蜜柑猫

鷺沢 歩

鏡見成人は、精神が衰弱していた。
なので彼の見る世界はまるで、周りが雲のようにはっきりとしない物に見えるのであった。

これから話すのは、精神異常者になり切れない、精神異常者の嘆きである。どこまでも静寂で、どこまでも孤独な嘆きである。

どうすればいいのかわからなかった。
積み重なったその精神的な疲れをいやす術を取り上げられては、もう私に成すことはないのだ。
憂いの瞳で、私は、何かを必死に打ち込んでいた。
何かを見ていた。
何か、得体のしれない、よくわからない、理解のできない、そう信じたいものを必死に理解していた。

どうすればいいのかはわからない。
何が正義なのか、何が正しいのか。そう言った話ではなかった。どこまでも生半可で辿り着くことのできない、憂いに私はもう辿り着く行き先を見失ってしまったのだろうか。

もう、崩壊していたい。
私は、精神的な障害者だと、一言で言ってしまえればどこまで楽なのだろうか、どれほど私の心が癒されるのか。
しかし、皆々という私の内に蔓延る経験という名の傍観者は、皆口々に似たような罵声を私に浴びせるのだ。いや、それは罵声なのか、それともそれが世間一般に言うような「強制されるべき普通の振る舞い」なのか、私はそうであらなければいけないのか、私は間違っているのか、私は私のままでいては普通ではないのか、私は、世間から見れば特異な位置にいるのだろうか。
 私は一体、なぜここまで、皆々からそこまで離れていると罵られなければいけないのだろうか。普通でないと、私は普通ではないのだろうか、一般に所属するような世間一般で言うような、皆々ではないのだろうか。まるで、別の世界だ。
 いや、ゆめから覚めた。現実だ。
 わからない。あなたの考えがわからない。分からないのだ、あなたが何故そんな考えを持つのか、やはり私は遅れているのか、そして皆々と同じではないのか。この苦しみを、あなた方はわかるはずもないだろう。

 それでも私は、普通なのだ。皆々から見れば、それは口々に「普通」だといわれる、しかし、他なる本人があらゆる人間に対し、「差異」というものを感じるのだ、私は、違うのだ。私はおかしいのだ。私は普通ではないのだ。私は狂人になり切れない狂人なのだ。
 どうしていいかもわからない。
 わからない。できない、できることのない。
 私は何かしらの精神的な病魔に侵されているのだ。ここまで、何かしらの恐怖に脅かされることは、常人には決してないだろう。
 だがしかし、私は、それに耐えきれないのだ。故にそれはもう、鬱だのなんだの、そう言った病魔があるはずなのだ。もう疲れたのだ、しかしそれを口にしたのなら皆々が「気取っている」と言うのだ、それにあらゆる反応を切り返されても、もう何も信じることができないのだ。
 きっと彼らは、私をどうにか今まで通りの「普通」に属させるよう誘導させているのだ。
 普通に無理やり所属する、今まで生きてきた通常の私に戻そうと、皆々同情するものは一所懸命なのだ。
 早く偽ってくれと思っているのだ。
 嗚呼、なんていうことなんでしょうか、あなたに私の言うことはわからない。嗚呼、あなたは私になれということですか? 私に拒否をするという選択肢はないというわけです。
 あなたにしか選択肢がない状態なのですから、だからあなたは否定するんですよ、私を知らないから。けれど、私を知らなくとも、私が判断できるわけがないんですよ。
 だから、何も知らないあなたが、私も「そうでない」と判断するのですよ。

 それは仕方ないのですよ、一歩進んで二歩下がる。そんな思考回路をする私とあなたとでは、差があまりにも大きすぎるのですよ。
 だから、あなたに私は理解ができないんです。だから拒否される。私は私じゃない毎日に戻れといわれているんです。
 私を演じろという毎日に戻れと、あなたは私に言い聞かせるのです。それは平常に活きる洗脳とも言いましょうか、そしてあなたは、大丈夫と魔法の言葉を使うのです。何もわからないくせして、人をこの言葉で洗脳できるのです。
 「大丈夫」と「ありがとう」この言葉は人を腐らせるのです、人を極限にまで、貶める言葉であるに違いないのだ。違うというなら言ってみろよ、それなら私はここまで腐っちゃいねえよ。

