探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -パラノヰア・アート- 終幕:快刀乱麻

『探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -パラノヰア・アート- 終幕:快刀乱麻』

●作品情報●
 脚本:にがつ
 原案:江戸川乱歩(えどがわらんぽ)蜘蛛男(くもおとこ)』(1930年)
 引用:江戸川乱歩(えどがわらんぽ)化人幻戯(けにんげんぎ)』(1954年)/『孤島(ことう)(おに)』(1929年)
 上映所要時間:●●分
 男女比 男:女:不明=3:2:0(総勢5名)

<登場人物>

 九十九 龍之介(つくも りゅうのすけ)
  性別:男性、年齢:29歳、台本表記:九十九
  本作の主人公で、神田(かんだ)神保町(じんぼうちょう)探偵(たんてい)事務所を構えている。
  この世ならざる事象(じしょう)が関わった事件を専門とすることから『怪奇探偵(かいきたんてい)』と呼ばれる。
  ハイカラな格好(かっこう)をするイケメンではあるが、オネエ言葉を(しゃべ)る。
  実は陰陽師(おんみょうじ)名門・土御門(つちみかど)家の一族の人間で、旧名(きゅうめい)は『土御門(つちみかど) 龍之介(りゅうのすけ)』。

 【猫又】千里(ちさと)【※女性配役のキャラクター】
  性別:男の娘、年齢:100歳以上(見た目は10代後半)、台本表記:千里
  九十九(つくも) 龍之介(りゅうのすけ)式神(しきがみ)である、オスの猫又(ねこまた)ではあるが――
  主人の(強制的な)命令で女性モノの服を着ており、華奢(きゃしゃ)で愛らしい容貌(ようぼう)から少女と勘違いされる。
  性格は自信過剰で好戦的で、良くも悪くも裏表のない不良気質。
  真名(しんめい)は『悪行罰示神(あくぎょうばっししきがみ)仙狸(せんり)』で、龍之介(りゅうのすけ)によって力が(ふう)じられている。

 仙狸(せんり)【※『千里』役の兼ね役です。】
  性別:男、年齢:100歳以上(見た目は20代前半)、台本表記:仙狸
  真名(しんめい)は『悪行罰示神(あくぎょうばっししきがみ)仙狸(せんり)』であり、千里(ちさと)の真の正体。
  普段は龍之介(りゅうのすけ)封印術(ふういんじゅつ)によって力が抑えられ、精神的に幼くなっている。
  封印(ふういん)が解除されると落ち着いた雰囲気(ふんいき)となる。

 明智 小五郎(あけち こごろう)【※女性配役のキャラクター】 
  性別:??、年齢:23歳、台本表記:明智
  中性的で整った容姿(ようし)、花のような芳醇(ほうじゅん)な香りを(まと)い、王子様的な振る舞いから女性人気が高い探偵。
  『紳士探偵(しんしたんてい)』・結城(ゆうき) 新十郎(しんじゅうろう)双璧(そうへき)()すなど探偵として高い能力の持ち主で、別名『栴檀探偵(せんだんたんてい)』。
  悪戯(いたずら)好きで飄々(ひょうひょう)とした人物ではあるが、事件解決のためならば手段を選ばない部分を見せたり、その一方で
  「正義の味方」という言葉が相応(ふさわ)しい程の誠実な部分を見せることがある。実は――

 畔柳 八握(くろやなぎ やっか)
  性別:男性、年齢:28歳、台本表記:畔柳
  警視庁捜査一課の刑事で、階級は警部。事件の際は明智(あけち)と組むことが多い。
  正義感が強く非常に真面目な性格をしており、その真面目さ故に感情的になるのが玉に(きず)
  過去に徴兵(ちょうへい)で戦争に参加した際に、爆弾に巻き込まれたことで右脚が義足になっている。

 稲垣 平造(いながき へいぞう)
  性別:男性、年齢:32歳、台本表記:稲垣
  本所区(ほんじょく)横網町(よこあみまち)にある『稲垣美術店』で美術商を営んでいる元美術家。
  東京藝術大学卒業の新進気鋭(しんしんきえい)の芸術家で将来を期待されていたが、顔を皮膚病に犯されてから、
  周囲の人間から差別にあったことで顔を包帯に隠して密やかに生きてきた。
  「ヒトの命こそが至上の芸術だ」という信念を持ち、そして――

 醍醐 永秋(だいご ながあき)
  性別:男性、年齢:25歳、台本表記:醍醐
  宮内省(くないしょう)御霊部(ごりょうぶ)に所属する陰陽師(おんみょうじ)
  一見するとヘラヘラした二枚目半な人物で、大酒飲みで周りからは「怠け者の大うつけ」と呼ばれている。
  その裏では洞察力と観察眼に優れており、御霊部(ごりょうぶ)の中でもトップクラスの実力の持ち主。
  御霊部(ごりょうぶ)時代の九十九(つくも)相棒(あいぼう)で、別名〝(みなもとの) 博雅(ひろまさ)(十五代目)〟。

〝先生〟
  性別:男、年齢:30歳、台本表記:先生
  明智(あけち) 小五郎(こごろう)の探偵としての師匠で、名前は――

 土御門 桔梗(つちみかど ききょう)
  性別:女性、年齢:秘匿(見た目は20代後半)、台本表記:土御門
  九十九(つくも) 龍之介(りゅうのすけ)の姉で、宮内省(くないしょう)御霊部(ごりょうぶ)のトップである御霊部(ごりょうぶ)部長を務めている。
  陰陽師(おんみょうじ)としては「最強」と呼ばれる実力の持ち主。
  性格は非常に過激かつ冷徹ではあるが、陰陽師(おんみょうじ)としては「〝血筋〟よりも〝実力〟」という考えを持つ〝異端(いたん)〟。
  また頂点に立つ者として、家族、部下や無辜(むこ)の人々を守護する責務を全うする、という絶対的な信念を持つ。

 賀茂 稜成(かも いつなり)
  性別:男性、年齢:32歳、台本表記:賀茂
  安倍(あべの) 晴明(せいめい)の師と言われている陰陽師(おんみょうじ)賀茂(かも) 忠行(ただゆき)を祖とする賀茂(かも)家の次期当主で、
  宮内省(くないしょう)御霊部(ごりょうぶ)の副部長を務める男性。常に薄笑いを浮かべており、京都弁をしゃべる。
  傲岸不遜(こうがんふそん)な性格で、自尊心が高く権威(けんい)志向が強い。
  そのため桔梗(ききょう)龍之介(りゅうのすけ)を含めて土御門(つちみかど)家およびその一派(いっぱ)を快く思っていない。  


【土蜘蛛】〝蜘蛛男〟
 性別:??、年齢:??、台本表記:土蜘蛛
 連続猟奇(りょうき)殺人事件の犯人で、自らの犯罪であることを示すために土蜘蛛(つちぐも)・『玖賀耳之御笠(クガミミノミカサ)』の(もん)を被害者の血で書き残す。


<上演貼り付けテンプレート>

 台本名:『探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -パラノヰア・アート- 終幕:快刀乱麻』
 台本URL 
 サイトURL

 【配役】
 九十九 龍之介(♂):
 【猫又】千里/土御門 桔梗(♀):
 明智 小五郎(♀):
 畔柳 八握/〝先生〟/賀茂 稜成 (♂):
 醍醐 秋永/稲垣 平造(♂):

 土蜘蛛(♂):???


