探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 三部作まとめ版

にがつ

探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果-

●作品情報●
脚本:にがつ
原案:坂口安吾(さかぐちあんご)明治開化(めいじかいか) 安吾捕物帖(あんごほぶつちょう) 三〝魔教(まきょう)(かい)〟』(1950年)
       『明治開化 安吾捕物帖 一“舞踏会殺人事件(ぶとうかいさつじんじけん)”』(1950年)
       『夜長姫(よながひめ)耳男(みみお)』(1952年)
引用:坂口安吾(さかぐちあんご)恋愛論(れんあいろん)』(1947年)/ 『戦争論(せんそうろん)』(1948年)
       『デカタン文学論』(1946年)/ 『堕落論(だらくろん)』(1947年)
       『()はベンメイす』(1947年)
   高井蘭山(たかいらんざん)絵本三国妖婦伝(えほんさんごくようふでん)』(1886年)
上演所要時間:160-175分
男女比 男:女:不明=4:4:0(総勢:8名)

スペシャルサンクス:こーたぬ

<登場人物>

九十九 龍之介(つくも りゅうのすけ)
 性別:男性、年齢:29歳、台本表記:九十九
 本作の主人公で、神田神保町(かんだじんぼうちょう)に探偵事務所を構えている。
 この世ならざる事象が関わった事件を専門とすることから『怪奇探偵(かいきたんてい)』と呼ばれる。
 ハイカラな格好(かっこう)をするイケメンではあるが、オネエ言葉を喋る。
 実は陰陽師名門・土御門(つちみかど)家の一族の人間で、旧名は『土御門(つちみかど) 龍之介(りゅうのすけ)』。

千里(ちさと)【※女性配役のキャラクター】
 性別:男の娘、年齢:100歳以上(見た目は10代後半)、台本表記:千里
 九十九(つくも) 龍之介(りゅうのすけ)式神(しきがみ)である、オスの猫又(ねこまた)ではあるが――
 主人の(強制的な)命令で女性モノの服を着ており、華奢(きゃしゃ)で愛らしい容貌(ようぼう)から少女と勘違いされる。
 性格は自信過剰(じしんかじょう)で好戦的で、良くも悪くも裏表のない不良気質(ふりょうきしつ)

仙狸(せんり)【※『千里』役の兼ね役です。】
 性別:男、年齢:100歳以上(見た目は20代前半)、台本表記:仙狸
 真名(しんめい)は『悪行罰示神(あくぎょうばっししきがみ)仙狸(せんり)』であり、千里(ちさと)の真の正体。
 普段は龍之介(りゅうのすけ)封印術(ふういんじゅつ)によって力が抑えられ、精神的に幼くなっている。
 封印が解除されると落ち着いた雰囲気となる。

結城 新十郎(ゆうき しんじゅうろう)
 性別:男性、年齢:26歳、台本表記:結城
 神楽坂(かぐらざか)で『結城探偵事務所(ゆうきたんていじむしょ)』を営んでおり、穏やかで礼儀正しい青年。
 その性格もあって『紳士探偵(しんしたんてい)』と呼ばれており、警視庁雇付(けいしちょうやといづけ)という身分で警察に協力している。
 坂口安吾(さかぐちあんご)とは親友であり、彼の魂が結城(ゆうき)の中に存在するため、安吾(あんご)としての人格が出ることがある。

坂口 安吾(さかぐち あんご)
 性別:男性、享年:25歳、台本表記:安吾
 結城(ゆうき) 新十郎(しんじゅうろう)の親友であり、相棒であった青年。
 夜長姫(よながひめ)に殺されるも、彼女の『尸解(しかい)の術』によって結城(ゆうき)の身体の中に留まることで生き続ける。
 気性が荒くて闊達(かったつ)な人物で、暴力などの荒事(あらごと)を得意とする。

夜長姫(よながひめ)
 性別:女性、年齢:不明(見た目は18歳)、台本表記:夜長姫
 鬼神(きしん)両面宿儺(りょうめんすくな)を祖とする鬼の一族を()べる鬼女(きじょ)で、飛騨国(ひだのくに)の山間部にある『宿儺(すくな)の里』に住んでいた。
 里にやってきた坂口(さかぐち) 安吾(あんご)を喰い殺し、瀕死(ひんし)結城(ゆうき) 新十郎(しんじゅうろう)に一生離れることが出来ない『(くさび)の呪い』をかけた。
 性格は純粋かつ残酷で、結城(ゆうき)に対して病的にまで好意を抱いている。

加納 梨江(かのう りえ)【※『夜長姫』の兼ね役です。】
 性別:女性、年齢:18歳、台本表記:加納
 政商(せいしょう)・加納家の長女で、自称「紳士探偵(しんしたんてい)の一番助手」。
 箱入り娘ではあるが、自由奔放(じゆうほんぽう)でお転婆(てんば)な性格。かなりの行動派。
 正体は、夜長姫(よながひめ)が〝人間として生きる〟ために創られた仮初(かりそめ)の存在。

大野 妙心(おおの みょうしん)
 性別:男性、年齢:32歳、台本表記:妙心
 新興宗教団体『別天教(べってんきょう)』の創設者で、初代座主(ざしゅ)
 結城(ゆうき) 新十郎(しんじゅうろう)とは英国(えいこく)留学時代の学友で、本名は『世良田 摩喜太郎(せらだ まきたろう)』。
 将来有望の政治家だったが、妻の大野(おおの) 久美穂(くみほ)こと玉藻前(たまものまえ)に出会ったことで変わってしまった。

【九尾の狐】玉藻前/大野 久美穂(たまもまえ/おおの くみほ)
 性別:女性、年齢:100歳以上(見た目は20代後半)、台本表記:玉藻前
 日本三大化生(にほんさんだいかせい)白面金毛(はくめんきんもう)九尾(きゅうび)の狐』であり、平安時代末期に鳥羽上皇(とばじょうこう)寵姫(ちょうき)であった女性。
 〝妖術師(ようじゅつし)〟によってかけられた呪いで、力を封印され、痛みで苦しみ続けられている。
 『大野(おおの) 久美穂(くみほ)』は人間の身分として彼女の存在で、妻として大野(おおの) 妙心(みょうしん)献身(けんしん)的に支えている。

