鱗の形

あおい はる

 せなかの鱗を、ひとつひとつかぞえていると、なんだか、心が安らぎます、と言ったら、せんせいは、どうぞいつでも、かぞえてくれていいと微笑んでくれたのに、なのに、せんせいは、三日月の夜、海にかえりました。かなしかった。いや、かなしいをこえて、むなしかった。一方的に捨てられた、と思ったけれど、せんせいを、うらんではいない。ただ、かなしくて、さみしくて、むなしくて、あの、せんせいのせなかで、水を浴びてもいないのに、てらてらと濡れて輝く鱗が、まるで、ちょっとした宝石みたいで、よかったのだ。とくに朝の、カーテンのすきまからさしこむ朝陽をうけて、玉虫色になるとき。二十一時の踏切で、少年少女が叫ぶ夜に、すこしだけ、光はあるのかもしれないと思う、世界というやつに。きのう、せんせいがいなくなってからはじめて行った、本屋さんで、しらない作家の詩集を買ったのは、せんせいが、詩、というものを好きだったから。ピアスホール、せんせいとあけた、耳朶の、ぽつりとあいたちいさなあなに触れ、どうしてぼくを連れて行ってはくれなかったのかと、問う。西に向かって。ちょうど、ぼくの部屋の西側に、海があるので。絶望をすりつぶしても、幸福は生まれず、不幸を燃やしても、希望は降ってこないのだと、悲観主義者のだれかが云っていた。せんせいのアパートの部屋の、本棚にあったストームグラスは、いま、どうなっているのでしょうか。

鱗の形

鱗の形

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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