新党結成

新党結成

「おじいちゃん、聞いてるの。ねえ、おじいちゃんってば!」

 ふと、我にかえる。
「えぇ?どうしたの、さえちゃん。おじいちゃん、テレビに夢中で聞いてなかったわ」

「だからぁ、最近おじいちゃんテレビに出てないけど、大丈夫? クビになっちゃったの?」

「あ、あぁ」
 痛いところをついてくる。初孫のさえは、来年の春、小学校に入学する。このごろは親に似たのか、口がどんどん達者になってきた。コタツに入り、みかんをほおばりながら、冷ややかな視線をこちらに向けてくる。表情も娘にそっくりである。

「さえちゃん、大丈夫だよ。おじいちゃんはクビになんてなってないから。今度またテレビに出るから、楽しみにしておいてよ」

「ホントに?やったー」

 両手をあげて大喜びする孫を前に、虚勢を張って、笑顔を見せるしかなかった。晩御飯の支度をしていた娘が、そっとうしろからつぶやく。
「お父さん、無理しなくてもいいのよ」

 三年前の政権交代時には、官房長官として、テレビニュースによく顔を出した。歯に衣着せぬ物言いがマスコミに受け、「大ちゃんの大胆発言」などと、脚光を浴びた。しかし、野党時代につくったマニフェスト通りに政策が進まないと、国民の不満は急速に高まる。「脱官僚」を目指したが、官僚との関係もうまくいかなかった。その歯がゆさから、定例会見で「あいつら、全然ゆうこといかんからなぁ」と漏らしてしまったことを追及され、世間から批判を浴びることに。結局、当時の総理から更迭された。あれから、「経済」「教育」「外交」など、幅広く地道に政策論議を重ねてきたつもりだが、マスコミへの露出が減った分、世間はまったくといっていいほど評価してくれない。地元の後援会幹部からも「最近の大ちゃんは元気がない、ともっぱらの評判だ」といわれて、ショックだった。そして、よりによって孫からも心配されるとは。


 翌朝。吉岡大五郎は、いつものようにトイレの中で、本を開いていた。なんとしても、もう一旗あげたい。今、国民党には明らかな逆風が吹いている。このままでは、次の衆院選は戦えない。何か、インパクトのある方法で国民の注目を集めることはできないか。そんな思いを頭の片隅に置きながら、「イスラムを掌握したムハンマドの謎」という文庫本を読んでいた。ページをめくる。その瞬間、衝撃が走った。
「こ、これだ!」
 思わず、大声で叫んでしまった。
 トイレのドアの向こうから、妻の心配そうな声が聞こえた。
「あなた、大丈夫?」

「あぁ、すまんすまん。大丈夫だ」

 七十歳。もう一旗、あげられる。そんな予感がした。

 野口総理の、予想だにしない衆議院解散宣言。政局は、一気に浮き足だった。国民党を離党する議員が相次ぎ、国民党と、前政権を担った自由党とは別の、いわゆる「第三極」に注目が集まっていた。
 吉岡も、すでに離党を決意していた。新党結成のために同志を募った。しかし、応じてくれたのは、同期当選の亀山健三ただ一人。このままでは、法律上、政党と認められる要件の国会議員五人にも達しない。だからといって、もうあと戻りはできない。自分のためにも、そして、孫のためにも。

 記者会見には、それなりのマスコミが集まった。吉岡と亀山がいすに座ると、フラッシュが何度かたかれた。懐かしい感じがした。官房長官時代には、会見でフラッシュがたかれる度にうんざりとしていたが、今日は快感に近いものを感じた。吉岡が大きく咳払いをし、口を開く。「では、よろしいか」

「それでは発表します。とにかく、脱原発、反TPP、消費税増税を阻止し、失業率を減らす、そして北方領土返還を目指し、沖縄基地問題を解決する、さらにいじめのない心豊かな教育を目指す党 です」

しーん。会場が静まり返る。

「で?」
一人の記者が怪訝そうな顔をしながら、こちらを見ている。

「で、とは?」
 吉岡が問い返す。

「ですから、新党の名前を聞いてるんです」

「今、申し上げたとおりです」

「は?」

「ですから、とにかく、脱原発、反TPP、消費税増税を阻止し、失業率を減らす、そして北方領土返還を目指し、沖縄基地問題を解決する、さらにいじめのない心豊かな教育を目指す党 です。略称は『新党とにかく』で申請しております」

「と、とにかく?」
 その記者の顔は固まったままだった。
 よし、インパクト大成功だ。
 吉岡はテーブルの下の見えないところで、右手で何度もガッツポーズをしていた。左手には、ムハンマドの文庫本がしっかりと握られていた。

「ムハンマド・ブン・アブドゥ・ル・ラー・ブン・アブド・ル・ムッタリブ・ブン・ハーシム・アル・クライシュ」
 これが、ムハンマドの本名だ。
 アラブ人の名前には、部族の名前や家系図がすべて盛り込まれるらしい。この本で、そのことを知った時、ピンときた。それにあやかって、今回の新党名にマニフェストの内容をすべて盛り込んでみようと。

 これでもう一度、世間の注目を集めることができるはずだ。あぁ、今晩のテレビニュース、明日の新聞が楽しみだ。孫の喜ぶ姿が目に浮かび、会見中にもかかわらず、にやつく顔をおさえることができなかった。

新党結成

新党結成

事実は小説よりも奇なり。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-24

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