春の眠り

あおい はる

 駅のホームで、いまにも電車に飛びこみそうなひとを見たとき、あの、どうしていいのかわからない感じは、こわい。ばかなことはおよしなさい、などと、声をかけられればいいけれど、あくまで飛びこみそう、というだけの、あまりにも不確かな状況で、そのひとを見た目だけで自殺志願者だと判断するのはまちがっている、と思いながら、自販機で買ったコーンポタージュ缶を、スプリングコートのポケットにつっこむ。きょうはあたたかくて、でも、夕方から、なんだかさむくなってきて、あったかいコーンポタージュ缶を買ったはいいけれど、飲む気にはなれなくて、じゃあ、なんで買ったのかと自問しても、なんとなく、としか答えられないなぁというくらいの、ぼんやりさである。駅に併設されたスープ専門店から、やさしい甘さのスープのにおいがしたから、無意識にコーンポタージュを選んだのかもしれないし、昼と、夜の、はげしい寒暖差に、からだとあたまが、ついていけてないのかもしれない。対応しきれていない。血管が、拡がったり、縮んだりして、きっと、せわしない。いまにも電車に飛びこみそうだったひとは、三分後にやってきた上り電車に飛び乗った。電車のなかで恋人と思しきひとと出逢い、幸せそうな笑みを浮かべていた。わたしは、よかった、と思ったし、ごめんなさい、とも思った。ポケットのなかのコーンポタージュは、重く、コートがのびてしまいそうだった。春めいた色の、コート。パステルカラーの。グリーンの。
 三月にはいってから、いつも、どことなく、眠い。

春の眠り

春の眠り

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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