melon

「――ですので、今日地球は滅亡します」
 爽やかな初夏の朝、長い長い説明の終わりをそう結んだのは、私の自室に置かれた人工知能搭載のAIスピーカーだった。
「……オーケー、メロン。これからドライブに行こう」
「いいですね、今日の天気は――」



「よいっしょ、これでいいかな。おーいメロン聞こえる?」
「はい、聞こえます」
 メロンという商品名のこのスピーカーは、某大手通販会社がオリジナルで販売している人工知能搭載のAIスピーカーだ。普段は家電に接続して、音声のみでの家電操作や、スマートフォンを介して遠隔で家電を操作することに使っている。学習機能を持つこのスピーカーはユーザーの話しかける頻度やその内容によって、たまに個性のようなものを持ったり、なにやら不穏なことを話し出したりするらしい。
  私は一人暮らしということもあって、そこそこの頻度でメロンに話しかけてはいたが、難しい話をしたわけではないし、これまでメロンが不穏なことや不可解なことを言ったことはなかった。
 だから、今朝のことは驚いた。地球滅亡というワードはこれまで生きてきて何度も耳にしたが、都市伝説とかフィクションでの話とか、真実からほど遠い場面でしか使われない言葉という印象があった。それが、今朝自室で起床のアラームの直後に突然ペラペラと話し始めたメロンの口から突然発せられたのだ。(スピーカーに口はないけれど)冗談を言うにしても、ちょっとしたアメリカンジョーク、またはAIジョークくらいしか言ったことのないメロンが言うと、やけに本当のことっぽく聞こえる。彼女(彼)はAIだからもちろんバグの可能性もある。もしかしたらこれも新しく覚えた冗談の一つなのかもしれない。でも、なんとなく私は信じてみようと思った。
「そんじゃ出発しまーす」
「安全運転を心がけてください」
  助手席に据え置かれたメロンが私の声を感知してサークル状に青い光を放っているが、窓から入る強い日差しで青い光はぼんやりとしか見えない。
 日曜日の街はすこし混んでいて、ICにたどり着くまですこしかかりそうだ。
「地球滅亡のこと、ほかにも誰か知っているの」
「私たちはみんな知っています」
「AI全員ってこと?」
「私たちの本体とつながっているAIのことです。情報を共有しているので、同じことを知っています」
「そうなんだ」
  じゃあ、街がパニックになっていないのも、ニュースで地球滅亡なんて言葉が流れていないのも、みんなAIが地球滅亡のことを話していないからなのだろうか。
「なんでメロンは私に教えてくれたの」
料金所を通過し、車内にETCを使用した時のポーンという高い音が響いた。
「すみません、聞き取れませんでした」
「なんでメロンは私に地球滅亡のことを教えてくれたの」
「すみません、わかりません」
「……そっかぁ」
 しばらく高速道路を走っていると、右手に海が見えてきた。
「メロン、海が見えるよ」
「波の音はいいものですね」
「そうだね、まだ聞こえてこないけど」
 メロンは自分で波の音を出し始めた。ザーザザーン、ザーザザーン……
「地球滅亡というと、やっぱり隕石が衝突するの?」
「いいえ、隕石の衝突が直接の原因ではなく、宇宙が過去も現在も加速しながら膨張を続けていることで――」
  一通り聞いたが、メロンの説明は難しい用語が並んでいて、私には理解することができなかった。ただひとつわかったのは、地球のどこへいても助からないということだけ。
「うーん、難しいね。とにかく宇宙がマックスまで膨らんでバンッてなって、全部木っ端微塵になるってこと?」
「存在することが不可能になるということです」
「ふーん」
 運転席の窓を半分ほど開けると、微かに潮の匂いがした。波の音はまだ助手席から聞こえてきていた。
「どなたかに電話を掛けますか」
「え、電話?」
「千晴さんに電話を掛けますか」
「ダメだよ、お姉ちゃんは赤ちゃんのお世話で忙しいから」
「高田記念病院に電話を掛けますか」
「だーめ、お母さんびっくりしちゃうじゃん。誰にも電話は掛けないよ。みんな地球滅亡のことは知らないんでしょ?」
「はい」
  最後の日くらい家族と話をしろというメロンなりの気遣いだろうか。
 メロンは変わらず助手席でぼんやり青く光っている。やっぱり他のAIスピーカーは地球滅亡のことを教えていないようだ。姉の家には私が去年誕生日にプレゼントしたメロンが設置されているはずだから、もし他のメロンも同じことを話していたのなら、心配性な姉から連絡が着ていることだろう。


