が回らないようで何を言っているのか分からなかった。
少し経ってホテルスタッフが来て驚いて言った。
「お客様どうされたのですか」
「部屋に何かのガスが充満しているようです。いま救急車を呼んでいますので、それまでここに居させてください」と立花老人が言った。
15分ほどして救急車と警察が来た。立花老人は救急隊員と警察に、室内にガスが充満している事と、西田氏を指して「この人は刑事で、手錠を掛けられている男は恐らく犯罪者だ。危険だから会話ができるようになるまで決して手錠を外さないように」と注意し病院へ同行した。
病院に着いて30分ほどして立花老人が申し訳なさそうに大蔵に言った。
「大蔵君、遅くまでつき合わせて申し訳ない。君の仕事はここまでだ、ありがとう。また何かあったら助けてください」
大蔵は病院を出て急いで大学に向かった。
その年の夏、大蔵は大型二輪免許の一発試験に挑戦した。
普通二輪免許は昨年、バイトで貯めた金のほとんどを使って教習所に通い何とか取得していたが、身体の大きな大蔵は 400CCまでしか乗れない普通二輪免許では不満だった。
「たまにレンタルバイク店で借りて乗るだけなら普通二輪免許で十分じゃないか」と両親に言われたが、 400CCバイクに大蔵が乗ると後部座席に妹を乗せる事もできなかった。
恋人と二人乗りで通リングするのが最大の夢だった大蔵にとっては大型二輪免許がどうしても必要だったのだ。
一発試験が難しい事はバイク仲間から散々聞かされていた。
「一発試験を何度も受けるくらいなら教習所に通った方が安くなる」とも言われた。しかし大蔵は自身の有り金を考えると一発試験しか術がなかった。
(2回受けられる、二回目で必ず、、、)
大蔵は事前にYou Tube 動画等でポイントを掴みレンタルバイクで朝から夜まで練習した。しかし緊張したせいもあり1回目はダメだった。だが2回目に見事に合格した。
薄給の父がお祝いに焼肉食べ放題に連れていってくれた。
大型二輪免許を取得してから最初の日曜日、大蔵はレンタルバイク店でカワサキ750ターボを借りて妹を乗せて走り回った。
400CCよりもはるかに重量感も安定感もある750CCに大蔵は魅了された。しかしそれ以上に加速時の力強さは400CCとは比べ物にならなず、大蔵を虜にした。
夕方、返却時間が迫り、大蔵は名残惜しいそうにレンタルバイク店に入った。
最初は怖がっていた妹もその時には残念がった。
二人がレンタルバイク店を出ようとした時、店の前に大型バイクが停まって大柄な白人男性が降りてきた。そして自分より大きな大蔵に気づくと、ちょっと忌々し気に「日本人か」と英語で聞いた。
大蔵が「そうだ」と答えると白人は更に「相撲取りかレスラーか」と聞いた。
見下したような白人の言い方に大蔵は少しムッとして「大学でレスリングをやってる」と答えた。
「大学生か、、、勿体無いな、大学なんか辞めて早くプロレスラーになった方が良い。お前ならけっこう稼げるようになるだろう」と言って白人は店の中に入って行った。
(けっ、要らぬお世話だ)そう思って歩き出した大蔵の足がバイクの前で止まった。
ハーレーダビッドソン、それが圧倒的な迫力で目の前にあった。大蔵は動けなくなった。
妹が「早く帰ろう」と手を引いても大蔵は動けなかった。
大蔵は目の前のハーレーダビッドソンに心を奪われていた。
大蔵は身震いした(こんな、、、こんなバイクがあったのか)
大蔵はカタログ写真で何度も見ていたが実物を見たのは初めてだった。そして写真などでは決して感じられない迫力がそこにあった。
さっきの白人が店から出てきて大蔵の表情に気づき、ニヤリと笑って言った「なんだ、ダビッドソンが好きなのか、、、ふん、プロレスラーになりゃこんなバイクなんていくらでも買えるぜ」そう言うと白人はダビッドソンにまたがりエンジンをかけ、見せびらかすように吹かしてから去っていった。
「くそっ、」大蔵の握りこぶしに思わず力が入った。
それを見て妹が言った「お兄ちゃん、本当にバイクが好きなんだね」
大蔵は無言で歩き出した。
その後、大蔵はバイトに精を出した。今までのスーパーの裏方仕事を辞め、運送会社の倉庫内作業のバイトに就いた。時間給はスーパーの倍近かったが、通学路途中にあったスーパーと違って、電車で6駅それから歩いて20分と遠かった。仕事内容は大型トラックへの手作業での荷積み。打って付けの力仕事とは言え、慣れるまではへとへとに疲れた。
だが、そうやって稼いでも大学生のバイトではなかなか金は貯まらなかった。
大蔵はため息をついた「一体いつになったらハーレーダビッドソンを買えるのだろう」
そんな大蔵に夢のような話が舞い込んできた。
思いがけなく西田氏から電話がかかってきた。
「時間があれば会いたい」と言われ何事かと思って待合場所のレストランに入ると、忘れかけていた顔の西田が頭上で手を振っていた。
「西田刑事、お久しぶりです」
「刑事はもう辞めている、それより突然だが、君は大型バイクは乗れるかい」
「はい」
「良かった、、、君に是非とも頼みたい事があるんだ、大事な話しだ。その前に好きな物を注文してくれ、代金は気にするな、腹一杯食べて精力をつけてくれ」
大蔵は大喜びして注文した。収入の少ない大蔵は、レストランで腹一杯になるほど食事したことがなかったのだ。
ウエイトレスがメニューを持って去った後、西田はテーブルの上に分厚い封筒を置いて静かに言った。
「中に500万円入っている。この金で、君の体に似合った大型バイクを買って乗り回してくれ。そしてライダーグループを作り、君がリーダーになるんだ。
でも暴走族ではないぞ、健全なライダーグループだ。
100人くらいのメンバーを集めて都内を走り回れ。
君は良く目立つし、プロレスラーを目指しているから、決して履歴を汚してはいけない。だから健全なライダーグループだ。交通ルールを守り、警察に捕まるような事は絶対にしてはいけない。
グループ規約を作り、交通ルール違反した者は脱退させろ。あくまで好きでバイクを乗り回している。乗り回すのに交通ルール違反する必要はない、と言う考えだ」
ここまでの話を聞いて大蔵は顔をほころばせガッツポーズをした。しかし西田は険しい表情で話を続けた。
「君にはスター性がある、ライダーグループはやがてテレビや新聞にも載るようになるだろう。問題はこの後だ。
君のグループが人気が出れば出るほど、既在の暴走族は面白くなくなるだろう。そのうち嫌がらせをしたり喧嘩を仕掛けてくるだろう。しかし決して挑発に乗ってはならない。
決して警察に捕まるような事をしてはならない。あくまで健全なライダーグループだ。
そうしているうちに暴走族の中に混じって龍グループが近づいて来るはずだ。君には龍グループの本当のリーダーを調べて欲しいんだ。これは危険な任務だ、充分に気を付けてくれ。
本当に危険な時は電話してくれ、助けに行く、、、
私の電話番号は携帯電話の中に記憶させず暗記してくれ、それと携帯電話を使った後は必ず送受信遍歴を削除するように。私の方から連絡するから、君からの連絡は緊急時だけにしてくれ、、、、以上だが何か質問は、、、金が要る時は言ってくれ、必要経費は出す、、、
危険だが、どうだ、やってくれるかい」
大蔵はちょっと考えてから言った「やりますやります、是非やらせてください」
二人は笑顔で頷き合った。その時、テーブルに乗りきらないほどの料理が運ばれて来た。
食後レストランで西田氏と別れ帰路を辿りながら大蔵は、何度も何度も自分の頬をつねった。
(夢でも良い、夢でも良いから覚めないでくれ)
だが夢ではない証拠に大蔵の内ポケットには重みのある封筒が入っていた。
家に帰り着くとすぐに部屋に駆け込んで、鍵をかけると札束を数えた。何度数えても間違いなく500万円あった。
大蔵はこの事を両親に話すべきか迷った。
(、、、話したって、父さんも母さんも信じてくれないだろう。数か月前に一度あっただけの人から500万円貰ったと言っても、、、
確かに危険な仕事の依頼だし、仕事内容を考えれば当然大型バイクは必要だ、、、
そうか、バイクは仕事の会社のだと言えばいい。仕事で必要だから会社のバイクを使っていると
、、、仕事内容はバイクの宣伝、、、よし、これで行こう。
両親に噓を言うのは気が引けるけど、本当の事を言ったって信じてもらえないし、龍グループを調べるなんて言ったら『そんな危険な事に関わるな』と言われて反対されるのがおちだろう)
そう決心すると大蔵はワクワクしてきた。(もうすぐダビッドソンに乗れる)未来がバラ色に見えてきた。
その夜ネットでダビッドソンを調べ、翌日はバイトを休んで販売店に行った。何台か見た後CVO LIMITEDに決め諸経費任意保険等込みで 310万円、現金一括払い、三日後受け取り。
安アパートの道路沿いの駐車場に置く気にはなれず、受け取りまでに車庫を探さねばならなかったが幸運にもアパートから1キロほどの所で屋根付きの駐輪場が見つかった。月額6000円だが即契約。
そしてバイトも辞める事にした。手持ちの御金がバイト収入の3年分以上あり、その御金をバイトで稼いだ御金として今まで通り毎月母にあげる事にすれば2~3年バイトしないで済む。
今までバイトしていた時間に通リングができるようになった。毎日、大学から駐輪場に直行、そしてバイト帰り時間に合わせて帰宅するまでの5~6時間、思う存分通リングを楽しめた。当分妹にも内緒で休日もバイトと言って一人で家を出た。
2週間ほど経って大蔵は西田の言った事を思い出した。
(メンバーを集めライダーグループを作る)
大蔵は真っ白いTシャツの背中に『ライダー募集』と書いて走った。
翌日、高速道路を走っていると早速付いてくるライダーが現れた。
パーキングエリアに止まると、そのライダーが横に400CCバイクを止めて話しかけてきた。
「そのTシャツの背中に書いてある事は本当かい」
「ああ、仲間を集めている、目標は100人だ」
ダビッドソンを恨めし気に見回した後でライダーは気落ちしたように言った「400CCでも良いのか」
「ああ、大歓迎だ」
ライダーは満面の笑みで「俺は山田太郎」と言い握手を求めてきた。
大蔵は大きな手でライダーと握手し「大山大蔵だ、メンバー第一号誕生」
大型バイクに大男の大蔵が真っ白いTシャツで走り回れば当然目立つ。しかもライダーの憧れハーレーダビッドソンと通リングできるとあってメンバーはすぐに増えた。
1週間も経たないうちに10人を越えた。そこで大蔵はグループ規約を作った。その第一条を「交通違反をしない」にした。
大蔵は説明した。
「俺たちはバイクが好きで通リングしているだけなんだ、暴走族じゃない。通リングするのに交通違反をする必要はない。俺たちは健全なライダーグループだ。交通違反をして警察に捕まるような奴はメンバーじゃない。この事を守ってくれ。警察に捕まったら即メンバー除籍だ」
この第一条はメンバーを魅了した。
(そうだ俺たちは暴走族じゃない。交通違反をしないで堂々と走る、健全なライダーだ)と言うプライドが個々のライダーの心に生まれた。そしてそれは自信に変わっていった。
メンバーとして一度一緒に走っただけで誰も皆自信に満ちた走りをするようになった。
自信に満ちたその姿は傍から見ても格好良かった。メンバーは急速に増えていった。
メンバーが増えるに連れ、大蔵自身も貫禄ができてきた。体格だけでも十分に貫禄があったが、その上に「俺はこれだけのメンバーを引き連れている」と言う自信が加わり心身ともに貫禄が備わった。
またメンバーも(大蔵さんが一緒なら何があっても怖くない)と言う安心感があった。
実はメンバーの中には「通リングしたいけど暴走族なんかに絡まれたら怖い」と言う、気弱だが純粋にバイクが好きな男もいた。そのような男にとって貫禄のある大蔵と一緒に走れるのは本当に嬉しい事だったのだ。
また大蔵も優しかった。皆への気配りもよくできた。
排気量と技術の違いで遅いメンバーが居ても、出発前にミーティングで待ち合わせ場所を決めて、最後の一人が来るまでそこで必ず待っていた。
そのような大蔵はどんなメンバーからも信頼された。
メンバーが30人ほどになった頃から女性メンバーができてきた。一人加わって、その女性が広めたのか立て続けに10人ほどの女性が加わった。
男性も女性も同様に接する大蔵は女性からも信頼された。
そうしているうちに「二人だけで通リングしたい」と打ち明ける女性が現れ始めた。しかし大蔵はきっぱりと言った「メンバーが100人になるまではダメです」
当然女性からその理由を聞かれた大蔵は「一つの目標点ですが、それまでは個人的な交際はしません」と答えて本当の理由は言わなかった。
メンバーが70人ほどになったある日曜日、高速道路を走れるメンバー30人ほどで首都高速を走っていると、一目で暴走族と分かる連中が追いかけてきた。
大蔵は先頭に出て手で合図をして一番近いパーキングエリアにメンバー全員を誘導した。すると予想通り暴走族連中も入ってきて停まった。
大蔵はメンバー全員を待たせて一人で暴走族に近づいた。すると4~5人で向かってきていた暴走族もボスらしいヤクザ風の男一人が向かってきた。
二人は2メートルほどの距離で止まった。するとすぐボスらしい男が言った。
「お前たち、どこのシマの者だ」
「シマ?、なんだそれ、そんなの知らない。俺たちは通リングが好きな者が集まって走っているだけだ」
「どこかの組織員じゃないのか」
「違うって、本当に通リングが好きな者が集まって走っているだけだ」
「けっ、本当にトウシロか」
「えっ、トウシロ、トウシロってなんですか」
「馬鹿野郎、舐めてんのか、素人の事だ、それも知らねえのか」
「そんな下品な言葉、僕は知りませんでした」
「下品だと、俺の言う言葉が下品だと言うのか」
「そう言う意味で言ったんじありません、トウシロって聞いた時、初めて聞いた上に不快に感じたから下品だって言ったんです」
「なんだと、それじゃ俺の言う言葉が下品だと言ってるのと同じじゃねえか。おい、こら、てめえ俺に喧嘩売ってるのか」
男はいきなり跳びかかってきて大蔵の襟首を掴んだ。その時すぐ横から山田太郎の声がした。
「なんだ誰かと思ったらPyobeom KAWASAKI (川崎の豹の意味)の金(Kim)か、またカタギの人に因縁つけているのか」
金と言われた男は大蔵の襟首を掴んだまま顔だけ山田の方に向けて言った「なんだ、てめえは、何で俺の名を知ってる」
動画を撮っているのかスマホを男に向けたまま山田は平然と言った。
「俺は以前、川崎署交通課に居た。何度も交通違反したお前の資料を作った事もある。今日は交通違反でなく傷害容疑で捕まりたいのか。証拠になる動画もある、俺が証言すれば確実に有罪にできるが、、、続けるか」
ちょっと間をおいてから金は忌々し気に大蔵の襟首を放し、山田の方へ唾を吐きつけて立ち去りかけたが、数歩先で振り返って言った。
「気に入らねえ野郎だ、、、うちの走り屋とバイクで勝負しろ」
大蔵は金の言っている事がよく分からなかったが、山田がすぐに大蔵に近づいて説明し、大蔵の代わりに言った「コースと条件は」
「代表5人ずつで早く帰ってきた方が勝ちだ、日時とコースは後で知らせる、電話番号を教えろ」
山田が電話番号を教えると、金は自分の携帯に記憶させ掛けてきた、山田の携帯が鳴ったのを確認してから金は「逃げずに必ず来るんだぜ」と言ってから唾を吐き捨てて去って行った。
金が去った後も立ち尽くしている大蔵に山田が言った。
「心配いりません、奴らは口先だけで実力はない。それにバイク性能と運転技術はうちの方が格段に上です。負けるはずがない」
その夜、金から山田にそしてその内容を山田から聞いた大蔵は、念のため西田に電話した。
「もしもし、西田さん、、、今度の日曜日の朝、俺のグループと暴走族が勝負する事になりました。それで、奴らが悪辣な事をしないように見張っていただきたいのですが、、、」
「分かった、場所と時間は」
「田島通りの首都高速大宮線の真下です。そこに8時に集まって、代表5人ずつで浦和南入口から高速に入り浦和北料金所で出て、一般道を通って田島通りに帰って来ます。俺が帰って来るまでの間、高速の下にいる者たちが襲われないか陰から見張っていていただきたいのです」
「分かった、8時前に行って隠れている。だが、無理をするなよ」
「大丈夫です、ドライブテクニックなら暴走族なんかに負けませんよ」そう言って大蔵は電話は切った。
当日7時半過ぎ大蔵が待ち合わせ場所に行くと、既に代表4人を含め30人ほどがきていた。
すぐに代表の一人の山田が傍にきて言った「奴らのバイクじゃ着いて来れません。しょっぱなから加速して引き離してやりましょう。楽勝です気楽にいきましょう」
初めての事で緊張していた大蔵は、山田にそう言われ落ち着いてきた。
(山田さんの言う通りだ、俺のバイクに敵う奴は居ない)
8時になると、ライダーグループから大蔵を含め5人が前に出、暴走族からも5人が出てきた。
暴走族側は大蔵を睨み付けていたが、大蔵は涼しい顔で応じていた。それでも、大蔵と暴走族のリーダーは握手をし、放した途端に皆、突進してバイクに飛び乗り、高速入り口に向かって出発した。
高速道路に入ると大蔵たちは一気に加速して引き離した。あっけなかった。暴走族たちはすぐにバックミラーから見えなくなった。
15分ほど経って西田が隠れて見ている目の前を、先ず大蔵と同グループ二人が、それから少し遅れてまた同グループ二人が帰って来た。ライダーグループから歓声が上がった。
2~3分遅れて暴走族の5人が帰って来た。勝敗は歴然だった。
暴走族のリーダーはバイクから降りるといきなり大蔵に殴りかかった。しかし大蔵は、わけなくかわして腕を捩じ上げた。暴走族のリーダーは悲鳴を上げた。
それを見て他の暴走族らも襲い掛かろうとしたが「みんなやめろ、この男の腕をへし折るぞ」と大蔵に言われ動きを止めた。
「俺たちはバイクで走り回りたいだけなんだ、邪魔をしないでくれ」そう言って大蔵は暴走族のリーダーの腕を放した。
暴走族のリーダーは「くそっ、覚えてろ」と捨て台詞を吐いて去って行った。残りの暴走族も後に続いた。
その後すぐライダーグループから歓声と拍手が起き、みんなが大蔵を取り囲んだ。大蔵はヒーローになった。
西田も拍手しながら大蔵に近づいてきた。大蔵は西田に気づくと「あ、西田さん」と言い満面の笑みを見せた。
「見事だった、、、俺の出番は無かったな」
「すみません、来ていただいて、でもちょっと不安だったものですから」
「いいよ、ちょうど君に会いたいと思っていたところだったから」
大蔵は小さく頭を下げた、それからみんなの方を見て言った。
「あ、そうだ、、、みんな、この人は西田さん、元刑事で今は探偵をされている。俺たちの強力な後ろ盾だ。何か困った事があれば相談してくれ」
「おいおい、俺の事はあまり公表しないでくれ、それよりどこかで飯でも食おう」
「ありがとうございます。ちょっとだけ待ってください」西田にそう言ってから大蔵はみんなに向かって言った。
「俺は、これから西田さんとでかける。みんなは自由に走ってくれ。解散」
それから大蔵は、バイクのトランクから予備のヘルメットを取り出し、西田に手渡しながら言った。
「どこか行きたい所はありませんか、どこでも御案内します」
「ありがとう、君が腹一杯食べれる所ならどこでも良い」
大蔵の好きなファミレスで、ウエイトレスが目を丸くするほど注文した後、大蔵は夢中になってこれまでの出来事等とハーレーダビッドソンの素晴らしさを話した。
「~本当に凄いです。1923㏄は伊達じゃあないです。加速が素晴らしいです。俺もうメロメロです~」
話しが終わりそうにない大蔵を制して西田は言った。
「気に入ったバイクが見つかって良かったな、、、だが大蔵君、気を付けろよ、問題はこれからだ。今日の暴走族たちもこのままでは収まらないだろう、たぶん仕返しをしてくる」
「大丈夫ですよ、あんな奴らどうって事ないですよ」
「そうだ、君一人ならどうって事ない。だが、これからの君はメンバー全員を守っていかなければならないんだ。これが難しい。もしメンバーの誰かが一人の時に奴らに襲われたらどうする、、、
いくら君が強くても守れないんだ。その辺を考えなければいけない」
西田の話を聞いて大蔵は真顔になった。
「それとスパイだ。君のグループに、君やグループの行動を奴らに知らせる人間が居るかも知れない。それが怖い。奴らは卑怯者だ、一人の時に襲う。
俺は空手4段だが、5~6人に襲われたら倒されるかも知れない。ましてバイクが好きなだけのライダーでは恐らく簡単にやられてしまうだろう。
グループには女性ライダーも居るのだろう。彼女たちをどうやって守る。
スパイから行動状況を聞いて一人の時に襲われたら大変な事になる、、、
メンバーが増えれば増えるほどこの問題は大きくなる。この事をいつも頭の中に入れておいてくれ。
それから、メンバーの中に日本語がおかしい者はいないか、もし居たら、龍グループと関係が無いかどうかを調べてみてくれ。龍グループは在日系が多いし、奴らは金のためなら平気で仲間を売る、、、グループの者との連絡はどうしてる」
大蔵は真剣な表情で言った「ほぼ全員メールで連絡してます」
「住所はどうしている」
「入会時に住所電話番号とメールアドレスを書いてもらっています」
「その住所は確認しているか」
「いえ、、、」
「一度、信用できるメンバーと手分けして全員の住所を確認してみると良い。
住所が00事務所とかと同じだったら893と関係があるかもしれないし、在日系は要注意だ。
通名を使っているのが居たら俺に知らせてくれ。俺が調べてみる」
料理が運ばれてきた。しかし、大蔵は硬い表情のままだった。
「俺が今まで話した事は、食事が終わるまで忘れてくれ。今はとにかく食べよう」
食事と会話が終わると大蔵は、西田を東京駅まで送って行った。
その後、時計を見るとまだ昼前だった。大蔵は久しぶりに一人でのんびり走ることにした。
何故か海を見たくなった大蔵は、スマホで調べ九十九里浜に行ってみることにした。
ゆっくり走ったつもりだったが九十九里浜まで2時間もかからなかった。真亀海水浴場に行き、バイクから降りて砂浜を歩いてみた。晩秋の浜には誰も居ず、目の前は雄大な太平洋。
風が強く少し寒かったはずだがライダースーツを着て、しょっちゅう100キロで風を切って走っている大蔵には、浜の風など苦にならなかった。
やがて砂浜を歩くのにも飽きた大蔵はバイクの所に帰ってきて横に座ってぼんやりと海を眺めた。
その時、西田に言われた事を思い出した。
(『君はメンバー全員を守っていかなければならないんだ』、、、か、、、メンバーはもう70人居る、、、西田さんの言われる通りだ、メンバーの中の一人でも襲われたら、、、もし女性ライダーが一人の時に襲われたら、、、守りようがない。
、、、俺は今まで自分の事しか考えていなかった。俺はこんな身体で、誰かに襲われても負けない自信があった。だがメンバーはそう言うわけにはいかない、、、特に女性は、、、
西田さんの言われた通りスパイが居ないか一度全員の住所を確認してみよう)
そう考えると、すぐに始めた方が良いように思えた大蔵は立ち上がろうとした。
その時「待って、動かないで」と後方から女性の声が聞こえた。
驚いた大蔵が振り向くと、30歳半ばくらいの女性がカメラを持って走り寄ってきた。
「あなたの写真を1枚撮らせてくれない、いま一番良いタイミングなの」
一瞬頭の中にクエスチョンマークが浮かんだが、断る理由を思いつかなかった大蔵は「いいですよ何枚でも好きなだけどうぞ」と言った。
女性は喜んで「ありがとう、じゃさっきのように座ったままで海を見てて」と言い後方に走って行った。
女性は写真を撮りながら近づいて来て横からも前からも撮り「バイクに乗っているところも撮らせてくれない」と言った。
大蔵がブスッとした顔で煩わし気にバイクにまたがると「笑顔で海の方を見て」とか「ちょっと横を向いて」とかいろいろなポーズまでとらされた。
大蔵がうんざりして「もう勘弁してくれ」と言おうとしたら、大蔵の表情から読み取ったのか女性は「ありがとう、これで終わり、、、向こうで海を撮っててあなたとバイクに気づいて、近づいて来たら素晴らしい被写体だったので、どうしても撮りたくなったの、、、私は00新聞社のカメラマンの前川と言います。突然ぶしつけなお願いをしてごめんなさい」と言って軽く頭を下げた。
前川のその態度を見ると何も言えなくて、それより早く帰りたくなった大蔵は無言でバイクに乗った。
すると前川は大蔵に近づいて言った。
「ちょっと待って、名前とメールアドレス教えてくれない、写真ができたら見て欲しいの」
大蔵が渋々教えると「ありがとう、2~3日中にメールしますね」と言って前川は少し離れてまたカメラを構えた。大蔵が走り去るところもとりたいようだった。
(ちぇ、勝手にしろ)そう思いながら大蔵はバイクを発車させた。
その夜、大蔵はメンバーの中から信用できそうな男数人を選んで電話し、手分けしてメンバーの住所を確認する事にした。70人全員調べ終えるのに数日かかった。
結果二人だけ怪しい男がいて西田に連絡すると、西田の方で調べると言うのでお願いした。
それから数日後、西田から電話があり、その二人も問題ないと知らされた。だが新たに加わるメンバーも必ず身元確認をするように言われた。大蔵は改めて気を引き締めた。
翌日の夜、前川からメールが届いた。
「急な出張取材で忙しくて写真の整理ができませんでしたが、やっと今日できましたので送信します、ご覧ください。自分で言うのも何ですが良い写真です。
暇があればバイクで一緒に旅行して色々な背景で写真を撮り、あなたとバイクの写真集を作りたいな、とも考えています。まあ、当分暇になりそうにありませんが。
何はともあれ、これも何かの縁、写真について知りたい事でもありましたらご連絡ください」とあり、連絡先等も載せられていた。
その後、写真を見たが素人目に見ても良い写真だと分かった。
特にバイクスーツを着た大蔵がバイクの横に座っているところを後方から撮った写真は、斜めから差し込む太陽光線とのコントラストが素晴らしく、絶妙なタイミングで撮られたのが見て理解できた。前川が言ったように恐らく5分後では光線の位置が変わって、これほどの写真は撮れなかっただろう。
顔の見えない大男の写真で後ろ姿だけではとても日本人には見えず、外国のバイクの宣伝写真を連想させたが「これが俺か」と思うほど格好良かった。
動画と違って一瞬の美しさを表す写真に大蔵は興味をそそられたが、今の大蔵にはライダーグループの事だけで手一杯だった。
大蔵は「写真ありがとうございました」と返信してその後すぐ忘れてしまった。
数日後、FM放送局から電話がかかってきた。どうもメンバーの一人が放送局職員に話したのがきっかけらしい。
「大山さんですか、こちらは00放送局の今井と言います。突然ですがうちの『正しい若者』と言う番組に出てみませんか?。
ご友人に伺いましたところ、大蔵さんは『交通違反をしない健全なライダーグループ』を結成されたそうで、当番組の趣向にピッタリなのですが。
まあ民放ラジオですので出演料は交通費程度ですが、最後の5分間はグループの宣伝をされて結構ですので、いかがでしょうか」
大蔵にとっては願ってもない事だった。二つ返事で承諾した。
番組はラジオとは言え生放送で大蔵は最初緊張していたが、グループ結成の経緯等を司会者の質問に答えるだけで良かったので、打ち合わせ通りに進行した。
そして最後の5分間はライダーグループ募集を呼びかけた。
手ごたえがあった。その夜から電話やメールが殺到した。夜中に携帯電話の電源を切らざるおえなかった。夜中からはメールの対応に忙殺された。
休日は新メンバーとの面談そしてその後の試運転同行。
大蔵一人でのんびり通リングなんて全くできなくなった。いつもメンバーの誰かと一緒だった。
ラジオ放送後1週間で新メンバーが30人ほど加わり、登録メンバーが一気に100人を越えた。
大蔵は有頂天になったが、ラジオ放送の翌日ヒャッとする事件も起きていた。
数十人で通リングしての帰り、一人の女性ライダーが5台の暴走族らしいバイクに追われたのだ。
幸いその女性は運転テクニックが良くて、わざわざ高速に入って振り切って逃げたそうだが、話を聞いて大蔵は冷や汗が出た。
その話を聞いた後、大蔵は「同じ方向に帰る者はできるだけ数人で一緒に帰るように、それからいつも同じコースでは帰らないように」と西田に教えられていた事をメンバーに言った。おかげでその後は何事も起きていなかった。
そんなある夜、西田から電話がかかってきた。少し話して(西田さん元気ないな、どうしたのかな)と思ったが、その事は口に出さなかった。
そんな事より、メンバーが100人を越えた事を話したかったのだが、しかし西田はメンバーの安全について等、危険回避をどうするのかを話した。
それから今、西田の周りの人びとも狙われているので新潟まで逃げて来ているとも聞かされた。
大蔵が驚いて「なぜ狙われているのですか」と聞くと、東日本大震災が人工地震で引き起こされた事や、日本の惨めな現状等、にわかには信じられないような事を聞かされた。
1時間も電話していただろうか、長電話に気づいた西田が電話を切ると、大蔵はなぜか疲れを感じた。
日本の現状など考えた事もなかった大蔵は、西田から聞かされた内容は知らない事ばかりだった。
はっきり言って大蔵には全く興味のない内容だった。その上今は、メンバーが100人を越え、メンバーと楽しく通リングする事ばかりを考えていて、それ以外の事を考えてる時間的余裕も精神的余裕もなかった。
だが、それでも西田の言った『いったい日本国民はどうなっているのか』と言う言葉がなぜか心に残った。
とは言え、その後メンバーから次の通リングの打ち合わせの電話がかかってきて話していると、その言葉もいつしか忘れていた。
メンバーが100人を越えると、大蔵一人では対応しきれなくなった。特にラジオ放送以後加わった新メンバーの中には女性が多く、しかも原チャリ運転しかできない者も数人いた。
暴走族ではないので「原チャリで通リングしたい」と言う女性を断ることもできず、高速道路に侵入できない小型バイクのグループに加えた。
それをきっかけにして、大型バイクグループと小型バイクグループに分けてそれぞれにグループリーダーを決め、大蔵はその2グループを統括する事にした。
大蔵は(これでのんびり通リングができる)と思ったのも束の間、両方のグループリーダーから相次いで「一緒に走ってください」とせがまれた。
グループリーダーが言うには「大蔵が一緒だと安心感が全く違う」というのだ。
大蔵は嬉しくもあり煩わしくもあったが断れなかった。
結局隔週交互に両グループと通リングする事になったが、高速道路で思う存分高速で走れる大型バイクグループは良かったが、1923CCのハーレーダビッドソンで原チャリを先導するのは、慣れるまでは恥ずかしくもあり、ノロノロ運転にイライラして欲求不満になりそうだった。
そんな時でも大蔵は笑顔を絶やさず、、、当然「今日の通リングは終了、解散」と言った後の大蔵の走りは、大型バイクグループの者には完璧に想像できた。
そのような苦労もあったが、大蔵は楽しくてたまらなかった。
大学の授業が終わると駐輪場に直行し、そこで服の上にライダースーツを着てヘルメットを被り出発。
バイク好きは真冬でも100キロ以上で突っ走る。大蔵にとっては最高のひと時だった。
だが冬になって小型バイクグループに変化が見えてきた。
大型バイクグループのライダーは皆「寒くても走りたい」と言う者ばかりで、当然冬用の装備もできていたが、小型バイクグループ特に原チャリたちは通リングを休む者も多くなった。
もともと通リングしたい者を集めて作ったライダーグループであり、何一つ強制する事はなかったので、休んでも全く問題はなかったのだが、参加すると言っておいて連絡なしで休まれるとグループリーダーは困った。
グループリーダーから相談された大蔵は「集合時間に遅れた者は置いて行く。2回遅れた者は脱退とする」と言う新規約を作り全員にメール配信した。
すると「脱退したい」と言う女性が何人も現れた。引き留める理由もないので大蔵は「わかりました」と言って登録を抹消した。
大蔵は登録抹消した者のデーターはその都度全て削除していたが先方は削除しなかったのか、ある夜、脱退した女性から電話がかかってきた、そかも泣き声で。
「大蔵さん助けてください、バイク同士の接触事故を起こしたんですが、相手が暴走族らしくて、警察に連絡もさせてくれないんです。それでどうして良いか分からず、、、」
「、、、そう言われても、俺にもどうする事もできない、とにかく警察を呼ぶしかないよ」
「でも、呼ばせてく、何を話してんだ、こら」
携帯電話を奪われたのか男の声で「おう、てめえごの女のだちが、この女、ひでえアマだ、ぶつがっておきながら逃げようとしやがる」
「ぶつかってきたのはあなたの方でしょう」と女性の泣き声が微かに聞こえた。それからすぐ「噓つげこの野郎」と言う別の男の声も聞こえた。どうも男は二人いるらしい。
大蔵はどうして良いか分からず携帯電話を切った。
しかし5分ほど経ってまたかかってきた。
そして男の声で「なんだお前、ごの女の恋人だそうだな、だすけに来ないのが」と聞こえた。
大蔵は仕方なく「恋人ではないが、とにかく行くよ、そこはどこだ」と言った。
男は「00駅横のゴンビニの前だ」と言った。
「分かった、これから行く」と大蔵は言って電話を切った。そしてすぐに警察に通報した。
「もしもし、00駅横のコンビニの前で、二人の男が女性を襲っています急行してください」
「あなたの名前と住所を言ってください」
「そんな事は後にして急行してください」
「いたずら電話は困りますので名前と住所を言ってください」
大蔵が仕方なく伝えると「で、あなたは今どこに居ますか」と聞かれた。
大蔵は「自宅です」と言おうとして止め「コンビニの横に立っています」と言った。
「分かりました、すぐ行きます」と言って警察は電話を切った。
大蔵はため息をついた。
(これで良いだろう、俺より警察が行くべきだ、、、それにしても迷惑だ、脱退してもう関係ないのに)そう思いながら大蔵は携帯電話の電源を切った。
翌日の昼ころ警察から電話がかかってきた。
「昨夜は通報、ありがとうございました」
「あ、い、いえ、、、」
「せっかく通報していただいたのに二人の男性には逃げられてしまい、女性からのみ事情聴取したのですが、2~3不明な点がありましたので大山さんにも電話した次第です。
お忙しいところ恐縮ですが少しお話を聞かせてください。
早速ですが事件発生時、大山さんはどこに居られたのでしょうか?。我々が到着した時には居られませんでしたし、女性の話では、貴方とは恋人同士で、貴方が今こちらに向かっている、と言う事でしたが」
「あ、それは嘘です、俺は彼女の恋人なんかじゃない。彼女は俺のライダーグループのメンバーだったんですが少し前に脱退しました。個人的には全く付き合いはなかったです。
俺があそこに行った時、二人の男が893のようだったので怖くて陰に隠れて電話したのです。で、警察が来て男が逃げたので俺も帰りました」
「そうだったんですか、、、あ、それから大山さんは男性のバイクナンバーは覚えてないでしょうか?女性は脅かされてナンバープレートを見る余裕もなかったそうなんです」
「いえ、、、俺も見ていませんでした」
「そうですか、残念です、、、女性には『龍グループに喧嘩を売るのか』などと訛りのある日本語で脅したそうで、恐喝未遂の疑いもありそうなので、何とか捕まえたいのですが、、、
分かりました、お手数をおかけしました、ではこれで」そう言って電話は切れた。
大蔵はホッとした。何とか噓がバレなかった。
大蔵としては脱退した者にまで関わっている余裕はなかった。迷惑以外の何物でもなかった。
しかし警察が言った「龍グループ」と言う言葉が気になった。
しばらく忘れていた西田が『龍グループの本当のリーダーを調べてくれ』と言ったのが思い出された。
大蔵は少し考えたが(俺が直接関わった事ではないし、俺ではその男を捕まえることもできない、、、結局どうすることもできない)と結論を出し、それ以上考えるのを止めた。
数ヶ月後、前川からメールが届いた。
「ご無沙汰しております。お元気ですか?。私のこと覚えていますか?。浜辺で写真を撮らせてもらった00新聞社の前川です。
やっと暇になりなした。そして春になりました。春の浜辺で貴方の写真を撮りたいです。
バイク二人乗りで旅行しながら写真を撮りたいです。
旅行の費用は全て私が用立てします。行ける日時を至急知らせてください」
大蔵は少し考えたが「バイク二人乗りで旅行」の文が引っかかった。
(男女が二人乗りで旅行、、、)若い大蔵は、あらぬことを想像した。
大蔵は、恋人と二人乗りで通リングするのが夢だった。
ハーレーダビッドソンを手に入れてから「バイト先の友人のバイクを借りた」と嘘を言って一度だけ妹を乗せて走ったことがあった。
しかし妹は所詮は妹、恋人ではない。ロマンティックな気持ちになれるはずはなかった。
(しかし前川さんは女性、、、だが歳が、、、恋人には、ちょっと、、、)
大蔵は考えた挙句「バイトが忙しくてどこへも行けません」と返信した。
するとすぐ前川から返信。
「バイトなんか辞めなさい、それくらいの御金なら私が上げます。それに写真集が売れたら利益は半分上げるわ。
もうすぐ春休みでしょう。家族には上手く言って1週間ほど旅行しましょう」
前川の返信には有無を言わせない力があった。
(どうにでもなれ)大蔵は決心した。
家族やライダーグループには部活合宿と言っておいた。
待ち合わせ場所に行くと開口一番に前川は言った。
「ライダースーツは一着しかないの?、それではダメだわ、これから買いに行きましょう」
予め調べていたのか前川は、後部座席から経路を指示してバイク用品店に行った。
そこで大蔵のを2着と前川のを1着買い店内で着替えた。
身体にフィットしているライダースーツ姿の前川は、ゾクゾクするほど妖艶だった。
大蔵は目のやり場に困った。
二人乗りすると前川は、ためらいもなく大蔵の腹に両腕を回して身体を密着させた。
大蔵は背中が熱くなるのを感じ心が昂ぶったが、どうすることもできなかった。
しかし九十九里浜添いに北上しながら雄大な太平洋を見ていると、そんな邪な感情などいつの間にか吹き飛んでいた。
前川に言われるままに止まって色々なポーズで写真を撮り、また走った。
浜辺は春とは言えまだ少し寒くて、どこも無人だった。二人は誰にも気兼ねする事なく薄暗くなるまで写真を撮り続けた。
「まあまあのが撮れたわ、今日はここまでにしましょう」
二人はそれから宿を探した。
翌日も薄暗い頃から写真を撮りながら走った。
日の出前の大洗海岸では、岩に叩きつける波のしぶきで凍えそうになったが、前川は大蔵にポーズを指示しながら厳しい表情で写真を撮り続けた。
その表情は正にプロカメラマンだった。
(これがプロの仕事ぶりか)
大蔵は次第に前川に惹かれていったが、それは恋愛感情からではなく、プロ意識の迫力に心打たれたからだった。
三日目の夜、風呂から出た前川が言った「私の身体でいいなら抱いて良いのよ」
しかし今の大蔵はそんな気持ちにならなくなっていた。
1週間で松島まで行き、松島の夕暮れ景色をバックに写真を撮り、翌朝帰路についた。
指示された場所で前川を降ろすと、前川は大蔵に封筒を手渡しながら言った。
「これモデル料、何もいわないで受け取って、、、
貴方がこれほど紳士的だとは思わなかったわ、それとも私ってそんなに魅力なかったの」
「い、いえ、、、前川さんはとても魅力的です。でも俺、前川さんが写真を撮っている姿を見て神聖なものを感じて手出しできなかったんだ。貴女は本当に素晴らしい人だ」
「そう、、、ありがとう、、、」そう言ってから前川は大蔵の頬に唇を押し付けた。
それから「またメールするね」と言って去っていった。
大蔵は前川の後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、満ち足りた気持ちでバイクを発進させた。
2週間ほど経って前川から写真集用の写真がメールで送られてきた。
現地では1000枚ほど撮ったが、その中から厳選した100枚だと言う。
どれを見ても素晴らしかった。100枚見終えて(これがプロのカメラマンの写真か)と感動した。
だがふと、大蔵の顔を正面から撮った写真が一枚もない事に気づいた。バイクを挟んで前川と並んでセルフタイマーで撮った写真も、事前に前川の方を見るように指示されて撮られていた。
大蔵は現地での撮影時を思い起こしたが、正面から撮ったのは最後の松島の夕暮れをバックに、バイクの横に前川と並んで撮った一枚だけだった。しかしその一枚も含まれていない。
大蔵は首をかしげた(俺の正面からの顔はブサイク過ぎて写真に撮れないと言うのか?)
