ピューター&プラスチッキーメン

閲覧ありがとうございます。
日記みたいな文章ですが内容はすべて完全なフィクションです。
もしよければ最後までおつきあいください。

朝7時。
目覚まし代わりの携帯アラームが鳴る。

僕は布団の中でぐっと伸びをする。
起き抜けは頭が痛い。
ゆっくり起き上がって部屋の青いカーテンを開ける。
空は明るめの灰色、寒い。

階段を下りてキッチンへ行く。
朝ご飯は食べない事が多いが、頂き物のみかんがあったのでそれを食べ、インスタントのコーヒーを飲む。
テレビをつけてみたが、何か朝から気色の悪い事件や深刻な話が続いていたので消した。
歯を磨き顔を洗い、ひげが伸びていたので剃る。
新聞を思い出し玄関の郵便受けに行く。
3日もためてしまった。新聞はほとんど読まない。
両親がまだ健在だった頃、数年間に渡ってまとめて契約していたようで、読むもののいない新聞でも解約は未だにできないでいる。

7時45分をすこし回ってしまった、出勤せねば。
僕はくすんだブルーの作業着を羽織り、下はジーンズで、安全靴まで履いて家を出る。
職場までは自転車で30分くらい。
僕の職場は食用缶詰の工場で、それなりに奇麗で働きやすいのだが、電車やバスが不便だ。
なので通勤はもっぱら自転車で、寒い日も暑い日もこいで行くのだ。
かれこれ10年ほど続けている。

灰色にすこし青を混ぜたような空の下を走る。
多分こういう色はネズミ色というんじゃないかな、僕の着ている作業着も同じような色だな。
等と思いながら行く、通いなれた道である。
もうずいぶん寒い。これ以上寒くなったら、本格的に防寒をしなければいけないだろう。
毎年首が寒いので、今年はマフラーを買おう。

職場の敷地に入る。
門番の男性に社員証を見せる。
おはようございます、と適当に挨拶をして通った。
敷地の脇の、夏は蝉の抜け殻でいっぱいになる自転車置き場に自転車を停める。
工場脇のオフィスに入り、また適当に挨拶をし、タイムカードを押した。

缶詰工場での仕事内容はこうだ。
既に加工済みでパッケージされた缶詰1ダースの箱を開き、缶詰に巻き付けてあるラベルを、サークルカッターという円形の刃物がついた器具で切りはがす。
そしてその裸の缶詰に新しいラベルを貼付け、別の新しい箱に詰めて出荷する。
なにか賞味期限の偽装でもやらされてるんじゃないかと思う事もあるが、特に何の騒ぎにもなっていない。10年続いている同じ仕事だ。
缶詰をとり、カッターで切り、ラベルをはがし、隣のラベル貼り担当のおばさんに渡す。
実に簡単な流れ作業だった。
月に何度かは、荷下ろしや納品のためのトラックへの搬入等も手伝う。
これは非常に体力を使う仕事で、疲れる。

ビーコンビーコンとけたたましく始業のベルが鳴る。
僕らは長机にパイプ椅子の席について、流れ作業を始めた。
長机の、左から右に缶詰が流れてゆく。
右端ではすっかり新しいラベルに張り替えられた缶詰が、新しい箱に詰められて出荷を待つという寸法だった。
長机は全部で8つ、つまり8列の流れ作業ラインがあり、そこで僕も含めて30人くらいの人が働いている。
女性も多いし、障害者も何人かいる。皆一様に酷く寡黙で、挨拶以上の会話なんて滅多になかった。

この日僕は、箱詰めの担当に配置された。
ラベルの張り替えられた缶詰を箱に詰め、出来るだけ綺麗に頑丈にテープで封をし、通し番号のスタンプをついた。
通し番号のスタンプは、つくたびに数字をひとつづつ送ってやらなければならない。
ついつい同じ数字を押してしまったり、番号をひとつ飛ばしてしまったりして、2個ほど訂正しなければいけなかった。
静かな工場で流れ作業をしていると、僕はいつも音楽が聞きたくなる。
賛美歌なんかいいんじゃないだろうか。とても真摯な態度で仕事ができそうではないか。