※本台本は、『九十九龍之介の怪奇手帖―パラノヰア・アート―』の後編になります。

□アバンタイトル

明智:一説。

明智:『殺すというのは、愛することじゃないのかしら』

畔柳:その又、一説。

畔柳:『ああ、君は今になっても、僕を愛してくれることはできないのか』

明智:江戸川乱歩、『化人幻戯』。

畔柳:そして、『孤島の鬼』より。


(間)


千里N:宮内省――この国の官庁のひとつで、皇室および帝の国事行為に関する事務や儀式を取り仕切っている。
    しかし、〝あるひとつの部署〟は異なる役割をを担っている。
    その名は――『宮内省御霊部(くないしょうごりょうぶ)』。
    社会を脅かす霊的存在を対処し、所属する者は全員『陰陽師』。
    この国の催事、神事、果ては軍事などに多岐にわたる影響を及ぼす異質な組織。

醍醐:わかってるって、もちろん姐さんにはバレないように事を進めますよーっと。

千里N:御霊部所属の青年――醍醐 秋永が陽気な声で電話に応対している。
    その電話の相手は――

九十九:アンタは所々ツメが甘いから心配なのよ。

醍醐:心配ないって龍之介ちゃん。
   いや、それとも土御門 龍之介 元参事官がいいかねぇ~

九十九:ブッ飛ばすわよ、アンタ。

醍醐:ごめんって、本当に姐さんソックリだな~

九十九:……あのヒトは元気かしら。

醍醐:そりゃあ、もちろんさ。
   元気過ぎて最近は困るぐらいさ。
   どっかの誰かさんが、召還命令を無視してくれているお陰でね。

九十九:うっ……いつかは行くわよ……

醍醐:けらけら、さあ、いつの話になるとやら。
   さて、俺に電話してきたってことは余程の事かい?

九十九:本来であれば密約のことがあるから、私ひとりで対処すべきなんだけど。

醍醐:でも、そうは言ってられない事態になった。

九十九:ええ、そうよ。
    秋永、アンタ、ここ最近話題になっている猟奇殺人事件を知っているかしら?

醍醐:もちろん、知っているぜ。
   世間には疎い俺だけど、顔を似た女を狙って殺す『蜘蛛男』っていう奴の事件っしょ?

九十九:その事件に怪異が関わっているとしたら?

醍醐:えっ?

九十九:『玖賀耳之御笠』の系譜を受け継ぐ土蜘蛛が、今回の事件に関与している。

醍醐:本気で言ってるの、龍之介ちゃん……笑えない冗談だぜ?

九十九:私も冗談だと思ったら良かったと思うわ。

醍醐:だとすると、〝アレ〟を持っている可能性があるか……

九十九:だからこそ、アンタの力が必要なのよ。
    動機は今のところハッキリしないけど、土蜘蛛が関わっている以上は、御霊部の管轄だけど……

醍醐:……道冥が関わっているんだな?

九十九:〝私の罪を許す〟代わりに、道冥の事件には基本的には御霊部は不干渉の密約を破ることは承知――

醍醐:いいぜ。

九十九:ちょ、アンタ、簡単に言うんじゃないわよ。

醍醐:おいおい、俺を誰だと思っているんだい?

九十九:えっ?

醍醐:安倍晴明の右腕にし、破魔の弓の使い手、長秋卿・源 博雅の末裔。
   第十五代目源博雅こと、醍醐 秋永。
   我が祖の主たる末裔を助けるのは、約定たる理だ。
   ……まっ、それ抜きにして密約関係なく、相棒が困っていたら助けるってもんよ。

九十九:……頼りにしているわよ、相棒。

醍醐:おうよ。

九十九:それでひとつ、〝無茶な注文〟をお願いしたいんだけど。

醍醐:げっ……おいおい、それはキツイって……


(間)


千里N:そして時を遡り、舞台は御茶ノ水開化アパート、明智小五郎宅へと移る。

明智:私の名前は、『明智 文代』。
   亡くなった明智 小五郎の妻であり、彼の助手であった〝女〟です。
   そして、今は〝明智 小五郎〟を演(や)っています。

九十九:驚いたわ……流石に女性であることは気が付かなかった。

千里:あぁ、確かに。

明智:ふふっ、多重人格者だと思いましたか?
   男を演じるのは、本当に大変です。
   この通り、女なので乳房が存在します。
   だから、潰すようにさらしを巻いているのですが……これが締め付けるので苦しいのが難点です。

千里:すげぇ……声や口調だけじゃなく、魂までと言っていい程、纏う雰囲気が一変した。

明智:一応、これでも元はレビュースタアとも呼ばれていたのよ?
   小五郎さんとの結婚を機に引退しちゃったんだけどね。
   結婚前の名前は、『花崎 文代』。
   芸名も本名と同一だったのよ。

九十九:それなら納得。
    「あらゆる者に演じきる変化自在の千年女優」と呼ばれていたものよね。

明智:まあ、過大評価ですけどね。
   人間ですから、限界はあります。
   さあ、冷茶をどうぞ。
   宇治産の茶葉なので味はおいしいですよ。

九十九:……。

明智:安心してください、何も盛っていないですよ。

千里:喉渇いたー! 頂きまーす!!
   うーん、冷たくて……おいし、い……なぁ……ぐぅ……

明智:九十九さんのだけですけどね。

九十九:やっぱりね。

明智:安心してください、軽い睡眠薬ですから。

九十九:あなた、千里が苦手なのね。

明智:魂まで見えるなんて、全てを見透かされているようで。

九十九:まあ、気付いていたけどね。
    こんのバカはまったく……呑気に気持ちよさそうな顔をして寝ちゃって……

明智:可愛らしい顔をしていますね。

九十九:それにしても、一体どういうことかしら?

明智:なにがです?

九十九:自らの正体を明かすなんて……信頼から来るモノじゃないでしょ?
    「自らの事を明かす代わり、アンタたちの事も明かせ」

明智:おっしゃったじゃないですか、「自分に関わると〝普通の人間〟として生きていけなくなる」、と。
   私は、あなたのことを理解していません。
   この世ならざる事象を対処する『怪奇探偵』、私たちの常識の埒外の存在による今回の連続殺人事件
   ――事件の全貌を知る為には、あなたの存在を知る必要があるんですよ。
   九十九龍之介さん?

九十九:それは〝明智 文代〟として、それとも〝明智 小五郎〟としてかしら?

明智:さぁ、どちらでしょうね。
   正直、自分でもわからないのです。
   ……長く他人として生きていくのは、自分という存在が証明できなくなります。
   先生、いえ、小五郎さんのお師匠さんも言っていました……
   「このままでは彷徨う亡霊となるだろう」って。
   私は、〝蜘蛛男〟と一緒なんです。

九十九:どういうこと?

明智:〝蜘蛛男〟は「同じ顔の女を殺し続ける」、私は「明智小五郎であり続ける」
   ――〝妄執(パラノヰア)〟に憑りつかれているんですよ。


千里(※タイトルコール):探偵・九十九龍之介の怪奇手帖、パラノヰア・アート。
             終幕、快刀乱麻。

□シーン1

稲垣:はぁ……はぁ……

稲垣M:この時間帯なら誰もいない。
    作品を大切に扱わないといけないが、例え、女であっても人間ひとりを持つのは大変労力が掛かるものだ。
    それよりも……今は違う感情が私の中で苛んでいる。
    ――「初めて〝自らの手〟でヒトを殺した」
    だけれども、後悔はしていない。
    新作をなによりも求めていたのだから……


(間)


千里:もう食べれねぇよぉ……むにゃむにゃ……

九十九:たく、主をおんぶしてもらって寝ている式神なんか聞いたことないわよ。

九十九M:それにしても、本当にまずいわね……彼女の〝境界〟が曖昧なモノになってきているのは確かね。
     あのままだと、自我が崩壊し、彼女は彼女でいられなくなる……いや、人間であることが確立できなくなる。
     しょうがない。

九十九:次から次へと……仕事が増えていくわねぇ……

千里:おかわりぃ……

九十九:こいつは、もう……


(間)


千里N:――そして、数日後。
    浅草区・浅草公園水族館に大きな騒ぎがあった。
    その水族館には15室の水槽があり、人々の注目は一番大きな水槽に集まっていた。
    水槽に入っていたのは魚ではなく――尼僧の恰好をさせられた里見 絹江だった。
    下半身には魚の尾のように形作られ、まるで人魚のようだった。
    そして、水槽の手前の壁には被害者の血で書かれた〝玖賀耳之御笠〟の紋が書かれていた。

□シーン2

畔柳:ちっ……クズめ……

千里N:畔柳は舌打ちをして、言葉を吐き捨てる様に苦々しい顔を浮かべている。
    市民の通報を受け、浅草公園水族館には多くの警察官が集まっていた。

畔柳:尼僧に、人魚……八尾比丘尼とでも言いたいのか。

明智:畔柳警部……!!

