言葉に殺された日

あおい はる

 揺るぎなかった足場が、がらがらと崩れ落ちた。
 あの、声の主は、きっと、空中分解した、真夜中のアンドロイド、機体の一部を、わたしはもっている。ひそかに。たからものを、いれたいと思っている、かわいいクッキー缶のなかに、しまっている。ゆえに、声の出どころは、そこ、角丸の、長方形の、メルヘンチックな柄の缶のなかから、機械的な声、けれども、わたしたちとおなじ言語の、きみの声。
 透明な誰かは、ときにやさしくて、ときに残酷で、言葉には魔力があって、それはきっと、液晶画面越しにも、効果があるから、みんな、インターネットのなかの誰かの言葉に感動して、傷ついている。感動をあたえて、傷つけている。なにも感じないひとも、いるかもしれないし、にんげん、そういうひとの方がラクに生きられるとか、かんちがいしているひともいるかもしれなくて、でも、生きている以上、こころはあって、揺り動かされないなんてことは、ない。いつも、宙ぶらりんで、すこしの風にもあおられる。それで、良い方にも振れるし、悪い方にも振れて、どちらに振れても、得るものはあるし、失うものもある。一律に、世界が美しいものではないように、インターネットのなかに限らず、生きているものものは、ひとりひとりが異なり、ちがう色で、アンバランスで、でも、それらの調和が、ピースフルな星をつくる、なんて、なんだかラッパーか、宗教家みたいなひとが呟いていて、わたしは、そうだよなぁと、平坦な気持ちでいたのだけれど、やっぱり、そういうのすらもゆるせないひとって、いた。
 こわいな、と思った。
 顔も、本名も明かさないでできることが利点なのに、同時に、欠点でもあって、画面の向こう側の知らない誰かに、平気でナイフを突き立てるようなひとがいて、一部だけれど、その、一部が、この世界のすべてみたいに、ときに世間は、とりあつかう。
 わたしは、ときどき、テレビのニュースも、インターネットに流れてくる情報も、おそろしかった。
 なにがほんとうで、うそか。
 わからなくて、わからないは、おそろしい。
 真夜中のアンドロイドの欠片は、たまに、夜に泣いている。

言葉に殺された日

言葉に殺された日

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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