〝妖術師〟(ようじゅつし)
 性別:女性、年齢:??(見た目は20代前半)、台本表記:妖術師
 九十九(つくも) 龍之介(りゅうのすけ)が関わった事件に暗躍(あんやく)する不思議な雰囲気(ふんいき)(まと)った女性で、
 龍之介(りゅうのすけ)にとっては過去の因縁から〝不俱戴天(ふぐたいてん)〟の関係性。
 他者の苦痛と絶望を愉悦(ゆえつ)に感じるサディスティックな性格をしている。
 本名は『■■■■』で、■■■■の末裔(まつえい)龍之介(りゅうのすけ)を始めとした陰陽師(おんみょうじ)たちに危険視されている。

古書堂店主
 性別:男性、年齢:??(見た目は20代)、台本表記:店主
 若い青年なれど、老獪(ろうかい)を感じさせる雰囲気(ふんいき)を持つ。
 正体は『■■■■■■』で、〝ヒト〟としての名前は『京極(きょうごく)』。

※本作は三部作の後編となります。

【注意事項】
 ・世界観を壊さない、他の演者さんに迷惑をかけない限りはマイナーチェンジやアドリブはOKです。
 ・〝結城(安吾)〟は結城新十郎の台詞となります。

<上演貼り付けテンプレート>
 台本名:『九十九龍之介の怪奇手帖 ―堕落の因果―』
 台本URL https://slib.net/104799
 サイトURL https://nigatsu-kobo-1.jimdosite.com/

 【配役】
  九十九 龍之介(♂):
  千里 / 仙狸(♀):
  結城 新十郎(♂):
  坂口 安吾 / 古書堂店主(♂) :
  夜長姫 / 加納 梨江(♀):
  大野 妙心(♂):
  【九尾の狐】玉藻前 / 大野 久美穂(♀):
  〝妖術師〟(♀):

1-1:紳士探偵

安吾:一説(いっせつ)

安吾:私は、ただ一個の不安定だ。

安吾:私はただ探している。

安吾:女でも、真理(しんり)でも、なんでもよろしい。

安吾:御想像(ごそうぞう)におまかせする。

安吾:(しか)し、真理(しんり)というものは存在(そんざい)しない。

安吾:(すなわ)真理(しんり)は、ただ探されるものです。

安吾:人は永遠に真理(しんり)を探すが、真理(しんり)は永遠に存在しない。

安吾:探されることによって実在(じつざい)するけれども、
   実在(じつざい)することによって実在(じつざい)することのない代物(しろもの)です。

安吾:坂口安吾(さかぐちあんご)、『()はベンメイす』より。


(間)


結城:ここが神田神保町(かんだじんぼうちょう)ですか。
   『本屋街(ほんやがい)』と言う事もあって、本当に本屋が多いんですね!
   ねっ、梨江(りえ)さん。

加納:…………。

結城:まだ、納得していないのですか?

加納:……新十郎(しんじゅうろう)さん、本当に協力を(あお)ぐのですか?

結城:ええ、今回の『別天教事件(べってんきょうじけん)』については、
   彼――『怪奇探偵(かいきたんてい)』の協力は必須(ひっす)だと考えています。
   だからこそ、(かつ)先生が紹介したのです。

加納:安房守(あわのかみ)様がおっしゃっていた「この世のモノとは思えない不可思議(ふかしぎ)な事件を解決する専門家」。
   確かに、今回の事件は異常であることは理解しています!
   ですが……

結城:先生の言葉が納得できないのですね。

加納:「今回ばかりは新十郎(しんじゅうろう)単独では解決できない事件だ」って……私は納得できません!
   お(そば)で、明晰(めいせき)な頭脳によって数々の難事件を解決をしてきた姿を見てきたからこそです!!
   貴方(あなた)ほどの名探偵は他にいません!
   あの 小栗虫太郎(おぐりむしたろう)探偵長(たんていちょう)よりも!!

結城:買い被りすぎですよ。
   それに、探偵とは「正義を愛するために犯罪を()く者」です。
   名利(みょうり)は二の次。
   ――さあ、着きましたよ。

加納:『九十九探偵処(つくもたんていどころ)』……なんか、辛気臭(しんきくさ)いところですね。

結城:……梨江(りえ)さん、わかっていると思いますが。

加納:わかっています!
   その『怪奇探偵(かいきたんてい)』とやらをギャフンと言わせてみます!!

結城:違いますよ。
   そして、これから協力をお願いする相手をギャフンとさせないでください。
   いいですか?
   相手方に失礼なことを言わないようにしてくださいね。

加納:もちろんです!
   なんと言っても、私は『紳士探偵(しんしたんてい)』こと結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)の一番弟子!
   この加納梨江(かのうりえ)、先生の(はじ)をかかせるわけにはいきません!!

結城:あははは……
   (※小声で)不安だなぁ……

加納:何か言いましたか、新十郎(しんじゅうろう)さん?

結城:いえいえ、何も。
   さあ、行きましょう。


(間)


九十九:こんの老いぼれジジイ!

千里:うわ!?
   イテテ……驚いた拍子(ひょうし)にソファから落ちた……

九十九;なに余計なことをしているのよ!
    私たちは、別の案件で今は忙しいの!!
    なに?
    「そんな陳腐(ちんぷ)事件(モノ)よりも、有意義な事件(モノ)を提供してやる」って?
    アーンタが持ち込んでくる事件なんて(ろく)なもんなんてないじゃない!!
    てか事件だけじゃなくて、それに関わる人間も厄介(やっかい)な奴ばっかり!!
    前の、泉山(いずみやま)っていう警視庁の刑事だっけ?
    あいつ、色々と()き乱すからイライラするのよ!!

千里:うわぁ……龍之介(りゅうのすけ)、めっちゃキレてるじゃん……
   今日一日はきっと不機嫌な日だな、これ。
   「触らぬ神に(たた)りなし」、八つ当たりされる前に退避(たいひ)を……って!
   このタイミングで来客(らいきゃく)、来ちゃう?!
   あれ、今日の俺の運勢、やばくね?
   あー、もう!
   はいはーい、今すぐ行きますよーっと!

九十九:どうせ、今回も警視庁の無能な刑事が……えっ?
    今回は違う?

千里:いらっしゃい、お客さん。
   生憎(あいにく)だけど、ちょっと今日はウチの探偵がさ……

結城:突然の来訪(らいほう)、申し訳ありません。
   勝海舟(かつかいしゅう)先生のご紹介で来ました。
   探偵の結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)と申します。
   こちらの方は、助手の加納梨江(かのうりえ)
   九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)先生はいらっしゃいますでしょうか?