畔柳:明智さん……すいません、やられました……

明智:う、そだ……

畔柳:指示通りに護衛の警官をつけていたのですが……目を離した隙に……面目有りません。

明智:僕のせいだ……

畔柳:えっ?

明智:僕のせいで……

畔柳:明智さんのせいではありません!

明智:ごめん、絹江……君に危険が及ぶ可能性があることをわかっていたのに……わかっていたのに……!

畔柳:……。

明智:あなたを、死なせてしまった……うあ……うあああああああああああ!!!

千里N:悔しさのあまりに明智は泣き叫んだ。
    この悲しみは、〝明智 花代〟のモノであり、嘘偽りはなく本物であった。

九十九:……行きましょう、千里。

千里:いいのか……?

九十九:今の彼女に声をかけるべきは私達ではない。
    ……まあ、理解はしているけど、基本は私たちの仕事って負け戦から始まるのよね。
    とは言っても、誰かが悲しむ姿には慣れることはないけどね。

千里:そうだな……俺たちは、やれることをやり遂げるしかないんだよな……

九十九:ええ、そうよ……行きましょう。

千里:おう。

千里N:遠くから明智 花代の姿を見届けた後、二人はその場から立ち去った。
    悲しみの連鎖を断ち切る準備を整えるために――

□シーン3


明智:……絹江。

明智N:ある一枚の写真を見つめていた。
    女学生時代の写真で、卒業式の時に絹江と二人で撮った写真。
    自立心が高い私は、男尊女卑が渦巻く、この時代の女性としては〝異端〟だった。
    そのため浮いた存在となり、周りは彼女を腫れモノ扱いをし避けていた。
    だけど、絹江だけは違った。
    そんな私に憧れ、卒業するまでいつも一緒にいた。
    だからこそ、私も彼女のことを大切な友人だと思っていた――秘密を知る程の。
    彼女の死は、私の中で何かがプツンと切れる音がしたようだった。

明智:やっぱり、私には〝明智 小五郎〟には――

師匠:やはり、ここにいましたか。

明智:先生……

師匠:御友人の事は残念でした、お悔やみを申し上げます。

明智:先生!

師匠:はい。

明智:私には無理だったのでしょうか……?
   〝明智 小五郎〟であることは……彼として振る舞い、多くの事件を解決してきました。
   そして、その時に多くの死を見てきました。
   最初は抵抗感を感じましたが、次第に何も感じなくなってきました。
   事件が起きる度に高揚感を覚え、謎を解くことに夢中になって……周りに気付かれることなく、自分は〝明智 小五郎〟を演じ続けられる。
   でも、それは……傲慢でした! これが今回の結果です!!
   大切な友人を守れなかった!!

師匠:…………。

明智:彼女の死で私の中で動き続けていた歯車が狂い始めたんです。
   心の動揺が止まらない!
   大舞台に立って台詞が飛んでしまった時も、初めて人間の死体を見た時も……こんなことはなかった……
   事件で被害者の死体に泣き叫ぶ子供の姿を見ても……私は……私は……!!

師匠:安心しました。

明智:えっ……?

師匠:花代さん、酷なことを言いますが。
   あなたは、〝明智 小五郎〟になることは不可能なのです。

明智:…………。

師匠:あなたの演技力の高さは驚愕に値するものです。
   「千変万化の千年女優」と云われる評価に恥じることはありません。
   ただ、所詮は〝演じている〟時点で、〝本物〟ではない。
   〝紛い物〟でしかないのです。

明智:っつ!

師匠:ただ、ひとつだけ言えます。
   あなたは、小五郎には負け時劣らずの探偵としての才能が有ります。
   「〝明智小五郎〟を演じたことで事件を解決できた」と思っていますが……それはありえません。
   それに、この事件は〝明智 小五郎〟では解決できない、〝明智 花代〟だからこそ解決が出来るものだと信じています。

明智:先生……。

師匠:さあ、立ち上がりなさい。
   『栴檀探偵』の称号は〝明智 小五郎〟のモノではなく、貴女のモノですよ。
   探偵であるなら、目の前の謎を解く存在であれ。

明智:紙……?

師匠:昔馴染みの友人から君に渡すように頼まれました。

明智:……これは!

師匠:君がこのまま探偵であるならば、この紙に書かれている指示に従いなさい。

明智:先生……私は、私として生きていいのでしょうか?

師匠:何を言っているんですか。
   誰が〝明智 花代〟として生きてはいけないと言いましたか?

明智:……はい!
   先生、ありがとうございます……明智 花代、行ってきます!!

師匠:待ちなさい、忘れものですよ。

千里N:そう言って、明智に日本刀を投げ渡す。
    彼女はそれを受け取り、すぐさま出かけた。
    〝師匠〟と呼ばれた男性は、どこか哀愁が漂う表情を浮かべていた。

師匠:……まさか、ワタクシがこんなことを言うなんて。
   アナタに感化されたのでしょうかねぇ、九十九さん。
   てか、そこにいるんでしょ?

九十九:まさか、気付いていたとはね。

師匠:引退した身とは言え、元は探偵ですから。

九十九:それにしてもさっきの発言には驚いたわ。
    ヒトの倫理観なんて二の次のようなロクデナシだったのに……変わったわね、平井。

師匠:その名前は止めて下さいよ、ワタクシの名前は――

九十九:江戸川 乱歩。

師匠:よろしい。
   まあ、これ以上は愛弟子を失いたくないですからねぇ……彼らは、ワタクシよりも圧倒的に優れた探偵だ。
   期待しているのですよ、どんなオモシロイ存在になるんだろうってね。

九十九:前言撤回、やっぱりアンタはロクデナシね。

師匠:あぁ、人間のクズとでも呼んでくれ。

九十九:アンタには、「変態」という言葉が似合うわ。
    さて、私も行かないとね。

師匠:行きましたか……さて、もう夕刻になりますか。
   「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」……さあ、全てが動き出す時間ですよ。

□シーン4

明智:ハァ……ハァ……

千里:おっ、来たようだぜ。

九十九:そのようね。

千里:おーい!

明智:お二人とも、ハァ、ハァ……すいません、遅れました……

九十九:ほら、これで汗を拭きなさい。
    ハンカチで申し訳ないけど。

明智:すいません、ありがとうございます。

九十九:もう、大丈夫かしら?

明智:ええ、私は大丈夫です。
   それよりも、紙に書いたあったことは本当ですか?
   「犯人を捕まえる」、というのは……

九十九:ええ、そうよ。
    あなたにお願いしたいことがあるの。

明智:なんでしょう。
   出来ることならなんでも。

九十九:あなたには一芝居に付き合ってもらいたい。

明智:えっ?

千里N:龍之介から〝蜘蛛男〟の正体が告げられる。
    明智は驚いたが、すぐさま状況を理解をし、犯人に対する感情を奥底へと飲み込んだ。


(間)


畔柳:明智さん!

明智:悪いね、警部。
   急に呼び出して。

畔柳:い、いえ!
   それよりも話は本当ですか!?
   〝蜘蛛男〟を捕まえるというのは!

明智:あぁ、もちろんさ。

畔柳:ですが、よろしいのですか……?
   相手はあの連続猟奇殺人犯ですよ?
   少しでも多くの応援をよこした方が――

明智:もちろん、同行してくれるのは警部だけじゃないよ。

九十九:私もいるわよ。

千里:俺もな!

畔柳:ちっ、『怪奇探偵』もいるのか……

九十九:何よ、文句が御有りなのかしら?

明智:警部、申し訳ないけど今回は我慢してくれないかな?
   犯人に我々が捕まえに来ることを知られることを避けたいんだ。
   そのための少数精鋭です。

畔柳:……まあ、明智さんの考えなら従いますよ。

九十九:公私を区別できるのならマシね。

畔柳:ふん、勝手に言ってろ。

明智:それよりも警部。
   伝言係の巡査から聞きましたが、重要な証拠品が出たというのは本当ですか?

