春患い
きみのいない春を歩いている。死に損なった冬の延長線上を、立ち現れる幻に囲まれながら歩いている。
知らない事は罪だといいながら、何も教えないのは同罪じゃないか。知っているふりをしながら救った気になっているのは、人殺しと変わらないじゃないか。知っているのにそれを教えないのは、同罪の上に人殺しじゃないか。
枝垂れ桜は、滝のようにみえる。涙の滝のように。
───罪のない人なんて、いないよ。償う人と、そうしない人がいるだけだよ。
幻が纏わりついていると分かっていても、僕はそれを綺麗だと思ってしまう。何かを綺麗だと思えるのは、まだ心が残っている証拠だと、きみから教わった事をまだ憶えている。
生きながら死につづけている。惨めに回想を繰り返している。かつて焦がれていたものはひとつ残らず、煤けた抜殻になっている。風に吹き飛ばされた先は雑踏で、踏み潰され、また踏み潰され、かつての希望や絶望は、器もろとも粉々になる。
ゆるしてもらうために償っているわけじゃないんだ。ゆるされなくて構わない。僕がそうしたいから、しているだけなんだ。ただ、自分の過ちのすべてを憶えていたいだけなんだ。
理解という名の戦争。歩み寄るには、まず目を合わせなければならない。目をみて、傷つけ合う準備をしなければならない。そして途方もなく傷つけ合い、傷だらけになった身体を抱きしめ合う。愛という名の繃帯。ふたりだけの傷、ふたりきりの孤独、ふたりしか知らない真実。
忘れないために歩いている。歩きながら思いだしている。思いだしながら書いている。ただ書くことだけが祈りだった。それが叶わない祈りだとしても。
追憶の吹雪、追憶の涙痕。なけなしの魂を胸に、吹き飛ばされないように、踏み潰されないように進んでいる。僕はすべてを知りたい。
僕はきょうも、きみのいない春を歩いている。
春患い