【短編】虫の知らせ(原作)完結 原稿用紙15枚

勤戸 隆行

【短編】虫の知らせ(原作)完結 原稿用紙15枚

2012年の作品です。
「むしのしらせ」はこの原作を元に、短編として書き直す予定。

   虫の知らせ



 目の前に大型トラックが迫っている。まさか事故で死ぬことになるとは思わなかった。

 何台もの車が赤信号で停まっているところを、スクーターですり抜けをしていた。車と車のあいだを走り抜け、すり抜けるスペースが足りず、前後の車のあいだを横切って、左から右へと車線を変えた。そこへうしろから大型トラックが走ってきて、轢かれることになった。家を出てすぐだ。

 実際のところ、まだ僕は死んではいない。今まさに死ぬ。死ぬのだろうと思っているところだ。目の前には大型トラックが迫っている。そこで時が止まったのだ。

 物理的な意味で時が止まってしまったのかは分からない。意識が拡大したのかもしれない。ある一瞬を、拡大して、時が止まったかのごとく、とてもスローな、進んでいるとは言えないほどにゆっくりとした時間が流れているのかもしれない。

 死ぬのだろうとする根拠は、走馬燈を見ているからだ。生まれてから死ぬ瞬間までを追体験するというあれだ。ただ、聞いていた走馬燈と、僕の体験するそれとは、内容が少し違っていた。あるいは走馬燈でさえないのかもしれない。

 その瞬間の、死ぬ間際の僕は、全能だった。死ぬ間際の瞬間が拡大しているだけだから、今や僕には何一つ世界に対して行動したり訴えたり、それらも含めて、何かを「選択」することさえできない。これから大型トラックに轢かれ、死ぬという、状況に置かれている事実がそこにあるだけだ。誰に何も伝えられない。ある意味で僕は究極の孤独の中にいる。僕は僕の世界に収束している。これが生きていると言えるだろうか。その状況こそがすでに死と言って差し支えないかもしれない。ただし、僕はあらゆることを知ることができた。

 全能であるということを、僕は走馬燈の最初の段階で知ることができた。走馬燈の最初は、生誕の瞬間だった。オギャアと泣いて、助産婦の手から母親の手に渡された。僕は乳児である自分をあまりに自然に受け入れていた。僕を生んでばかりの母親はうつろでありながら、深い何かをたたえた目で乳児の僕を見ている。一体、何を想っているのだろうと、知りたくなった。すると、母親の感情の中に滑り込むことができた。

 母親と僕の境界線が曖昧になる。僕は僕でありながら母親だった。母親の心と人格の全てが僕でありながら、僕は僕を失っていなかった。

 そこで知った母親の感情を、きっと僕は万人に届くような明確な言葉にすることはできないだろう。だとすれば万能とは対極と言えるかもしれない。ただ僕は対話や観察からの推測ではなく、直接的に母親の感情を体験したのだ。漂うような感情と鈍い痛みの中で、本能的に我が子だと認識し、受け入れ、愛した。「生まれたのだ」と認めた。私の子供がそこにいるのだと。その存在を許せると。僕は歓迎されていた。それを知って僕は満足し、安らぎ、僕自身の価値を信じられた。対話を含めたあらゆるコミュニケーションの中から、どれだけの言葉の裏側や真意を探ったところで、それが推測以外の何だ? 信じるか信じないか、あるいはどれだけ広く、あるいは深い洞察で近づけたところで、究極的に相手を知ることができるものか。しかし僕は直接的に、同一の存在となって、僕を生んだ時の母親を知ったのだ。これが全能と言えなくて何とするのか。

