やさしくなりたくない
やさしさなんて知りたくなかった。やさしさを嫌悪した分だけ寿命が縮まるようなしくみならよかったのに。そうなれば、清らかなひとだけが残るのに。でも、そんな世界には、もはや、やさしさなんてものは存在しないのだと思う。やさしさは、義務でも何でもなく、良心だから。そんなのは、かたちだけの、うわべだけのやさしさと変わらないように思う。虚栄や打算のようで、卑しく思う。証拠という言葉も、卑しく思う。けれど、ほんとうのやさしさとは、一体何なのだろう。そんなものが、果たして存在するのだろうか。ああ、悪になりたい。偽善という正義を貫きたい。やさしくされたことのない人間でも、やさしくできる事を証明してみせたい。卑しさの塊として見られて、侮蔑されたい。私の思い描くやさしさで、だれかを徹底的に傷つけたい。でも、そのだれかがいないから、私は私を傷つけるしかない。私しか知らないやさしさを、私にしかできないやり方で、私に振り翳しつづける。骨が砕けるほど強く抱き締め合う。理想の自分と、共に死ぬ。
やさしくなりたくない