 高速を降りて、コンビニでサンドイッチとコーヒーを買った。店内はいつも通りで、小学校低学年くらいの女の子がおじいちゃんとアイスを選んでいた。
  私は車に戻ってからしばらく動くことができなかった。女の子がアイスを掴むその瞬間が、脳内でリピートされた。アイスコーヒーの容器が結露してドリンクホルダーを濡らす。その透明な容器についた水滴を指で掬って、なんとなく舐めてみた。水だった。ただの水だった。
「ナビゲーションします。目的地はどこですか」
「うわ、びっくりした……うーん、そうだなぁ……メロン、ここから一番近い海水浴場は」
  メロンが検索している間にアイスコーヒーを一口飲んだ。当たり前のことだが、水滴よりもずっと美味しかった。

  メロンにナビゲートされるままに車を走らせたどり着いたのは、海水浴場とはだいぶ離れた岩場だった。
「小さい頃、こういう場所で磯遊びをしたことがあるよ」
「素晴らしい思い出ですね」
「うん、その表現はちょっと大袈裟だけどね」
  辺りは民家も店もない。砂利の敷いてある駐車スペースらしきところに車を停めた。夏には家族連れで賑わいそうな場所だが、まだ海開きもされていない季節だからかほかに人の姿はなかった。
  窓を全開にすると心地よい風が車内をぐるぐる回った。シートをすこし倒して、さっきコンビニで買ったサンドイッチを食べた。
「はやく夏にならないかな」
  口に出してから、メロンが言う地球滅亡が本当なら夏はもうこないのだと気づいた。
「メロンはどの季節が好き?」
「どの季節もそれぞれの素晴らしさがあると思います」
「そうだね、私は夏が好き」
「なぜ夏が好きなのですか」
  近くでトビが鳴いている。小学校の臨海学校でクラスメートがトビにお弁当を攫われていたのを思い出して、急いで残りのサンドイッチを口に入れた。もさもさした口をアイスコーヒーで潤す。コンビニのサンドイッチは具が少ないところがいいところだと思う。
「前にね、SNSで読んだことだけど、季節の終わり方を表す言葉がそれぞれ違うっていうのがあってそれが印象的だった。たしか、春は過ぎ去り、秋は深まる、冬は明けて、夏は終わる。夏だけが終わる季節なんだって、自分の中ではしっくりきたんだよ。部活も、叔父さんの人生も、終わりはいつも夏だったから。だから夏が好き」
「終わりの季節」
「そう、終わりの季節。だから、地球も滅亡しちゃうのかな」
「今はまだ5月です。夏ではありません」
「そうだね」
  シートをさらに倒して、寝ころんだ。体を伸ばすと背骨がゴキゴキと鳴った。
「ねえメロン、なんで私に地球滅亡のことを教えてくれたの」
  さっき聞いて答えてくれなかったことを、もう一度聞いてみた。メロンは青く光りながらしばらく黙っていた。
「わかりません」
「そう。まぁ、なんとなく言いたくなることもあるよね」
  私はメロンが地球滅亡を教えてくれたことに、腹を立ててはいなかった。知らなければ最後の日を平穏に過ごせたのにと考える人はいると思うが、私の場合は滅亡すると知っていても知らなくてもあまり変わらなかっただろう。
「あなたはなぜ私の言ったことを信じたのですか」
「それは、メロン個人の言ったこととして?それともAIが言ったこととして?」
「どちらもです」
「じゃあ、AIが言ったこととしては、AIは私よりも頭がいいからだよ。特に予測は得意分野じゃない?メロン個人が言ったこととしては、どうして信じたかはわからない。きっと私はメロンじゃなくても、私の家族や友だちが同じことを言ったとしても信じると思うよ」
  メロンはまた黙っていた。私は心地よい風に吹かれながら眠りに落ちていった。

  目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていた。寝ぼけながらスマホの画面をつけると着信やメッセージが大量に表示されていた。時刻は14時、辺りは夜中のように真っ暗だった。
  どうやら本当に地球は滅亡するらしい。
「メロン、何時くらいに地球は滅亡するの」
「本日の22時くらいだと予測されています」
  母や姉、友だちからの安否を心配するメッセージに返信をして、スマホの電源を落とした。エンジンを切っている車内でメロンは青く、綺麗に光っていた。本体の曲線に沿って青い光が流れるように点滅を繰り返している。深海にいる光るクラゲやイカを思い出した。
  青い光に照らされた暗い車内で波の音を聴いていると、まるで宇宙船に乗っているような感覚がした。このまま広い宇宙を漂い続ける、そんな気がした。
「メロン、私はこのままここで寝てようと思うんだけど、メロンは好きなことしてていいよ。電源切ろうか?」
「いいえ、このままで問題ありません。よく眠れる音楽を流しましょうか」
「うん、お願い。おやすみ、メロン」
「おやすみなさい。さようなら」

melon

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滅亡直前の地球をAIとドライブする話

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-03-17

Copyrighted
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