朝の茫洋

 六時のにおい、朝の、まだ、なにものにも侵されていない、澄んだ空気と、缶コーヒー。自動販売機で買った。海の近くの、駐車場は、アスファルトがざらついている気がする。自動販売機のボタンも、なんだかべたべたしていて、潮っぽいなぁと思ったし、潮なのだろうなぁとも思った。きっと、海が近いので。そういえば、昨夜、すこしだけ、宇宙のことを想像した。本を読んでもわからないことが多い、星の外のこと。星を、ひとつの家とするならば。たとえば、月が観光施設、太陽が学校、土星がコンビニで、火星は公園。ブラックホールは、森。コーヒーを飲みながら、海を眺めているあいだ、波を待っていたきみが、サーフボードの上に立つ頃、ぼくはその昨夜の、宇宙の妄想と、きみの体温に、いまだに、肉体をからめとられている気がして、足がうごかないでいる。いつも思うのは、恋愛にも、人生にも、いつかおわりはあって、おわりがないものってあるのだろうかと、この世に、永久的につづくなにかは、あるのだろうかということ。きみと過ごす日々のおわり、また、ぼくというにんげんのおわり。それらをおわらせない方法は。おわらないでほしいのに、願っても願っても、いつかはかならずおわりがくるように仕組まれている、世界。無情だ。
 砂を蹴る。
 コーヒーは温い。
 波に乗ったと思ったら、あっというまに海に落ちた、きみ。
 まだすこしだけ、眠い。この、まだすこしだけ眠いときの、思考の処理能力の鈍さ。おそらく、この、朝の、宇宙だの、永久的だの、世界の仕組みだのと、いやに大仰で、浅はかな思想は、昼、夜と、時間の経過と共に、妙な現実味を帯びて、深まってゆく。浅瀬で、水遊びをしていたはずが、知らないあいだに深いところにいたときの心持ちに、似ているような、似ていないような感じだ。未知なる星の外のことも、おわりがないもののことも、この世界をつくられた創造主のことも、漠然としているくらいが、いい。ちょうどいい。こういうのは深入りするほど、わからなくなっていく。サーフィンのたのしさも、ぼくにはまだ、ちょっとわからない。
 金色の髪のきみ。
 太陽を連れてくる。

朝の茫洋

朝の茫洋

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-25

CC BY-NC-ND
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