しかし大蔵はこうも考えた(前川さんはプロカメラマンだ、何か俺では分からん考えがあるのだろう)
大蔵は「どれも素晴らしい写真です、感動しました」とだけ返信した。
更に2週間ほど経って「春の海とライダー」と言う題の写真集が送られてきた。
1ページ目には初めて会った時のあの写真が載せられていて、その下には「春を予感させる後ろ姿」と綴られていた。
何度見ても良い写真だったが写真の題名も傑作だった。
大蔵は直感で(この写真集は売れる)と思ったが、その直感は当たっていた。
販売開始時、書店では低迷していたが、コンビニでの売り上げがうなぎ登りだった。そして一ヶ月後にはコンビニでの売り上げに引っ張られるように書店でも伸びた。
2ヶ月で10万部が売れ増刷する事になった。そのお祝いに前川から食事に誘われた。
高級レストランで前川の向かいの椅子に座り大蔵は言った。
「増刷おめでとうございます」
「ありがとう、でも貴方のおかげよ。あの日、貴方に出会ったおかげ。貴方は福の神かもね。
今夜は遠慮なく食べて飲んでね」
大蔵は喜んで数人分の料理を平らげた。
食事が終りかけたころ前川は言った「秋には山で撮りたいわ。真っ赤な紅葉とライダーをね」
「俺で役立つなら喜んで」大蔵は嬉しくて仕方がなかった。
実際に前川の写真テクニックは一流だったし、販売戦略もうまかった。
写真集としては格安の値段にしてコンビニで販売した。
前川は(最初の1冊2冊は宣伝)だと考えていた。とにかく、カメラマン前川の知名度をあげたかった。その前川に更に幸運が訪れた。
写真集「春の海とライダー」が日本の大手バイク製造販売会社の宣伝部長の目に留まったのだ。
宣伝部長は前川に言った「我が社のバイクの宣伝ビデオを制作していただきたい」
前川は二つ返事で引き受けた。
00新聞社を辞め、カメラマン一筋を目指す事にした。
数ヶ月後「KAGASAKIサムライ軍団」の宣伝ビデオがテレビで放映され、大好評を博した。
薄霧のかかった林の中を加賀崎の大型バイクにまたがった鎧姿のサムライたちが群れをなして進む。
先頭は美男子の誉れ高い映画俳優のK氏。2番手に鎧姿に鉢巻をして、背中に加賀崎の紋章の旗をさした大蔵他2名が並び、その後には数十人の鎧武者が続いた。
わずか1分間のビデオだったが宣伝効果は絶大だった。
梅雨が明け、通リングシーズン到来に合わせてのビデオ放映だった事も重なって、バイク販売台数が例年の3倍近くまで上昇した。
宣伝部長は狂喜し、前川と年4回のビデオ制作の契約を交わした。
写真集とテレビの宣伝ビデオで大蔵の知名度も上がり「あの大山大蔵さんと通リングできる」とあって大蔵のライダーグループのメンバーも急増した。
いつの間にか150人を超え、グループリーダーを5人に増やしても大蔵一人では統括できなくなった。
大蔵は一番最初のメンバーの山田に補佐してもらう事にした。
それでも休日はいつも、どこかのグループと通リングしなければならず、一人でのんびりできる時間はなかった。
大学最後の夏休みの最終日だけは家庭サービスを理由にして、どのグループにも加わらず一人で奥多摩周辺をのんびり走った。
奥多摩湖畔に着くと休憩を兼ね駐車場にバイクを停めて歩いて小河内ダムを見に行った。
平日のせいか観光客もまばらで静かだった。時折ひぐらしの鳴き声が聞こえる他は何も聞こえない、と思っていたら、ダムに近づくにつれ放出される水音が聞こえてきた。
ダム展望塔に登り周りの景色を見ていると、数人の観光客が登ってきた。
「去年来た時は放水していなかった。この間の台風で増水したのかな」と言う話し声も聞こえた。
宣伝ビデオ放映の件以来、あまり顔を見られたくない大蔵はダム展望塔を去った。
駐車場のバイクのところに帰ってくると、一人の女性がバイクを眺めていた。
無視してバイクにまたがると女性がためらいがちに聞いた「あのう、お一人でしょうか」
「ご覧の通りです」
「あのう、、、もし良かったら乗っけて行っていただけませんか、、、」
「え、、、」大蔵はしげしげと女性を見た。
よく見ると女性と言うよりも高校生のように見えた。しかも、ついさっきまで泣いていたのか目が潤んでいる。
何かわけがありそうだと感じた大蔵は「いいよ、、、どこまで?」と聞いた。
「東京駅まで、、、」
東京から来たばかりの大蔵はちょっと考えた。
女性は、大蔵が迷っていると思ったのか不安気に言った。
「だめでしょうか、、、私ここで恋人に捨てられて、、、帰るお金もないんです」
そう言った途端に女性の目から涙があふれた。大蔵は慌てて言った。
「ダメじゃない、ただ東京から来たばかりだから、もう少しこの辺りの景色を見たかったんだ。君がそれに付き合ってくれるなら、同じ帰り道だし、乗っけていくのはかまわないんだ」
そう言ってから大蔵はポケットティッシュを女性に渡した。
女性は小さく頭を下げポケットティッシュを受け取ると、後ろを向いて涙を拭った。
やがて振り向いた女性は、はにかみながらも笑顔を見せて言った。
「どこでも構いません乗せてってください」
大蔵も笑顔で言った「よし、乗りな、、、夕方までには必ず東京駅まで送って行くから、あ、待って」
大蔵はバイクから降り、トランクから予備のヘルメットを取り出して手渡しながら言った。
「中年男性が何度か使っているが、これしかない、臭いかもしれないが我慢してくれ」
女性は「ありがとう」と小さい声で言ってまた少し頭を下げた。
小柄な女性がヘルメットを被った姿はどこか可笑しかったが、大蔵は笑いを抑えて発車させた。
駐車場を出てすぐ、ひんやりとしたトンネルに入ってから大蔵は、女性が自分の身体を掴んでいないのに気づいた。
トンネルを出てすぐ道路脇に止め女性を見ると両手を後ろに回し座席の後ろのトランクを抱えている。危なっかしいと思った大蔵は言った。
「そこを持つのは危ない、遠慮せず俺の腹に手を回してつかまってくれ。この道はカーブが多い、遠心力で振り落とされる危険がある」
女性は一瞬恥ずかしそうな表情をした後「分かりました」と言って大蔵の腹に手を回した。
「OK、それでいい、、、」
再び走り始めたが10分ほどで峰谷橋に着いた。
橋の真ん中辺りでバイクを止め、歩きながら景色を見る事にした。
良い景色だった。その上、暑くもなく寒くもなく心地良かった。大蔵は久しぶりにくつろいだ気分になった。少し歩きたくなった。
だが、ふと見ると女性は湖面の一点を思い詰めた表情でじっと見ていた。
大蔵は、女性が「恋人に捨てられて、、、」と言ったのを思い出した。
(あの言葉が本当なら彼女は、のんびり景色を見ている気にはなれないだろう。
、、、早く帰してやった方がいい)
大蔵は女性を促しバイクに乗ってから言った「少しスピードをだす。しっかりつかまってくれ」
二人を乗せたハーレーダビッドソンは、その場でUターンし緑に囲まれた奥多摩湖沿いの道を東京駅に向けて帰り始めた。
昼ごろ道沿いの食堂で食事した。
一人で3人分を平らげた大蔵を、女性は目を丸くして見ていたが何も言わなかった。
食堂をでると女性は「ごちそうさまでした」と言って小さく頭をさげたが、それ以外は何も言わなかった。
大蔵も、事情を聞くのも可哀そうな気がして結局何も聞かないまま2時過ぎに東京駅に着いた。
「東京駅だ」そう言って大蔵はバイクから降りた。
女性も降りて、ヘルメットを脱ごうとして止め、フードを上げて大蔵を見つめ、泣き出しそうな声で「私を買ってください、、、ホテルへ連れていって、、、」と言った。
大蔵もフードを上げて数秒間女性を見つめてから財布を取り出し、有り金を女性に手渡しながら言った。「今はこれだけしかない、、、じゃあな、変なこと考えるなよ」
大蔵は女性のヘルメットを脱がせてトランクに入れ、バイクにまたがると「元気でな」と言って発車させた。
女性は金を握りしめたまま無言で大蔵を見送った。
大蔵はバイクを走らせながらため息をついた。
(ちぇ、大学最後の夏休みの最後の一日が中途半端になった、、、)
そう思っても、女性を恨む気にはならなかった。むしろ(これからどうするんだろう)と心配した。
(まあ、俺が心配してもはじまらない、、、みんなに言った通り、今日は家庭サービスでもするか)
その夜、大蔵は「バイトの金が入ったから」と言って家族とレストランで食事した。
この頃の大蔵はけっこう金を持っていたが、家族はその事もハーレーダビッドソを持っている事も、そしてテレビの宣伝に出演した事さえも知らなかった。
家族は、大蔵は相変わらず倉庫のバイトをしていると思っていたのだった。
大学の後期授業が始まると、角界やプロレスのスカウトが校門前で待ち受けるようになった。
大蔵は角界に入る気はなく、プロレススカウトの話だけを聞いていた。
スカウトの1人が言った。
「うちの団体では食住込みで年収100万円からになります。試合に出れるようになれば、すぐに2倍3倍の年収になります。とにかく練習して強くなることです。
うちにはヘラクレス横田を筆頭に有名レスラーが4人います。彼らから直々に得意技を習えば、大山さんならすぐに強くなれるでしょう。是非うちの団体に来てください」
大蔵もヘラクレス横田のファンだった。テクニシャンの横田の技をテレビで見て魅了されていた。
しかしもう一人のスカウトは、日本最強と言われるエレファント中島の所属する団体からだった。
そのスカウトの話の内容は、収入面などはほぼ同じだが、年間試合数が多く、しかも外人レスラーとの試合が主で海外遠征もあった。
そのスカウトは最後に「パワーのある外人レスラーと戦わないと本当の実力はつきません。うちに来なさい。プロレスラーは試合しながら強くなるのです。うちは試合数が多い」と自信あり気に言った。
大蔵は迷った(技の横田、実力の中島、、、どちらに入ろうか、、、)
しかし大蔵は、どちらにも入れなかった。
紅葉の季節になり、また前川から撮影旅行の誘いがきた。
「奥入瀬渓流から始めて紅葉の名所を巡りながら撮りたいわ」と前川のメールには載っていたが、春と違って大学の休みがない。しかも卒論にてこずっている大蔵は1週間も休む精神的余裕はなかった。
大蔵が「卒論で休めない」と返信するとすぐ「卒論、、、いいわ、それは旅行中に私が書いてあげる。だから周りには卒論合宿とでも言って休みを取りなさい」と返信がきた。
信じられないような返信だったが、大蔵は前川の能力を信じた。
一日目の撮影が終り、風呂から上がってくつろいでいると、前川が来てどんな内容の卒論にしたいのかを聞いた。
大蔵が答えると前川は「それなら旅行中に書き上がると思うわ」と素っ気なく言った。
そして実際に旅行最後の夜にはPC内の論文を読まされた。
大蔵は目を見張った。しかし前川は事もなげに言った。
「00新聞社では写真だけでなく様々な業種の記事も書いていたのよ、これくらいの論文、どうって事ないわ」
大蔵はますます前川に惹かれていった。
写真集「もみじとライダー」も好評だった。
真っ赤なもみじの下でハーレーダビッドソンにまたがった、黒いライダースーツ姿の大蔵が、憂いを含んだまなざしで、もみじを眺めている横顔は悲恋映画の主役のようだった。
その大蔵の横顔をひきたてていたのは、赤いもみじと黒いライダースーツと、木の葉の隙間から射し込む絶妙なタイミングで撮られた太陽光線でもあった。
色彩のあでやかさと光線の濃淡を見事に活用した写真撮影。
「もみじとライダー」によって前川は、従来の評価に加えて色彩感覚の素晴らしさと光線の活用のうまさが添えられた。
前川は今や業界の「時の人」だった。宣伝写真や宣伝ビデオの依頼が殺到した。
しかし、どんなに忙しくなっても前川は月に一度は大蔵と共に食事した。
年の瀬が迫った寒い夜、高級レストランで料理を注文した後、前川は大蔵に小切手を手渡した。
大蔵はその額面を見て驚いて言った「こんな高額、、、」
「いいのよ取っといて、写真集の利益の半分なの、、、それに貴方のおかげで私は、どんどん御金が入ってくるの、、、御金が必要な時はいつでも言ってね」
大蔵は震える手で小切手を内ポケットに入れた。
2019年、大蔵にとっては夢のような一年が終わった。
2020年1月下旬、日本人では初めてのコロナウイルス感染者がニュースで報じられたが、2ヶ月後の大学卒業を控え、何にかと慌ただしい日々を送っていた大蔵はウイルス感染など気にも留めていなかった。
大学卒業後はレスラーを目指す予定の大蔵は、ライダーグループの統括を続ける事は不可能で、グループを脱退するしかなかった。
2月上旬、自由参加の脱退発表集会を開き、ライダーグループ脱退と卒業後のプロレスラー団体入りを発表すると、多くのライダーが残念がると同時に、プロレスラーとしての健闘を祈ってくれた。
大蔵は涙を拭いながら最後にこう言った。
「みんなのおかげで俺は楽しい通リングができた、ありがとう。
しかし俺が一番嬉しかったのは、今まで無事故無違反だった事だ。俺たちは暴走族じゃない。健全なライダーグループだ。みんな今後も無事故無違反で楽しく走ってくれ」
会場に歓声と拍手の音が響いた。
2月下旬、コロナウイルスのために政府からイベントの自粛や学校休校が発表された。
3月になり、次第にコロナウイルス感染者が増えていき、式が延期されるのではと、大蔵は心配していたが無事卒業できた。
しかし、試合中止が続き開催の見通しが立たないとしてプロレス団体入りは保留になった。
まあ、この時点での大蔵は、1年や2年働かなくても生活できるほどの貯金があったし、就職したくても求人がなかった。
そのような状況だったが、ライダーグループも脱退していた大蔵は、コロナウイルスのおかげで一人でのんびり通リングができるようになった。
大蔵は家族に「求人がなくて就職できないけど、今までのバイト先でできるだけ働かさせてもらうから心配しないで」と嘘を言って、朝家を出て一日中通リングして夜帰ってきた。
そして月末にはバイト代と言って母に10万円を手渡した。
両親も妹も、この1年半ほどの大蔵の噓に全く気づいていなかったのだ。
4月7日、東京含め7都府県に緊急事態宣言が出され、外出自粛を要請された。
しかし大蔵はそれを無視して相変わらず通リングしていた。
(コロナウイルスはバイクのスピードに追いかけて来れない、しかも一人だけの通リングなら濃厚接触はおきない)と、大蔵は考えていたのだ。
4月中旬、巷ではコロナウイルスのせいで陰鬱な雰囲気だったが自然界は正に春爛漫。いたるところで桜が満開だった。誰もいない桜並木のある土手の桜吹雪の中を、大蔵はゆっくり走った。
バイクが進むにつれ、桜の花びらが舞った。
(まるで夢の中のようだ)と大蔵は思った。だが、桜並木を過ぎて大蔵はふと思った。
(一人ぼっちじゃつまらない、、、俺の夢、、、恋人と二人乗りして通リング、、、恋人が居たら、、、)
ライダーグループで仲間と一緒に走っていたころは、恋人のいない寂しさなど感じている暇はなかった。だが一人になって1ヶ月も経つと、独り身の寂しさがつのった。
いつしか大蔵は一人での通リングに虚しさを感じ始めていた。
そんなある夜、見知らぬ女性から電話がかかってきた。
「あのう、、、大山大蔵さんでしょうか」
「はい、そうです」
「昨年9月末ころ奥多摩湖から東京駅までバイクで送っていただいた金田玲子です、覚えていますか」
大蔵は少し記憶をたどってから言った「ああ、思い出した、名前は聞いていなかったが」
「あの時はありがとうございました。お金もいただきながら御礼もしませんで、すみません。せめて御金をお返ししたいいですが、どこかでお会いできませんか」
「御金はかまわないが、それよりどうして俺の電話番号が分かったんだい」
「バイク好きの友達が写真集を見せてくれたんです。それで大山さんだと分かって、それとラジオでライダーグループについて話していたのを友達が思い出して、ネットでライダーグループを調べてくれたんです。でも大山さんは脱退されていて、それでリーダーの山田さんに訳を話して電話番号を教えていただいて、、、」
「そうだったんだ、、、でも、あんな事どうってことないよ、あの時、俺は暇だったから乗っけただけだ、気にしないでいいよ」
「でも、一度だけでもお会いしていただけません、、、どうしてもお会いしたいです」
「分かった、じゃどこで会う、今は三密になるなってうるさいよ」
「う~ん、三密か、、、じゃ、どこかの公園で、、、お住まいの近くに、あまり人の来ない公園ありませんか」
「じゃあ00駅の裏山にある00公園、00駅の案内板見たら場所はすぐ分かるから」
「分かりました、じゃ、いつがよろしいですか」
「明日の10時」
「分かりました、10時に00公園で」
翌日、大蔵は00駅の駐車場にバイクを止めて歩いて00公園に行った。まだ9時半過ぎだったが、玲子は来ていて公園入口が見えるベンチに座って大蔵を見つめていた。
そして大蔵が公園に入ると駆け寄ってきて「大山大蔵さんですか」と聞いた。
「大蔵です、金田さん」
「はい、金田玲子です、、、あの時は本当にありがとうございました、何も御礼しませんですみませんでした」
「そんな事、気にしないでくれ、それよりマスクは?」
とマスク装着済みの大蔵が言うと、玲子はハンドバッグから取り出してマスクを付けながら「マスクしていると私だと気づいていただけないかと思って外してました」と言った。
二人は一人分間を空けて並んでベンチに座った。するとすぐ玲子は封筒を取り出し、大蔵に差し出して言った。
「御金ありがとうございました。あの時は1円も持っていなかったので本当に助かりました」
大蔵は仕方なさそうに受け取り中を見た。多めに入っているようだったので数えてから言った。
「多すぎるよ、余分には要らない」
「いえ、ほんの御礼ですから、、、受け取ってください」
「いや、要らないよ」と言って返そうとしたが玲子が拒むので「分かった、じゃ、いただいておくよ、で、この御金でどこかで食事しょう」
「はい」と玲子は嬉しそうに言った。
それから数分間、話が途切れた。二人ともどう話しかけたら良いのか考えていた。
大蔵がためらいがちに言った「聞いてもいいかい、あの後どうしたの」
玲子は、待ってました!と言わんばかりの表情で言った「いただいた御金で大阪に帰りました」
「え、大阪に帰った」
「はい、私、高校卒業してすぐ家出同然で東京の恋人のアパートに行ったんです。でもSNSで知り合った彼は私の身体目当てだったんです。それでそんな関係になり、その後は無理やり飲み屋でバイトさせられたり、、、
フォロワー70万人のユーチューバーで高収入だとか、高級マンションに住んでいるとか、SNSで言ってたのは全部噓でした。私は騙されたんです。
アパートに着くとすぐお金も携帯電話も取り上げられて、言う事を聞かないと殴られて、、、
あの日はバイトの御金が入った翌日で、最初から私を捨てる気で、奥多摩湖まで連れて行かれたんです。そしてあの駐車場のトイレから出たら彼は居ませんでした、、、」
「そうだったんだ」と言って大蔵はちょっと考えた(ある面、よくある話だ、、、)
「でも、もう大丈夫です。私は立ち直りました。大阪の実家に帰ってから派遣社員ですけど就職して真面目に働いています。
でも大山さんの事が忘れられなかった。男性不信になっていた私でも、大山さんのような男性も居ると思うと鬱状態から立ち直れました。大山さんに出会えて本当に良かったです」
そう言われると大蔵は照れ臭かった。しかしそれ以上に、自分の行動が彼女の役に立ったと分かって嬉しかった。
またしばらく話が途切れた。大蔵は何を話してよいか分からず、ふとスマホの時計を見た。まだ10時半前だ、食事に誘うには早すぎる、、、。
大蔵がソワソワしていると玲子が恥ずかしそうに小さい声で言った「私、、、大山さんに御礼がしたい」
玲子の言ったことを言葉通りに聞き流せばどうって事はないはずだが、その時の玲子の仕草に、どこかなまめかしいものを感じて大蔵は胸が高鳴った。
何と返事してよいか分からず口ごもっていると、また玲子が恥ずかしそうに言った。
「私のような女は嫌いですか、、、嫌いですよね、あの男におもちゃにされた女なんて、、、」
大蔵はつい大声で言った「嫌いじゃない、、、」
その後、大蔵はマスクからはみ出た部分まで赤くして言った「き、君は可愛い、、、」それから勇気を振り絞って言った「こ、恋人になってくれ」
途端に玲子は目を輝かせて大蔵を見つめ、しかし不安気に言った「本当ですか」
「ああ」と大蔵は言ったつもりだったが声が出ていなかった。だが大きな動作で頷いたのを見て玲子は微笑んで言った「嬉しい、、、でも大山さんは恋人が居るんでしょう」
「居ないいない」
「でも友達から、大山さんは有名なモデルで人気があるから恋人が居るはずだって、、、」
「はは、モデルは俺じゃない、バイクの方だよ、俺、今まで本当に恋人いなかった、、、こんな俺でよければ本当に恋人になってくれ」
玲子は目を潤ませて言った「ありがとう、、、会いに来て良かった、、、」
それから二人は、家族の事や仕事の事など、若い男女の初めてのありふれた会話をしてから駅前のレストランで昼食をした。
その後、まだ一度も東京観光をしたことがなかった玲子を乗せて、大蔵は都内を走り回った、愛車ハーレーダビッドソンで。
大蔵の夢が叶ったのだ。
楽しく過ごす時の時間の経つのは速い。あっという間に夜になった。
新幹線で大阪に帰る玲子を東京駅で見送った後、大蔵はバイクで帰路に着いたが、嬉しくて仕方がなかった。
心の中に何か温かいものが生まれたような気がした。そして頭の中にはいつも玲子の顔が浮かんでいた。
大蔵はバイクを運転しながら思った。
(それにしても、、、去年、いや一昨年からだ、西田さんから500万円を貰ってからの俺は、ついてる。本当に運が良かった。望んでいた事が次々と叶った。そして恋人が欲しいと思うようになって数日で本当に恋人ができた、、、俺は強運の持ち主なのかもしれない)
浮かれてバイクを運転していた大蔵は、1台のバイクが東京駅からずっと後をつけていた事に気づかなかった。
大蔵が、借りている駐輪場にハーレーダビッドソンを置き、ヘルメットとライダースーツをぬいでトランクに入れ、駐輪場から出ていくのを見届けてから、後をつけてきた男はそっとハーレーダビッドソンに近づいた。
そしてナンバープレートを見て、間違いなく大蔵のバイクだと確信してから、男は鬼のような形相でバイクを睨み付けていたが、結局なにもせず立ち去っていった。
だが、男の頭の中には邪悪で残酷な計画が練られていた。
その後、大蔵と玲子は急速に親しくなって行った。まるで星と星が重力で引き寄せ合うように。
会えない時はラインを使って会話し、それもできない時はメールを使った。
玲子の休日に合わせて大蔵がバイクで大阪に行き、休日の夜まで一緒に過ごした後、大蔵は夜遅く家に帰ってきた。そんな時、大蔵は家族には残業だと言って騙していた。
そのような暮らしが数ヶ月続き、いつの間にか首都圏は梅雨に入っていた。
珍しく玲子の会社が2連休になった。連休初日の朝早く、大喜びの玲子が東京に来て一日中二人で過ごした。
その夜、玲子は予約済みのホテルに泊まる事になっていたので、ホテルの近くのレストランで食事し、大蔵は玲子をホテル近くまで送って行った。
街角を曲がればホテルが見えるという所で玲子は不意に立ち止まり、熱い手で大蔵の手を握りしめ小さい声で「私を一人にしないで、、、泊まって、、、」と言い大蔵に抱きついた。
思わず大蔵は両手を回し玲子を抱きしめ唇を重ねた。
大男の大蔵が背を向けて立っていると小柄な玲子が全く見えず、道行く人は大蔵が小便でもしているのかと思い避けて行った。
大蔵は誰にも気兼ねせず玲子を抱きしめていた。
初めての玲子の唇の感触に大蔵の心は燃え上がった。
玲子の願い通りこのままホテルに入れば恐らく人生最大の喜びを体験できるだろう。
だが律儀な大蔵は、自らの感情よりも理性の方が強かった。
大蔵は静かに唇を離して、なおも玲子の瞳を見つめて言った。
「今度大阪に行って両親に会う、そして結婚の許しを貰う。その後で、、、」
玲子の瞳が潤んだ。玲子は弱々しく言った「、、、あの男におもちゃにされた女だからなの」
「違う、、、お前はもうその事は忘れろ、、、俺はお前を世界最高の女性として接したいんだ、、、」
玲子は手を伸ばして大蔵の顔を引き寄せ唇を重ねた後、どこか寂し気な表情で言った。
「、、、ありがとう、、、私の全てはもう貴方のもの、貴方の意のままに、、、
ホテルの前で別れるのは嫌、ここからは一人で行くわ」
玲子は唇を嚙みしめてから微笑み去って行った。
大蔵はその場から玲子が街角を曲がるまで見送ったが、後日大蔵は、この時なぜ玲子がホテルに入るまで見送らなかったのかと死ぬほど後悔することになった。
家に帰り着くと大蔵はいつものように「いま、家に着いた」とラインメッセージを送った。
いつもなら玲子から「お疲れ様」とかの返信が来るのだが、風呂にでも入っているのか来なかった。
しかし大蔵は気にせず風呂に入ってから寝た。
翌朝、大蔵がラインを確認したが玲子からは何もメッセージが来ていなかった。
大蔵は胸騒ぎがしてきた。ラインメッセージを送り、電話もかけたが出なかった。
大蔵はホテルに電話した。するとホテルスタッフは「玲子様は御予約されていましたが、お見えになりませんでした」と淡々と言った。
大蔵は青ざめ、めまいがしてきた。(玲子は一体どうしたんだ)
大蔵は昨夜別れた時の事を思い返した。
(あの街角からホテル入口まで50メートルもない。玲子はホテルに入らなかったのか、、、それとも50メートルの間に何かあったのか、、、)
大蔵は警察に通報すべきか迷った。しかし以前の警察の対応を思い出し(一晩、女性の居場所がわからないくらいでは警察は相手にしてくれないだろう)と思って止めにした。
大蔵は不安だったが、できるだけ平素を装いいつものように家を出た。そして駐輪場に行きバイクのトランクからヘルメットを出そうとして、鍵穴近くにメモ用紙が貼り付けてあるのに気づいた。
そのメモ用紙には「女を誘拐した、後で電話する、誰にも言うな、お前は見張られている」と書かれていた。
大蔵は胸が高鳴り卒倒しそうになったが、辛うじて踏ん張り、これからどうすべきかを必死になって考えた。
(落ち着け大蔵、、、とにかく椅子のある所に行って座ろう)
大蔵はバイクに乗って近くの公園に行きベンチに座って考えた。
(玲子は誘拐されたのか、、、どうすればいい、、、どうすれば)
大蔵は、元刑事の西田を思い出した。「本当に危険な時は電話してくれ、助けに行く 」とも言われている。大蔵は公園のトイレに入り、西田に電話した。しかし何度かけても繋がらなかった。
大蔵はイライラしてきた。「落ち着け、落ち着け」と自分自身に言いながら考えた。
(そうだ山田さんに電話しょう、山田さんも元警察官だ)大蔵は山田に電話した。
「もしもし山田さん、大蔵です。いきなりですが、彼女が誘拐されました、どうしたらいいのか、、、」
「何、彼女が誘拐された、、、本当か」
大蔵は昨夜、玲子と別れてからの経緯を話し、メモの内容も話した。
すると山田は「とにかく、電話がくるのを待つしかない、で、指定場所を言われたら知らせてくれ。それと見張られているなら、バイクを飛ばして振り切っておいた方が良いと思う」と言った。
大蔵は、山田の落ち着いた声に勇気づけられる思いがした。
言われた通りにバイクを飛ばし数キロ離れた公園に入り、ベンチに座っていると胃が痛みだした。
1分が1時間に思えた。長い長い時間を胃の痛みに耐えながら待っていると、昼ごろやっと電話がかかってきた。
「大山か、ふん、見張りを振り切ったつもりか、無駄なことだ、、、1時間後に00交差点に来い」
「わかった、必ず行く、彼女には一切手を出さないでく」
途中で電話を切られた。大蔵は、急いでトイレに入り山田に電話して00交差点を知らせた。
それからもう一度、西田に電話したが、やはり繋がらなかった。
大蔵は、バイクを飛ばして00交差点に行った。指定時間までに30分ほど時間がある。
大蔵は、交差点手前40メートルほどの所の道路脇にバイクを止め、歩いて交差点付近に行ってみた。片側二車線の大通りに片側一車線の道路が交差している何の変哲もない交差点だった。
(こんな交差点で何をしょうと、、、)と大蔵は怪訝に思った。
指定時間を10分ほど過ぎた。
大蔵は、どうしてよいか分からずバイクにまたがったまま周りを見回していた。すると後ろから来たワゴン車が大蔵の横でスピードを落とし、後部窓が開いて「着いてこい」と怒鳴られた。
大蔵は急いでエンジンをかけ着いて行った。
ワゴン車は交差点を曲がり片側一車線の道に入り100メートルほど行って右折して狭い道に入った。その道を4~500メートル行くと、田んぼの一角に周囲を単管パイプとパネル囲いで仕切られた廃材置き場があり、ワゴン車はその中に入った。
大蔵は一瞬、そのまま逃げて警察に知らせようかと思ったが、入って行ってしまった。
入るとすぐ入口を男が閉めた。
大蔵はワゴン車の横にバイクを止めキィーを抜いてポケットに入れた。それから周りを見ると廃材置き場の奥に小屋があり、男が手招いていた。
大蔵が近づくと男は薄ら笑いを浮かべ、ゾッとするような冷たい声で言った「よく来たな」
男の後に続いて小屋の中に入ると、隅にある汚れた畳の上に、後ろ手に縛られ口にガムテープを貼られて座っている玲子が見えた。
「玲子」と叫んで大蔵が突進しょうとするのを、大柄な外人二人が羽交い締めにした。二人を振りほどこうとした時、銃声がして大蔵の左足太ももに激痛が走った。
「馬鹿野郎、銃を使うな、こんな奴はこれで十分だ」と男が言った途端、今度は右足むこう脛に激痛がして大蔵はその場に前のめりに倒れた。
それでも大蔵は両手で這って行こうとした。その右腕に鉄パイプが振り下ろされ骨が砕ける音がした。
大蔵は激痛にうめき声をあげながら左手を玲子に伸ばした。その左手首にも容赦なく鉄パイプが振り下ろされた。
大蔵は這う事もできなくなった。大蔵は首をねじって男を見てうめき声混じりに言った。
「その女性に触れるな、、、頼む、その女性には手を出すな、、、」
「うるせぇ!」今度は背中に激痛が走った。
男が外人に命令して、外人が大蔵を壁にもたせ掛けた。
男は大蔵の襟首を掴んで自分の顔を見させて言った。
「女は戦利品だ、楽しませてもらうぜ、、、
てめえはまだ俺を思い出せないのか。今は龍グループの兵隊だが元はPyobeom KAWASAKI の金(Kim)だ。あの時は随分と恥をかかせてくれたな、、、これからたっぷりと御礼させてもらうぜ」
「おい」金が顎をしゃくると外人二人が玲子の服をナイフで切り裂いて裸にした。
「声を出させた方が楽しいぜ、テープを外ずせ」
外人が玲子の口のテープを剝がすと、玲子は「いや、止めて、止めて、大山さん助けて」と叫んだ。
「やめろ、止めてくれ、頼む、彼女に手を出すな、俺を殺せ、その代わり彼女を」
「うるせぇ」男は鉄パイプを大蔵の口に叩きつけた。数本の前歯が口の中に飛び散った。
大蔵は痛みのため意識がもうろうとしてきた。
男は大蔵の頬を平手で叩いてから言った。
「まだ気を失うんじゃねえ、これから面白いものを見せてやる。よく見てろ、これが龍グループの復讐だ」
悲鳴をあげ続ける玲子を、外人二人と後から入ってきた男を合わせ4人で代わる代わる犯した。
大蔵は見るに堪えず目を閉じた。するとすぐ誰かに殴られ「よく見てろ」と怒鳴られた。
それからどれほど時間が経ったのか、最後に金がもう一度玲子の上に重なった。そして数分後その態勢のまま怒鳴った「首を絞めろ」
外人二人が玲子の首にタオルを巻き付け両端を引っ張った。
玲子は身体を数十秒けいれんさせたあと動かなくなった。それでも外人二人はタオルを引っ張り続け、玲子の首から鈍い音がして、鋭角に折れ曲がってからやっとタオルから手を離した。
やがて金は満ち足りた表情で立ち上がるとズボンを履いてから、思い出したように玲子の亡骸に小便をした。それから大蔵の耳元で言った。
「どうだ、目の前で恋人を犯され殺されるのを見た気持ちは、、、心配するな、お前もすぐ行かせてやるぜ」
金は立ち上がると、大蔵の脳天に鉄パイプを振り下ろした。大蔵の額が割れ鮮血が飛び散り意識が失せた。
大蔵のライダースーツからバイクキィーやスマホ、財布などを抜き取ると4人は二人をそのままにして小屋を出た。すぐに男が金に言った「このままで良いのか」
「いいんだ、すぐに死体処理班が来る」
大蔵のハーレーダビッドソンに金が乗り、3人はワゴン車に乗って廃材置き場を去って行った。
死体処理班が来るためか入口は閉められなかった。
そのころ山田は00交差点で思案に暮れていた。家が遠かったために、ここに着いたのは指定時間の1時間後だった。大蔵が居るはずもない。
(知らされた交差点はここで間違いないはずだが、これからどう行けば良いのか、電話してみるか)
「もしもし大山さん」
返事がない、大蔵ならすぐ返事をする、山田は誘拐犯が大蔵の携帯電話を奪った事を悟った。
山田はすぐに電話を切って考えた(大山君は誘拐犯に捕まってるな、、、どうすればいいのか)
その時、100メートルほど先の狭い道から一車線の道へ左折してくる、ハーレーダビッドソンとワゴン車が見えた。
山田はとっさに身を隠してハーレーダビッドソンを注視した。
(間違いない大山君のバイクだ、そして乗っているのは別人だ、、、ということは、、、)
ハーレーダビッドソンとワゴン車が交差点を通り過ぎる時、山田はワゴン車をスマホで写真に撮りナンバーを記憶させてから、ハーレーダビッドソンとワゴン車が出てきた狭い道に入って行った。
道の両側は田んぼ、しかし数百メートル先に単管パイプ囲いで仕切られた所があった。
山田は直感で(あれだ)と思い、数十メートル手前でバイクを止め、歩いて近づいた。
入口が開いている。しかも、ぬかるんだ地面には見覚えのあるハーレーダビッドソンのタイヤの跡があった。廃材置き場を見回すと奥に小屋がある。山田は(あそこだ)と思い、そっと近づいた。
しかし人が居る気配がない。
山田は恐るおそる小屋の扉を開けた。壁に上半身を寄りかけるようにして倒れている大蔵の姿が見え、その奥に女性の裸体も見えた。
山田は大蔵に飛びつき、手首の脈をみた。弱々しいが脈はある。その後、女性を見た。
警察の交通課で何度も事故死の人を見ていた山田は、一目で女性の死を確信し、先に大蔵の応急処置をした。自分のシャツをぬいで出血の酷い頭部を縛ってから、警察と救急車に電話した。
その時、山田は(この場所は説明しづらい、00交差点まで迎えに行こう)と考え00交差点に来てもらう事にした。
幸い15分ほどで警察と救急車が来て、無事廃材置き場に案内することができた。
山田は救急車で大蔵と一緒に行きたかったが、警察の事情聴取を断れず00署に行った。
山田は警察署で、朝大蔵からの電話を聞いてからの経緯を全て話した。
死亡が確認された女性については、大蔵の彼女らしいと言う事以外は何もわからないと答えた。
そして山田は、犯人逮捕のカギを握る、ワゴン車の写真と大蔵のハーレーダビッドソンに別人が乗っていた事も話した。
警察はすぐに各所で検問を開始した。しかしハーレーダビッドソンとワゴン車は見つからなかった。
今回の現場のように、廃材置き場等に隠されていたら地上で探すのは困難だ。山田は、上空からの捜査も提案した。
山田は(暗くなる前に見つかれば良いが)と思ったが、暗くなってもハーレーダビッドソンもワゴン車も見つからなかった。
そのころ金はビールを飲みながら食事していた。憎い大蔵を始末した満足感が加わって、なおさらビールがうまかった。既に酔いもまわって上機嫌になっていた。
しかもハーレーダビッドソンを解体屋に売って、懐に150万円があった。
(良いバイクで勿体ねえが、乗り回すわけにはいかねえ、、、分解されて1週間後には外国でだろう。まあ悪くねえ臨時収入だ、娘に何を買ってやるか、、、そうだチョゴリを買ってやろう、、、)
などと考えていると手下から電話がかかってきた。
「俺だ、どうした」
「兄貴に言われて廃材置き場に00処理に行ったら警察が居て入れなかった。一体どうなっているんですか」
「なに廃材置き場に警察が居ただと、、、てめえら何時に行ったんだ」
「何時てぇ、兄貴に電話貰って00処理機をトラックに積んですぐ行ったんで、、、3時ころだった」
「馬鹿野郎、なんでもっと早く行かねえんだ」
「もっと早くったって、あれ以上早くは無理ですよ」
「クソッタレが、、、もういい」
金は電話を切ってから考えた。
(あそこに警察が居ただと、、、つまり、あの二人の死体が見つかったと言う事か)
そう考えると酔いが吹っ飛んだ。
(女の体内の液体や凶器の鉄パイに着いた指紋等、俺の証拠品が小屋の中に、、、それを警察が、、、逃げなければ、、、)
金は慌てて会計をして店を出た。出たが、どこへ行くか考えていなかった。
(逃げなければ、、、だが、どこへ、、、日本の警察は優秀だ、、、外国、、、そうだ、このさい祖国へ、、、しかし、あのウイルスのせいで飛行機は飛んでいない、、、そうか船なら、、、よし対馬に、、、対馬まで行けば、なんとかなる)
金はスマホで東京から対馬への行き方調べ、新宿から博多行き高速バスに乗った。
翌日の夕方、博多港に着いたが対馬行きフェリーは22:30発で、金は缶ビールを飲みながらテレビを見ていた。
ニュースで「千葉県の廃材置き場の小屋で若い男女の他殺体が発見された」と報じていたが、犯人の手がかりについては何も報じていなかった。
(ふん、当然だ、俺の体液や指紋があったところで、俺と言う人間を断定することはできねえ。それに、バスもフェリーも名前は通名だ。俺がここにいる事などわかりっこねえ、、、そう言やぁあの時、何故かもう一回殴るのをためらい後悔したが、奴めやっぱりくたばってやがった。ざまあみろ)
金はパチンコに行って時間をつぶしてからフェリーに乗った。
翌朝まだ日が昇る前に比田勝港に着いた。
金は釜山港行きの船を調べたかったが、まだどこも開いていなかった。仕方なくゲストハウスに行ってみた。幸い開いていて11時チェックインまでラウンジで休ませてくれた。
乗り物疲れのせいか9時ころまで眠っていた。それからいろいろ調べてみたが、やはり釜山行きは止まっていた。
ゲストハウスに帰りチェックインして部屋に入り、シャワーを浴びてからこれかの事を考えた。しかし、妙案は考えつかなかった。
病院に搬送され集中治療室で治療を受けたが、三日経っても大蔵は昏睡状態のままだった。
手足や顎の骨折は治療可能だったが、頭蓋骨陥没骨折による昏睡状態は危機的状況に思えた。
だが医師は不思議に思っていた。こんなに酷い頭蓋骨陥没骨折でありながら脳の損傷が見つからないのだ。MRI脳画像診断でも脳の損傷は発見できなかった。
とはいえ三日も昏睡状態が続けば、まず助からない。
医師はもうダメだと諦めていたが、大蔵の家族は諦めきれなかった。とくに母親は、医師にすがりつかんばかりにして言った「先生、お願いします。息子を、息子を救ってください」
医師は心の内を隠して「最善を尽くします」と言うしかなかった。
だが奇跡が起きた。4日目の朝、看護師が検診に行くと大蔵が目を開けたのだ。
急いで連絡すると医師は、信じられないと言う顔で現れた。
医師が見ると、焦点が合ってないようなボーとした視線だが大蔵は確かに目を開けて何かを見ていた。医師はペンライトで瞳孔を調べたが間違いなく光に反応している。
医師は大蔵の耳元でゆっくり言った。
「大山大蔵さん、聞こえますか、聞こえたら返事をしてください」
大蔵の包帯だらけの口が微かに動いたが声は出なかった。
それを見て医師は「まだ声は出せませんね、分かりました。私が質問しますのでイエスなら1回目を閉じてください。ノーなら2回閉じてください。分かりましたか?」と言った。
大蔵は1回目を閉じてから開いて視線を医師に向けた。
それから医師の質問が始まった。医師は先ず痛む所を聞き、その程度も聞いた。
大蔵は、頭も口も背中も手足も猛烈に痛いと答え、点滴に麻酔薬が加えられた。
30分ほどして医師が「眠くなりましたか」と聞くと大蔵は1回目を閉じてから医師を見それから目を閉じて眠った。
麻酔薬の効果か大蔵は深い眠りだった。
家族も刑事も来ていたが、医師に睡眠を妨げないようにと言われていたため誰も声をかけなかった。
大蔵が目覚めたのは、その日の夕方だった。
母は目覚めた大蔵を見て涙を流して喜び、父は「大丈夫だ、お前は必ず良くなる」と言って目を潤ませた。妹は母と一緒に泣いていた。
その後、刑事が申し訳なさそうに「事件について大蔵君に聞きたいことがありますので、すみませんが席を外していただけませんか」と言った。家族は病室から出て行った。
声を出して答えられない大蔵への刑事の質問。だが刑事は、あいうえお、の表を一文字ずつ指差して、死亡した女性の名前や、犯人の名前を聞きだした。
犯人の名前が分かると刑事はすぐに「龍グループの金」だと捜査課に電話した。
捜査課はすぐに逮捕状を持って龍グループのマンションに乗り込んだが、金は逃走していた。
当然のこと、金は全国に指名手配された。対馬北警察署を通じて比田勝交番の警察官にも「龍グループの金」と知らされていたが、この時はまだ写真がなかったし、金は「高田富夫」と言う通名を使っていたためにゲストハウス宿泊中の金を見つけられなかった。
また、公開捜査でなくテレビ新聞報道もされていなかったために、金も指名手配されていることを知らなかった。
金は、ずっと比田勝のゲストハウスに宿泊して釜山へ行く方法を考えていた。
数日後、山田が見舞いに来て、事件発生の時に早く行けなかった事を詫びた。
すると大蔵は、あいうえお表を使って言った。
「奴らは銃を持っていた。早く来ていたら貴方も殺されていただろう。俺を助けてくれてありがとう」
その後大蔵は、金は以前バイクで競争して負けた事を根に持ちこの事件を起こした。
しかしバイク競争で負けたくらいで何故これほど酷い事件を起こしたのか理解できないと言った。
山田は「日本人ならこんなに酷いことはしない。しかし金は在日だ、在日は日本人を恨んでいるから、日本人相手だと平気で凶悪事件を起こす。
しかも、競争で負けた上に君に殴りかかって逆に腕をねじ上げられた。まるでガキ扱いだった。
みんなの前で恥をかかされたのだ、プライドの高い在日の金にしたら、君は憎んでも憎み切れない存在になっていたのだろう。在日は、日本人の常識では理解できない」と答えた。
すると大蔵は「信じられない、、、同じ人間なのに」と言った。
山田は、警察官の時に知り得た事等を含め在日やK国の事を話し始めた。
「K国はC国同様噓だらけの歴史教育を何十年も続けていて、その結果、今では小学校低学年の生徒が、日本に原爆投下する絵や日本人を銃殺する絵を描くほど日本人を恨むようになっている。そしてK国人の大半が『日本人には何をしても良い』と考えるようになっている。
『何をしても良い』と言う事は『殺しても良い』と言う事でもあるのだ。
日本人に対してそんな感情を持っているK国人が、日本には在日として数十万人住んでいる。
金はその中の一人だ。だからK国人は日本人を殺す事など何とも思っていない。
しかも、日本人を殺してもK国に帰れば『英雄扱い』される。こんな異常な国はない。
だが、こんな異常な国、K国に二本政府は強い対応をしない。
それは国会議員の中に在日K国人やその影響を受けている人が居るためだ。
それだけではない、警察官の中にまでK国人の力が及んでいて、在日K国人が犯罪や交通違反を起こしてもニュースに出なかったり、通名で日本人の悪事のように報道される。
俺はそれに腹を立てて警察官を辞めたのだ」
(日本人には何をしても良い、、、そんな気持ちで金は、玲子を犯して殺したというのか、、、)
山田の話を聞いて大蔵は心の中に激しい憤りが燃え上がった。
山田は更に言った。
「もちろん在日の中にもK国人の中にも良い人間は居る。だが少ない。悪い人間の比率の方が高いのだ、だから在日やK国人は嫌われる。嫌われるから更に日本人を恨む。正に逆恨みだ、全くどうしょうもない奴らだ。
あんな奴らはさっさと強制送還すればよいのに、二本政府がしないからこんな事件が起きる」
(そんな奴らのために玲子は殺され俺はこんな目にあわされた)大蔵の心の中の憤りが爆発した。
しかしその憤りを口で言えないもどかしさに大蔵はイライラした。
「おっと長居した、疲れただろう、少し休みな、俺は帰る、また来るから」と言って山田は帰って行った。
約2週間後、前歯が5本なくなった事も影響してか聞きづらかったが大蔵は何とか話ができるようになった。だが、両手と右足はギブス固定されたままで全く動かせず、銃弾が貫通した左足太ももの傷もまだ癒えていなかった。
お下の世話はもとより寝返りをうつ事もできず、全て看護師任せ。だが、巨体の世話は看護師二人がかりでも大変だった。
大蔵はおむつ交換さえも申し訳なく思ったが、どうすることもできなかった。
そんなある日、中年男性が病室に入ってくるなり「この野郎」と叫んで大蔵に殴りかかってきた。
後から入って来た中年女性と若い女性が「お父さん止めて、怪我人を殴らないで」と言って中年男性にしがみついた。それでも中年男性は大蔵を殴ろうとしながら叫んだ。
「この男と付き合ったばかりに玲子は殺された、この男が殺したのとおなじだ。この野郎、玲子を返せ、玲子を今すぐ生き返らせろ」
数人の看護師が飛び込んで来て中年男性を取り押さえた。
「放せ、私は、この男を殺したいんだ、放せ、放してくれ」やがて男性の大声は慟哭に代わった。
大蔵は不自由な口で言った。
「お父さん、殴ってください。気のすむまで殴ってください。しかし殺すのは待ってください。俺が玲子さんの復讐をし終えるまで、殺すのは待ってください。お願いします、、、」
男性は看護師を振り切りベッド脇に立って大蔵を睨み付けていたが、不意に大蔵の頭の横に顔を埋め慟哭した。
いつしか大蔵の目にも涙が溢れていた。
若い女性が男性の横に来て泣きながら言った。
「父を許してください、、、妹が、玲子が死んで以来、精神が不安定なんです、、、私も、母も、、、」
わずかな時間、病室には泣き声だけが聞こえていたが、やがて大蔵の弱弱しい声が聞こえた。
「、、、俺は玲子さんと結婚したかった、、、結婚の許しをいただきに御両親に会いに行く話を玲子さんとしたばかりだった、、、玲子さんの居ない世界に居たくない、玲子さんの所へ行きたい、、、
しかし玲子さんを殺した奴らを許せない。奴らに復讐したい、、、
どうか御父さん、奴らに復讐するまで私を生かしておいてください、お願いします」
玲子の父が顔を上げて涙を拭こうともせずに言った「復讐だと、、、玲子の仇を討つと言うのか」
「はい、、、俺は刑務所に入ってもいい、必ず復讐する、奴らを決して許さない、、、奴らが警察に捕まり刑務所に入っても、出てきたら必ず復讐する。俺は一生奴らを許さない」
玲子の父は、服の袖で涙を拭き、大蔵を見据えて言った。
「いいだろう、お前は生きろ、、、早く元気にれ」
そう言ってから父は妻子を促して病室から出て行った。
看護師もホッとした表情で出て行き、一人になった大蔵は目を閉じて考えた。
(、、、こんな形で玲子の家族に会うとは、、、)
その時、玲子との最後の夜が思い出された(、、、あの時、一緒にホテルに入っていれば、、、)
大蔵の目から涙が滝のように流れ落ちた。
影の総理の地下施設で何カ月も過ごしていた西田に、御老は「ハメリカに行って大統領と会え」と言った。
さっそく西田は早苗と空港に行った。だが搭乗時間にはまだかなり間がある。
待合室のソファーに座りぼんやりしていた時、脈略もなく大蔵の事を思い出した。いつの間にかもう1年ちかく電話もしていないし、大蔵からもかかってこなかった。
(そうだ、昨年イギリスで川に落とされた時、携帯電話をなくしたんだ。で、新しい電話を買ったが、大蔵君には知らせてなかった、、、大蔵君の電話番号は、、、)
西田は大蔵の電話番号を思い出して電話したが、何度かけても通じなかった。
西田は不意に嫌な予感がしてきた。
西田はイギリスから帰ってきた後も交流していた賢治に電話し「ライダーグループで調べて大山大蔵と連絡を取ってくれ。何故か気になる 、できたら会って近況を調べてくれ」と伝えた。
賢治はさっそく調べてライダーグループ代表の山田に電話した。
すると山田は「大山大蔵君は交通事故で死にました、いま警察がひき逃げ犯人を捜査中です」と他人事のように言った。
その言い方に違和感を覚えた賢治は「あ、そうだった、それより俺もライダーグループに入りたいんだが申し込みはどうしたらいいんだい」と話題を変えて聞いた。
そして、山田と会う手筈をととのえてから、翌日レンタルバイクで出かけた。
高速道路のパーキングエリアで会うと山田は言った。
「ライダーグループに入る前に一緒に走って技量を知りたい、次のパーキングエリアまで走ろう」
「いや、その必要はない、ここで大蔵君の居場所を教えてくれるだけでいい」
「俺を騙したのか」そう言って山田は身構えた。しかし賢治は涼しい表情で言った。
「先に噓を言ったのはお前の方だ、大蔵君は死んでいない」
数秒無言のまま賢治の顔を見据えた後で山田は言った「お前は何者だ、、、」
「お前は西田さんを知っているか、俺は西田さんの使いで来たんだ」
「西田、、、大蔵君と親しくしていた元刑事の西田さんか?」
「西田さんは元刑事だから、たぶんそうだ、中年小太りの、、、お前は会ったことがないのか」
「一度だけある、しかし話したことはない、、、その西田さんが何故、大蔵君の事を知りたがるのか」
「俺も何故だか知らないが、気になるから会って近況を聞けと言われた。俺は西田さんの弟分だから言われた通りにするしかないんだ」
「弟分?。ではお前と西田さんは893か」
「西田兄貴は893じゃねえ、元刑事だ。だが俺は元龍グループだった。だが兄貴のおかげで抜けられた。以来俺は兄貴と見込んで付き合っている。
兄貴は忙しいようで昨日ハメリカに行ったが、俺に大蔵君に会えと言ったんだ。もし本当に死んでいるなら兄貴が会えとは言わない。大蔵君は生きているはずだ。大蔵君に会わせてくれ」
山田はまたしばらく無言で考えていたが「いいだろう、お前を信用しょう」と言って病院のカードを賢治に手渡しながら続けて言った。
「警察の要望で大蔵君は死んだ事になっているが、その病院の00室に佐藤隆の名で入院している。龍グループに両手両足を折られ殺されかけたが何とか一命を取り止め、最近やっと口がきけるようになった、、、そうか、明日一緒に行こう。12時に病室前で、どうだ」
「わかった、じゃあ明日12時に、、、ところで00に帰るには高速出口はどこだ、俺バイクで高速走るの初めてなんだ」
山田は呆れて言った「じゃあ着いてきな、00まで送ってやるよ」
翌日の12時に賢治が病室前に行くと、病室内から山田の話し声が聞こえた。
賢治は病室内に入り大蔵のベッド脇に行くと大蔵が言った。
「役立たずの薄のろ西田の使いか、今さら何のようだ」
頭に来た賢治は拳を振り上げ、今にも殴りつけそうな剣幕で言った。
「この野郎、いきなり何を言いやがる、俺に喧嘩売ってるのか」
すぐに山田が止めに入ったが、山田も大蔵の言葉に驚いていた。
(まさか大蔵君がこんな事を言うとは、一体どうしたんだ、、、それよりこの男を止めなければ、、、)
「宮澤君、やめろ、大蔵君は身動きできない怪我人だ」
賢治は拳を下ろして言った。
「怪我人じゃなかったら半殺しにしてやるところだ、、、口の利き方に気を付けろ」
「ふん、西田は役立たずの薄のろだから役立たずの薄のろと言ったんだ、本当の事を言って何が悪い」と賢治を見据えて大蔵が言った。
「なんだと、この野郎、もう一遍言ってみろ」
山田が中に入って言った「大蔵君やめろ、初対面の相手に失礼だぞ」
「ふん、、、暴力を振るうのは理由を聞いてからにしたらどうだ」
「わかった、わけを言ってみろ、だがいい加減な理由ならただではすまさんぞ」
「、、、俺は西田に『龍グループの本当のリーダーを調べろ』と言われ500万円貰ったが、その時『本当に危険な時は電話してくれ、助けに行く』と言っていながら、恋人が誘拐された時、何度も電話したが出なかった。結局、本当に危険な時、何の役にも立たなかったんだよあの西田は。
そんな奴が、恋人を殺され俺がこんな身体にされてから、のこのこ使いを寄こしやがった、、、
そんなのろまな西田の事を、役立たずの薄のろと言って何が悪い。どこか間違っているかい」
賢治は大蔵にそう言われて青菜に塩の如くしおれて言った。
「、、、そうだったのか、、、それじゃあお前がそう言うのも無理はないな、、、
殴ろうとして悪かった、許してくれ、、、お前が今言った事は西田さんに言っておくよ。西田さんがハメリカから帰ってきたら必ず言っておく、、、
見舞いに来てこんな事になって悪かったな、じゃあな、、、、一日も早く良くなってくれ」
賢治は病室から出て行こうとしてドアノブを掴んでから、思い出したように言った。
「俺は元、龍グループの人間だ、、、こんな俺でも役に立つ事があったら電話してくれ」
賢治は名刺を取り出してベッドの脇においてから出ていった。
賢治は帰りの電車の中で考えていた。
(、、、確かにな、、、恋人を殺され、大怪我をさせられた後に見舞いに行ってもな、、、それにしても龍グループめ、、、)
賢治は今も時々、龍グループに居る友人と電話し合っていたが、しかし顔を整形手術した後は一度も会っていない。相変わらず寝たきり婆さんの看病をしていると言い続けていた。
だがその婆さんは、賢治のマンションの隣の部屋でピンピンしていたのだが。
その婆さんが、賢治が帰ってきたのに気づいたのか隣の部屋から出てきて賢治を見回してから言った「どうした賢治、元気がないが彼女に振られたか」
(まったくもう、くたばりぞこないの婆め)と思いながら「彼女なんていねえよ」と言って自分の部屋に入って行こうとするのを引き留めて婆さんが言った。
「ちょっと待て、お前がそんなに元気がないのは只事じゃない、病院に行って調べろ、もしかして武漢肺炎じゃないのか。お前、ワシの言う事聞かんでマスクしてなかったんじゃろ」
「んなんじゃねえよ、心配するなって、俺もう寝るから」
そう言って賢治は何とかお婆さんを振り切って部屋に入った。
数週間後ハメリカから帰ってきた西田は、空港で早苗と別れ賢治に電話した。
賢治は、大蔵の身に起こった事件と大蔵の言った言葉をそのまま伝えた。
西田は驚き、しばらく言葉を失っていたが、賢治の「とにかく一度見舞いに行った方が良い、俺も一緒に行こうか」と言う言葉に対して「分かった、これから病院に行く、場所はどこだ、、、俺一人で行く」と答えた。
飛行機が朝、成田空港に着いたおかげで、昼前に病院に着いた。
病室内に入ると大蔵は眠っていた。
西田はベッドの脇に立って、大蔵が目を覚ますのを待っていた。
数十分後、大蔵が目覚め、忘れかけていた西田の顔を認識すると途端に険しい顔になり「薄のろめ、失せろ」と怒鳴った。
西田はその場に土下座し、無言のまま居続けた。
大蔵は、今度西田に会ったら、ありったけの恨みつらみを言うつもりだったのだが今は何故か言葉が出なかった。
二人とも無言のまま時が流れた。
やがて看護師が検診に来て西田を見て驚いて言った「誰ですか、どうしましたか」
しかし西田は微動だにしなかった。その時の西田には他にできる事が何もなかったのだ。
看護師が大蔵に聞いた「どなたですか?。どうしたんですか?」
「どこかのペテン師です、放っておいてください」と大蔵は言い検診に応じた。
「分かりました、でもここだと検診の邪魔になるのですが、、、」
「じゃ、ベッドの下にでも蹴り込んでください」
「、、、でも、、、私の力では動かせそうにありませんわ」
「じゃ、他の看護師を数人呼んで、窓の外にでも放り出してください」
看護師は、ふくれっ面をしたまま何とか検診を済ませて出て行った。
また二人だけになった。まるで根競べでもしているようだった。
大蔵がイライラしてきて言った「邪魔だ、失せろ、顔も見たくない、失せろ」
その時、泣き声で西田が言った「今の君に対して、どんな謝罪の言葉も無意味だと分かった、、、今の俺にできる事はこれしかない」
それから西田はポケットから、来る途中で買ったハンカチと剪定ばさみを取り出し、四つ折りにしたハンカチの上で小指を切り落とした。
そして、うめき声混じりに言った「俺は893ではないが、これ以外にできる事がない、すまない」
西田は、血の流れ落ちる左手を服のポケットに入れ、右手で切り落とした小指をハンカチでくるみ、ベットの上に置いて立ち去った。大蔵は顔色を変え呆然と見送った。
西田は、左手をポケットに入れたまま薬局で包帯を買い、トイレで手を洗ってから包帯を巻いた。
それから銀行に行き、高額の小切手を2枚作ってから何事もなかったように新潟の影の総理の地下施設に帰って行った。
数日後、賢治が見舞いに来て「身体の具合はどうだい」と聞いたが大蔵は無言のままだった。
賢治が「西田さんの伝言だ『一日も早く良くなってくれ、そして良くなったら、俺を煮るなり焼くなり好きにしてくれ』と言ってた、、、じゃあな」と言って大蔵の枕元に封筒を置いて出て行った。
まだ手を動かせない大蔵は、検診に来た看護師に封筒を開けて中身を見せてもらった。
看護師の手が震えるほどの高額小切手が入っていたが、大蔵は無表情のままだった。
更に数日後、玲子の姉が見舞いに来て言った。
「この間は、ごめんなさい。貴方が悪いわけではないのに父があんな事をして、、、それと、これ、貴方ですか」と言って封筒を取り出し、中の小切手を見せた。
大蔵は顔を動かしてそれを見て、差出人が誰か分かり吐き捨てるように言った。
「俺じゃない、、、だが受け取っておけばいい、こんな事をするのは、どうせ金持ちだ、、、貰ってやれば良い」
「でも凄い金額ですよ、、、私、怖くなって、、、家に一人で居た時に届いたので、両親に知らせないで持って来たんです。もし両親がこの御金の事を知ったら、また飲んだくれて働かなくなります。
実はうちの両親は二人ともアル中で、散々な家庭なんです。それで玲子はグレて高卒で家出、しかも家出先が紐男で、、、でも貴方に出会えて、今度こそ必ず幸せになるって言ってたのに、、、」
その後は泣き声で聞き取れなくなった。
入院2ヶ月近くになって心の痛みが薄らいできていた大蔵だったが、姉の話を聞いてまた辛くなってきた。
(ふん、いくら大金を貰ったって玲子は生き返らない、、、あの役立たずめが、、、)
大蔵は煩わし気に言った「、、、その御金は両親には言わず貴女が持っていれば良い。そしてバイトの御金とか言って少しずつ家に入れれば良い」
すると玲子の姉は顔を上げて弾んだ声で言った。
「、、、貴方って頭いい、、、そうね、そうするわ、、、私、これから隠れた大金持ちだわ、、、
貴方何か欲しい物ない、何でも買ってくるわ、、、あ、そうだ、私、この近くにアパート借りて住む。そして貴方の世話をするわ。両親にはこっちで就職したって言って月々仕送りすれば良いわ」
「うっ、、、」大蔵は言葉に詰まった(俺の世話をする、、、どんな事をする気だろう)
お下の世話を含めて全て看護師にやってもらっている大蔵は、そんな姿を普通の女性に見られたくはなかった。