 僕は僕という存在の祝福を知って、満足していた。それは走馬燈の最初だった。しかしもう先を見る必要がなかった。満足したということは、つまり他は何もいらないということだ。ということは、もう死んで構わないということだった。そこに気付くと、僕は急にそら恐ろしくなった。死ぬこと自体は怖くない。仕方ない。普段は死ぬということを意識すらせずに生活していたが、いざ死ぬという状況に立たされると、受け入れるしかない。死ぬことよりも、まだ僕は生きているということの方が恐ろしいのだ。僕は選択することができた。「生きる」か「死ぬ」かを。このまま走馬燈を見続けるなら、僕は死なずに済んだ。走馬燈を追う中で、乳児の僕を抱く、母や、若き叔父や叔母の感情の中に、僕は意味もなく入ってみたりした。僕が入られるのは母親の中ばかりではなかった。僕に関わったあらゆる人の心の中に入ることができた。心の中に入ると、その瞬間の心の深きに潜れば潜るほど、普段の人との関わりでは知ることができそうにない感情を見ることができた。それを繰り返してさえいれば、選択次第では僕は大型トラックに轢かれるまでの人生の、二倍でも三倍でも体験することができるはずだった。つまりそれをしているあいだは死ぬことがない。そうやって引き延ばせば、あるいは永遠に今の存在のままいられるかもしれない。逆に言えば、死ねない。総じて、「生きる」か「死ぬ」かではない。二つの選択肢を持っているわけではないことに気付く。いつかどこかで「死ぬ」決断をするしかないのだ。その決断ができないならば、永久に僕は孤独でいなければならない。

 全能でありながら、僕は普通の人間だった。少なくとも普通の人間の精神を有していた。脆弱でずるくてプライドが高く、諦めたり逃げ出したり誤魔化したり、許したり愛したり言い逃れをしたり、迷ったりする普通の人間だった。そんな普通の人間に、ある日、「どうせいつか死ぬのだから、同じことだから今ここで死んでしまったらどうか」と問われて、実際に死ぬ人がいるだろうか。一笑に付すだけの話だろう。事故や病気で否応なく死ぬのはいい。仕方ない。しかし自ら死ぬ決断は下したくない。明日死ぬことが決まっているとしたら、受け入れるしかない。しかし死ぬ日を決めろと言われたら、こんなに苦しむことはない。何十年先の、もういい加減いいだろうという先を指定するだろう。それは否応なく死ぬことと同義だ。忘れた頃にふとやってくるだけの話だ。目の前に大型トラックが迫っている。決断をしなければ、僕はこの精神、あるいは世界を失わないで済むのだ。誰かと世間話をすることさえできないけれど。

 生きているのか死んでいるのか。

いわゆる生きていると言える、人間社会での関わり合いの中で生活している状態と決定的に違うのは、何を惜しむのかだった。

 今現在の心地よさや、将来への夢や希望を惜しむのか。

 究極的な無が怖いのか。

 不思議と僕の思考は死の決断へと向かっていた。受け入れるしかないのだという意識が僕を追い立てた。思考する間、これといって強い記憶にない、小学生の頃の子供会で行ったキャンプを追体験した。夜中のテントを友達三人で抜け出し、河原に行って三人で夜空を見た。大きくなってからは、その二人の友達と会ったことはない。それどころか、小学生の頃も普段は遊んだりはしなかった。ただその時だけは共有していた。空には普段は見られない星が覆い尽くしていた。どれが何の星座なのかも分からない。ただ僕達を飲み込もうとでもするかのような空に息をのんだだけだ。走馬燈を見る僕はそこにいた。幼い自分の目線から、あるいは名前すら忘れてしまった友達の目線の先へと、宇宙を漂った。そうだ、僕には何があるかを知ろうと思った。

 希美。

 会いたい。

大学を中退した。特に何かしらの希望もなかったから、地元にも帰らないでフリーターを始めた。派遣会社に登録し、引っ越し屋の手伝いをしたり、警備員をやったり、忙しない仕事も嫌で、今は深夜のコンビニエンスストアの店員をしている。彼女は学生で元は同じコンビニエンスストアで働いていた子だ。僕に就職しろといつも言っている。音楽をやりたいのだと情熱もない夢を語って逃げる。ギターの弦を替えたのはいつだったろう。彼女は機嫌がいいと夕飯を作ってくれる。甘いシチューを作ってくれる。夜、二人で寝る。カーテンの隙間からアパートの前の街灯が見える。彼女を起こさないように、そっと窓を開けてベランダに出る。煙草に火を付ける。夏の夜の少し肌寒い、湿った空気が、昼から干したままのTシャツを揺らす。眠れない。幸福が、飲み込めない。

