自己愛

加月ゆずみち

「ミアネさんは、本当に頭がよいのですね」

「私たちもミアネさんのように、見習いませんと」

「ええ。新しい価値観に出会えて、ミアネさんに感謝しています」

「本当に。ミアネさんとの出会いが、私の人生を変えてくれましたから」

 今日は少女の周りに、四人のご令嬢が取り巻いている。
 少女への称賛を絶やさないことで、自分もその一員にいるのだと、思い込んでいるようだ。
 会話の渦中にいる少女──ミアネ=グランレスは、内心彼女たちにほくそ笑んでいた。
 
 ミアネは、グランレス商会社長の一人娘だ。
 父は跡継ぎに男児を欲しがったが、母の身体が持たないため、娘を跡継ぎにした。
 彼女は幼少期から厳しい教育を受けてきた。名門の私立校を首席で卒業、その実績を認められ、現在は貴族の通う王立学院に特別入学し、経済を学んでいる。
 日々は大変だが充実しているし、人の伝手も確実にできている。
 入学時、初めてきた『平民の女』に、貴族の公子や公女からの侮蔑はすさまじかった。教師ですらミアネを冷遇したくらいだ。
 しかし、現在はクラスメートの大半がミアネに言い寄り、取り巻きのようにそばにいる。
 茶会の誘いが絶えないので、すべて父を通してほしい、とだけ伝えてある。
 ミアネは焦らずに手を伸ばしてきた。将来、商会に有益となるだろう、貴族とのつながりを持つために。
 もちろん、過激な悪口と悪行に対しては、厳正に対処してもらうよう、信頼できる教師に伝えてある。
 今は自らの実力を伸ばし、周囲への信頼と人脈を育てることが重要だ。そして、卒業試験の時には、自らの実力と存在を知らしめてやるのだ。
 ただの『平民勘違い女』ではなく、『グラレンス商会の跡取り娘』として。
 今日も彼女は毅然とし、自信に満ち溢れていた。

 ある時、ミアネに一目惚れして付き合ってほしい、と告白してきた青年がいた。
 その身なりは、どう見ても貧困街の者。薄汚れ、穴の開いたシャツにズボン、ボロボロの靴。
 青年としては、きれいな格好をしてきたのかもしれないが、体臭がきつくて吐き気がした。
 もちろんミアネは淑女であった。牽制する笑顔を浮かべ、丁重かつ強固に断った。
 自分の美貌に言い寄る男性が、絶えないのは昔からだった。
 けれど、ミアネは婚約者が欲しいとは思っていない。なぜなら自分は父の跡継ぎとして、間違いなく商会のトップに立つものだからだ。そうしたら、思いっきりやってみたかった。
 それに自分は、もっと上に立てる有能さを秘めている。その確信があった。
 さすがに、父に結婚しろと命じられたら、結婚するしかないだろうが……。
 しかし現状は、娘を溺愛するがゆえに、父は縁談を断っている。ミアネには都合がよかった。
 無言になる青年に一礼して、ミアネは颯爽と立ち去った。
 これで終わるだろうと思っていたが、終わらなかったのである。

 数日後、再びミアネの前に青年が現れた。
 今度は雑草の花束を差し出して、どうか考えてほしい、と訴えてきたのだ。
 これにはさすがに恐怖を感じたため、ミアネには護衛がつき、通学の道も変えた。
 ところが、青年はどこで知ったのか、ひょっこりと現れて告白してきた。
 ミアネの理性は限界を超えた。不快極まりない顔をして、青年に傲然と言い放った。

「いい加減にしてちょうだい。私にはあなたのような、貧困の男は好みですらないの。しかもそんな薄汚い格好とちっぽけな花で、良く付き合いを申し込めるわね。本当に気持ち悪い」

 これだけ嫌味できつい言葉を吐けば、青年も堪えるだろう。
 彼に失望されようが、ミアネには全く関係ない。
 青年は無言のまま、立ち尽くしていた。ミアネは自分から姿を消してやった。
 それから二か月、青年はミアネのまえに現れなくなった。
 彼女はもう大丈夫だろうと、気を緩めた頃、学院の門の近くに青年が現れた。

「ミアネさんに指摘されたので、格好を変えてきました。これなら今の貴女にふさわしいはずです。どうか僕と付き合って頂けませんか。お願いします。貴女を愛しているのです」

 青年は本当に別人のようだった。髪を切りそろえ、後ろに流している。真新しい白いシャツと黒のズボン、ぴかぴかの革靴。皮脂だらけの顔はきれいに洗われ、産毛や無精ひげもそられていた。
 体臭はなくかすかに甘い香りがする。ミアネの好みの香水だ。
 確かに今までの格好に比べたら、見間違えるほどの洒落た格好である。正直、青年の容姿はとてもミアネの好みであった。
 しかし、今までの行為を考えれば──結果は最悪である。ミアネの激情に火が付いた。
 慄くほどの冷酷と激怒を綯い交ぜに、彼女は言い捨てた。

