心の色鉛筆
お昼休みの教室。
中学までの給食から卒業し、お弁当を持ち、
みんな気が合う仲間たちとご飯を食べていた。
そんななか、1人だけ教室の一番後ろで窓際の席で、
ご飯も食べずにもくもくとスケッチブックに何かを書いている男子がいた。
いや、一見男子の女子がいた。
その子の名前は、綾瀬雅。
クラスの人はみんな、
いつも綾瀬雅のことなんて気にせず、話しかけもしなかった。
しかし、今日は違った。
いつも綾瀬雅の前の席でご飯を食べている3人グループ。
神宮大輝、能登和也、菅原健太、の3人の中の大輝がおもむろに席を立った。
「おい、綾瀬。なんで1人で絵なんか書いてるんだ?
みんなと一緒にご飯、食べたらどーだ?」
和也と健太の2人は、思わぬ大輝の行動に驚いていた。
雅は、大輝をちらりと見たが、
何も言わずにスケッチブックと鉛筆を持ち、立ち去って行った。
「なんだよ、せっかく声かけてやったのに、、、。」
大輝は小言を言いつつ、雅の出て行った扉を見つめたままつっ立ていた。
ずっと動かない大輝に痺れをきらした健太は、大輝に声をかけた。
「いつまで立ってんだよ。飯食おうぜ。」
「あ、、、おう。」
大輝はおとなしく席に着くと、黙ってご飯を食べだした。
そんな大輝に健太はなぜ雅に声をかけたのか、と聞いた。
「お前、なんで綾瀬に声かけたんだ?
あいつが1人で絵を描いてるなんていつものことじゃないか。」
「え、、、いや、えっと、なんとなくだよ、なんとなく!
あいつ、いっつも絵書いてて、飯食ってねえじゃん?
だからさ、めしくってんのかなってさ!」
少し間が空いたがそれなりの返答をしてきた大輝に健太は不信感を抱くことなく、
大輝の意見にのっかった。
「そういえばそうだな!
あいつ、なんかほそっこいもんな!」
「だ、だろ?」
そんな健太を見て安心したような顔をしている大輝。
しかし、和也はそんな大輝の表情に気が付いていた。
「・・・雅。」
和也は、雅の出て行った扉を見ながら、
誰にも聞こえないような声で小さくつぶやいた。
-----IN屋上-----
教室で大輝に話しかけられたが、
無視をして出てきた雅は屋上に来ていた。
屋上には誰もいないようで、とても静かでおだやかだった。
「もう教室じゃなくて、ここで絵を書こうかな・・・。」
誰に言うでもなく発せられた雅の言葉は静かに空気に溶け込んでいった。
しばらくスケッチブックにむかって絵を描いていた雅だが、
一つため息をついた後、スケッチブックを地面に置いた。
・・・すると、
「なんだ、もう絵、描かないのか?」
突如した後ろからの声に、
誰もいないと思っていた雅は驚いたが、
ポーカーフェイスを装い振り向いた。
「・・・なんだ、お前か。」
雅は後ろの人物が誰だかを確認すると、
なんだ、という顔をしてフェンスに向かって歩いていき、
フェンスに寄りかかり、空を見上げた。
その顔は、どこか笑っているようにも見えた。
そんな雅の顔を見て柔らかくほほ笑んだ後ろの人物こと、
渡貫ひろ、は、
「なんだってなんだよー。ひどくない?
お前じゃなくてさ、名前でよんでよ、雅。」
と、とてもおちゃらけたふざけた高い声を出して言った。
雅は、本当に気持ち悪い、という顔をしつつも、
「・・・はぁ。わかったよ、ひろ。」
「ふふ、よろしい。」
「・・・なんか上から目線。むかつく。」
「もう。そーんなこといって、ツンデレだなぁ。」
「ほんとキモイ。」
「あはは」
ひろは、雅の冷たい視線や発言など何も気にならないかのように
嫌な顔一つせず、ひたすら無表情か、引いた視線の雅と会話をつづけている。
このひろという人物、雅と会話をする数少ない人物である。
というより、
雅が無視をしない数少ない人物
と、言った方が正確かもしれない。
少しの沈黙の後、ひろはあくまでも自然に聞いた。
「それで?どうした?」
ひろは慎重に言葉を選びながら聞いた。
雅は瞬時に表情をかすかにこわばらせた。
ひろはそれにきがついた。
だが、質問をやめようとはしなかった。
「・・・。教室で、、、。」
雅は少し間をおいて、一言、教室で、と言ったきり黙ってしまった。
雅の顔は無表情な顔を少しこわばらせながら
どんどん下に向いていく。
「・・・そっか。ごめんな、ヘンなこと聞いてさ。」
ひろはそんな雅をみて、質問をやめた。
そして、そのまま屋上をでていった。
ひろがでていった屋上では、本当に雅ただひとりだった。
雅はひろが
出て行った方向をしばらく見つめたままだったが、
下を向いて唇をかむと、顔を抱えてうずくまった。
その雅の顔は、いつものポーカーフェイスからは想像できない、
泣きそうになるのを精一杯我慢している、
泣いてはいけない、と自分に言い聞かせているようであった。
そのまま時間が過ぎて行った。
気がつくと、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。
その音を聞いて雅は顔を上げると、
立ちあがり、一度深呼吸をした。
「・・・泣いちゃだめだよ。
まだ、泣いてないよね?
教室行かなきゃ。
行くんだ、教室。
もう、、、もう、泣こうなんて考えちゃだめだ。
逃げちゃ、、、だめ。」
雅は、自分に強く、強く言い聞かせるように言うと、
目を閉じて、もう一度、大きな深呼吸をした。
すると、さっきまでの泣きそうな表情なんてどこにもなく、
いつもの無表情な雅に戻っていた。
そして、屋上から出て行った。
屋上にはだれもいなく、
上には雅の心の中とは裏腹に、
ただただ真っ青な空が続いていた。
「おい!渡貫!起きろ!おまえはいっつもいっつも寝てばっかだな!」
1年4組の教室。
古典の授業中である。
いつもの通り寝ていた渡貫ひろは、古典の先生の怒声で目を覚ました。
「すんませーん。」
そして、いつものように適当に謝ったあと、
教科書とノートを引き出しの中から引っ張り出し、
授業を受けるよ、という姿勢を見せた。
それを見た古典の先生は、、
「初めからそうしてろよ。」
と、ひと言注意してから、授業を再開した。
それを見届けてからひろは窓を見つめ、
そこから見える真っ青な空に向かい、一つため息をついた。
ひろの頭の中は雅のことでいっぱいだった。
隣のクラスの雅、
あの後、きちんと教室に戻れただろうか、
授業は受けられているだろうか、
傷ついてはいないだろうか、
まだ話をしてもらえるだろうか、
、、、永遠と尽きない悩みを思い浮かべていた。
心の色鉛筆