 将来のことは考えないようにしてきた。きっと希美には悲しい想いをさせたことだろう。

 希美に会うと言っても、死ぬ直前の僕という瞬間までの、僕にとって既知の希美にしか会うことはできない。もう、実際に会って、会話することも、何かを約束することも、ましてや何か希美の求めることを叶えてやることなんてできない。今までの人生の追体験でしかないのだ。つまり僕は思い出をなぞって浸ることしかできない。それでも希美に会いたかった。どうせ死ぬなら、希美の求めるままに就職して、普通の生活を送ればよかったと後悔の念にかられる。しかし今更だった。僕は死ぬのだ。それを考えると、走馬燈の中でさえ、希美に会うことがためらわれる。苦しくなる。と同時に、希美の温もりを強く求めた。

 走馬燈は僕の意のままに操れた。どんな時代にでも行けた。人生をやり直すことはできない。今だったらこうするという気持ちが芽生えても、何一つ人生を修正することはできない。ただ、僕は僕に関わってきた人の世界に入ることができる。全く違う世界観で、全く違う感じ方で、僕とその人が共有しているはずの経験を、あらためてその人の側から確認することができるはずだ。それが僕の持つ感情と完全に重なるものなら、どれだけ素晴らしいことだろうと夢想する。希美。僕を愛してくれ。

 ただの思い出なら、いいことばかりを思い出すところだけれど、走馬燈は人生の追体験だったから、時には嫌な経験にも出くわすこともある。例えば高校生の頃に男女関係のトラブルで知らない男に金を強要されたことや、友人に騙されたことや、人に見下されて笑われたことだ。それでも希美との関係は光り輝いて見えた。希美と出会ったのは二年前だった。当時の彼女は高校を卒業してばかりで、初々しかった。希美は笑い上戸で、一度笑い始めると、なかなかおさまらなかった。よく夜の同じ勤務時間に、お客さんのいない隙間にからかい合って笑い合った。そんな時にお客さんの来店があって、笑いを噛み殺したりした。勤務上の責務としては問題あったかもしれないが楽しかった。僕は強く好意を持って、食事に誘い出した。彼女は地方から出てきていたから一人暮らしで、家の人の心配もなかったから、深夜のファミレスで何時間も話したりした。電話で話し、メールをし、バイトの愚痴を言い合って、店長を笑いの種にして、お互いの悩みや、夢や、考えを重ね合わせた。酒を飲み、部屋に呼んで、抱きしめた。

 最も好きな人の世界に入ろうと気持ちが動くのは、想像にたやすいと思う。何を想い、何を考え、何をどうしたいのかを、僕はもう希美に訊ねることはできない。僕は世界に対する傍観者でしかないのだ。舞台にはもう立てないのだ。勝手に土足で人の世界に入るのは、良心が咎めるところだろうが、僕はすでに孤独でありすぎた。僕にとっての新しい希美に出会うためには、希美の中に入ることでしか得られない。しかし結果を言えば、やはり希美の精神に入るべきではなかったのだ。

 これだけは言えるが、希美は僕を実際に愛してくれていた。希美の精神にじかに触れることで、嘘のない生の感情を見たけれど、僕と付き合う前の希美は、僕といることで気持ちを高揚させていたし、僕の希美に対する気持ちが本当かを計っていたし、僕を待っていた。付き合ってからは僕を気遣ってくれていたし、厳しいことを言う時も、それは僕を案じているからで、本当の愛情からきている言葉だった。

