1000円カット

最初はマスク(星空文庫版)ってタイトルにしてたんですが、書いてみるとマスクそれほど関係なかった。

髪を切りに行った。首の後ろが荒れてきて、がさがさしてきて、毎夜ボディクリームを塗ったり、お酒飲んでしまうとそれを忘れたりして、とにかく色々と面倒になってきたので、もういっそ髪切ったれと思ったからだ。

「高くなくて、気軽に入れるところ」
ダイエーに昼ご飯を買いに行ったついでにその近くを自転車で流していると1000円カットがあった。しかもちょうどタイミングが良かったのか空いている。今だったらすぐに髪を切ってもらえる。

「あわわ・・・」
慌ててハンドルを切って急カーブして店の前に自転車を停めて、強盗の様な勢いで店内に飛び込んだ。

「いらっしゃいませー」
入店してアルコールで手を消毒していると、胸に、平将●と書かれたネームプレートを付けた店員さんがやってきて、
「こちらに名前をご記入ください」
と言った。

「はい」
勿論にこやかに応じる。一呼吸おいてペンをとる。もう、慌てなさんな、わかってますよ。常連ですよ私は。この店の仕様は承知してます。という顔で昼時のファミレスの予約待ち表みたいのに名前を記入する。した。

「じゃあ、こちらにどうぞ」
名前を書き終わるとさっそく席に通された。漫画の棚のコーナーに金田一少年の事件簿があったのを発見した。最初のシーズンじゃない奴。ウィキで書いてる所の第二期と書かれてるやつ。あのあたりは読んだことないから読みたいと思いながら、ちょっと位髪切るの待ってもいいよなあと思いながら、総合的に言うと後ろ髪をひかれる想いだったが(この後その後ろ髪を切ってもらうつもりなのにw)、まあでも、ここで駄々こねるのもなあと思い直して、そんな葛藤おくびにも出さず席に着いた。

「近々でネットカフェに行こう。でも最近漫画を置いてるネカフェも無くなってきたよなあ」
そんな事を考えてるとポンチョみたいなものを着させられた。首の後ろがさがさしているの見られて恥ずかしいなとかも思った。

「今日はどういう感じで?」

「リリイ・シュシュのすべての伊藤歩さんみたいにしてください」

「・・・じゃあ、3ミリくらいで?」

「はい。お願いします」
何せ首の後ろががさがさしてるんです。とにかく一回それを何とかしたくて。だからお願いします。強姦されてしばらく学校を休んで久々に来たときの伊藤歩さんみたいにしてください。

「じゃあ、はい。どうぞ」
すると、店員の平さんはまずメガネを入れるペンケースみたいなのを私の前に差し出した。あ、はい。始まるのね。はい。眼鏡ね。それに眼鏡を差し込む。

だからその流れ、その流れのまま、マスクも外そうとした。マスク。ほら耳にかかってるし邪魔じゃん。

だから外そうとした。そしたら、
「あ、すいません。今マスクはつけたままやってるんですよ」
と平さんが言った。

え?そうなの?

驚く。

じゃあ、マスクに髪ついちゃうじゃん。いやいや、それよりも面倒じゃないですか?耳のあたりとか。私大丈夫ですよ。咳とかでないし。してないし。まあ、PCR検査とかしてないですけども。

「もみあげはどうします?」
「あ、もみあげも上まで行ってもらって大丈夫です」
「耳の上まで大丈夫ですか?」
「はい」
しかし、平さんは平気そうだ。全然平気そう。慣れてるんだろうか。まあ、そうだよな。でも大変だなあ。もうそういう感じになってしまったんだなあ。

そんな事を考えながらぼやけてろくに何も見えない目で目の前の鏡を見ていると、後ろで平さんが天突き体操の様な動作を始めた。

何だ?何何何?

私が不安に感じていると、突然、
「やあ!」
と、小さい声で。すごく抑えた声で。平さんがロックマンXが波動拳を放つ時みたいなポーズになった。

ぱさあ。

髪が落ちた。牡丹の花みたいに。落花みたいに。

「・・・」
その後平さんが、どうですかあ?と眼鏡掛けさせて、鏡で後頭部の具合とかも見せてくれた。

3mmだ。キレイに。キレイな3ミリ。リリイ・シュシュの伊藤歩さんみたいにきれいな3mm。

「はい・・・いいです」
「じゃあ、軽くドライヤーで残った髪を飛ばしていきますねえ」

再び眼鏡を預かられて、いや、あんな方法でやったんだったらとは思ったが、まあ、店の仕様には従うタイプの私なので黙ってドライヤーを受けた。

その後会計で1100円の所に2000円しかなかったので、すいませんと言って2000円出して900円のお釣りをもらって家に帰った。

すげえもん見た。

家に帰ってから、ふとそう思った。

1000円カットってきっと安い分沢山お客さんを捌かないといけないんだろうな。だから一人一人をなるべく早く済ませる必要があるんだろうな。そんでああいう手法になったんだ。そうに違いない。すげえなあ。確かにあれならマスクの有無とかも関係ないわ。すげえなあ。すげえなあ!

これを今日のブログに書きたいけど、でもきっと誰にも信じてもらえないだろうし、下手したら嘘つき呼ばわりの炎上系になるかもしれないし。

という訳で、ここに書くことにしました。

それから平さんの名前に●入れたのはあれです。完全に将門だったからです。

ほら件の人って、いじるとあれだっていうじゃないですか。出るっていうじゃないですか。だからです。怖いし。出られたらすごい怖いし。

1000円カット

1000円カット

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-03-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted