いつかのための習作⑥
シャワーはどこも空いていなかった。数名のシャワー待ちの列の最後尾に少年はひたと付いた。
郊外にある市営の、所謂健康ランドの利用者の殆どは高齢者で常連ばかりだった。浴びている水の
水圧に圧されたのではないかと思うくらいに垂れた皮膚の羅列。このまま水を浴び続ければやがて皮膚は床に至り、排水溝に吸い込まれてしまう。吸い込まれた先で鼠の餌となり、この地域はいつかペストで滅んでしまうだろう。そんな少年の不安など何処吹く風、老人たちは隣り合った人との世間話に忙しくしている。今夜寝入ったが最期、2度と目覚めないかもしれないのだからと惜しむ様に話のネタを出し切らなければならないのだろうか。
僕はなんて醜いんだろうと、少年は思った。
眼前に広がる平和な光景を観て、そんな邪な空想を繰り広げるなんて。身体を鍛えれば心は健やかになるなんて戯れ言を真に受けて、この健康ランドに通い始めたのだが、胸筋が逞しくなるにつれて自分の周囲がどんどんと下劣に感じるのだった。
少年は、1人を挟んで前に立っている中年の横顔に目線を向けた。もしかしたら40を越えているかもしれないその男はしかし、髪型がやたらと凝っているのと、程良く鍛え上げた肉体をもってして、少年を魅了した。特に少年が魅せられたのは彼の尻であった。パンと張りがあり、少しの脂肪も含んでいる尻。同級生たちが女性の胸の話に興奮しているが、少年は自分が男の尻に興奮するのは実は、その形状が女性の胸に似ていなくもないからではないかと考える。この先男色家として生きるしかないと諦めつつ、この尻に似た女性の胸を眼前にすれば、案外に自分は女性も愛することができるのではないかと救われるのである。
いつかのための習作⑥