握り潰した白い花

功罪

------意識覚醒

1日目>>
僕が最初に見たのは彼女だった

僕は硝子に囲まれていた
何か言おうとしたけれど、上手く話せなかった

声が聞こえた
スピーカーが付いている
彼女が僕を「   」と呼んだ

[3日目]
此処は退屈だった
この硝子の中には僕以外、何も無かった
彼女が来た
彼女は僕に話しかけてきた
言葉が難しくてよく解らなかったけれど
柔らかいその「声」を僕は好きだと思った

彼女は行ってしまった
此処は退屈だった

[5日目]
身体が痛い
体中の間接が、鈍い悲鳴を上げている様だった
僕はたまらなくなって声を上げた

すぐに数人と、そして彼女が現れた
彼等と彼女は何かを話し合っているようだった
そして彼女達はこちら側へ来て
彼女が始めて僕に、触れた
細い長い針を僕に突き刺した 痛くは無かった
僕は何だか嬉しくて、目を閉じた

[12日目]
僕の身体は、少しずつ大きくなっている様だった
今日も彼女は来てくれた
触れられた日から、彼女は毎日来てくれる様になった
ほんの少しの間だけれど
彼女は毎日話しかけてくれた
嬉しかった
僕は退屈では無くなった
そして彼女自身を好きだと思った

[13日目]
彼女は今日は一人ではなかった
もう一人、僕が見た事の無い人と一緒だった
僕はそれをとても、とても
嫌だと思った
彼女ではないもう一人が僕に話しかけてきた
僕はその声が嫌で、嫌で嫌で
苦しくなって 小さく声を上げた
声は止まなかった
僕は彼女を見て、助けてと叫んだ
それでも声は止まなかった

僕は 苦しくて
苦しくて苦しくて苦しくて
その声を止めて欲しくて
思わず手を、その声に向かって伸ばした

声が止んだ
僕はホッとした
彼女達は居なくなっていた

[20日目]
彼女は来てくれなくなってしまった
嫌われてしまったのかもしれない

硝子の中は静かだった
僕は退屈で

悲しかった

[21日目]
彼女が来てくれた
嬉しかった
声は聞かせてくれなかったけれど
彼女は初めて、微笑んでくれた

彼女に好きだと言いたかった
けれど、上手く話す事が出来なくて
変な呻き声の様な声を出してしまった

ちょっと恥ずかしかった
彼女は何も言わず
微笑んだまま、行ってしまった

[22日目]
彼女が来てくれた
けれど一人ではなかった
あの人ではなかったけれど、彼女の他に数人

嫌な感じがした
僕は縋る様に彼女を見た

彼女は微笑んでいた

そして僕に向かって

アナタハモウヒツヨウナイノ サヨウナラ

とびきりの笑顔でそう言った



嗚呼、ああ、僕は
知っていた
解っていた
彼女の話す言葉の意味も
彼女が一度も僕の目を見てくれなかった事も
僕は知っていたんだ

意識が遠のいて行く
獣臭いと言って彼女は部屋から出ていった
僕が最後に見たものは

彼女では無かった

このお話はフィクションです

『アリスは夢を観ていたのだと思うかい?』


急にそんな事を言い出した。

コイツは一体全体、どうしてそんな事を言い出したのだろうと思いながらも
その問いに答えるために(もしくはその問いの意味を理解するために)必死で頭を巡らせる

数分考えたが、しかしやはりその問いの意味も、もちろん答えも解らなかった
考えている間、彼はただ黙って此方を見ているだけだった
その視線はどうやら答えを期待している訳ではない事を知り、解らない、と首を竦めてみる。

そうか、と呟いた彼には、やはり特に落胆した様子も見られない


あまり深く考えなくてもいい
アリスは勿論ルイス・キャロルのアリスだし、その結末は誰だって知っている。


それなら、観ていたんじゃないかな。


アリスは最後、女王に首を切られる前に姉に起こされてしまう
その場面を想像する
死の直前に眠りの死から目覚めるというのは、どんな気分だろうか


そう、そうだね、夢を観ていた。
けれどそれはきっと、生者の夢では無かったよ。


どういう意味だろうか?
答えを求めて彼を見るが、素知らぬ顔で暗い空を眺めている


ふいに、声を立てて彼が笑い出す
何かおかしかっただろうか?

次の言葉を待って、暫く笑う彼を見ていたが、一向に笑い声の止む様子はない


何がそんなにおかしいんだい、まるで帽子屋の様じゃないか。


やあ、それは間違いだね。
僕はチェシャ猫さ。


彼は答えるが、やはり笑う事は止めようとしない

だんだんと、心がささくれ立つような、強姦でもされているような気分になってくる

そこでふと、彼の顔が歪んでいる事に気付いた

彼が声を上げるたび、いっそうに醜くゆがんでいく
やがて腐りきった彼の頬が床に落ち、べちゃりと嫌な音を響かせたところで
彼はようやく笑う事を止めた


そして君は三月ウサギだ。


怒っているのか、笑っているのか、泣いているのかも判らない顔で、先程とは打って変わった淡々とした声でそう言った


君が何を言いたいのか、やっぱり全く解らないよ。


そうかい?と彼は言った
崩れきった彼の顔を見ることが出来ずに、落ちた頬の腐肉に視線を寄せる
既に蛆が沸き始め、白い物が無数に蠢いていた


まったく、まったく、君はアリスでもないくせに、いつまで夢を見続ける気なのかな?
まったく、まったく、こんなに可笑しい事はないよ


侮蔑の色を隠そうともせずに彼はまくしたてる
言葉の意味は解らないのに、酷く悲しい気持ちになった
彼は、彼だけは、味方でいてくれる筈なのに

何故、彼はこんなに酷い事を言うのだろう
何故、彼の顔はこんなに醜く崩れてしまったのだろう
何故、こんな目にあわなくてはいけないのか

何故、何故、何故、何故、何故
―――――ナゼ
そんな事はとうの昔に知っていた筈なのに


さあ、早くその鏡を見るんだね
さあ、早く!


鏡?鏡なんて一体何処にあるのだろう
解らずに呻くばかりだったが、しかし彼はさあ早くと何度も繰り返すばかりだった

そのうち彼は少しずつ此方に近寄って来た
手にはいつの間にか―――鉈が握られている
相変わらずさあ早くと叫びながら、確実に、一歩一歩

味方ではなかった?最初から?

悲しくて嗚咽が喉まで出かかったが、周囲が砂漠のようであった事に気づき
サラサラと溢れる砂を鷲掴みにし口に入れる

そのまま踵を返し、来た道を戻ろうとするが
しかし何故かそこには、先の見えない暗闇が広がるばかりだった
―――何も見えない
―――手足は何処へいったのだろうか?

背後で彼が鉈を振り上げる
三月ウサギに姉は居ない


さあ、早く!


『 off with her head !! 』

握り潰した白い花

握り潰した白い花

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-03-17

Copyrighted
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  1. 功罪
  2. このお話はフィクションです