大蔵が黙っているのを遠慮しているとでも解釈したのか、玲子の姉、恵子は「遠慮しないでね、私、何でもしてあげるわ。さっそく今日はアパートを探しに行くわ。でも見つかるまでは優雅なホテル暮らし」そう言って嬉しそうに病室から出て行った。
大蔵は啞然として恵子の後ろ姿を見送った。
恵子はそれから毎日来た。本当に病院の近くのアパートを借りて、仕事もせず一日中大蔵の傍に居た。そして両手の使えない大統にリンゴの皮をむいて食べさせてくれたり、スマホを支えて見せてくれたりした。
最初は気恥ずかしくて煩わしく思っていた大蔵も1週間経ち2週間経つと慣れて、それが当たり前の事のように思えてきた。
だが大蔵は(俺が頼んで居てもらってるんじゃない、勝手に居るんだ。好きにさせとけばいい。そのうち来なくなるだろう)と考えてほおっておいた。
それから数ヶ月が過ぎ、大蔵は毎日リハビリに精を出していた。
複雑骨折の両腕はまだギブスがとれないが、銃弾貫通の左足と単純骨折の右足はギブスがとれ、両脇の下で挟むようにして平行棒歩行を繰り返した。
心の中に「復讐」の二字が刻み込まれている大蔵は、一日も早く歩けるようになりたかった。
だがそれ以上に切実な悩みもあった。
巨体の大蔵のおむつ交換のために最低二人の看護師が必要だったが、二人のタイミングが合わないと、うまくおむつが取り付けられず、脇から漏れたりする上に、おむつかぶれができて痒くて我慢できなかったのだ。
手で掻こうにもまだ使えず、看護師に頼むのも、場所が場所だけに頼み辛かった。
(腕は後回しだ、とにかく自由に歩けるようになりたい、そしたら自分で用便ができる)
大蔵の努力の結果2週間ほどでトイレまで歩けるようになった。
ストレス解消が幸いしたか、その後の回復が早かった。1ヶ月後には五指のリハビリができるようになり、更に1ヶ月後には退院できた。
とは言え週一の通院が必要だったし、まだ走り回ったり懸垂することはできなかった。後は日常生活をおくりながら気長に完全回復を目指すしかなかった。
退院が決まって喜ぶはずなのに恵子は元気がなかった。
大蔵と二人きりになった時、恵子がポツリと言った「私、、、玲子の代わりになれないかしら」
大蔵は少し前から恵子の気持ちに気づいていた。だが、玲子の事を忘れられない今の大蔵にとって恵子の気持ちを受け入れる事はできなかった。
大蔵は一言言った「俺に玲子の復讐をさせてくれ」
警察の捜査上の理由もあってか大蔵は退院しても実家には帰れず、警察が手配したアパートに住むことになった。
恵子は大喜びで、買い物や洗濯など身の回りの世話をしてくれた。まるで新妻気取りで。
だが、これから玲子の復讐をするにあたり、龍グループと関わらざるを得ないと考えている大蔵には、恵子の存在は不安材料の一つでしかなかった。
(もし恵子が龍グループに襲われたら、、、)玲子のあの忌まわしい事件が大蔵の脳裏をよぎった。
大蔵は恵子にハッキリ言った「数ヶ月、俺を一人にしてくれないか、、、貴女を巻き込みたくない」
恵子は暗い表情で言った「わかったわ、、、でも、私が必要になったら何時でも電話してね」
恵子は翌日から来なくなった。
一人になった大蔵は、これからの事を考えた。
(復讐するにしても先ず、あいつの居場所を知らないといけない、、、まだ警察に捕まっていないと言う事は、どこかに潜んでいるんだ、、、だが、どうやって探せば良いのか。警察でさえ見つけていない相手を、俺なんかが一人でどうやって探す、、、)そう考えると大蔵は途方に暮れた。
大蔵は山田に相談した「山田さん、俺はどうしても玲子の復讐をしたい。手伝ってもらえませんか」
山田は厳しい表情で言った「手伝うといっても具体的にどうすればいい」
「先ず、それを一緒に考えてほしいんです、どうやったら復讐できるのか、、、」
山田はすぐに言った。
「無理だよ、警察でさえ見つけられない犯人を、素人の俺たちだけで探すのは」
大蔵は打ちひしがれて黙り込んだ。
数分間、重苦しい時間が流れた後で山田は言った。
「宮澤君に聞いてみたら、、、彼は元龍グループだったらしいから、何か知っているかもしれない」
(西田の子分の宮澤か、、、)そう思うと大蔵は気が引けたが、電話することにした。
「宮澤さんですか、俺、大蔵です、大山大蔵です。お見舞いありがとうございました。それか」
賢治は大蔵の言葉を遮って言った「やっと俺の出番が来た、、、前置きはいいよ大蔵君、龍グループに復讐したいんだろ。電話じゃなんだからこれからそこに行くよ」
「えっ、、、」大蔵は呆気にとられた。
しかも、5分も経たないうちにドアをノックした賢治には山田も驚いた。
驚いている二人に無頓着に賢治は言った「やぼ用があってたまたま近くに来ていたんだ」
しかし大蔵と山田は、賢治が何故このアパートを知っているのか怪訝に思った。
だがそんな事はどうでも良い、これから重大な話しをする、と言うような緊張した顔で賢治は言った。
「俺はこれから大蔵君と『人殺し』について話しをする。山田さんを巻き添えにしたくない。すみませんが山田さんは帰ってもらえませんか」
山田は一瞬驚いた顔をしたが「俺も手伝いたい、仲間に入れてくれ」と言った。
すると今度は賢治が迷った(この人を信用して良いのか、、、警察にチクられたら終わりだ、、、)
賢治が迷っているのを見て取った山田は更に言った。
「俺も仲間入れてくれ、俺も龍グループに仕返しがしたいんだ。俺は警察官だった時、龍グループに散々不愉快な想いをさせられたんだ。だから俺も仕返ししたいんだ」
しばらく考えてから賢治が言った。
「いいだろう、、、初めて会った時、あんたは俺を信用してくれて大蔵君の居場所を教えてくれた。今回は俺があんたを信用しょう。だが俺と、兄弟の盃を交わしてくれ」
「わかった、で、兄弟の盃ってどうすればいいんだ」
「簡単な事だ。一つの盃で酒を飲み交わし、今後二人は兄弟だと誓い合うんだ。だが忘れるな、一度誓い合ったら死ぬまで兄弟だからな、、、その覚悟があるか」
「ああ、良いとも、、、一人っ子の俺はずっと弟が欲しかった、やっと望みが叶う」
「ちょっと待って、当然俺が兄貴だ、、、あんた今何歳だ」
「33歳だ」
賢治がむくれて言った「ちぇっ、わかったよ、俺が一つ下の弟だ、、、ちょっと待っててくれ酒を買って来らぁ」言い終わるや否や賢治は出て行った。
賢治が出て行った後、山田が大蔵に聞いた「このアパートの事をあいつに教えたのか?」
「いや、教えていない」
「じゃ何故あいつが知っているんだ、、、それに、たまたまこの近くに来ていた?、、、5分もかからない所に?、、、何か変だ、あいつに大事な事は言わない方が良いかもしれない、、、」
その賢治は、容器の上に小さな盃が付いてある日本酒の小瓶とコーラやお菓子を買って来た。
そして二人の前に座ると「さあ始めようぜ」と言い、さっそく盃を外して山田に渡し酒を注ごうとした。
山田はそれを制して言った「その前に一つ聞いておきたい、君は何故このアパートを知っていた」
賢治は一瞬真顔になって「先にそれを言わないと盃を交わせないと言うのか」と言った。
「大事な事だ。先に聞いておきたい」
「話せば長くなるから後にしょうと思っていたが、しゃあない、、、
このアパートは俺が探して手配していたのだ、警察じゃねえ。あんたも元警察官なら、警察がアパートを手配などしない事はしっているだろ。全て俺の兄貴、西田さんの指示だ。それだけじゃねえ、兄貴は既に金と父親違いの弟、李の居場所も突き止めている」
「なんだと」と山田と大蔵は、ほぼ同時に叫んで絶句した。
「兄貴は忙しい合間を見て警察に手を回して、金と李の居場所を探させ、見つけても決して捕まえるな、と指示した。大蔵君が復讐できるようにな。
兄貴は俺に言ったよ『俺には大蔵君の今の気持ちが分かる。お前は、大蔵君を手伝って復讐を遂げさせてやってくれ』ってな」
「俺の気持ちが分かるだと、ふざけるな」大蔵はそう怒鳴って立ち上がり賢治を睨み付けた。
「ああ、兄貴はそう言ったよ、実は兄貴も龍グループに奥さんと腹の中の子どもを殺されている。
正確には龍グループに雇われていた殺し屋に殺されたんだが、龍グループに殺されたのも同じだ。そして兄貴は、その殺し屋も、殺し屋を雇った龍グループの幹部をも殺した。幹部を殺す時は俺も手伝ったがな」
大蔵は力が抜けたようにその場に座った。そして独り言のように言った。
「西田も、、、奥さんと子どもを殺されていた、だと、、、」
賢治はそんな大蔵から山田に視線を移して、山田を見据えて言った。
「俺は重大な秘密を打ち明けたんだ、今さら盃は受けねえ、なんて言わねえだろうな」
「わかった、では先に今から盃を交わそう」
「よし、では先に山田兄貴から盃を飲み干してくれ」そう言って賢治は山田の盃に酒を注いだ。
山田は一気に飲み干して盃を賢治に返し、酒を注いだ。賢治もそれを一気に飲み干して言った。
「いま二人は兄弟の盃を交わした。今後二人は死ぬまで兄弟だ、、、兄貴、ふつつかな弟だがよろしく頼むぜ」
「わかった、俺の方こそよろしく頼む」
その時、不意に大蔵が言った「俺も兄弟にしてくれ」
山田と賢治は顔を見合わせて、山田が頷いたので、賢治が大蔵に盃を渡して酒を注いだ。
大蔵が一気に飲み干して盃を賢治に返し酒を注いだ。賢治が飲み干すと、盃を山田に渡し、山田と大蔵も同じように盃を交わした。これで三人は兄弟になった。
兄弟の盃が終わると賢治は急にくつろいだ顔で言った「さて、では先ず金についてだが、」
「その前に聞かせてくれ、さっきお前は『西田さんが警察に手を回して』と言ったが、西田さんに、そんな事ができるのか?。そもそも西田さんは何者なんだ」
山田の言った事に関心があるようで、大蔵も賢治の顔を注視した。
しかし賢治は愉快そうに言った「俺も知らねえ」
「なにぃ」大蔵は呆気にとられた顔でそう言った。しかし山田は表情を変えず話の続きを待っていた。
「真面目な話し、俺も西田兄貴の本当の正体は知らねえが、今は影の総理の一員だと思う。
以前は影の総理に命を狙われた事もあったそうだが、その後どういう経緯か知らねえが一員になったと聞いた。海外にもよく行ってるようだし、何カ月も居場所が分からない時もある。まあ、一口で言えば裏方さんだ、日本という国のな」
「影の総理というのは?」と山田が興味津々の顔で聞いた。
「昔から日本に存在する諜報機関らしい。警察だけでなく龍グループも従わせる力があるそうだ。
実は金は、龍グループでも嫌われていた。父親が龍グループの幹部なのを良いことに、龍グループの兵隊やヤードの外国人を勝手に使って、大蔵君を襲った時もそうだが、やりたい事をやる。
先輩でも平気で顎で使う。龍グループの高級車を勝手に乗り回す等、目に余る行状で、さすがに幹部の父親も怒って龍グループから追い出した。
すると金はすぐPyobeom KAWASAKI という暴走族グループを作って悪さのし放題。
何度も警察のお世話になった挙句、解散させられ再び龍グループに戻ったが、グループ内の鼻つまみ者の状態は変わらなかった。
大蔵君の事件を起こした後も、誰も匿う者がいず一人で逃げたそうだ。
川崎の高級マンションに妻と4歳の娘が居て、妻子のボディーガードの話では、日本人妻にはしょっちゅう暴力を振るっていたが、娘は溺愛していたとの事だ」
山田は「影の総理について、もっと聞きたい」と言った。
「いや俺もこれ以上の事は知らねえ」
「俺は、金の娘を誘拐したい、、、金に、俺と同じ苦しみを与えたいんだ」と大蔵が低い声で言った。
その時、賢治は大蔵の目を見てゾッとした。金への憎しみの炎が瞳の中でらんらんと光っていた。
「、、、俺たち3人でなら可能だろう、、、だが娘を誘拐した後どうする、殺すのか、、、」
賢治は「そこまでする必要はないだろう」と言いたかったが大蔵の瞳を見ると言えなかった。
その後、経験者の賢治が、兄と弟に復讐の仕方を説明した。だが大蔵は先に金の娘を誘拐する事を望んだ。
賢治は仕方なく言った。
「わかった、ではこうしょう、、、金を殺す時は目隠しをしているから、録音した娘の声だけ聞かせてやれば良い。『お父さん助けて』と泣き叫ぶ声を聞かせれば、金も苦しむさ」
玲子を、目の前で犯され殺されるのを見せつけられた大蔵にとっては決して満足のいく計画ではなかったが、実際問題として娘を誘拐して金の所まで連れていくのは危険すぎた。
結局、娘の声を聞かすだけになった。しかも声を聞かすだけなら危険を冒して誘拐しなくても、電子音を加工して娘の声を作れば良い、と山田が言い出した。
賢治も大蔵も知らなかったが、山田は警察でそう言う技術を聞いたことがあるといった。だが最初の原音設定のため「こんにちは」でも良いから本人の声が要ると言う。
翌日、さっそく声を録音することになった。
目立つ体型の大蔵はアパートに残り、賢治と山田が金の妻子に近づいた、宅配業者に扮して。
深々と帽子をかぶった山田が覗き穴の前に立ち、宅配会社のラベルを掲げて元気よく言った。
「宅配サービスの00です」
妻子のボディーガードが覗き穴から確認した後ドアを開けた。ドアの横に立っていた賢治がボディーガードの首筋にスタンガンを押し付け、倒れかかるボディーガードを賢治と山田が抱えてマンション内に入った。
すぐにボディーガードを脇に隠して「奥さん、印鑑をお願いします」と山田が言った。
奥の部屋から奥さんが煩わしそうに出てくると、ドアの横に隠れていた賢治が奥さんにもスタンガンを当てて気を失わさせソファーに寝かせた。念のためボディーガードと奥さんは後ろ手に結束バンドで縛り、口にガムテープを貼りアイマスクを掛けた。
それから奥の部屋に入り娘に近づくと若い男が居た。
賢治も山田も驚いたが、賢治が機転を利かせて893のように言った。
「誰だてめえは、ここで何をしている」
若い男はビビッて「愛ちゃんの家庭教師です」と言った。
「家庭教師だあ、ちょっとこっちへ来い」
若い男が来ると賢治が素早くスタンガンを押し付けた。倒れるとすぐ結束バンドで縛った。
それから山田が娘に近づいて言った「愛ちゃん、こんにちは」
娘は、山田の録音中のスマホに向かって可愛いい声で「こんにちは」と言った。
山田はすかさず聞いた「愛ちゃんは、お母さんをなんて呼んでるの」
「ママ」「お父さんは」「お父さま」
賢治と山田の仕事は成功し、二人は意気揚々と帰って行った。
山田は自分のアパートに帰り、PCや音響機器を使って音声加工をし、二日後に旅支度をして大蔵のアパートに行った。
賢治も大蔵も出発の準備ができていたが、山田はその前に芸術的傑作電子音声を二人に聞かせた。ヘッドホンを外した二人は驚嘆した顔でガッツポーズをした。
その後、レンタカー屋でワゴン車を借りて出発した。一路、対馬を目指して。
比田勝には翌翌日の午後着いた。
賢治だけが金の泊まっているゲストハウスに泊まり、山田と大蔵は別のゲストハウスに泊まった。
賢治は、金の顔をこっそりと写真に撮り、ネットで大蔵に送り、間違いなく金だと確認してから金の行動を監視した。
金は既に半年以上そのゲストハウスに泊まっていた。
比田勝に来て最初の数日はK国に行く方法を考えていたが、ある夜近くのK国料理店で食事しながら、K国人からK国の事を聞いていると行く気が失せてしまった。
当時K国は武漢ウイルスが爆発的に広がり、病院のベッドも足りない状態で、安心して食事できる食堂すらも見つけられないとの事だった。
そんな状態のK国にわざわざ密入国する者が居たら、その者は一般人でない事は歴然としていて、すぐに警察に捕まるだろう。
金はK国行きを諦めた。かと言って東京に帰る気にもならなかった。金は考えた。
(東京や龍グループは警察が見張っているだろう。しかしここは交番に警察官がただ一人。しかもその警察官とは毎朝あいさつを交わす間がら、俺を龍グループの金だとは夢にも思っちゃいねえ。つまりここは世界中で一番安全な所だ。多少退屈だが、一日中釣りをしたり、夜はK国女を相手に酒でも飲んでりゃあ良い。慣れたらここでの生活は天国だぜ)
実はその交番の警察官にも、とっくにメールで金のモンタージュ写真が送られて来ていて、警察官は金である事を確信していたのだが、報告した上司からの「見張るだけで良い。泳がしておけ」との指示に従っていたのだった。
その事を夢想だにしなかった金は、今夜も薄暗い酒場でK国女と酒を飲んでいた。
酒場とゲストハウスはたかだか50メートルほどしか離れていなかった。
酒場を出て道沿いのカーブを曲がればゲストハウスが見える。
ほろ酔い気分の金がカーブにさしかかった時、一台のワゴン車が金の横で止まり、不意に後部ドアが開いて二人の男が飛び出して来た。
金が(なんだ、、、)と訝しげに思った時、首筋に激痛が走り気を失った。
崩れるように倒れる金を、賢治と山田が抱えてワゴン車の中に運び込み、すぐに車を走らせた。
大蔵は運転しながら思った。
(あの夜、玲子もこのようにして連れ去られたのか、、、街角からホテルまで50メートルもない、あの道路脇から、、、
車が止まって走り出すまで10秒も経っていない、、、これでは防ぎようがない、、、
こんな恐ろしい事が、日本のどこかで今まで、何度も起きていたのか、、、)
大蔵は背筋に冷たいものを感じた。
やがて車は、下見しておいた断崖絶壁の近くに止まりエンジンが止められた。
月のない真っ暗闇の夜中、聞こえるのは微かな潮騒だけ。
その静寂に気兼ねするかのように後部ドアが静かに開き、山田と賢治が運転席と助手席に座り、今まで運転していた大蔵は、後部座席前列で両手両足を縛られて気を失っている金の後ろの座席に座った。
するとすぐ助手席の賢治がスマホの準備をしてから大蔵に言った「始めていいぜ」
大蔵は後ろの席から手を伸ばして金の身体を起こしてから、金の首に丸太のような左腕を回して、右手で金の頭を殴りつけた。すぐに金は目覚めた。
「うう、痛い、誰だ、何をしやがる」
大蔵が無言のまま金の首を絞めたが、金が気を失う直前に腕を緩めた。
金がゼエゼエと息をしながら言った「だ、誰だ、何をしやがる、俺が誰だか知っているのか、俺は」
大蔵がまた無言のまま金の首を絞めた。そして、また金が気を失う直前に腕を緩めた。
その後で言った「お前は、龍グループの金だろ、、、それが、どうした」
「な、なんだと、お前は、何故知っている、お、俺が金だと何故知っているんだ」
また大蔵が金の首を絞めて緩めた。
金は「やめろ、やめてくれ、苦しくて死にそうだ、もうやめてくれ」と叫んだ。
大蔵は、金の脳天に死なない程度に肘打ちを食らわせ「静かにしろ、今おもしろいものを聞かせてやる」と言ってから前部座席に向かって優しく言った「愛ちゃん、起きなさい」
すると前部座席から愛ちゃんの声が聞こえた。
「う~ん、愛ちゃん、まだ眠いよ、、、ここはどこ、、、真っ暗で何も見えないよ、、、怖いよ、ママ、ママどこ、、、」
愛ちゃんの声を聞いて金が叫んだ「愛子」
「あ、お父さま、お父さま、どこ、暗くて何も見えない、、、お父さま、、、」
「あい、ぐぐ」再び愛ちゃんの名を呼ぼうとする金の下顎を大蔵の手が握った。まるで顎骨を握りつぶすかのような強い力で。金は声を出せなくなった。
その時、突然愛ちゃんの悲鳴が車内にこだました。
「きゃぁ、痛い」
同時に車が揺れた。実際は賢治が立ったり座ったりして車を揺らしていたのだが、目隠しをされている金には、愛ちゃんの身体に異変が起きたとしか考えられなか。
すぐにまた愛ちゃんの叫び声が聞こえた。
「い、痛い、やめて、痛い、痛い」その後、泣き声に変わった「痛い、、、やめて、痛いよう、お父さま、助けて、愛ちゃん、痛いよう、わあ~ん」
その時、大蔵は金の顎から手を離した。途端に金が喚いた。
「あわわ、あ、愛子、誰だ、やめろ、何をしているんだ、やめろ、あ、愛子はまだ4歳だ、やめろ、やめてくれ、愛子に手をだすな、やめろ、やめてくれ、頼む、やめてくれ、」
金が喚いている間も愛ちゃんの「痛い、痛い、」の泣き声が続いていたが、それに混じって男の荒い息づかいが聞こえてきた。
そして「ふう、最高だ、、、仕上げをするぜ」と言う男の声に重なるように、愛ちゃんの最後の声が聞こえて途切れた「く、苦しい、や、め、」
その時、車が小刻みに揺れ、何かが折れるような鈍い音がした。
金は、狂ったように「愛子、あいこ」と叫んだが、また大蔵に顎を握られて静かになった。
両手両足を縛られた上に、後ろから首に左手をまわされ、右手で顎を握られている金はどうすることもできなかった。しかも目隠しされ何も見えない。聞こえる事だけで状況を判断するしかなかった。
金は、今まで聞こえていた愛ちゃんの声が急に聞こえなくなった事でパニック状態になった。
その金をいたぶるかのように大蔵の悪魔のような声が聞こえた。
「金、、、愛ちゃんの首の骨が折れる音が聞こえたか、、、どうだ、、、自分の娘が犯され殺された気持ちは、、、」
大蔵が、金の顎から手を離すと金は狂ったように「愛子、愛子、返事をしろ、あいこー」と叫んだ。
しかし、愛ちゃんの返事はなかった。
金は身体を震わせ怒鳴った「おのれ、愛子を、愛子をどうした、愛子を」
「、、、何度も同じ事を言わせるな、、、愛ちゃんは死んだ、、、犯され首を絞められてな、、、お前が殺した、俺の恋人、玲子のようにな、、、」
「なにぃ、恋人だと、俺が殺した、恋人だと、、、お前は、、、お前は、ま、まさか、お、大山大蔵、、、しかし大山大蔵は死んだはず、、、俺がこの手で、鉄パイプで殴り殺した、、、お前は、、、噓だ」
「俺は、、、お前に復讐するために、あの世から帰ってきた大山大蔵だ、、、お前を地獄に送ってやるぜ、、、今度は、お前の首の骨が折れる音を聞かせてやる」
そう言うと大蔵は左腕に力を入れた。
金は、もがいていたが急に力が抜け、ぐったりした後で身体を痙攣させ始めた。しかし大蔵はなおも金の首を絞め続けた。
数十秒後、金の痙攣が止まった後、大蔵は渾身の力を込め、金の首の骨を折った。鈍い嫌な音が聞こえた。
それから、どれほど時間が経ったのか、、、大蔵はポツリと言った「終わった」
賢治と山田が、頭にライトをつけて後部ドアを開け、金の身体を車外に出した後、座席下から、穴にロープを通してあるコンクリートブロック4個を取り出し、金の胸と背中にくくりつけた。
それを3人がかりで断崖から海へ放り投げた。
数秒後、遺体が海面に突っ込む音を聞いてから、3人はワゴン車に乗り込みその場を去った。
ワゴン車はそのまま厳原港を目指した。
早朝のフェリーで厳原から博多に帰り、その後はのんびり東京を目指した。
賢治と山田は代わる代わる運転しながら色々話していたが、気を遣ってか大蔵には話しかけなかった。
大蔵も話しに加わろうとせず、ずっと無言のままだった。
東名高速牧之原SAで昼食をとった後、ワゴン車に乗り込んでから賢治が大蔵に言った。。
「夕方には東京に着くだろう。そのまま大蔵君のアパートに行き、それから山田兄貴を送る。その後、俺はこの車をレンタカー屋に返しに行く、、、大蔵君、この順番で良いかな」
大蔵は無言のまま頷いた。
数時間後、大蔵のアパートに着いた。この時、大蔵が言った。
「山田さん宮澤さん、渡したい物があるんで、ちょっとアパートに寄ってもらえませんか」
3人でアパートの部屋に入ると、大蔵が小切手を山田に手渡して言った。
「これ、二人で分けてくれ、、、俺は要らないから」
山田と賢治は一瞬顔を見合わせた。山田は驚きの表情だったが、賢治は平然とした顔で言った。
「俺も要らね、金なら西田兄貴に充分もらってる。山田兄貴、もらってくれ」
山田は目を白黒させ口ごもって言った「も、もらってくれって、こここんな大金、、、」
大蔵が更に言った「山田さん、もらってくれよ、復讐を手伝ってもらった御礼だよ」
山田は複雑な表情で賢治を見た。
賢治が頷いたのを見て山田は震える手で小切手をポケットに入れた。
その後、金などどうでも良いといった顔で賢治が大蔵に言った「次は李だな」
すると大蔵は小さく首を振って言った「いや、李はいい、、、復讐は金だけでいい、、、」
賢治は大蔵の顔を見つめた。復讐を遂げて喜んで良いはずの大蔵の顔は、どこか辛そうだった。
賢治は、いつだったか西田が「復讐なんて虚しいものだ」と言ったことをふと思い出した。
(、、、大蔵君の好きにさせてやろう)そう思った賢治は「わかった、じゃ、帰る、何かあったら電話してくれ」と言って山田と部屋を出た。
ワゴン車に乗り込むとすぐに山田が言った「こんな大金、本当にもらって良いのか」
「良いさ、どうせ金の出どころは西田兄貴だ、心配いらない」
「そ、そうか、、、こ、これで借金が返せる、、、良かった」
「借金?、なんだ兄貴、借金なんてあったのか、早く言えば良かったのに。兄貴と俺と大蔵君はもう兄弟なんだぜ、借金の金なんて、西田兄貴に頼んですぐに出してもらってやったのに」
「そうだったのか、、、とは言ってもな、、、まあ、この金で明日にでも返せる」
そんな話をしながら二人は山田のアパートに向かった。
そのころ一人になった大蔵は、賢治と山田が出て行った時と同じ所に座ったまま、ぼんやりと考えていた。
(、、、復讐は終わった、、、あっけない、、、人なんて、こんなにあっけなく殺せるのか、、、)
そう思うと大蔵は、急に言い知れぬ寂寥感に襲われた。
(人の命、、、)
大蔵は金の首を絞めた時のことを思い出した。
ぐったりとなった後、ビクビクと痙攣させた金の身体の感触が今も左腕によみがえってきた。
大蔵は左腕を見つめ、すぐに視線を外した。汚らわしい物でも見たような気分になった。
(俺は人を殺した、、、)
大蔵は、警察に自首しょうと思ったが、すぐに考えを変えた(自首するくらいなら、、、)
大蔵は、恵子に電話した。
「はい、恵子です、大蔵さん」と恵子の弾んだ声が聞こえた。
「お父さんに伝えてくれ、復讐は終わった。だから俺を殺しに来てくれ、と」
「えっ」
大蔵は電話を切った。それから30分ほどして恵子が荒い息使いで入って来た。
部屋に入るなり恵子は言った「本当に復讐したの」
「ああ、俺がこの手で金を殺した、、、俺は人殺しだ、、、警察に自首しょうと思ったが、それよりも玲子のお父さんに殺された方が良いと思ったんだ」と、虚ろな目で恵子を見ながら大蔵が言った。
恵子は言葉を失って大蔵の目を見つめた。輝きを失ったような大蔵の目を。
突然、恵子は大蔵の胸に飛びついた。そして、涙を流しながら言った。
「ダメです、、、ダメです、ダメです、、、」
「、、、俺は、早く玲子のところに行きたいんだ」と大蔵は弱々しく言った。
「ダメです、ダメです、、、死ぬことを考えてはダメです、、、生きてください。私のために生きてください、、、もし貴方が死んだら、私も死にます、、、生きてください、私のために生きてください」
「、、、俺は人殺しなんだ」
「かまいません、生きてください、私のために生きてください、お願い、、、」
恵子は大蔵の胸にすがりついて泣いた。
やがて大蔵は恵子の身体に両腕を回して優しく抱きしめて言った。
「分かった、、、俺の命を君にやるよ、、、君の好きなようにしてくれ、、、」
恵子は、泣きはらした目を輝かせて大蔵を見上げた後、両手で大蔵の顔を引き寄せ唇を重ねた。
それから1ヶ月ほど経った夜、大統領の警護という大役を果たして東京に帰ってきた西田は、さっそく賢治に電話して大蔵の事を聞いた。
賢治は、大蔵や山田と共に対馬まで行って金を殺した事を詳しく話した後「という経緯で復讐は終わったが、その後の大蔵君の様子がおかしいんだ。殺された彼女の姉のアパートに引っ越してから外に出てこなくなった。俺、なんか嫌な予感がするんだ」と不安気に言った。
「嫌な予感?、、、生きてはいるんだろう、、、俺もそうだったが、たぶん鬱になっているんだろう、しばらく何もする気になれないし、誰にも会いたくないんだ、、、」
「ベランダに大蔵君の洗濯物が干してあるから、死んではいないと思うんだが、電話しても出ない、というか、いつも『この電話は現在使われておりません』となるから、電話を壊したか捨てたのかだと思う。
まだ週に一度は通院しないといけないはずだが、病院にも行ってないみたいだ。
食事は、彼女の姉が毎日スーパーで食料品をいっぱい買っているから、たぶんそれを一緒に食べているんだと思う
女と一緒だから会いに行くのもどうかと思って、まだ行っていないんだが、行った方が良いかな」
「いや、行かないで良いだろう。しばらく、そうっとしておいてやろう、、、お前にも世話を掛けるな」
「俺は暇だから別にどうって事ないよ。
それにマンションから双眼鏡でアパートのベランダが見えるから毎日何度か見てる」
「なに、マンションから見えるのか」
「ああ、兄貴にもらったスパイ用の高性能双眼鏡で、夜でもバッチリ見える。ただ残念なのは今のアパートにはまだ盗聴器が仕掛けてないんだ。引っ越す前のアパートは、女との羨ましい会話が聞こえてたんだが、それで二人が良い仲になったのが分かった」
「やれやれ、いつの間にかお前を盗聴マニアにしてしまったようだな、だが悪用はするなよ。
それより、お前の結婚の方はどうなった」
「、、、マンションには婆あがいるからな、、、」と急に弱々しい声で賢治は言った。
「そうか、ということは彼女とは既にそう言う仲になったんだな、おめでとう。お祝いにマンションの俺の部屋をやるよ。おばあさんを俺の部屋に住まわせたら良い」
「え、良いのかい」
「ああ良いよ、俺はもうマンションでは暮らせない身になった。今後はずっと穴蔵暮らしだ。
スペアキーを持っているだろ、それで部屋に入って俺の荷物も適当に処分してくれ。
それと、金はあるのか、あ、そうか結婚式の金も要るな、明日にでも振り込んでおくよ。だが結婚式に行けるかどうかは当日にならないとわからないから約束はできないがな」
「分かった、ありがとう兄貴、、、それより、兄貴は一体何をしているんだい、危なくないのかい」
「俺のことは心配しなくてもいい、、、
そうだな今度暇になったら、お前にも今後の日本について話してやろう。
日本はこれから良くなるぞ、いや、俺が必ず良くしてみせる。まあ、その前にC国やK国を押さえつけないといけないがな。おっと長電話になった。じゃ、またな」
電話を切ると西田は、新幹線で名古屋に行き、数ヶ月ぶりに松平家の秘密の潜り戸をくぐって中に入って行った。
その後ろ姿を、先に新潟へ帰っているはずの早苗が、ふくれっ面をして見守っていた。
例年より2週間ほど早い初雪が降った翌朝、恵子は軽快な音を立ててネギを切っていた。
これが終われば朝食の準備が全て終わる。そしたら最愛の人、大蔵を起こしに行く。
しかし、起こし方を間違えると大蔵に捕まって布団の中に引きずり込まれてしまう。
恵子にとってはそれも嬉しい事ではあったが、味噌汁を温め直さなければならなくなるのが嫌だった。とは言え、それも見越してネギを入れずにいる自分に恵子は顔を赤らめていた。
「貴方、もう起きて、、、もう8時よ、あっ、」
不意に布団がめくられ太い腕が伸びて恵子の手を掴み引きずり込まれた。
大蔵の広い胸の上に引き寄せられると恵子はもうなす術がなかった。またこれで起きるんが1時間遅れる。しかし恵子は、それでも良かった。早く起きてもする事がなかった。せいぜい夕方スーパーに行くだけだ。そんな事よりも恵子は、いつまでも大蔵に抱かれていたかった。
若い二人に幸せなひと時が過ぎて行った。
朝食後、大蔵は久しぶりにベランダに出てみた。雪が止んで陽が射し白一色の街が眩しかった。
東京では珍しい雪景色を大蔵はぼんやりと眺めていた。
その時、後ろで恵子の声がした「貴方、どいて布団を干すわ」
布団を頭上に持ち上げたが小柄な恵子は、物干し竿に届かずふらついていた。
すかさず大蔵が布団を取り上げて物干し竿に掛けた。
「ありがとう、貴方、、、」恵子はそう言って大蔵を見上げて微笑んだ。
恵子のその微笑みの何と幸せそうなこと、武骨者の大蔵の心にまで幸福感が伝わりそうだった。
その時、大蔵はふと思った(恵子のこの微笑みを失わせてはいけない、、、)
そう思うと急に愛おしくなった。大蔵は無言のまま恵子を抱きしめた。
ベランダでの二人の抱擁を双眼鏡を通して見ていた賢治は、苦笑しながら思った。
(やれやれ朝から御熱い事で、、、まあ、元気なのが分かって安心した。これなら当分放っておいても大丈夫だろう、、、俺の方も一歩進めるとしょう)
賢治は双眼鏡をしまうと婚約者に電話した。
翌日の夕方、恵子がいつものようにスーパーに行こうとすると大蔵が言った「一緒に行こう」
「え、」恵子は驚いた顔で大蔵を見た。
「ごめんよ、俺は知らなかったんだ、、、俺の食事のために君に毎日あんなに重い物を運ばせていたなんて、、、今日から一緒に行って俺が運ぶから」
恵子は大蔵の顔を見つめ微笑んで言った「ありがとう貴方、、、でも良いの一人で行くわ」
「俺も行くよ」
「良いのよ一人で行かせて、、、私は、貴方のためにできるのが嬉しいの、、、
それに貴方は目立ち過ぎるの、すぐに周りの人が貴方に気づいてしまうわ、去年テレビコマーシャルや写真集に載ってた人だって、、、もし龍グループに貴方が生きていることを知られたら、、、」
「、、、」大蔵は言葉を失った。そのことを今まで考えた事がなかった。
(そうだ、、、俺は、龍グループの犯行の一部始終を見ている生き証人だ、もし龍グループが俺の事を知ったら、、、警察の配慮で入院もアパート入居も偽名だった、、、復讐のためにレンタカーで対馬まで行った時も、宮澤兄貴に『目立たないように』と言われていた、、、)
そのことに思い至ると大蔵は急に不安になってきた。
恵子が買い物に行った後、大蔵は椅子に座って考えた。
(以前の俺は、龍グループの金に復讐する事ばかり考えていて、それ以外の事は全く考えていなかった、、、恵子の言う通りだ、俺が生きていることを龍グループが知ったら、、、
李や二人の外国人は俺の顔を知っている、、、俺が生きていることを知られない方が良い、、、
かと言ってずっと室内で過ごすのも、、、)
昨日までの大蔵は、復讐を遂げたことで生き続けていく意欲すらも失っていたのだが、恵子の微笑みを見た後で無性に恵子が愛おしくなり(今後は恵子のために生きよう)と思うようになったのだった。
そして昨夜たまたま持ち上げた買い物袋の重さに驚いた(こんなに重い荷物を、恵子は毎日運んでいたのか、、、中身は食料品ばかり、、、俺が恵子の2~3倍食べるから、、、)
その事に気づいた大蔵は、恵子に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(恵子に負担をかけたくない、買い物荷物くらいは俺が運ぼう)と思った大蔵だったのだが、、、。
大蔵は今後の事を考えた。
(恵子と結婚しょう、、、玲子、許してくれるよな、、、お前の分まで恵子を幸せにしてやるから、、、)
大蔵は心の中で玲子に手を合わせた。しかしその時、ふと玲子の最後を思い出した。
玲子におおいかぶさった金に命令され、二人の外国人が玲子の首に巻き付けたタオルの両端を引っ張って玲子を殺した時のことを。
途端に大蔵の心の中に、外国人に対する憎しみの炎が燃え上がった。
金を殺して、復讐を遂げた喜びよりも、人を殺したという何とも言い表せない居心地の悪さを感じて、もう李と二人の外国人は放っておこうと一度は思っていた大蔵だったが、何故か今になって急に李と二人の外国人に対しても許せなくなった。
その自分自身の心の変化に驚きながらも(この気持ちは玲子の呪いかも知れない)と思えた。
「どうしたの貴方、怖い顔をして」
いつの間に帰ってきたのか恵子がすぐ横に立って、心配そうな顔で大蔵を見つめていた。
大蔵は慌てて考え事を中断し「い、いや何でもない」と言って椅子から立ち上がった。
「そう、それならいいけど、、、今日はお刺身が美味しそうだったから、いっぱい買ってきたわ。貴方、さきに風呂に入って、その間に夕ご飯の用意するから」
大蔵は恵子に言われるままに風呂に入った。
その夜大蔵はあの街角での、どこか寂し気な玲子の後ろ姿を夢に見た。
「玲子、、、」
大蔵は夢の中で玲子を呼んだ。玲子は一瞬足を止めたが振り向きもせずまた歩きだした。
玲子のその後ろ姿のなんといじらしいこと、そのまま消えてしまうのではないかと思うほど大蔵には儚く見えた。
大蔵は夢の中で思った(行かせてはいけない)
大蔵は走って行き後ろから玲子を抱きしめた。しかし大蔵の腕の中に玲子はいなかった。
玲子は数メートル先を歩いていた。再び大蔵は走った。だが何度やっても玲子を抱きしめる事はできなかった。
大蔵は思わず「玲子」と叫んだ。その声で大蔵も、横に寝ていた恵子も目が覚めた。
恵子が驚いて言った「どうしたの貴方」
「夢か、、、」そう言ってから大蔵は上半身を起こした。
恵子が明かりをつけ大蔵の顔を見て言った「すごい汗」
恵子はタオルを持ってきて大蔵の顔と身体を拭いた。それから別のパジャマを大蔵に着せた。
大蔵は「ありがとう」と言って仰向けになった。
恵子は数秒間大蔵の顔を見つめた後、明かりを消して添い寝した。
大蔵は、恵子の上半身を胸の上に抱き寄せて言った「驚かせてごめんよ、、、玲子の夢を見たんだ」
恵子は大蔵の首に両腕を回して言った。
「、、、玲子の事は言わないで、、、お願い、、、玲子の事はもう忘れて、、、」
恵子の温かい涙が大蔵の頬を濡らした。大蔵は恵子を優しく抱きしめた。
数日後、賢治に番号不明の電話がかかってきた。
「はい、宮澤です」
「兄貴、助けてくれ」
賢治を兄貴と呼ぶのは大蔵しかいない。賢治は嬉しそうに言った「大蔵君か、どうした、、、」
「毎夜、玲子の、殺された彼女の夢を見て眠れないんだ、このままじゃ気が狂ってしまう」
「なに、彼女の夢を見て眠れない、、、」
「そうなんだ、毎夜、夢を見るんだ、そして玲子の名を叫んで目が覚めるんだ、汗びっしょりかいて、、、もう2週間ずっとだ、、、」
「う~ん、、、一度、精神科病院に行ってみるしかないな」
「そう思うんだが怖くて外に出れないんだ」
「怖い?夢は夜、寝ている時に見るんだろ、昼間は問題ないんじゃあ、、、」
「昼間、外に出れないのは龍グループが怖いんだ、俺が生きていることを龍グループに知られたら、また命を狙われる。俺は、奴らの犯行の目撃者だから」
「う~ん、、、そう言うことか、、、分かった、龍グループの事は西田兄貴に相談してみるよ。それと精神科病院の方は、ラインとかのビデオ電話で受診して薬は同棲中の彼女にもらってきてもらうという方法もあるよ。身体の病気じゃないから医師が触れなくても問診だけでも大丈夫だと思う」
「そうか、分かった兄貴、兄貴の言う通りにしてみるよ、兄貴は頭が良いな」
「お、おい、俺が頭が良いって言われたのは初めてだ、照れるぜ」
「いや、本当だよ兄貴、俺は、そんな事など全く思いつかなかった、兄貴は本当に頭が良いよ、兄貴、これからもよろしく」
「けっ、背中が痒くならあ、お世辞はもういいよ。とにかく最初は彼女に病院に行ってもらい、医師に事情を説明した方が良いと思う。それからビデオ電話だな」
「分かった兄貴、そうしてみる」
それで電話は切れた。賢治は少し考えた後、西田に電話した。
「兄貴、いま電話いいかい」
「お、賢治か、大丈夫だ、どうした」
「今、大蔵君から電話があった、龍グループが怖くて外に出れないって、、、」
「なに、大蔵君が龍グループが怖くて外に出れない、、、復讐は終わったとか言ってたのじゃ、、、そうか皆殺しじゃないから、残っている者にとっては大蔵君が生きているとまずいのか」
「そうらしい、だから俺は李も殺るつもりだったが大蔵君が金だけでいいと、たぶん怖気づいたんだ。だが奴らが、殺したはずの大蔵君が生きていたと知れば、見逃せないだろう」
賢治の話を聞いて西田は「それもそうだな」と答えてから少し考えて言った「分かった、李と外国人二人は警察に相談してみるよ。俺としては龍グループ自体を消滅させるべきだと考えているがな」
「龍グループ自体を消滅させる、そんな事ができるのかい」
「前に少し言っただろう、日本はこれから良くなるって。日本はハメリカから本当の意味での独立ができたんだ。その結果、膨大な使途不明金も要らなくなって、その金を防衛費や社会福祉に回せるから日本経済も良くなる。当然、賃金も上がるから若者の暮らしも良くなり子を多く産めるようになる。つまり何もかもが好転するんだ。そうすると、以前からの悪しき組織などは不要になる。893もだが龍グループも要らなくなるんだ。潰してしまえば良い」
「ふ~ん、でも、そんなに簡単に龍グループを潰せるのかい、、、」
「日本の裏社会を支配している、うちの組織ならできるはずだ。まあ、影の総理が決めることだが、、、近ぢか進言してみるよ」
「影の総理って、そんなに力があるのかい、なんかピンとこないな」
「お前には日本の裏社会を支配するって事がどういうことか分かっていない。裏社会は金と力、つまり権力だけが全てだ、法律は関係ない。警察さえも操れる。恐らく表社会の総理大臣や官僚組織よりも力があると俺は見ている。ただ一般人には知られていないがな、、、
よし、じゃあ今度は俺の方から電話する、じゃあまたな」
電話を切ると西田は、御老に電話した。地下施設内では個々の部屋にも食堂にも備え付けの電話があるのだが、西田は自分の携帯電話を使っていた。
携帯電話の方が繋がり易くて便利だった。今回も御老がすぐに出た。
「西田殿、施設内で携帯電話を使うとは、急用かの」
「いえ、急用と言うほどの事ではありませんが、そろそろ龍グループを消滅させても良いのではないかと思いまして」
「なに、龍グループを消滅させる、、、貴殿と龍グループとの間でまた何かあったのかの」
「いえ、そうではありませんが、日本の未来にはもう龍グループなど必要ないと思いますので、龍グループだけでなく893も無くすべきではと」
「ふむ、まあ貴殿の言う通りじゃ、893は必要悪の面もあるのじゃが、血生臭い事ばかりする龍グループはもう必要ないじゃろう。33階級も本国に送還され代わって来られた30階級の方は温厚で親日家、龍グループを利用するような御方ではなさそうじゃ。
良い時期じゃ、この際龍グループを無くしてしまおう。心得た、影の総理に御伝えしょう。
それはそうと、この間のR国からの突然の北方四島返還発表、西田殿はどう思われる。腹黒いR国の事じゃ、何か魂胆があっての所業じゃろう」
「R国ですか?、、、おおかた二本の核武装を知って慌てて発表したのでしょう。二本が核兵器大国になる前に、少しでも好条件で返還した方が得策だと考えて。
二本からの見返りはウラジオスの天然ガスプラント共同建設あたりでしょうか」
「ふむ、なるほどの、、、さすがは西田殿、良く見通されている。
では返還交渉には薄雲議員の裏方として西田殿に行ってもらおう。そうじゃ早苗はR国語も堪能じゃったはず、早苗同伴で行ってくだされ」
「えっ、早苗と一緒に返還交渉」
「貴殿はいずれ影の総理になられるのじゃ、今のうちに色々な経験をされたが良かろう」
(、、、また早苗と、、、)西田は、苦虫を嚙み潰したような顔になった。
ウラジオスでの返還交渉に行く事になった西田は、東京を発つ前に賢治に電話した。
「あ、兄貴、2週間も電話がないので俺から電話しょうと思ってたんだ。
それより龍グループ、警察に踏み込まれて数々の犯罪が暴かれ大変な騒ぎになってる。連日テレビニュースで放送されてるよ。これも影の総理の、、、」
「まあな、、、これでたぶん龍グループは壊滅する。だから安心して出歩いてかまわないと大蔵君に伝えてくれ」
「それが、、、大蔵君、入院した、精神科に、、、」
「なに、大蔵君が精神科に入院したのか」
「ああ、毎夜、殺された恋人の夢を見て不眠になり精神がおかしくなったらしい」
「何と、、、俺はこれからR国に行かねばならん。すまんが、お前が大蔵君を見舞ってやってくれ」
「兄貴に言われるまでもない、俺にとっちゃあただ一人の弟分だ、できるだけの事はするよ。
それより兄貴、日本でさえこんなに寒いのに、もっと寒いR国に行くなんて大変だなあ、風邪ひかないでくれよ。あれ、武漢ウイルスのせいで出国できないんじゃ」
「ああ、一般人はな、だが外交官特権の俺はどこの国へも行ける、いや行かされるんだ。まあ、銅繊維加工のマスクを装着するから大丈夫だと思うがな」
「銅繊維加工マスク?」
「そうだ、ウイルスを死滅させる銅繊維加工マスク、まだ市販されていないかな、調べて市販していたら買うと良い。製造元の話では呼吸器へのウイルス侵入を95パーセント以上防げるそうだ」
「へえ~、本当かい、すげえな、そのマスクがあれば武漢ウイルスを防げるじゃないか、、、」
「そう言うことだ、おっと搭乗時間だ、じゃまたな」
電話が終わった後、賢治は電話で山田を誘って二人で大蔵の見舞いに行った。
だが、医師から「今はうつ状態で話しかけても反応しないから、もう少し状態が良くなってから来てください」と言われ、二人は仕方なく病院の外に出た。
そのまま帰るのも気が引けた賢治は、山田を近くの軽食喫茶に誘った。
茶店でコーヒーを注文して窓の外を見ると精神病院の病室らしい窓が見えた。どの窓にも鉄格子があった。それに気づいた賢治は不吉な事を想像した。
山田も同じような事を考えていたのか暗い表情で言った。
「この前、賢治君が見舞ったのは1週間前だったよな」
「ん、、、そうだが、、、」
「その時の大蔵君は、どんな状態だった、ふさぎ込んでいたか」
「いや、いつもと変わらない感じだったし、大蔵君が俺にこっそりと『入院する必要はなかったんだが、夜中の叫び声でアパートの住人から苦情がきたので仕方なく入院したんだ』と言っていた。
俺が『それなら防音設備の良いマンションに入れば良い』と言いかけた時、看護師が来て会話が途切れたんだが、あの大蔵君がうつ状態で話しかけても反応しないというのは、信じられないな」
「う~ん、入院した理由がそういうことだったのか、、、それが今はうつ状態、、、1週間で、、、」
「なんだ、山田の兄貴、どうしたんだい」
「、、、いや、ちょっと気になってな、、、で、同棲中の彼女はどうしてる」
「彼女は、大蔵君の着替えなどを持って毎日見舞いに行ってると思う。1週間前に会った時そうするって言ってたから」
「毎日、会っているのか?」
「いや、その後の事はわからない。会えないで荷物だけ届けているのかもしれない」
「う~ん、、、じゃ、賢治君は彼女に会って大蔵君の状態を聞いてみてくれ。俺は、ちょっと調べてみる」
「え、調べてみるって、、、」
「うつ病とその薬についてだ、ちょっと気になる」
「気になるって、なにが?」
「今はハッキリした事は言えない、とにかく賢治君は彼女に会ってくれ」
「、、、分かった」
茶店で別れた後、賢治は彼女に電話した。すると彼女は「最初の三日間は面会できたのに、その後はできなくなった。訳を聞いたら、うつ状態で医師や看護師の言う事を理解していないから会っても無駄だと言われた。だから毎日、着替えだけ届けている」とのことだった。
その夜、賢治は山田に電話し、彼女から聞いた事を話した。
すると山田は言った「分かった、じゃ、明日で良いから彼女に電話して、抗うつ薬の名前を聞いてもらってくれ」
翌日、賢治は彼女に電話して抗うつ薬の名前を聞かせた。すると、その日の夕方電話で「SSRIという薬で、薬の効果が出るのは2週間ほど後になる。しかし眠気などの副作用は飲み始めてすぐに出始めるから、今はうつ病の症状よりも薬の副作用の眠気でボーっとしている状態だと医師が言った」と聞かされた。
賢治は聞かされたことを山田に電話で話した。すると山田は「う~ん、、、薬は一般的なうつ病治療薬だし、副作用で眠くなるというのもよく聞くことだが、その眠気のせいで面会できないというのは聞いたことがない、、、何か引っかかるな、、、その病院を調べてみるか、、、」
山田は独り言のようにそう言って賢治が何か言い始める前に電話を切った。
数日後の夜、山田から電話がかかってきた。賢治が出ると山田が強い調子で言った。
「詳しい事は後で話すが、その病院は危ない、明日退院させよう。それから、どこかの一軒家を借りて住まわせよう。都内でなくても良い、どこか良いところを知らないか」
賢治は面食らったが山田の口調に押されて言った「分かった、一軒家を探してみる。大蔵君の彼女には」
「彼女には俺が電話する、明日9時に病院前で会おう」それで電話は切れた。
賢治は山田に言われた通りに一軒家を探した。探しながら賢治は思った。
(一軒家ということは、大蔵君が夜中に叫び声をあげても大丈夫なように、ということだろう。そうなると一軒家とは言っても、数メートル離れて隣家があるような所はダメだな、、、そうだ、あそこなら)
賢治は大蔵が昨年、写真撮影の為に大0海岸に行ったと言っていた事を思い出した。
賢治は、ネットで大0海岸周辺の不動産屋で一軒家を探した。
住所を入力してグーグルマップとストリートビューで一軒家周辺の環境も調べた。3軒目ぼしい所を記憶保存した後(そうだ、そこに行くには車が要るな、レンタカーも借りるか)と考えた。
もう9時前だったがレンタカー屋は開いていて明朝借りる手はずを整えた。
翌日賢治は、ワゴン車で病院へ行った。山田と大蔵の彼女も来ていた。
3人で医師に会い、退院させたいと言ったが断られた。友人や彼女では退院させられないと言う。
山田が大蔵の父に電話して、急きょ賢治がワゴン車で迎えに行く事になった。
その間、医師は執拗に「彼はまだ完治していない何故、退院させるのか」と聞いた。
しかし山田は「入院費用が支払えない」と言って本当の理由を言わなかった。
昼前に賢治が父を連れて来て大蔵を退院させたが、4人は大蔵の風貌を見てゾッとした。
大蔵は2週間の入院で別人のように瘦せこけた上に髭が伸びて、しかも風呂にも入れられていなかったのか、汗臭くパジャマも汚れていた。
そんな事よりも4人が何より驚いたのは、大蔵が4人を認識できていない事だった。
大蔵の顔は4人の方を向いていても、目は遠くを見ているようで4人に焦点が合っていなかった。
しかも瞬き一つせず、まるで銅像のようだった。その姿は到底意思の有る人間には見えなかった。
4人は顔を見合わせて思った(2週間の入院で大蔵は何故このようになったのか)
その答えを、大0海岸に向かうワゴン車の中で山田が言った。
「俺が交通警察に居たころ、よくお世話になった精神鑑定専門の先生に相談したら、あの病院は怪しい、完治して退院した人が居ないと言った。そのうち管轄の警察が入ると思うが、病気が病気だけに患者の訴えが認められない上に、患者はいつもうつ状態で、、、正に今の大蔵君のようだと聞かされた。
先生は『あの病院は患者を永遠に患者のままにしておく方針ではないかと疑っている』と言ってた。そうすれば永遠に金が入る、ということらしい」
大蔵の父が声を荒げて言った「そんな馬鹿な、そんな病院があるか!」
「すみません。私は、先生から聞いた話をしただけで真実は分かりません。
ただ、この手の病院は程度の差はあっても、どこもブラックな面があるそうです。むしろ、すぐに退院させたがる病院の方が信用できるとか」
父は黙った。しばらく沈黙が続いた後、山田がまた言った。
「そもそも、うつ病との診断自体が疑わしい、大蔵君は夜夢を見て叫び声を上げ、近所迷惑になるから仕方なく入院したそうです、そうですよね恵子さん」
恵子が頷いたのを確認してから山田は続けた。
「大蔵君の場合、同じ夢を毎晩見るということが一番の原因です。だからこの原因が分かれば抗うつ薬を飲まなくても治ると思うんです。
私は、脳外科の知り合いがいます、お父さんが許可してくださるなら、その先生に相談しますが」
父は少し考えた後で言った「私は、今すぐに何をしたら良いのか考えつかない。大蔵の事を親身になって思ってくれている君にお願いするのが一番良いように思う、、、」
「ありがとうございます、では引っ越し先に着いた後で改めてご相談しましょう」
病院から3時間ほどで一軒家に着いた。
一軒家は集落の一番外れで、しかも隣家から50メートルくらい離れていて、その隣家も無人だとの事だった。この家なら大蔵が大声を出しても大丈夫だろう。
その上、2階の部屋からは雄大な太平洋が見える。恐らく大蔵の気分転換になるだろう。
家に着いて一休みした後、賢治と恵子は布団や日用品や夕食の材料を買いに行った。
山田は風呂の掃除を始めた。
大蔵は2階の部屋の真ん中に座ったまま、ぼんやり窓の外を眺めていた。
壁にもたれて座っていた父は、大蔵のその後ろ姿を途方に暮れたような眼差しで見つめていたが、ふと思い出したように話し始めた。
「大蔵、、、お前、金はあるのか、、、病院の費用とかは全部恵子さんが出してくれたが、恵子さんは金持ちなのか。何故、恵子さんが金を出してくれたんだ、、、あの金は、お前の金なのか、、、
宮澤君の話では、犯人捜査の関係で、家族の出入りもいちいち宮澤君に連絡しなければならなかったが、恵子さんは毎日見舞っていたと聞いている、、、
そもそもあの宮澤君は本当に警察の関係者なのか、、、
山田君にしても以前は警察官だったようだが、今は何をしている人間なのか、、、
お前についても分からない事ばかりだ、、、誰かに大怪我をさせられ意識不明で入院。
救急病院で俺はずっと付き添っていたかったが警察に断られた。俺は仕方なく付き添いを諦めたが、父親としてこれで良いのかと、ずっと思っていた、、、
怪我が治りやっと退院して、家に帰ってくるかと思ったら、犯人に狙われる危険があるからと、警察が用意したアパートに入った。しかしそのアパートも1ヶ月も経たないで出て行き行方不明。
宮澤君に聞いたら恵子さんのアパートで同棲していると、、、会いに行ったら、お前は『恵子さんと結婚したい』と言って、、、その時、俺は恵子さんの喜んでいる顔を見て何も言えなかった、、、
それが、、、2ヶ月足らずで今度は精神の病気だと言う、、、お前は、、、お前はいったいどうなっているのだ、、、俺や母さんの知らないところで、お前は何をしていたのか、、、何故こんな病気になったんだ、、、2ヶ月前は、あんなに幸せそうだったじゃあないか、、、」
父が話している間、大蔵は微動だにしなかった。父が近づき肩を叩いても全く動かなかった。
父は大蔵の前に座り大蔵の目を見た。数時間前に病院で見た目と同じだった。
魂の宿る人間の目ではなかった。目の前1メートルと離れていない所に父の顔があるのに焦点が合っていなかった。
父の目から不意に涙がこぼれ落ちた。父は両手で大蔵の大きな肩を掴んで揺すりながら言った。
「大蔵、、、しっかりしろ、、、大蔵、しっかりしろ、、、お前は、父さんの声も聞こえないのか、、、」
その時、風呂が沸いたと知らせに階段の途中まで登って来ていた山田は、音を立てずにまた降りて行った。
山田は台所脇に立って一瞬(先に風呂に入ろうか)と迷ったが、着替えもタオルもない事に気づき止めにした。
(さて、何をするか、、、)とちょっと考えてから、脳外科の医師に電話した。
「井上先生、今忙しいですか?」
「おお山田君か、大丈夫だ。どうだ、友人の具合は」
「はい、今日退院させて一軒家に連れてきましたが、周りの事が認知できていないようです。ぼんやりしていて、焦点が合っていないような目です」
「う~む、そうか、、、食事はどうだ、少しは食べているかね」
「それが、今日の昼ワゴン車の中でおにぎりを渡そうとしても受け取らず、仕方なく口に押し付けたのですが全く食べようとしませんでした。
病院ではどうしていたのか、とにかく痩せこけていますので、病院でも食事していなかったと思いますが、もしかしたら点滴を打っていたのではないかと」
「うむ、まあそうだろう、何も食べないと2週間も生きていられない。点滴で生かされていたのだろう。となると、その家ではまずいな、、、まあ、明日私が点滴等持って行こう。それでダメなようなら、うちの病院に入院させよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
電話を終え少し経って賢治と恵子が帰ってきた。
ワゴン車の中の布団やら日用品を3人で家の中に入れた後、恵子は夕食作り、賢治と山田は各部屋に布団や日用品を運び、それから順番に風呂に入った。
その後、夕食を始めたが大蔵は全く食べようとしなかった。仕方なく4人で食事をしてから大蔵を風呂に入れることにした。
賢治と山田が大蔵の脇の下に肩を入れて促すと大蔵はふらふらと歩いて風呂場に入った。その後は恵子が一人で大蔵の身体を洗い、終わるとまた賢治と山田が2階の部屋に連れて行った。
その夜は、大蔵の横で恵子が眠り、3人は他の部屋で眠ったが、夜中ころ「玲子」と言う大蔵の叫び声で皆目が覚めた。
恵子が明かりをつけると、大蔵は布団の上に座っていた。
「貴方、、、」と恵子が呼びかけると大蔵は肩で息をしながら途切れ途切れの声で言った。
「水をくれ、、、喉がからからだ」そう言った大蔵の顔は汗びっしょりだったが、恵子を見ている目は正常だった。
恵子は急いで階下の台所に水を取りに行った。すれ違いに3人が大蔵の部屋に入ってきた。
その3人を見回して驚きの表情で大蔵は言った。
「山田さん、宮澤さん、、、あれ、父さんも、、、何故ここへ、、、ん、ここはどこだ、恵子のアパートじゃない、、、」
3人は顔を見合わせたが、すぐに歓喜の表情になった。
真っ先に賢治が言った「大蔵君、気がついたんだね」
「大蔵、、、お前、父さんが分かるのか、、、」父はそれ以上言葉が出なかった。
「ん、何を言ってるんだ父さん、父さんが分からないはずないじゃないか。それよりここはどこ」
その時、恵子がコップと薬缶を持って来て大蔵に水を飲ませた。
大蔵は続けざまにコップ3杯の水を飲んだ。それからポツリと言った「何か食べたい」
「貴方、、、」恵子は大蔵に抱きついて泣いた。
「お、おい、皆が見ているよ、、、恵子、やめなさい」
しかし恵子は離れなかった。その代わり3人の男が部屋から出ていった。
数十分後、恵子は有り合わせの食材を使っておじやを作り大蔵に食べさせた。
その後、二人で布団の中に入ったが、眠気がなくなったのか大蔵は、薄暗い天井を眺めながら考えていた。
(俺はなにをしてたんだろう、入院後三日目くらいから記憶がない、、、おじやを食べながら恵子に聞いた話では、入院してうつ状態になり周りの人びとさえも認識できなくなっていたと、、、
病院に不信感をだいた山田さんの勧めで退院させられ、大0海岸近くのこの一軒家に来たと)
大蔵は、記憶がなかった時の事を聞きたかったが、疲れているのか、ぐっすり眠っている恵子を起こすのも気が引け、無言のまま天井を見続けていた。
結局、朝まで眠れず、玲子の夢も見なかった。
翌朝、5人で朝食中に井上先生が来た。
食事を途中で止めて山田が別室で昨夜の出来事を説明すると、井上先生は安堵した顔で言った。
「私は、すぐに点滴しないと危ないと思って急いで来たが、そうか、それは良かった」
「連絡が遅れてすみません」
「いや、かまわんよ、どっちみち今日は休館日だ、後で大0海岸にでも行ってのんびり過ごそう」
その時、恵子がお茶を運んできた。
「大蔵さんの奥さんですか?」と井上先生が話しかけた。
奥さんと言われて照れたのか、顔を赤らめて恵子が「はい」と言ってからお辞儀した。
「大蔵さんの事を少しお聞きしたいのですが、入院するまで、その夢を毎夜見ていたのですね?