テンポよく働き、あっと言う間に昼になる。
昼食は仕出しの弁当がある。
この弁当はとても安い。ご飯とおかずの弁当に、みそ汁、ふりかけまでついて250円なのだ。
だから何も文句はない。いや、正直に言うとまずいんだが。
食事は工場に隣接するオフィスの1階、食堂スペースで食べる。広い工場中から人が集まっているので、ややにぎやかだ。

その日の弁当はやたらにでかい魚がぼんと乗っていた。
僕は焼き魚が大の苦手で、ほとんど手を付けられず、みそ汁とご飯だけを食べた。
僕はでかい焼き魚をビニール袋に入れそっと席を立った。

食堂を出て自転車置き場へ、そこに敷地を区切る金網が大きく破れた所がある。
そこから外へでると、砂利に雑草に、何か瓦礫のようなものが散乱する空き地のような所にでる。
昼休みは大体食堂で本を読むか、この空き地に来る。
空き地には猫が沢山住み着いていて、今日のようにおかずの残りや、僕が時々奮発して持ってくるおやつを目当てに集まってくる。
尻尾を垂直に立てて、汚い老猫もつやつやした雌猫も、ころころした子猫もみんな集まってくる。
僕は焼き魚をほぐしては、ほいほいと投げてやった。
猫は飛び跳ねて喜び、夢中で食べていた。
手が魚臭くなってしまったなあ。

その後すぐ手を洗って職場に戻り、席で10分ほど昼寝すると、昼休みは終わった。
昼からの仕事は少し眠いので辛い。
時間の流れの、粘度が増す感じがする。
流れ作業をこなしながら、僕は歌を考えている。
マイナーコードの、渋みがあって、でもサビでは綺麗に開いていくようなものだ。
コード進行を考えて、歌詞を考えて。
結局空想の時点でろくな歌にはならなくて、頭の中で丸めて捨てた。

夕方は、職場の窓からオレンジの光が差し込んで綺麗だ。
とろっとした暖色が、まだらに職場を染めて、冷たい蛍光灯の光を少しだけ和らげる。
僕はすこしだけ、ずっと昔学び舎で、いのこりさせられていた頃の事を思い出す。

5時で終業、でも大体2、3時間は残業になる。
7時ごろ仕事を終えると、簡単に掃除をし、終業になった。
職場の周りは街灯も少なく、本当に真っ暗である。
自転車のライトをつけて、砂利の自転車置き場を抜け、門を抜け、家路につく。

少し行くと広い道路に出る。
ここまで出ると街灯も多く、コンビニ等も沢山あるのでほっとする。
少し疲れもあって、ゆっくり自転車をこぎながら、晩ご飯の事を考える。
今日は駅の近くの喫茶軽食のお店で食べる事に決めた。
その店は初老の女性がママで、アルバイトがいつも1人2人いるお店で、ここ1年くらいよくお世話になっているのだ。

閉店が8時、つまり閉店間際なはずのお店は、未だにお客さんでにぎやかだった。
電車があるうちはお客さんはいるだろうな、でも喫茶店は朝早いから、夜遅くまで営業してると辛いのかな、など考えていると、
髪をまとめた上品なお嬢さんが注文を取りにきた。私はやきめしを大盛りで注文する。
このお店は、味はどれもまあまあでしかないのだが、値段が良心的で助かる。
やきめし大盛りで注文しても500円なのだから。
昔はほぼ毎日のように牛丼チェーンやハンバーガーショップを利用していたのだが、それが体に悪かったらしく、何か腎臓を悪くしてしまった。
それ以来牛丼チェーンやハンバーガー等、ファストフードはほとんど食べなくなっている。
まぁ、この喫茶店のやきめしがそんなに体にいいとも思えないけれど。

