予定外へ向かうプロット

 「しりとり。」

 利害の一致から、わたしはサキの部屋に転がり込むことになる。部屋は広くも狭くもないが、あまり物がないからわたしが入るスペースは十分にあった。みょうにこざっぱりした部屋はミニマリストのそれだが、実際は金のない芸術家志望なわけで、高みを目指した結果ではなく低みをかき集めた結果だった。小さな冷蔵庫の上に琺瑯鍋と鉄のフライパン、鍋の中に調理器具が突っ込んであり、カーテンのない窓にはカーテン代わりに洗濯物が吊るされてある、ちなみに干してある服は今日乾かないと明日困るものだ。もう一つの窓にもカーテンはなかったがここには確かに必要がない、なぜなら、光の差し込む先にイーゼルがあり、淡い色をした未完成の絵が静謐に乗っているからだ。わたしは、ほう、と眺めたが、サキは見られるのを嫌がった。個人的な絵だから、と彼は言ったが、パブリックな絵なんてつまらないよ、とわたしは答えた。つまり、人目を気にした絵なんて、という意味だが。

「学校に行くとき声かけるね。出席とらない大教室の授業なら潜れるし。」
 神妙な顔をしたままで、サキは返事もしなかった。サキというひとは、昔っからこうだ。昔というのは、わたしとサキがまだ無邪気な子どもだったころのことを指しているが、彼は幼い時分から変に真面目なところがあり、ゆるく生きることができない。そしてそれは不変であり、彼はそのまま大人になった。だからだと思う、芸術家にはあんまり向いていないのだ。しかし最終的には、肯いた。本当は絵を描いて生きていきたいという気持ちの強さが、彼を肯かせたのだ。わたしは「じゃあ、ここにデスクトップ置いていい?」と、冷蔵庫横のみょうに空いたスペースを指差し訊いた。サキは頭を抱え出した。

「……溜息しか出ないんだが。」
「なんでよ、いいじゃん、ちょうどコンセント空いてるし。」
「ひとんちに住んでおいて、場所取るデスクトップとかさ……。」
「家賃払うじゃん、三分の一だけど。本当は半分払うべきなのはわかってるんだけど……でもそのぶん大学の授業の内容教えるじゃん、たまに潜りに連れてくじゃん、いい話じゃん、だって通ったら本当はナンビャクマンもするんだよ? それが家賃の……何分の一かで手に入るんだよ?」
 寄ってたかるように、わたしは面の皮厚くアピールをする。わたしだって、住居がないと困るのだ。しかし説得力に欠けるのは、三分の一から二分の一の間だけ取り出すと何分の一になるのかが示せないことだった。咄嗟にわからなかったし、多分永遠にわからないままだ。そんな中途半端な弁解ではあったが、真に迫る必死さが功を奏したのか、サキは「学位以外はな。」と言って、デスクトップ配置阻止を諦めたようだった。「学位はただのおまけだよ。」わたしはその日のうちに冷蔵庫横に合いそうな机を取り寄せた。

 た。た……。また、た、か。しょうがない、文章はたとかだとかるで終わりがちなのだ。勘のいいひとは気づいたかもしれないが、実はこの話はしりとりになっている。次の段落を語尾から無理矢理に展開することで、通常では思いつかなかった方向へ話が流れていくことを狙った。まあでもそれも、「利害の一致から」の部分でしか発揮できなかったわけだが(一度芽吹いてしまえば、物語ってのは勝手に育っていくものである)。
 そんなことは置いといて、わたしは今日から腐れ縁の幼馴染と同居することになった。「彼氏が出来たら出てけよ。」とサキは言うけど、残念ながらその予定は暫くないから安心して欲しい。だって、わたしは永遠の片想いをしているの。叶わないのは知ってる。とりあえず毎日ご飯を作って、胃袋から掴んでいくことにしようと誓った。あんまり料理は得意じゃないけど、やってたら上手くなると思うから早速自信を持った。わたしの長所は、前向きなところである。長所は生かさなくっちゃね。だからサキが自分の寝室に芋虫を飼っていることを知るまでは、ここから始まる生活が楽しいものだって絶対に信じて疑わなかった。そして今緻密に考えて判明したが、大学の講義分は家賃の六分の一だ。

予定外へ向かうプロット

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-03-10

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