 でも僕は知ってしまった。

 子供を堕ろしていた。そしてそれは僕の子供ではなかった。彼女は堕ろす前も、堕ろした後も、いつもと変わらなかった。前日も僕の部屋にきたし、当日は僕の部屋に泊まっていった。翌日は学校を休んでいたから、その日のことはよく覚えていた。溜息も、塞ぎ込むことも、悩む素振りもなく、食事はしっかりと摂っていたし、よく笑ったし、僕にも甘えてきた。ただ、眠れないだけだった。

 相手は学校の先輩らしかった。堕ろしてからは会うのをやめたらしかった。連絡は何度かあったらしいが、全て無視していた。

 事実を知って、怒りが沸いた。憎しみさえ覚えた。次に悲しくなった。何故、相談してくれなかったのだろう。僕のことを怒り出して話にならないほど幼稚だと思っているのだろうか。あるいは悲しませる意味がないという立場で飲み込んで一人で処理したのだろうか。ただ怖かったのだろうか。面倒臭くて誤魔化したいだけだったのだろうか。

 空虚だ。そしてあまりに現実だった。僕は今、きっとあらゆる嘘を見抜けるだろう。僕に何かを隠そうとする術を世界は持たない。つまり、何故、妊娠と堕胎を黙っていたのか、問いただすことすらせずに知ることができる。

ただ、しなかった。怖かったからと言われればそうだ。それで構わない。人に笑われてもいい。ただ、もしそれを知ってしまったら、彼女の尊厳を侵す気がした。希美は一人で悩み、一人で決断し、一人で行動したはずだった。根拠はないし探しもしないが、彼女は友達にも相談していない気がした。それをするような子だったら、耐え切れず僕にも話しているだろうという気がした。汚れていても、稚拙でも、高尚な価値がある気がした。

 なおかつ、希美は結果として、その男ではなく僕を選んでいた。

 生きていれば文句の一つも言うかもしれない。ふざけるなと言ってやりたい。しかしどちらにせよ僕はもう死ぬのだ。やれるとすれば、事実を一つ一つ確認することだけだ。自分に都合のいいものだけ見るのもいいかもしれない。よかった頃を繰り返し繰り返し追体験するのもいいかもしれない。

 でも、何も生まれない。

 人の世界を覗いたって何も生まれない。全能じゃない。陶酔だ。それも冷めた。

 僕は走馬燈で親に会い、兄弟に会い、友人に会い、恩師に会った。会うために自分の意志で走馬燈を縦横無尽に行き来した。走馬燈はきっとそのため。

 さよなら、バイバイ。

 何も生まれない。
 それがきっと死ねない理由。
 だったら、最後に何かを生めたらどうか。

 そう思っていたら、大型トラックに轢かれる前の、家を出る場面にいた。希美が玄関まで送りにきている。「気を付けてよ」と声をかける。「ああ」と僕は背中を向けたまま応えてコンバースを履く。「じゃあ」、と扉の隙間から希美を見る。

 きっと、この瞬間が最後に残された、何かを生み出せる瞬間なのだ、とそう強く感じ、思った。だから、走馬灯の反芻でしかないのに、強く願った。

 バイバイ。

「あ」という顔を希美がする。丸い、奥行きのない目が、何かを察する。

 玄関を出る。サンダルで希美が出てくる。「気を付けてね」。「うん」、眉をしかめて僕は返す。

 大型トラックが迫っている。事故は、家の駐輪場を出てすぐ傍だ。僕は走馬灯を終えて、スクーターから体が投げ出される。どん、という音がして、ガードレールに体が叩き付けられる。アスファルトに投げ出される。霞む視界に、アスファルトに広がる黒い血が見える。その先に、希美がいた。サンダル履きで、呆然と突っ立ってやがる。

 何だ、あいつ。家にいたんじゃないのか。

 馬鹿だな、こんなもん見るもんじゃないよ。

 虫の知らせでもあったのかな。

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