かまぼこの入ったやきめしをもくもくと平らげて、サービスでコーヒーをごちそうになった。
とても平均的な味。
特別プラスチッキーな、いかにもなレトルトでもなければ、手作りの滋味あふれる不揃いさがあるわけでもない。
若者風に言うと「普通にうまい」だろう、僕の席の後ろの高校生グループが、そんな事をいいながら楽しそうに騒いでいる。
遅くにごめんねとママに簡単に謝って食事の代金を支払った。僕と入れ違いに酒臭いスーツの男が来店していた。

喫茶店をでてすぐ近くのコンビニに入り、野菜ジュースを買う。
僕には野菜が足りないので、ジュースで補うような事をもうずっとしている。
フルーツ入りの美味しいものが飲みたいが、それならジュースと変わらない。
ドロっとした濃厚な、トマト味で、塩分を含まない、一番まずいそれが500ml入ったパックを買う。100円。

それからさらにそのすぐ近くのレンタルビデオ店に入る。
店内にあるいかにも怪しいのれんをくぐって、アダルトビデオのコーナーに入る。
異様に長いタイトルのDVDを手に取り、裏を読んだりして楽しんだ。
怪しいのれんをでて、洋画の棚へ行く。
黒人男性が鞄を提げて歩いている、何か勇ましい感じの映画をレンタルした。
このレンタル店は、旧作は100円で貸してくれるので借りやすい。
後少しの帰路を、すこし元気の出た足で急ぐ。

家に帰ったら、すぐ熱いシャワーを浴びた。
寝間着を着て、髪を乾かし、野菜ジュースをウォッカで割ろうと思いつく。
ウォッカとドライジンとラム酒は、冷凍庫に入れてある。
スピリッツとか言われるこいつらは、冷凍庫でも凍る事がないのだ。
氷で満たしたタンブラーに、ウォッカを入れて、野菜ジュースで満たした。
こういう赤いカクテル、なんて言うんだっけな。「ブラッディマリー」か?「ブラインドメアリー」だっけ?

みかんをつまみにカクテルを飲み、借りてきたDVDを見る。
男がゾンビだらけの街で孤独に暮らし、最後は勇敢に戦って死ぬような内容だった。
特別名作だとも思わなかったが、つまらなくもなかった。
「普通に面白かった」だ、ははは。僕は若者になる才能があるんじゃないだろうか。

簡単な記録のような、乾燥した日記を付ける。
昔はもっとウエットなものをつけていたのだが、そういう日記は大体1週間と続かなかった。
思い切って可能な限り簡略化してつけてみたところ、これがもう2年ほど続いている。
日付と天気と、体調を10段階評価、仕事を5段階評価。本を読んだ時はそのタイトル。
他にメモすべき事があったらつけている。

このまま眠り、起きれば今日と同じ明日が始まる。
この1日をいつか終わる日まで繰り返す。代わり映えなどあってはならない。
それが苦痛で仕方がない頃があった。
必死で抵抗した日々が確かにあったはずだ。

ただ今の僕はそんな繰り返しの1日をむしろ好ましいと思っている。
この1日を過ごし、日記に記し、前日の日記を読む。
確かに繰り返している。鎖のようにつながり、終わりの日へ一歩ずつでも登っていける。
僕はどこにも行けないなんてことはない。いつか終わる。そして今日も1日を無事消化した。

僕は安心して毛布に包まった。
枕元に目覚まし代わりの携帯電話を忘れずに。
小さい音でラジオをかけている。
古い友人のようなお笑い芸人が、どうしようもない下品な話で盛り上がっている。
少し笑う、ユーモアは素晴らしいな。
だんだんラジオの内容が理解できなくなってくる。
僕は意識がなくなる寸前に、手を伸ばしラジオを切った。

ピューター&プラスチッキーメン

この文章を読んで、何か不愉快になった人等いらっしゃいましたら申し訳ありません。
気に入ってくださった方がいらっしゃいましたら、是非何か感想などいただけるとうれしいです。
どうもありがとうございました。

ピューター&プラスチッキーメン

錫で出来た鎖を編み「最後の日」を目指す男の日記です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-24

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