偽りの花

盲目的にしがみついた場所は脆くて、私はもう戻れないところまで落ちてしまった…。そこは光が届かなくて、暗く、狭く…私をそのまま象っているかのような…寂寞とした場所だった…。そこでは太陽は架空の存在で…忌避されているわけでも、崇拝されているわけでもない…何の象徴でもない存在だ…ああ、私もそんな存在になりたかった!いや、私には一つの記憶だけで充分だったんだ…あるいは最初から何も記憶できないように設計されていたかった…言葉に…意識に…思考に…縛りつけられたくなかった…架空の太陽の下で咲く架空の花になりたかった…何も変化するな、ただそれだけが望みだった…ああ、それにしてもここは夢想にうってつけの場所だよ、私はもう追想は止すことにしたんだ、そこに安寧を見いだしても仕方がないからね…実在、事実、真実、正義?そんなもの、一人になった今ではてんで役に立たないじゃないか…役に立たないどころか、そんなものは初めから存在すべからざるものだ…涯のない起伏など要らない、使い捨ての感情など要らない、ああ要らない要らない、何もかもが目障りで疎ましい何もかも捨て去ってしまえたなら誰もかも葬り去ってしまえたならこの自分の存在ごとすべてが今すぐ朽ち果ててくれたなら!え?しかし私はとうに一人じゃないか…一人の人間が生きていくために必要なものは何か?そもそも生きる意思など必要か?仮に必要でなかったとして私は今すぐに確実に死ぬことができるだろうか?そもそも「必要」とは何なのだろうか?「必要」なんてまだそんな個を雁字搦めにするような指令をおのれに下し、またそんなレベルでしかものを考えることができないのだろうか?考える?考えることなどしたくない!思考の奴隷になりたくない!何を言っているんだ?「必要」とか「存在」とか「個」とか何を言っているんだ?何が言いたいんだ?何が言いたい?何も言いたくない!そうだ、私は何も言いたくない、考えたくない…私はようやく一人になれたというのに、一人でなかった時代がたったの一秒でもあるせいで、私はこんなにも混乱し、錯乱し、発狂している…ああ、苦しい、苦しい!「苦しい」とは何だ?え?もう私に何も見せるな!何も聞かせるな!ああ、それなら私が目を瞑り、耳を両手で塞げばいいだけだ…しかしそれでも眼裏に見え、聞こえてしまうものがある!私はそれが嫌だ、苦しい…そいつをどうにかできないのか?どうにもできない…私のこの設計はどうにもならない…こういう仕様なんだ…助けてくれ…「助ける」?それもただの言葉だ…第一この状況が改善されたところで今度は倦怠に苦しめられ、起伏を渇望し、ますます取り乱すことだろう…ああ、そんなのは実に滑稽だ…え?「改善」?「倦怠」?それだってただの言葉だ…私は終生こんな錯乱に耐えなければいけないのだろうか?こんな理不尽な拷問に耐えなければいけないのだろうか?「錯乱」?「発狂」?「拷問」?それもただの言葉だ!ああ、いい加減鎮まってくれ、失せてくれ、そして二度と姿を現さないでくれ…その時私にある一つの思念が浮かんだ。"「平穏」は必ずしも「幸福」と結びつくものではないし、「幸福」であるからといって「平穏」を呈しているとは限らない"…ああ、いよいよすべてが馬鹿馬鹿しくなってきた…いや、他でもない、私こそが愚の骨頂なのかもしれない…「平穏」も「幸福」も人間が創りだしたただの言葉で流動的な概念で象徴的な幻影だから…ああ、だから私はもう何もしたくない、何にもなりたくない、無と透明は同義ではない…なあ、いい加減意味から解放されたらどうだ?ここはもう、正義も真実も存在しない、存在する必要のない理想郷なんだからさ…理想…誰の理想だ?おまえの理想だろうが…おまえが渇望していた無意味の楽園だろうが…ああ、そうか…ここがそうなのか…しかし依然、過去は事実として歴史のどこかに横たわっている!それは決して私の手で抹消することはできないのだ!私にはそれが耐えられない…私が死んだところでその事実は因縁のように宇宙を彷徨いつづける…気味が悪い…そしてそんな馬鹿げたことを想像してしまう私が一番気味が悪い…死ぬに死ねないこの現実は地獄というより他ない…私には耐えられないことが多すぎるんだ…あの時しがみついたものは何だったか?それも判然と思いだせない…いや、もう思いださなくてもいいのかもしれない…なぜなら私はもう、意識的な追想はしないことにしたのだから…ああ、私の精神はこんなに耗弱している…原型をとどめていない…しかしもはやその原型すらも思いだせない…だから今この状況そのものが私の原型なんだろう…ああ哀れ甚だしい…どこにも救いがないじゃないか…救い?そんな言葉を使うな!そんな幻影は振り払え…しかし夢想だって幻影だ、それなら私は如何にして生きていけばいいというのか?生きていくことの痛苦!生に痛苦があるのではない、生そのものが痛苦だということをなぜあの時代の人間は誰も理解してくれなかったんだ、認めようと、受け入れようとしてくれなかったんだ…?いや、そもそも私はそれでどうしたかったんだ?希望通りになったところで私の地獄は依然としてそこに横たわっているじゃないか…ああ、やはり死ぬしかないのだろうか?苦痛から解放されるには死ぬしかないのだろうか?無論それしかないのだろう、それしか考えつかない…思い、考えることから解放されるにも死ぬしか方法はない…永遠は地獄だ…不変だけが欲しかった…ただそれだけだった…すべてがそのまま、そこにあってほしかった…ああ、夜空を見るのはこれで最後にしよう、これが最後の夜空だ、実際の夜空ではなく、幻影の夜空だ…そして私は偽りの花だ…。意味のない涙が意味を嘲った。私は、あらゆる理不尽を受け入れ、しずかに自分の首に手をかけた。

偽りの花

偽りの花

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-17

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