そして夢でうなされ叫び声を上げて目覚めたと、、、その時間も毎夜ほぼ同じでしたか、それとも眠りについてからの時間がほぼ同じでしたか?」
恵子は少し考えてから言った「眠りについてからの時間がだいたい同じでした」
「そうですか、わかりました、、、では大蔵さんに食事が終わったら、ここへ来てくれるように伝えてください。急ぎませんのでゆっくり食事してください」
恵子は軽くお辞儀をして出ていった。
井上は、独り言なのか、山田に話しかけているのかわからないような口調で言った。
「毎夜、眠りについてから同じ時間に同じ夢を見る、、、そして叫び声を上げて目覚める、、、その夢さえ見なければ何も問題ない、、、それなのに抗うつ剤投与、ばかげている、あの病院は」
山田は井上の話の続きを聞きたかったが、大蔵が来て中断された。その上、井上に「席を外してくれ」と言われ、山田は未練がましそうにその部屋から出ていった。
二人だけになると先に井上は砕けた仕草で言った「脳外科医の井上です、よろしく」
「大山大蔵です、よろしくお願いします」と大蔵は神妙な口調で言った。
「巨漢ですね、羨ましい身体だ」
「はあ、でも周りからは独活の大木と言われています」
「ほう、、、君はユーモアのセンスもあるんだね。その上、頭脳明晰でもあるようだ、そんな君が、毎夜同じ夢を見て叫び声を上げて目覚める、その夢の内容を話してください」
大蔵は、わずかな時間ためらってから聞いた「夢の内容を話さないとだめですか、、、」
「君の今の状況は、君の精神状態が関係している、話してもらわないと原因究明できない」
「わかりました。お話しします、、、昨年僕には恋人が居ました。結婚するつもりでした。遠距離交際だったのですが、一日中デートした夜、彼女を送って行って、街角を曲がればホテルという場所で見送りました。しかし彼女は、街角を曲がってすぐの所で車にひかれて死にました。僕がその事を知ったのは翌日でしたが、それ以来僕はあの時、何故ホテルまで送って行かなかったのかと後悔していました。しかしその事はしばらく忘れていたのですが、1ヶ月ほど前にふと思い出し、それから毎夜その時の事を夢に見るようになったのです。
夢の中で、あの街角で彼女を行かせまいとして後ろ姿を抱きしめるのですが彼女は腕の中に居ず、またすぐ先を歩いて行くのです。何度追いかけて抱きしめても抱きしめられず、彼女は歩いて行くのです。
僕は疲れ果てて歩けなくなり思わず彼女の名を大声で呼ぶのです。するとその声は現実の大声になっていて、自分も周りの人びとも驚いて目が覚めるのです」
「ふ~む、なるほど、、、後悔の念が今も心の中にある、、、その念が夢となって現れてくる、、、」
大蔵は身を乗り出して聞いた「先生、治るでしょうか。夢を見なくなるでしょうか」
井上は腕を組み宙を見つめたまましばらく考えていたが、その姿勢のまま事もなげに言った。
「治る、必ず治る。薬も要らない、、、」
そう言ってから井上は大蔵を見て、大蔵の心の中に押し込むように言った。
「彼女の事を忘れなさい、そうすれば必ず治る」
大蔵は信じられないという顔で呟いた「、、、そんな、、、」
「君は1ヶ月前までその夢を見なかった。それが何故1ヶ月前から見るようになったのか、、、
それを考えたら原因が解るだろう、、、君には薬も何も要らない。君の心がけ一つで治る、、、
さて、帰るとするか、、、おおい山田君、帰るぞ」
山田が驚いて走ってきて言った「先生、、、いったい、、、」
「大蔵君は病気ではない、心のわだかまりに囚われているだけだ。医者も薬も要らない。私は帰る。それにしても、あの病院、、、健康な人間まで、、、」
「先生、待ってください、そこまで乗せてってください」と山田が井上の後を追いながら言った。
一人になった大蔵は釈然としない顔で考え込んでいた。そこへ父が来て言った。
「あの先生は名医か馬鹿か分からんな、、、だが言っている事は筋が通っている、、、
大蔵、お前は1ヶ月前まではあの夢を見なかったんだろ。何故見なかった。彼女の事を忘れていたからだ。じゃあ、これからも彼女の事を忘れていれば、あの夢は見なくていいんだ。そうだろう」
賢治と恵子も部屋に入ってきた。どうも隣部屋で皆で井上と大蔵の話を聞いていたらしい。
賢治も言った「1ヶ月前まであの夢を見なかったんなら、あの先生の言う通りかもしれない」
大蔵の横に座って恵子も遠慮がちに言った「貴方、、、玲子の事はもう忘れて、、、」
大蔵にも井上や皆の言う事は理解できた。しかし心は晴れなかった。
(あの時、ふと玲子の事を思い出した時、俺は玲子の事を忘れていた自分に気づいて、玲子にものすごく申し訳ない気持ちになった、、、
玲子の姉、恵子と幸せに暮らし結婚をも考えている自分が、あの時、、、極悪人のように思えた、、、
あの夜、寝ようとしたが眠れず、何時間も玲子の事を思い出していた、、、そして、、、
玲子は俺と付き合ったばっかりに殺された、玲子は俺のせいで犯され殺されたんだ、その事に思い至った時、俺は玲子の事を忘れてはいけないんだと強く思った、、、
そしたら急に眠くなって、寝たら、あの夢を見た、、、)
じっと考え込んでいる大蔵に気兼ねしてか、賢治が去ると恵子も父も部屋から出ていった。
一人になった大蔵はなおも考え続けた。
(玲子は俺のせいで殺されたんだ、、、その玲子を俺は忘れてはいけないんだ、、、
復讐の終わった俺は、、、俺は、玲子のところへ行かなければならないんだ、今すぐに、、、)
大蔵は立ち上がった。家の外に出た。冷たい風が大蔵の脇を吹き抜けていった。
風に乗って大蔵の耳に、波濤が岩を叩く微かな音が聞こえた。大蔵は音のする方へ歩き出した。
30分も経たないうちに大蔵は断崖絶壁の傍に立っていた。
見下ろせば50メートルほど下の岸壁に荒波が叩き付け砕け散っていた。
(ここなら死ねる、、、玲子、いま行くよ)
大蔵は飛び込もうとした、しかし一瞬早く何かが足を引っ張っていた。大蔵は前のめりに倒れ、胸から上が断崖からはみ出していたが落ちなかった。
大蔵は一瞬何が起きたか分からないまま顔をねじって足元を見た。
大きな犬が大蔵のズボンに噛みつき四肢を踏ん張っていた。
その犬の向こうに、杖を突きながら早足で老人が近づいてきた。そして息を切らせながらしわがれ声で怒鳴った「この馬鹿者めが、、、立て」
大蔵は老人の声の迫力に圧倒され、言われた通りに立ち上がった。すると即座に老人の杖が大蔵の肩に振り下ろされた。
肩の痛みを感じるよりも早く老人の怒鳴り声が聞こえた「命を何だと思ってる、甘ったれるな」
更に二度三度と肩を叩かれた。
「お前は、命は自分だけのものだと思っているのか、たわけ。父や母の事を考えんのか」
そう怒鳴った後、老人は杖にもたれぜえぜえと肩で息をした。
その時、恵子が「貴方、、、」と叫んで大蔵の胸に抱きついた。
「貴方、ここへ何しに来たの、一人で急にいなくなったから皆心配して探して、、、」
「ふん、こんな大たわけにも妻が居たのか、、、奥さん、この大馬鹿者は、そこから飛び込もうとしたんじゃ。この太郎が居なけりゃ、今ごろは三途の川を渡っていたじゃろう、、、
催促して悪いがこの太郎に一言礼を言ってくれ」
そう言って老人は足元に居る大きな犬を指差した。
恵子は驚き、大蔵と犬を代わる代わる見た後、犬に近寄り「ありがとう、太郎」と言った。
太郎は恵子の言葉に答えるように微かに尻尾を振った。
「太郎が救ったのは今年、早二人目じゃ、、、はやり病のせいで不景気になったからかのう、、、
若いの、どんな訳があるにせよ、自ら命を捨てるのだけはやめろ、、、」
そう言うと老人は歩き出した。
恵子は、その後ろ姿に手を合わせた。それから大蔵を見て、その頬に平手打ちをした。
「貴方は私に言った事を忘れたの、貴方は『俺の命を君にやるよ、君の好きなようにしてくれ』と言ったでしょ。貴方の命は私のものよ。それなのに、私に聞きもしないで勝手に命を捨てるというの。酷いわ、酷すぎるわ」
いつの間にか恵子の両目から涙が流れ落ちていた。にもかかわらず恵子は大蔵を睨み付けて言った「二度と勝手なことをしないでちょうだい。今度したら私も死ぬから」
恵子の言葉は、魂の叫び声のようだった。語気に圧倒され大蔵は声を出す事もできなかった。
しかし、やがて恵子は大蔵の胸に顔を押し付け泣きながらか細い声で言った。
「お願い、もう玲子の事は忘れて、、、貴方は今も玲子を愛しているのでしょう、、、私よりも玲子を愛しているのでしょう、、、でも私は、貴方を愛しているのよ、、、お願い、、、もう二度と玲子の所へ行こうとしないで、、、玲子の半分でいい、私を愛して、お願い、、、」
大蔵は無言のまま恵子を抱きしめた。
恵子の愛の力か、その夜から大蔵は玲子の夢を見なくなった。
せっかく借りた一軒家、二三日で返すのはもったいない。大蔵と恵子はその家で暮らす事にした。
二階の部屋の窓から大0海岸が見える。見晴らしの良い家であったが、一番近いコンビニまで4キロ。中規模のスーパーまで6キロでは車がないと不便でどうにもならなかった。
大蔵は車を買うことにした。
自分の巨漢を考えてアルファード にした。これなら1週間分の食糧を買っても充分に積める。
しかし金額を知って父が心配した「だ、大蔵、お前金あるのか?」
大蔵が恵子を見ると恵子は事もなげに言った「500万くらいなら大丈夫よ」
目を白黒させた父は、大蔵の手を引いて恵子から離れ小声で言った。
「け、恵子さんは、どこの財閥の御嬢さんだ。お前は、どうやって口説いたんだ」
「恵子は財閥の御嬢さんなんかじゃない、ただの小金持ち。それに俺が口説いたんじゃない。勝手にくっついてきたんだ」と大蔵も事もなげに言った。
「勝手にくっついてきた、だと、、、信じられん、俺の息子がそんなにモテるとは、、、」
500万という金額で大蔵は、西田に500万円もらってハーレーダビッドソンを買った事を思い出していた。夢を見ているような気持ちで家に帰った、あの夜の事を。
(俺は、、、俺はあの夜あんなに喜んでいた。夢じゃないかと何度頬をつねった事か、、、
しかし、あの500万が不幸の始まりだったんだ、、、だが、だからといって西田を恨んでよいのか)
その時、不意に恵子の声が聞こえた。
「貴方どうしたの、何を考えているの、、、嫌よ、もう玲子の事は思い出さないで」
振り向くと目の前に不安気な恵子の瞳があった。大蔵は思わず抱きしめようとした。
「ダメよ、お父さんが居るわ」と恵子は言って身を引いた。大蔵は苦笑交じりに微笑んだ。
車を買った後、恵子のアパートから引っ越し荷物を運んで終わった夜、皆で宴会をした。
しかし翌日には父も賢治も山田も帰って、大蔵と恵子の二人だけの生活が始まった。
一軒家暮らしのせいか、二人は新婚生活のような錯覚がした。
特に恵子は、今の生活に夢でも見ているかのようにウットリと酔いしれていた。
恵子は、朝に夕に(ず~とず~とこの生活が続きますように)と神に祈った。
幸せな日々が続いた。そして更に大きな幸せが舞い込んできた。
ある朝、恵子は歯磨きの時に吐いた。
恵子は、まだ眠っている大蔵の布団に潜り込んだ。大蔵が不機嫌そうに目を覚ました。
「なんだ恵子、まだ早いじゃないか、もっと眠らせろ」と言いながらも大蔵は恵子を引き寄せた。
「ダメ、乱暴しないで」と恵子が強い口調で言った。
驚いて恵子を見た大蔵に、はにかんだ笑顔を見せて恵子は言った「病院に連れていって」
病院で懐妊を告げられた帰り道、遠回りして有名なレストランで二人だけで祝った。
大蔵は、恵子の腹が目立たないうちに結婚式を挙げたかったが、恵子は、式に両親が来る事を嫌がって、式を挙げたくないと言い張った。
恵子は、アル中の両親にずっと毎月、多すぎず少なすぎずの金額を送っていたが、大蔵との仲をまだ知らせていなかった。もし知らせたら必ず反対されることを、恵子は知っていたのだ。
恵子は大蔵にも打ち明けていない秘密があった。
それは両親が在日であり、日本人との結婚など決して許さない強い民族主義者でもあったのだ。
恵子は式を挙げることを頑なに拒んだ。
なら入籍だけでもしょう、と大蔵が言うのも拒んだ。入籍時の戸籍を見れば秘密がバレる。
大蔵は、頑なに拒む恵子に疑問を抱いた。だが結局、恵子の言う通りにした。
恵子は嬉し涙を流しながら言った。
「式なんて要らない。入籍なんてしなくていい、貴方と一緒に暮らせたら、私はそれだけでいいの」
(入籍しないと、生まれてくる子どもは、、、まあ、生まれるまでに数か月ある、それまでに説得すれば良いか、、、)と大蔵は考え、焦らないことにした。
平穏で幸せな日々が続いた。
二人は週に一度スーパーに買い物に行ったが、それ以外にも時折ドライブに行った。そしてドライブ先で新鮮な野菜や果物を買うのを楽しみにしていた。
恵子の腹も順調に大きくなっていった。
はた目にも、それと解るお腹になったある日、ドライブからの帰路途中で恵子が、対向車線側の道路脇で果物を売っている屋台を見つけた。
恵子に言われ道路脇に車を停めると、助手席の恵子が車から降りて後ろに回った。その時、後続車が追突し、間に挟まれた恵子は即死した。
後日分かったことは、後続車運転の老人のわき見運転によるハンドル操作遅れが原因だったが、
事故時、気が動転した老人は、車をバックさせる事もできず、ドアさえも開けられなかった。
大蔵は運転席から飛び出して恵子を見たが、恵子は胸部まで挟まれ後続軽ワゴン車のフロントガラスに血だらけの顔面を押し付けたままピクリとも動かなかった。
携帯電話で救急車と警察を呼んだ後、大蔵は放心状態になりその場に座り込んでいた。
数十分後パトカーと救急車が来て、警察官に怒鳴られ老人はやっとドアを開けて出てきた。警察官がすぐに乗り込み車をバックさせ、恵子を引き出し担架に乗せ救急車に運んだ。大蔵も警察官に促され救急車に乗った。
その後、警察官は実況見分をし、一部始終を見ていた果物売り屋台の人からも事情聴取して実況見分調書を作成した。
停車して指示ランプを点滅させている車に追突した後続車の100パーセント過失のはずだった。
事故現場から病院へ運ばれたが、病院では何の処置もせず、すぐに警察の検視にまわされた。
そこで大蔵は警察官の事情聴取を受けたが、まるで夢遊病者のようだった。
最後に「誰かに連絡しますか」と聞かれ、少し考えた後で賢治の電話番号を言った。
電話を受けた賢治は山田にも電話し、大急ぎで警察署に駆けつけた。
賢治が署内を案内されて行くと、大蔵は検視室の外の椅子に呆然と座っていた。
「大蔵君、、、」と声をかけると大蔵は力なく賢治の方を見たが、その目は以前うつ病だと言われていた時の目のようで賢治は一瞬不安になった。
だが大蔵は、賢治を認識できているようで横に座った賢治に呟くように言った。
「おれ、、、俺、もう嫌だよ、、、こんな所に居たくない、、、玲子や恵子の所に行きたい、、、」
「、、、大蔵君、、、」賢治はそれ以上なにも言えなかった。
やがて山田も来た。山田も二人の顔を見て何も言えず、無言のまま大蔵の横に座った。
そこへ警察官が来て聞いた「彼女の両親へ連絡してもらえますか」
しかし3人とも恵子の両親の電話番号さえ知らなかった。
山田がその事を伝えると警察官は、大蔵を咎めるような目で見ながら言った。
「同棲していた彼女の両親の電話番号も知らないのか。妊娠までさせていながら、どういう関係だ」
大蔵がいきなり立ち上がって殴りかかろうとしたのを、賢治と山田が寸前で止めて座らせた。
大蔵が心底怒ったような興奮した声で言った。
「俺は彼女と結婚するつもりだったが、アル中の両親に会いたくないから結婚式も挙げたくないと言ったんだ。俺としては生まれてくる子どもの為にも、せめて籍だけでも入れるつもりでいたが、彼女は何故かそれさえも拒んでいた。
そんなに電話番号を知りたけりゃあ、彼女の携帯電話を調べればいいだろ」
大蔵の語気に押されてか警察官はすまなそうに言った。
「それが、事故で粉々に壊れていてメモリーも取り出せない、、、住所でも分かりませんか」
大蔵は住所も知らなかった。玲子に会いにバイクで3度大阪の家の近くまで行った事はあったが「家が分かりづらい」と玲子が言って3度とも近くのコンビニで待ち合わせしたのだった。
その事を言おうとする前に山田が言った。
「00署に聞けば分かると思います。彼女の妹の件で両親に連絡したようでしたから」
「彼女の妹の件、、、彼女の妹も事故に遭ったのか」
大蔵にとっては触れたくない辛い出来事を話したくなかった山田は、警察官を促して場所を変え小声で言った「昨年の金田玲子殺人事件について00署で聞いてください」
「なに殺人事件、、、」警察官は顔色を変えて一瞬山田を見てから去っていった。
山田が二人の横に来て座って少し経ってから、検視室から白衣の職員が出てきて言った。
「こちらは終わりましたので御家族の方、御遺体を御引き取りください」
大蔵は引き取るべきか迷った。大蔵の心を察してか山田が言った。
「今、ご両親に連絡中です。担当の方に聞いてください」
白衣の職員が去った後、大蔵が山田に弱々しい声で聞いた「葬式は俺の家でするんですか」
「、、、いや、君はまだ籍も入れてないから、ご両親の方だろう」
そこへ警察官が来てキィーを大蔵に渡しながら言った。
「車は署内駐車場に止めてありますので、、、事情聴取が終わっているのでしたら、お帰りいただいてけっこうです。後日、保険会社から連絡があると思いますので車の修理等は保険会社に相談してください」
警察官が去った後も3人は座ったままだった。
しばらく経ってから賢治が言った「ここに居ても仕方がない、一度家に帰ろう」
山田も立ち上がってから言った「帰る前にもう一度お顔を見よう、、、ご両親が引き取られて大阪で葬儀されるなら参列できるかどうか分からないからな」
山田の言葉に押されるように大蔵も立ち上がり3人は検視室に入った。室内は誰もいなかった。
恵子の遺体は金属製のベッドに寝かされ身体には白いビニールシート、顔には白い布が掛けられていた。大蔵はその白い布をこわごわとめくった。
事故現場では血だらけだったが、きれいに拭き取られて、いつも見ていた恵子の顔のままだった。
ただ、やけに青白く見えた。
その顔を見つめていた大蔵の目から涙があふれ落ち、嗚咽が室内に響いた。
山田も賢治も顔をそむけ目頭を押さえた。
その後、3人は大蔵の家に行き口数少なく夜通し飲んだ。
翌日の昼ころ賢治が大蔵に言った「俺と山田さん、帰ってもいいか、一人で大丈夫か」
「、、、大丈夫です、、、」と、大蔵はやっと聞こえるくらいの小さな声で言った。
大蔵のその時の雰囲気に不安を感じた賢治だったが、かと言って一緒に居た方が良いのか判断がつかなかった。賢治はその判断を仰ぐかのように山田を見た。
山田は大蔵に近寄り、肩を揺さぶって言った「恵子さんの所へ行ったらだめだぞ、いいな」
念を押すように賢治も言った「死のうなんて考えるなよな、、、何かあったら電話しろ」
そう言った後、二人は帰って行った。
一人になった大蔵は、いつも恵子と寝起きしていた二階の部屋に入り、今朝方から敷きっぱなしの布団の上に大の字になった。
大蔵は今なにも考えたくなかった。ぼんやり天井を見ていたがそれさえも煩わしくなり目を閉じた。
するとすぐ恵子の顔が思い浮かんだ、検視室で見た青白い恵子の顔が。
大蔵はその顔を脳裏から消そうとした、途端に玲子の後ろ姿が思い浮かんだ。大蔵はそれも消そうとした、しかし消えなかった。それどころか恵子の顔と玲子の後ろ姿が脳裏で代わる代わる出没を繰り返した。堪らず大蔵は目を開け上半身を起こした。
ガラス窓の外は冬晴れのようだった。風が強いのか時折り枯葉が舞い上がるのが見えた。
大蔵は立ち上がり窓に近づいた。遠くに大0海岸が見える。白い大きな波が何度も岩場に打ち寄せていた。まるで大蔵に向かって手招いているかのように。
(玲子、恵子、、、何てことだ、俺と付き合ったばっかりに姉妹が死んでしまった、、、こんなバカなことがあるか、、、なんで二人が、、、)
そう思うと大蔵は、床の間の柱に頭を叩き付けたくなかった。
床の間に近づいた時、携帯電話が鳴った。
大蔵が電話にでると「大山大蔵さんですか、私は00保険会社の村田と申します。昨日の事故で破損されたお車の賠償につきましてですが、弊社指定の工場で修理されますか、それとも別の工場で修理して、そこの領収書と引き換えに賠償金をお支払いしましょうか」と村田は続けざまに話した。
今そんなことを考えたくもなかった大蔵は不機嫌そうに言った「どちらでも構いません」
「分かりました、では別の工場で修理していただき領収書と引き換え賠償と言う事でお願いします、、、それと現時点では弊社の全額賠償となっておりますが、後続車運転手が『事故の原因は大山さんが急停車したためだ』と言ってまして、もしそれが認められれば、大山さんが加入されている保険会社と弊社の折衝となります。そうなりました場合はまたお電話差し上げますが、、、
急停車はされてませんよね。急停車のスリップ跡もありませんでしたし、」
大蔵はイライラして村田の話を遮って言った「急停車はしていません」
「そうですよね、もし急停車してすぐに後続車が追突したなら、お亡くなりになった女性が車の後ろに行く時間がありませんですよね。それなのに、あの御老人『何故あんな所に女性が立っていたんだ。あの女性さえ居なければタダの接触事故で済んだのに、ワシは運が悪かった、いや、あの女性は疫病神だ、30年以上も無事故無違反のワシに人身事故を起こさせた』等と酷いことを言ってるのです、人として最低ですよね、本当に無神経な人です。それか」
そこで大蔵は電話を切った、それ以上聞いていられなかった。
(無神経なのはお前だ)と大蔵は思った。
最愛の人を失って二日目の人間に、そのような話を長々と続ける村田に大蔵は腹が立った。
その上、聞いてしまった、、、。
『あの女性さえ居なければタダの接触事故で済んだのに、、、あの女性は疫病神だ』(だと、、、)
大蔵の心の中に怒りがこみあげてきた。「あんた、それでも人間か」と怒鳴りつけたくなった。
(自分の不注意で追突して恵子を死なせておいて、恵子が疫病神だと、、、)
大蔵は心の中の怒りが爆発しそうになった。
恵子を失った悲しみに加え、事故加害者に対する憎しみの炎が燃え上がった。
せめて一言でも罵倒しないと腹の虫が収まらない。
大蔵は警察に電話した「大蔵ですが、加害者の老人と話がしたいです」
「あ、あの老人なら、お亡くなりになった女性の両親と話中です」
「女性の両親が来ているのですか、、、」それで大蔵は電話を切った。
(恵子、そして玲子の両親が来ている、、、)大蔵は、入院中に来た恵子の両親を思い出した。
(両手両足のギブスと包帯だらけで寝ている俺に殴りかかろうとした、恵子と玲子の父親、、、
恵子に結婚式にも来て欲しくないと言われるほど嫌われていたアル中の両親、、、その両親が今警察署に来ている、、、会いに行くべきか、、、)
大蔵は、しばらく迷っていた。すると30分ほど経ってから警察から電話がかかってきた。
電話を繋ぐと相手は恵子の父だった。
「大山大蔵か、お前は恵子の恋人だったそうだが、誰の許しを得て恵子の恋人になったんだ。
父親のワシに一言の挨拶も無しに恋人気取りで車に乗せて、事故を起こして恵子を死なせた。お前はこの責任をどうとるつもりだ」
その時「金田さん、その言い方は恐喝になります」と警察官らしい声が聞こえた。そしてその後すぐ固定式電話の受話器を置く音が聞こえてから「何だとこの野郎、、、」と言う恵子の父の声が遠くで聞こえた。
「貴方やめて」と言う、恵子の母親らしい声も聞こえ「ここは警察署です、暴力を振るわれたら即逮捕しますが良いですか」と言う苛立った警察官の声も聞こえた。
「貴方いいかげんにして、、、、すみません、うちの人、酔ってるんです、新幹線の中でも飲んで、、、娘が死んだって聞かされて精神錯乱状態なんです、、、貴方もうやめて、落ち着いて、、、」
警察署内でのこのような会話が置きっぱなしの受話器から大蔵の耳に聞こえた。
(酔っぱらって警察署に来たのか、なんて両親だ、、、)
大蔵は今、アル中の両親を嫌がっていた恵子の気持ちが分かった。
(こんな両親なら会わない方がいい)と大蔵は考え携帯電話を切った。
加害者の老人に文句を言うつもりで警察署に電話したのだが、そうする気もなくなった。
大蔵は、敷きっぱなしの布団の上に大の字になり目を閉じた。するとすぐ恵子の顔が思い浮かび、不意にいじらしく哀れに思えてきた。
(恵子はあんな両親の下で生きてきたのか、、、)
「式なんて要らない。入籍なんてしなくていい、貴方と一緒に暮らせたら、私はそれだけでいいの」と恵子が涙を流しながら言ったのを思い出した。
いつしか大蔵の目から涙が流れ落ちていた。
(恵子、、、なぜ死んだ、、、)
大蔵は、それからの数時間の記憶がなかった。
気がついた時には携帯電話が鳴っていた。暗闇の中で携帯電話を持ち上げ耳に当てた。
途端に恵子の父のろれつの回らない声が聞こえた「お、大山、恵子を返せ、恵子を生き返らせろ」
大蔵は電話を切り、電源も切った。
布団の上に上半身を起こした。酷く寒かった。立ち上がって電灯のスイッチを入れた。電灯が点くと眩しいほど明るかった。大蔵は暖房を点けた。数十秒後、温かい風が吹きだし、大蔵の冷たい頬を撫でた。その温かさに大蔵は安らぎを覚え、座ったまま身体が温まるまでじっとしていた。
ふと時計を見ると1時だった。
(恵子の父親はこんな時間に電話をかけてきたのか、、、しかも酔っぱらって)
大蔵は、恵子の父の非常識さに不愉快になった。
「~事故を起こして恵子を死なせた。お前はこの責任をどうとるつもりだ」と言った父親の言葉を思い出した。
(まるで俺が事故を起こし、俺が恵子を殺したとでも言いたげな言い方、、、事故原因を聞けば、俺には落ち度がない事くらい分かるだろうに、、、)
大蔵は、恵子の両親には今後一切関わらないと決めた。
(だが、恵子の供養はどうする、、、そうだ、今まで考えなかったが、玲子の墓はどこにあるんだ、、、
俺は一度も玲子の墓参りをしていない、、、何てことだ俺は、一度も玲子の墓参りをしていない、、)
その事に思い至った大蔵は、自身の薄情さ無情さに慙愧に堪えない思いになった。
(俺は、入院中ずっと金に復讐をする事ばかり考えていた、、、玲子を思い出すと、悲しくなるよりも金への憎しみがこみ上げてきて、復讐する事以外なにも考えられなくなっていた、、、
退院して、宮澤さんや山田さんのおかげで、いとも簡単に復讐ができて、俺はもう思い残す事が無くなって、すぐに玲子の所へ行きたくなっていたが、恵子に止められて、、、そうこうしているうちに玲子の事を忘れて、、、玲子の事を忘れていた自分に気づいて精神異常を起こして、、、
それが治って、恵子と幸せに暮らして、、、結局、玲子の事を忘れて、墓参りもしていなかった、、、
ごめんよ、玲子、、、本当に、ごめん、、、玲子の墓はどこにあるのだろう、、、大阪だろうな、、、
玲子の墓参りをしたい、、、なにを今さら、って玲子に怒られそうだが、、、
同時に恵子の墓参りも、、、)
その後大蔵は、恵子の両親に会わないで玲子と恵子の墓参りをする方法を考えた。
(その前に俺だと分からないようにして墓のある場所を聞きださないといけない、、、いや、その前に恵子の葬式はいつだろう、、、両親はもう、恵子の亡がらを大阪に運んだだろうか、、、)
大蔵は、恵子の亡がらが今どうなっているのか知りたかったが、夜中に警察署に電話するのも気が引けた。
結局、朝になるまで待つしかない、と考えた大蔵は急に眠くなり、布団の中に潜り込んだ。
翌朝、8時を過ぎてから警察署に電話した。
大蔵は先ず、恵子の亡がらをどこへ運んだかを聞いたが警察官の返事は意外な内容だった。
「御遺体はまだ署にあります。大阪までの霊柩車の費用が御用意できないとかで、ご両親は加害者に仮渡金を請求しているそうです。署としても早急に引き取っていただきたいのですが、、、」
「は~ぁ、霊柩車費用が無くて、御遺体はまだ署に、、、」大蔵は、それ以上言葉が出なかった。
(、、、まったく、なんて両親だ、、、)
その時、大蔵は霊柩車の跡を点けて行く事を思いついた。
(車の修理もしていないが、、、そんな事どうでもいい、、、恵子の亡がらを追おう)
大蔵は、数日分の着換えと毛布を車に積み出発した。
幹線道路から警察署に入る一本道の手前で車を止め、もう一度電話した。
「霊柩車は来ましたか」
「霊柩車?」さっきの人とは違うらしい。
「金田恵子さんの御遺体を運ばれる霊柩車ですが、何時に来られますか」
「金田恵子さん、、、ああ、KIMUDENKEIさんの御遺体ね、今日運ぶらしいですが、時間は分かりません」
今度は大蔵が驚いて聞いた「KIMUDENKEIさん、、、金田恵子さんでは、、、」
「ああ、御存知なかったんですか、金田恵子は通名で本名はKIMUDENKEIと言うそうですよ。在日朝鮮人の方です。ご両親とも在日朝鮮人です」
「在日朝鮮人KIMUDENKEI、、、」それで大蔵は電話を切った。
(知らなかった、、、恵子は在日朝鮮人だったのか、、、だから入籍も嫌がっていたのか、、、しかし在日朝鮮人だと分かっても俺は恵子と入籍しただろうに、、、)
その時、大蔵の車の横を霊柩車が通り過ぎて警察署に入っていった。数十分待っていると霊柩車は出てきた。大蔵は後を追った。
30分ほど走ってから霊柩車は火葬場に入っていった。
(なんだ都内で火葬するのか、、、)
火葬場の駐車場に車を停めバックミラーで見ていると、霊柩車は棺を降ろして帰っていった。
なおも待っているとタクシーが来て、恵子の両親とお坊さんが降りた。
タクシーが帰り、しばらく経ってから火葬場の煙突から煙が出てきた。
大蔵はそれを見て手を合わせた。
恵子との様々な思い出が脳裏に浮かんでは消えた。
(恵子、、、)大蔵は、心の中でもそれ以外の言葉を見つけられなかった。
だが無性に寂しさがこみ上げてきた。合わせた両手に涙が落ちた。大蔵は手を合わせ続けた。
更に1時間ほど経ってタクシーが来て、遺骨を抱いた両親が乗り込み出発した。
大蔵が後を追うと、しばらく走ってから東京駅に着き、両親は降りて駅の中に入っていった。
大蔵はそれ以上追うのを諦めて家に帰った。
家に帰っても大蔵は、何もする気になれなかった。空腹さえも感じなかった。
敷きっぱなしの布団の上に横になると、いつ寝たのか、いつ目覚めたのか、何を考えていたのか、記憶にないまま数日が過ぎた。
ある日、鳴っている電話に気づき出ると賢治が安心したような声で言った。
「よう、元気かい、近くに来たんだ一緒に食事しょうぜ」
数十分後、二人はレストランで食事していた。
向かい合って座っているが、ウイルス防疫のためかテーブルの真ん中がアクリルパネルで仕切られていた。だが、空いていて静かなせいか仕切り越しでも十分に会話ができた。
賢治が食後のコーヒーを飲みながら言った「毎日なにしてる」
「、、、何もしてない、、、でも、恵子の墓参りに行きたい、、、」
「、、、そうか、恵子さんの墓参りか、、、場所はどこだ、俺も行きたい」
「分からない、、、」
「おいおい、場所が分からないんじゃ、」
「だから困ってる、、、それと、恵子は本名ではなかった、通名だったらしい」
「なに、通名、、、てことは」
「警察署の人は、恵子は在日朝鮮人だと言ってた」
「在日朝鮮人、、、住所は大阪の何市だったかい」
「住所は分からない、でも、玲子とは伊丹警察署近くのコンビニで何度も待ち合わせしたから、たぶん伊丹市だと思う」
「伊丹市の在日朝鮮人の墓か、、、分かった、後でちょっと調べてみるよ」
「えっ、それだけで調べられるの」
「たぶん調べられると思う、知人に大阪出身の在日老人が居るから聞いてみるよ」
大蔵は、賢治の言う事に半信半疑だったが、食後賢治が電話で聞くとすぐに分かった。
「大阪の在日の墓なら恐らく仁0国際霊園だろう」と老人に教えられ電話で尋ねると、数日前に恵子の本名で永代供養墓地に納骨された事が分かった。
翌日、山田を加えた3人は大蔵の車で出発した。昼前に仁0国際霊園に着き、事務所で聞くと恵子の墓と、その隣の玲子の墓も教えてくれた。
大蔵は先に玲子の墓に手を合わせ心の中で詫びた「玲子、1年以上も来なくて、ごめんよ、、、」
それから恵子の墓で祈った後の大蔵に、祈り終えていた山田がそっとハンカチを手渡した。
「、、、ありがとう、兄貴、、、」
墓の近くにベンチがあったので3人は腰を下ろした。
しばらく経って大蔵がポツリと言った「俺と付き合ったばかりに姉妹が死んだ、、、」
「、、、大蔵君、、、」と賢治が言ったがそれ以上は何も言えないようだった。
賢治が言うに言えないことを山田が言った「大蔵君そういう風に考えない方がいい、、、」
「でも姉妹が死んだのは事実です。ここに二人の墓がある、、、俺は、、、俺は、二人の疫病神だ」
そう言って大蔵は両手で顔を覆った。
「大蔵君、自分で自分を苦しめるなよ。二人を殺したのは君じゃない」
「賢治の言う通りだ、君が二人を殺したんじゃない。二人は運命だったんだよ、、、辛い運命だったが、君のせいではないんだ」
「、、、運命、、、」
「そうだ、運命だったんだよ、、、そしてその二人の運命に君も居合わせた、、、
君にとっても辛い運命だろう、、、二人は若くして違う世界に行った、、、
しかし君はこの世界に居る。君はこの世界で生き続けるんだ、それが君の運命なんだよ」
「山田兄貴の言う通りだぜ大蔵君、二人は違う世界に行ったんだ。でも君はいつでも二人を思い出せる。違う世界に行った二人も、きっと大蔵君の事を思い出しているよ。だから二人に会いに行こうなんて考えるな。離れてて辛いだろうが、会いに行く事だけは考えるなよ、、、
それより腹減ったぜ。せっかく大阪まで来たんだ、大阪の旨い物を食べに行こうや」
そう言って賢治は立ち上がった。
すぐに山田も立ち上がり、大蔵の肩を叩いて言った「さあ行こう」
大蔵ももぞもぞと立ち上がった。
3人は、神戸牛料理専門店で腹いっぱい食べてからホテルに一泊して東京に帰った。
墓参りを終えてから1週間ほど経って珍しく、大蔵から賢治に電話がかかってきた。
「お、大蔵君、元気かい、いま俺の方から電話しょうと思ってたところだったんだ、俺の結婚式の日が決まった」
賢治の話を遮って、大蔵は弱々しく言った「賢治兄貴、、、ごめんよ、俺、結婚式に行かれない、、、俺、外国に行きたいんだ、こんな日本に居たくないんだ」
「ち、ちょっと待て、いきなり外国に行きたいって、どこの国へ行きたいんだよ。それより今はウイルスのせいで出国できないだろ」
「日本以外ならどこの国でもいい、とにかく日本に居たくないんだ、、、前に、西田は外交官特権でどこの国でも行けるって賢治兄貴が言ってたじゃないか。西田に頼んで俺を外国に行かせてくれ。外国ならどこでもいいから、、、このまま日本に居たら俺、また気が狂ってしまう」
「、、、と、言ってもな、、、分かった。とにかく西田兄貴に聞いてみるよ」
そう言って賢治は大蔵からの電話を切り、すぐに西田に電話した。
西田は憮然とした声で言った「なに、外国に行きたい、、、」
「ああ、どこの国でもいいから外国に行きたいって言ってた、このまま日本に居たら気が狂ってしまうって、、、たぶんまた彼女の夢を見て眠れなくなっているんだと思う」
「、、、ちっ、ウイルスで大変な時に、、、しょうのない奴だ、、、顔写真とサインをメールで遅らせろ、できるかどうか分からんが、やってみる」
「すまねえ兄貴、、、」
翌日の夜、西田からの電話を受けて賢治は驚いて言った。
「えっ、兄貴、もうできたのかい、、、ほ、本当にできたのかい、、、」
「ああ、偽造公用旅券だが精密にできていてまず見破れないそうだ。それと渡航申請書とウイルス陰性証明書を作っておいた。あと航空券と金は空港で内の者に会って受け取れ。明晩8時北ウイングのCPカウンター前に居ろ。行き先はどこか俺も知らん、、、世話の焼ける奴だ」
「すまねえ兄貴、しかし俺にとってはただ一人の弟分なんだ、できるだけの事はしてやりたいんだ、、、それにしても兄貴の組織って凄いんだな、偽造パスポートが一日でできるなんて、、、」
「、、、まあな、だが大蔵君に言っておいてくれ、どこに行くかは知らんが、どこに行ってどんな目に遭おうが、二度と俺のせいにするなとな」
「分かった、伝えておくよ、、、ありがとう兄貴」
それで電話を切ると賢治はすぐに大蔵に電話して伝えた。
大蔵もそんなに早く事が決まったのに驚いたようだが、すぐに準備して明晩は必ず待ち合わせ場所に行くと言った。
賢治と山田が見送りに来て3人でCPカウンター前で話していると、いつの間に来たのか大柄な女性が大蔵の真後ろから声をかけてきた。
「大山大蔵さんですね、外交官の早苗といいます。これ、旅券とその他の証明書と航空券とカードと当座の御金千ドル、現地に着いたらカードで現地通貨に交換してください。カードの暗証番号は宮澤さんの電話番号の下6桁、電話番号は覚えていますよね、覚えていないなら今すぐ覚えてください。外国では旅券の次に、いえ場合によれば旅券以上にこのカードが重要になりますので。では何かご質問は、、、」
大蔵は、早苗の雰囲気とその言い方に圧倒され、質問するどころか返事すらできなかった。
大蔵のその状態を見て取ったのか早苗は「では私はこれで、良いご旅行を」と言ってすぐに消えた。
消えた、と言う言葉以外に言い表す言葉がないほど瞬時に居なくなった。
これには大蔵だけでなく山田も賢治も度肝を抜かれしばらく呆然と立っていた。
カウンターでの受付が始まったとみえ、後ろに並んでいた人に押されて3人はやっと我に返った。
大蔵がパスポートや航空券等を受付嬢に渡すと「ハガポール経由ハネスブルグ行き一名様ですね」と確認された。
その時、初めて自分の行き先を知った大蔵だったが、どうでもいいと言う顔で「そうです」と答えた。
(ハネスブルグ、、、大蔵君はハネスブルグに行くのか、よりにもよってこんな時に、、、)と山田は思い顔色を変えたが口には出さず、出国審査場入口まで大蔵について行った。
賢治はまだ早苗の事を考えていたのか「あの女どうやって消えたんだ、ただ者じゃねえ」と呟いていた。だが大蔵が入口前で止まると「とにかく元気でな」と言った。
山田も「賢治の言う通りだ、とにかく元気で、、、それと、これから行く国では女性に気を付けろよ、女性が男性を襲うらしいから。まあ大蔵君なら、一人や二人の女性なら防げるだろうがな」と大蔵や賢治には理解できない事を言った。
大蔵は「色々とありがとう、兄貴、、、」そう言ってから深々と頭を下げ、目を潤ませたまま背を向けた。心の中で(これで、お別れです)と付け加えて。
賢治と山田は大蔵を見送った後、空港内のレストランで食事した。
食後のコーヒーを飲みながら賢治は言った「あの女性、、、西田兄貴の組織員だな」
「たぶんそうだろう、あの身のこなしは武道家のようだった、、、それより大蔵君の行き先、、、無事に帰ってこれれば良いが、、、」
「、、、行き先、どこだっけ」
「お前、聞いていなかったのか、ハネスブルグだよ、南アにある世界一の犯罪多発都市だ。
一日あたり43人が殺されているとイキペディアに載っていたのを読んだ事がある」
「なに、一日に43人殺されているだって、、、」と賢治は素っ頓狂な声を上げた。
「おいおい、大声を出すな、他のお客さんが、」と言って山田が周りを見たが、山田と賢治以外に客は居なかった。
そのころ大蔵は、行き先の事など考えもせず、空席だらけのビジネスクラスの二人分の椅子に座って離陸を待ちながら考えていた(日本で死ねば兄貴たちに迷惑をかける、、、外国でなら、、、)
そのころ早苗は西田と電話中だった。
「貴方、行き先は本当にハネスブルグで良かったの、私なんだかあの人が可哀そうになって、、、
だって、あそこはうちの者でも尻込みする所なのよ」
「いいさ、あいつは頭蓋骨を割られても死ななかった奴なんだ、、、あいつこそ恐らく御神のご加護を授かりし者だ、どこへ行こうと決して死なないさ。
それに、あの国に決めたのは御老なんだ、何か下心がありそうだった。
御老の下心はいつも良い結果を生む、心配要らないさ」
「、、、そうかしら、、、」おおらかな性格の早苗にしては不安気なのが西田には気になった。
トンボ国際空港に着いたのは昼ころだった。機内から出る人の跡についていくと入国審査があったが、緑色のパスポートを見せると係官が別の通路を示してくれてフリーパスで到着ロビーにでた。
そこで大蔵は、自分がこれからどこに行くのかも決めていない事に気づいた。
機内で勧められるままにブランデーを飲んで、酔って眠って気づいたら到着していたので、結局なにも考えていなかったのだ。
大蔵は周りを見回してベンチを見つけて座った。
(さて、どうするか、、、)
死ぬ為に日本を出た大蔵は、自分が居る国の名前も、どんな国であるかも全く興味がなかった。
だが、西田に無理を言って手配してもらったパスポートや航空券を無駄にするのも悪いように思え(せめて金がある間はこの国で過ごそう、金がなくなったら死のう)と考えた。
とは言え海外旅行初めての大蔵は何をどうして良いか分からなかった。
ふと周りを見ると英語のチェンジマネーの看板が目に留まった。早苗が「カードで現地通貨に交換してください」と言っていたのを思い出し、大蔵はそこで100ドル引き出して両替した。
その時、レシートの残高を見た店員が目を飛び出させたが、大蔵は気づかなかった。
(とにかく町に行ってホテルに入ろう、風呂に入ってから考えよう)
大蔵はネットで町までの行き方を調べたが、面倒くさいのでタクシーで行く事にした。看板を追って外に出ると、途端にタクシー運転手らしい数人の男に取り囲まれた。口々に「ハネスブルグまで300リンド」と英語で叫んでいる。
大蔵は、一番小柄な男を選んでついて行った。
30分ほどでビル街に着き運転手が手を差し出した。大蔵が300リンドを手渡して出ようとすると「チップ、チップ」と言うので更に100リンド渡すと笑顔になった。
外に出るとタクシーは逃げるように去っていった。
大蔵は周りを見回した。人通りが少なく静かで、一見平日昼間の東京の下町のような感じがした。
だが、道路のいたるところにゴミが散乱していて不快だった。
大蔵はホテルの看板を探して歩き出した。5分も経たないうちに数人の男たちがあとをつけているのに気づいた。大蔵は走って街角を曲がり、すぐに立ち止まって振り向き身構えた。
追って来ていた5人の男が、大蔵が身構えているのに気づき足を止めた。
一人の男が懐から拳銃を取り出して大蔵に向けた。大蔵は両腕を広げてその男に近寄った、まるで「さあ撃て」とでも言うように。
すると男は数歩後ずさりした後、逃げだし、他の男もみな逃げて行った。
大蔵は何事もなかったかのように歩き出した。しかし100メートルも行かないうちに、前からみすぼらしい男の子が泣きながら抱きついてきた。するとすぐ四方八方から子どもが抱きついてきた。
大蔵は(なんだ、こいつらは)と思ったが振りほどくのも可哀そうに思えて、思案していると(こいつらはスリだ)と思い当たった。しかし一瞬遅かった。
年長者らしい子が歓声を上げて走りだすと、皆も歓声を上げて走り去って行った。
大蔵はズボンのポケットに手を突っ込んだが財布と携帯電話が無くなっていた。
すぐに追おうとしたが止めた。
胸の内ポケットのパスポートは無事だったが、財布とその中の現金とカードと携帯電話が無くなった。
(ふん、死のうとしている人間に金は要らないか、、、ホテルなんかに入らずさっさと死ねって事か)
大蔵は、ホテルを探すのを止め近くのビルの壁にもたれて佇んだ。
どれほどそこに居たのか、ふと気づくと年ごろの女性が二人、2メートルほど離れた所から何か言いたげな顔で大蔵を見つめていた。
「何か用ですか?」と大蔵が英語で聞くと、聞いたことのない言語で話し始め、手招いた。
「貴女たちの言葉は分からない」と言ったが女性は無視して大蔵の手を引いた。
大蔵は、その手を振りほどいてからズボンのポケットを叩いて見せ「ノーマネー」と言った。
しかしそれも無視して二人の女性はそれぞれ大蔵の手を引いて歩き出した。
大蔵は、手を振りほどくのも煩わしくなり(好きにしろ)と心の中で言って引かれるままについていった。
連れて行かれた所は空きビルの2階、部屋に入ると7~8人の女性が取り囲み、強引に大蔵を木製ベッドに寝かせて両手両足をベッド四隅に縛り付けてから歓声を上げた。
それから手を叩いて音頭をとりながら踊り出した。その中の一人が下半身をむき出しにして大蔵に近づいた。
大蔵が顔を背けると他の女性が、大蔵の顔を向けさせた。大蔵は目を閉じた。
別の女性が大蔵のズボンをずり下させ下着の上から触り始めた。
大蔵は思わず英語で怒鳴った「やめろ、俺は日本人だ」
しかし言葉が通じないのか女性たちの行為は止まらなかった。むしろ更に興奮状態になり、下着も脱がされ、女性が覆いかぶさってきた。
その時ドアが開き軍服姿の女性が入ってきて怒鳴った。その場は一瞬で静まり返った。
軍服姿の女性は、大蔵の顔の横に来て英語で言った「隣部屋で聞こえたが、お前は日本人か」
「そうだ、、、内ポケットのパスポートを見ろ」
女性は顎を振って覆いかぶさっていた女性をどかせ、パスポートを取り出して見た。
「ミスター DAIZO OOYAMA か」
「そうだ」
「今日入国したばかりの日本人が何故こんな所に居る、ここがどこだか知らないのか」
「知らない、、、ここはどこだ」
女性は、呆れたと言う顔をしてから大蔵の下着をずり上げ、他の女性に縛ってあるロープをほどかせた。大蔵が急いで起き上がりズボンを直すと、女性は大蔵をベッドに座らせ、その前に立って言った。
「ここはヒブロウ、世界一凶悪犯罪の多い町だ、観光客は誰も来ない。外国企業も逃げ出して失業者が増え、ますます治安が悪くなっている」
「ふ~ん、そうなのか、、、しかしそんな危険な町に何故こんなに若い女性がいっぱい居るんだい」
女性はまた呆れたと言う顔をしてから言った。
「仕事のためさ、仕事のため仕方なくここに居る。それと復讐のためにね」
「仕事のため復讐のため、、、」
「あんた、頭悪いな、あたいたちの仕事は売春さ、しかし自分勝手な男たちのせいで皆エイズにされた、だから客が居ない時に男をさらって来てエイズを感染させているのさ、そうやって男どもに復讐しているのさ」と女性が大声で言った。
「ここに居る皆がエイズ」
「そうだ、あたいも含めて皆エイズ感染者さ、数年後にはみんな死ぬ。だけどその前に男どもに感染させてやる、男どもに復讐してやるんだ、、、だが、日本人には恨みはない、、、」
「ふ~ん、そうだったのか、、、ところで何か食べ物ないか、腹が減ってきた」
「なに、食べ物、、、貧乏で仕方なく身体を売っている、あたいたちに食べ物をねだる。あんたは日本人だろ、金持っていないのか」
「ああ、すぐそこで子供たちに財布ごと盗まれた、1ランドも持ってない」
「なに、子供たちに盗まれた、、、どんな奴だった」
大蔵が子供たちに抱きつかれた事などを話すと、女性は聞いた事がない言葉で周りの女性に指示し、女性たちは急いで部屋から出て行った。
二人だけになると軍服姿の女性は、大蔵の横に座って言った。
「日本から来たばかりに災難だったな、荷物も奪われたのか」
「荷物は最初からなかった、、、俺は死ぬつもりでここに来たから」
「なに、死ぬつもりでここに来た、、、どういうことだ」
「、、、日本には親も兄弟も友人も居る、、、日本で死ねば皆を悲しませる。だから日本から出てきた、、、外国ならどこでも良かったが、もらった航空券の行き先がここになっていた」
「あんた、まだ若いのに死ぬつもりだなんて、、、日本で何があったのさ、言ってみな」
女性の声には怒りがこもっていたが、大蔵は気づかず、玲子や恵子を死なせた事や金に復讐した事などを順を追って話し、自分が人殺しである事も付け加えた。
すると女性は素早く立ち上がって大蔵の前に行き、大蔵の頬を力いっぱい叩いた。
「甘えないで!。あんた、そんな事で死のうと考えてるの、命を何だと思ってるの、、、
ここでは生きたいと思っている人が毎日何十人も殺されているのよ。死にたくないと思っている何の罪もない人が何十人も殺されているのよ。生きたくても貧乏で食事もできなくて死んでいく子供たちが何千人もいるの。それなのにあんたは、恋人に死なれたぐらいで自分も死にたいって、、、あんた馬鹿じゃねぇの、、、そんな事で日本からわざわざここまで来たの、、、
ここまで来た旅費だって大金だろ。その金がありゃあ、ここで飢えて死ぬ子供を何人も救えるだろうに、勿体ない事しやがって、、、
あんたは金持ちの馬鹿息子か。そんなに金があるなら、あたいにくれ」
女性に英語でまくし立てられ、多少聞き取れない所もあったが概略は理解できた大蔵は、何とか言い返そうと言葉を探した。だが、日本語で良い文句を見つけてもそれを英語にできなかった。
大蔵が悔し気に女性を見ていると、女性は大蔵の肩から胸の辺りをさすりながら言った。
「ふん、良い身体をしているじゃあないの、レスリングでもしてたの、、、こんなに良い身体なんて、普通の人間が望んだってなれやしない。
あんたは身体だって恵まれているんだ、それなのにあんたはその身体まで死なせると言うの。
そんなに死にたいなら、あたいがエイズをうつしてあげようか」
女性はそう言うと、大蔵をベッドの上に押し倒し腹の上に馬乗りになり両手で肩を押さえつけた。
大蔵の力なら難なく女性を撥ね飛ばせたが、抵抗せず下から女性の顔を見つめて言った。
「いいよエイズをうつされても、、、発症する前に死ぬから」
途端に大蔵の頬が何度も音を立てた。女性の左右の手が狂ったように振り続けられた。
だが、やがて肩で息をしながら女性が言った。
「あんたをエイズなんかで死なせるもんか、、、
そんなに命が要らないなら、あんたのその命をあたいにくれ。あんたの身体もあたいにくれ。あんたの金もあたいにくれ。あたいがあんたの代わりに生きてやる」
女性の言葉には、大蔵に対する羨望も混ざっているようだったが、反面心底に潜む悲哀さも感じとれた。大蔵はその時、女性の瞳が濡れているのに気づいたが何も言えなかった。
その時ノックの音がした。女性は飛び跳ねるようにして大蔵から離れベッド脇に立った。そこへ女性たちが大きな買い物袋を下げて帰ってきた。
そのうちの一人が軍服姿の女性に財布を渡しながら何か話し、軍服姿の女性は頷いてから大蔵に言った。
「財布とカードは取り返したが、現金はもう使われていた。USドルは大人に奪われたそうだ、携帯電話もな、、、
みんなの有り金では、これだけしか買えなかった。だが、ないよりはましだろ、喰いな」
大蔵は財布とカード、そのあと大きなパンを手渡された。
大蔵は喜んだ(パスポートとこのカードさえあれば、、、)と思いながらパンを食べた。
食べ終わったのを見計らって女性が言った。
「あたいたちはこれから仕事だ、この部屋も使うから出て行って」
いつの間にか外は薄暗くなっていた。大蔵はちょっと考えてから言った「仕事、行かなくて良い」
軍服姿の女性が怪訝そうな顔をして言った「仕事に行かなくて良いって、、、どういうことだ」
大蔵は微笑んで言った「君たち全員を買いたい、それとカードが使えるホテルに行きたい」
「なんだってー!、、、」
「このカードには君たち全員を一晩買うくらいの金はある。カードを取り返してくれた御礼をしたいんだ、ホテルまで連れていってくれ」
それから数十分後、大蔵と女性たちはショッピングモール隣接の高級ホテルに入った。
そのホテルで大蔵はカードで現金を引き出し、ツインルーム6部屋を借りた後で、女性たちが目を見張る金額を皆に配って言った。
「この金で欲しい物を買うなり、バーで飲むなり楽しんでから部屋で寝てください」
軍服姿の女性が皆に伝えると歓声が上がった。
大蔵は5部屋分の鍵を軍服姿の女性に渡すと、自分の部屋の鍵を持って立ち上がった。
すぐに軍服姿の女性がついて来た。
部屋に入ると大蔵はすぐ顔を洗ってから女性に言った。
「買い物、手伝ってくれないかな、着替えが何もないんだ」
二人が出て行くと他の女性も皆ついて来て、ショッピングモールで賑やかな買い物をした。
数時間後、皆が両手に持ちきれないほどの買い物袋を下げて部屋に入って行った。
大蔵が買ったばかりの衣服を着てバスルームから出ると、入れ替わりに軍服姿の女性が入った。
大蔵は窓際のソファーに座ってぼんやり夜景を見ていて、そのまま寝てしまった。
どれほど経ったのか分からなかったが、ふと気づくと向かいのソファーに座って女性が大蔵を見つめていた。その女性を見て大蔵は驚いた、別人かと思った。
地味な服のせいか肌の黒さが目立たず、むしろきめの細かい皮膚の美しさを際立たせていた。
衣服の選定が良いのか着こなしが上手いのか、その上、髪も綺麗に整えられてあり、そのまま社交場に連れていってもそん色のない姿になっていた。
大蔵が何か言おうとする前に女性が言った。
「疲れているみたいだったから起こさなかったの、、、でも、あんたの寝顔って素敵ね、、、」
(ずっと俺の顔を見ていたのか、、、)大蔵は、顔が赤くなるのを感じた。
「良かったらバーに行って少し飲まない、、、こんなに料金が高い所に来たの、あたい久しぶりなの」大蔵は快諾して二人でバーに行った。
しかし静かに飲みたかった大蔵は気落ちした。他の女性たちが既に盛り上がっていたのだ。
大蔵の気持ちを察してか、女性の提案でワインを買っていって部屋で飲む事にした。
部屋で夜景を見ながら二人は乾杯をした。
一口飲んでから大蔵は聞いた「まだ君の名を聞いていなかった」
「ナオリン、ユウラ、バレット、、、ナオリンと呼んで、、、
ツワナ難民だった母とニギリス人のハーフだよ、高校卒業までは英語での授業だったから、まあ英語は普通に話せるし、母のおかげでツワナ語もできるから皆との会話はツワナ語だ」
「今は家族は母だけなのかい」と大蔵が聞くと、ナオリン は顔を曇らせて言った。
「あたいが高校卒業するまでは両親と普通の家庭だったよ、、、
でも酒癖の悪かったあいつに犯されて、その上エイズまでうつして、あいつは逃げて行った、、、
母はその数年前からうつされていたようで3年前に死んじまった、、、
今は皆が家族のようなもの、でも毎年何人かは死んでいく、、、あたいも今年か来年、、、」
大蔵はふと思い出して言った。
「エイズに感染しても今は良い薬があるから死なないって聞いたことがあるよ」
「そうらしいね、でもそれは金持ちの話さ、あたいたち貧乏人には手の届かないことさ」
それを聞いた大蔵は、カードを ナオリンに渡して言った。
「このカードは金持ちからもらったんだ、あと幾らあるか知らないが、君と皆の治療費くらいはあると思う、、、使ってくれ」
ナオリンは一瞬目を輝かせて大蔵を見たが、すぐに目を伏せて言った。
「、、、ありがとう、、、でも、このお金がなくなったら、あんたは死ぬ気だろ、あんたを死なせてまでして、あたいは生きたくないさ」