千里(※タイトルコール):探偵(たんてい)九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)怪奇手帖(かいきてちょう)
             堕落(だらく)因果(いんが)(じょ)紳士探偵(しんしたんてい)

1-2:別天教事件

結城:この(たび)は、お忙しいところ、お時間を設けて頂きましてありがとうございます。

九十九:いえいえ、()の有名な『紳士探偵(しんしたんてい)』の訪問ならば大歓迎よ。
    あのジジイにしては、(めずら)しくまともな人物をよこしたわね。

結城:恐縮(きょうしゅく)です。

九十九:そんなバカ丁寧(ていねん)にしなくて大丈夫よ。

加納:なっ、先生に「バカ」ってなんですか、「バカ」って!

結城:り、梨江(りえ)さん……!

九十九:あら、確か、あなたは加納五兵衛(かのうごへえ)の……

加納:長女の加納梨江(かのうりえ)です。

九十九:あぁ、そうだったわ。
    ごめんなさいね、別に馬鹿にしたわけではないのよ。
    誤解を招いたのなら謝るわ、ごめんなさい。
    さっ、折角(せっかく)入れた英国(えいこく)産の紅茶をお飲みなさいな。
    少し落ち着くわよ。

加納:……イタダキマス。

千里:あの龍之介(りゅうのすけ)が謝罪を……いたっ!
   拳骨(ゲンコツ)する必要があるか?!

九十九:あんたが失礼なことを言ったからよ。

千里:不条理(ふじょうり)すぎるだろ!!

九十九:とりあえず、この阿呆(アホ)は放っておいて。
    紳士探偵(しんしたんてい)
    あなたの名声は帝都(ていと)に住む者ならば知らない者はいないと言われる程だわ。
    『探偵(たんてい)とは正義のために戦うことを務めとし、いかなる人々の秘密をも身命(しんめい)にかえて守ることを誇りと致す者』
    ――これがあなたの信条(しんじょう)よね?

加納:そうですわ!
   先生は、まさに正義の体現者(たいげんしゃ)なのです!!

結城:梨江(りえ)さん。
   すいません、九十九(つくも)先生。

九十九:いいのよ、可愛らしいじゃない。
話を戻すと、あなたの慧眼(けいがん)勿論(もちろん)知っている。
    そんな貴方が、私のような(やから)助力(じょりょく)が必要な事件なんてあるの?

結城:はい、『怪奇探偵(かいきたんてい)』と呼ばれている貴方だからこそ協力をお願いしたいのです。
   九十九(つくも)先生、ここ最近、帝都(ていと)を騒がしている『別天教事件(べってんきょうじけん)』についてはご存じですか?

九十九:ええ、いわゆる『カケコミ教』と()われている邪教(じゃきょう)信徒(しんと)が首を切られた連続殺人事件ね。

結城:はい、その通りです。
   ご存じだと思いますが、事件の概要(がいよう)について説明をさせて頂きます。
   梨江(りえ)さん、お願い出来ますか?

加納:はい、わかりました。
   最初の事件は、昨年の12月16日に茗荷谷(みょうがたに)切支丹坂(きりしたんさか)で教団幹部の長谷川幸三(はせがわこうぞう)がノド笛を噛み切られた事件。
   二つ目の事件は、今年の2月18日に音羽(おとわ)の山林の(やぶ)の中で、佐分利(さぶり)康子(やすこ)雅子(まさこ)母娘(おやこ)が同様にノド笛を噛み切られた事件。
   母親の佐分利康子(さぶりやすこ)は、最初の被害者の長谷川(はせがわ)と同じ教団(きょうだん)幹部で、娘の雅子(まさこ)教団(きょうだん)巫女(みこ)のひとりでした。
   3人とも平信徒(ひらしんと)とは違って、役付きの幹部級、いずれも夜更(よふ)けに殺害されています。

九十九:大方(おおかた)、新聞で掲載(けいさい)されているものとは何ら変わらないわね。
    でも、どうしてこの事件に私の協力が必要なの?
    どっからどう考えても、教団(きょうだん)(うら)みを持つ人間の犯行としか思えないんだけど……

加納:先ほど述べた被害者たちに報道されていない、〝もうひとつの共通点〟があるんです。

九十九:〝もうひとつの共通点〟……?

加納:全員、「腹を()かれて、〝綺麗(きれい)に〟肝臓だけが奪われていた」のです。
   現場が護国寺(ごこくじ)周辺ということもあり、警察は業病人(ごうびょうにん)や医者の犯行を疑いました。
   あらゆる可能性を考慮して、共に調査を行いましたが有力な手掛かりは見つかりませんでした。

結城:東京帝国大学病理解剖学(びょうりかいぼうがく)三浦守治(みうらもりはる)教授に遺体(いたい)検死(けんし)をして頂きましたが、「殺され方が人間業(にんげんわざ)ではない」、と。
   それに、その殺害方法に問題があるんです。

九十九:……『ヤミヨセ』ね。

結城:流石です、ご明察(めいさつ)の通り。

千里:なー!
   盛り上がっているところ、申し訳ないんだけどさー
   その『カケコミ教』とか、『ヤミヨセ』って何なんだ?

加納:貴女(あなた)、助手を名乗っておいて、そんなことを知らないなんて情けないわ。

千里:なんだとー!

加納:なによ、文句(もんく)があるって言うのー!

結城:ふたりとも!

九十九:いい加減に……しなさい!

千里・加納:あんぎゃ!!

九十九:ギャアギャア騒がないの!
    ごめんなさいね、貴方の助手まで拳骨(ゲンコツ)しちゃって。

結城:いえ、大丈夫です。
   すいません、良い子なのですが、少し勝気(かちき)な性格というか……

加納:新十郎(しんじゅうろう)さ〜ん……

結城:はいはい、痛かったですね。

九十九:お互い、手がかかる助手を持つと苦労するわね。

結城:ですね。

千里:あっ?
   おい、龍之介(りゅうのすけ)
   その言葉だと、まるで俺がこの小娘と同じみたいな扱いじゃねえか!!

加納:ちょっと、その言い分はどういうこと!
   しかも、小娘って……あなたのほうが小娘じゃない!!

千里:なんだと!!

加納:なによ、喧嘩(けんか)なら買いますわ!
   そこらへんの娘と違うことを証明して見せてあげます!!

千里:言ってくれるじゃねえか!
   人間風情(ふぜい)が、ねこま……あんぎゃ!!

九十九:ごめんなさいね、加納(かのう)のお嬢様。
    うちの助手が無礼な口をきいて。

千里:龍之介!
   お前の拳骨(ゲンコツ)、痛いんだよ!!

九十九:莫迦(バカ)につける薬はこれしかないのよ。

加納:それよりも、新十郎(しんじゅうろう)さん!!
   さっきのはどういうことですか?!
   もしかして、私の事、嫌いなのですか!!