畔柳:ええ、不思議な事が起きたんです。
   武蔵野の井之頭公園で凶器が見つかったんです。
   血がついており、しかも指紋がくっきりと……

九十九:鑑定に回したの?

畔柳:ああ、稲垣平造の指紋で問題ないそうだ。

千里:それじゃあ……!

明智:行きましょう……正面突破です。

□シーン5

稲垣:おい、どういうことだ!
   これ以上の協力は受け付けないというのは!!

千里N:電話口で怒鳴り声をあげる稲垣。
    向こうの電話口の相手である、蘆屋道冥は鋭く冷たい感じで言い放つ。

蘆屋:言葉の通りですよ。
   残念ながら、あなたはここまでのようです。
   言った筈ですよ……「私を失望させないでくださいね」って。

稲垣:私が一体何をしたと言うんだ!

蘆屋:先の里見絹江を殺したことが、過ちだったんですよ。

稲垣:だが、彼女は元々殺す予定だったんだぞ?!

蘆屋:とは言っても、あなたの行動は「軽率」の一言に尽きます。
   ……一時の感情で殺人を行う、という所業を犯したあなたは。

稲垣:そ、それは……

蘆屋:例え、彼女の殺人が計画の内であったとしても順序というのがあるんですよ。
   実に愚かしい、いえ……あなたにお似合いの末路ですね。
   〝蜘蛛男〟の芸術を自らのエゴで汚した、馬鹿者には……

稲垣:待ってくれ……

蘆屋:ほら、来ますよ。

稲垣:おい、待てよ!

蘆屋:貴方を捕まえに、猟犬たちがやって来る……

稲垣:私を見捨てないで――

畔柳:稲垣 平造!

蘆屋:さあ、最期ぐらいは役に立ってくださいね?

畔柳:里見 芳江、里見 絹江ならび他2件の殺人事件に関与している疑いがある!
   おとなしく署までご同行願おうか!!

明智:裁判所からの捜査令状もあります。
   あなたに拒否する権利はありませんよ。

稲垣:クソがっ……クソクソクソクソ!!
   どいつもこいつも私のことを馬鹿にしやがってえええええ!!

畔柳:なっ、突進してきて……しまった、かわせな――

明智:警部、危ない!

稲垣:あああああああああああ!!

畔柳:ぐあっ!

千里:大丈夫か!

畔柳:くっ、義足が外れて!

九十九:ちっ、千里!!

千里:あいよ!

稲垣:来るんじゃない!!

千里:あぶねえ! 包丁を振り回してやがる!!

稲垣:ひひひ……奪ってやったぞ……

九十九:あれは拳銃……警官の癖に奪われやがって……!

稲垣:死ねぇ!

千里:伏せろ!

明智:っつ!

稲垣:死ねぇ! お前たち全員死んでしまえ!!

九十九:かなりの興奮状態ね。

千里:なんとか、石膏像が多いお陰で書く得ることが出来たが……

稲垣:そこか!

千里:ぎゃー!

九十九:千里!!

千里:あっぶねぇ、もう一歩前に行っていたら当たってた……

明智:九十九さん。

九十九:二人とも……なんとか無事なようね。

明智:どうしましょうか?

九十九:……へっぽこ警官。

畔柳:俺の、ことか?

九十九:アンタ意外にいないじゃない。

畔柳:くっ……!

九十九:拳銃には何発込められているの?

畔柳:5発だ。

明智:ということは、残り3発……いけますね。

九十九:何かあるの?

明智:このヒビが入っている小さなツボを投げましょう。

九十九:有効なの?

明智:見ていてください。
   千里さん、申し訳ないですがツボを投げたらそのまま突っ込んでもらってもいいですか?

千里:おいおい、拳銃には弾が込められているんだぞ。

明智:大丈夫……私を信じてください。

千里:その綺麗な瞳を向けられたら、断れねえよ。

明智:ふふ、主と一緒でお人好しですね。
   行きますよ。

千里:おう!

明智:稲垣 平造!

稲垣:そこにいたのか!

明智:ふん!!

稲垣:そんなしょぼいモノ、拳銃で壊してやるよ!!

千里N:そう言って稲垣は拳銃を2発撃ち、明智が投げつけたツボを粉々にする。

明智:もうひとつ!

稲垣:そんな小さいツボなんか意味がない! 粉々にしてやる!!

明智:千里さん!

千里:うおおおおおお!!

稲垣:突っ込んで来る……!!

千里:覚悟しやがれー!

稲垣:射ち殺してや――なっ!
   弾切れだと!?

千里:おりゃあ!!

稲垣:ぐあっ!!
   
明智N:千里が、稲垣の鳩尾に飛び蹴りを食らわす。
    吹き飛ばされて、稲垣は気を失った。

千里:よっしゃあ!
   さっすが、栴檀探偵!!

明智:ふぅ……良かった。

九十九:賭けに勝ったわね。

明智:小型で壊れやすいモノであれば躱すことなく、拳銃で壊すだろうと。
   興奮状態で冷静な判断を下せないことを想定したんですが……確かに一か八かの賭けですね、ははっ。

九十九:でも、あなたは勝ったわ。
    お手柄ね。

明智:千里さんの勇気にも感謝です。

畔柳:明智さん……手錠を奴に……

明智:わかりました。

畔柳:すいません。

明智:気にしないでください、結果が良ければ全て良し、ですよ。

畔柳:…………。

明智:さてと。

稲垣:ううっ……

明智:稲垣 平造さん、公務執行妨害および殺人未遂で逮捕します。

千里N:明智の手によって稲垣は手錠をかけられた瞬間だった。
    稲垣が悶え苦しみ始めた。

稲垣:うぎゃああああああああ!!

明智:稲垣さん!
   大丈夫ですか!!

稲垣:苦しい……助けて……死にたくない……!

九十九:黒い靄が身体から……小五郎!
    彼から離れて!!

明智:でも……

九十九:あなたまで呪い殺されるわよ!!

明智:っつ!

千里N:苦しみ悶える稲垣の身体から黒い靄がじわじわと出てくる。
    靄は触手のようにウネウネと動き、彼の身体を包み込むと折りたたみ始めた。
    骨の折れる音が鳴り響き、あまりの光景に誰もが絶句をし、ただ見ているしかなかった。
    やがて終わりが訪れると、靄はまるで元から無かったかのように、塵一つ残さずに消え去った。

□シーン6

千里N:事件から数日後。
    〝蜘蛛男〟による猟奇殺人事件が解決したことで世間が賑わっていた。
    新聞の見出しにはセンセーショナルなことが掲載され、稲垣 平造の死が歓迎されていた。

畔柳:……ふぅ、随分と酷い言われようだな。
   まあ……仕方がないな、自業自得だ。

千里N:職場で新聞を読んでいた畔柳はそう呟いた。
    時刻は18時過ぎ、外は真っ暗だった。
   
畔柳:帰るか。
   ふぅ……疲れたな……んっ?

千里N:帰宅途中、人通りが少ない道を歩いていた畔柳の視界に、一人の女学生が入る。
    まるで困った様にうろうろとしていた。

畔柳:すいません。

女学生:きゃ!

畔柳:うおっ!
   も、申し訳ない!
   驚かせるつもりはなかったんだ。

女学生:こちらこそ、突然の大声を出してしまってすいません……

畔柳:こんな時間に女性一人が何をしているんです?
   その様子だと道を迷っている感じがしますが……あぁ、すいません。
   私、こういうものです。

女学生:警察手帳……警察の方でしたか、あぁ、安心しました!
    そうなんです、お友達の家に遊びに行っていたのですが……なにせ、見知らぬ土地だったせいで……

畔柳:親御さんが迎えに来なかったんですか?

女学生:寄り道をしたいから迎えは断ってしまったんです。
    方向音痴な癖にバカなことを言ってしまいました……

畔柳:それは大変ですね。
   もし、よろしければご自宅までお付き合いしますよ?

女学生:ありがとうございます!
    一人だと不安でしたので助かります!!