 あなたに私の何がわかるのか、何もわかるまい、思い出すことを拒絶した私に何がわかるものか、何もわからないだろう、この破綻した思考をあなたが判断したとしてもそれが普通なのか、あなたがあなたの普通に属するのかもわからないくせして、判断をしているんじゃねえぞ、何もわからないくせして私を判断するんじゃない。
 あなたは絶対に、私を理解できない。結局は何もわからないのである。
 あなたは、分かった気になっているだけ、結局は虚像を見ているだけなんですよ、私の刃った、偽りの過去に、うなづいているだけで、核心には至らない。だからこそ、あなたには理解できないんですよ。安い同情で分かった気になって、精々あなたの自慰に浸っていてください。

 あなたは偽物だ。
 そして偽善だ、何もわからない。わかるはずもないんですよ。
 それは、ありふれた「人の心はわからない」じゃないんですよ、いくら調べったって、それが偽りな以上、それが真実に成り代わることはないんですよ。私は私を理解することができない。私は私は一体誰なのか、何も、何も変わることはない。私の心内を知る人間なぞ、この世にあって溜まるか。

 その辛かったねと語る言葉に、その言葉通りの心はあるのか、それは本心から出てくる言葉で例えあったとしても、それは自分の自慰行為に過ぎないんだ。
 そのうるさいと理解できない言葉を私に吐き捨てるのは、正解ではない。不正解だ、あなたに私はわからない、ならば私を裁く権利もない。それはあなたによる私の同化だ、あなたに私の悲痛がわかられてたまるか、殺しおてやると何度思ったか、殴らんかったのは、殴っては、何かしらの悪いことが起きるという点があったからだ、権利を阻害され、その阻害された権利を阻害されたのなら、その代役は何になるというのか、世間が決めたのはただの感情操作であり、そして、私を結果的に、全てを否定する、絶望なのである。
 あなたは、私を知らない、だから、私をどうにかすることはできない、壊れてしまいそうだ。

 私が、壊れる嗚呼、壊れる。私の内側が、壊れるのだ。何が、何で、何が正しくて何が一番やっていいことにちかいのか、何が一番ひどい顔をせずに済むのか、失敗は誰でもする、じゃあ、その失敗を許され手も過言じゃないだろう。じゃあなぜ、私は他者に嫌悪され、私を理解できないものと嫌な顔を向けるのだ。
 何一つ理解ができない。そのくせ、異常と名乗れば、貴方は以上でないとだれかが つぶやき、一転に大きくなった衝撃が来るのだ。
 そうして良いのかもわからない。あなたに私は理解できない。だって私は私が何者なのかがわからないからだ。

 誰のせいだ、あいつの所為だ。
 あいつは誰だ? その問いに私は、誰でもないと返す。嘘をつけ、誰だ。いや、誰でもない。誰でもあるが故に、誰でもない。
 それを答えたら、私の中の客観性の皆々が言うのだ「人のせいにするな」と、誰が、人を怪物に差せるのか、異常者に、化け物に、理解のできないナルシストに差せるのか、紛れもない、環境と、他人と、自覚のない差別主義者だ。ああ、あなたには理解ができない。私にも私とあなた方が理解できない。
 それに答えがあることをあなた達は、望むし、そうしないといけないよう、あなたは心の奥底で臨んでいるのだ。結果、私は、嘘を嘘と本当という二重の真実を今まさに説いているのだ、どちらも存在し、どちらも存在しない。シュレディンガーの猫ではない。それは今確実に、目に見えないが存在しつつあるのだ。
 しかし、あなた達には理解ができないから、そこにはないのだ。
 ああ、お前らは私のあり方を否定する。関わらないで欲しいところに土足で踏み込む。ッ分かっていないのに、解ってると繰り返す。存在を自分の思った通りにゆがめて勝手に決めつけ解釈し、私にその理想像を押し付け、それを打ち明かしたら、忘れて、本当に忘れて、私が本当にやったことのようにあなたは、可哀想な、理解のできない、そんな子に育てた想いは無いと悲観するのだ。
 私は一体、何をしていたのか
 私は一体、何に動かされてきたのか
 私の存在は一体、誰の中にあるのか

 ゆがめられているのか
 それともゆがめてきたのか
 私は一体誰なのか
 私は一体何を見てきたのか
 私は一体何を判断しているのか
わたしは一体、何を正しく思ってきたのか