その言葉を聞いて大蔵は急にナオリンが愛おしくなった。
大蔵はナオリンの横に座るといきなり羽交い締めにして唇を押し付けた。ナオリンは最初驚いてか抵抗していたが、すぐにおとなしくなった。
しばらく経って大蔵が唇を外すと、ナオリンは横を向いて言った「、、、エイズがうつるよ、、、」
「かまわない、、、君を長生きさせたい、、、俺は、いつ死んでもいいんだ、でも君は長生きしたいんだろ、俺が必ず長生きさせてやるよ、皆も一緒にね」
ナオリンは瞳を潤ませて大蔵を見つめていたが、やがて大蔵の胸に顔を押しつけて言った。
「、、、あんた、優しいんだね、、、こんなこと言われたの初めてだよ、、、あたい、、、あんたを好きになりそうで、怖い、、、」
大蔵はナオリンの身体を両腕で優しく抱きしめて言った「明日皆でどこか安全な所へ行こう」
ヒブロウで生まれ育ったナオリンは、町の隅々まで知っていた。また北部の比較的治安の良いローバンクやサトンの事も知っていた。しかし両地区は物価が高い。
ヒブロウよりかは治安が良くて物価の安いメビルにアパートを借りて皆で住みたいと言う。
大蔵は二つ返事で、その日のうちにアパートを探して入った。
6部屋借りてそのうちの一部屋に大蔵とナオリンが住むことになった。
ナオリンの言い分は「あたいは、あんたが死なないように四六時中見張ってないとだめなんだ、夜中もね」だった。
他の女性も皆アパート暮らしを喜んだ。だが仕事をどうするかと言う問題があった。
カードの残高から逆算すれば数年は働かなくても皆で暮らせるが、その後はどうする。
女性たちの中には親や兄弟がいて、女性が身体を売って得た金だけで暮らしている者も多かった。
彼女たちが仕事をしないと言う事は、つまり彼女たちの家族の生活費も必要になると言う事だ。
色々話し合った結果、ワゴン車を買って大蔵が彼女たちを送迎する事になった。
大蔵は毎日、夕方と明け方アパートとヒブロウの売春宿をワゴン車で往復した。
2週間も経つと、体型に似合わない大蔵の人柄が皆に知れ渡り、アパートのオーナーや他の住人までもが大蔵を慕うようになってきた。
特にラード(白人と黒人の混血)のオーナーは暇さえあれば大蔵を訪ねてきた。
だがフリカーンス語しか話せないオーナーは、フリカーンス語が少し話せるナオリンを介して日本の事等を聞きたがり、ナオリンに迷惑がられていた。
ある朝、女性たちを連れて帰ってから、いつものように眠りについていた大蔵とナオリンは、オーナーが叩くノックの音で起こされた。
住人の一人が腹痛でのたうち回っている、病院へ連れていってくれ。金はない。
大蔵はナオリンと顔を見合わせたが、結論は、、、連れていくしかなかった。
病院へ連れていくと盲腸で即手術。三日で強制退院、しかし費用は全て大蔵支払い。費用の高さにナオリン激怒するもハネスブルグでは適正価格との事。
医療保険のない人間は病院へも行けない事が大蔵にも理解できた。
アパートに越して来て1ヶ月が過ぎたころ、ナオリンの同僚の女性が発熱して仕事を休んだ。
明け方帰ってきてナオリンが見舞い、体温を測ると39度を超えていて意識朦朧状態。
大蔵とナオリンは女性を国立病院へ連れて行った。しかし救急医が居ないと言う。
仕方なく私立病院へ行った。
診察した医師が言うには、インフルエンザに感染しているがエイズによる免疫力低下で抗エイズ薬を投与しないと危険だ、当然数週間入院しないと回復しないだろう、との事。
その病院は医療費が高い事で有名。しかし背に腹は代えられない。
大蔵は入院を勧めた。しかしナオリンは飲み薬だけをくれと言った。
結局ナオリンの言う通りにして飲み薬だけをもらって帰ってきた。それでもかなりの出費。
アパートに帰ってきて女性を寝かせた後でナオリンは言った。
「あの病院は儲けたいから、あんな事を言ってるのさ。薬を飲ませるだけならアパートでもできるさ」
だが女性は翌朝、皆に看取られて息を引き取った。
誰も泣かなかず、宴会を始めた。あの世に旅立つ人を笑顔で見送るのがここの習わしだと言う。
皆な仕事も休まなかった。遺体は翌日までアパートの部屋に安置され、どこからか検死官が来て調べ死亡診断書を置いていった。それを持って夕方墓地に運んで埋葬した。
その夜も皆仕事に行った。
翌日の午後、いつものように起きて化粧をしているナオリンに、大蔵はためらいがちに聞いた。
「入院させるべきだったのか?」
ナオリンは化粧している手を止めて、鏡に写っている自分の顔を見つめたまま言った。
「、、、いいんだよ、これで、、、一人にすれば皆にもしないといけないだろ、、、
あんたのおかげで、あの娘は病院へも連れていってもらえたし薬ももらえた、、、いい方だ。
あたいの母は病院へも行けず薬もなく苦しみながら死んだ、、、」
大蔵は、それ以上なにも言えなかった。
まだ二十歳そこそこの女性が発熱して数日であっけなく死んだ。誰も悲しまない。
(いや、悲しんでいても顔に出さないだけか?、、、それとも、自分が生きるだけで精一杯で 、他人の死を悲しんでいる余裕もないのか、、、
この国では1日に300人ほどがエイズで死んでいるらしくて墓地が足りないと聞いたことがある。
1年ではなく1日にだ、、、だが、武漢ウイルスはそれ以上で1日に400人が死んでいるらしい。
ここの庶民は何の防疫もできず、マスクさえしないで1日の新規感染者1万人を超えている状況では、政府も病院も手の施しようがないだろう、、、
この国では金持ちが生き残るだけで精一杯だろう、、、地獄だ、貧乏人にとって、ここは地獄だ、、、)
大蔵は、この国では金持ち以外は誰も長生きできない事を悟った。
(、、、元気なうちに、せめてナオリンだけでも日本に連れていってエイズの治療をさせたい、、、)
大蔵は、新しく買ったスマホでナオリンを日本に連れていく方法を調べた。
その結果、ナオリンが日本入国のためにはビザが必要であり、そのビザ取得のためには日本人が用意しなければならない書類が何種類もあった。
その書類を手に入れるために、大蔵はレトリアにある在南ア国日本国大使館に行くことにした。
(ここからレトリアまでは5~60キロ、車で1時間ほどだろう、往復で2時間、大使館では書類をもらうだけだから1時間もはかからない、、、3時間で帰って来れるな、、、だが大使館に行く事をナオリンに言うと反対されるかも知れない、、、書類をもらいに行くだけだから黙って行くか、、、)
ナオリンや女性たちを明け方連れて帰ってから眠って、いつもは午後起きるのだが、その日は11時ころ起きて出発した。
大使館には昼前に着き、書類をもらって帰ろうとすると呼び止められた。
(何事か)と訝しげに思っている大蔵を、職員が地下の取調室に案内した。
室内で椅子に座らされ5分ほど待っていると、南原大使が一人で入ってきた。
大蔵は、ビザについて調べるついでに大使館の事も調べたのだが、大使館のホームページには南原大使の顔写真も載っていたので一目で大使だと分かった。
その南原大使が直々に自分に会う、しかも地下取調室で、、、大蔵は理解に苦しんだ。
その南原大使が厳しい表情で言った「君のパスポートは特製だが、君は何者だ」
「えっ、」大蔵は返事に困った。
「、、、まあ、よい、、、私には関わりのない事だ、、、もうすぐ御老人が来る、待っていろ」
そう言って南原大使は出て行った。大蔵の頭の中にはクエスチョンマークが踊っていた。
ナオリンに黙ってきていたので、早く帰らなければと焦り始めたころ、150歳ではないかと思えるようなよぼよぼの老人が一人で入って来て大蔵の前の椅子に座り、遠くの景色でも眺めているような表情で大蔵を見た後で言った「西田殿はお元気かの」
「えっ、」まさか南ア国に来てまで西田の事を聞かれるとは、大蔵は夢にも思わなかった。
「貴殿の旅券は西田殿に作ってもらったのでござろう、、、西田殿は息災かの」
「は、西田ですか?、、、たぶん元気だと思います、何か月も会っていませんからよくわかりませんが」
「、、、貴殿にとっては目上の西田殿を『西田』と呼ばれる、、、貴殿はどのような御立場なのかの、まさか西田殿の上司かの、、、」
早くナオリンの元へ帰りたくて焦っていた事もあり、大蔵は苛立たしく言った。
「西田には恨みがある、恨みがある相手には目上でも呼び捨てにする。それより俺に何の用だ、俺は早く帰りたいんだ」
「50年、日本を離れている間に日本の若者はこれほど礼節を失うたのか、、、」
大蔵はイライラして立ち上がって「用がないなら俺は帰る」と言って老人の横を通り過ぎようとした時、何かで足を払われたように感じた瞬間、大蔵の巨体が一回転して床に叩き付けられた。
レスリングで鍛えていたはずの大蔵だったが、コンクリートの上は痛かった。思わず呻いた。
「痛てえ、、、なにしやがる、、、」しかし痛みですぐには立ち上がれなかった。
大蔵のその胸の上を片足で押さえつけて老人が静かに言った。
「貴殿も日本皇民の端くれなら、もう少し礼節をわきまえられよ」
怒った大蔵は老人の足を払いのけようとしたが、1トンの重りを載せられたかのように微動だにしなかった。よぼよぼの老人のどこにこれほどの力があるのか、大蔵は言い知れぬ恐怖を感じた。
「くそ、離せ離しやがれ」
老人がパッと足を離すと、大蔵は腹筋を使って飛び起き身構えたが、その瞬間みぞおちに当て身を食らってその場にしゃがみ込んだ。
(くそっ、何というパンチ力だ、まるで砲丸を投げつけられたようだ、、、この老人はいったい何者だ、、、くそ、立ち上がれない、、、)
うずくまっている大蔵の前に立って老人が言った。
「立派な図体でござるが鍛えられておらぬ、勿体ないのう、、、じゃが、脳天の傷はまだ新しい、身体もまだ回復しきっておらぬようでござるのう、、、
使い物になるには2ヶ月いや3ヶ月鍛錬が必要でござるな、、、勝浦殿、後を頼み申す」
老人の言葉が終わったと同時にドアが開いて黒ずくめの屈強な男が入って来て老人に敬礼した。
老人は二人の前を悠然とした歩みで去っていった。
老人が出て行ってドアが閉まると、男は軽々と大蔵を引き立たせ椅子に座らせ、自身も対面の椅子に座った。それから見定めるように大蔵を見て言った。
「俺は勝浦剛次郎、影の総理の配下の者だ。お前を傭兵として雇いたい。臨時だが報酬は良いぞ。その上、エイズと武漢ウイルスのワクチンも接種してやる」
「傭兵だと、、、俺はそんなものになる気はない、それよりエイズや武漢ウイルスのワクチンがあるのか?日本に居た時はまだできていないと聞いていたが」
「エイズのワクチンも武漢ウイルスのワクチンもとっくにできているよ。だがワクチンが出回っては困る連中が隠しているのさ。まあ、ワクチンができたからエイズも武漢ウイルスも世界中に拡散させたんだがな」
「なに、ワクチンができたからウイルスを拡散させただと。じゃ、エイズも武漢ウイルスも故意に拡散させたと言うのか、そんな馬鹿な」
「そうだ、そんな馬鹿な話がこの世界には溢れているんだよ大蔵君、、、」
「信じられない、、、そんな事より俺は早くアパートに帰りたいんだ」そう言って大蔵は立ち上がった。
「ふ、この部屋に入った以上はもう表世界には帰れない」
「なんだと、、、」大蔵は立ったまま勝浦を睨んだ。勝浦から殺気が発せられているのを感じたのだ。
「俺が影の総理の配下の者だという事やウイルスの秘密を知られた以上、生きて表世界には帰れないと言っているんだよ大蔵君。君の選択肢は傭兵になるか、ここで死ぬかの二つに一つしかない」
「ふざけるな!、俺は帰る」
そう言って大蔵が歩き出した途端、座っていたはずの勝浦の身体が風のように流れて大蔵の背後に回り込み、首に腕を巻き付けて締め上げた。
一瞬の出来事だった。大蔵は勝浦の腕から逃れようともがいたが無駄だった。すぐに意識が朦朧として来た。それを感じとったのか腕を緩めて勝浦が、ゾッとするような冷たい声で言った。
「お前の事は調べてある、、、こうやって金を殺して首の骨を折ったのだろう」
大蔵は死の恐怖に襲われ失禁した。
「ふん、死にたくてこの国に来た者が、死ぬのが怖くなって失禁か、、、そんなお前では傭兵にはなれんな、このまま死ね、自分の首骨の折れる音を聞け」そう言って勝浦はまた首を絞めた。
大蔵が気を失った直後ドアが開いて、さっきの老人が目配せし、勝浦は腕をほどいた。
どれほ気を失っていたのか、ふと気がつくと大蔵はベッドの上に寝かされていた。
上半身を起こして周りを見ると3メートル四方ほどの狭い部屋にベッドとデスクと椅子、デスク上にノートパソコンが置いてあった。
それより目を奪われたのはデスク向こうの広い窓から見える、夕陽に照らされた浜辺と静かな海。
それを見て大蔵は一瞬(ここはどこだ)と思い、窓に顔を近づけた。すると窓の外の景色だと思ったのは液晶画面に映し出された映像だった。しかし本当の景色と見まがうほど素晴らしい映像だった。しかも後で分かった事は、世界中の素晴らしい景色映像が100種類もあった。
大蔵は椅子に座りデスク上のノートパソコンを開いてみた。
デスクトップ画面に、これからの訓練のスケジュールが記されあり、その最後に勝浦の顔写真と「死にたくなければ俺より強くなれ」の文字が記されいた。
大蔵は、勝浦に赤子のようにあしらわれた事を思い出し、大蔵の心の中に今、レスリングをやっていた頃の闘争心が蘇ってきた。大蔵は手を握りしめて誓った「勝浦を倒す」
だが、その前に何とかナオリンに連絡したかった。しかし携帯電話もパスポートも何もなかった。
大蔵はドアを開けて部屋の外に出て驚いた。
こちら側はドアが並んでいたが、目の前には広いトレーニングルームとその向こうには格闘技リング、更に向こうにはプールも見えた。
(ここは、いったい、、、)そう思った時、背後に人の気配を感じて振り向こうとしたが、それよりも早く首を絞められた。
背後から勝浦の声が聞こえた「部屋を出たら気を抜くな、一瞬の油断が命取りになる」
勝浦はすぐに腕を外した、その瞬間大蔵は飛び出し、振り向いて身構えた。だが勝浦は笑って言った「そう、それで良い、、、何とか傭兵になれそうだな」
大蔵は勝浦の前に跪いて言った「なる、傭兵だろうが何だろうがなる、だから彼女を救ってください。彼女に武漢ウイルスのワクチンとエイズの延命治療、それと俺の有り金全てをやってください」
「、、、分かった、約束しょう、彼女の居場所とカードの暗証番号を言え、すぐに手配する」
その後、大蔵は傭兵になるための肉体鍛錬と、あらゆる武器の使用方法、化学薬品の取り扱い、毒物の科学的知識の習得とブライ語を学んだ。そして数ヶ月後、大蔵はリングの上で勝浦を倒した。リングを降りた大蔵に、あの老人が言った。
「若いだけあって体術習得が早いのう、、、ようござる、次の任務に加えもうそう」
かくして大蔵は傭兵になった。傭兵でも大蔵は特殊部隊の一員であり情報収集が主任務だった。
初めての任務に就く前に、1週間の休暇が与えられた。大蔵はナオリンに会いに行った。
会ってすぐ大蔵は、急に居なくなった事や全く連絡できなかった訳を話し、ナオリンのその後の状況を聞いた。ナオリンは大蔵の胸に顔を埋め涙を流しながら言った。
「あの夜、あんたが居なくて仕事に行けなくて困っていた所へ、銃を持った一団が来て、無理やりここへ連れて来られた。しかしここは敷地内からは出させてもらえないが、食事も娯楽もあり天国のような所だ。しかも定期的に健診され投薬治療もされている。医師は、ここに居たら武漢ウイルスに感染する事はないしエイズの発病もないと言った。これも全て、あんたが手配してくれたんだろ」
大蔵は頷きナオリンを抱きしめ涙を流しながら言った。
「訓練所で全く連絡をさせてくれなかったので心配していたんだ。でも君が元気で良かった」
そう言ってから大蔵はナオリンをベッドに誘った。
「俺と結婚してくれ、俺の子を産んでくれ」
ナオリンは驚いた顔で言った。
「あたいはエイズなんだよ子どもなんて産めるはずないだろ。それに、あんたにエイズがうつる」
「心配ない、俺はエイズのワクチン接種をしてあるし、君もここに居れば子を産める」
「本当かい、、、本当に、本当に、あたいも子を産めるのかい」
「ああ、本当だよ」
ナオリンは大蔵に抱きついて泣いた。その後二人はいつも一緒に過ごした。
夢のような1週間があっという間に過ぎた。
別れ際、大蔵はナオリンを抱きしめて言った「俺は必ず帰ってくる」
「もう、死ぬことは考えないんだね」
「ああ、もうそんな事を考えてる暇もない、、、元気で、待っててくれ」大蔵はそう言って背を向けた。
その後ろ姿の何と頼もしい事か、数ヶ月ですっかり力強さを身につけた大蔵を、ナオリンは愛おし気に見送った。
この小説のこれ以降の内容は、ある宗教の方々にとっては、御自身の神を冒涜するものだと激怒されるかも知れ
終末
** この小説のこれ以降の内容は、ある宗教の方々にとっては、御自身の神を冒涜するものだと激怒されるかも知れない。
しかし私にとっては、私の本心を書き表した最高傑作なのだ。
人類の中には私のような人間もいたのだと、寛容な御心で読み捨てていただきたい **
休暇後の集合場所である空軍飛行場に集まったのはわずかに3人、大蔵と勝浦とユヤ人のモゼ。そのモゼがブライ語で大蔵に話しかけた「任務の内容を聞いているか」
「いや、全く聞いていない」と覚えたてのブライ語で大蔵は答えた。
するとモゼは同じ質問を勝浦にした。勝浦は「慌てるな、機内で説明する」と言ってそっぽを向いた。勝浦がモゼを嫌っているのがひと目でわかった。
機内で勝浦が「今回の任務は」と日本語で大蔵に話しかけると、すぐにモゼが遮ってブライ語で言った「任務中はブライ語でと決まっているだろ」
勝浦が仕方なさそうにブライ語で話し始めた。
「今回の任務は、ハメリカが認めたデスラエルの首都デルサレムの地下鉄建設現場に侵入して工事の進捗状況を調べることだ。まあ、地下鉄建設現場と言うのは表向きで、本当はユヤ教の聖域第三地下神殿建設だがな」
ブライ語の難しい単語が無くて全て理解できた大蔵は即座に聞き返した「第三地下神殿?」
「そうだ、第三地下神殿だ。第一神殿第二神殿があった所の地下に第三神殿を建設している。完成した後で、頃合いをみて地上に送り出すそうだ」
「え、完成した後で地上に送り出す、なんでそんな事を、最初から地上に建設すればいいのに」
「それができないんだ、第一第二神殿があった所には今は石のドームが建っていてスラム教徒の聖地になっている。そんな所にユヤ教の神殿を建てたら戦争になるだろう、だから地下に神殿を建てておいて、時が来たら地上に送り出すそうだ。
その地上に送り出す機械は日本の企業しか作れないから日本人技師も来ている。ただ彼らには神殿を持ち上げる機械だとは知らされていないそうだ。
それよりもこの際だから話しておく。日本の影の総理の組織員が来ないで、なぜ俺たち南ア国の影の総理の組織員がデスラエルに行くのか、についてだが、それはデスラエルと南ア国の深い繋がりが関係している。
デスラエルは建国以来、周囲を敵に囲まれていたが、そのデスラエルに南ア国は裏で武器援助していた。その関係で軍事情報等も共有している面が多かった。
現在デスラエルには世界的に有名な情報機関があり、日本からの組織員すらも潜入し難いが、南ア国からの組織員には甘い、その代わり肌を黒くしないとだめだがな」
「糞っ、そのせいで俺の白い肌まで黒くさせられた。俺はユヤ人だから地肌で良いんじゃないか」とモゼは吐き捨てるように言い更に続けて言った。
「だいたい地下に神殿を作るというのが気に食わん。石のドームを叩き壊して地上に作ればいいんだ。地下に作っても地上に上げれば戦争になるのは分かりきっているのだからな」
「それをお前が言ったところでどうにもならんさ、地下に作るのを決めたのはデスラエル上部だ」
「いや違う、デスラエル上部ではない、ハメリカをも陰で操る金持ち集団だ、あの気違い集団だ」
「ほう、そうだったのか、それは知らなかった」と勝浦は本心を隠して言った。
「あの気違い集団は、自分たち以外の人間を滅亡させるつもりだ、だから武漢ウイルスを世界中にばらまいた、自分たちだけワクチン接種してな。
あのウイルスで死ぬ人間は少なくても、感染が怖くて皆が集まれない、そのため経済が萎縮して失業者が増える、貧困層が増える。その結果、当然治安も悪くなる。負の連鎖反応だ。
あの気違い集団はそれを狙っている。他の貧しいア諸国と同じように南ア国も手遅れだ。
やがて暴動が起きるようになるだろう。暴動を起こさせ世界中を混乱させた後で、第三地下神殿を地上に上げ石のドームを破壊して戦争を起こさせる。これが気違い集団のシナリオだ」
「うむ、なるほどな、、、だが、それなら何故俺たちに進捗状況を調べさせるんだ」
「第三地下神殿建設を阻止したいんだろ、日本としてはな。日本はこれ以上の混乱や戦争を起こさせたくないんだ。まあそれは、あの気違い集団以外の人間はみな同じ気持ちだろうがな」
「神殿建設を阻止か、、、」
「日本から入国すれば当然追跡されて神殿建設現場に近づくこともできないだろう。だから俺たちのように南ア国の軍用機で入国するしかないのだ」
「、、、という事だそうだがモゼの話は聞き取れたか」
「はい、大体は」
「よし、じゃあ今のうちに眠っておこう、到着したらすぐに任務決行だ」
数時間後3人は、既に潜入している組織員の手引きで無事神殿建設現場に着き、さっそく建設現場安全作業監視員として配属された。
現場は既に岩盤に幅50メートル奥行き120メートル高さ20メートルの大ホールが作られていて、その中で上下移動装置が取り付けられた鋼鉄製基礎底盤が組み立てられていた。
この基礎底盤が完成すればこの上に第三神殿を建設し、その上部に上に向かって開く巨大扉を作り、神殿上部の岩盤を真っ二つに割って扉を開き、底盤ごと神殿を地上まで押し上げるという。
想像を絶する大工事だが、それを秘密裏に行うというのだから、話を聞いた大蔵は肝をつぶした。
休息エリアの丸椅子に座って大蔵が言った「そんな事が本当にできるんですか」
「日本の技術なら可能だ」と勝浦は事もなげに言ってから椅子に座った。
「底盤が完成すれば、既に外国から買ってある石材が運び込まれ組み立てられるだろう。上部扉建設を入れても恐らく半年もはかかるまい。
しかし問題は第三神殿をいつ地上に出すかだ。地上に出すには上部扉を開かなければならないが、開けば扉で石のドームを押し潰す事になるだろう。そうなればスラム教徒が黙っていまい。
必ず戦争になる。まあ、先に戦争を起こして軍事力のあるスラム教徒国を負かしてから神殿を出す可能性もあるがな」
「ふん、くだらねえ」とモゼが吐き捨てるように言ってから勝浦の向かいの椅子に座って続けた。
「それもこれも聖なる書物を基にしたユヤ人の身勝手な言い分だ。
1950年ほど前に第二神殿を破壊され放浪の民となったユヤ人がこの地域を去った後、この地域にはパレス人が住んでいた。それをユヤ人が『聖なる書物に載っているからここの土地はユヤ人のものだ』と言って武力で奪い取ってデスラエルを建国した、今まで住んでいたパレス人を追い出してな。
そればかりか立ち退きを拒んだパレス人をカザ地区に閉じ込め老若男女問わず空爆して殺している。こんな不条理な事が許されて良いはずがない。
『聖なる書物に載っているから』と言い、それを信じるのはユヤ人の勝手だが、聖なる書物を信じない者にとっては何の根拠もない単なるユヤ人の身勝手な言い分でしかない。
ユヤ人のそんな身勝手な言い分にパレス人が従わなければならない理由はどこにもない。ユヤ人はこの土地をパレス人に返して出ていくべきなんだ」
「おいおい、ユヤ人のお前がそんな事を言って良いのか」
「俺はユヤ人だし敬虔なユヤ教徒だ。ユヤ教の教えを守る。
ユヤ教の教えには『殺す勿れ、噓をつく勿れ』とある。例え建国のためであっても異教徒を殺したり嘘を言うのは間違いだと俺は確信している」
「ほう、それが本当のユヤ教徒か、、、俺はお前を誤解していたかも知れん。見直したぜ」
「何の宗教であれ、他人を殺してはいけないという事ですね」と大蔵も感心したように言った。
自分の言い分が二人を感動させたと気づいたモゼは誇らしげに言った。
「という事でこの第三神殿は完成前に爆破させねばならん、、、そうだろう」
「、、、そうかも知れんが、それは俺たちのやる事ではない。俺たちは工事の進捗状況を調べ報告するだけだ」
「進捗状況を報告するだけなら先に潜入している組織員がやっているはずだ。わざわざ俺たちを派遣する必要はないだろう。俺は爆破命令を受けている」
「そんなはずはないだろう。チームリーダーは俺、モゼお前まさか」
「ふっ、やっと分かったか、俺はP解放戦線の隊員だ」
そう言ったモゼの手には拳銃が握りしめられ銃口が勝浦に向けられていた。
それに気づいた大蔵は、とっさにモゼに体当たりしていた。反射的な行動だった。
モゼにも油断があったようだが、体格に似合わない俊敏な大蔵の動きにモゼは後れを取った。
弾みでモゼは拳銃を発砲させたが弾は岩盤の壁にあたってどこかへ飛んで行った。二発目を発砲する前に勝浦が拳銃を奪い取りモゼに銃口を向けて言った「そこまでだ、もう止めろ」
大蔵がすぐにモゼを後ろ手にして手錠を掛けた。
勝浦が拳銃をしまいながら言った「今回の本当の任務は二重スパイを捕まえる事だったのさ」
それを聞いたモゼの顔が突然青黒くなった後で倒れた。
モゼを見つめたまま勝浦が寂しげに言った「入れ歯に青酸カリが仕込まれていたようだ、、、」
数日後、大蔵は部屋の前でナオリンと抱き合っていた。
「あんた本当に帰ってきたんだね、もうどこへも行かないんだね」
「、、、いつ呼び出されるか分からないが、それまではここに居れる」
その時、隣人の咳払いが聞こえた。大蔵とナオリンは部屋の中に入ってドアを閉めた。
それからまた夢のような日々が続いた。
レトリアの西30キロメートルほどの所の湖畔にあるこの施設は、三方を高い塀で囲まれ、湖にはいつも警備艇が泊められていたいた。
塀の外には警備員同行でないと出れなかったが、湖沿いの遊歩道には高級服で装った人々が楽しげに散歩したりジョギングしたりしていた。
部屋の中で過ごすのに飽きた大蔵はナオリンと遊歩道を歩いていた。
湖を見渡せる所にベンチがあり、二人はそこへ座った。
ナオリンが大蔵の大きな肩に頭をもたせて言った。
「まるで夢のようだ、、、全てあんたのおかげ、、、あたいは、どうやってあんたに恩返ししたらいいんだい」
「、、、そんなこと考えなくて良いよ、俺は君が幸せならそれだけで良いんだ」
ナオリンは両手で大蔵の顔を自分の方に向けさせ、大蔵の瞳を見つめて言った。
「、、、あんたは、本当に優しいんだね、、、日本人は皆あんたのように優しいのかい」
「、、、まあ、だいたい俺と同じだと思うな」
「本当かい、、、あたいも日本人に生まれれば良かった、、、日本人は皆ここと同じような暮らしをしているんだろ。きれいな部屋に住んで美味しい物を食べて、何不自由ない暮らししてるんだろ」
「日本人みんながこんな暮らししてるんじゃないよ、金持ちだけだ。日本にも貧乏人はいるよ、、、
全ては金次第さ。俺はたまたま金持ちと知り合えて運が良かったんだ」
「じゃ、あたいも運が良かったんだね、あんたと知り合えて、、、でも母が生きてるうちに知り合えていたら、、、
母は運が悪かったんだ、、、でも何で運の良い人、悪い人が居るんだい、不公平じゃないか」
「それは俺にも解らないよ、、、運の悪い人、、、か、、、」
(玲子も恵子も運が悪かった、、、のか、、、ただ、運が悪かっただけで玲子は犯されて殺された、ただ、運が悪かっただけで恵子は交通事故で死んだ、、、運が良い悪いだけで、幸せになったり殺されたり死んだり、、、確かに不公平だ、、、
誰だって幸せになりたいだろうに、誰だって金持ちになりたいだろうに、誰だって死にたくないだろうに、、、全ては運次第だと言うのか、、、)
「どうしたんだい、急に考え込んで、、、何を考えているんだい」
「君が言った事さ、、、何故運の良い人、悪い人が居るんだって考えたんだ。それを考えたら君の言う通り不公平だ、、、同じ人間なのに運の良い人、運の悪い人が居る、、、本当に不公平だ」
「本当に不公平だよ。あたいたち黒人は肌の色が黒いというだけで何百年も差別されてきたんだ。でも、あたいのように運が良い黒人も居る、ほんのわずかだろうけどね、、、
でも本当に何で運の良い人、運の悪い人が居るんだろう、、、
あたいは神を信じない。母もあたいも教会に入れてもらえなかった。肌の色の違いで差別するような神を、あたいは信じられないんだ」
「教会に入れてもらえなかった、、、」
「ああ、小さい頃あいつと母と3人で教会に行ったんだ、でもあいつは入れたが、母とあたいは入れてもらえなかった。その時、あたいは神なんて居ないと思った、もし居てもそれは白人専用の神だ、黒人には関係ない神だと思った」
大蔵は驚いて聞いた「そんな教会が今もあるの」
「今もあるかどうか知らない、黒人だけの教会があるのは知ってる。でも黒人と白人が一緒に入れる教会があるかどうかは知らない、聞いたこともない」
大蔵はまた考え込んだ。
(肌の色で差別する教会、、、今もあるんだろうか、もしあるならキリスト教は、、、邪教だ、、、)
「日本人は神を信じてるのかい」
「日本人は、、、教会の神を信じてる日本人は少ない。違う神様と仏様を信じている日本人は多い。俺も願い事をする時は神様に、葬式の時は仏様に祈る。でも普段は忘れてる」
「へえ、日本人て面白いんだね、、、あたいもいつも忘れてる、祈った事がない、、、でも、あたいは運が良かった、あんたと出会えたんだから、、、」
そう言ってからナオリンは不意に涙を流し、大蔵の胸にしがみついて言った。
「あんた、お願いだ、決してあたいより先に死なないで、、、」
大蔵はそれ以上何も言えず、ただそっとナオリンを抱きしめた。
数日後、大蔵とナオリンは知人に教えてもらった施設内の『全ての人を招き入れる教会』に行った。
50メートルほど先に教会が見える所まで来ると、教会入口で二人の守衛と言い争っている黒人男性がいた。更に近づいた時、守衛に突き飛ばされて黒人は尻餅をついた。
二人の守衛は何か捨て台詞を吐いてから教会の中に入って行った。
黒人が立ち上がり、手で尻の泥を払っている前を通り過ぎようとした時、黒人が英語で言った。
「ここの教会には入らない方がいい、看板には『全ての人を招き入れる教会』となっているが、全ての人でなく全ての金持ちを招き入れる教会なんだ、献金ばかり求められて失望するだけだ」
黒人はナオリンよりも小柄な老いた男性だが、高級そうなスーツ姿だった。まあ、金持ち以外はこの施設に居られないから、この老人も金持ちなのだろう。
そんな金持ちの老人を教会の守衛が突き飛ばすとは、どんな訳があるのだろうか、と大蔵は思った。
大蔵が話しかける前に男性がナオリンに言った「あなたの連れは何人だね、クリスチャンかね」
ナオリンが少し顔を赤らめて言った「夫は日本人だよ、教会に行ってみたいと言うから連れて来た」
老人は大蔵を見上げて言った「ほう、日本人か、、、クリスチャンかね」
「俺はクリスチャンではないが教会がどんなところか見てみたくて来ました」
「ふむ、教会がどんなところか、か、、、まあ、入ってみるだけなら献金を求められたりしないだろう」
(この人は献金、献金と言っているが、教会はそんなに献金を求める所なのか)と思いながら大蔵とナオリンは教会の中に入って行った。
教会の中は、真ん中に通路があり左右に長椅子がある、ありふれたタイプのようだったが、正面の大きな金色の十字架が目を引いた。
その十字架の前に立った神父が、開いた聖書を片手に持って何か言っているが入口からではよく聞こえなかった。
礼拝に集まった人たちもせいぜい10人ほどだったが、黒人も白人もいた。
(さっきの老人は何故追い出されたんだろう)と思っていたところへ守衛が来て前の方の椅子に座るよにとナオリンに言った。
ナオリンが「初めて来た」と言ったが「とにかく先ず前の方の椅子に座ってください」と守衛は繰り返して言い、前から3列目の空いている席まで導いて行った。
大蔵も仕方なくナオリンについて行って座った。
その間も神父は話し続けていたが、ちょうどその時なにかのベルが鳴り「では皆さん献金の時間になりました、ご浄財を」と言って守衛に目配せした。
すると守衛は、いつの間に持って来たのか優勝カップのような物を、座ったばかりの大蔵の眼前に捧げた。
大蔵は献金の相場も分からず持っていた100ラドをその中にいれた。守衛はすぐにナオリンの眼前に恭しく捧げた。ナオリンも100ラド入れると、守衛は前の席の人の前に行った。しかし、他の人は誰も献金しなかった。
守衛が人びとを一巡してカップを十字架前の机の上に置くと、神父が言った。
「御献金されたお二人に神の祝福のあらんことを、アーメン、、、初めてお越しいただきありがとうございます。当教会はどなたでも歓迎いたします、、、イエス様は『汝を愛するがごとく隣人を愛せよ』と言われました、当教会もその御言葉通りに、全ての方々のお越しを願っております」
(では何故、黒人老人を追い出したのか)と大蔵は聞きたかったが黙っていた。
その後、讃美歌が始まり、みな立ち上がって歌い始めたが大蔵もナオリンも知らない歌で二人はただ立っているだけだった。
讃美歌が終わると神父に唱和して祈りを捧げて礼拝は終わった。
二人が帰ろうとすると神父がつかつかと近づいてきて言った「お急ぎでなければ少しお話しを」
何の予定もなかった二人は誘われるままにまた椅子に座った。
ナオリン、大蔵、神父の順で並んで座ると神父が言った「神の僕シモンです、ようこそ」
「私はDAIZOこちらは妻のナオリンです」
「Mr, DAIZO 変わった御名前ですが、どちらの出身でしょうか」
「日本人です」
「ほう、日本人ですか。レトリアには日本人が多いそうですが、ここでは珍しいですね。長期滞在ですか?お仕事はどんな?」
根掘り葉掘り聞かれるのが煩わしかった大蔵は出まかせを言った「結婚式場を探しているのですが、ここは広すぎです、他を探します」
「ほう、式場を、、、ここは小さな教会です、ここでどうぞ式を挙げてください」
「私も妻もあまり友人が居ません、せいぜい10人ほどです、だからもっと小さな所を探します」
「この施設内に教会はここだけです、それにここへ来られていれば、すぐに御友人ができますよ。結婚式には御友人で満席になるでしょう。ここになさい、教会使用料もお安くしますよ」
神父のしつこさに辟易した大蔵は少しムッとして言った「いえけっこです」
まだ何か言いたげな神父を振り切って大蔵はナオリンを促して教会を出て行った。
教会から50メートルほど行った所で、さっきの老いた黒人男性がベンチに座って待っていた。
「その御顔だと無理やり献金させられましたね、お気の毒さま、、、」
(神父の次は老人か、うんざりだ)と無視して行こうかとも思ったが、この老人が何故追い出されたのか、その訳を知りたくなり足を止めた。
老人は気さくな調子で言った「まあお座りなさい、、、昼食までにはまだ時間があります」
大蔵とナオリンが横に座ると老人は少し間をおいてから話し始めた。
「ここの神父は最低だ、神の僕と言いながら金儲けの事ばかり考えている、、、
私が一度注意したら出入り禁止にされた、、、以後、私は信者に献金被害に遭わないよう伝えているが、それが更に神父を怒らせたようで、教会に近づいただけで追い返されるようになった、、、
隣人を愛せよと言う教えのはずが、、、これでは信者が減るのも当然のこと。
あの神父が来てから数ヶ月で半分以下になった、、、嘆かわしいことだ、、、
まあ、罪を犯して追放された私に言う資格はないが、、、」
「罪を犯して追放された」と聞いて大蔵は、この老人に興味を持った。
「あなたはいったい、、、」
「、、、今の神父の前任だったが、信者の少女に恋をしてしまったんだ70歳にもなってな、、、
ははは、笑ってください、、、道ならぬ恋だと言うことぐらいは誰に言われなくても分かっていました。しかし分かっていながら少女を思う自らの心をどうすることもできなかった、、、
日に日につのる少女への思いを、神への祈りで消そうとした。私はただひたすら神に祈った。しかし無駄だった、、、
一度で良い、ただ一度、少女をこの腕で抱きしめられたら、、、
しかし私の願いは叶えられることなく、数ヶ月後少女は神に召された、この国に多い嘆かわしい病気で、、、
私は聖職者である我が身を呪った、いや、それ以上に神をも呪った、神はなぜ純真無垢の少女を召されたのか、、、
生まれた時から病の苦しみと闘い、いつ訪れるかわからない死の恐怖に怯えながら、人並みの恋愛すらも知ることなく召された、、、理不尽です、、、
彼女は何のために生まれて来たのか、ただ苦しむためだけに生まれてきたのか、、、」
その後、老人は俯いて肩を震わせた。
人は誰もみな老いると涙もろくなると聞いたことがあるが、そんな言葉では言い尽くせない悲しみが大蔵にも伝わってきた。
しかしそれ以上に大蔵には解せないことがあった。大蔵はそれを言った「何故その話を俺に、、、」
老人は顔を上げ、涙を拭こうともしないで大蔵を見つめて、大蔵が更に驚くことを言った。
「、、、君を待っていた、、、私の全てを託せる、君が来るのを待っていた、、、」
「、、、俺を待っていた、、、どういうことですか?、俺はあなたの事を知らない、知らないあなたが俺を待っていた、、、何故ですか?」
「、、、私は教会から追放されたが、神はなおも私に憑いておられるのです。呪った事すらある、この罰当たりな老いぼれに、慈悲深い神は今も私を見守り、そして教えてくださったのです、君が来る事を、、、
数日前の夜、夢の中で神は告げられた『東から来た巨人に全てを託せ』と、、、
私はそのお告げを忘れていたが、君が日本人だと言ったので思い出したのです、、、
東から来た君は神が遣わされた巨人に違いない、私は君に全てを話したい、、、
私は幼い頃から不思議な能力があったのです。
話していると目の前に居る人の事がわかるのです。その人の過去現在未来が見えるのです、、、
その能力のおかげで私は、この施設のオーナーと知り合い、オーナーに金鉱を発見させ巨万の富を得させ、この施設を作らせた。
その時この教会も作らせ私は神父になり、多くの人に助言をした。しかし、あの少女にだけは何の助言もできなかった。もうすぐ神に召される事がひと目で分かってしまったから、、、
君も日本で悲しい思いをして死にたくてこの国に来たのでしょう。しかし今は死ぬ気はなくなった」
大蔵は、初対面の老人にそう言われて驚きのあまり声が出なかった。そしてこの時直感で分かった、この老人は神に選ばれた人だと。
「、、、君は第三神殿の事を知っている、、、人類を終末に押しやる、その扉とも言うべき第三神殿の建設が進められている事を君は知ってしまった、、、
やがて君は、その第三神殿と深く関わる事になるだろう、、、それに伴い、新たな数限りない悲しみを背負う事になる。だが君は決して死ぬことは許されない、、、
今日はここまで、、、数日後また会いましょう」
そう言って老人は立ち上がり何故か逃げるように去って行った。
しばらく呆然としていた大蔵は「第三神殿て、なんだい」と言うナオリンの声で我に返り、ナオリンに何か言おうとしたが言葉が思いつかなかった。
「いつか話すよ」とだけ言って大蔵は立ち上がりナオリンを促して歩き出した。
その後ろ姿を大木の陰から見守っていた老人は、悲痛な顔で呟いた。
「哀れ、、、さだめ(運命)に弄ばれし者よ、、、だが、私が必ず守ってみせる」
レストランで昼食をして帰ってきた大蔵とナオリンは、ベランダの椅子に座って湖を眺めながらコーヒーを飲んでいた。
いま思い出したかのようにナオリンは言った「あのおじいさんが言ってた事は本当なの」
大蔵は考えた(初対面の俺の過去を言い当てたあの老人は、本当の超能力者だろう。しかし第三神殿の事はナオリンにも話すわけにはいかない、、、)
「あああの老人か、変な老人だったな、第三神殿とか何とか、わけのわからない事を言ってた、、、もしかしたらボケているのかも知れない」と大蔵は話を逸らすことにした。
「なんだ、あんたもあのおじいさんがボケてると思ったのかい。あたいもさ、あたいもあのおじいさんはボケてると思った。急に泣き出したりして変だと思った、、、
それより、、、あんた教会で結婚式場を探しているって、、、あれ本当かい」
とナオリンは頬を染めて言った。
大蔵はナオリンの顔を見た。心の中の喜びが抑えきれなくて目から噴き出していた。
教会ではとっさの思いつきで言ったが、ナオリンのこの目を見たら今さら「あれは嘘だった」とは言えなかった。
「ああ探しているよ、でもあの教会はダメだ広すぎる。もっとこじんまりとした所にしたい」
ナオリンの顔がパッと輝いた。そのナオリンの顔を見て大蔵は決心した。
(玲子とも恵子とも挙げられなかった結婚式、、、ナオリンと必ず、、、)
施設内のショッピングモールには洒落たレストランや湖畔に面した落ち着いた雰囲気のコーヒーショップもあった。
友人知人の少ない大蔵とナオリンが結婚式を挙げるなら、そのような所を半日貸し切りにすればそれで十分だった。
だが、無神論者の大蔵とナオリンには式の挙げ方がわからなかった。書類上の手続きなら施設内の出張役所に行けばすぐできるが、友人知人を集めて式を挙げるなら、ただの宴会だけではお粗末過ぎる。こじんまりとしていても、これは結婚式だ、と言う荘厳さが欲しかった。
翌日から二人は式場探しをした。同時に式の挙げ方も考えた。
どんな式にせよ司会者が必要だ。それとこの国では神主もお坊さんも居ない。となると結局キリスト教式で神父か牧師を呼ぶしかないと言う結論になった。
式場は決まった。湖畔に面した洒落たレストラン。ついでにそのレストランで昼食をする事にして二人はメニューを開いた。その時「私も一緒に食事して良いですかな」と老人の声が聞こえた。
二人は驚いて老人を見た。あの老人が神父姿で脇に立っていた。
「神父を探しているのでしょう、神父歴40年の私ではどうですかな」
背中に冷汗が流れ大蔵は確信した(この老人は正真正銘の超能力者だ)
大蔵は急いで着席を勧め昼食同席を歓迎した。
それぞれに料理を注文した後で大蔵が改まった口調で言った。
「申し遅れましたが俺は DAIZO OOYAMA です。こちらはナオリンです」
「私はヨハネです、、、式を挙げる前に洗礼を授けたい。明朝一緒に行きましょう」
「洗礼、ですか?」
「形式上でもクリスチャンになりなさい、、、無宗教では淋しいですよ」
「、、、」大蔵は何も言えなかったし、ナオリンには何も異存はなかった。
翌日『全ての人を招き入れる教会』の洗礼場で、大蔵とナオリンはヨハネから洗礼を授かった。
洗礼の後でヨハネは感慨深げに言った「ここで私は、数百人に洗礼を授けたが、恐らく君たちの事が一番思い出に残るだろう、、、さて今の神父が来る前に逃げるとしょう」
三人は急いでその場を離れ、珍しく朝から開いているコーヒーショップに入り、コーヒーを飲みながら結婚式の打ち合わせをした。
司会者もヨハネが探してくれ、1週間後に式を挙げることにした。
その1週間の間に二人は指輪の購入、ウェディングドレスやスーツのレンタル手配、招待状の郵送等で浮かれた気分で過ごした。1週間があっという間に過ぎた。
そして結婚式、花束を抱えた小さな男の子女の子に導かれ純白のウェディングドレス姿のナオリンが入場すると式場は静まり返り、祭壇前で待っていた大蔵も言葉を失った。
(ナオリンがこんなに美しかったとは、、、毎日一緒に居ながら気づかなかった、、、)
臨時に掲げられた祭壇の十字架の前で、ヨハネの指示通りに誓いの言葉や指輪交換、結婚宣言をし、滞りなく厳かに結婚式が終わり、宴会が始まった。
ナオリンは以前の同僚から最高の冷やかしを贈られたり、羨望のこもった祝いの言葉を投げられて舞い上がっていたが、大蔵にはヨハネ以外の知人もいなかった。しかし大蔵は満足していた。
(玲子、恵子、怒らないでくれ、、、俺はやっと結婚できたんだ、、、それにナオリンのあの喜びようを見てくれ、、、ナオリンは俺との結婚をあんなに喜んでくれているんだ。玲子も恵子も彼女を祝福してやってくれ、、、)と大蔵は心の中で祈っていた。
結婚式が終わってからも二人の生活は何も変わらなかった。
だが、ヨハネがしょっちゅう来るようになった。
だいたい二人が昼食を済ませ、ベランダの椅子に座ってコーヒーを飲もうとするとドアノックの音がした。それが三日続いてからナオリンは前もってヨハネのコーヒーも用意するようになった。
最初は煩わしく感じた大蔵とナオリンだったが、数日後には慣れて気遣いもしなくなった。
その上、大蔵はヨハネの話しに魅了された。夢中で聞いていて、いつの間にか薄暗くなっていた時もあった。しかしナオリンは二人の話しにあまり関心を示さず、話が始まると買い物に行ったり料理を作ったりしていた。
今日の話も引き込まれた。
「、、、人は何故生きているのでしょう、何故死ぬのでしょう、、、日本の神道や仏教ではどのように教えられましたか」
不意に聞かれ大蔵は返事に困った。日本には確かに神道も仏教もあるが、しかしこんな事を教えられた事もなく、自ら学んだこともない、それどころか考えた事すらなかった。
ヨハネの話は続いた。
「地球上の全てを御創りになられた神は、最後に御自身に似せて人を御創りになられた、、、
御創りになられたと言う事は必ず意味があるはずなのです。神によって創られた人は、その意味を知るべきなのです。
私もずっとその意味を考えました。特にあの少女が召されてからは、全てを捨てただひたすら考え続けました、、、しかし何も分かりませんでした。
あの少女は、生まれながらにしてエイズと言う汚らわしい病に侵され、闘病生活の末に力尽きて死にました、、、そんな彼女の生にどんな意味があったと言うのでしょうか、、、
エイズのために周りから白い目で見られ入学も拒否され、ただ一人の友達さえも居なかった、、、
そんな彼女に、神の僕として私は何が言えたでしょうか、、、
私は、このような少女を創られた神を呪いました。神を捨てました、、、
神を呪う言葉を発した私は教会から追放されました、、、その事に後悔はありません、、、
私は地獄に落ちてもかまいません。しかし、ただ一つ教えてください。
少女は何故生まれたのか。苦しみだけの一生を何故生かされたのか、、、その答えを、、、
、、、お笑いください。これが齢70を過ぎた老人の偽らざる姿なのです。どんなに神に祈ろうと心の苦しみを無くすことはできなかったのです、、、」
ヨハネは思い出したかのように冷めたコーヒーを飲み干した。
湖の向こうのテーブルマウンテンは逆光のせいか白っぽく霞がかかったように見えた。そのテーブルマウンテンを眺めながらヨハネは呟くように言った。
「私は、顔を見ればその人の過去も未来も見える、、、されど私自身の未来は見えない、、、
神は何故この能力を私に御与えくださったのか、、、神は私に何をさせたいのか、、、」
未来が見える、そう聞いた大蔵は(ヨハネには俺の未来も見えているのか、、、俺の未来は、、、)自分の未来について聞きたくなったが、反面聞かない方が良いようにも思えた。
大蔵は聞くべきか迷った。大蔵のその迷いを見透かしたようにヨハネが言った。
「もうすぐ君の仕事が始まる、その仕事の途中で君は私に聞きたい事が生じるだろう。その時この番号に電話しなさい、、、他人に見られても分からないように他の数字も並べておいたが、真ん中の0から左に5桁それからまた0から右に4桁が私の電話番号だ」と言ってヨハネは20桁ほどの数字が書いてある紙切れを手渡した。
大蔵は何も言えず、紙切れを受け取った。するとヨハネは立ち上がり「では二人のひと時に神の祝福がありますように」と言って胸の前で十字を切り帰って行った。
それから程なくして勝浦から電話がかかってきた。
「仕事だ、明日午後7時、施設中央門に迎えの車を行かせる」
大蔵は一言答えた「了解しました」
翌日、時間通りに中央門に行くとすぐ車が来た。後部座席に勝浦が座っていたのでその横に座った。車が走り出したが勝浦は無言だった。
1時間ほどで空軍飛行場に着き、車が帰って行くと勝浦は言った。
「第三神殿の先任潜入者からの連絡が途絶えた。正体がばれて消された可能性がある。お前に潜入者になってもらいたい。だが、先任が俺たちの事をばらしているだろうから、誰にも見つからずに潜入しなければならん。手引きしてくれる者なしで自力で潜入だ。潜入できるまで二人で行くが潜入後はお前一人だ。機内で連絡方法などを再確認する」
地下鉄建設現場入口に着いたのは朝の4時頃だった。この現場は2交代勤務で今は誰も作業していないはずだったが、暗闇の中で何故か電車の近づく音が聞こえてきた。
黒装束の勝浦と大蔵は大型発電機の陰に隠れて電車が通り過ぎるのを待った。
5両編成の貨物列車がゆっくり入ってきた。荷台にはホロで覆われた大きな荷物が乗っていたが、二人はその最後の荷台に乗り込み荷物の間に隠れた。
真っ暗なトンネル内を2キロほど入って貨物列車は止まった。
勝浦と大蔵が、何故こんな所で止まるのかと訝しんだ時、トンネルの天井が開き眩しいほどの照明光の中クレーンフックが下りてきた。
すると運転室から二人の男が出てきて荷物の上に上がり鎖金具をフックに掛けて荷物から下りて手を上げて合図した。
荷物はクレーンで吊り上げられどこかへ運ばれて行ったが5分ほどすると空のパレットが下りてきた。そうやって1車両に4つの荷物計20個が次々に運び上げられていった。
最後の空パレットが下りてくると、勝浦と大蔵は列車から下りて脇に隠れた。
クレーンフックが上がるとトンネルの天井が閉まり真っ暗になったが、すぐに列車のライトが点きバック進行し始めた。
列車が見えなくなると勝浦が大蔵に言った「この上がホールだ、今運び上げられたのは恐らく石材だ、第三神殿の建設が始まっているのだろう、、、
上手く考えたものだ。地下鉄工事の2交代の間に石材を運び上げて第三神殿を建設する。
まさか地下鉄トンネルの上に第三神殿を建設しているとは誰も考えまい、、、
問題は上のホールにどうやって上がるかだ、、、まてよ先任潜入者に連れて行ってもらった時、列車から下りて長い鉄梯子を登ったな、帰る時は鉄梯子を下りて、このトンネルを歩いて出口まで行った、、、この近くに鉄梯子があるはずだ、探そう」
二人はペンライトを点けてトンネルの両壁を探し、さっき天井が開いた位置より20メートルほど先に鉄梯子を見つけた。
登って行くと天井に扉があった。勝浦がそーっと扉を押し上げると隙間から眩い光が差し込んできた。しかも人の話し声が聞こえる。勝浦は扉を閉め、話し声が聞こえなくなるのを待った。
梯子の上で1時間ほど待つとやっと話し声が聞こえなくなった。勝浦がわずかに扉を上げ周りを見回したた後で、大蔵に上がってくるように手で合図した。
大蔵が上がって行くとそこはホールの隅、材料置場の脇だった。
作業終了なのか休息時間なのか照明も半分ほどしか点いていず静かだった。しかし15分ほどするとブザーが鳴り照明が点きクレーンフックが近づいてきて床が開いた。
開いた床の下にはあの貨物列車が止まっているのだろう、すぐにクレーンが荷物を吊り上げてきてホール奥に運んで行った。
勝浦が言った。
「このホールの間取りは覚えているか、あの向こうに休息エリアや資材置場がある。資材置場には作業服があるはずだ、この格好では目立ち過ぎる、着替えよう。ついでに食料も手に入れよう」
二人は作業員や監視カメラに気を付けながら資材置場に行き、作業服とヘルメットを付け休息エリアで食料を得た。
それから作業員の来ない監視カメラの死角になる隠れ場所を探して食事した。
食事が終わると二人は神殿建設の進捗状況を調べた。
前回来た時から3ヶ月も経っていないのに神殿はほぼ出来上がっていて、現在は周囲の塀を組み立てていた。
二人は見ていて建設進捗の速い理由を理解した。運び込まれた石材には既に連結凹溝と反対側の凸部が加工されていて、凹溝に凸部を合わせてクレーンで吊り下げれば、正に組み立て式の大理石塀ができるようになっていた。この建設方法ならあと数週間で完成するだろう。
隠れ場所に帰ってくると勝浦は言った「後は一人で大丈夫か」
大蔵は一言「大丈夫です」と言った。
「トンネルの外に出ないと連絡できないのが厄介だが、夜あの列車を利用すれば往復できる」
大蔵は勝浦の言葉を遮るように言った「後は任せてください」
その後、大蔵は勝浦を鉄梯子上の扉の所まで送って行った。
力強い握手をした後、梯子を降りていく勝浦を見送り扉をそっと閉めると、隠れ場所に行って休息しながら今後の事を考えた。
(いつも休息エリアの食料を盗っていたら怪しまれる。トンネルの外も調べておこう、、、だがまてよ、四六時中ここに居ないといけない訳ではないな。潜入方法は分かったんだ一日に1回か二日に1回来ればいいだろう。だがその前に列車が来る時間やここの作業時間を調べておこう)
その時ブザーが鳴って天井の証明が半分ほど消えた。すると作業員が、隠れている大蔵の脇を通ってホールの隅へ歩いて行きだした。どうやら出口があるらしい。
最後の一人がいなくなった後、全ての照明が消えた。
時計を見ると朝の6時、大蔵はペンライトで照らしながら作業員が出て行った所に行ってみた。
そこは梯子で入って来た所の反対側の隅でドアが2ヶ所あった。隠れていて見ていなかったのでどちらのドアから出て行ったのか分からないが、恐らく出口に通じているだろう。
大蔵は恐る恐るドアを開けて見たが何も見えない。ペンライトで照らすと高さ2メートル幅2メートルほどの通路がペンライトの光が届かないほど遠くまで通じていた。
大蔵はその通路を進んだ。やや下り坂だったが200メートルはありそうだった。突き当たりにも鉄製ドアがあったが鍵がかかっていた。大蔵は引き返してもう一方のドアからも入って行った。
こちらは登坂だったが50メートルほどでやはり鉄製ドアがあった。だがここも鍵がかかっていた。
大蔵はホールに引き返し、警備員室に行った。ここも鍵がかかっていたが、簡単なドア鍵だったので針金を探してきて開けて入った。
警備員室には監視カメラのモニターがあったが電源が切られていた。この時、思い出したがこのホールには非常灯すらも点いていず、全くの暗闇だった。
大蔵は考えた(このホール全体の電源が切られているのかも知れない、、、だとしたらそれは何故)
考えながら室内を見ていると、壁に工程表らしきものが貼り付けてあった。
地下施設での訓練中に叩き込まれたおかげで何とかブライ語の工程表の内容が分かった。
後、1週間ほどで塀が終わり、その後は天井と書いてあった。天井扉の建設が始まるのだろうか。
それから大蔵は列車の運行表を探したが見つからなかった。
(あの貨物列車は不定期で連絡があれば来るのだろうか?、だとすれば石材置き場に連絡するはずだが、連絡は何でしているのか、、、電話か?)