畔柳:さすがに女性一人で歩かせるわけには行きませんからね。
   ご自宅の住所を教えてい頂いても?

女学生:ちょっと待ってくださいね。
    今、紙に書きますね。
    ――はい、ここです。

畔柳M:ふむ……この住所だとここから少し離れた山林のところだな。
    見た感じだと、きっと良いところのお嬢さんだろうな。
    しかし、似ているな……顔が……

畔柳:さすがに少し遠いですから車で――

女学生:いえいえ! 大丈夫ですよ!!
    私、こう見ても健脚の持ち主ですから!
    行きましょう。

畔柳:まあ、それでいいのなら……ふふっ。


(間)


女学生:刑事さん……後、どれくらいで着きますか?
    結構歩いているような……

畔柳:あと数分のところですよ。
   それにしても、変わったところにお住まいなんですね。

女学生:お父様が気難しい方なので、特に五月蠅いのを嫌うんです。
    なので、山林の中に大きな屋敷を建てたのですが不便で本当にどうしようもないです。

畔柳:こんな暗い夜道だと一人で歩くにも心細かったでしょう。
   そういえば……その細長い棒状はなんでしょう?
   白い布で覆われている奴です。

女学生:ああ、これですか?
    なんだと思います?

畔柳:さあ……皆目見当はつきませんが……

女学生:護身用です。

畔柳:護身用?

女学生:刑事さんならご存じだと思いますけど、前に〝蜘蛛男〟と呼ばれる連続殺人犯がいたでしょ?

畔柳:ええ、いましたね……死んでしまいましたが。

女学生:だから、自分の身を自分で守らないといけないなって。
    それにですね?

畔柳:どうしたんですか、いきなり?

女学生:よーく見てください。
    私――〝蜘蛛男〟が狙った女性に似ていません?

畔柳:ええっ、まあ……

女学生:まあ、犯人は死んでしまいましたからもう大丈夫だと思いますけどね。

畔柳:……本当にそう思っているか?

女学生:えっ……きゃあ!
    け、刑事さん、何を……

畔柳:あはははははははははは!
   残念だったな、〝蜘蛛男〟は俺だよ!!

女学生:えっ?

畔柳:ツイているなぁ……新しい獲物を見つけるとはなぁ……
   今度は前みたくバレないようにしないといけないな。
   あぁ、美しいな……あの女に似て美しいなぁ……

女学生:ひい!

畔柳:怖がるなよ、安心しろ?
   すぐに終わる。
   最初にすこーし、苦痛が伴うだけだ……ぎゃは、ぎゃははははははは!!
   その前に久しぶりに人間の女の躰を愉しむか……

女学生:へぇ……随分とした趣味をお持ちのようだね、警部殿?

畔柳:なっ……その声は……!

千里:おらぁ!!

畔柳:ぐあっ!

千里:よっしゃあ!
   脇腹に蹴りを一発入れてやったぜい!!

畔柳:くっ!!

九十九:やっと化けの皮を剥がしたわね。

畔柳:『怪奇探偵』……どうしてお前がこんなところに……!

女学生:あなたを追い込むためですよ、〝蜘蛛男〟。
    いや……畔柳 八握!

畔柳:忘れていたな……明智さん、アンタは変装術が得意だったな……見事に騙された。

明智:素直に罪を認めてください、警部。
   もう言い逃れは出来ませんよ……

畔柳:罪を、認める……?
   おいおい、栴檀探偵、らしくないことを言うなァ……!
   まだまだ殺したりない!
   もっともっと殺さなければいけない!!
   だから……もうこれ以上は人間のふりをする必要はないよなァ!!

千里N:雄叫び始める畔柳。
    すると身体が変形をし、全体が蠢き膨張する。
    人間であった時よりも倍の大きさの体躯となり、長い白髪、頭に2本の鬼のような鋭い角、下半身は蜘蛛へと変貌した。

九十九:それがアンタの正体ね、土蜘蛛。

畔柳:否、我は土蜘蛛にあらず! 大土蜘蛛である!!
   我が名は、“打猴”。
   豊後国禰宜野の土蜘蛛の頭領であり、『玖賀耳之御笠』の分霊の一柱なり!!

□シーン7

九十九:ノウマク・サンマンダ・バサラダン・カン!
    炎の蛇に呑まれなさい!!

畔柳:ぐっ!

千里:よっしゃ!!

明智;やりましたか……!?

九十九:いや……

畔柳:此の剣は、邪悪を祓い世を平定するモノ、故に邪悪を拒絶する。

明智:炎の中で唱えている……?

畔柳:だが!
   怨気衝天に穢され、その性質は歪み、反転す!!

千里:させるかあ!

九十九:待ちなさい! 奴に近づくな!!

千里:けど、止めねえと!

九十九:一瞬で死ぬわよ。
    あいつ……この前の九尾の狐よりも厄介よ。
    見てなさい。

畔柳:我が剣の真名は――『八握剣・不楽本座』!!

明智:なんだ、あの剣……禍々しさが、こっちにまで……

九十九:天璽瑞宝十種のひとつ、邪悪を祓い、世を平定する聖なる剣。
    日本神話に出てくる饒速日命(にぎはやひのみこと)が天降りする際に、天神御祖(あまつかみみおや)から授けられたとする
    霊力を宿した十種類の宝のひとつよ。

明智:なんですか、今回の事件は神話に関係するモノばかり関わってくるじゃないですか。

九十九:ホント、嫌になっちゃうわ。

明智:それよりも聖なる剣って言いましたよね、アレ。
   全くの真逆ですよ。

九十九:あまり、あの剣に意識を向けないようにしなさい。
    見るだけで取り込まれる危険性があるわよ。

千里:どうする、龍之介?

九十九:今回も働いてもらうわよ、千里。

千里:あぁ、了解した!

九十九:陰陽師・土御門龍之介の名のもとにおいて告げる。
    汝、俗名・千里!
    我、汝の真名を言の葉に示し、封じられし力を此処に開放する。
    真名解放――悪行罰示神・仙狸!!

明智:突然、光が……まぶし――!

仙狸(千里):はぁ!!

畔柳:ちぃ!

明智:あれが、千里さん……?
   すごい、少女から大人に……

畔柳:やはり式神だったか、小童!

仙狸(千里):誰が童だ、土蜘蛛!!

畔柳:ぐっ……中々強いな……だがな!
   この剣がある限り……お前たちの勝利は視えない!!

仙狸(千里):なんだと?

畔柳:この剣は、お前という存在を拒絶する!
   ふん!!

仙狸(千里):残念だったな、外したぞ!
       隙ありだ!!

畔柳:外した、だと?
   いやいや、見当違いも甚だしいな。
   ……言った筈だ、「この剣は、お前という存在を拒絶する」、と!!

仙狸(千里):かはっ!

九十九:仙狸!!

仙狸(千里)M:何が起きた……?!
        剣に斬られていない……なのに、どうして俺は傷を受けている……?

畔柳:瘴気だ。
   斬られずとも、この剣から放たれる瘴気に触れれば傷をつけることは可能だ。
   苦しいだろ?

仙狸(千里):ちぃ! な……める、なぁ……!!

畔柳:ほう……大したもんだ。
   まだ立ち続けるか。
   ならば、もう一度食らわせたら大人しくなるか?

仙狸(千里):近付かなければいいだけだ!
       猫鬼炎廊裹・叢雲!!

畔柳:随分と巨大な火球だな。
   考えたと思うが、この剣が陰陽師とその式神を拒絶している限りは意味はないぞ!!

千里(仙狸):叢雲・展開!!

畔柳:なっ!

千里(仙狸):斬られる前に分散すればいいだけだ……味わうがいい、無数の火球を。

畔柳:ぐああああああああ!!

千里(仙狸):俺の炎は、主によって浄化の炎へと変質している。
       だからこそ、穢れたお前には苦痛だろうな。

畔柳:なんてな……

九十九:仙狸、後ろ!!

千里(仙狸):えっ……かはっ!!