結城:違いますよ。
   僕はそんなところも含めて、梨江(りえ)さんのこと、好きですよ。

加納:えっ、そんな、好きだなんて……もちろん、梨江(りえ)新十郎(しんじゅうろう)さんのことを……

千里:おーい。
   イチャイチャしているところ悪りぃけどさー
   俺の質問に答えてくれませんかー?

結城:すいません。
   『カケコミ教』というのは、新興宗教団体(しんこうしゅうきょうだんたい)天王教(てんのうきょう)』の別名です。
   そもそも『天王教(てんのうきょう)』というのは、『広大天尊(こうだいてんそん)』・『赤裂地尊(せきれつじそん)』という
   日本の神の祖親(そしん)と云われる二(はしら)化身(けしん)・『別天王(べってんのう)』という女性を祭神(さいしん)としています。

千里:なんだそりゃあ、そんな神の名前なんて聞いたことねぇなー

九十九:そんな出鱈目(でたらめ)なことを言っているから、特高(とっこう)監視対象団体(かんしたいしょうだんたい)になっているけどね。
    でも、圧力をかけられているせいで中々手出しを出来ないのが現状よ。

千里:圧力?

結城:はい、教団の後援会(こうえんかい)の存在が大きいんです。
   後援会(こうえんかい)の会長は、元公家(くげ)藤巻君惟(ふじまききみただ)侯爵(こうしゃく)
   そして、副会長が帝国陸軍大将の町田源次郎(まちだげんじろう)男爵(だんしゃく)
   2人とも社会的に影響力がある方々です。

千里:ふーん、不思議なモノだな。

九十九:何が?

千里:だってよ、特高(とっこう)(にら)まれる時点で、そういうお偉いさんは忌避(きひ)する(はず)だろ?

加納:本当に何も知らないのね。

千里:あっ?!

加納:教団の教祖が手強いのよ。
   名前は、大野妙心(おおのみょうしん)
   本名は、世良田摩喜太郎(せらだまきたろう)
   地方の府知事を二ヵ所で務めた後、イギリスのオックスフォード大学に議会政治を学びに留学した俊英(しゅんえい)の政治家。
   中央政府からは、国政の柱石(ちゅうせき)たるべき人と期待されていましたけど、留学から帰ってきた途端(とたん)、『別天教(べってんきょう)』を創設。
   亡くなったお父様のご友人である、上泉(じょうせん)総理大臣が大層(たいそう)失望していたのを覚えています。

結城:留学していた頃に何があったのかは(なぞ)に包まれていますが、
   彼は何かに取り憑かれたように教団(きょうだん)を発展させるべく、持ち前の政治的手腕を発揮(はっき)しました。
   「邪教(じゃきょう)」と呼ばれていながらも、社会的影響力が大きい団体へと。

九十九:当時の新聞には、『別天王(べってんのう)』の色香(いろか)に迷い、籠絡(ろうらく)されたとか書かれていたわねぇー

千里:まあ、それなりに大きい団体っていうのは分かったけどよ。
   それで、その『ヤミヨセ』って何なんだよ。

九十九:『ヤミヨセ』は、毎年11月11日の『赤裂地尊(せきれつじそん)』の祭日に、不信の()生贄(いきにえ)に捧げる儀式(ぎしき)のことよ。
    まあ、詳しいことは信徒(しんと)じゃないとわからないんだけど。

結城:そのことについては警視庁が雇った内偵(ないてい)牛沼(うしぬま)という刑事から情報を得ています。
   そもそも祭日とは言われていますが、この日だけは『赤裂地尊(せきれつじそん)』は荒ぶる神となり、
   血と生き肝を愛する魔人(まじん)へと変貌(へんぼう)するという不吉(ふきつ)な日だそうです。
   その化身(けしん)たる『別天王(べってんのう)』も、複数の()を持つ(けもの)へと変貌(へんぼう)し、人を()らう。
   儀式(ぎしき)生贄(いきにえ)を捧げ、平和の守護神に戻すことを目的としています。
   そして、それを全信徒(ぜんしんと)の目の前で見せるのです。

千里:おいおい、ちょっと待てよ。
   「生贄(いけにえ)」とか言っているけど、疑似(ぎじ)的なものだよな?

九十九:あんた、忘れているでしょ。
    「『別王教(べってんきょう)』が「邪教(じゃきょう)」と呼ばれている」のを。

千里:まさか……本当に……?

結城:……はい。

千里:えげつねえことをするな。
   やっていることが、独裁者と変わりねえだろ……

九十九:でも、信者たちを支配するには有効的ね。

結城:はい……ですが、不思議なことがあるんです。
   今回の事件の(きも)となるひとつの事実です。
   内偵(ないてい)牛沼(うしぬま)によると、生贄(いきにえ)に選ばれた信徒(しんと)は、
   異形(いぎょう)(けもの)によって殺され、部屋に彼らの断末魔(だんまつま)が響き渡る。
   しかし儀式(ぎしき)が終わると、一滴(いってき)の血も流さず、生贄(いけにえ)たちは会場を後にするんです。
   まるで〝何もなかったかのように〟……

1-3:襲撃

加納:それにしても、もうこんな時間なのですね。
   なにか、どこでご夕飯を――

結城(安吾):「人間だから()ちるのであり、生きているから()ちるだけだ」

加納:その言葉に、その(こえ)……今の主人格は、『安吾(あんご)』、貴方(あなた)なのですか?

結城(安吾):おいおい、そんな嫌そうな顔をするなって。

加納:私は、貴方のことが大嫌いですから。

結城(安吾):見た目は、お前の大好きな結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)そのものなのに?

加納:だから、貴方のことが尚更(なおさら)大嫌いなんです!
   新十郎(しんじゅうろう)さんを汚さないでくれますか?
   あなたと違って野蛮(やばん)な人ではないんですから。

結城(安吾):おいおい、猫かぶっているお嬢ちゃんが言えた台詞(セリフ)かい?
       それにな、俺が出てきたってことはさ……こういうことなんだよ!!

加納:なにを……キャア!!
   ちょっと!
   いきなり蹴らないでくれませんか?

結城(安吾):別にテメェを蹴ったわけじゃねぇからいいだろうがよ。

加納:でも、危うく当たりそうでした。

結城(安吾):ごちゃごちゃとうるせえな、しょうがねえだろ。
       ……じゃなきゃ、てめぇはそのナイフに刺さって死んでいたかもしれないしな。

加納:えっ……嘘……

結城(安吾):バレてるんだよ!
       コソコソと隠れてないで出て来いよ!!