よく見ると工程表の下に数字があり、デスクの上に卓上電話があった。その電話にも二桁の数字が書いてある。
(この数字は電話番号だろう、恐らく外まで電話線が引いてある)
大蔵は卓上電話に小型盗聴器を取り付けた。隠れ場所までなら何とか電波がとどくだろう。
警備員室はそれ以外に役立ちそうなものはなく、大蔵は外に出て隣の休息エリアに入った。
前回の時と同じように、丸椅子やテーブルが乱雑に置いてあり、テーブルの上には菓子や干しナツメがあった。エリア内の隅のテーブル上にはミネラルウォーターやジュースのペットボトルやサンドイッチもあった。
さっき勝浦と失敬して食べたばかりで、まだ腹は空いていなかったがサンドイッチを一つ食べた。
暗闇の中で物を食べるのも訓練中に経験しているので大蔵には苦にならなかった。
大蔵は食べながらエリアを出て神殿建設現場を見に行った。この際だから何もかも見ておこうと思ったのだ。
神殿は長方形に壁で囲まれ、前方は中庭のようで後方に正方形のような高さ10メートルほどの建物があった。この建物が神殿の最重要物らしかった。
現在はこの長方形の壁を取り囲むように外壁もしくは外塀を組み立てているようで、既に長手方向一面は終わって角の見張り塔から横手方向にかかっていた。
一通り見て終わると休息エリア横のトイレで用便してから鉄梯子を下ってトンネルに降りた。
トンネル側面の1メートル幅ほどの歩道を歩き、1時間ほどでトンネル入口を出た。外は既に明るくなっていて作業員宿舎らしき建物から多くの人が出てき始めていた。
幸い作業服が同じだったので大蔵はその人混みの中に入って行った。時計を見ると8時前、これから仕事が始まるようだったが、宿舎隣の商店や食堂ではまだ食事中の者も多かった。
大蔵は食堂に入りスラエリブレックファストを注文した。食事の途中8時半に宿舎前のホームに5両編成の電車が来て、多くの作業員が乗り込み、食堂店員が大蔵に急ぐように言ったが、大蔵が「今日は休む」と言うと納得した顔で食堂内に入っていった。
大蔵はのんびり食事しながら辺りを観察した。
列車は8時40分ころ出発した。だがこの列車はどこから来たのだろう。終点は地下鉄工事現場だろうが、始発はどこだ。
大蔵が店員に聞いてみると5~6キロ手前の車両基地構内から来ているとのことだった。
と言う事は石材を運んでいた貨物列車もその辺からか。
考えているうちに大蔵は眠くなってきた。今日はどこかのホテルに泊まろう。しかし作業服では目立ち過ぎる。大蔵は食事横の商店でコートを買い、それを着て歩いてホテルを探した。
線路から直角に曲がった路地を数十メートル行くとそこは繫華街でホテルもすぐ見つかった。
前回同様南ア国のパスポートでチェックインすると、すぐにシャワーを浴びて眠った。
疲れていたのか目覚めたのは夕方だった。
ホテルはネットが使え、この辺りの地図を調べたら、ここは嘆きの壁から南に300メートルほどの所だった。
(なんだ、こんな街中の地下に、、、そうか第三地下神殿は嘆きの壁から北東へ100メートルほどの所、正に石のドームのすぐ近くに作っているのだ)大蔵は地下神殿の位置や方向を理解した。
ひと通り調べた後、大蔵は衣類や日用品の買い物に行った。ついでにサングラスや帽子等の変装用の小物も買い、すぐに装着して歩いた。巨体以外は旅行者と変わらない姿になり目立たなくなった、、、はずだ。
大蔵は黄昏の街を歩いて感じた。
(石だらけの街だ、道も石、壁も石、、、硬い街だ、柔らかさが少しも感じられない)
大蔵はふと恵子と過ごした木造の一軒家を思い出した。こことは雰囲気が全く違う。
(この街は好きになれそうにないな、、、)そう思いながらホテルに帰ってきた。
ホテルのレストランで食事をした後コーヒーを飲みながらこれからの事を考えた。
(地下鉄工事は2交代制だと聞いたが、それが何時に終わるのか、神殿建設は何時から始まるのか、それと貨物列車の始発は何時だろう、、、今夜は夜中に行ってみるか、で、それまで何をして過ごすか、まだ8時だ、、、)
その時、大蔵のテーブルの斜め向かいのテーブルにひと目で日本人と分かる老人が座った。
老人は料理を注文した後、テーブルの上で両手を組んで顎を乗せ窓を眺めながら考え込んでいたようだったが、その窓ガラスに大蔵の顔が写っていたのか、窓から大蔵の顔に視線を移して、まじまじと大蔵の顔を見てから日本語で言った「以前どこかで見たように思うが、君は日本人か」
ここでは日本人である事を知られたくなかったし、他人と会話したくなかった大蔵は「南ア国の人間ですが、何か用ですか」と英語で聞いた。
「南ア国の人、、、以前、日本のテレビか何かに出た事はないかね、君の顔を見た記憶がある」と老人は英語で言った。
数年前にテレビのバイクの宣伝に出た事がある大蔵がどう答えようか迷っていると、老人は大蔵の横に来て言った。
「もし日本語ができるなら話し相手になってくれんかね、ウイルスのせいで日本に帰れなくなって退屈で死にそうなんじゃ。一杯おごるから話し相手になってくれ」
大蔵は仕方なく英語で答えた「、、、僕が日本人であることを内密にしていただけるなら」
「やっぱり日本人だったか、嬉しいのう、分かった、食事が終わったら話し声が漏れない所に行って日本語で話そう。済まんが食事が終わるまでちょっと待っててくれ」
大蔵は渋しぶ頷いた。まあ、自分も暇だし、、、
結局30分ほど待たされてからホテル内の高級クラブに誘われた。
席に座るとすぐに老人はマスクを付けて言った。
「ワシは篠崎靖、考古学者だ、うっかりしていて航空機に乗り損ねた、当分日本に帰れそうにない」
素性を話せない大蔵は出まかせを言った。
「僕は山田太郎です、数年前テレビのバイクの宣伝に出たことがあります」
「ほう、どこかで見た と思ったがテレビのバイクの宣伝だったか、、、ここへは何の仕事で」
「それは言えません」と大蔵は少しムッとして言った。
大蔵の口調に気づいてか篠崎は「お、これは失礼な質問をした、ウイルス蔓延中のこの時期こんな所に居るにはそれだけの特別な訳があるはずだ、それを考えなかった申し訳ない」と言って軽く頭を下げた。
年下にも素直に頭を下げた篠崎に好感を持った大蔵は思った事を言った。
「学者なら政府の手配で日本に帰れるのではないですか」
「まあそうなんだが、飛行機自体が飛んでいなくてな、次の予定すら分からないそうだ。二日前の便に乗り遅れたのが悔やまれるが、帰る準備中に驚くべき物が発掘されてな」
「驚くべき物」
「ああ、12000年前の鉄器だ、人類史を覆す可能性がある。人類が始めて鉄を使ったのは、せいぜい5000年前だがそれより7000年も古い遺跡から出土したのだ、恐らく現生人類の作った物ではないだろう」
初めて聞いた言葉だったので大蔵は興味ありげに聞いた「現生人類?」
「そうだ、現生人類、現在生きている人類の事だが、ワシは現在の人類以前にも人類が居たが何かの原因で絶滅したんだと思っている。その前生人類が作った鉄器ではないかと思われるんだ。まあ、鉄器だけでなくピラミッドやスフィンクス等も前生人類が作った物だと考えているんだがね。
ワシがこの考えを持ったのは、ピラミッドに使われている石材の石切り場でドリル孔が見つかったんだが、この孔の送りが現在の高性能ドリルでもできない送りだったんだ」
「すみません、送りって何ですか」と大蔵は話を遮って聞いた。
「ドリルの刃が回転しながら進むんだが、この進む速度の事だよ。ドリルの回転数も大事だが、この送り速度も大事らしい。孔の内側に等間隔のらせん状の刃で削られた溝が残っているのだが、これを調べると、ドリルの回転数と送り速度が分かったのだ。だがこのドリルは現在のドリルよりも高性能だったんだ。
ピラミッドを作った年代もはっきりしないが、その当時これほど高性能なドリルが使われていたのだ。とても現生人類の技術とは考えられないのだよ」
「へえ、そうだったんですか」と大蔵は驚いた表情で言った。
しかし心の中では(そんな事が分かって何になるんだろ。今の人類の前にも人類が居たと分かったところでどんなメリットがあるんだ)と思っていた。
大蔵の心の中など眼中にないようで篠崎は話を続けた。
「スフィンクスが造られた年代にしても、水による浸食が認められる事から、あの辺りがまだ湿潤で雨が多かったころ、つまりは数万年前に造られたはずだが、数万年前の現生人類はまだやっと石器を使い始めたころで、スフィンクスを造れるはずがないんだ。と言う事を考え合わせれば前生人類が作ったとしか考えられない」
篠崎はそこでウイスキーの水割りを一気飲みしておかわりを注文してから話を続けた。
「地球の年齢が46億年、まあ、この年数も怪しいのだが、この年齢が仮に1億年だったとしても、その間に、ただ現生人類だけが文明を築けたと考える方がナンセンスだ。
そもそも何故この地球に現生人類が誕生したのか、その事を先に考えるべきだが、君は、人類はどうやって誕生したと思う。まさか君も進化論で猿が人間になったと思っているのかね」
「ええ、まあ、学校では進化論を学びましたが、クリスチャンの友人は創造主が人間を創ったと熱弁していました。僕はどちらも興味ありませんが」
「う、興味がない、、、うむ、そうか、まあ普通の人はこんな事に興味がないだろうな、、、」
そう言ってから篠崎は急に元気を無くして運ばれて来たばかりの水割りを一気飲みした。やけにピッチが早い。この人、大丈夫なのかと大蔵は心配した。
その後、篠崎はしばらく俯いて考え込んでいたが、まるで青菜に塩のように萎れた表情で言った。
「、、、確かにワシの発掘した物の事など普通の人には興味ない事だろう、、、
しかしワシはそんな事に一生を懸けてきたのだ、、、ただただ、より真実に近い事を知るためにワシは50年近くの歳月を費やして、ただひたすらに発掘作業を続けてきたのだ。そして、、、やっと驚くべき物を見つけ出したのだ、、、しかし、それは、多くの人びとには関心のない事、、、
結婚もせず、、、父の葬儀にも間に合わず、母の葬儀にも行けず、、、ただひたすらに発掘した。
しかし誰にも喜んでもらえず、、、誰にも興味を持ってもらえず、、、虚しい、、、
これでワシが死んだら、ワシの50年の経験や知識はどうなる、、、ただ命とともに消えるだけか、、、誰か、、、一人だけでも良い、誰かワシの話しを聞いてくれ、、、山田君、聞いてくれ、頼む、、、」
篠崎に不意に両手で右手を握られ、必死の形相でそう言われた大蔵は頷くしかなかった。
心の中では(悪酔いだよ爺さん、もう部屋に帰って寝なよ)と苦々しく思いながら。だが頷いた以上は聞かねばならなかった。篠崎は再び元気よく話し始めた。
「スフィンクスやピラミッドもそうだが、当時の現生人類では到底作れるはずがない建造物が世界各地にある。しかし建造物だけではないのだ、この地球上には驚くべき物が至る所に残されているのだ」篠崎は、そこで話しを中断して水割りを注文し、また話し始めた。
「君はデビルスタワーを知っているかね、まるで木の切り株のような形の岩山だが」
大蔵が首を横に振ったのを見終えて篠崎は話を続けた。
「まあ知らなくても仕方がない、良かったら後でネット検索して見なさい、正に木の切り株のように見えるが、これは本当に切り株なんだよ、古代の巨木の。
デビルスタワーだけでない、デビルスタワーの何倍も大きいテーブルマウンテンも巨木の本当の切り株なんだ。この事を信じれる人は少ないが、本当に切り株なんだ。そしてこの切り株は世界各地にある。グーグルアースでさえ見る事ができる。後で見てみなさい。
切り株の大きさから考えると、この木の高さは数千メートルになるが、古代の地球上にはこんな巨大木が至る所にあったんだ。
しかし、これらの巨木は根本近くから水平に切られ持ち去られた、、、
問題は、この巨木を誰がどこへ持ち去ったのか、だが、当然現生人類にはできない事だ。
と言う事は前生人類もしくは宇宙人という事になる。
それに持ち去られたのは巨大木だけではない、地下資源も掘り起こされ持ち去られた。その採掘された跡が海底にも山脈にもいっぱい残っている。これもグーグルアースで見れる。
今、我々が住んでいるこの地球は実は、巨木や資源を持ち去られた後の残りかすの星なんだよ。そしてこの残りかすの星に、創造主が人類をはじめ、ありとあらゆる生き物を住まわせて現在に至っているのだ。
つまり言わば創造主は前生人類か宇宙人の一人かと思える。
創造主を神と崇めている人たちには申し訳ないが、科学的に考えたら、ワシら地球上の生き物は創造主のペットのようなものなのだ。
そのペットのような存在の人類が創造主の意向に背いたらどうなる。創造主は怒って人類を滅ぼされるだろう。残忍な飼い主がペットを虐待死させるように残酷な方法で、、、
そうしてソドムとゴモラをはじめとした古代都市が破壊され、大洪水でノア一族以外は根絶やしされたが、その時、身長数千メートルの巨人や巨大生物も殺され岩山に変えられてしまった。
その岩山を調べているうちにワシは鉄器を発掘したのだ、現生人類では決して作れない鉄器を。ワシは、前生人類もしくは宇宙人がこの地球に居たと確信しているが、その前生人類か宇宙人の創造主が終末を起こして、千年王国に行く人と地獄に落ちる人をふるい分けるという、、、
現生人類には創造主に背く力はない。創造主の思し召しに従うしかない。正にペットではないか。
しかし、この事を知っている邪悪な集団、この集団は巨万の富を有しハメリカさえも陰から操っている集団だが、この集団は終末が起きる事を知っていて、なおかつ自分たちが地獄に落とされる事も知っているから、終末が起きる前に悪事の限りを尽くそうとしている。
このような者たちは政府や警察さえも操り、自分たちの犯罪を隠匿しているから一般庶民は気づいていないが、幼い子どもを虐待して抽出したアドレナクロムなどという麻薬と淫乱な性交にふけり酔いしれている。
現在は言わば人類崩壊の一方手前、創造主が激怒し、いつ終末を起こしても不思議でない状態なのだ、、、」
大蔵は篠崎の話しを聞いているうちに不思議に思った(この人は考古学者だと言ったが本当だろうか、発掘ばかりしてきた人が何故このような事まで知っているのだろう)
大蔵はその事を聞いた「あなたは何故そのような事を知っているのですか、終末の事とか考古学とは関係ないと思いますが」
篠崎は、よくぞ聞いてくださった、と言わんがばかりの嬉し気な顔で言った。
「ワシは50年考古学畑を生きてきた。徹夜で発掘作業をした事もある。だが、ワシにだって余暇はあったのだよ。
私生活ではワシは、世界の古代史をはじめ世界の裏組織による裏事情も調べた。この裏組織は現在も続いているから、現代の世界情勢も調べた。
その結果、裏組織による終末思想の拡散、民衆混乱の扇動、民衆の性的モラルの堕落、これはネットで無料でわいせつ動画が見れる事を考えれば納得できるだろう。
裏組織はとにかく人類を堕落させ乱そうと企てている。
それが解ったワシは、裏組織が何故このような事をするのか考えた。聖書も熟読した。終末思想の元は聖書だからだ。そしてワシは、裏組織の最終目的を知った。
それは、聖書では終末の後でイエス様が現れ千年王国を創るとされているが、奴ら裏組織は自分たちだけの千年王国を創るつもりなのだ。
その方法は、イエス様の千年王国を乗っ取るのか、それともそれを破壊して新たに創るのかはワシにも解らんが、そのような企てを奴らが持っている事をワシは確信している。
まあイエス様に勝てるとは思えないが、奴ら裏組織には前生人類のテクノロジーがあるから結果はどうなるか分からない。
まあそうなった場合、ワシら一般庶民は殺されてエリートばかり5億人だけになる事は間違いないと思うがね、、、
ここまでの話で何か質問はないかね、、、」
大蔵は、質問どころか話の内容を理解するだけで1週間はかかるのではないかと思った。とにかく想像を絶する内容ですぐには返事をする余裕もなかった。
大蔵が無言でいるのを見て篠崎はまた話し始めた。
「奴らが人類を5億人にすることはジョージア・ガイドストーンに8つの言語で刻まれているから、間違いなく実行されるとみているが、これがいつ実行されるのかがワシには分からない。
まあ、聖書に書かれている通りなら、まずデスラエルが第三神殿を建設しなければならないが、まだデスラエルが建設に着手したという事を聞かないから、この話はまだまだ先だろうと思うがね」
第三神殿建設と聞いて大蔵はドキッとした。まさか自分が関係している事にまで話がつながるとは思ってもみなかった。
果たしてこれは偶然だろうか、、、
自分が予約なしで泊まったホテルのレストランに現れた篠崎という日本人、、、
大蔵は急に酔いがさめる思いがした。
(この人いったい何者だろう)
大蔵はとっさに考えて、夜中に神殿建設現場に行くのを取り止め、篠崎について調べる事にした。
となると、今夜は篠崎にとことん付き合い探った方がいい。大蔵はさっそく探りを入れた。
「第三神殿って何ですか?」
「ん、第三神殿か、第三神殿はユヤ教徒が造るはずの神殿だ。過去に第一神殿第二神殿があったが異教徒にどちらも破壊された。
以来、ユヤ教徒にとっては第三神殿建設は2000年続く悲願なのだが、聖書の預言では第三神殿を建設すると、また異教徒が侵攻してくる事になっている。だからまだ建設するかどうか議論しているのだろう」
篠崎の言い方に違和感はなかった。大蔵には、知っていることをそのまま話しただけに見えた。
篠崎の話しが続いた。
「人類は今75億人ほどだそうだが、これを5億人にするということは70億人を殺すという事だ。しかもその5億人は奴ら裏組織の人間が中心となるはずだから、一般庶民はほとんど殺されるだろう。
問題はそれがいつ始まるかだが、神による終末が先なのか、奴らによる世界大戦勃発が先なのか、、、
まあワシがその時を迎える事はないだろうがね、、、ワシは肺がんの末期だ、日本に帰って延命治療をすればあと半年は生きられるとこちらの医者に言われた、しかし帰れなかった、、、
リスト教徒なら、これは神の思し召しだと言うのだろう、日本に帰さなかったのは神の御意志だと
、、、神の御意志、、、死よりも大切な事を、この国デスラエルに残って成せ、とでも言うのか、、、
死よりも大切な事、、、だがワシにはそんな事を思いつかない、、、いくら考えてもワシには分からないのだ、、、残された命で、神はワシになにをせよと言うのか、、、」
大蔵には、篠崎の言う事に嘘とか演技とかは見出せなかった。
(この人は本当に余命いくばくもないのだろうか?だから酒も浴びるように飲む、、、それにしてもこの人、ぜんぜん酔わないな、何か変だ、、、)そう思っているうちに大蔵はめまいがしてきた。
(変だこれくらいの水割りで俺は酔うはずがないのだが、、、)
大蔵はフラフラと立ち上がり「ちょっとトイレに」と言ってクラブを出て隣のトイレに入った。
フラフラしながらも何とか用便を済ませてトイレから出ると3人の黒ずくめの男が待ち構えていた。
めまいが酷くなり無抵抗のまま当て身をくらい3人に運ばれた。
気がつくと大蔵は、自分が裸電球一つの薄暗い部屋で椅子にくくりつけられているのが分かった。
目の前に黒ずくめの男が椅子に座って大蔵を睨んでいた。その男が顎をしゃくると、大蔵の横に立っていた男が大蔵の頬を叩いた。大蔵が叩いた男を見ると目の前の男がブライ語で言った。
「目は覚めたかね山田君」
大蔵が目の前の男を見ると、男は大蔵のパスポートや盗聴器のレシーバーを大蔵に見せながら言った「君の所持品を調べさせてもらったが、このレシーバーは何をする物かね」
大蔵が黙っていると横の男がメリケンサックを付けた拳で大蔵を殴った。鈍い音がして、大蔵は顎の骨が砕けたのかと思うほどの激痛が走った。
大蔵は顔を歪め、目の前の男に向けて血反吐を吐いたが届かなかった。
「痛い思いをしたくなければ質問に答えろ」と目の前の男が怒鳴った。
「、、、それはただのラジオだ、、グッ、、、」
また殴られ「噓をつくな、この馬鹿野郎」と罵声を浴びた。
「馬鹿なお前が、真っ暗闇の第三神殿建設現場をウロウロしていたのは分かっているのだ。言え、盗聴器をどこに仕掛けた」
第三神殿に居たことがばれて、大蔵は驚きの表情になった。
大蔵のその顔を見て男は薄ら笑いを浮かべて言った。
「種を明かしてやろう、あそこは照明を消したら赤外線カメラが作動するようになっている。明るい時に忍び込む奴はいないからな。赤外線カメラはお前のその巨体を完璧に写していた。
サンドイッチを食っている馬鹿面まではっきりとな、、、こんな手に引っかかるとは、お前は単なるこそ泥か、それとも新米スパイか。言え、盗聴器はどこだ」
大蔵は観念して言った「警備室の固定電話の中だ」
「ふん、で、お前は新米スパイか、所属はどこだ」
「南ア国空軍」
「なに、南ア国空軍だと、南ア国空軍が何故、第三神殿を調べる」
「そんな事は知らねえ、俺はただ建設の進捗状況を調べて報告しろと言われただけだ」
殴られる前に大蔵は叫んだ「本当だ、嘘じゃねえ、俺は進捗状況を知らせろと言われただけだ」
「誰に言われた」
「南ア国空軍の特殊班ピロイだ、嘘じゃねえ」
「ピロイだと、、、」
捕まった時の返答を、大蔵はマニュアル通りに言った。
特殊班ピロイは、南ア国空軍所属ではあるが、周辺諸国の元軍人をかき集めた傭兵部隊であり、金次第で仕事を引き受けたり投げ出したりする事で有名だった。
つまりピロイに金で雇われた事にすれば、深く追及されなくてすむ。
黒ずくめの男はしばらく考えてから言った「、、、お前は何故ブライ語が話せるんだ」
「俺の母はデスラエル人だ、デルアビブの空港で働いている時に南ア国軍人の父と知り合って結婚した。俺が高校の時、離婚したがな。
俺は母にブライ語を教えられた、だが学校は英語だった。だからどちらも話せる。
軍人と喧嘩した時ブライ語が話せるのが分かって1万ドルで雇われた。まだ半分しかもらってないが、南ア国に帰ったら残り半分もらえる事になってる。
だが、帰る前に母を探して会いたい。空港の近くのベングリオンの町に居ると聞いたが、ベングリオンを知ってたら教えてくれ」
母はデスラエル人と言うのも、母に会いたいという話も全てマニュアル通りだった。
デスラエル人にとって母親がデスラエル人である事は、国籍がどうであれ同族だと認識する。ましてや母を探している同族の男にデスラエル人は道義的に危害を加えられない。
黒ずくめの男はまた少し考えてから言った「いいだろう、お前の話しは信用できる、、放してやれ」横に居た男がロープをほどいてくれた。
パスポートを渡され嬉しそうに大蔵が立ち上がった時、男が下手な日本語で言った「お元気で」
「ありがとう」と大蔵はうっかり日本語で答えた。途端に左右の男が殴り掛かってきた。
(しまった)と思いながらも大蔵は、反り投げで次々と二人の男をコンクリート床に叩き付け、目の前の男に向かった。しかしその時脇腹に激痛が走った。
一瞬怯んだが、大蔵は突進して男を壁に押し付け、男の頭を壁に叩きつけた。頭蓋骨が鈍い音を立て、男はその場に崩れ落ちた。
大蔵は脇腹の痛みに呻きながらも急いでその部屋を出た。出た所は地下室のようだったが、少し先に非常口の看板が見えた。看板通りに進み階段を登って地上に出た。
そこから石壁で囲まれたような細い路地を歩いて行くと大通りに出た。
空はまだ暗かったが時折車が走っている。次に来た車を止め、脇腹を指差し「病院へ」と言って倒れ気を失った。
気がつくと病院のベッドの上だった。大蔵は一瞬、自分が何故ここに居るのか分からなかったが、3人の黒ずくめの男に連れ去られた事などを思い出し、とにかく逃げようと思った。
周りを見回し、誰もいない事を知って起き上がろうとしたが、途端に脇腹に激痛が走りうめき声を上げた。その声を聞きつけたのかマスクをしたナースが入って来てブライ語で言った。
「まだ動くのは無理よ、手術が終わったばかりだから、、、会話はできますか、警察が待ってますが、呼んで良いですか」
大蔵はちょっと考えて首を振った。警察には会いたくない。
ナースは大蔵の顔をのぞき込んで言った。
「まだ麻酔も効いているみたいね、もう少し寝ていなさい、、、あ、それとパスポート以外は何もなかったけど君、お金は持ってるの?。この病院は高いのよ。
君を運んでくれた人は忙しくて、仕方なく一番近くのこの病院に運んだそうなの、でも元気になったらお礼をすることね、君はもう少し遅れたら出血多量で死ぬところだったのよ」
大蔵は何か言おうとしたが、麻酔のせいか、それとも口の中に射し込まれているチューブのせいか声が出なかった。
ナースはまた大蔵の顔をのぞき込んで言った。
「君は何者なの、頭にこんな大きな傷跡があり、両手両足にも手術の跡がある。その上、脇腹には弾丸貫通傷、、、内蔵にも穴が開いているから完治するには1ヶ月はかかるわ、おとなしく寝てなさい、、、家族は南ア国に居るの?、連絡しなくて良いの?、まあ今はウイルスのせいで入国できないけど。そう言えば、君は何故入国できたの、、、あ、そうか、まだ話せないわね」
そう言ってからナースは去って行った。
一人になると大蔵は考えた。(、、、これからどうすればいいんだろう、、、完治1ヶ月だと、、、それまでに、あの3人組がここに来たら、、、あの3人組は何者だろう、、、神殿建設現場の警備員だろうか?、いや警備員が銃を持っているはずは、、、いやこの国なら持っていてもおかしくないか、、、
それより、あの爺さんと話していて、、、俺はあれくらいの水割りで酔うはずがないが、何か薬を入れられたか、、、だとしたら誰に、あの3人組か、、、警察の事情聴取なら署に連行されるはずだろうし、、、困った、、、とにかく勝浦さんに連絡しなければ、、、しかし、どうやって、、、
それにしても脇腹が痛い、ナースは麻酔が効いていると言ったが、麻酔が効いていてもこんなに痛いのだろうか、、、)
大蔵は、点滴針を射していない右手を動かしてみた。動くには動くが何か感覚がおかしい。やはり麻酔が効いているのだろうか。だとしたら脇腹のこの痛みは何故だろう。
そんな事を考えているうちに眠気に襲われ眠った。
次に目覚めるとベッド脇に若い医師と警察菅が立っていた。医師が、大蔵の口からチューブを抜き出して聞いた「話せるかい」
「はい」と大蔵はブライ語で答えた。
医師は警察官に「手術が終わったばかりですから手短に」と言って出て行った。
その後で警察官は聞いた「誰に撃たれた」
「黒ずくめの3人組の男です」
「黒ずくめの3人組の男?、どこで?」
大蔵は話したくなかったが仕方なく、篠崎と水割りを飲んでトイレに行った後の事を話した。
警察官は、大蔵の言う事を聞きながらメモしていたが、大蔵が話終えるとメモを読み上げ「これで間違いないか」と聞いた。
大蔵が「はい」と答えると警察官は「その地下室はどこだ」と聞いた。
大蔵が「どこか分からない。地下室を出た後、石の壁に囲まれた狭い道を歩いていたら大通りに出た。3人組から逃げようと無我夢中だったし、暗くて方向も分からなかった」と言うと警察官は腕を組んで考え始めた。
「、、、う~ん、狭い道から大通りに出た、、、君を助けた運転手に聞いて、そこから逆にたどって地下室をさがそう、、、それより君はその3人組に全く心当たりがないのかね。地下室に連れ込まれ、いきなり銃で撃たれるというのも不自然だが、、、君は何か隠しているのじゃないかね」
なかなか優秀な警察官のようだ、しかし大蔵は第三神殿建設現場に忍び込んだ事を言う訳にはいかない。困った、何と答えよう。大蔵は考えあぐねた末に「周辺諸国では男が男を犯す」と言う話しを聞いた事を思い出した。
大蔵は言い渋りながら淫らな表情で言った。
「、、、地下室で気づいたら、、、ズボンを、、、その、、、脱がされていて、、、それで必死に抵抗したら撃たれた、、、俺は気を失って、気がついたら3人が居なかったので逃げ出した」
大蔵の話しの途中から警察官は顔色を変え、強張った表情になった。
大蔵が話終えると警察官は「わ、分かった、、、そ、その手の者を重点的にさ、さがそう、、、お、お気の毒です、こ、これで質問を終えます」とどもりながら言い逃げるように去って行った。
大蔵は「ふう」と大きなため息をし、疲れた表情で目を閉じ眠ろうとした。
しかし5分も経たないうちにナースが来て言った「君、、、尻を調べます」
「あ、い、いや、だ、大丈夫です」と今度は大蔵がどもりながら言った。
「大丈夫ではないでしょう、そこが一番エイズ感染しやすいのよ、でも、すぐに処置すれば感染を防げます、、、さあ、横向きになって、、、なにを恥ずかしがっているのです、ここは病院です」
「あ、い、いや、その、、、」
ナースは二人の看護師に手伝わせ、大蔵を強引に横向きにして調べた。
大蔵は(噓をついた罰が当たった)と後悔したが後の祭りだった。
まあ、恥ずかしい所を調べられはしたが、警察官は追い払えた。結果的に良かったといえるが、問題はまだあった。あの3人の黒ずくめの男たちがここへ来るかも知れないのだ。
銃撃された直後は無我夢中で相手を倒して逃げたが、手術後の今の状態では戦えない。しかも相手は銃を持っている。脇腹でなく心臓や頭を撃たれたら即死だろう。
(それにしても奴らは何者だろう、、、第三神殿建設現場の警備員だろうか、それともこの国の秘密警察、もしかして諜報機関のモドだろうか、、、で、奴らは俺を殺すつもりだろうか、、、
ふん、殺すんなら殺せ、、、だが、その前にナオリンと勝浦さんに電話したい、、、)
大蔵はホテルにも連絡して宿泊をキャンセルしたかったし、セーフティボックスに預けているカードと現金、携帯電話を出しておきたかった。
大蔵はナースに相談した。ナースは「私が行っても良いが委任状と診断証明書が要る」と言った。
しかしそれらの書類は数時間で準備でき、その日の夕方にはナースが全て持って来てくれた。
大蔵は、ナースにお礼として最高額紙幣を1枚手渡すと、ナースは無言のまま受け取ったが、紙幣を抜き出したぶ厚い封筒に関心があるようだった。
その夜、大蔵はナオリンと勝浦に電話した。
先にナオリンに電話して「銃で撃たれて入院中だが心配するな、1ヶ月で退院して帰る」と言うとナオリンは心配して今すぐその病院へ行きたいと言ったが、ウイルスのせいで一般人の入国はできない、心配しないで待っててくれと伝えた。ナオリンはしぶしぶ聞き分けた。
その後、勝浦の非番時の携帯電話番号に電話した。数度かけてやっと繋がった。
開口一番に勝浦は言った「何故この番号に電話した」
「すみません、アクシデント発生で規定の連絡ができません。実は、、、」
大蔵は、銃で撃たれ入院している事を伝えた。
すると勝浦は「そうだったのか、とんだ災難だったな、仕方がない、体が治るまでゆっくり休め。3人組については警察に警護を頼んでおく」と言って電話を切った。
勝浦が電話を終えると、デスク向こうの椅子に座っている老人がしわがれ声で言った。
「やはりあの音は消音銃だったか、、、」
老人の超人的な聴力に、勝浦は今さらながらに驚いた。そしてそれ以上に、大蔵の体内に取り付けてある盗聴器兼発信器の性能の良さに驚嘆していた。
大蔵の左の鎖骨の内側に取り付けられている、パチンコ玉くらいのこの盗聴器兼発信器は、耐用年数5年のバッテリーが入っており、3キロ先まで届く電波を10分に1度発信している上に高性能盗聴器も内蔵されている。この盗聴器の電波も地下1階くらいからなら1キロ、地上の障害物のない所なら2キロは届く優れ物だった。
実は、先任潜入者からの連絡が途絶えた直後から、老人はこの街に潜伏していたし、勝浦も第三神殿建設現場で大蔵と別れた後、老人の元へ合流し、大蔵の動きを追っていたのだった。
だから二人は、篠崎の話しも地下室での3人組との会話も、病院での話も全て聞いていたのだ。
勝浦は大蔵と建設現場に侵入した時、あまりにもあっけなく侵入できた事に違和感を抱いていたのだが、3人組の話しを聞いて多少納得した。だが、まだ腑に落ちないところがあった。
それは「この国は第三神殿建設を誰にも知られたくないはずだ、それなのに警備が甘すぎる」という事だった。勝浦は(何かからくりがあるな)と考えていて、建設工事の進捗状況を調べるよりも、むしろその事を大蔵と二人で調べたかった。
勝浦は腕を組んで言った「大山が動けないのは痛いですな」
「、、、うむ、まあ、ようござる、焦る必要はござらぬ、、、第三神殿はまだ天井扉ができておりもうさん。あと2~3ヶ月はかかりもうそう、、、それより3人組の正体を暴きとうござる、、、モドでなければ良いですがの、、、勝浦殿、行ってもらえますかの」
その時また盗聴用受信機から大蔵の声が聞こえてきた「こんな時間に何か用ですか」
ナースのタリアが私服しかも薄着でベッド脇に立って、何か言いたげに大蔵を見つめていた。
数分後タリアは意を決したように大蔵の顔に自分の顔を近づけ低い声で言った。
「私どうしてもお金が必要なの、、、楽しませてあげるから、、、お金ください、、、」
そう言ってからタリアは唇を重ねようとした。しかし大蔵は顔を背けて言った。
「、、、いくら要るの」
タリアは上半身を起こし大蔵を見つめて言った。
「1万ケル、、、夫と別れてアパートに住みたいの、アパートを借りるお金、、、」
大蔵は枕の下から封筒を取り出し 1万ケルを手渡した。タリアは目を丸くして言った。
「本当に良いの、私、返せるかどうかも分からないのよ」
「いつでも良いよ、返せる時で」
タリアは数秒間、大蔵を見つめた後で素早く大蔵の頬に唇を押し当ててから言った。
「ありがとう、、、君がしたくなったらいつでも言ってね、私、心を込めてお礼するから」
大蔵が微笑んで頷くと、タリアも爽やかな笑顔を見せてから去って行った。
数日後の昼下がり、ひょっこり篠崎が見舞いに来た。
大蔵は驚いて英語で聞いた「俺がここに居る事をどうして、、、」
「あの夜、君がトイレに行ったきり帰ってこないんで心配していたが、この間ホテルに看護婦さんが貴重品を取りに来て入院している事を知ったんだ、、、
ワシはあのホテルを20年以上も利用している。スタッフはみな友人でな、聞けば何でも教えてくれる、、、だが心配ない、君が日本人である事は誰にも言っていない」
大蔵はホッとしたと同時に、またあの話の続きを聞かされるのかとウンザリしたが、ここでは日本語は使えないし英語は得意でないと言えば断れるとも考えた。
まあ、それより早く日本へ帰ってくれれば良いのだが。
篠崎はベッド横の椅子に座って確認するように英語で聞いた「ここでは日本語はだめかね」
「はい、よろしくお願いします」
「そうか、、、ワシはあまり英語が得意でない。早く良くなってくれ、そしてまたあのクラブでワシの話しを聞いてくれ、、、今この街に日本人は少ない。君と知り合えたのは奇跡的だ。
ワシはワシの知り得た事の全てを君に聞いてもらいたい。ワシの知り得た事を後世に伝えて欲しいのだよ」
「、、、そう言われても、、、俺、頭悪いから覚え切れません。何かに書き残すなり、録音された方が良いと思います。研究成果を動画で世界に拡散する事もできますし」
「うむ、それもいずれやろうと思っているが、ワシは、、、せめてこの世にただ一人でも良い、ワシの話しを聞いてくれる人が欲しいのだ、、、迷惑かも知れんが、これも何かの縁だと思って聞いてくれ、頼む、この通りだ」篠崎はそう言って大蔵の手を握り絞め頭を下げた。
大蔵は煩わしかったが、篠崎の顔を見ると断れなかった。
その後、篠崎は二日に一度は見舞いに来た。だがそれは午後の1時間くらいで、昼寝の邪魔にはならなかった。
だがタリアは、あれ以来毎夜大蔵の枕元に来て、アパートを借りたことや、ここでの仕事の事、生活状況等を大蔵に話した。
大蔵は、自分には南ア国に妻がいる事をはっきり伝えてあるのだが、タリアはそんな事関係ないと言う顔で、まるで大蔵の恋人気取りでいた。
大蔵がやっと流動食が可能になると、タリアは地元産のヨーグルトを持って来たり、栄養価の高いフルーツジュースを買って来たりして大蔵に勧めた。
そんなタリアを見て大蔵はふと日本で入院中だった時の恵子の事を思い出した。
(あの時、恵子もいろいろしてくれたっけ、、、もしかして俺は恵まれているのかな、、、しかし、ありがた迷惑のようにも感じるが、、、)
まあ、タリアが居てくれたおかげで大蔵は退屈しなかったし、この国の一般人の暮らしぶりが良く理解できた。その上ブライ語が急に上達した。
特に、女性を喜ばせるための褒め言葉の使い方が身に付いた。
タリアは言った「これで君は、この街の女性を口説けるわ、でも浮気しないでね、君は私のものだから」大蔵は、この国の女性の執念深さを感じ背筋に冷や汗をかいた。
勝浦が警察に警護を頼んでくれたのか、結局あの3人組は襲って来なかった。
当初タリアが言ったように、大蔵はほぼ1ヶ月で退院できることになった。
退院日の前夜、大蔵はまた勝浦とナオリンに電話した。
一度、南ア国に帰ってナオリンに会いたかったが、それより仕事のことが気になった大蔵は先に勝浦に電話した。
勝浦は「あれから1ヶ月経っている、身体が大丈夫なら潜入して建設工事の進捗状況を調べてくれ。監視カメラと赤外線カメラに気を付けてな」と言った。
勝浦は、すぐ近くにいる事も、3日前に自分が潜入した事も大蔵に言わなかった。
当然のこと大蔵は、近くに勝浦が居て体内に埋め込まれた発信器兼盗聴器で大蔵の状態を把握している事など知る由もなかった。
如何に手下のスパイといえども、この行為は人権侵害以外の何物でもなかったが、本人が気づいていなければ訴える事もどうすることもできなかった。
まあ本人に気づかれず、その人間の事を調べる行為は現在、世界的に行われているようだが。
勝浦への電話の後、少し考えてから大蔵はナオリンに電話した。
大蔵が「明日退院できるが、すぐに仕事が始まるので帰れない」と言うとナオリンは「休暇はもらえないの」と残念そうに言った。
「入院が休暇と同じだから、新たに休暇はもらえないよ。身体はもう大丈夫だから心配しないで」
「、、、あんたに会いたいよ、、、」
「、、、子供みたいだよナオリン、、、俺は必ず帰るから、元気で、待っててくれ」
それで電話を切った。これが二人の最後の会話になろうとは、二人は夢にも思わなかったが。
退院時、タリアが「アパートに一緒に住んで」と言ったが、仕事内容を考えるとできることではなかった。だが、休暇の時、遊びに行く約束をさせられた。
で、大蔵は再びあのホテルに宿泊することになった。当然、篠崎のお相手も込みで。
それでも篠崎が気を遣ってくれたのか、初日の夜は誘われなかった。
大蔵は久しぶりに湯船に入ってくつろいだ。
翌朝、大蔵は変装して地下鉄トンネル入口横の作業員宿舎に行った。
1ヶ月前と何も変わっていないように思えた。8時半に列車が来て、作業員を乗せてトンネル内に入っていった。
大蔵は暇つぶしを兼ね、車両基地構内に行ってみる事にした。石材搬入の時間でも分かれば、夜中に鉄梯子の所まで歩かなくて済む。
大蔵はスマホの地図を調べ車両基地構内の近くまでタクシーで行きその後は歩いた。
歩いて行くとやがて車両基地が見えてきた。1メートルほどのブロック塀の上に鉄条網を張り巡らした敷地内に、数両の列車や空の貨物列車が停まっていた。
道路から敷地内に入ってすぐの所にプレハブの作業員事務所もある。忍び込んでスケジュール表など見たかったが、この時間では難しい。
通行人を装って道なりに進むと、ホロに覆われた石材とおぼしき大きな荷物が数十個置いてあり、クレーンも止まっているのが見えた。
大蔵は(ここに侵入するのは簡単だ、石材が貨物列車に乗せられた後、今夜はここから乗り込んでみょう)と考えた。
しかし、それは夜中だ、それまでどこでどう過ごす。大蔵は道なりに歩いて行くことにした。
しばらく歩いてふと右手を見ると大きな病院があった。看板を見ると、何のことはない自分が昨日まで入院していた病院だった。
(そうか、街自体そんなに大きくない、病院も多くないんだ、せいぜい1箇所か2ヶ所だろう、、、
という事は、誰がいつ入院して、いつ退院したかも簡単に調べられるな、、、)その事に思い当たった大蔵は、何故か嫌な予感がした。しかし、すぐに忘れた。
なおも歩いて行くと博物館があった。暇つぶしに入ってみた。
博物館の中は誰もいなかった。大蔵は、ガラスケース内の発掘された数千年前の遺物をのんびり見て回った。展示物にはブライ語と英語での説明文等があったが、興味もなく読まなかった。
しかし少し経って英文の中に YASUSHI SHINOZAKI の名前があるのに気づいた。
大蔵はちょっと驚いて説明文を読み返してみると、発掘者篠崎靖となっていて、周りを見るとその辺りの展示物の多くが篠崎が発掘した物だった。
更に奥へ進むと、復元された50センチほどの壺があった。説明文には6500年前となっていて発掘した篠崎の偉業を讃えていた。
それを見て大蔵は(へえ、あの爺さんけっこう有名なんだな)と思った。ついでに(それにしてもあの爺さん、何故日本に帰らないんだろ、数日前に日本政府が用意した帰国便があったはずだが)とも思った。
1時間ほど見て、飽きて来て大蔵は博物館を出た。
退院したばかりのせいか疲れを感じ、道沿いの喫茶店に入って休んだ。
(ふう、やけに怠いな、、、退院直後に歩きすぎかな、こんな状態で今夜建設現場に忍び込んで大丈夫かな、、、まあ、どうしても今夜忍び込まなくてはいけないというわけではないのだが、、、)
コーヒーを飲みながら大蔵は、店内のテレビニュースを見た。デスラエル軍がCR国の軍事施設を空爆したと報じていた。CR国のR国製迎撃ミサイルが一発もデスラエル軍戦闘機に当たらなかったとも報じ、一世代前の武器では役に立たない事が証明されたと軍事評論家が話していた。
(一世代前の武器か、、、そう言えばネットで読んだ事があるな。
現代の戦争は、兵士の数とか戦闘機の数とかは関係ない、いかに最新式武器を持っているか、そしてその最新式武器を使いこなせるかだと。
そうなると結局、兵器開発能力のある国とその兵器を購入できる同盟国が強いという事になるな、、、その点この国は、小国だがハメリカの同盟国であり武器購入資金もある、、、
他国はこの国を攻められないが、逆にこの国は攻められる、、、か、、、)
テレビニュースが終わると正午だった。
大蔵はその喫茶店で昼食をしてからタクシーでホテルに帰った。
フロントで鍵を受け取りエレベーターに乗り込むと、男が急いで入ってきてすぐにドアを閉めた。
それから大蔵の方へ向き直りタブレットを見せた。
そのタブレットには英語で「声を出すな、盗聴器がある。俺を覚えているか、第三神殿先任潜入者のフルンゼだ。お前にとって重大な話しがある。部屋で筆談する」と表示されていた。
大蔵は驚いてフルンゼの顔を見た。見覚えがある、確かに先任潜入者だ。大蔵は頷いた。
部屋に入り椅子に座りるとフルンゼはすぐにタブレットを打って大蔵に見せた。
「恐らくお前の体内にも盗聴器が入れられている、ちょっと調べる」
フルンゼは大蔵の左鎖骨を調べて続けてタブレットを打った。
「間違いない、俺と同じ所に入れられている、、、この傷はいつできた」
そう聞かれて大蔵は今初めて鎖骨のすぐ下の3センチほどの傷に気づいた。
驚愕の表情の大蔵を見てからフルンゼは更にタブレットを打ち、ポケットからパチンコ玉よりもひと回り大きいカプセルを見せた。
「これは俺の身体から取り出した発信器兼盗聴器だ、お前のそこにも同じ物が入っているはずだ、、、これは今はバッテリーを外してあるがな、、、
俺は影の総理の施設で入れられたが 、お前はそれを、いつどこで入れられた」
(影の総理の施設だと、、、)大蔵は記憶をたどった。南ア国の日本国大使館で勝浦に首を絞められ気を失った後、気づいたら施設の部屋のベッドの上だった。あの時は考えもしなかったが、気を失っていた時間がどれほどだったかも分からない。入れられたとすれば、あの時だ。
大蔵は、その事を自分のスマホに打ってフルンゼに見せた。フルンゼは頷いてからまた打った。
「お前も早くその盗聴器を取り出した方が良い。そして影の総理の仕事を辞めた方が良い、、、
お前は1ヶ月も入院していたようだが 、今どんな仕事をしているんだ」
「あなたの後任の仕事です」と大蔵は素直にスマホを打った。
「やはりそうか、だがもう辞めて逃げた方が良い。お前もモゼのように殺されるのがオチだ」
大蔵が混乱状態なのを見て取ってフルンゼはまたタブレットを打った。
「良く考えてみることだ、お前の身体を一目見れば誰も皆すぐに覚えてしまうだろう。そんなお前のような目立ちすぎる人間を何故スパイにしたかをな、、、言ったら気の毒だが、お前は相手を引き付けておくための『おとりスパイ』なのさ。つまり捨て駒だ、まあ俺もそうだったんだがな、、、
だが俺は交通事故で肩を怪我してレントゲン撮影してたまたまこのカプセルが見つかったんだ、それで俺は、カプセルを取り出して調べた。
その結果分かった事は、このカプセルは高性能発信器兼盗聴器であり、内臓のバッテリーは5年間は使えるそうだ。そんな物を何故、影の総理は俺の体内に埋め込んだのか、、、
俺はもう影の総理を信じられない、、、お前も逃げた方が良い」
大蔵にタブレットを見せて終わるとフルンゼは立ち上がった。大蔵は慌てて引き留め急いでスマホを打った。
「待ってください、もっと教えてください、、、何故あなたはこの話しを俺にしたのですか、何故俺を助けてくれるのですか」
フルンゼは苦笑しまた座ってタブレットを打った。
「俺は生活の為に、金を得る為に仕方なくスパイになったが、元は敬虔なユヤ教徒だ。
第三神殿建設は俺にとっても悲願だが、その為に異教徒の人間を不幸にしたくはない。
お前は南ア国のパスポートだが、本当は日本人なんだろう。ユヤ人にとって日本人は恩人なんだ。そんな恩人を助けるのは当然のことだ」
「日本人がユヤ人の恩人、、、どういうことですか?」
「なんだ、お前は杉原千畝殿の事を知らないのか。杉原千畝殿は第二次世界大戦時、同盟国ドイツの要請を無視して多くのユヤ人を救ってくれた恩人なんだ。
俺の祖父も杉原千畝殿に救われその結果、俺は今この国で両親と生きていられるんだ。俺は今でも杉原千畝殿を尊敬している。だが影の総理はもう信用できないがな」
「杉原千畝、、、そんな日本人の話し初めて知りました」
「くっ、日本人が杉原千畝殿を知らない、、、日本人はいったいどんな歴史を学んでいるんだ、本当の歴史を学んでいないのか、、、そうか、これもハメリカGHQの自虐史観教育のせいだな、、、
お前は本当の歴史を学んだ方が良い。当時の日本人は本当に道徳的で立派だったのだ」
「へえ~日本とこの国の間にそんな事があったんですか、、、おかげで俺は助けられた、、、
いろいろ教えてくれて、、、助けてくれてありがとうございます、、、
できたら連絡方法を教えてください、今後もいろいろ教えてください」
フルンゼは少しためらってからタブレットにメールアドレスを表示し、その下に「このアドレスを記憶してくれ、送信後は記録全てを削除してPC内には何も残さないようにしろ。俺もお前のアドレスをそうする」と打った。大蔵もメールアドレスを見せ、お互いに記憶し合った。
フルンゼは最後に「その盗聴器を早く取り出して逃げろ」と打って見せてから部屋から出て行った。
大蔵は、フルンゼの後ろ姿に日本式に深々と頭を下げた。
一人になると大蔵はドアに鍵をかけベッドの上に大の字になって考えた。
(何と言う事だ、俺の体内に盗聴器だと、、、首を絞められ気を失ってからだと、もう1年近くになる、、、その間、ずっと盗聴されていたのか、、、しかし何のために、、、俺が影の総理を裏切らないかどうか見張る為か、、、不愉快だ、全く不愉快だ、、、さて、これからどうするか、、、)
いろいろ考えている内に大蔵は眠っていた。
どれほど時間が経ったのか、大蔵はドアノックの音で目覚めた。
大蔵がドアに近づくとノックの音は止み、ドアの下からメモ用紙が差し込まれた。
メモ用紙を読むと、篠崎からの夕食の誘いだった。
大蔵はそのメモ用紙を丸めて屑かごに捨てると、またベッドの上に大の字になって考えた。
(とにかくこの盗聴器を取り除こう。どこでやるか、、、そうだタリアに相談しょう、電話番号は、、、そうか、電話すれば話し声を聞かれてしまう、、、会って筆談した方が良い、、、そしてその後どうするか、、、このホテルを出よう、そして行方をくらまそう。そうだタリアのアパートに、、、)
大蔵はいろいろ考えた結果、今夜はアリバイ作りを兼ねて篠崎と食事する事にした。そして明日ホテルを出て病院に行き、タリアに会い盗聴器摘出手術をしてからアパートに行く。
考えがまとまると大蔵は、屑かごからメモ用紙を取り出し用紙に書かれている電話番号に電話し、篠崎と今夜の待ち合わせ時間を決めた。
その待ち合わせ時間までもまだ3時間もある。大蔵はまたベッドの上に大の字になって考えた。
(それにしても影の総理の野郎、、、これで西田だけでなく影の総理の者すべて憎くなった、、、
いっそのこと南ア国に帰ろうか、、、そうか帰りたくてもウイルスのせいで民間機はないのか。影の総理から逃げれば軍用機には乗れないしな、、、ナオリン、どうしているかな、、、電話してみるか)
大蔵はナオリンに電話した。しかし何度かけてもナオリンは出なかった。その時ふと胸騒ぎがし、言い知れぬ不安に襲われた大蔵は、待ち合わせ時間直前まで何度も電話したが、結局ナオリンは出なかった。大蔵は(数日前に電話したばかりだ、大丈夫だろう)と自分に言い聞かせて、電話を諦めレストランに降りて行った。
篠崎との食事中は英会話だったが、その後のクラブでは日本語会話になった。
篠崎はクラブの防音個室のソファーに座ると嬉し気に言った。
「やはり日本語会話は良いね、無意識に言葉が出てくる。これも君のおかげだ、、、
さて、本題に入ろう、、、
忌々しい事が起きた。この国がCR国の軍事施設を空爆したのだ、恐らく戦争になるだろう。そしてこの戦争をきっかけに第三次世界大戦になる、邪悪な集団の思惑通りにな」
「えっ、戦争になるんですか、この国が」
「ああ恐らく間違いない、しかも今月か来月にはな、、、だからワシは、日本に帰るのを止めた」
「えっ、戦争になると分かっていながら日本に帰らないのですか」篠崎の話は驚きの連続だった。
「、、、日本に帰って延命治療をしたところで半年、いやもう5ヶ月しかないが、その5ヶ月を病院のベッドの上で過ごすのは虚しい。
ワシは、ワシが知り得た知識を基にして推理した今後の人類と地球の未来が推理通りであるか確かめたい。神はワシにその最後のチャンスを与えてくださったのだと思うのだ、日本になんぞ帰っていられるか」
話を聞いて大蔵は驚き言葉を失って篠崎を見つめた。篠崎は更に続けて言った。
「隣国の石のドームのある所は、聖書の黙示録に書かれている終末のメインステージなんだよ、、、
聖書に書かれている事が成就するなら、あの場所に第三神殿が建てられるはずなのだ。そしてイエス様と悪魔との戦場になる。ワシは、その結果をこの目で見たいのだよ、、、
だがワシが怪訝に思うのは、まだ第三神殿が建設される計画もない今、何故この国がCR国を空爆したのかという事だ。CR国に戦争を仕掛けるのが早すぎるとおも」
「それは、、、」思わず大蔵は篠崎の話を遮っていた。もう少しで第三神殿が建設され完成間近である事を口に出すところだった。
大蔵は、いつの間にか篠崎の話に引き込まれ夢中になっていたのだ。
しかし、ちょっと驚いた表情で自分を見ている篠崎の顔を見て大蔵は盗聴器の事を思い出した。
(今は話すべきでない)そう判断した大蔵は「いえ、何でもありません」とその場をつくろった。
篠崎も何かを感じ取ったようだったが、すぐに続きを話し始めた。
「この国が何故CR国に戦争を仕掛けたのか、、、この国で何十年も暮らして、この国の人びとの性格を理解しているワシには、その訳が手に取るように分かる。
この国の人びとは、今すぐにでも隣国を攻め岩のドームを破壊したいのだが、隣国との平和条約を破る訳にはいかない。それでCR国に戦争を仕掛け戦場を拡大して隣国を巻き添えにするつもりなのだろう。あるいは隣国の工作員が国内でテロ事件を起こした等をでっち上げて、問答無用で攻め込むか。いずれにしても隣国を巻き添えにして石のドームの場所を奪い取る計画だろう」
その時、篠崎の携帯電話が3回鳴って止まり、すぐまた3回鳴った。
すると篠崎は立ち上がりながら言った「また黒ずくめの男たちが来たようだ、逃げよう」
呆気に取られている大蔵を促し、篠崎はクラブのボーイに非常口の鍵を開けてもらい非常階段を登って行った。大蔵はついていくしかなかった。
二人は3階分の階段を登って客室階の非常口から入って行ったが、ボーイから連絡されていたのか客室フロア担当のボーイが鍵を開けて待っていてくれた。
篠崎がチップを渡すとボーイは喜んで去って行った。
エレベーターを待つ間に大蔵は「俺の体内には盗聴器が埋め込まれていますが、数日後に摘出します。その後で第三神殿が建設されている事を御話しします」と紙に書いて見せた。
篠崎は目を見張て大蔵を見た後エレベーターに乗り込んだ。
二人はそれぞれ自分の部屋のある階でエレベーターから出て行った。
大蔵は部屋に入ると鍵をかけベッドの上に大の字になって黒ずくめの男たちの事を考えた。
(奴らは何者だろう、、、何故またクラブに来たのか、いやその前に、俺たちがクラブに居る事をどうして知ったのか、、、まあ、クラブの方は客室フロアと違って監視カメラがない。その事を知っての犯行か、それともクラブ内に黒ずくめの男たちの仲間がいて知らせたか、、、
まあ明日にはこのホテルを出るつもりだったが、これでその良い口実ができたが、、、
それにしても篠崎さんは大丈夫だろうか。電話をしたいが、、、盗聴器が本当に煩わしい、、、)
その夜、大蔵は黒ずくめの男たちが襲って来れば叩きのめすつもりで起きていたが、来なかった。
翌朝7時にはホテルをチェックアウトしてタクシーで病院へ行ってタリアに会い筆談した。
タリアは驚きながらも鎖骨下の傷痕を調べ、友人の外科医に伝えてくれた。
外科医とも筆談で、すぐに摘出手術をするが、部分麻酔で30分もあれば終わるとのことだった。
実際10分ほどで摘出しその後の縫合含め15分ほどで終わった。だが首筋辺りの麻酔が切れるまで1時間ほどベッドに寝かされていた。
摘出されたカプセルはフルンゼに見せられた物と全く同じだった。
麻酔が切れて立ち上がった大蔵はそれを小さなビニール袋に入れてポケットにしまった。
タリアが帰宅時に一緒にアパートに行く約束をしてから大蔵は病院を出て歩いて車両基地構内に行った。
大蔵は構内で働いている作業員に「あの大きな荷物をちょっと見せてもらえませんか、珍しい鳥が巣作りしているようなので」とブライ語で言い、訝しげに大蔵を見ている作業員を無視して荷物の所へ行った。そして荷物の上を調べるふりをしながらカプセルをホロの内側に入れ、何食わぬ顔で「鳥の巣じゃなかった俺の見間違いだった」と言いながら構内を出てきた。
盗聴器を処分した後の大蔵は急に身軽になったような気がした。
大蔵は近くの公園に行きベンチに座ってナオリンに電話した。しかしつながらなかった。一抹の不安を感じながらも大蔵は(ナオリンは大丈夫だ)と言い聞かせ、気分を変えて篠崎に電話した。
今の大蔵は(俺の体内にまで盗聴器を埋め込むような影の総理に義理立てする必要などない、第三神殿建設についてバラシてやる)という気持ちになっていたのだ。
篠崎が電話に出ると大蔵は「第三神殿は石のドームの地下に建設されています。もう完成間近だと思います」と言った。
「何と、、、それは本当かね、、、いや、そんな話は電話じゃ何だから今夜、、、」
「今夜は俺用事があってお会いできません。明日以降なら」
「分かった、しかし早く聞きたい、、、もう昼近い、どこかで一緒に昼食しないかね」
夕方タリアに会うまで予定がなかった大蔵は快諾し、タクシーで待ち合わせのレストランに行った。
レストランに着くと篠崎は既に来ていて2階のテラスから手招きしていた。
大蔵は上がっていきテラスの一番端の篠崎の向かいに座った。
大蔵が注文し終えると早速篠崎が日本語で聞いてきた「盗聴器は摘出したのかね」
「はい、ここから、、、」そう言って大蔵は鎖骨下の絆創膏を指差した。
「何と、本当に体内に埋め込んでいたのかね、、、誰が何のためにやったかは知らぬが人権蹂躙だ、許されない行為だ、、、だがこのような事をされるという事は、君の仕事はスパイかね」
「はい、その通りです。俺は第三神殿建設の進捗状況を調べていたのです。しかし盗聴器の事を知って腹が立ちスパイを辞める事にしました。それで辞めるなら知っている事をあなたに御話しした方が良いと考えたんです。
第三神殿は石のドームの地下に建設されています。今はもう恐らく完成済みで、上部扉を作っているころだと思います。そして上部扉が完成すれば、地上までの岩盤を押し割って上部扉を開き、第三神殿を地上まで押し上げるそうです」
「何と、、、」篠崎は心底驚いたようでわずかな時間言葉が出なかった。だがやがてペットボトルの水を一口飲んでから興奮状態で話し始めた。
「何という事だ、第三神殿は既にできていたのか、、、ではやはりワシの推理通り、聖書に書かれていた事は成就する、、、終末が起きる、間違いない、、、数ヶ月後あそこも戦場になる、あのモスクも破壊されるだろう」そう言って篠崎は遠くに見える石のドームを指差した。
それから大蔵の顔をまじまじと見据えて、驚きに満ちた表情で更に話し始めた。
「、、、それにしても、、、第三神殿を探っていた君と知り合えるとは、、、