畔柳:後ろがガラ空きだ。

千里(仙狸)M:馬鹿な……確かに攻撃を喰らっていた筈なのに……

畔柳:説明を忘れていたな。
   拒絶の特性は剣だけではなく、所持者にも伝わる。
   だから、お前の攻撃は全て無効化する。

千里(仙狸):くそっ……

畔柳:それに今は怒りを感じている……俺は怒りによって力を増す。
   今ではお前を殺したくて、殺したくて、殺したくて仕方がない!!
   まずは一匹。

九十九:サラティ・サラティ・ソワカ

畔柳:んっ?

九十九:オン・マリシエイ・ソワカ!!

畔柳:ぐあっ!
   
畔柳M:何が起きやがった……!?
    一瞬にして吹き飛ばされた……あの陰陽師の仕業か――

九十九:続けて食らいなさい。

畔柳:ぐおっ!

九十九:神鞭法――アンタのようなクソ野郎に裁きを与える神の鞭よ。

畔柳:調子にのる――

九十九:怒りを感じているのはアンタだけじゃないのよ!
    吹き飛べ!!

畔柳:があああああああ!!

明智N:金色に輝く巨大な鞭が土蜘蛛・〝打猴〟を叩きつける。
    自身の式神を傷つけられた怒りによって最大出力された九十九 龍之介の霊力によって破壊力はけた違いだった。
    鞭が打ち付けられた場所は広範囲に巨大な地割れが出来ていた。

九十九:仙狸!

千里(仙狸):すまない……

九十九:今は休んでいなさい。
    結界展開、オン・アミリテイ・ウン・ハッタ。

畔柳:クッ……ククククククククッ……カハハハハハハハ!
   やるなぁ、陰陽師!!

明智:そんな、傷がひとつもついていない……

九十九:わかっていたけど、さすがに勘弁してほしいわ。

畔柳:久しぶりだな、この高揚感は!
   我らを裏切った〝速津媛〟を殺した時と同じだ。
   我ら同胞を裏切り、土蜘蛛の誇りを踏み躙り、そして……俺の信愛を引き裂いた!
   あの忌々しい帝への恭順を選んだ!!
   許せない、許せない!
   この怨みは一生消えることはない!! 
   だから、あいつと似た女を殺し続けた!!!

九十九:……それがアンタが殺人の動機ね。

畔柳:見ただろう! アイツと似た女たちの顔を!!
   とても綺麗な顔をしているだろ?
   当然だ! 俺が愛した女だ!!
   ……にも関わらず堕ちた。
   アイツは俺のモノだ! 俺だけのモノだ!!
   アイツの美しさは俺だけのモノであればいい!!

明智:……ふざけるな。

畔柳:どうした? 身体を震わせて――

明智:ふざけるなと言っている!!

畔柳:あぁ、そういえば、そうだったな。
   だが、里見絹江に関してはあのクズを恨んでくれ。
   俺の許可無しで殺しやがった……俺が殺す予定だったのによぉ!!

明智:あああああああああああ!!

九十九:言っては駄目だ!!

明智:お前は! 私が倒す!!

畔柳:人間風情が俺を舐めるな!
   まっさきにお前を殺してやるよ!!
   ふん!

九十九:花代!!

九十九N:斬られた――そう思った。
     けど、現実に目を疑った――!

九十九:嘘、でしょ……

明智:くっ!

畔柳:なぜ、人間如きが、俺の剣を受け止められるんだ!

明智:はあああああ!!

畔柳M:なんだ、こいつ……!
    俺の剣を弾きやがった!!

明智:逃がさん!

畔柳:ちぃ!

畔柳M:何だ、こいつが持つ空気感……まるで剣の達人じゃねえか!!

畔柳:何者なんだ、おまえ!!

明智:次は外さない。

畔柳:クソが……生意気な口を聞けないようにしてやる……!

明智:斬る。

明智M:警戒心を抱いている……よし、何とか騙せている……
    けど、すぐにバレそうだ。
    見稽古で得た剣術、どこまで時間を稼げるか?

明智:京八流、抜刀居合術……

九十九N:日本刀を鞘に戻し、深く腰を落として抜刀の構えに入る。
     明智 花代は目を閉じ、呼吸を整える。
     その時間は僅か数秒という刹那の一瞬。
     そして――

明智:落椿!!

畔柳:ぐおっ!

九十九N:叫んだ後に、彼女は〝打猴〟の大きな腕を斬りつけていた。
     だが、相手も素早く回避したため切り落とすことは出来なかった。

明智:ちっ、外した。

畔柳:……侮っていた。
   お得意のハッタリだと思っていたが、天晴だな。

明智:それは、どうも!

畔柳:だが……

明智:ぐっ!

畔柳:力の入れ方はなっていない! オラァ!!

明智:しまった!

明智M:まずい! このままじゃ、吹き飛ばされて壁に……!!

九十九:っつ!

明智:九十九さん!

九十九:おっと、危ない。
    念のために結界を張っておいて正解だったわ。
    ひとりで無茶し過ぎよ、アンタ。

明智:すいません……

九十九:撤回するわ。

明智:えっ?

九十九:最初の〝明智 小五郎〟を演じていたアンタを「いけ好かない人」だと思っていた……でも、違ったみたいね。

明智:ふふっ、気付いていましたよ。
   言葉に棘を感じていましたから。

九十九:さすが、役者は他人の感情に敏感なのかしら?

明智:もちろん、他者の感情を読み取るのは演技をする上では必須ですから。

九十九:役者は舞台を降りても、役者であり続けるのね。

明智:それが性(さが)というものですよ。

九十九:よし、落ち着いたわね?

明智:はいっ、感謝します。

九十九:もう少し、あいつを騙せるかしら?

明智:あれ? バレてました?

九十九:もちろんよ、良く見れば素人の剣術じゃない。
    その前に、京八流って……鬼一法眼の剣術を知っているのはどういうことよ……

明智:珍しい流派なんですか?
   小五郎さんがやっていたのを見ていたので……それを真似しているだけですが……

九十九:夫婦揃って、驚きを通り越して呆れるようなことをするもんだわ。

畔柳:戦いの途中にも関わらず、優雅に話しているとはいい度胸だな!!

九十九:おっと、敵さんがお怒りね。
    花代、近接をお願い。
    私は、後方支援するわ。

明智:わかりました。

九十九:奴を倒そうとしなくてもいい。
    時間稼ぎをお願い。

明智:えっ、どういうことですか?

九十九:情報を見せなきゃいけない、〝アレ〟にね。

明智:どこを見ているんです……あれは、カラス?

九十九:とりあえずお願いね、死なない程度に。

明智:やれやれ、無茶を言いますね……私、一応、女なんですけど。
   力仕事は勘弁してほしいのですが。

九十九:戦場に性別関係ないわよ。

明智:ですね。
   それじゃあ、第二回戦――

九十九:――開始!

畔柳M:明智が走り始めた!
    恐らくはさっきの早い抜刀術が来るだろう……対して、怪奇探偵は陰陽師。
    前者は近接で俺と戦い、後者は後方支援の役割か。

明智:はあ!

畔柳:ふん!

明智:同じ手は通じないですか、やっぱり!

畔柳:剣筋でわかった。

明智:へぇ……

畔柳:お前の雰囲気には圧倒されたが……力も然り、太刀筋もなっていないなぁ!!

明智:ちっ、早々にバレましたか!

畔柳:素人剣術ならばお前に勝ち目はない!

九十九:さて、それはどうかしらね?
    霊力装填! オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ!!

明智:はあっ!

畔柳:なっ! 力が増している!?
   くっ……押される……!!

九十九:武をもって仏身を守護する四天王の一尊・毘沙門天の真言よ。
    その加護によって彼女に身体強化をかけた彼女は――

明智:もらった!!

九十九:――強い。

畔柳:ああああああああああああ!!
   馬鹿な!
   俺の片腕を切り落としやがった……!!

明智:よし!

九十九:もう、いいわよ……花代。
    あんたは結界の中にいなさい。

明智:どうして!?
   このまま行けば――

九十九:残念ながら、そう長くは持たないのよ。
    それに、あなたには死んでは困るのよ……最後の〝切り札〟なんだから。

明智:〝切り札〟?

