アットマーク・エンド

 連絡先、メールアドレスの、アットマークをじっとみつめているあいだに、バスを二台ほど見送った。バス停の、木製のベンチで、スマートフォンに登録した、だれかのアドレスは、アットマークのまえのアルファベットが長く、意味のない羅列だとわかったとき、指先がちょっと熱くなった。じんわりとひろがる、熱。第一関節、第二関節と。好きになったひとたちが、みんな、日に日にすこしずつ、おかしくなっている世界で、ぼくだけがいつまで、変わらないままでいられるのかを、ときどき、かんがえる。とはいえ、きまぐれに。ゆえに、かんがえているといっても、うわべだけのようなもので、いつも利用しているバス停の近くのたい焼きやさんの、金髪のおにいさんが、ふだんはちゃきちゃきとたい焼きを焼いて、売っているのに、お客さんがいない時間、店先の椅子に腰かけ、たばこを吸っている表情が、なにかをかんがえているようで、ちゃんとかんがえていないときのぼくと、なんだか、ダブってみえる。おにいさんは、ほんとうになにかのことを、真剣にかんがえているのかもしれないけれど。ぼくは、たばこはまだ、吸えないけれど。
 夕暮れが去り、夜が完全に訪れた頃の、歩道橋からみる星は、冬がいちばんきれいに光ってる。好きになったひとのなかでも、とくに好きになったひとが、きのう、ぼくに好きだと告げてきた。ずっと、うまれたときから、ぼくのことが好きなのだと、そのひとは言って、ぼくも、そのひとのことは好きになったひとのなかでも、かなり好きな方だったけれど、うまれたときから、という言葉が、とてもおぞましいと思った。うまれたときを、しっているの。ぼくの、うまれたときのこと。ぼくも、ぜんぜん、しらないというのに。丸い眼鏡の奥の、いつもは穏やかな瞳を細めて、微笑んでいる、そのひとは、一瞬で、ぼくの好きになったひとのなかから、除外されて、あっけなく。やっぱり、ぼくの好きになったひとたちは、みんな、どこかおかしくなってゆく世界なのだと、いまは、ただ、静かにかなしむことしかできない。ブルーライトの上で、無機質なはずのアットマークだけが、ふしぎとやさしい。

アットマーク・エンド

アットマーク・エンド

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-24

CC BY-NC-ND
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