これは恐らく神の御意志に違いない、、、恐らく神は、君にワシの知り得たこと全てを託せと、、、
現生人類の歴史だけでなく地球の歴史の全てを君に託せと、そして地球の未来を託せと、、、
だが、その前に君に、現生人類の今後について話しておかなければならない、、、
山田君、心して聞いてくれ。
人類はこれから艱難時代に入る。否、ウイルス感染が世界中に広まっている事を考えると既に艱難時代に入っていると言えるだろう。そしてその上、戦争が始まる、、、
昨夜の話の続きになるが、この国が最新鋭の兵器でCR国を挑発し続ければ、CR国の同盟国R国も我慢できなくなって、R国がこの国を攻撃するだろう。
そうなれば本来ならばこの国の同盟国ハメリカも参戦するはずだが、ハメリカは参戦せずこの国を見殺しにする。
何故なら、ハメリカを陰から操っている邪悪な集団は世界大戦を望んでいて、ハメリカ以外の国が滅びるのを待っているからだ。
邪悪な集団はハメリカ大統領や政府を意のままに操れるからな。
恐らくこの国は、ハメリカが参戦するという確約を得てCR国攻撃を始めたはずだ。だがハメリカはその確約を反故にしてこの国を見殺しにする。そしてそうする事によって聖書の終末が成就するのだ、、、
R国が参戦すれば恐らく、放射能汚染の少ない新型核ミサイルが使われるだろう。そして、邪悪な集団の思惑通りに何十億人もが殺されるだろう。
この国も破壊され蹂躙され滅ぼされる。そしてR国の命令によって第三神殿が地上に押し上げられ、第三神殿でR国元首がローマ帝国皇帝を宣言するだろう」
「えっ、ローマ皇帝」
「そうだローマ皇帝だ、馬鹿げた話だが、白人たちはローマ皇帝こそが全人類の支配者だと考えているからね。そしてそれを宣言するのに一番ふさわしい場所が第三神殿だと。
何故なら第三神殿は神、創造主の館、その館を踏み付け、言い換えるなら神を踏み付け皇帝になる。つまり神を超えた存在になる。これが白人の究極の支配者像なのだよ。
だが問題はこの後だ、、、R国元首が第三神殿でローマ帝国皇帝になる。
だが、聖書に書かれた通りなら数年後イエス様が降臨されローマ皇帝軍と戦い、打ち破る。
その後、イエス様は千年王国を創られ心清い人びとを迎え入れられる。
だがその時、ハメリカとハメリカを操っている邪悪な集団はどうするのだろうか。
そもそもイエス様は本当に降臨されるのだろうか?本当に千年王国が創られ、心清い人びとが迎え入れられるのだろうか?、、、
ここからはワシの推理だが、否、ワシの願望と言った方が良いかもしれないが、ワシはイエス様の降臨はないと思っている。
そしてローマ皇帝軍と戦うのはハメリカ軍であり、この戦いにより現生人類は滅びてしまう。数万年前の前生人類のように、、、
歴史は繰り返される、人類の歴史だけでなく地球の歴史もな、、、
ワシは古代の遺物を発掘しながら、ずっと考えていた、、、
ワシは人類は滅びるべきだと考えている。何故なら、人類ほど邪悪な存在はないからだ。他の生物にとって、人類は悪魔以外の何物でもない。他の生物の為には人類は滅びるべきなのだ。
、、、現生人類が登場する以前の地球は、高さ数キロメートルに達する巨木が生い茂る、植物に覆い包まれた星だったのだ。そしてその地球には巨人も巨大生物も住んでいた。
だが、その巨木も巨人も巨大生物も、現生人類や現生動植物とは違ってケイ素でできていたんだ。ケイ素でできていたケイ素生物は炭素でできている現生人類などとは構成物質が違うのだ。だからケイ素生物は植物も動物も死んで石英つまり岩になった。
エデンメディア等の動画を見てみなさい、巨人や巨大生物が死んでそのまま岩や山になったのが分かるだろう、、、
ケイ素には様々な用途がある。そしてそのケイ素が地球にはふんだんにある。
何万年前か何千万年前かその年代が分からないのが残念だが、現生人類誕生以前のある時、知的生命体が地球に来て地球のケイ素を奪って行った。
奴らは岩や山になっているケイ素だけでなく、まだ生きている巨木も根本付近で水平に切って運び去った。
その跡がデビルスタワーやテーブルマウンテンとして現在まで残っているのだが、直径数キロメートルの巨木を水平に切った、その技術を考えてみても知的生命体の科学技術の高さが理解できるだろう。
その知的生命体は、現在の人類の科学技術よりもはるかにレベルが高かったのだ。そして恐らく彼らがピラミッドも作った。
石切り場で見つかったドリル孔がそれを物語っているし、巨木を水平に切る技術があれば、ピラミッド建設に使う石材を完璧に垂直に切る事も容易だっただろう。
また石材運搬も、彼らの乗り物、恐らく反重力装置を使った乗り物で易々と運んだと思える。
結論としてピラミッドを作ったのは彼らだったという事になるが、では何故その建設機械等が現存していないのかという疑問が出てくる。しかしこれも良く考えたら分かる。
建設機械等を地上に放置していれば、湿潤だった当時の気候からして数百年で錆びて消え失せたのだ。
彼らは、我々現生人類よりも地球の事を良く知っていた。金属よりも自然石の方がはるかに耐用年数が長い事も。だから彼らはピラミッドに自然石を使ったのだ。
だが、まだワシにも理解できない事がある、それは何の為にピラミッドを作ったのかという事だ。
単なるモニュメントの為か、それともエネルギー発生装置だったのか、はたまた恒星間通信機だったのか、、、
いずれにせよ彼らの技術は、現在の人類よりもはるかに上回っていた。
そんな彼らがケイ素を奪って行った後の地球は、正に死の星になった。
彼らは、ピラミッド等を作って地球は自分たちの所有物だという証拠だけを残して去った。
その後の地球に創造主が現生人類等を創って住まわせた。つまりこの後の事は聖書に書かれている通りなのだが、それはたかだか数千年の歴史でしかない。
創造主が現れる前に、地球には知的生命体による歴史があったはずなのだ。そしてワシはその証拠を見つけた。12000年前の遺跡の下から決して錆びないオリハルコンらしい金属の鍵をな。
だが、この鍵はまだ誰にも見せていない。見せれば地球史が覆されるからな。
しかし、君にだけは見せておきたいのだ、ワシの話しが真実である証拠としてな、、、」
それでやっと、信じられないような篠崎の長い話しは終わった。
篠崎はまたペットボトルの水を飲んでからボーイに合図して料理を運ばせた。
二人は無言で食事をはじめた。
大蔵は口を動かしながらも篠崎の話しを思い返していた。全てを信じるのは無理なような気がしたが、全てが作り話とも思えなかった。
だが(地球の歴史か、そんな事を知って何の役に立つのだろう)と、この時の大蔵は思っていた。
食後のコーヒーをかき混ぜながら篠崎が言った。
「二三日ワシと一緒に遺跡探検に行ってくれないかね。さっき言った鍵を見てもらいたいのだが」
「、、、今夜は予定がありますが数日後なら行けると思います」と大蔵は答えた。
「分かった、では行けるようになったら電話してくれ、持って行く物等はワシの方で準備しておくから、、、作業服は3Lで大丈夫かね、寝袋も特大を用意するが、、、入れるかな、、、
行く前に買い物にも付き合ってもらえるかね」
大蔵は頷いた。
食事が終わるともう2時だった。大蔵はレストラン前からタクシーに乗って病院へ行った。
タリアとの待ち合わせまでにはまだ時間がある。
大蔵は病院横のベンチに座ってナオリンに電話した。しかし繋がらなかった。
(ナオリン、どうしたのだろう何かアクシデントが、、、)大蔵は胸騒ぎがしてならなかった。
だが電話が繋がらない事にはどうすることもできない。
(何もアクシデントがなければ、電話するほどの用事はないのだが、、、この不安は何だろう、、、)
この時の大蔵の感覚を虫の知らせと言うのだろうか、大蔵は言い知れぬ不安に駆られながらも、なす術がなかった。何度電話しても繋がらず、仕方なく大蔵はタリアと一緒にアパートに行った。
タリアのアパートは狭いワンルームで、部屋の中の大部分をセミダブルのベッドが占めていた。
(これでは俺は泊まれないな、寝るスペースがない)大蔵はそう思って「ホテルを探すから」と言うとタリアは「大丈夫よ、私はあなたの腹の上で眠るから」と平然と言った。
大蔵は言われた事を想像して目を白黒させ、一人で興奮していた。
タリアは帰ってくる途中で買った食べ物をテーブルの上に並べ最後にワインを置いて言った。
「さあ、二人の初夜に乾杯しましょう」大蔵は悪酔いして初夜を迎えた。
タリアとの同棲生活が始まった。しかしタリアが7時ころから病院へ行くと、その後の大蔵は何もする事がなかった。当然何度もナオリンに電話したが、相変わらず繋がらなかった。
(もしかして携帯電話が壊れたのかな、、、新しい携帯電話を買ってもナオリンは俺の電話番号を覚えていないだろうし、メモ書きもしていなかっただろう、、、まあ、元気でさえいてくれたら良いが)
大蔵はいつしか胸騒ぎにも慣れてナオリンの事を思い出さなくなった。
数日後、大蔵は篠崎に電話し一緒に買い物に行った。
篠崎が心配したように特大寝袋でも大蔵は入れなかった。仕方なく厚手の毛布を二枚買った。
買い物が終わると出発日を決めた。二日後からこの国の三大祭りの一つ、仮庵祭りが始まる。
遺跡の発掘作業員も皆休む。願ってもない好都合だ。
二人は1週間分の食料も買って二日後にレンタカーで出発した。
数時間後、死海湖畔の遺跡に着いた。
この遺跡の発掘責任者である篠崎が金網フェンスに囲まれた敷地内入口の扉を開け、車ごと中に入って、外部から見えない遺跡の陰に車を隠した。
そこから二人は荷物を背負って、まあほとんどの荷物を大蔵が背負って発掘作業現場に降りて行った。
発掘現場の最低部まで降りると篠崎は肩で息をしながら水を飲み「老いるとここまで降りてくるだけでも疲れる、一休みしょう」と言って近くの石に座った。
大蔵も大きなリックサックを降ろして水を取り出して飲み、周りを見回した。
直径20メートル、深さ10メートルほどだろうか土砂が掘り出されて、石組みの遺跡があらわになっている。
大蔵の視線に気づいた篠崎が説明してくれた。
「この遺跡は調べた結果12000年前のものだと分かった。通説では現生人類は石器時代だ。
だが、石器だけでこれだけの物を作れるはずがないのだよ。明らかに鉄器工具を使った跡があるし、そればかりか回転工具を使った跡まで発見されたのだ。しかしワシはその場所をまた土砂で埋めて隠した。その時ワシは錆びていない回転工具の刃の欠片を見つけたのだ。
ワシはそれを誰にも見せず、密かに合金に詳しい学者に見てもらった。
数週間調べた後で学者は『現在の地球環境では製造不可能、恐らく真空状態で作られた合金としか言いようがない、非常に硬い化合金属だ』と言った。ワシは、この遺跡、いやこの遺跡の下に前生人類の何かがあると直感した。そしてワシの直感は当たった。
ここの足元の岩盤をハンマーで叩くと、他と違う音がする所が見つかったのだが、ワシは作業員を帰した後、一人でその範囲を調べながら側壁の土砂を掘って2メートルほど進み、そこから下の岩盤に小さな穴をあけ、ライト付きの内視鏡で見た。するとこの下に部屋か通路がある事が分かった、、、
12000年前の遺跡の下に構造物がある。ワシは興奮した。
毎夜、作業員を帰した後で一人で慣れない削岩機を使い手を豆だらけにしながら岩盤をくり抜いた。そしてライトで照らして下を見ると幅と高さ3メートルほどの通路になっているのが分かった。
ワシは梯子を使って降りてみた。途端に目まいがした。恐らく酸欠だろう。すぐに上がって来て、翌日送風機を運んで風を送ってから降りた。
通路は片方向は土砂で行き止まりになっていたが、反対方向は10メートルほど行った所に岩盤とは違う石の扉があった。そしてその扉に正に鍵としか形容できない金属棒が差し込まれていた。
ワシはその鍵を左右に回してみた。すると本当に鍵が外れたような音がするのだが扉が開かない。引いても押して開かない。ワシの力不足なのかも知れない。いずれにしても君の力が頼りになる。
まあその前に、削岩機でもう少し穴を広げないと君が入れないと思うがね。
疲れがとれたら、削岩機で穴を広げてくれ。まあそれより先に隠してある壁を外さないといけないがね」そう話終えると篠崎は、他と変わりない土壁の一点をライトで照らし「ここの土を取り除いてくれ」と言った。
言われた通りに大蔵が手鍬で掘ると、いとも簡単に土砂がボロボロと崩れ落ち、奥にベニヤ板が見えてきた。1メートル四方ほどのベニヤ板を外すとぽっかりと土砂をくり抜いた通路があり、削岩機や発電機や送風機が所狭しと置いてあり、その向こうの地面に穴が開いていたが、篠崎の言う通り大蔵では狭くて入れそうになかった。
大蔵は、コンプレッサー付き発動機を横穴の外に出して点け、削岩機で穴を広げていった。
1時間ほどで大蔵も入れるほどの穴になり、送風機の吹き出しノズルを穴に入れ始動させてから、篠崎の所に行って一休みした。
遺跡の外は日没らしく薄暗かったが、二人が居る遺跡最低部は既に暗くてライトが必要になっていた。二人はヘルメットのライトを点け、穴から降りて行った。
篠崎が言ったように本当に扉らしい所にステンレス鋼のような金属棒が差し込まれていた。
大蔵はそれを左右に回してみた。左側には90度ほどしか回らなかったが、右側には180度ほど回り確かに鍵が外れたような音がする。
その状態で手前に引いたり押したりしたが扉はびくともしなかった。
大蔵は試しに、日本の引き戸を開けるように扉に平行に引き、更に押してみた。手ごたえがあった。
数センチだが石の扉が開いた。途端に霧のような物が吹き出て来た。
「山田君、下がりなさい」と篠崎の声がし、大蔵は下がって送風機の吹き出し口に顔を寄せて深呼吸した。
霧のような物はすぐに消えた。大蔵は再び扉を押し、自分が通れるくらいまで開けて中を見た。
中は10メートル四方ほどの部屋になっていた。
大蔵が恐る恐る入ると篠崎もすぐ入ってきた。
途端に二人は激しい耳鳴りがした。今まで聞いたことがない音が雷鳴のように頭の中を貫いた。
大蔵は思わず両手で両耳を塞いだが頭の中の音は消えなかった。大蔵は叫んだ。
「やめろ、やめてくれ」
すると音は止み、少し経ってから「それが、あなたたちの言葉ですか」と頭の中に響いた。
そして、何もないと思っていた部屋の中央付近に、長径2メートル短径1メートルほどのカプセルが見えてきた。
大蔵と篠崎は驚き扉の所までしり込みした。
カプセルは宙に浮いていた。わずかに揺れている。薄緑色で半透明のようだったが内部は見えなかった。そのカプセルを見ているとまた頭の中に女性らしい声が響いた。
「あなたたち二人の記憶を収集分析しました、、あなたたちに敵意がないことを確認しました、、
あなたたちに我々の記憶を転送しても良いですが、容量的に無理ですので、あなたたちが望む記憶だけ転送します、、あなたたちは、我々の何を知りたいですか、、」
篠崎が数歩歩み出、目を見開いて言った。
「ワシの頭の中に響く声の主はどなたですか、どこに居られるのですか」
「我々はアルファ星から来た者です、、カプセルの中に居ますが、我々には肉体はありません、、
思念エネルギーだけです、、あなたたちの脳に直接思念を送っています、、」
「何と、、、」篠崎は驚きのあまりそれ以上言葉が出なかった。
「篠崎さん、、あなたの記憶から推測すると、我々はここに3万年も閉じ込められていたようです、、我々は外に出たい、、そこの扉をもう少し広げていただけませんか、、」
大蔵が扉を広げると、カプセルは音も立てず扉の外に出たが、またすぐ帰って来て「通路が塞がっています、、すみませんが天井の穴を広げてください、、」
大蔵と篠崎は急いで梯子を上って岩盤上に出て、大蔵が削岩機で穴を広げ、篠崎は土壁入口の穴を広げた。
1時間ほど穴を広げているとまた頭の中で声が聞こえた。
「もう通れそうです、、ありがとうございました、、ここで、そうですね、あなたがたの時間で5時間ほど待っていていただけませんか、、我々は母星に帰って来ます、、」
大蔵と篠崎が遺跡最低部に出ると、カプセルが横穴から出て来て遺跡上空まで上昇し消えた。
大蔵と篠崎は呆然とそれを見たまま立ち尽くしていたが、やがて我に返った篠崎が言った。
「、、、ワシは夢を見ていたのか、、、」
「いや、夢ではないでしょう、実際ここにこんな大きな穴が開いている、、、手の平も豆だらけだ」
大蔵の声で自信を取り戻したかのように篠崎はいつもの調子で言った。
「彼らは5時間で帰って来ると言った、本当に帰って来るかどうかは後で考えるとして、ワシらはここで食事し寝よう。果報は寝て待てと言うではないか」
二人はライトの灯りを頼りに食事し、テントを張って潜り込んだ。
テントの中で篠崎は大蔵にウイスキーの小瓶を手渡し、自分も別の小瓶の蓋を外して一口飲んでから言った「ワシらはとんでもない経験をしているようだ、、、これも神のなせる業かな、、、」
「、、、本当に信じられない出来事だ、、、宇宙人が居た、、、肉体がない、とはどういうことだろう」
「君もまだ興奮冷めやらぬようだな。ワシも胸が弾んで眠れそうにない、、、飲むしかないな」
そう言って篠崎はまたウイスキーをあおった。
二人はやがて酔いつぶれて眠ってしまった。
5時間後テントの上空にカプセルが停止していたが、二人が寝ているのを確認したのか消えた。
翌日、遺跡最低部まで陽の光が射してきてから大蔵は目が覚めた。
簡易トイレのある遺跡上部まで上がって行くと、雨水を貯めてあるタンクの水を手桶ですくって篠崎は顔を洗っていた。
用便の後、大蔵も顔を洗いタオルで拭き終わると篠崎が言った。
「彼らの手土産だ、昨日の事を思い出してみたまえ」
何の事か分からないまま大蔵は思い返した。すると昨夜の女性の悲しげな声が頭の中に響いた。
「、、熟睡されていたので起こしませんでした、、我々は母星に帰りましたが、母星は消滅させられていました、、今、我々の仲間を探して宇宙各方面に思念を送信していますが、まだ返信はありません、、当分この地球にとどまることになります、、
、、あなたたち二人は、我々を解放してくださった恩人です、、我々は思念だけの生命体で物質に作用することはできませんが、我々の知識を送信することはできます、、何か知りたいことがありましたら、昨夜のことを思い出してください、、」
「、、あなたは今『何だこれは、どうなっているんだ』と思いました、、回答します、、あなたの要望により、我々のメッセージをあなたの脳内に送信しました、、
端末で検索すると中央コンピューターが答える、あなたたちの使っているインターネットと同じ仕組みです、、ただ我々は電磁波でなく思念エネルギーを使っています、、
思念エネルギーは電磁波よりも速くしかも距離に関わらず、宇宙の果てまでも瞬時に届きます、、ですが、直線しか送信できず、途中に固体があると通過できません、、しかし我々が地球滞在時はいつもあなたたちの上空に浮遊していますので、いつでもコンタクト可能です、、」
「うっ、、、」大蔵は唸り、目を白黒させて篠崎を見た。篠崎は笑顔で言った。
「彼らの情報はもの凄いよ、、、ワシはさっきこの地球の歴史を教えてもらったが、地球の学者が言っている事と全然違う。
この地球も月も数千万年前に他から運ばれて来たんだ。そしてケイ素巨大植物を栽培した、シリコンを得る為に。
それが数千万年間も続き、シリコンを採り尽くした後のクズのようなこの地球に創造主が手を加えて、我々のような炭素系生物を住まわせた、たかだか8千年前にね。
全く信じがたい事だが彼らが言うには、3万年前に地球資源の奪い合いで知的生命体同士で戦争になった。彼らはその戦争を調停する為にアルファ星から来たが、一部の知的生命体に騙されあそこに閉じ込められたそうなんだ。だから閉じ込められていた3万年間の出来事が分からない。それで今、地球に3万年以上住んでいる知的生命体にコンタクトしていると言う。
ワシは驚いて『地球に3万年以上住んでいる知的生命体が居るのか』と聞いたら、彼らは『現生人類には見る事はできないが、我々と同じように思念エネルギーだけの生命体が居て地球を見守っているはずだ。ただ3万年の間に思念エネルギーの波長が変わっているようなので、現在の波長を調べている』とのことだった。
彼らの話しは全く驚きの連続だが、ワシは嬉しくて仕方がない。ワシの叶わぬ夢だと思っていた、地球の真実の歴史を知ることができるのだからね。
地球を太陽系に運んで来てから3万年前までの歴史は分かった。あとは3万年間の歴史が分かれば完璧だが、彼らは必ず3万年間の歴史も調べて教えてくれるだろう。
地球の真実の歴史を知る事が夢だったワシにとって、彼らは福の神としか言いようがない。
そればかりか彼らは、ワシの肺がん治療方法も教えてくれたんだ。その治療方法を実行すればあと10年は生きられるそうだ。
あと10年生きられるということは、ワシは終末の全てを見る事ができるという事だ。こんな嬉しい事はない」と篠崎は、本当に嬉しくて仕方がないという表情で言った。
篠崎のその表情を見て大蔵も(まるで子どもがお菓子をもらった時のような顔だ)と微笑ましい気分にはなったが、その一方で(地球の真実の歴史を知ったとここでそれが何になるんだ)という気持ちもあった。
学者と言う人たちは好奇心旺盛で、何かを知りたいと言う欲望が人一倍強いのだろうが、一般人しかも若い人にとってはあまり興味がないようで、大蔵も関心がなかった。
まあ(宇宙人は本当に居たんだ)という程度の認識しか、この時の大蔵にはなかった。
「さて横穴を塞ぎに行こう。地球の真実の歴史を知った以上、遺跡発掘などに興味はない、、、
ワシは考古学者を辞め、どこか安全な所に住んで終末の一部始終を陪観させてもらう」
そう言ってから篠崎は下へ降りて行った。
大蔵も降りて行き、二人で横穴入口を塞ぎ、仕上げに水で練った泥を塗った。
「これで良い、泥が乾けば分からなくなる、、、さて最後の食事をしょう」
遺跡最低部で二人は食事し、昨日持って来た荷物を運び上げレンタカーに積んでデルサレムに帰って行った。
タリアが祭りで実家に帰っていて、大蔵はアパートで一人でのんびり過ごしていた。
一人でいるとすぐにナオリンの事を思い出し、当然何度も電話したがやはりつながらなかった。
数日後、大蔵はふとヨハネの言った事を思い出した(そうだヨハネに聞いてみよう)
大蔵は、何度も間違えながらもヨハネの電話番号を思い出し電話した。
何とか繋がった相手はヨハネではなかったが。
大蔵が名前を名乗ると相手は、何かの記録を調べているような雰囲気で言った。
「DAIZO OOYAMA 、、、あ、あったこれだ、、、Mr.DAIZO ヨハネの遺言を伝えます『ナオリンを救えなくて申し訳ない。一度に多数の人びとの危機が起こり、ナオリン救出へ行けなかったのです。これが潮時だと思うので、私も地獄に行きます』とあります」
「えっ、ナオリンが死んだ、ヨハネも、、、」
「ナオリンという方の事は私は分かりませんが、ヨハネ様は私にこの電話と遺言を書かれたノートを託された後、お亡くなりになりました。
『君が生き残れて、もし電話がかかってきたらこの遺言を伝えてくれ』と私に告げられ、暴動集団の中に入って行かれました。
ヨハネ様は未来が分かる御方でしたので、あなたから電話が来ることを知って、遺言されたようです。まあ他にも50人ほどの遺言も書かれていますが、、、」
「暴動集団の中に、、、どういうことですか?」
「ご存知なかったのですか、今この国はいたる所で暴動が起き、多くの富裕層の方々が殺されています。高級施設の住人などは真っ先に虐殺されました、、、
私はヨハネ様に教えられた通り、薬中のふりをして何とか生き延び、電話番をしていますが、この電話もいつ不通になるか分かりません。都市自体が壊滅状態で食糧確保さえ危機的状況です。
私もいつ殺されるか震えながら生きています。
よろしければ、この国のこの状態を世界中に知らせてください。我々をこの地獄から救ってください」
それで電話は切れた。大蔵は放心状態のまま数日を過ごした。
(何と言う事だ、ナオリンが殺された、、、何故だ、なぜ俺と関係した女性が次々に殺されるのだ、、、
玲子、恵子、、、そしてナオリンまで、、、結婚式の時、あんなに喜んでいたナオリンまで、、、)
大蔵はベッドの上でのたうちまわって我が身を呪った。
(、、、俺は疫病神だ、、、死神だ、、、俺を殺せ、、、誰か俺を殺してくれ、、、)
大蔵は食事もしなかった。
数日後帰ってきたタリアは、ミイラのように瘦せこけた大蔵を見て悲鳴をあげた。
「あ、あなた、どうしたの、何があったの」
大蔵は一瞬タリアを見て視線を外し外へ飛び出した。タリアが驚きながらも大蔵を追ってきた。
そしてアパート前の歩道で追いつき大蔵の手を引いた。
大蔵はタリアの手を振り払い、視線を合わせずに「俺に近づくな、俺は死神だ」と言って走り出した。
タリアは何故かそれ以上追えなかった。
大蔵はデルサレムの街を彷徨い歩き続けた。頭の中で大蔵に話しかける声があったが、それ以上に自らに「俺を殺せ、、、俺を殺せ」と言う声の方が強かった。
いつの間にか周りは真っ暗になっていた。地下道の中で大蔵は誰かとぶつかった。しかし歩き続けた。不意に誰かに手を引っ張られ怒鳴られた「てめえ人にぶつかっておいて素通りするのか」
大蔵は顔面を殴られた。しかし平然として殴った男を見て、更に殴れと言わんばかりに顔を突き出した。男は一瞬たじろいだが、更に何発も殴った。
やがて男は肩で息をし、地面に唾を吐きつけて言った「こいつ気違いか、、、全くこたえてねえ」
その時、後ろから男の肩を叩き声が聞こえた「この男は使える、もらって行く」
男が声の主を見た途端に当て身を喰らい、その場に沈んだ。
声の主が顎で合図すると数人の男が大蔵を強引に黒塗りの高級車に連れ込み発車した。
数ヶ月後、戦場と化したデスラエル北部の荒野に重装備のデスラエル軍団が居た。
「、、、以上で敵ゲリラ部隊殲滅戦略の説明を終える、、、おい、巨体、身勝手な行動をするな、分かっているな」と大蔵を見据えて歩兵隊長が言った。
大蔵は、この数ヶ月間同様に無言のまま宙を睨んでいた。
やがて軍団は出発し、敵部隊に100メートル以内に近づくと匍匐前進で更に近づいた。
しかし先頭歩兵が70メートルほど近づいた所で脳天を撃ち抜かれて即死した。
他の歩兵は前進をためらった。
その時、大蔵がマシンガンを乱射しながら突進した「俺を殺せ、俺を殺せ」と叫びながら。
「あの馬鹿、気違いか」と歩兵隊長は吐き捨てたが、大蔵の耳には届かなかった。
大蔵は殺される事を望みながら突進したが、不思議と弾は大蔵に当たらなかった。それどころか大蔵が近づくと敵ゲリラ部隊はみな両耳を押さえてうずくまっていた。大蔵は敵を皆殺しにした。
数分後、辺りは静まり返った。
敵陣地で仁王のように立ち尽くしている大蔵を見届けると、歩兵隊長は皆に合図して恐る恐る大蔵に近づいた。そして敵が全滅しているのを知って歓声を上げた。
その後、みなが大蔵を取り囲み褒めそやした。
そのようなことが数回続くと、大蔵は歩兵隊長に推挙された。しかし大蔵は無言のまま辞退した。
輝かしい戦功がありながらも大蔵は歩兵の地位にとどまり誰とも言葉を交わさず1年を過ごした。
大蔵は「歩兵部隊の怪物」と言う異名で呼ばれ、敵兵からも恐れられるようになった。
だがある日、廃墟と化した建物内部に潜む敵兵を攻める時、建物に入る直前で大蔵は両耳を押さえて倒れた。仕方なく他の者だけで攻め入ったが全滅し、大蔵だけが生還した。後日その時の事をしつこく聞かれたが、大蔵は無言のままだった。結局その建物はミサイルで爆破された。
2年目に入ると戦況はますます激しくなり、とうとう隣国まで戦場と化した。そして予想通り岩のドームも破壊された。激怒したスラム教国は同盟国R国に参戦を求めた。
大義名分を得て参戦したR国は、大軍を用いて怒涛の如くデスラエルに進撃した。
デスラエル歩兵部隊は善戦したが次第に撤退する事が多くなった。そんな状況でも大蔵の活躍だけはずば抜けていた。大蔵が突進すると敵兵は何故か両耳を押さえうずくまっていた。
大蔵はいつも皆殺しにしていたが、ある時ふと初めてアルファ星人と出会った時の事を思い出した。
以来、大蔵は軍を抜けた。
レンタカーを借りてザ地区からジプトに入国し地中海沿岸道路を通ってイロに入った。
途中、何度か検問所で取り調べられそうになったが、その都度係官が耳を押さえて動けなくなり、大蔵は素通りできた。
イロ到着は夕方だったので大蔵はそこに泊まろうと思ったが、頭の中で「もっと南へ、もっと南へ」と言う声が聞こえ、大蔵は更に走り続け、夜中にスワンに着き湖畔の駐車場で眠った。
ちょうどそのころデルサレムの街は、R国の新型超破壊ミサイル1発で廃墟になっていた。
超音速だったためデスラエルの迎撃ミサイルは間に合わず、なす術がなかった。
数ヶ月前、デスラエル軍戦闘機が空爆しCR国がなす術がなかった時と全く同じ有り様だった。
性能が上の武器を使われたら従来の武器では対抗できないのだ。
R国は無慈悲にも続いて数発のミサイルでデスラエルの主だった街を破壊し、R国元首はデスラエルに無条件降伏を迫り、数日後デスラエルはあっけなく降伏した。
R国元首は既に知っていたようでその後、第三神殿を地上に出すようにデスラエルに命じた。
石のドームがあった大地が音を立てて割れ、鉄の扉が南北に開くと第三神殿がゆっくり上昇し、完全に地上に出ると止まった。
数日後、R国元首は第三神殿至聖所でローマ皇帝を宣言し、その模様を全世界に動画配信した。
当然のことながら世界の多くの国が反発した。
だが、R国元首は意に介さず「敵対する国には核兵器を使用する。三日以内に同盟国になるか敵対するかを表明せよ」と言い放った。
もとからの同盟国以外の各国は大混乱を起こした。
87万人都市であるデルサレムを1発で廃墟にした超破壊ミサイルでさえ対抗不能であるのに、核兵器まで使われたら国は瞬時に滅びてしまう。
各国首脳は緊急会議を開いて激論を交わした。そしてその裏で、度重なる参戦要求をハメリカに発した。
だがハメリカは参戦しなかった。R国との密約があったのかは不明だが、ハメリカはデスラエルだけでなく、多くの弱小国を見殺しにし、滅びるままにした。
R国との同盟を良しとしない国々は、参戦しないハメリカを恨みながらも、R国に正々堂々と宣戦布告し数日で壊滅状態にさせられ、多くの人々が虫けらのように殺されていった。
R国と、数年前から同盟にちかい間柄だったジプトは、改めて同盟国となり、戦火を逃れた。
しかし地政学的に重要な土地であったイロは、郊外にR国軍5個師団の駐留を強要された。
駐留が始まった初日の夜からイロ市街地には、横柄な態度のR国軍人が練り歩いた。
気性の荒いイロ市民とすぐに喧嘩が始まった。
警察が来て逮捕して行ったがR国軍人は翌日には釈放された。イロ市の治安が急に悪化した。
だが、大蔵が潜伏しているスワンは平常だった。
大蔵は朝日が昇る前に、デスラエルのレンタカーをダム湖畔の駐車場に停めたまま、歩いてバスステーション近くの安宿に入った。
パスポートは持っていなかったが、デスラエルの軍人証明カードの下に高額紙幣を付けて渡すと、ボーイは目を輝かせながらも無言で部屋の鍵をくれた。
以来、大蔵は安宿の部屋から滅多に出なかった。出るとしたら夜食料品を買いに行くだけだった。
そして外に出たらすぐにあの声が聞こえた「、、大山さん、我々の話しを聞いてください、、今のあなたの精神状態は危険です、、自己嫌悪の心を捨ててください、、」
大蔵は、買い物を終えると逃げるように部屋に帰った。
(宇宙人の言う事など聞けるか、、、死にたい俺を何度邪魔した、、、その度に多くの敵兵が死んだ、、、何故だ、何故俺を助ける、何故俺を死なせないのだ、、、)
と、大蔵は心の中で叫んでいたが、その答えを宇宙人が説明しょうとしても大蔵は聞こうとしなかった。
数日後の暑い夜、大蔵は窓を開け扇風機を点けっぱなしで眠り、夢を見た。
冬の陽だまりのような柔らかい光に包まれたカプセルが暗闇の中を飛んでいた。やがて前方に微かな光の点が見えてきた。その点は近づくにつれ球形になり、すぐにうっそうとしたジャングルに変わった。そのジャングルの一点から上空に向けて青白いレーザー光線が伸びていた。
カプセルはそのレーザー光線の発射地点に向けてゆっくりと近づいて行った。
レーザー光線を発射していたのは小さな浮遊物体で、カプセルが近づくと浮遊物体は宮殿の通路に入って行った。カプセルはその後に続いた。
やがて通路の先に広間が見え、丸い大きなデスクステーション上に、様々な色合いのカプセルが浮かんでいるのが見えてきた。
いま来たカプセルもデスクステーション上に停まった。途端に通路が閉ざされ真っ暗になった。
その時になってカプセルは、今まで見えていたものは幻影だったと気づいたが遅かった。
以来3万年間、カプセルは閉じ込められていた。その3万年間、カプセルは全てのエネルギー放出を止めて、ただひたすら扉が開くのを待っていた。
そして遂に扉が開いた。扉を開けてくれたのは、この星の現生人類の若者と老人。
カプセルは即座に若者と老人の思念を探った。
幸い二人に敵意はなかったが、思念容量の低さに驚いた。
このような低容量生物と交信できるのかと危惧しながら、通常交信レベルの思念を送信してみた。すると二人は耳を押さえ苦しんで彼らの言葉を発した。すぐに思念送信をやめ彼らの言葉を分析解読した。彼らの言葉は我々の幼児期の言葉にも満たない思念領域で即刻解読できた。
彼らの思念容量は本当に低かったが、老人の容量の方が多少多かったので老人の記憶を探った。
老人の記憶の中にスフィンクスがあり、我々の記憶と比べて風化の度合いから3万年の年数を推定したが、後日G星人に確認するとこの年数はほぼ正確だった。
我々はとにかく外へ出たかった。物質に作用できない我々の代わりに二人は出口を広げてくれ、我々は外に出、一路母星を目指した。しかし我々の母星は消滅させられていた。
我々は、我々の仲間を探すため宇宙各方面に思念エネルギーを送信したが、まだ返信はない。
しかし数日後、この星の生き残りG星人と交信できた。
我々はG星人によって3万年間の出来事を知ることができた。そして、我々を閉じ込め、この星と宇宙の摂理を狂わせたZ星人の悪事も知れた。
この星は元来G星人の所有物だった。
G星人の祖先は、数千万年前に太陽系外から苦心して地球をハビタブルゾーンまで運んできた。そしてケイ素系巨大植物を栽培して数十万年ごとに収穫した。
巨大植物を根本付近からレーザー光線で切断し、宇宙船の反重力装置を使って宇宙に運び上げ、巨大植物自体に推進装置を取り付けて母星に送った。
数万年前に、その巨大植物の価値に気づいたZ星人は輸送中の巨大植物を横取りした。
3万年前からZ星人とG星人との戦争が始まった。
当初はG星人が優勢だったが、卑怯なZ星人は、地球に居たG星人を人質にした。
仕方なくG星人は、宇宙の裁判官的な存在だったアルファ星人に仲裁を求めた。
しかしアルファ星人は地球に来てすぐ地下神殿に閉じ込められた。疑う事を知らない善良なアルファ星人は、まさか地球に来てすぐ閉じ込められるとは考えてもみなかったのだ。
アルファ星人が閉じ込められた後、そのアルファ星人までもを人質として、Z星人は地球の巨大植物等の資源を奪い尽くした後、核兵器で地球を破壊した。
この時、地球上にあったG星人の住居や神殿等のほとんどが破壊され、G星人がペットや観賞用として育てていた地球上の多くの動植物が放射能汚染によって死に絶えた。
正に、地球は死の星と化したが、地下神殿に閉じ込められていた肉体のないアルファ星人と、たまたま地中深くで地下資源探査をしていた数十人のG星人が生き残った。
生き残ったG星人は、地上の放射能汚染を知ると地下施設に引き返し、地上の放射能汚染が消えるまで冬眠カプセルで生き延びた。
1万年ほど経ってやっと放射能汚染が消えると、彼らは地上に出て暮らしながら母星に救助信号を送った。
だが、地下施設にあった通信機では母星まで届かず、新たな通信機器を作らねばならなかった。
彼らは地下施設にあったレーザー光線の鉱石切断機や反重力装置を使ってピラミッドを作り、地球の磁気エネルギーを電磁波に変え送信した。電磁波は母星に届いたはずだが、しかし母星からの返信はなかった。
彼らは、母星からの救助隊が来るまで生き延びるために、当時増殖中の動物と異種交配を行い子孫を残す事にした。
初期の混血児の多くは半獣半人が多かったが、類人猿の遺伝子組み換えをした卵子を使って産まれた子どもたちは彼らとよく似ていた。
その子どもたちの中から知能や体力的能力のある者に様々な体型の子孫を治めさせ、その地域にある天然材料を使って都市を建設した。
千年も経つと子孫も増え、地球上の多くの好環境地域に都市を作った。当時は反重力装置の乗物の燃料があったおかげで地球圏内はどこへでも行けたが宇宙へは出れなかった。
子孫たちは繁栄し、都市も大型化していった。子孫たちの中には半獣半人も多かったが、誰一人分け隔てしなかったし、争いごとは起きなかった。
やがてG星人は、子孫たちから神と崇められる存在となった。彼らは神と崇められながらも子孫をこよなく愛し、できる限りの教育を施し、文字も教え粘土板による図書館さえも作った。
彼らは子孫と共に数千年間平和に暮らし、様々な地方で文明を開花させた。
しかし12000年前Z星人が再び地球に来て、自分たちが破壊したはずの地球で、G星人たちが都市を建設して平和に暮らし、神として崇められている事を知り嫉妬した。
自分たちはどの星に行っても嫌われ、神と崇められた事が一度もなかったのだ。
Z星人は文化都市を破壊し住民を殺戮し始めた。海水面を上昇させ海抜の低い地域の都市を水没させたりもした。
この時、G星人の多くの子孫が殺されたが、Z星人に対抗できる武器のないG星人たちは主だった子孫を連れ、再び地下施設に逃げ込んだ。
そして時おりこっそりと地上の様子を伺いながら更に数千年を生き延びた。
Z星人は、G星人の都市を破壊した後、またケイ素系巨大植物を栽培しょうとしたが、地球環境が変わって栽培できなかった。地球はいつの間にか炭素系生物圏に代わっていたのだ。
その事を知ったZ星人は、地球の管理者として一人のZ星人を残して母星に帰って行った。
一人残されたZ星人は暇つぶしに、自分を崇めてくれる現生人類を創る事にした。
自分に似せて現生人類を創ったのだが、しかし希望通りの現生人類が現れず、激怒したZ星人はア夫婦と3人の息子夫婦以外の現生人類を大洪水で滅ぼした。
ア夫婦たちの子孫はすぐに増えたが、Z星人の意にそぐわない人類もまた増えていった。
Z星人は、人類の生き方の台本として聖なる書物を作らせ、その書物通りに生きることを人類に強要した。
Z星人に似せて創られた人類は、それでもZ星人の意にそぐわない者の方が多かった。
Z星人はやむなく、自分自身の思念エネルギーを込めた人間を、我が子として人類に遣わした。
その子が地上での役目を終えてZ星人の元へ帰った後、現生人類は文明を発展させていったが、聖なる書物に従わない者が増え、現生人類同士で何度も戦争するようになった。
一方、地下施設に住んでいたG星人とその子孫は、食糧不足もあって現生人類に似た体型の子孫だけが、大洪水後のユーラシア大陸の東の端の島国にこっそりと住むようになった。
彼らは高い知能と道徳心を持ち、既に住んでいた現生人類と交わりながらも、争いを好まず平和に暮らしていた。
しかし、その平和な島国に2千年ほど前から渡来人が急に増えてきた、、、。
G星人の子孫たちは、攻撃的な渡来人(つまりZ星人の子孫)とも交わらざるおえなかった。G星人の遺伝子を含んでいるその島国の人びとは、それでも他国の人びとよりかは平和的で道徳心が高かった。
その島国の人間の御二人が、我々を救出してくださったのだが、Z星人の創ったこの星の愚かな人類は、今また戦争をして自分たち人類を滅亡させようとしている。
しかし我々は彼らを助けない。
我々を地下に閉じ込め、我々の母星もG星人の母星も消滅させたZ星人。そしてそのZ星人の創った現生人類を、我々は助ける道義的理由はない。
だが、地下施設に住んでいるG星人とその子孫、そして島国のG星人の遺伝子を持っている現生人類は救いたい。
、、大山大蔵さん、、あなたもその一人であり、あなたは我々の恩人なのです、、
、、我々は、G星人の遺伝子を持っているあなたを決して死なせない、、
、、この戦争の後、Z星人がまた地球に来る可能性があります、、
、、しかし我々は必ずあなたを守ります、、
、、我々はあなたを、決してZ星人に渡さない、、
、、大山大蔵さん、、あなたは本当に悲しい想いをされたのですね、、
、、あなたのその悲しみを消してあげたい、、
、、我々の思念エネルギーを使えば、その悲しみを消すのは簡単です、、
、、しかし、あなたの悲しみは、あなた自身で消さなければならないのです、、
、、あなた自身がその悲しみを乗り越えて生きなければならないのです、、
大蔵は目覚めた。窓の外に満月が見えたと思ったが、よく見るとそれはあのカプセルだった。
カプセルはすぐに消えた。まるで、見つかったのを恥ずかしがるかのように、、、。
大蔵は、窓辺に立って夜空を見上げた。
無数の星々が見えたが、大蔵はその星々を何故か無性に懐かしく感じた。
その時ふと頭の中に悲し気な声が聞こえた。
「、、G星はオリオン座の三ツ星の中にありました、、
、、アルファ星は更に遠くの、、でも今はもう、、存在しません、、」
(、、、G星、、、母星がなくなった、、、アルファ星も、、、G星の人たちやアルファ星の、、、)
この時、大蔵はG星人やアルファ星人の事が急に哀れに思えてきた、と同時にZ星人に対して激しい憤りがこみ上げてきた。
(そのZ星人が創った現生人類、、、数千年の間に何度も何度も戦争して現生人類同士で殺し合ってきた、、、そして今もなお戦争している、、、現生人類同士で戦って滅びれば良い、、、
、、、そうか、ナオリンもZ星人の子孫か、、、ん、玲子も恵子も在日韓国朝鮮人、、、在日韓国朝鮮人は数十年前に日本に密入国してから住むようになった、、、という事は、、、)
そう思うと大蔵の心の中にあった、ナオリンや玲子や恵子に対しての自己嫌悪感がスーッと消えていった。
(、、、しかし、G星人の子孫は、、、この地球はもともとG星人のものだった。それをZ星人によって一度ならず二度も破壊され母星までも消滅させられた、、、今では帰る星さえもなく、地下施設や日本でひっそりと生きている、、、G星人の子孫を救いたい、、、しかし、どうやって、、、)
再び頭の中で声が聞こえた。
「、、G星人が住んでいる地下施設に反重力装置の乗物、日本で昔『天の浮船』と言われた乗物があります、、日本へ行くだけの燃料はあります、、
、、地下施設入口は、この国の隣国のゲベルバル山のふもとにあります、、
、、バイクを借りてください、、我々が誘導します、、」
翌朝レンタカー店が開くとすぐ大蔵は大型バイクを借りて出発した。
ゲベルバル山まで南へほぼ400キロ、未舗装道路が多くて時間がかかったが夕方には着いた。
ゲベルバル山は、この辺りではよく見かける高さ100メートルほどの岩山で、こんな岩山のどこに地下施設への入口があるのかと大蔵は訝しく思った。
大蔵はバイクを降り、さてどうしたものかと思っていると、もうもうと砂ぼこりをあげてジープが高速で近づいてきた。その助手席には見覚えのある人が座っていた。
その見覚えのある人が呟いた「ふう、間に合ってよかった」
篠崎がジープから降りると、ジープは逃げるように帰って行った。
「この岩山は近づけば死ぬと言われていて誰も近づこうとしない。ジープの運転手を買収するのに苦労したよ、、、久しぶりだね、元気だったかね」
2年ぶりくらいに会った篠崎は10歳ほど若返っているようにさえ見え元気そうだった。
(これが余命半年と言われていた人か、、、アルファ星人の癌治療方法は本当だったんだな)
「どうしてここへ」
「君が日本に帰ると彼らに教えられたんだ。それに天の浮船にも乗ってみたくてな、、、」
「しかし地下施設入口なんて見当たりま」
「まだ彼らの言う事が信じられないのかね、暗くなるまで待ちなさい、そうすれば分かるよ。
それより日本のどこへ行くつもりかね。今は日本もC国との戦争突入の一歩手前の状態だ、G星人の子孫を見つけても、その子孫をどこへ集める、集めた後どうする」
その時二人の頭の中で声が聞こえた「、、心配無用です、、天の浮船は千人収容可能です、、
、、残念ですが、若い男女500人ずつだけ収容し、地球が平和になるまで冬眠状態で待ちます、、これはG星人の考えです、、船内にG星人の長老の御一人がいます、、彼はG星人の子孫をすぐ見つけられます、、では入口を開けます、、」
声が聞こえなくなるとすぐ岩山が音もなく浮き上がり水平に100メートルほど移動し、岩山があった所に大きな穴が見えてきた。大蔵は腰を抜かした。
「反重力装置を使えばどんなに重い物でも持ち上げられるのだよ。恐らく浮船も同じ仕組みだろう」と篠崎は言い平然としていた。
その浮船、日本の前方後円墳と全く同じ形で長さ50メートルはありそうだったが、浮き上がって来きた。すると大蔵と篠崎の身体も浮き上がり、ドアの開閉、否、ドアすら見当たらなかったが、吸い込まれるように浮船の中に入った。
浮船の中は何もなかった。
大蔵と篠崎の身体は宙に浮いていて、まるで揺りかごのようにゆらゆら揺れて心地良かった。
少し経つと、日本人らしい顔立ちの若い男性と50センチほどの人形のような物が、スーッと二人の前に現れてきて、男性が言った。
「私はG星人の子孫のオリと言います。こちらはG星人長老のお一人ムック様です」
ムック様と言われた方は、少しだけ右手を動かした。そうしなければ人形あるいは土偶、あの遮光器土偶とそっくりだった。
大蔵と篠崎がそのように考えたのを見抜いたかのようにオリが言った。
「ムック様は遮光器土偶のようでしょう。でもそれは反対なのです。縄文人がムック様を見て土偶を作ったのです。
3万年前と縄文時代や現在とでは酸素濃度が違うのです。遮へいスーツがなければ地下施設から外出できません。縄文人は遮へいスーツ姿のムック様を見て土偶を作り、神として崇めたのです。
それから地下施設のG星人は、3万年間を生き延びるために身体を縮小しました。
そうすることで食糧摂取を抑えたのです。今では手足も退化して動かすこともできません。
思念エネルギーを使ってロボットアーム内蔵のスーツを動かしています。
私たちとの会話も思念エネルギーで直線脳に伝えられます。
しかし現生人類との会話は、私は口も動かします、怖がられますので。
そのような面でG星人はアルファ星人に近づいています。G星人もやがて肉体不要になるでしょう。思念エネルギーだけの生命体になれば、物質不要になります。そうすれば争いもなくなります」
「ううむ、、、」と篠崎は唸った。
「思念エネルギーだけの生命体になるという事は、生命体進化の最高領域に達するという事ですかな」
その時、オリがムックの方を見た。ムックに話しかけられたようだった。
オリが篠崎に視線を移して言った。
「ムック様は言われました、進化でもあり退化でもあると。
思念エネルギーだけの生命体になると、食事の喜びや肉体的快感がなくなります。ある面では悲しいことです。しかし宇宙に存在する生命体は全て最終的にはそのようになるのです。それまでに滅びなければ、、、
思念エネルギーだけの生命体になって、他の物を奪わない。それが宇宙の摂理なのです。
しかしZ星人は奪いました。奪うだけでなく母星さえも消滅させました。これは宇宙の摂理に反する事です。決して許容できない行為です」
オリの言葉には、Z星人に対する強い憤りがこもっているのが感じられた。大蔵も篠崎もG星人に深く同情した。
二人の心の中が分かったのかムック様は手のひらを二人に向けた。すると二人は、深い森の中の神社に参拝した時のような荘厳で清々しい気持ちになった。
二人は(神社の元はG星人崇拝だったのだ)と確信した。
「沖縄に着きました、、、我々が降りた後、浮船は海の中に隠しておきます」
大蔵が驚いて言った「えっ、もう沖縄に着いたのですか、1時間も経つていないのに」
オリがかすかに微笑み右手を上げると、4人の身体は船外に出、夜明け前の浜辺に立っていた。浮船は海の中に入って行った。
4人の頭上にはアルファ星人のカプセルが浮いているように感じたが、肉眼では見えなかった。
オリはムック様をリックサックに入れ背中に背負い歩きはじめた。大蔵と篠崎は後に続いた。
オリが歩きながら言った。
「沖縄はG星人遺伝子の割合が高い人が多いと思いますが、都会に行っていて地元に残っている若者は少ないのではないかと、で、役所で働いている人を探します。
公務員資格のある人は地元の役所に就職する事が多いそうですので、、、」
「なるほど、、、しかし役所でどうやって探すのかね、血液検査でもするのかね」
「いえ、、、ムック様が探してくださいます。ムック様が特定波長の思念エネルギーを発すると、G星人遺伝子の高い人は共振反応をするそうで、すぐ分かるそうです」
「へぇー、、、」篠崎も大蔵も驚いてそれ以上言葉が出なかった。
「ただ、問題が一点あります。ムック様が見つけてくださった若者をどうやって野外に連れ出すか、です。屋内ではアルファ星人が若者に暗示を掛けられませんから。
お二方は、若者を何とか野外に連れ出してください」
大蔵と篠崎は顔を見合わせた後で大蔵が言った「若者を野外に連れ出す、、、」
「若者に暗示を掛けるとは」と篠崎も怪訝そうに聞いた。
「数日後にさっきの浜辺に来るように暗示まあ催眠術のようなものを掛けるのです。強引で人権侵害かもしれませんが、時間がありません。Z星人が地球に来る前に、千人の若者を集めないといけませんから」
大蔵も篠崎も納得した。
やがて4人は小さな町の中心部に着いた。目の前に市役所がある。
(驚いた、地図もなしにオリはどうして中心部が分かったのだろう)と大蔵が思った瞬間、頭の中で声が聞こえた「、、地図など要りません、、上空からなら一目で分かります、、」
市役所が開くまでには、まだ時間があったので4人は市役所横のコンビニで弁当を買い、店の前のベンチに座って食事した。
ほぼ3年ぶりに食べる日本の弁当に大蔵と篠崎は、あまりの美味しさに感動したが、カプセル内のアルファ星人もムック様も、二人の思念の昂ぶりは理解できなかった。
その後、市役所が開くと4人は中に入って行った。
市役所に入るとすぐに案内係の中年女性がいたが、軽く会釈して通り過ぎて受付カウンターに行った。カウンターデスクに座っているのは若い女性が多く、内部でデスクワークしているのは若い男性が多かった。
ムック様がすぐに思念エネルギーを発し、若い男女のほぼ全員がG星人遺伝子を持っている事が分かった。
一般人はまだ誰も来ていない事を見てとった篠崎がとっさに大声で言った。
「皆さん、緊急避難訓練です。大地震が起きました。津波が近づいています。すぐに屋上に避難してください」
大蔵も篠崎に合わせて大声で言った「皆さん、急いで、屋上へ避難してください」
大蔵の大声には迫力と、有無を言わせない圧迫感があり、そのフロアーに居た全員が屋上に上がった。
オリとムック様も一緒に上がり、ムック様とアルファ星人は思念エネルギーで交信し、暗示をかける男女を特定した。
大蔵と篠崎は、上の階でも同じようにして結局、市役所内の全員を屋上にあげた。
そして男女の特定が終わったとアルファ星人から知らされると篠崎は屋上の全員に言った。
「皆さん、ご苦労様でした。本日の緊急避難訓練は大成功でした。では職場に戻りましょう」
全員が降りて行った後で篠崎と大蔵の頭の中に声が聞こえた「、、お見事でした、、」
同じようにして数日で、男女合わせて100人ほどを浮船に乗せた後、鹿児島、福岡、広島、神戸、大阪、名古屋、横浜、東京等でも乗せ、東北地方に行く前に千人に達した。
「東北や北海道の人たちに申し訳ないですが、冬眠カプセルがもうありません。それと浮船の燃料が地下施設まで足りるか微妙な状態です。足りない場合は海底に停泊になります、、、」
それを聞いた篠崎が聞いた「浮船の燃料はガソリンですか?」
「いえ、水素です。排気ガスの出るガソリン等では地下施設では使えません」
「なるほど、で、水素なら現在車用のが市販されていますが、浮船には使えないでしょうか」
「、、、市販の水素ですか、、、調べてみる価値はありそうですね。サンプルを少し欲しいですね」
やっと自分の出番が来たように大蔵が嬉しそうに言った「俺が水素自動車をレンタルしてくるよ」
大蔵は意気揚々とレンタカー店に行ったが住所不定の大蔵にはレンタルできなかった。
困り果てた大蔵は3年ぶりに賢治に電話した。
「ご無沙汰しております。大山大蔵です」
「な、なに大蔵君か、生きていたのか、今どこだ、何をしている、、、懐かしいな、この電話は南ア国からか、その後どうしていた、、、3年も連絡がないので、もう死んでいるんじゃないかと山田さんと話していたんだ。生きててよかった。生きてて本当に良かった、、、」
最後の方は涙声になっているのを聞いて大蔵は、日本を出て以来、一度も電話しなかった自分の薄情さを恥じ、慙愧の念に堪えなくなった。
大蔵もまた涙声で言った「、、、すみません、賢治さん、俺いま東京に居ます。レンタカーを借りたいんですが住民票も免許証もなくて借りれないんです」
「なにぃ、いま東京にいるんだと、、、分かった。俺の方から会いに行く、どこで会う」
数時間後二人は大洗海岸近くの野外喫茶店で会った。
開口一番に大蔵は、3年間も連絡しなかった事を詫びた。賢治は恨みがましい事をおくびにも出さずに言った「元気そうで安心した、、、もうすぐ山田兄貴も来る、今夜は3人で飲もう」
大蔵は涙が止まらなかった(こんな素晴らしい人を放っておいて、俺は何と自分勝手な人間だったのだろう)大蔵はまた自己嫌悪の念に駆られた。
そのような思いを洗い流すかのように二人は生ビールで乾杯した。
その後、何から話して良いやら、否、今の状況をどこまで話したら良いのやら、大蔵は考え過ぎてなおさら声が出なくなった。すると頭の中で声がした。
「、、水素の件は篠崎さんにお願いしました、、篠崎さんは日本に住所がありますので問題ありません、、あなたは御友人と心ゆくまでお過ごしください、、地下施設に帰る時はお知らせします、、」
その夜、大蔵は山田を交え3人で存分に飲んだ。
二人には、この3年間の事を全て正直に話したが、予想通りアルファ星人やG星人の話しは信じてもらえていないようだった。大蔵は、それはそれで仕方がないと思った。
飲み屋の近くのホテルに泊まった3人は、翌日の昼ころホテルのレストランで食事した。
食後のコーヒーを飲みながら賢治が言った「最近このような2階テラスのレストランが増えたな」
「そうだな、これもウイルス感染予防対策だろうな」と山田が言った。
その時、大蔵の頭の中で声がした。
「、、水素は精製しなければ使えません、、秘密裏に精製できる工場を知りませんか、、」
大蔵にそんな事は分からず、だが一応賢治と山田に聞いてみた。
「水素の精製、んん、俺では分からん」と山田が言うと、賢治が携帯電話を取り出しながら言った。
「俺たちで分からない事があったら西田兄貴に聞くのが一番だ」
賢治が電話すると聞き覚えのある声が大蔵にも聞こえた。
「お前は相変わらず全く脈略のない事をいきなり聞くな、、、ちょっと待ってろ調べてみる」
電話が切れてから10分ほど経って西田から電話が来た。
「水素の精製、ファイブナインくらいだったらうちの地下研究所でも可能だそうだが、純度どれくらいが要るんだ。それと何キロリットル要るんだ」
電話での話し声が聞こえていた大蔵は頭の中で聞いて言った。
「CO2が0%なら純度はスリーナインで良いそうです。500キロリットルほど欲しいそうです」
「分かった。それくらいなら1週間ほどでできるそうだが、どこへ運んだら良い」
「こちらから専用貯蔵タンクを持って行きます。どこへ行けば良いですか」
「新潟だ、分かった。1週間後に新潟に来てくれ、久しぶりにお前とも飲みたい」
賢治は大喜びして電話を切ったが、大蔵は複雑な心境だった。
その後1週間、大蔵は賢治たちと一緒に過ごした。その間、何度もアルファ星人やG星人の事を説明したが、賢治も山田も現実の話しとしては受け取ってくれなかった。
だが1週間後、夜中に九十九里浜で浮船に乗せると二人とも腰を抜かし、やっと理解してくれた。
九十九里浜から新潟の地下施設上空までは数分だった。
専用貯蔵タンクと一緒に地下施設の秘密通路入口に降ろされた賢治と山田は失禁していた。
出迎えた西田も青くなっていたが、裏事情に詳しい西田はすぐに現実の事として受け入れた。
アルファ星人は頭上から西田の記憶を調べてから大蔵に言った。
「、、あなたは、とんでもない人と知り合いだったのですね、、
、、我々は彼らと友好関係を築きたいですし、技術提携もしたいです、、
、、とにかく彼らと3者会談を行いたい、、
、、あなたの口から彼に伝えてください、、G星人長老と我々と、影の総理代表つまり彼ですが会談したい、、オブザーバーとしてあなたと篠崎さんも同席していただきたい、、
、、付け加えて彼に言ってください、G星人は反重力装置があります。この技術を差し上げます。代わりに高性能ミサイルの共同開発をしましょう、と、、」
西田と話したくない大蔵は、頭の中でアルファ星人に言った「あなたが直接言えば良いでしょう」