九十九:違和感、気付いたでしょ?
    そういうことよ。

明智M:不思議なヒトだった。
    傷をつけることができたが、正直に言って形勢は好転していない。
    だけれども、彼の顔は笑っていた。
   明智さん、あなたの言った通りですね。
    探偵って、おもしろいです。
    劇的な人物や瞬間が、人生で幾度も経験出来るから――そういえば、どうして傷をつけることが出来たんだろう……?

□シーン8

千里N:一匹のカラスが龍之介たちと戦い始めたのを見届けると、どこかへと飛んで行った。
    そう離れていないところにいた、主を見つけると、その腕に足をかけた。
    自分が見て、聴いたことを伝えるために。

醍醐:なるほどねぇー
   『八握剣』の上に、陰陽師と式神の力を無効かするのか……こいつは厄介だ。
   やっぱり、〝コレ〟を持ってきたのは正解だったな。

千里N:そう言って、カラスの主である青年――宮内庁御霊部の陰陽師・醍醐秋永は苦笑いを浮かべる。

醍醐:きっと、姐さんにぶっ殺されるだろうなぁ……まっ、副部長が許可してくれたって言えばいいっか!
   うん、俺は悪くねえ!!
   よいしょっと!
   さて、行きますか。
   主役は遅れてやってくるもんだぜ……なーんてな。

千里N:そう言って、醍醐は乗り跨った馬の手綱を引き走り始めた。

□シーン9

畔柳:ちょこまかと逃げ回るなぁ!!

九十九:邪霊を焼き祓え、喼急如律令!

畔柳:効かないと言っているだろ!

九十九:本当、嫌になっちゃうわね!

九十九M:八咫烏が飛んで行ったのは確認した。
     恐らくは、後もう少し時間が稼げば……早く来なさいよ、あのバカ!

九十九:ふぅ、まったく……道冥の奴……アンタが関わる事件のせいで、何度死ぬ思いをしなきゃけないんだが!
    嫌になるわね、ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アビラウンケン!
    吹き飛びなさい!!

畔柳:ふん!

九十九:衝撃波ですら無効化するのね。

畔柳:おまえたち自信の呪力で作ったモノであれば、例え目で見えないモノであろうとも拒絶することは出来るんだよ!

九十九:本当にどうしようもない――

畔柳:もう終わりにしていいか?

九十九:ぐっ!

明智:九十九さん!

畔柳:アハハハハハ!

明智N:土蜘蛛〝打猴〟の大きな手が、九十九の首を摑む。
    彼を天高く掲げ、満足そうに邪悪な笑みを浮かべて高笑いをする。

畔柳:終わりだ、陰陽師!
   術は効かぬ、仲間も戦えぬ、そしてお前はこうして首を摑まれている。

九十九:ぐっ!

畔柳:さあ、どうして欲しい?
   その柔らかな首を一瞬してへし折って欲しいか?
   それとも、ゆっくりとじわじわと死の恐怖を味わいながらへし折ってやろうか?

九十九:じゃあ……辞世の句を……

畔柳:そうか!
   情けだ、せめてでも詠ませてやろう!!

九十九:……アンタが、ね。

畔柳:何をふざけたことを――

九十九:喼急如律令!

明智N:土蜘蛛〝打猴〟の足元に一枚の札があり、九十九がそう唱えると札が輝き地割れを起こす。

畔柳:小癪な……!

九十九:ゲホッ! ゲホッ!!
    まったく死ぬかと思ったわ。

明智:九十九さん!

九十九:花代、全くあなたは……結界の外に出てくるなんて……

明智:死にそうになっているのに、ただじっとして見ている訳にいきません!

九十九:〝明智小五郎〟の影はないわね、ハハッ……まあ、流石に今の状況じゃ無理か……

畔柳:くそが! 脚が地面に挟まって!!

九十九:滑稽な姿ね、土蜘蛛〝打猴〟。

畔柳:お前はつぐつぐ不愉快な奴だな!
   待ってろ、今すぐ殺してや――

九十九:残念ながら、選手交代よ。
    ほら、聴こえるでしょ?

明智:馬の鳴き声に、蹄の音……誰か来る……?

醍醐:南八幡大菩薩! 我が弓を此処に顕現す!!

畔柳:鼠がもう一匹増えたか!
   くっ、足が……!

醍醐:ひふみよいむなや、こともちろらね、しきるゆゐつ、わぬそをたはくめか。
   森羅万象を振動し、神域を此処に!!

畔柳:ひふみの祓詞に、神域展開……まさか、俺の剣の事を知って!!

九十九:すべてはこの為の時間稼ぎよ。
    この領域では拒絶の能力を弱体化させる。

畔柳:き、きさまらあああああああ!!

醍醐:南無大天狗、小天狗、十二天狗、有摩那数万騎天狗。

畔柳:天狗経……まずい、天狗の力は対象外だ……!

醍醐:先ず大天狗には、愛宕太郎坊、比良山次郎坊、鞍馬山僧正坊、比叡山法性坊、横川覚海坊
   富士山陀羅尼坊、日光山東光坊、羽黒山金光坊――

畔柳:うおおおおおおおおおお!!

明智:すごい……さっきまでとは違う!
   これなら!!

九十九:いえ、まだよ。

明智:えっ?

九十九:花代、申し訳ないけど最後の仕事を頼めるかしら?

醍醐:――笠置山大僧正・妙高山足立坊・御嶽山六石坊・浅間ヶ嶽金平坊!
   総じて十二万五千五百、所々の天狗来臨影向、悪魔退散諸願成就!!

畔柳:くそおおおおおおおおおおお!!!

醍醐:悉地円満随念擁護、怨敵降伏一切成就の加持!
   おんあろまやてんぐすまんきそわか・おんひらひらけん・ひらけんのうそわか!!

九十九N:2発の光の矢が放たれ、1本は下半身を吹き飛ばし、もう1本はもう片方の腕を吹き飛ばした。

畔柳:がああああああああ!

醍醐:やったっか……?

畔柳:まだだ! まだだ!!
   まだ〝拒絶〟の力は残っている!
   我が命を以て〝拒絶〟の瘴気を発生させ、体を再生す!!

醍醐:嘘だろ、腕を再生してやがる!?

畔柳:忌々しい奴らめ!
   瘴気伝染――!!

明智:後ろがガラ空きですよ。

畔柳:しまった!

明智:貰った!!

九十九N:明智の日本刀が、土蜘蛛〝打猴〟こと畔柳八握の顔を貫いた。
     ――その一突きで勝負は決した。

畔柳:あ、け……ち……

明智:土蜘蛛・〝打猴〟……貴方は強大な存在です。
   私たちを殺すことなんて造作もないぐらいに。
   正直、ここで命が尽きると思っていました。
   ですが……戦いの中でひとつの違和感を感じました。
   ――どうして、私を〝拒絶〟しなかったのですか?
   この中で最も弱いからこそ、侮っていたからですか?
   それとも別に……私にはわからない、ここまで周到にやる貴方が、そんな初歩的な過ちを犯すとは思えない。

畔柳M:あぁ――
    時折、見せるその真っ直ぐな瞳が苦手だった。
    自分の罪を全て見通しているかのようで……あぁ、復讐は虚しいものだと理解していた筈なのに……
    俺は、どうして……自分を裏切った女ではないのに、ただ似ているだけの女を殺してしまったのだろう……
    〝反逆〟が生きるための価値であると信じ、そして全てを失った。
    死んでも死にきれない、此の命――真逆の道に進むために生きることを決め、秩序側の人間になった。
    弱き者たちを助け、感謝されることに喜んでいた――
    悪事を暴くことに、幸せを感じていた――
    明智小五郎と共に事件を解決することに、生きがいを感じ――あぁ、俺はいつの間にか〝正義の味方〟でいる自分に――

畔柳:俺は……私は……

明智:け、いぶ?