加納:あれは……頭巾(ずきん)で顔を隠して……誰ですか!

結城(安吾):名乗るわけねぇだろ、バカ。
       それに身体の特徴と、俺たちを狙った時点で誰だかわかるだろ。

加納:あっ……

結城(安吾):顔を頭巾(ずきん)で隠しているがあの鋭い眼付き、筋肉質の体躯(たいく)に、
       特徴的な日本刀の構え方……お前、内偵(ないてい)牛沼雷像(うしぬまらいぞう)だろ?

加納:それじゃあ……

結城(安吾):あぁ、木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊(ミイラ)になっちまったようだな。
       さて、てめぇは誰の命令で動いてる?
       ……ダンマリか。
       だったら、実力行使でその口を割らせてやるからよぉ!!

加納:ちょっと、安吾(あんご)!!

結城(安吾):先手必勝!!

千里N:勢いよく牛沼(うしぬま)の元に()け寄る安吾(あんご)
    一方で牛沼(うしぬま)は、(ひる)む様子は見せず、ただじっと日本刀を構えていた。

加納:どうして動かないの……?
   もしかして、先に攻めることを見越して……安吾(あんご)、ダメ!!

結城(安吾):うおおおおおおおおお!

千里N:間合いに入ったのか、牛沼(うしぬま)は日本刀を安吾(あんご)に向かって振り下ろす。
    その所作(しょさ)は一瞬。
   「斬られた」、加納梨江(かのうりえ)はそう確信した。

加納:あっ……ああっ……

結城(安吾):……おいおい、勝手に殺しているんじゃねえよ。

加納:う、嘘でしょ……

結城(安吾):手ぶらで、真剣(しんけん)を持った相手に真っ向から挑むんならよぉ!
       白刃(しらは)取りが出来て、当然だろ!!

加納:いや、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)過ぎるでしょ……

結城(安吾):おらぁ!!

千里N:安吾(あんご)は左脚に体重をかけ、右脚を曲げ伸ばしの反動をつけて牛沼(うしぬま)鳩尾(みぞおち)を蹴りつけた。
    それでも一言も発することはなかったが、牛沼(うしぬま)は体勢を(くず)してよろめく。

結城(安吾):もらったぁ!!

千里N:安吾(あんご)が、トドメの一発を顔面に食らわそうとした瞬間だった。
    牛沼(うしぬま)(ふところ)から小刀(こがたな)を取り出し、
    安吾(あんご)の腕を切りつける。

結城(安吾):ぐっ!

加納:安吾(あんご)、大丈夫?!

結城(安吾):梨江(りえ)
       見るんじゃねえ!!

加納:そ、れは……血……?
   あいつ、新十郎(しんじゅうろう)さんの、身体を……傷、つけた……?

結城(安吾):落ち着け、梨江(りえ)!!
       俺はだいじょう……

加納:……どこが大丈夫なの?

結城(安吾):ちっ、化けの皮が()がれたか……

加納:新十郎(しんじゅうろう)さんを傷つけたのはだあれ?
   あぁ、綺麗(きれい)な赤……新十郎(しんじゅうろう)さんは、血まで素晴らしいのですねぇ……

結城(安吾):後ろ!!

加納:フフッ。

千里N:一瞬の動き。
    加納梨江(かのうりえ)の手には牛沼(うしぬま)が最初に使用した投げナイフが握られていた。
    そして、それで牛沼(うしぬま)凶刃(きょうじん)を防ぐ。

加納:貴方ですか……新十郎(しんじゅうろう)さんに傷をつけたのは……
   悪い子……そうですね、悪い子には、お仕置きしないといけないですねぇ。

千里N:まるで年下の子供を(たしな)める様に彼女は言い、戦闘慣れした手つきで小刀(こがたな)を奪い取る。
    それを投げ捨て、(たた)きかける様に牛沼(うしぬま)の腰にある拳銃嚢(ホルスター)から銃も奪い取った。

加納:ダメじゃないですか、こんな危ないモノ……没収(ぼっしゅう)します。
   でも、使わないと勿体(もったい)無いですよね。
   物は使ってこそ意味があるもの。
   そういえば、私ずっと思っていたんです。
   拳銃の火花って花火みたいですよね?
   はい、まずは右手、綺麗な花火ですね。
   次は、左手、たーまやー。
   次は、右足、2発だけじゃ足りませんよね?
   次は、左足、大盤振る舞い。
   最後の大目玉、あた……

結城(安吾):そこまでだ、やり過ぎだ。

加納:どうして?
   新十郎(しんじゅうろう)さんが喜ぶと思ったのに。
   どうして、邪魔をするの?
   あっ……

結城:梨江(りえ)さん、もういいですよ。

加納:新十郎(しんじゅうろう)さん……?
   えへへ、抱きしめられて……あったかい……

結城:ふぅ……気を失いましたか。
   すいません、ヘマをしてしまいましたね。
   ……ん?

黒猫:にゃーお。

結城:可愛らしい黒猫さん、ずっと見ていたんですか?

黒猫:にゃーお。

結城:そうですか。
   もう全て終わりましたから、帰りなさい。
   今日はもう夜遅いですから。
   そうだ、ご主人に伝えて下さいね。
   どうか、今日のことは内密(ないみつ)に、と。

1-4:新たな犠牲者

千里:ゲッ……バレてるし……

九十九:アンタ、なにをやってるのよ。
    まだまだ未熟者ね。

千里:う、うっせなー!
   しょうがねえだろ、だいだい、急拵(きゅうこしら)えの使い魔なんだからさ!!

九十九:まあ、でも使い魔を放っておいて正解ね。
    全ては貴方の言った通り。
    「結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)は二重人格者である」、というよりは、
    「結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)は、『結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)』と『安吾(あんご)』の2つの魂で一人」

千里:そして、あの助手の女。
   あいつ、中に(あやかし)を飼っている。
   しかも、凶暴性(きょうぼうせい)半端(はんぱ)ねえ……

九十九:そうねぇ……
    (※溜息をついた後に)本当に……安房守(あわのかみ)……アンタがよこす奴は例外なく(ろく)でもないわ。


(間)


加納:ううっ……

結城:大丈夫ですか、梨江(りえ)さん?