「、、はい、いずれそうしますが、最初はあなたに伝えていただきたいのです、、これは我々のしきたりです、、」
大蔵は、仕方なく西田に伝えた。西田は驚きながらも即答した「今すぐでもかまいません」
三者会談は浮船の中ですぐに始まった。
技術提携の話しはすぐに決まったが、それよりももっと重大な事が決められた。
それは、日本に居るG星人の子孫だけを、できうる限り存続させるという事。そのために、影の総理の方でも地下施設と冬眠カプセルを大至急作る。
地下施設は岩盤の軟弱な日本ではなく、数万年耐えられるユーラシア大陸の岩盤内に作る。
そのために、G星人のレーザー光線岩盤切断機を使い、岩盤内に奥行き数千メートルの空間を作って冬眠カプセル設置施設を作る。
冬眠カプセルは日本各地の工場で部品を作り、影の総理施設の工場で秘密裏に組み立てる。
などが取り決められた。
会談が終わると西田は冬眠カプセルを見せてもらった。
千個の冬眠カプセルが3段重ねで左右に並べられていた。真ん中の通路から冬眠中の男女の顔が見えるのだが、どの顔も安らかそうな寝顔だった。
この状態で1万年は保たれると聞いて、西田は目を見張った。
西田の心を見抜いたのかオリが言った。
「ムック様や他のG星人の方々は、この冬眠カプセルで3万年間生き続けられています。
そして我々G星人の子孫も12000年前から冬眠していましたが、Z星人が地球からいなくなったので4千年前ころから、ひっそりと日本列島に住み、当時既に住んでいたZ星人の子孫と交配し子孫を増やしてきました。
Z星人の遺伝子など混ぜたくはなかったのですが、G星人の子孫同士での交配では遺伝子異常による奇形児が多かったのです。それで仕方なくZ星人とも交配せざるを得なかったのです。
しかしそれでも現在のG星人の子孫は、Z星人の子孫に比べてはるかに平和的で他人を思いやる心が強いのです。この心こそG星人の子孫の特徴です」
西田はこの話を聞いて強い感銘を受けた。そして自分の体内にもG星人の遺伝子がある事を誇らしく思った。
(何としてでもG星人の子孫を生き長らえさせたい、、、これは自分に与えられた使命かもしれない。すぐに行動を起こそう)
西田は影の総理の地下施設に帰り、すぐに手配した。
大蔵と篠崎は、G星人の地下施設を見たくて、オリやムック様と一緒に浮船で行くことにした。
賢治と山田は、日本に残って西田の手伝いをする事になった。
二人はその日から、冬眠カプセルの部品の図面を持って日本各地の工場を回った。
計画は急ピッチで進められた。
大蔵と篠崎はG星人の地下施設を見せてもらった後、千人の冬眠カプセルを降ろし、代わりに岩盤切断機や反重力装置を乗せ、オリたちと一緒に浮船でR国OLGA の東200キロの日本海海底から OLGA に向けて海底トンネルを掘り、OLGA のちょうど真下を突き抜けて10キロほど西の所にある標高700メートルほどの岩山の中に地下施設の建設を始めた。
なぜ日本海海底からトンネルを掘るのか、それは地下施設と浮船自体を隠すためと、ゲベルバル山の地下同様、この辺りは地球上で最も岩盤が硬いからでもあった。
しかしその硬い岩盤もレーザー光線の岩盤切断機なら、豆腐を包丁で切るように簡単に切る事ができた。しかも1キロメートルほど先まで切れる。大蔵も篠崎も肝をつぶした。
なるほどこれなら直径数キロメートルの古代巨木も根本付近で水平に切断できる。またこの機械の小型品でも石を自在に切れるなら、剃刀の刃も入らないほど隙間のない石材建築物が作れるわけだ。G星人の子孫が1万数千年前にエジプトや南米でこのような石材建築物を作れた理由が分かった。大蔵や篠崎は、G星人の機械にただただ驚嘆した。
しかし、このような機械があっても母星に帰る宇宙船は作れなかったのだ。
宇宙空間での宇宙線を遮蔽する金属が地球上では作れなかった。
アルファ星人のように肉体がなければ宇宙線の影響はないが、G星人は肉体に宇宙線が当たれば遺伝子を破壊され細胞死してしまう。
その上、アルファ星人のカプセルでは物質は運べない。
せめてG星がありG星人が居ればG星人の宇宙船で運べただろうが、G星もアルファ星も消滅させられている。つまり帰る母星すらないのだ。
それもこれもZ星人のせいだ。Z星人はなぜ地球の資源を奪い、G星もアルファ星も消滅させたのか。こんな卑劣な事をするZ星人とはいったいどんな生命体だったのか?。
実は、Z星人の正体を知るための良い教材がこの地球上に多数存在していたのだ。
『Z星人は自分に似せて現生人類を創った』と言われている。という事は、Z星人は現生人類と同じような者という事になる。現生人類を理解できればZ星人をも理解できるのだ。
現生人類の歴史を調べれば、一部の地域を除いて、現生人類が如何に戦争ばかりしてきたか、如何に他人を虐殺してきたかが分かる。
現生人類の中にも戦争を望まぬ人道的な人びとも居ただろう。しかしその人たちの割合は50パーセントに満たなかった。だから戦争になるのを止めることができなかったのだ。
現生人類の、少なくとも半数以上の人たちは戦争や他人の虐殺を望んだ。だから戦争ばかりの歴史になった。
現生人類がこのような有り様だという事は、現生人類を創ったZ星人もまた現生人類と同じように戦争を好み他人を虐殺するような星人だったと考えられる。
そればかりかZ星人が、G星人やアルファ星人に対して行ってきた3万年の歴史を知れば、Z星人の正体は一目瞭然だろう。
こんなZ星人が聖なる書物を作って、自身を崇めるように仕組んだところで誰が崇めるだろうか。
Z星人が聖なる書物の中で『終末』を載せて「私を神と崇める者は終末後に千年王国に行ける」としているが、受け取りようによっては「私を神と崇めよ、さもなくば地獄に落とす」と脅迫しているようにも取れる。
このようなZ星人とムック様とを比べればその違いは歴然としている。
ムック様は「私を崇めよ」とは決して言わなかった。ただただ子孫を慈しみ、子孫の安泰を願った。
そのようなムック様をG星人の子孫は神として崇めた、、、。
大蔵と篠崎は、アルファ星人によって地球の本当の歴史を知ることができ、そしてまた俗に神と呼ばれる存在についても知ることができた。
大蔵にとっては興味のない事だったが、篠崎にとっては(死ぬまでにどうしても知りたい)と思っていた事を知ることができ(もう人生に悔いはない、いつ死んでも良い)とさえ思うようになっていた。
やがて篠崎は、思念エネルギーだけの生命体アルファ星人に微かな興味を持つようになった。
アルファ星人は、そんな篠崎の心を既に理解していたが、何も告げなかった。
G星人たちと大蔵や篠崎が OLGA 近くの岩山の中に地下施設を建設し、西田たちが冬眠カプセルを作っているころ、R国による弱小国侵略制圧はほぼ終わり、残っている敵対国はハメリカそして日本だけだった。
C国はR国の同盟国として日本を牽制していたが、開戦に踏み込む勇気はなかった。
数年前の核武装宣言以来、日本の核兵器と、宇宙からのミサイル攻撃を恐れていたのだ。
R国からの再度の開戦要求にもかかわらずC国最高支配者は今なお決断を下せずにいた。
(開戦してすぐ、あのミサイルで原発を破壊されたら、広大な我が国といえど放射能汚染から免れられる地上地域はない、、、悪魔のようなあのミサイルを防ぐ方法はないのか、、、)とC国最高支配者は考えあぐねていた。その時、R国元首からホットライン電話がかかってきた。
「早く日本を制圧しろ」
「慌てるな、準備中だ」
「準備中、準備中ばかりだが、いつ開戦するのだ、まさか怖気づいたのではないだろうな」
「ふざけるな、日本なぞ三日で叩き潰してやる。それより本当に核を使っても良いんだな」
「かまわん、使え、貴国地下の我が国設計のシェルターは万全だ」
電話の後、C国最高支配者は決断した。
(一度に30発のICBMをおみまいしてやる。一度に30発なら、日本自慢の迎撃システムでも防ぎきれまい、報復攻撃も時間がかかるはずだ、、、だが、、、いつ攻撃するか、、、)
開戦を決断してもなお、いつ攻撃するかで迷っていた。
一方R国元首は、同盟国のデスラエルを侵略しても参戦しないハメリカと日本を恐れていた。
(この期に及んでも参戦しないのは、何かとてつもない兵器があるからだ、、、C国が攻撃してその報復にその兵器を使い、その兵器がどんな物かを知ってからでないと、うかつに攻撃できん)
R国元首はC国が攻撃するのを待ち望んでいた。
そのような世界情勢にもかかわらず能天気な日本は、今だに通常通りだった、否、多くの外国が戦争中で輸入物資が滞り、それを確保する為に商社や輸入業者はてんてこ舞いの忙しさ。
また、輸入できない物は国内で生産するしかなく、国内工場は様々な分野でフル操業。
日本はいま正に戦争特需で好景気だった。そして景気が良ければ国民はみな浮かれる。ウイルス感染が下火になった事もあって繫華街は賑わっていた。
だが、防衛省や自衛隊は既に1年以上、臨戦態勢が続いていた。
仮にC国がICBMを発射したら十数分で日本に着弾する。その間に迎撃しなければならない。
日本は従来の迎撃システムに加え、3年前から人工衛星から発射する新型ミサイルを装備していたが、秘密保持の為にまだ迎撃システムをテストしていなかった。
この新型ミサイルは、従来の地上や海上からよりも早く迎撃できるため、一番最初の迎撃システムとなる。
迎撃システムスタッフは、テストなしの一発勝負で対処せねばならず緊迫した状態だった。スタッフもまた、早くその時が来るのを待ち望んでいた。そして数ヶ月後その時がきた。
C国最高支配者が決断し、30発のICBMを同時に日本主要都市に向けて発射した。
直ちに日本の数機の人工衛星が捕捉し弾道計算をして新型ミサイルを発射した。そして上昇中のICBM29発を撃ち落とした。残り1発は新型ミサイル到着前に迷走墜落した。
新型ミサイルによる迎撃システムスタッフは大歓声をあげて喜んだ。
一方、C国最高支配者と、数十分後に報告を受けたR国元首は真っ青になった。
そればかりかC国は、迎撃されたICBMの破片が広範囲に落下し、放射能汚染をもろに被る事になった。
ICBM発射地点より東方向は、放射線量が危険領域の地域が多かったが、その地域内には多くの軍施設や軍飛行場があったためか、国民には知らされず立ち入り禁止処置はとられなかった。
ICBM 29発を迎撃したと報告を受けた薄雲総理大臣は、C国に対して直ちに宣戦布告した。
「宣戦布告もなくICBMを発射した貴国の行為は卑怯極まりない戦争犯罪だ。報復として貴国軍施設を攻撃する」と配信した後、全自衛隊に「核兵器以外のあらゆる兵器使用を認める。C国の主だった軍事施設を全て破壊せよ」と司令した。
その後10分も経たないうちに戦闘機が飛び立ち、戦艦等は主要ミサイル射程圏内に向けて移動した。
最新式軍備の日本軍の攻撃は凄まじかった。C国戦闘機がやっと数機飛び立ったころ、日本軍戦闘機は攻撃開始し、軍飛行場は数分で使用不可能になった。
飛び立ったC国戦闘機は、日本戦闘機に何度もロックオンされ、実力の差を思い知らされ戦意喪失したパイロットが脱出した後、撃ち落とされた。
また、軍港を出ていない戦艦等は応戦する間もなく戦闘機によって撃沈され、海上に出ていた空母等も、宣戦布告以前から魚雷射程圏内に潜んでいた潜水艦等によって撃沈された。
数百万人のC国陸軍は無傷だったが、日本領土に踏み込めなければ無意味な存在だった。
たった1日で通常兵器が戦闘不能になったC国軍は、核ミサイルを多用した。
日本は、衛星からのミサイルや地上海上からの迎撃ミサイルで応戦したが、やがてミサイルが底をつき、その後は数十発の核ミサイルが日本各都市上空で爆発し、壊滅的な状態になった。
戦艦や潜水艦は、C国の原発や巨大ダムを攻撃し、両国とも放射能汚染もあって地上は生存できなくなった。
この時になってR国元首は「C国の同盟国であるため、やむなく宣戦布告する」と配信した後、まだ破壊されていなかった日本の地方都市に向けた核ミサイル攻撃を開始した。
日本はまるで、核兵器の実験場となり破壊しつくされた。
放射能汚染も両国だけにとどまらず、数ヶ月後にはハメリカ大陸に達すると予想された。
日本という同盟国は滅ぼされたが、それでもハメリカはR国に宣戦布告しなかった。
首都圏の核シェルターに逃げ込んで何とか生き延びた薄雲総理は怒鳴った「ハメリカのクズ野郎め!」
地球上で今なお戦闘能力のある国は、ハメリカとR国のみとなった。しかしその両国も数ヶ月後には放射能汚染で戦闘不能になる可能性が高かった。
戦艦や潜水艦は軍の命令に従わず、食糧確保のため放射能汚染のない地域を目指した。
だが、例え食糧確保できたとしても数年、生き延びられる程度だろう。また、ハメリカやR国の地下施設で生活できたとしても数十年だろう。百年以内の人類絶滅は確実だった。
OLGA近くの地下施設で、篠崎は大蔵に言った。
「放射能汚染されていない、ここの空気もあと3日間ほどだとオリ君が言ってた。ワシたちも生き延びたければ冬眠カプセルに入るしかない、、、ここで冬眠カプセルに入っている人は約3千人。
冬眠カプセルは千個ほど残っているが、G星人の子孫を運びきれなかった。
浮船もゲベルバル山の地下施設に帰って行った、、、
この状態でも動けるのは、肉体がなく放射能汚染に影響されないアルファ星人だけだ」
「ここを出る時は海中を通らなければ、、、」と大蔵が興味なさそうに言った。
「彼らのカプセルは液体気体は通過できるそうだ。だから放射能汚染の少ない海中を通ってどこへでも行ける。まあ、これから核の冬が始まり、地上に生物は見られなくなるだろうがね、、、
そう言えば思い出した、君はムック様の歴史を聞いたかね」
「いえ、、、」
「ワシはオリ君を通して聞いたんだが、なかなか興味深くて、まあ、ワシと君とでは関心対象が違うが、ワシは夢中になって聞いたよ。しかし君にはあまり関心がないだろうから概略だけ話そう。
ムック様が生まれたG星は、あらゆる面で我々の社会を超えていたそうだ。
建造物は全てクリスタルで作られていて、強度は我々の作った高層建築物の数倍、耐用年数は数百倍だったそうで、数十万年前の建造物を住居として当時もずっと使っていたと言ってた。
エネルギー源は星の磁気エネルギーを電気に変えていて、危険な原子力など一切使われていなかったそうだ。
人びとは争った事がなく、動植物でさえ共存共栄する事ができていた。特に高等動物とは、仕草や行動パターンから動物の意思を理解するコンピュータープログラムが開発されていて、大まかな意思疎通が可能だった。だからそのような動物とは家族同然に一緒に生活していた。
教育は、学校等はなく、寝ている間に頭脳の記憶分野に伝達物質を注入する方法で記憶され、全てのG星人が、G星で知られている全ての知識を記憶していた。
そんな中で各個人で興味のある事を研究でき、ケイ素系鉱物に関心があったムック様は、鉱物研究員として地球に派遣されてきたそうだ。
今から約3万年前に地球に来て、ゲベルバル山の地下施設から更に数千メートル深くのクリスタル鉱脈内でクリスタルの液体化の研究をしていた。
研究好きのムック様は全く地上に出ず、寝食の時以外は地下施設にさえ戻らなかった。
地下施設は直径数百メートル高さ50メートルほどのドームに、生活空間や反重力装置等の機材、地上との移動用の浮船等が置かれていた。
地上で暮らしている多くのG星人のための施設や食糧倉庫、母星への恒星間宇宙船、そしてそれらのエネルギー貯蔵庫等は全て地上にあったが、3万年前Z星人による核攻撃により全て破壊された。
地下施設に居て異変に気づいたG星人が浮船で入口に行くと、入口は瓦礫で塞がっていた。
地下施設に引き返し反重力装置や鉱石切断機等を持って、他のG星人と再び入口に行って瓦礫を除去すると同時に熱風と放射能汚染物質が入り込んできた。仕方なく、近くにあった岩山を切断し反重力装置で移動させ入口を塞いだ。
その後ムック様を含め全員が地下施設に集まり話し合った。
総勢26名、しかし入口で放射能汚染物質を吸った4人は数日後に死亡した。地下施設の応急処置用医療用品等では急性放射線症までは治療できなかったのだ。
残された22人は、とにかく地上の様子を知りたかったが、入口を塞いだ岩山を少し浮かせただけで高濃度汚染物資が入り込んできた数か月間はどうすることもできなかった。
仕方なく入口脇に地上まで貫通する小さな穴をあけ、その穴に放射能測定器を通して地上の状態をしらべた。当時の地上はG星人なら数分で死亡する放射線量だった。
地下施設内に酸素発生器があったのが不幸中の幸いだっが、やがて22人は食糧危機に直面した。いつ地上に出れるかも分からない状態で、食糧だけは確実に減ってゆく。
22人は各自の睡眠設備を改良して冬眠カプセルを作った。
それで眠り、1ヶ月に1回一人だけ起きて入口に行き放射線量を調べて、地上に出れるほど線量が下がれば全員を起こすという事になった。
数か月間そうしていたが、線量は全く下がりそうになく、1ヶ月に1回を1年に1回に変えた。
だが100年経っても下がらず、100年に1回に変えた。そうしてほぼ1万年経ってやっと線量が下がり彼らは浮船で地上に出た。
地上は酸素濃度が30パーセントあったのが20パーセントになっていて、この濃度では身体が慣れるまで酸素マスクが要りそうだった。
また景色も一変していた。
1万年前はまるでジャングルのように巨木や様々な植物に覆われていたが、今は巨木も一本も見当たらず、見渡す限り砂漠になっていた。
G星人が数万人住んでいた住居等も破壊されたのか、どこにもなかった。わずかに宮殿入口のシンボルだったスフィンクスの頭だけが砂の上に出ていた。
彼らは浮船を上昇させ広範囲を見回した。地形も1万年前と随分違っていて海が見当たらず、砂漠と岩山ばかりで荒涼としていた。それでもかなり遠くに緑が見え、歓喜して近づいて行った。
緑に近づいてみると大河の両脇に沿って1万年前には見たこともない植物が茂り、見たこともない動物が走り回っていた。
また川辺には知らない植物が、小さな実を鈴なりに点けて群生していて、その実を鳥の大群がついばんでいた。
鳥がついばんでいた実は恐らくG星人も食べられるだろう。食糧確保は何とかなりそうだ。
その実をすぐに調べたいところだったが、今は一刻も早く仲間が存在しているかどうかを知りたかったので、赤道に沿って地球を一周することにした。
赤道付近まで南下するとジャングルだったが、どの植物も1万年前とは違っていた。様々な形の動物も見え、大群で移動している物もあった。しかし動物も植物も1万年前とは明らかに違っていた。
先ず赤道一周しながら仲間のG星人を探す事にして、100メートルほど上空を飛びながら地上を調べると同時に何度も救難信号を発信した。しかし返信はなかった。
地球を一周したが結局G星人は見つからず、それどころか人工物らしい物すら発見できなかった。
海中も探した。しかし、1万年前よりも海面が数百メートル低い事が分かっただけで、海中海底にも人工物は見つからなかった。
赤道を一周すると今度は南北方向に一周した。驚いた事に北極南極の氷の範囲が1万年前よりも数倍広くなっていた。恐らく核の冬のせいで地球全体の気温が下がったのだろう。
数日仲間を探し救難信号も発信し続けたが、G星人を発見できず、返信もなかった。
G星人は微かな望みを持ってスフィンクスの所へ行き、周りの砂を掘り起こした。しかし神殿も住居も、そして向かい合って作られていたスフィンクスの片側も跡形もなく破壊されていた。スフィンクスの片側だけが無傷なのが不思議だったが、今はその事について考える精神的余裕はなかった。
G星人は絶望した。地球上には我々22人しかいないという現実を受け入れるしかないと悟った。
G星人22人は浮船の中で話し合った。
早急にやるべき事は母星に救難信号を送る事だが、地下施設や浮船の送信機では全く届かない。
しかし、大出力の送信機を作りたくても材料がなかった。地下施設にある物と言えばレーザー光線切断機と反重力装置と冬眠カプセルキットくらいの物しかない。浮船の中には電気配線修理工具くらいだ。こんな機械だけで大出力送信機を作れるわけがない。
しかしその時、ムックはふと地球の磁気エネルギーを使って送信できないかと考えた。だが自信がなかったので誰にも言わず、後日クリスタルを加工して実験することにした。
送信機も必要だが、とにかく22人は生きて行かなければならず、そのためには食糧を手に入れなければならなかった。また、地球で生き長らえるのであれば子孫を残す事も考える必要があった。
22人はみな男性だった。子孫を残す為には地球の動物と交配しなければならない。
翌日から食糧確保と動物捕獲を始めた。
幸いなことに多くの植物が粉末加工等をすれば食べれた。動物の肉も美味な物が多かった。食糧確保のメドはたった。
だが、交配は難しかった。人工授精や遺伝子操作の知識はあったが、操作するための道具類がなかった。それでも、G星人の倍ほど大きい動物なら、動物の卵子を取り出しG星人の精子を加えて無菌パックの中で授精させ、動物の子宮に戻して着床させることができた。
着床させることができたが、しかし種が違うせいか受精卵が細胞分裂を始めると死んでしまった。やはり種が違う交配は無理なのかと思ったが、他に子孫を残す方法がない。
G星人は必死になって考え、何度も失敗しながらも2年後に初めて出産に成功した。
だが生まれたのは、上半身はG星人と同じだが下半身は動物だった。
こんな身体で無事生きられるか、生きられても苦しむだけではないか。生きれば生きるほど苦しむ時間が続くだけではないかとG星人は考え悩んだ。しかしG星人は生まれた子を殺せなかった。
半人半獣の子どもはG星人の心配をよそにすくすくと成長した。
G星人と同じ言葉を話し、同じくらい知能も高かった。しかも母親である動物の能力も兼ね備えていた。そして母親とも意思疎通ができた。
そのような我が子を、最初は疎ましく思っていたG星人だったが、次第に情が移り数年経つと愛おしくてならなくなった。
10年後には、そのような半人半獣の子どもが100人を超えた。
中には上半身が動物で下半身がG星人と同じ身体の子も産まれた。だが、そのような子も知能はG星人と同じだったし、言葉は話せなかったがG星人の言う事は理解できていた。
G星人は考えた、せめて自分たちと同じ体型の類人猿と交配できたらと。
G星人は類人猿を探し求めた。地球上のほぼ全域を探し、数ヶ月後やっと見つけた。
そして数年後、G星人によく似た体型と顔だちの子が生まれた。G星人は狂喜した。
100年後には半人半獣の子どもよりもG星人似の子どもの方が多くなった。
しかし、半人半獣の子どもと喧嘩することもなく、みな仲良く平和に暮らした。
寿命についても、冬眠カプセルを使えば半永久的に生きられたが、それを使わなくても子どもたちの寿命は500歳は生きられた。生殖能力期間も300歳くらいまで可能で、子や孫はどんどん増えていき、千年経つころには数万人のG星人の子孫ができていた。
彼らは、環境の良い地域に都市を築いて農耕や牧畜等をし、ますます繁栄していった。
半人半獣の子孫もG星人似の子孫も、分け隔てなく争う事もなく平和に暮らした。
千年ほど経ったころ、ムックはG星人全員に石材を使ってピラミッドを作る事を提案した。
クリスタルで作った高さ1メートルほどのピラミッドを東西南北に合わせて設置し、ピラミッド先端から電磁波を放射する実験結果を説明した。
その上で、高さ数百メートルのピラミッドを作りこの原理を使えば、母星まで届く電磁波を放射でき、救難信号を送れる。幸いな事に我々にはレーザー光線の岩盤切断機も反重力装置もある。数万人の子孫も居る。ピラミッド建設は可能だと力説した。
やがてG星人全員が賛成し子孫に協力を求めると、子孫も喜んで協力してくれた。
スフィンクスの近くでピラミッド建設が始まった。
小高い岩盤の丘を岩盤切断機で水平に切り、正方形に切り出した石材を東西南北に合わせて並べて積み重ねていき、最後にペースト状にしたクリスタルを塗り、乾いた後で研磨すると、鏡のような反射率のピラミッドが数年で完成した。
そのようなピラミッドを、母星のあるオリオン座三ツ星に合わせて3基造り、電磁波を発射した。
計算上は、母星まで電磁波が届いているはずだったが、しかし1年経っても2年経っても母星からの反応はなかった。
母星から返信電磁波が発射されたなら浮船内の受信機でも受信可能なはずだったが、10年経っても返信はなかった。
ピラミッドから本当に電磁波が発射されたのか、ムックは次第に不安になってきた。
とは言っても、浮船でピラミッド上空近くに行けば、もの凄いエネルギーの電磁波を浮船内の受信機でも受信でき、間違いなく電磁波放射している事が確認できたし、その強度を計算すれば母星まで十分に届いているはずなのだ。
だが、母星からの返信はなかった。
他のG星人はみなムックを慰めてくれたが、ピラミッドの事は次第に忘れられていった。
数千年後、人口が増えたこともあり、遠方の土地に移り住む子孫が増えた。
移り住んだ子孫たちは、その地域に適した都市を造り、それぞれに特長のある文化が生まれた。
中には、島を中心に円形に運河と埋め立て地を交互に造り、素晴らし円形状の都市を造り、不思議な金属さえも開発して大発展した子孫たちもいた。そして彼らはその都市をアトランと呼び、G星人を生き神様と崇めた。
また、アトランのちょうど地球の反対側には、群集した島々で高度な文明を築き、地球上で最も人口の多い地域となり、その地域の事を彼らはムーヴと呼び、ここでもG星人を生き神様と崇めた。
その、神と崇められたG星人は、子孫たちをこよなく愛した。そして自分たちの持つている知識も技術も文化も全て子孫たちに教えた。
だがG星人は他と争った事がなく、敵を倒す武器を作った事もなかった。そしてその事が数千年後、子孫たちに死を招くことになろうとは、G星人も子孫たちも夢にも思わなかった。
G星人が地下施設から地上に出て暮らし始めてから約8千年後、つまり現代からは12000年前、突然Z星人の乗った宇宙戦艦が地球に飛来した。
Z星人は3万年前、地球の巨木を奪った後、住んでいたG星人もろとも地上を核兵器で破壊しつくし母星に帰っていたのだが、当然G星と戦争になった。
しかし武器を持っていないG星人を短期間で絶滅させG星自体をも爆破した。仲裁にきたアルファ星人も殺しアルファ星も破壊した。
地球から奪った巨木やG星アルファ星から奪った機器等を基にして大発展したZ星人は、2万年も経たないうちにZ星人同士で戦争になり、負けたZ星人はZ星を追い出されて宇宙をさまよっていた。
そしてたまたま通りかかった太陽系付近で地球から電磁波が発射されていたのに気づき、不思議に思つて地球に来たのだった。
Z星人は、自分たちの先祖による核攻撃で死の星と化していると思っていた地球に、動植物が繫殖し、類人猿が文明をも築いている事を知って驚いた。
しかも、類人猿の文明は、自分たちの先祖が滅ぼしたG星人の文明とよく似ていた。
Z星人は、類人猿を拉致して拷問し、文明の基を築いたのはG星人であり現在は神と崇めているという事を聞き出した。
(何という事だ、先祖の記録にあった、あの最終的な核攻撃を生き延びたG星人が居た。しかもG星人は類人猿を使って都市を建設し、神と崇められている、、、
我々がG星とG星人を滅ぼした事を知っている者が地球に存在している、、、
生き証人は抹殺するのがZ星人の掟だ、、、
この星のG星人を皆殺しにするには、、、類人猿を人質にしておびき寄せるか、、、)
Z星人は、類人猿を縛ったまま戦闘機に乗せ都市の半分を爆撃破壊するところを見せてから言った「お前たちの生き神を三日以内に全員来させろ、来なければ残り半分も破壊する」
類人猿は地上に降ろされ解放された後、神主の所へ行きZ星人に言われた事を伝えた。
神主はその都市の主だった者を集め相談した。
当時G星人は大きな都市に一人ずつ住んで、子孫たちの相談にのったり知識や技術を教えたりしていたが、この都市のG星人は先の爆撃で死んでいた。
都市が爆撃された事やG星人が死んだ事等はすぐに隣の都市に伝えられていたが、Z星人の要求はまだ伝えられていなかった。
隣の都市に伝えるのも馬のような動物に乗って行っても三日かかる。どっちみちZ星人の要求には応じられなかった。
神主は皆をすぐに隣の都市に逃げるように伝えた。防戦する術も知らない子孫たちは逃げるしか方法がなかったのだ。
三日後、無人の都市は破壊され隣の都市も半分破壊された。
その都市のG星人は子孫の制止を振り切って建物の屋上に上がり、戦闘機に向かって手を振った。戦闘機が着陸するとG星人はその前に歩み出た。すぐに子孫たちが取り囲んだ。
戦闘機から銃を構えて出てきたZ星人は、取り囲んでいた子孫たちを次々と射殺しながら近づいてきた。
G星人は子孫たちに離れるように言い、一人でZ星人の前に立って言った。
「あなたの望みは何だ、なぜ我々を殺すのだ」
「ふ、この星は我らZ星人のものだ。お前たちは要らない。生きたいなら我らの奴隷になれ」
G星人は顔色を変え少し考えて言った「1週間待ってください、仲間と相談します」
戦闘機が去った後、G星人は緊急連絡用の狼煙を上げさせた。この狼煙を見た遠くの町でも直ちに狼煙を上げ、その狼煙を見た遠くの町もまた、直ちに狼煙を上げる。そうやって順次この狼煙を上げれば地球の反対側からでも数時間でG星人が冬眠している地下施設に伝わる。
地下施設からすぐに浮船が来た。浮船に乗れるだけ子孫たちを乗せ地下施設に帰ると、G星人は冬眠中のG星人を起こして相談した。
その結果、一人でも多くの子孫を地下施設に避難させるしか術がなかった。
地下施設が子孫たちでいっぱいになると泣きながら入口を岩山で塞いだ。
数百万人の子孫全てを守る術はなかったのだ。
1週間が経ち、戦闘機が来てZ星人が見たものは、自殺した子孫たちの亡がらだった。
子孫たちは奴隷になるよりも死を選んだのだ。
腹を立てたZ星人はその都市を破壊して戦艦に帰って艦長に報告した。
艦長は少し考えてから命令した「全ての都市を破壊しろ」
その時、副艦長のヤベが言った。
「破壊するより極地の氷を溶かして水没させた方が手っ取り早いでしょう。水爆2発でできます」
ヤベの案はすぐに採用され、北極南極上空の1万度の熱線が一瞬で氷を溶かした。
高さ100メートルの大津波が南北から海を進んだ。
アトランやムーヴ等の海の近くの多くの都市が一日も経たないうちに水没した。
その事を報告したヤベに艦長は言った。
「副艦長は切れ者だ、褒美にこの星をくれてやる、この星を治めろ」
切れ者のヤベを疎ましく思っていた艦長は、ヤベに有無を言わせず小型護衛艦1隻を与えて地球を去っていった。
護衛艦には火星に行けるだけの燃料さえ残っていなかった上に食糧もわずかだった。
ヤベは地団駄踏んで悔しがったがどうにもならない。艇の良い戦艦外追放は明らかだった。
仕方なくヤベは山間の小さな村の近くに着陸し、数日呆然と過ごしていたが、食糧がなくなったので村に行った。村民はみな自殺していて腐臭が漂い始めていた。
一軒目の家のドアを開けると同時にものすごい腐臭がして吐き気がした。
ヤベは堪らず護衛艦に引き返して防毒マスクをつけて家の中に入った。
ベッドの上に両親と幼い子の腐敗した亡がらがあった。ヤベは顔を背け食糧を探した。
台所に穀物の粉末があった。調理器具を見ると、その粉末を水を入れてコネて焼いたのが分かりヤベはやってみた。そして焼き上がつた物を野外で防毒マスクを外すして食べてみた。
うまかった。食べた後で他の家にも入って探した。主食なのかどの家にもその粉末があった。
また家の近くには色々な植物があり実を点けていた。柔らかい実をとって食べてみた。これもうまかった。ヤベは思った(食糧は十分にある、この星でも生きていける、、、)
数週間後その村の食糧を食べ尽くすと隣の村に行った。
隣の村も同じ有り様だったが、その時ふと気づいた。
どの家の寝室にもG星人の肖像画が飾られていた。思い返せば前の村にも飾られていたようだ。
ヤベはしばらく眺めた後で忌々し気に剝ぎ取り踏みつけた。
その肖像画はどの家にもあった、隣村にもその隣村にもあった。
だが、数十キロ離れた盆地にある町の民家は別のG星人の肖像画が飾られていた。
(なぜ別のG星人の肖像画が、、、けっ、どうでもいいか)
ヤベは数軒の民家に入って食糧を取り出したが、その近くに商店があるのを見つけ、入ってみると色々な食品や日用品があった。
それに今気づいたがこの町の民家には死体がなく腐臭がしない。
ヤベは思った(いっそのこと、この町に住むか)
ヤベは食糧を集めるのを止めて、町の中心部に歩いて行った。
中心部には一目で学校だと分かる2階建ての建物があった。
建物に入ってすぐの所は倉庫のようで、文字が刻まれた薄い粘土板が何百枚と置いてあった。
その奥の部屋には、G星人の肖像画が飾られ、その下には布にくるまれた焼入れされた粘土板あった。
ヤベはちょっと興味がわき、その粘土板を護衛艦に持って帰って解読装置に入れた。
それはG星人の文字であり簡単に解読できたので暇つぶしに読んでみた。
内容は、G星人が地下施設で生き延びた後の記録だった。特に動物や類人猿との交配について詳しく刻まれていた。
(交配か、、、この星にもし知的生命体が我一人だったら、、、)ヤベは、ふとそう考えると急に寂寥感に襲われた。
(本当に一人だけなのか調べるべきだ)
ヤベは誰かに強要されたかのように急いで護衛艦を発進させた。
数百メートル上空を護衛艦で進みながらヤベは町や村を見て回った。所々で動物を見つけたが、しかし類人猿や知的生命体を見つける事はできなかった。
ヤベは、来る日も来る日も知的生命体を探した。しかし地球を縦に一周しても横に一周しても知的生命体どころか類人猿さえも見つけられなかった。
ヤベの心の中に焦燥感がこみ上げてきた。
「この星に知的生命体は我一人なのか」とヤベは思わず叫んでいたが、その声には絶望感が溢れていた。
ヤベは探し回るのが虚しくなり、粘土板を見つけた町に帰って呆然と数日を過ごした。
やがてヤベは、もう一度粘土板を読み返した。
最後まで読むと続きがある事に気づき、続きの粘土板を持ってきて読んだ。
何枚も読むにつれヤベは、G星人が子孫を残すために膨大な苦労をした事が分かった。
(、、、その子孫たちを我らは、、、それにしてもG星人の子孫たちはなぜ死を選んだのか、、、
なぜ、奴隷になっても生きたいと思わなかったのか、、命に対する考え方が我らとは違うのか、、、)
その事がヤベにはいくら考えても解らなかった。分からない事は後回しにしてヤベは、動物との交配を実験することにした。
粘土板に刻まれていたG星人のやり方をまねることにし、山羊のような雌動物を捕まえてきて護衛艦内で飼育し、排卵が始まると取り出して無菌パックで自分の精液を混ぜ受精卵にして着床させた。数ヶ月後に産まれたのはG星人の初回と同じように半人半獣の子どもだった。
G星人同様にヤベもその子を慈愛深く育てた。と同時に他の動物とも交配した。
5年も経つと数十人の半人半獣の子どもができた。
ヤベはその子たちと一緒に町で暮らし始めた。そして暇ができると動物を捕まえに行った。
ある時、上半身が狼のようで、下半身がG星人のような動物を捕まえた。
(この動物はG星人が作り出した者の子孫だろうか?、、、もしかした我らやG星人と同じ体型の子が産まれるかも知れない)ヤベはその願いを込めて交配した。
そしてヤベの願い通りに自分に似た子が産まれた。ヤベは狂喜し、その動物との交配を繰り返した。数年後には自分に似た子が数十人になつた。
その子たちが大きくなるにつれてヤベはその子たちを溺愛し、先に生まれていた半人半獣の子どもたちを疎ましく思うようになった。
ある日ヤベは、半人半獣の子どもを町から追い出した。しかし、すぐに帰ってきた。
さすがに殺すことはできなかったヤベは、自分に似た子たちだけを連れて護衛艦で遠くの町に引っ越した。その町も無人で類人猿の死体もなかった。ヤベは、その町で子を育てた。
やがて子は大人になり、子同士で結婚し更に子孫を増やしていった。
そんなある日、孫が「変な洞窟がある」と言ってきた。
ヤベは数人の大人たちと一緒にその洞窟に行った。洞窟は岩山の中腹にあり、中側から石と泥で塞がれているのが一目で分かった。ヤベは嫌な予感がし、その予感は的中した。
ヤベは大人たちと一緒に木の棒で塞がれている所を押した。小さな穴が開いた瞬間にヒューと音がして空気が吸い込まれた。
ヤベたちは更に突き崩して穴を広げた。大人が入れるくらいになると一人が入ろうと頭を突っ込んでそのまま倒れた。他の者ですぐに引き出しヤベが人工呼吸をして何とか息を吹き返した。
ヤベは、走るのが早い大人に、護衛艦にライトと酸素マスクを取りに行かせた。
大人が帰ってくると、ヤベは酸素マスクをつけライトを照らして洞窟の中に入っていった。
数メートル入ると直径数十メートルの広場があり、広場の真ん中に山のように積み上げた枯草が燃やされた跡があった。
そして脇に燃えカスの松明を握りしめたG星人の死体があり、そのG星人の周りには、足の踏み場もないほど密集して倒れている類人猿数百人の死体があった。
ヤベはそれを見て、町に類人猿の死体がない理由を知った。
(洞窟の入口を塞ぎここで枯草を燃やせば、酸欠で一瞬で死ねる、、、
G星人は苦しまずに死ねる方法で類人猿と共に逝ったのだろう、、、
町はどの家も掃除してあった、、、
恐らく、愛する街を汚したくないという気持ちもあったに違いない、、、それほどまでして、、、
我らの奴隷になって生きることが、それほど嫌だったのか、、、
死よりも、奴隷になる事の方が、それほど辛いことだったのか、、、
G星人や類人猿は我たちの奴隷になるよりも死を選んだ、、、
生きることは全てに優先する事ではないのか、、、
何故G星人や類人猿は奴隷になってでも生きようとしなかったのか、、、)
そう考えた時、ヤベの心の中を冷たい木枯らしが吹き抜けていった。
いくら考えてもG星人や類人猿の精神性を理解できなかったが、それでもヤベは心を打たれた。
Z星人の常識では決して計り知れない心を持った生命体がこの星に居た事をいま初めて知った。
ヤベは崩れるようにその場に座った。
(高尚な心、、、潔い心、、、否、どんな言葉でも言い表せない、、、何という奴らだ、、、
Z星には、奴らのような人間は一人もいない、、、)
ヤベはよろよろと洞窟から出ると、大人たちに洞窟入口を塞がせてから言った。
「ここは汚れた場所だ、今後誰も近づいてはならない」
町に帰った後ヤベは、大人になった我が子たちに言った。
「我はしばらく一人で過ごす。お前たちも、聖なる書物の教えを守ってお前たちだけで暮らしてみなさい」
ヤベは護衛艦に乗り海底に行って停め、冬眠カプセルに入り、千年後に目覚めるようセットして眠りについた。
「それ以降の事は、現生人類に与えられた聖なる書物に書かれてある通りなのだが、ヤベが怒って大洪水を起こした後から、G星人の子孫たちがこっそりと日本で暮らすようになった。
そして幸いな事に、外見が似ていたせいかヤベはその事に気づかなかった。
G星人の子孫は日本で仕方なくヤベの子孫とも結婚したが、G星人の遺伝子を今なお受け継いでいる。
今回の戦争でヤベの子孫が根絶やしになれば、放射能汚染が消えた後の地球はG星人の子孫だけになる。恐らく平和な星になるだろう。それを見れると思うとワシは嬉しくて仕方がない」
それで篠崎の長い長い話は終わった。
大蔵はあまり関心もなく聞いていたが、一つ疑問に思うことがありそれを聞いた。
「Z星人の話はどうして分かったんですか、G星人や子孫が聞いたわけではないでしょう」
「その通りだ、G星人が聞いたのではない、、、
種を明かせば、ヤベが子孫に聞かせ子孫が書き残していた物があったんだよ。もう一つの聖なる書物としてね。
それを2000年以上続く秘密結社の人間が密かに受け継いでいた。
そしてその人間の記憶をアルファ星人が探って教えてくれたんだよ。アルファ星人は地下宮殿に閉じ込められていた3万年間の出来事の全てを知りたかったそうでね。
まあ、G星人の話とアルファ星人の話をつなげたのはワシだがね。しかし話の流れは繋がっていると思うよ」
その時、二人の頭の中で声が聞こえた「、、篠崎さんの話は正しいです、よくまとまっています、、」
いつの間に来たのか、向かい合って座っている二人の横にアルファ星人のカプセルが浮かんでいた。
「、、篠崎さんのお話に少しだけ補足します、、Z星人ヤベはG星人をまねて子孫を創りました、、
そのせいかZ星人の子孫とG星人の子孫は外見上よく似ています、、しかし、Z星人の子孫とG星人の子孫には心の面で明確な違いがあります、、
約2万年前G星人に創られた子孫は、その後8000年間一度も戦争をした事がないのに対して、12000年前に創り出されたZ星人の子孫は、同じ子孫同士で戦争ばかりしてきました、、
彼らに与えられた聖なる書物を読めばその、戦争の歴史とさえ言える12000年間がよく解ります、、彼らは過去に兄弟同士でさえ殺し合ったのです、、そのような子孫に腹を立てたZ星人ヤベは、正直者ノロ含め8人以外の子孫を大洪水を起こして絶滅させました、、
しかしその、正直者ノロの子孫でさえ、聖なる書物の教えに従わず戦争して殺し合ったのです、、
、、こんな残酷な生き物は宇宙の中でも他にありません、、彼らは宇宙に存在するべきでない、、
ヤベの子孫である現生人類の12000年の歴史を調べれば、彼らの残虐性が理解できますが、言い換えるなら彼らを知れば、彼らを創ったZ星人ヤベの正体も知ることができるのです、、
つまり子孫が残虐ならその子孫を自らの遺伝子を使って創り出したZ星人ヤベもまた残虐極まりない生き物だったと言えるのです、、
そんなヤベが聖なる書物に『私を神と崇める者は千年王国へ行き、崇めない者は地獄に落とす』と書き残したのです、、
しかし既に地上に生きている人間の姿はありませんし、恐らく1万年間ほどは、人間は地上で暮らせないでしょう、、ヤベは、いつ何処に千年王国を作ると言うのでしょうか、、
聖なる書物の中には『私を神と崇めた者は死者の中からでも蘇らせて千年王国に住まわせる』とも書かれているようですが、これは我々と同じように思念だけの生命体として千年王国に住まわせるということではないかと思います、、
、、もし、そうであったら我々は嬉しいです、、
、、この星の地下に閉じ込められ数万年生きてきた我々の思念エネルギーは強力です、、
千年王国の思念エネルギーなど簡単に消滅させられますし、母星を消滅させられた我々にはZ星人ヤベとその子孫を消滅させる権利があります、、
我々は、この星にヤベが現れ千年王国を作るのを待っています、しかし、今のところヤベの護衛艦は見当たりません、、月の裏側にでも潜んでいるのでしょうか、、
、、補足が長くなりました、、お二人はそろそろ冬眠カプセルでおやすみなさい、、
冬眠カプセルは千年に一度お目覚めになるようセットされています、、お目覚めになれば我々を思い出してください、、そうすれば我々も目覚めます、、千年後に再会しましょう、、」
そう聞こえた後カプセルは見えなくなった。
大蔵と篠崎も「千年後に」と言い合ってから冬眠カプセルに入った。
新世界
** 幸せな時には幸せがわからない、過ぎ去ってから「ああ、あの時が一番幸せだったんだ」と気づく、しかしその時は既に幸せは彼方へ去っている。幸せは決して呼び戻せない。
しかし人間には今一度、幸せを産み出す機会が与えられている。それが人類最後の希望だ **
地球はもともとG星人の所有物だった。
G星人は地球でケイ素系巨木を栽培し、その巨木を母星でシリコン等に変えて使っていた。
しかし3万年前、Z星人に戦争を仕掛けられ、地球は核兵器攻撃で死の星にさせられ、母星はG星人もろとも消滅させられた。
地球の地下で生き延びた数十人のG星人は、放射能汚染が消えた2万年前ころから地上に出て、動物や類人猿と交配し、子孫を増やしながら約8千年間平和に暮らしていた。
だが、12000年前に再び飛来したZ星人によって、死を選ばざるを得な状況に追い詰められたG星人とその子孫たちは、ゲベルバル山の地下施設の数千人の子孫に子孫存続を託して死に絶えた。
地下施設の子孫たちは冬眠カプセルで生き続け、千年に一度こっそりと地上に出てZ星人ヤベの子孫の中に紛れ込み、ヤベやその子孫たちの状況を調べてG星人に報告していた。
そして約4500年前ヤベが、ア夫婦と3人の息子夫婦以外の現生人類を大洪水で滅ぼし地球から去った後、G星人の子孫たちは密かに日本で暮らし始めた。
G星人の子孫たちとZ星人ヤベの子孫は外見上はよく似ていて見分けがつかなかった。
しかしヤベの子孫たちは、ヤベの意にそぐわない者の方が多く、相変わらず争い合っていた。
ヤベはやむなく、自分自身の思念エネルギーを込めた子孫の一人を、我が一人子として人類に遣わした。
その子が「ヤベを崇めれば千年王国に行き、それ以外の者は地獄に落ちる」という最後の教えを残し、地上での役目を終えてヤベの元へ帰った後、現生人類は文明を発展させていったが、その子の教えに従わない者が増え、現生人類同士で何度も大戦争をするようになった。
愚かなヤベの子孫たちが、数千発の核爆弾で地球を死の星に変えてしまった後、1年が経った。
ハメリカやR国、C国の地下シェルターで生き延びているヤベの子孫は、わずか数万人。
しかしその数万人もシェルター内で、食糧を奪い合ったりして争っていた。
そのような地下シェルターに、ヤベは一人子に宇宙服を着せて行かせた。
「シェルター大統領、シェルター入口に人間らしきものが立っています」
「なに、人間らしきものが立っているだと、、、人間なら数分で死ぬほどの高濃度放射能汚染されたシェルター外に人が居られるはずがない、何かの見間違いだろう」
「しかし、このモニターを見てください。人間らしきものが立って扉を開けるよう合図しています」
シェルター大統領は送信されたモニター映像を見た。確かに人間らしきものが扉を開けるよう合図している。
シェルター大統領はしばらく考えてから言った。
「外部スピーカーで、10秒だけ扉を開けるから入って来い、と言え」
人間らしきものが入って来て宇宙服を脱ぐと、すぐに数人の兵士が銃を構えて取り囲んだ。
その兵士たちに「私は神の子、クリス」と言って手をかざすと兵士たちは銃を捨てて跪いた。そしてクリスが歩き始めると後に続いた。
案内人も必要とせずクリスがシェルター大統領の前に立ち手をかざすと、大統領も跪いた。
クリスは大統領に厳かな声で言った「シェルター内の全ての人々を集めなさい」
全ての人々が集まると、クリスはその前に立ち手をかざした。すると数千人が力が抜けたように倒れ安らかな寝息をたてはじめた。その他の者は立ったまま動けなくなった。
クリスは宇宙服を着、シェルターの扉を開けっぱなしにして出ていった。
クリスは、他のシェルターでも同じ事をした。
そして最後のシェルターで宇宙服を着ようとした時、目の前にカプセルが現れ、クリスの頭の中で激昂した思念エネルギーが爆発した。
クリスはその場に倒れた。
アルファ星人はクリスが集めた思念エネルギーを全て消滅させ、宇宙服を着たクリスと一緒に、ヤベの居る護衛艦内に入って行った。
まるで夢遊病者のようなクリスが前に立つとヤベが言った。
「ご苦労だった、、、これで聖なる書物に書いた事は全て成就した、、、あとは母星から誰かが来るまで眠り続けよう、、、ん、、、どうした、、、」
アルファ星人に操られているクリスはヤベに言った。
「他人を思いやる心は全宇宙で最も大切な真理です。この心を持たずして真の幸福はあり得ません。千年王国で何百年生きたところで、それが本当の幸福と言えるでしょうか」
いきなりクリスからそれを聞いてヤベは激怒し、クリスを消滅させようと考えたが、その時ふと虚しさが津波のようにヤベの心に覆いかぶさってきた。
そしてその後、奴隷になるよりも死を選んだG星人やその子孫たちが、寂しげにオリオン座を見上げている情景が思い浮かんだ。
ヤベは後悔の念に襲われた。
ヤベはよろよろと椅子から立ち上がり力なく言った。
「血筋は争えんものよ、、、我の子孫は互いに殺し合い滅びてしまった、、、
我のやってきたことは全て間違っていたのか、、、
G星人こそ真の神だったのか、、、あんな類人猿が崇めるG星人が真の神だったと言うのか、、、」
ヤベはその場に跪いて手を合わせた。
その時、頭の中で思念エネルギーが爆発し、ヤベは倒れた。
クリスが護衛艦の出口を開けるとカプセルは音もなく出てきて護衛艦から離れた。
護衛艦は出口を開けたまま高濃度放射能汚染の空気に晒され続けた。そして内部から汚染され腐食し、数百年後には鉄くずになった。
カプセルは、大蔵たちが眠っている冬眠カプセルの上空に帰ってくると、愛おしそうにゆっくりと周回した後、大蔵の夢の中にささやいた。
「、、この地球は、G星人とあなたたちのもの、、二度と誰にも支配させない、、我々が必ず守ってあげます、、放射能汚染が消えるまで、ゆっくりおやすみなさい、、
、、カプセル内の我々6000人は、もう帰る星はありません、、
、、あなたたちと共にこの星で暮らしたい、、
そして、この星を第二の母星にしたい、、これが我々6000人の願い、、」
その後カプセルも、全てのエネルギー放出を止め眠りについた。
数万年後、放射能汚染がなくなった地球は、G星人とその子孫たち、そして肉体のないアルファ星人によって、宇宙一平和な楽園になった。異星人はこの地球を「エデンの星」と呼んだ。
** 星空を見上げオリオン座の三ツ星を見て、、、何故か懐かしい気持ちになった人は、、、もしかしたらG星人の子孫かもしれない、、、
そして地球上の全ての人がそうだったなら、、、地球は、恐らく宇宙一幸せな星になるだろう、、、
しかし、、、それは私のはかない夢だろうか、、、 **
2021/3/25 一匹の蟻 エデンの星 完
一匹の蟻 エデンの星
あとがき
「わたしのほかに神があってはならない」これは十戒の一番目の戒めだが、はたして人類にこのような戒めが必要だろうか?。
こんな戒めよりも「悪い事はしない」人間になりなさい、と諭す方がはるかに良いように私は思う。
人を殺すのは悪い事だ。人の物を盗むのは悪い事だ。人を騙すのは悪い事だ。だから私は、そのような悪い事はしない。
そんな人間の方が、「十戒の一番目の戒めは守っても、他人を殺したり、他人の物(土地)を奪ったりする人間」よりも人間としてはるかに立派だと思う。
我々は00教徒だ、と胸を張って言いながら、人類の歴史上ある教徒は、十戒の一番目の戒めは守っていたかも知れないが、しかし他宗教徒を虐殺したり、土地を奪ったり、植民地支配したり、奴隷として牛馬のように酷使したりしたが、こんな教徒のどこが立派だというのか。
また、こんな他人を殺す事を容認するような教徒に、神として祈られている存在は、はたして本当に神と言えるのだろうか?。
そんな神などいなくとも、人間一人一人が「私は、悪い事はしない」というただこれだけを守って生きる方が、人間としてはるかに立派な事だと私は思うし、皆がこれさえ守れば、争いも起きず平和に暮らせるはずだと思う。
そして日本の江戸時代が正にこのような状態だったのだ。
数千年もそこに住んでいた人たちを追い払って、ある教徒の人たちが数十年前、建国した。
そしてその教徒は、自分たちが信じている聖なる書物に記載されているとして「この土地は数千年前、我々が神から与えられた土地だ。だから、お前たちは出ていけ」と言って武力を使ってまでして追い払ったり特定地域に住まわせた。
聖なる書物を信じている教徒はそれで良いかもしれない。しかし、その書物を信じていない人々にとっては「ふざけるな、そんな書物に書かれている事など我々には関係ない。数千年間住んできた我々の土地を奪うな」という事になる。当然の結果だ。
この教徒の戒めの中には「盗んではならない」とあるはずだが、この教徒はその戒めを破るのだろうか?。また、戒めを破るような教徒に祈られる存在は本当に神と言えるのだろうか?。
私がこんな事を書くと、この教徒は「我々の神を冒涜するのか」と怒るかもしれないが、これは私の素朴な疑問だ。
そしてその素朴な疑問を基にして、私はこの小説を書いた。
この小説を読まれ激怒された方は、私のこの素朴な疑問に答えていただければ幸いである。
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結局、神に認められたノアの子孫でさえ戦争を繰り返したり、他民族や他国を奴隷にして家畜のように酷使したりしてきた。そして現在は、一部の金持ちが貨幣経済と言うシステムを使って一般人や貧乏人を支配している。
このような現状を知れば知るほど「我が身を愛するがごとく隣人を愛せよ」などという教えの虚しさが増してくる。
そんな教えよりも、ただ一つの戒め「悪い事はしない」を心がけた方がはるかに良いと私は思うのだが、私は間違っているのだろうか?。
2021/4/2 追記
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創造論者は、神が宇宙も生命も人間も創ったと言われている。
「生命の起源: 進化論から創造論へ(久保有政・解説)」と言う動画は、その事を見事に説明している。皆さんに是非とも視聴を御勧めしたい素晴らしい動画だ。
私は長年世界史を学び直してきたが、その結果人間の歴史は「戦争と虐殺の歴史」と言っても過言ではないと思えるほど醜悪なものだった。
「人間が自分たちの利益や安泰の為に同じ人間を殺す、場合によっては虫けらを殺すかのように残酷に」
世界各地で虐殺された遺骨が見つかっているが、中には明らかに拷問された痕跡のある遺骨もある。場所によっては鰐や猛獣によって食い散らされたと思えるような遺骨もあるが、鰐や猛獣の餌として生きたまま与えられたのだろうか。想像しただけで寒気がしてくる。
近代史を学べば分かるが日本国民も、アメリカやソ連(現ロシア)によって数十万人が惨たらしく虐殺されている。
東京大空襲では東京郊外から円を描くように焼夷弾の雨を降らせ、退路を断って逃げられないようにしてから東京中心部に向け円を縮めて非戦闘員である老若男女問わず全て焼き殺した。
広島長崎の原爆投下も惨い虐殺であり、ロシアによる零下数十度の厳寒地シベリアで強制労働をさせられ数十万人(百万人以上と言う説もある)が殺されている。
キリスト教徒の多いはずの白人国家が何故このような虐殺をするのか。キリスト教でよく聞く隣人愛とは白人同士間専用なのかと思っていたら、中国を調べて残虐なのは白人国家だけではない事を知った。
中国では、中国共産党の指導者、毛沢東によって中国国民数千万人が殺されていたのだ。
毛沢東の政策失敗による餓死者も多いが、紅衛兵と言う洗脳された少女たちや少年を使って大虐殺を起こさせていた。
毛沢東の死後も中国共産党は現在に至るまでチベット侵略、ウイグル人強制収用、法輪功者弾圧や臓器摘出等の悪事の限りを尽くしている。
他にもカンボジアのポルポトによる虐殺、アフリカ、ルワンダ虐殺等は30~40年前の事だ。
人間の中には、なんと残虐な人間がいることか。
人間の虐殺の歴史を知って以来私は「人間は何故このような惨い事をするのか」と考え続けるようになった。
また私は「キリスト教等では神が人間を創ったと言うが、ならば神は何故このような惨い事をする人間を創ったのか」と一神教の神に対して批判的な事ばかり考えるようにもなっていた。
しかし今日「生命の起源: 進化論から創造論へ(久保有政・解説)」の最後の方の「人間は、神に似せて、神と同様に主体的に自分の思いや考え、自由意志に基づいて行動できる者として造られた~神は人間に自由意志を与えられた」を見て、私は初めて気づいた。
確かに中には惨い事をする人間も居る、しかし慈悲深い人間も居る。
しかしそれは神のせいではない、自由意志に基づいて、その人間がそのような人間になったのだ。
神は、良い人間にも悪い人間にもなれる「自由意志」を人間に与えられ、「どのような人間になるかは自分自身で決めろ」と言われているのだ。
そして「自分自身で悪い人間になったからと言って神のせいにするな」とも。
そうなると、 良い人間にも悪い人間にもなるには、その人間を取り巻く環境もまた重要になってくる。
日本のような平和な国に生まれた人間と、凶悪犯罪の多発する南米のとある国で生まれた人間とでは、 良い人間悪い人間になる確率は当然違ってくる。
幸い私は、平和な国日本で生まれ育った。そして幸いなことに、私はまだ人殺しをするような悪い人間にはなっていない。
私はもしかしたら知らない間に、悪い人間にならないように神に守られていたのかも知れない。
いや私だけではなく、平和な国に生まれた人間は皆さん神に守られているのかも知れない。
反対に凶悪犯罪の多発する国に生まれた人間は既に神に見放された人間なのかも知れない。
まあ、ここまで言うと極論になってしまう。凶悪犯罪の多発する国にも良い人間は居るだろうから。
いずれにしても、悪い人間が居るからと言って、それを神のせいにするのは間違いだと気づいた。
この小説を読まれてご不快な思いをされた方々に深くお詫び申し上げます。
2021/4/24 追記
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