 私は一体、夢と現実。どちらの景色を見ているのか。勿論いまは 現実だ。
 ああ、誰か、誰でも良い。誰でもいいから私を精神的な、医学的に神経衰弱だと認めてくれ、あんたらは神じゃねえんだよ、試練を与えるのは仕事じゃねえし責務でも義務でも権利でもない。
 もう、何かも、うんざりだ。
 たまに、布団に入ると、自分自身の像に発狂をする。嘆かわしい。
 嗚呼、もうだめだ、声にならない声で全身を震わせるのだ。嗚呼、これはなんの拷問か、そして、これでもまだ正気を保っている自分にまた絶望するのだ。早く失ってくれ、俺はもう、楽になりたい。死ねない、自殺ができない。ならばもう、狂人として自他共に認められるしかないのだ。なのに、何故正気を保てているのか。
 ああ、言葉にならない。言葉にすることもできない。人の目が怖い、何を思っているのかもわからない、彼らの瞳が怖い。その声の表情も恐怖の対象だった。まるで世界中、あらゆる人々から見られているようだった。
 感情のわからない、その瞳で、決して「悪い」とは言っていない。しかし、わからない。私の何がおかしいのか、その瞳の奥の感情がわからない。わからない故にとてつもなく恐ろしいのだ。他人が、表情の奥が読める人間であればあるほど、恐ろしく、そして実感のない何かに悪口をいわれているかのような震えで、もうどうにかなりそうだ。

ああ、これでもすべて、私の自慰なのか? 私が心の底から臨んでいる欲なのか? それでもあなた方は、中二病と揶揄するのですか? 私のこの精神的な苦痛を演技だと、かっこつけだと、嘲笑うのですか? 

 だから、皆はわからないのだ、何も、私は私がわからないのですよ。
 何も、何もわからない。何度破壊すれば、気が済むのか。
 そして何の罪悪もなしに、私にその罪を擦り付けるのですよ。
 嗚呼憎たらしい、私はそれを愛と敬称していたのですね、友情だとか信頼だとか、何故そのことに気がつかなかったのか、それともそれは今完全に心の、精神的な傷を癒すための一時的な処置ですか? もう私には何もわからないのですよ。
 だってもう、自身の過去を信じることができないのですから。

 もう何もわからないのですよ私は、私がわからない。何も、何もわからないのですよ。
 もう、人の温もりだとかもう、自分が自分でいることが酷く辛いのですよ、もう何故わかってくれるないのでしょうか。もうその答えは明白なのですよ。
 誰も、私は私を理解できないのですよ。
 だから私を私として、存在させることはできないんですよ。
 偽って、どこまでも一般人として演技をしなければならないのですよ。

 その現実に、現状を否定されて、私は一体どうすればいいのか。
 もう耐えきれない。耐えることはできないのですよ。私は、鏡見成人は、もうダメなんですよ、もう私は、私であることが大変困難な状態にあるんですよ。精神的な余裕も、安泰も何もかも、もうダメなんですよ。
 だから私はもう、誰かにならなければいけないのですよ。もう私は私を捨てて、もう私とはもう何一つ関わり合いのない、他人に成りたいのですよ。他人という、あらゆる呪縛から解放された、いくらかましな赤の他人に成りたいのですよ。もう、私はもう……ダメなんですよ。

 鏡の目の前で瞳の死んだ、男は笑ってその名を口にするのだった。

僕のね、俺の……いや私の名前は蜜柑猫なんですよ。
僕はね、蜜柑猫なんだよ、蜜柑猫だ。紛れもない俺なんだ。いや、俺は蜜柑猫だ。決して蜜柑猫なんかじゃない。
私はね、蜜柑猫なんですよ。もう……今だけは、お願いだから夢なんて覚めないでくださいよ。私はね、蜜柑猫という名前で、私は……。

 乾いた、過呼吸に滲んだ独特の笑い声に似た、息の音はただの誰でもない。
 他の誰にもなり切れない、洗面台の上の、男の非情な泣き声に満たない、嗤い声だった。

蜜柑猫

鏡見成人は、実際には存在しない人物です。ここでは私の本名の代わりです。
好きな風にルビを振ってくれて構いません。好きなように読んでください。

蜜柑猫

読まないでください

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-27

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