加納:新十郎(しんじゅうろう)、さん……?
   あれ?
   私、一体……

結城:梨江(りえ)さんが、私の傷を見てパニックになったところを、安吾(あんご)が落ち着かせたんです。
   その、少々、乱暴な方法でしたが……

加納:あの男……!!
   次出てきた時にひっぱ叩いてやります!!
   あっ、ダメ、結果的に新十郎(しんじゅうろう)さんを傷つけちゃう。

結城:アハハ……その時はお手柔らかに。

加納:それよりも新十郎(しんじゅうろう)さん、あの人は……

結城:しまった……!!

千里N:牛沼の存在を忘れていたことに結城(ゆうき)は焦った。
    しかし、肝心(かんじん)牛沼(うしぬま)はその場から一切動かず、横になっていた。
   “ある疑問”が脳裏によぎる。
   「安吾(あんご)と“彼女”は致命傷を与えてない」
   「それに気を失わせるような決定的な攻撃を与えていない――にも関わらず、死体のように横たわっているのは何故だ?」
   梨江(りえ)の方を振り返る。

加納:どうしました?

千里N:おかしなことだった。
    “彼女”は至近距離で牛沼(うしぬま)四肢(しし)を撃った。
    しかし、「加納梨江(かのうりえ)は返り血をひとつも浴びていない」。
    結城(ゆうき)は、牛沼(うしぬま)の元に近寄り、顔を(のぞ)く。
    そして頭巾(ずきん)を外すと――

結城:これは……どういうことだ……?
   ……まさか!!

千里N:驚愕(きょうがく)の表情を浮かべる結城(ゆうき)
    そして、“ある事を確認する”ために牛沼(うしぬま)の服を脱がし始める。

結城:やっぱり、そうか……

加納:新十郎(しんじゅうろう)さん、一体……

結城:来るな!!

加納:っつ!!

結城:あっ、すいません……大きな声を出してしまって。
   梨江(りえ)さん、申し訳ないのですが古田(ふるた)巡査を呼んで来てください。

加納:どうしたのですか……?

結城:『別天教事件(べってんきょうじけん)』、新たな被害者です。

加納:えっ?

結城:被害者の名前は、牛沼雷像(うしぬまらいぞう)
   先の被害者と違って平信徒(ひらしんと)ではありますが、死に方は一緒です。
   『喉を噛み切られ、腹を裂かれています』。

2-1:偽神天女

安吾:一説(いっせつ)

安吾:『人間は堕落(だらく)する。』

安吾:『義士(ぎし)も、聖女(せいじょ)堕落(だらく)する。』

安吾:『それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。』

安吾:『人間は生き、人間は堕ちる。』

安吾:『そのこと以外の中に、人間を救う便利な近道はない。』

安吾:坂口安吾(さかぐちあんご)、『堕落論(だらくろん)』より。


(間)


妖術師N:『せつないときは、カケコミ、カケコミ、パッとひらいて、(てん)(はな)
    東京府渋谷町(とうきょうふしぶやまち)・『別天教(べってんきょう)』本部。
    老若男女(ろうにゃくなんにょ)、多くの白の(ころも)(まと)った『別天教(べってんきょう)』の信徒(しんと)たちは祈りを捧げ、同じ言葉を繰り返し唱え続ける。
    月琴(げっきん)横笛(よこぶえ)太鼓(たいこ)三味線(しゃみせん)拍子木(ひょうしぎ)、これにハープ、ヴァイオリン、そしてクラブサンの八重奏(オクテット)と共に。
    やがて、鐘の音が鳴り始める。
    演奏は止み、信者たちも祈りを止めて、急いで部屋から出る。
    全員が嬉しそうな表情を浮かべ、ひたすらと何処かへ向かう。
    やがて、信徒たちがひとつの部屋に集まった。
    白亜(はくあ)の壁に囲まれ、中央には祭壇(さいだん)、そしてその奥には鉄製の大きな扉がひとつ。
    まるで、神様のために創られた聖域のようだった。
    中央の祭壇(さいだん)の前に、信者たちは土下座をするように頭を(こす)りつける。
    混沌(こんとん)狂気(きょうき)入り混じる空間。
    そして、祭壇(さいだん)にひとりの女性が現れると、より一層狂気(きょうき)の空気は濃くなった。

久美穂:神託(しんたく)の時である、神託(しんたく)の時である!
    (これ)なるは、神託(しんたく)の時である!!
    信徒(しんと)皆々(みなみな)静粛(せいしゅく)に。

妖術師N:天女(てんにょ)のような美女の言葉に、粛々(しゅくしゅく)信徒(しんと)たちは従った。
     静寂(せいじゃく)の時が訪れると、天女(てんにょ)は言葉を(つむ)ぐ。

久美穂:我が愛すべき父。
    偉大なる『別天王(べってんのう)』の代理となる聖人。
    我らに栄えある未来の運命を(もたら)す天の御使(みつか)い。
    ――教祖・『大野妙心(おおのみょうしん)』の(こと)である。

妖術師N:祭壇(さいだん)の後ろにある扉が開かれると、ひとりの男が現れた。
     何人かの信徒(しんと)たちは感動のあまりに(むせ)び泣き始める。
     静謐(せいひつ)なれど狂気(きょうき)渦巻(うずまく)く空間。
     男――『大野妙心(おおのみょうしん)』は祭壇(さいだん)辿(たど)り着くと口を開いた。

妙心:()の親愛なる信徒(しんと)たち。
   日毎(ひまい)の行事に唄い踊り、妙花天(みょうかてん)に遊ぶ果報(かほう)(ひた)りながらも、(おの)が財産を寄進(きしん)する献身(けんしん)()り。
   そして、毎日欠かさず『別天王(べってんのう)』様への祈りの言葉を唱える(あつ)き信仰心。
   其方たちの想いは、敬愛する『別天王(べってんのう)』様に行き届いている(はず)だ。
   しかし、しかしだ――

妖術師N:さっきの慈愛(じあい)を込められた笑みから、神妙(しんみょう)沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちとなる。
     何かを察した信徒(しんと)たちは恐怖の表情となり、狼狽(うろた)え始めた。

久美穂:静粛(せいしゅく)に!
    神託(しんたく)の時となるぞ!!

妙心:大丈夫だ、巫女長(みこちょう)
   ……諸君(しょくん)!!