「はっ! そんなに私と付き合って愛したいのなら、死になさいっ!」

 意訳としては、目の前から消え失せろ!だ。青年を怒らせ殴られてもおかしくはない。
 しかし、彼は怒るどころか、奇妙なほど陶酔した笑み浮かべたのだ。

「そうですか。僕が死んだら貴女と付き合い、貴女だけを愛せるのですね」

 そして、どこに隠し持っていたのだろう。青年は手にしたナイフで、己の首を容赦なく掻き切った。
 滑稽なほどの血飛沫が上がり、ミアネにも降りかかる。

「え?」

 彼女の首にも衝撃が走り、熱いものが流れていくのを感じた。
 とっさに手で押さえると赤い。赤いものが、流れていく。そう、彼女の首にも同じ傷ができている。手で押さえ込むが──ミアネの意識は遠のき、どさりと倒れこんだ。

「あははははっ! これで僕だけが、ミアネを愛せますね!!」

 青年の狂喜に満ちた叫びを最後に、ミアネの意識は遠のいていく。
 彼女は強烈なる愛に満たされていた。その瞬間だけ、訪れる愛に。

 ◇◇◇

 倉根 美愛音(くらね みあね)が発作を起こしたと連絡があった。

 ──またか。

 医師は駆けつけながらも、内心は冷めていた。やけに華やかな病室に入ると、寝台に激しく痙攣する女性(患者)がいる。
 この患者が起こす特有の発作だ。いつも通りに対処して安定させる。呼吸器をつけたことで、呼吸も安定し、体からも過剰な緊張が解けていく。
 美愛音の肉体は痩せながらもむくんでいる。
 今年二十七歳だと記憶しているが、顔立ちはとても老けていた。
 入院してからすでに十年以上。美愛音から、何らかの反応を見出す可能性は皆無だ。病院へ来た頃は、会話できていたのだが。
 美愛音の両親は資産家で、この病院に多額の寄付をしている。だから彼女の扱いは特別待遇だった。広い病室はリゾートホテルのような洋装だが、これらで美愛音の意識が改善したことはない。
 それこそ、金の無駄遣いだと思うが。
 そもそも……、美愛音の両親が、面会に訪れたのはいつだったか? とっさに思い出せなかった。まあ、それがこの親子の答えだろう。
 医師としては、この患者が死なぬように診て、生き続けさせることを果たせばいい。
 
 倉根美愛音の記録書によると、彼女は幼少期からとても内向的であったが、周囲とうまく関われるよう努力していたという。
 しかし、彼女を逃避させる決定的な事件が起きた。中学二年生の時にクラス全員から酷いいじめを受け、感情を爆発させた。
 美愛音は机を突き倒し、椅子を投げつけ、さらにペンで主格の生徒の眼を突き刺したのだ。
 投げられた椅子で三人が怪我をし、主格の生徒は片目の視力を失った。
 報道されてもおかしくない事件だったが、彼女の父親が圧力でもみ消し、加害者のクラスメートとその家族には、容赦なく制裁を加えたという。
 本当に一クラス分の生徒が消えた。彼らの親類も逃げるように引っ越しなどをし、散り散りになった。いじめを黙認していた担任教師は、現在も行方不明との噂だ。
 この事件以降、美愛音は他者との交流を拒み、引きこもった。ついには、自らの世界の中で生きている。
 漏れ出る会話の記録を見ていると、独自の世界観が幾つかあるようだ。
 どこかの王国の姫であったり令嬢であったり、世界を救う勇者、世界を破滅させる魔王など、意外とファンタジー仕様である。
 どの世界でも共通していることがあった。美愛音が主人公であり、両親は金持ちで権力があること。
 自分は父親から愛される一人娘で、とても美しい容姿で男性からもてる。そして、誰かの愛を求める一方で、彼女が手に入れるのは、強烈なる自己愛であること。
 そのため、どの世界でも結末は同じだ。最後に、美愛音は自分で自分を殺す。
 自分を愛するのも愛せるのも自分だけだと、その愛と自己肯定を満たすように。
 倉根美愛音は、今日も自分の世界の中の自分を殺し、自己愛を感じて生きている。
 これもきっと愛の形なのだろう。

 【おわり】

自己愛

ネタ:お題ったー『私を愛したいなら、死になさい』より
 
注意
現実的な医療や治療のことは全くわかりません。
所詮、素人の文章なので軽く流してください。

自己愛

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日 2021-02-14

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