夜を越えて

走れメロス。メロスが友のために走っていたとき、王城ではメロスの身代わりであるセリヌンティウスが、王ディオニスによって幽閉されていた。

 メロスが村へ行き二日目の夜、王城の地下牢の中、月の光も、風の音も、花の香もしないその場所で、セリヌンティウスは寝台に身を預けて考えにひたっていた。
 コツン、コツンと階段を下りる音、セリヌンティウスが振り返るとそこには、王ディオニスが立っていた。
「これはこれは陛下、わざわざこのような所に御足運ばれるとは」
「囚われの身で、まだそのような口をきくとわな、セリヌンティウス」
 王は呆れた口調で言った。セリヌンティウスは矢継ぎ早に
「護衛もつけずに来るとは・・・。よほど人が信用できないようですね」
「当たり前だ小僧、あんな奴らまどろっこしくて敵わん」
 王の声はさほど大きな声ではない。しかし、低く威厳のある声は、セリヌンティウスの耳に恐怖として届いた。その空気に押しつぶされそうになるもすんでのところで踏みとどまった。
「一つ質問してもよろしいでしょうか、陛下」
「なんだ」
「陛下はいつから人を信じられなくなったのですか?ほんの数年前まではよい治世であったかと」
 セリヌンティウスの言葉は的を射ていた。
「・・・知って何になるのかは知らんが、そんなに昔話を聞きたいか?」
「えぇ、おもしろそうですし、それに一人でいるのもつまらないんですよ」
 セリヌンティウスはそう答え王を待った。フッ、と王の笑いが漏れた。王は何を思ったのだろうか。
「では話すか、まだ夜も更けたばかりだ・・・。長くなるがよく聞け・・・、私には・・・」
そう言って王は語り始めた。
 
私には腹違いの弟はがいた。父が城の女官に手を出して生まれた子であったが、何でもできるやつだった。父が私よりも信頼するほどに。
「このままでは王になれない」
 そう思い、やつが父に嫌われるように何度もやつの裏をかき続けた。だがやつもただ座して見ているばかりではなかった。やつも宮廷の人間を何人も引き込み応戦してきた。誰が味方で、誰が敵か、わからなくなったことも多かった。信じられるのは自分だけ。それ以外はみな敵。そう割り切るしかなかった。その時からだった。私に強い疑いの心が生じたのは。
 私が27になったとき父は死に、王位は私が継いだ。しかしやつがこの町にいる限りは安心できない。私はやつを呼び出し言った。
「命まで取りはしない、この街から出ていけ弟よ。どこかで歌でも歌いながら牧人になるのだ、もし従わないというのなら・・・」
そう言いながら腰の剣に手をかけると、やつは素直に従った。あのときのやつの顔には、悔しさだか恐怖だかがぐちゃぐちゃに混ざったような顔をしていた。やつは私の元から去り、私には平穏が訪れた。
しかし、そこから三十年たったある日、私が用を足していると、下の中庭から会話が聞こえてきた。
「最近の国王陛下は精彩を欠いておられます。なにとぞ、ご英断を」
「そうだな、やはり私が取って代わるしかない」
 会話の主たちはある家臣と妹婿であった。もともと人は信用していなかったが、二人はその中でも最も注意する部類に入っていた。私はすぐに大広間に家臣一同を呼び出した。
 その話していた家臣を自分の前に呼び、
「いままでよく仕えてくれた」
 そう言うと光芒一閃、私の剣が家臣の左脇腹から右肩を凪いだ。胸から赤い鮮血が吹き出て、家臣が膝から崩れ落ちた。その家臣は自分が何をしたのかわからぬまま絶命していった。
 「陛下!!」
 賢臣アレキスや複数の家臣から声が上がったが、そんなことは気にならなかった。
 皆が戦慄する中、私は剣を胸の前に掲げ、言い放った。
「反逆の意思があったから、先に殺したまでだ。お主らもこんなこと考えてみろ、わかるだろうな」
 誰も反論できなかった。妹婿はすぐに呼び出され即日処刑された。
 そこから、私の誰も信用しない心が再び目を覚ました。

 そこまで語り終えると王はため息をついた。
「私からも質問していいか?なぜお前はメロスを信じるのだ?」
 セリヌンティウスは一息つくまもなく答えた。
「簡単でしょう。メロスが私を信じているからです。」
 そこから、
「私も最後に一つ、その追放された弟はどうなったのでしょうか?」
 王は口に笑みを含むと、
「やつはここから十里程離れた村で牧人となり、二人の子宝に恵まれたそうだ。少し前に死んだらしいが、羊はその息子が持っているそうだ。娘の方は今度結婚するとさ。」
 そこまで言われるとセリヌンティウスははっ、とした。思わず、思ったことが口に出てしまった。
「まさか・・・、メロスは陛下の甥だとでも!?」
 王は肯定も否定もせず、ただ、
「そうだな・・・。明日、メロスがお前を助けることができたら、次の国王にしてやってもいいであろうな。まぁ、刻限に間に合えば、の話だがな」
 そう言い残し、去っていった。
 地上への扉が閉まるとき、
「・・・メロスは、王になりますよ」
 とセリヌンティウスはつぶやいたが、王の耳には届かず、無情にもむき出しの石畳に吸い込まれていった。
 二日目の夜は更けていき、運命の三日目に入ろうとしていた。

夜を越えて

夜を越えて

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-03-17

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