妖術師N:大野妙心(おおのみょうしん)がそう大声を出すと、信徒(しんと)たちは静かになる。

妙心:突然、大声を出してしまい申し訳ない。
   皆が狼狽(うろた)えることはわかる。
   しかし……悲しい事実をひとつ告げなければならない。
   先の『ヤミヨセ』にて不信心者(ふしんじんもの)どもを生贄(いけにえ)に捧げ、今年も我々に安寧(あんねい)とした未来を(もたら)すと信じた。
   だが……『別天王(べってんのう)』様より、私はひとつの神託の言葉を頂戴した。
   「まだ、不信心者(ふしんじんもの)が存在する」、と。

妖術師N:絶望の空気が流れ始める。
     大抵は、2,3人の生贄(いけにえ)を捧げることで『ヤミヨセ』は済むはず。
     にも関わらず、今回はそれ以上の人数を求められている。
     「終わりだ、自分たちは遂に『別天王(べってんのう)』様の怒らせた」
     「神に見捨てられた」
     ――そんな信徒(しんと)たちを、妙心(みょうしん)荘厳(そうごん)な表情で見渡す。
    
久美穂:静粛(せいしゅく)に!
    まだ、教祖の(こと)は終わってはおらぬ!!

妙心:其方(そなた)たちの恐怖は、この大野妙心(おおのみょうしん)も心苦しく思っている。
   不信(ふしん)()が未だに存在するのだ。
   此処(ここ)に集った者なのか、何らかの事情により、此処(ここ)に集う事が出来なかった者なのか……それはわからない。
   だが、以前よりも不信(ふしん)()が増えたのは確かだ。
   責任は、私にある。面目ない。
   不信(ふしん)は伝染する。
   そして、それは『堕落(だらく)』への第一歩となる。
   悟りを開くことを目指す、我らにとって排除すべき天敵である!
   だからこそ、偉大なる『別天王(べってんのう)』様はお怒りだ!
   平和を愛し、信心深い其方(そなた)たちを愛する故にこその怒りだ!
   決して、見捨てられた訳ではない!
   日頃の信仰心を忘れなければ、生贄(いけにえ)に選ばれる(はず)がない!
   安心してほしい!
   この大野妙心(おおのみょうしん)が、皆が『別天王(べってんのう)』様に寵愛(ちょうあい)を受けるべき者たちであることを証明す!!

妖術師N:男の最後の一言に、信徒(しんと)たちは希望に満ちた表情へと変わり、拍手喝采(はくしゅかっさい)が起きる。

久美穂:静しゅ――

妙心:巫女長(みこちょう)、構わない。

久美穂:しかし……

妙心:いいんだ、そのままにしてあげなさい。

久美穂:――御意(ぎょい)に。

妙心:では、愛すべき()信徒(しんと)たちよ。
   修行に励むように。

妖術師N:大野妙心(おおのみょうしん)と、『巫女長(みこちょう)』と呼ばれる女性が奥の部屋へと戻る。
     やがて扉は閉まると、彼らの二人だけの空間となった。

妙心:……ふぅ、相変わらず。
   この仕事には慣れない。

久美穂:はっ、何を言う。
    相変わらずの見事なペテン師振りだ。

妙心:いやいや、私はただ喋っただけだ。
   貴女と違い、私は所詮(しょせん)(ただ)の人間だ。
   『別天王(べってんのう)』様。

久美穂:……その名は好かん。

妙心:あはは……すまないな、何だが意地悪をしたくなった気分だった。

久美穂:お前でなければ、即座に首を()ねたぞ。
    まあ良い、許す。

妙心:ご寛大な心に、感謝を。

久美穂:それに――(わらわ)の名は〝呪い〟そのものである。
    故に呼び(はばか)るからな。

妙心:貴女の〝呪い〟ならば、それは私にとっては〝愛〟そのものだ。

久美穂:フッ、酔狂(すいきょう)な事を……ぐっ……!

妙心:大丈夫か?!

久美穂:ハァ……ハァ……っつ、大丈夫、だ。

妙心:……例の『妖術師(ようじゅつし)』にかけられた呪いが、強くなっている……?

久美穂:あぁ、最近になって強さを増している……

妙心:大丈夫だ、まだ『ヤミヨセ』を行うことは出来る。
   貴女の為ならば、信徒(しんと)全員、いや、私の命をも喜んで差し出す。
   ()ちるとこまで、()ちるさ。

久美穂:フッ……クククッ……

妙心:んっ……どうした?

久美穂:先程まで、信徒(しんと)たちに「堕落(だらく)は我らの天敵』と(うそぶ)いていた奴の言葉とは思えないな……

妙心:それは、彼らにとっての話だ。
   『堕落(だらく)』は、我らにとって救いなのだ。

久美穂:フンッ……とんだ戯言(ざれごと)を……
    まあ、悪くない……


千里(※タイトルコール):堕落(だらく)因果(いんが)
             ()偽神天女(ぎしんてんにょ)

2-2:駅前ドタバタ劇

千里N:場面は、国鉄(こくてつ)渋谷駅に移る。
    片田舎(かたいなか)辺境(へんきょう)の町であった渋谷町(しぶやまち)は、関東大震災によって大きく様変わりした。
    被害が軽微(けいび)であったおかげで被災した下町の名店が移転し、それに伴って劇場や映画館も作られたことで町は発展。
    『百軒店(ひゃっけんだな)』と呼ばれる浅草六区(あさくさろっく)(しの)ぐ、東京一(とうきょういち)の繁華街が誕生した。
    そのため、連日、多くの人々が行き交う混雑とした場所となっていた。

九十九:それにしても、相変わらずのヒトの多さねぇ……

千里:うへぇ、あったまいてぇ……

九十九:アンタみたいなのは、ヒトの思念(しねん)を感じ取ってしまうものだから辛いわね。

千里:だから、ヒト混みは嫌いだ。

九十九:さて、待ち合わせはここの筈だけど――

結城:九十九(つくも)先生ー!

千里:おっ、いた。

結城:こっちです!

【結城が自分たちがいる場所を教える様に手を振る。】
【傍らにいる加納は不機嫌そうな顔を浮かべていた。】

九十九:待たせたわね。

加納:本当に待ったんですけどー!
   それに、遅刻とかあり得ません!

千里:待ち合わせの時刻に1分遅れただけじゃねえか!
   誤差の範囲内だろ!!

加納:1分でも、遅れた事実は変わりありませんわ!

千里:細まけぇことをゴチャゴチャと、その小さな(※この後はゴニョゴニョって言ってください)

加納:何か言いまして?

千里:もう一回行ってやるよ!
   細けぇことをゴチャゴチャと、その小さな胸に似合って器が小さい女だな!!

加納:なっ!
   上等ですわ、喧嘩(ケンカ)なら買いましてよ!!
   それに、人並み以上の胸はあるんです!!
   このおチビさん!!

千里:誰がチビだ、このヤロー!