畔柳:畔柳、八握……明智、小五郎と共に……悪人をさば、く……

九十九N:土蜘蛛〝打猴〟の命の灯は消えた。
     今までの彼は〝偽り〟であったとしても、最期の彼の言葉は〝偽り〟でなかっただろう。

明智:……今までありがとう、警部。

九十九N:だからこそ、明智 花代は死に逝く友のために涙を流した。

□シーン10

千里N:事件から一か月後――明智 花代は青山霊園にいた。
    亡くなった里見絹江と芳江の墓参りに来ていた。

明智:事件解決したよ、二人とも……ごめんね、守ってあげられなくて……

九十九:花代。

明智:えっ、九十九さん?
   どうして……

九十九:知り合いではないけど、一応、事件には関わった身としてね。

明智:律儀なヒトですね。

九十九:よく言われるわ。
    それよりも、体調の方は大丈夫?

明智:ええ、落ち着きました……九十九さん。

九十九:どうしたの?

明智:あの事件以降、〝明智 小五郎〟を演じることが出来なくなりました。
   いや、辞めたっていうのが正しいかもしれません。

九十九:〝明智 花代〟として生きていくことを決めたのね。

明智:お陰で大騒ぎですけど。

九十九:そうね。
    まさか、「〝明智 小五郎〟が死んだ」とは誰も想像出来なかったでしょうね。
    ましてや、私たちが知る『栴檀探偵』は〝明智 小五郎〟ではなく、その妻である〝明智 花代〟という女であったのだから。

明智:江戸川先生は私が〝明智 花代〟として生きていくことに歓迎をしていました。

九十九:乱歩には気を付けておいた方がいいわよ。
    あいつは、「自分がおもしろいことを最優先に考えるロクデナシ」だから。
    まあ、それでも愛弟子を持ったことから少しは変わったと思うけど。

明智:私がこれから探偵として活動することについて、色々と手をまわしてもらってます。

九十九:あなたの探偵としての実績もそうだけど、あんなやつでも元警視庁の探偵長だった男だからね。

明智:……本当に何者なんですか?
   九十九さんは……

九十九:残念だけど、これ以上は秘密よ。
    ……それじゃあね。

明智:どういうことですか?

九十九:貴方も十分身に染みたでしょ?
    私に関わると、〝普通の人間〟として生きていけなくなるわよ。
    だから――

明智:ああっ、それなら、手遅れですよ。

九十九:えっ?

明智:宮内省に御呼ばれされました。
   確か、御霊部というところに。
   そこの部長さんに言われました。

九十九:なんて?

土御門(明智):「明智花代、君には今回の事件および我々のことについて秘匿する義務がある」

九十九:うっ、その声……

土御門(明智):「本来であれば、呪的処置による記憶操作を行う予定だが……」
        「愚弟がお世話になった礼として、この宣誓書に署名をすれば不問にする」
        「あと、君は他人になりきるのが得意だそうだな」
        「是非とも愚弟にあったら、私の声を真似して喋ってみると言い」

明智:――効果てきめんですね。

九十九:あんた、意外と性格悪いわね……


明智:ええっ、そうですよ。
   私と小五郎さんの共通点は、相手を翻弄することに喜びを覚えることですから。
   だから……九十九さん、あなたとの繋がりはどうやら切れそうにないですね~
   それに、私、あなたのことに興味を持ってしまいましたから。

九十九:どうせ、観察対象としてでしょ?

明智:ええっ、もちろんです。
   明智 花代は、恋心は明智小五郎に対しての物ですから。

九十九:はいはい、理解していますよ。
    ……そういえば、畔柳のやつはどうなったの?

明智:それも江戸川先生の計らいで殉職扱いになりました。
   一応、彼は妻帯者でしたから。
   残された奥さんのために、です。

九十九:まあ、真実を告げることが正しいというわけじゃないしね。

明智:九十九さん、最期の彼の言葉、聴こえてました?

九十九:……いいえ、それについては何も言うことはないわ。

明智:えっ……

九十九:アイツの言葉は、アナタに向けたモノよ。
    部外者である私に、それをとやかく言う権利はないわ。
    まあ……あんたが涙を流したことが全てを物語っているんじゃないかしら。

明智:ほんとうに、貴方という人は……


(間)


千里N:場面は、宮内省御霊部・部長執務室に移る。

土御門:さて、醍醐 秋永 陰陽官。
    何か弁解はあるか?

醍醐:えーっと、ですねぇ……これには色々と理由がありまして……

土御門:確かにお前は、独立行動の権利は与えられている。
    しかし、十種神宝のひとつである〝道反玉〟を無断で持ち出した理由をぜひ聞かせて頂きたいな?
    管理局の許可無しで。

醍醐:さぁ~なんのことかな~?

土御門:今度は記憶喪失ときたか、じゃあ……一発喰らったら思い出すか?

醍醐:姐さん、落ち着いて!
   殺気が駄々洩れだ!!

賀茂:あははははは。

醍醐:んっ?

土御門:この笑い声は……

賀茂:部長さん。
   部下いじめは、感心しいひんな、僕。

土御門:やはり、貴様の仕業か。
    賀茂副部長。

賀茂:はて? 何のことでしょうか?

土御門:とぼけなくてもいい。
    貴様が持ち出しの許可を出したんだろ?

賀茂:そらあ、やっこさんが〝土蜘蛛〟の時点で、僕らが対処せなあかん案件やん。
   流石に無視を決め込む訳は行かへん。
   それに――

土御門:それに、なんだ?

賀茂:九十九 龍之介、ちゅう土御門の、いや我々陰陽師の恥である奴が勝てる訳あらへんやろ。

醍醐:おい。

賀茂:ん? どないしたん?
   怖い顔をしとるで、醍醐くん。

醍醐:さっきの言葉を訂正しろ。
   今回の件については感謝してるよ。
   だが、それと今の発言は別だ。

賀茂:そら〝源博雅〟ちゅう役割を与えられた者としての発言か?
   醍醐秋永。

醍醐:〝相棒〟としての言葉だよ、賀茂 稜成。

千里N:空気が重苦しくなる。
    ひとつ間違えれば、殺し合いが始まりそうな危うさを纏う。

土御門:(※一回手を叩いた後に)そこまでだ。
    醍醐、今回の件については不問にする。

賀茂:よかったね、醍醐くん。

醍醐:ちっ!

賀茂:ほな、僕はせわしないさかい、失礼すんで。

土御門:賀茂副部長。

賀茂:なんでしょう、土御門部長。

土御門:家の者がとんだ御無礼を働いてすまなかったな。

賀茂:あぁ、大丈夫ですよ。
   別に気にしていな――

土御門:ただ……

賀茂:んっ?

土御門:次は無いと思え。

賀茂:へぇ……やっぱし、家族は見ほかされへんちゅうこっとすか。
   アイツのせいで沢山の命が消えたのに?

土御門:殺したのは、蘆屋道冥だ。

賀茂:そうであっても、僕ならあないなヘマをしまへん。
   ほな、失礼しました。

土御門:ふぅ……相変わらずの狸みたいな奴だ。

醍醐:姐さん……

土御門:気にするな。
    ……龍之介は元気だったか?

醍醐:ええ、もちろん。
   変わっていなくて安心しましたよ。

土御門:報告書をすぐに作成しろ。
    アイツとの密約はあるが、そろそろ我々も看過できない状況になってきている。

醍醐:それじゃあ……!
   了解した、すぐに作成してきます!!

土御門:相も変わらず騒がしい奴だ……さて、そろそろ我らも動かなければいけないだろうな。
    ふぅ……どこまでも世話を焼ける愚弟だよ、お前は。


(END)

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本作品はフィクションです。

劇中に登場する個人名・団体名などはすべて架空のものであり、

現実のものとは一切関係ありません。



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探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -パラノヰア・アート- 終幕:快刀乱麻

本作品はフィクションです。

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探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -パラノヰア・アート- 終幕:快刀乱麻

  • 自由詩
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-22

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND
  1. 『探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -パラノヰア・アート- 終幕:快刀乱麻』
  2. □アバンタイトル
  3. □シーン1
  4. □シーン2
  5. □シーン3
  6. □シーン4
  7. □シーン5
  8. □シーン6
  9. □シーン7
  10. □シーン8
  11. □シーン9
  12. □シーン10