海と森の暮らし

あおい はる

 シミ。どこかの、天井でみた、それは、真夜中には、ひとの顔にしかみえないのだ。だれもが、横断歩道の、歩行者ボタンを、おさなかった。車は、ひっきりなしに、直進し、左折し、右折して、ひとだけが、ぼおっと突っ立ていた。春だった。ときどき、電車が警笛を、けたたましく鳴らして、空気を切り裂いても、なんだか音は、やわらかな感じにきこえるので、もう、春だった。せんせいが、海に、帰化した季節で、おねえちゃんが、あの、東の森の家で暮らしはじめてから、一年が経っていた。どうしようもなく、いらいらする日に買った、チョコレートのビスケットを、際限なく食べながら、ぼくは、早くお酒が飲める年齢になりたい、と思っていた。お酒は、いやなことを忘れられるらしいので。しかし、せんせいは、そういうお酒の飲み方はよくないですよ、と云っていた。海からの便り、というのは、なく、せんせいが、海のなかでどういう生活をしているのかを、ぼくは知らない。海には、郵便ポストはないかもしれないです。携帯電話の電波も、きっと、届きませんよね。さみしそうに微笑んでいた、せんせいの姿を、チョコレートのビスケットの袋がからっぽになった頃に、想い出しては、ひとりでかなしくなっている。こういうかなしい気持ちも、お酒は、どうこうしてくれるのだろうか。それとも、もっとかなしい気持ちに、なるのだろうか。せんせいの友だちは、お酒を飲むと、飲んだお酒の量だけ涙を流すそうだ。きみは、おもしろくない冗談にも、ずっと笑っていそうですね、というのが、せんせいの予想だ。だれかれかまわず抱きついたり、キスをせまったりしなければいいです。めずらしく直截的な言い方だなぁと思ったけれど、あのときは、ちょっとうれしかった。
 そもそもとして。
 いくら最近の携帯電話が防水でも、さすがに海のなかで、せんせいが生活する時間とともに動きつづけることは、不可能ではないか。
 東の森の家には、おねえちゃん以外にも、何人かの女のひとが暮らしていて、いずれは、みんな、朝のバケモノとなるのだ。バケモノとはいえ、魔女みたいなものらしい。なんでもいいけれど、おねえちゃんが、おねえちゃんではなくなるという事実は、やっぱり、かなしいし、さみしいのだ。こういう感情も、お酒は、どうにかしてくれるのだろうか。
 早く大人になりたい。

海と森の暮らし

海と森の暮らし

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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