春はもうすぐそこだって

あおい はる

 朝になったら、すべて、やさしさに内包されていたらいいのに。星も、肉体も、微生物も、無機物も、そっと、あたたかい袋のなかで、ぬくぬくとしていれば、なにもかも、ゆるせると思う。ゆるされると思う。あらそい、や、し、などという不穏な言葉から、かけはなれたところで、平和的に、なにも怖れることなく、きみを傷つけた誰かの行為も、なかったことにしてやれるかもしれないのに。朝になっても、あたたかいのは布団のなかだけで、部屋の空気も、カーテンも、窓も、ドアノブも、いじわるなくらいに、つめたい。
 となりに住んでいるひとの、窓の柵のところに、ときどき、白い鉢植えが置いてあって、なまえの知らない黄色の花が咲いているときがある。そのひとは、なんだかちょっと、花を愛でるような感じのひとではなくて、恋人か、友だちがおもしろがってあげたのかなと、ぼくはひそかに思っている。夜の仕事をしているらしく、一日中ほとんどカーテンがひいてあるのだけれど、週に一日はかならず昼間に、カーテンも、窓も開け放っている。たばこを吸いながら、ぼんやりと窓の外を眺めている。べつに、話しかけにくいわけではないけれど、なんとなく、向こうが迷惑がりそうなので、目があわない限りはあいさつも交わさない。ぼくとは異なる時間軸を生きている、夜に仕事をしているということは、昼に大学に通って夜には眠っているぼくには想像しても、テレビで観ただけの表面しかわからないので、そのひとのこと、まったくもって知らないと言っていい。バックグラウンド的なもの。なんの仕事をしているのか。夜に仕事をしている理由は。花が好きか。
 おなじアパートの、となりの部屋に住んでいるだけのひと。街ですれちがっただけのひと。駅の改札を通過するときに前にいたひと。コンビニの店員。近所の保育園のこども。など。ぼくとは無縁の、でも、おなじ街に住んでいる、または、おなじ国に住んでいる、さらには、おなじこの地球に住んでいる、だけのひとたちも等しく、やさしさに包まれていれば、いい。いいのに。
 つめたいのは、そろそろあきてきたね。
 二月のおわり。

春はもうすぐそこだって

春はもうすぐそこだって

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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