結城:二人とも、落ち着いてい――

千里/加納:お前/新十郎(しんじゅうろう)さんは、黙っていろ/黙って!

加納:新十郎(しんじゅうろう)さんに何て言う口の聞き方を!

千里:あっ?
   今は俺たちの喧嘩(ケンカ)だろ?
   それとも、なんだ?
   啖呵(たんか)切った割には、逃げるのか?

加納:なんですって!?

結城:二人とも!
   そろそろ、やめないと!!

千里・加納:あっ?

九十九:ア・ン・タ・タ・チ?

千里・加納:あっ……

結城:間に合わなかったか……

九十九:元気があって、仲が良いのは結構よ。
    でもね――

千里・加納:ヒィ!!

九十九:場所を選びなさい?

千里:り、龍之介(りゅうのすけ)……?

加納:張り付いた笑顔が、こわい……

九十九:『簡易術式(かんいじゅつしき)発動(はつどう)

加納:何か手からドス黒いモノが……

千里:ま、まさか……!
   それは……!!

九十九:安心しなさい、簡易術式(かんいじゅつしき)での発動だから……心にちょーっと軽いトラウマを与えるぐらいだから。

加納:何をするつもりなの……?

千里:こ、こど……

加納:えっ?

九十九:『蟲毒(こどく)』。

千里・加納:イヤアアアアアアアアア!!


(間)


【場面は国鉄渋谷駅から、渋谷百軒店にある喫茶店に移る】
【呆然とする千里と加納梨江、苦笑いを浮かべる結城新十郎、優雅にコーヒーを嗜む九十九龍之介】

九十九:ふぅ……

結城:落ち着きましたか?

九十九:えぇ、もちろん。
    さすが、百軒店(ひゃっけんだな)にある喫茶店だけあって、質の良い米国(べいこく)産のコーヒー豆を使っているわね。
    (※コーヒーを飲んだ後に)はぁ……おいしい。

結城:良かったです、僕もこの店のコーヒーが好きなんです。
   千里(ちさと)さんと、梨江(りえ)さんは……

千里:ガクガク。

加納:ブルブル。

結城:大丈夫じゃ、なさそうですね……

九十九:安心しなさい。
    いくら『蟲毒(こどく)』とは言えど、出力をかなり抑えているわ。
    そろそろ落ち着いてくる頃よ。

結城:確か、『蟲毒(こどく)』って古代中国の呪術(じゅじゅつ)のひとつ、ですよね?

九十九:あら、よく知っているじゃない。
    さっすが、紳士探偵(しんしたんてい)

結城:あの……九十九(つくも)先生。

九十九:なに?

結城:先の牛沼(うしぬま)襲撃(しゅうげき)時の黒猫に、今回の『蟲毒(こどく)』。
   私たちの常識を超越(ちょうえつ)する事象(じしょう)を起こす貴方は……陰陽師(おんみょうじ)ではないのですか?

九十九:ええ、そうよ。

結城:えっ、あっさりと認めていいんですか?

九十九:まあね。
    そもそも、あの時に貴方たちの秘密を知ってしまった以上、私たちの事を教えないのはアンフェアだと思ったからよ。

結城:あの時を見られてしまったのは、お恥ずかしい限りです。
   ……そういえば、先程の駅前の出来事は大丈夫なのでしょうか?
   衆人(しゅうじん)の目の前での発動は流石に……

九十九:そこの二人が喧嘩(ケンカ)しているときに、『摩利支天(まりしてん)』の真言を唱えておいたわ。
    そうすることで隠形(おんぎょう)結界(けっかい)を私たちにはり、周囲には「空間ごと認識されない」ようにした。
    どんなに派手なことをしても、周りには「起こっていない」ことになっているのよ。

結城:なるほど……それにしても珍しいですね。
   陰陽師(おんみょうじ)は、宮内庁(くないちょう)御霊部(ごりょうぶ)に所属している方しかいないと聞いていたので。
   九十九(つくも)先生のように、個人で活動されている方がいらっしゃるとは……

九十九:まあ、街の中で発動した私が言うのはアレだけど。
    そもそも、平安の時と違って、陰陽師(おんみょうじ)呪術(じゅじゅつ)を含めて公にするのは禁じられているのよ。
    貴方も見たと思うけど、今回は軽い術であったとは言え、簡単に人を傷つけることが出来る。
    「強力だからこそ隠す、でなければ〝現世(うつしよ)部外者(ぶがいしゃ)〟となり、我々は排除される」
    ――防衛線(ぼうえいせん)()いておかなければいけない、自分たちを守るためのね。

結城:同じことを、土御門(つちみかど)御霊部部長(ごりょうぶぶちょう)もおっしゃっていました。

九十九:彼女は、私の姉よ。

結城:えっ?

九十九:まあ、今は色々と疎遠になっているけどね。

【そう言って、九十九はどこか寂しそうな表情を浮かべる。】

千里:……いいのかよ、そこまで自分のことをペラペラと喋って。

九十九:あら?
    随分(ずいぶん)と早い復活じゃない。
    タフで結構。

千里:まあ、そこの小娘と違うからな。

加納:誰が小娘ですって!!

千里:うわ、ビックリした!?

九十九:さっすが、紳士探偵(しんしたんてい)の一番弟子。
    〝アレ〟を喰らった人間は、丸一日ダンマリするのに、もう復活するなんて。
    強い女は好きよ。

加納:それはどうも!

九十九:自慢の子ね。

結城:えぇ、自慢の彼女です。

九十九:でも……

結城:わかっています。

九十九:結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)、教えて頂戴な。
    『貴方自身』のことを、『安吾(あんご)』というもう一人の自分のことを。
    そして、『加納梨江(かのうりえ)』のことも。

2-3:安吾と夜長姫

千里:龍之介(りゅうのすけ)……!

九十九:ええっ、隠形(おんぎょう)結界(けっかい)がはられているわね。
    ……あなたの仕業ね、加納梨江(かのうりえ)

夜長姫:うふふふ、うふふふふふ。

千里:見た目と声は変わらねえのに、雰囲気(ふんいき)が全然違う。
   んっ、この霊力は……嘘だろ!!

九十九:どうしたの?

千里:お前、何者だ!
   どうして、両面宿儺(りょうめんすくな)の霊力を持っている!!
   なんで、人間に……

結城(安吾):コイツの名前は『夜長姫(よながひめ)』、両面宿儺(りょうめんすくな)を祖とする一族の鬼だよ。

九十九:貴方は……結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)じゃないわね。
    『安吾(あんご)』かしら?

結城(安吾):坂口安吾(さかぐちあんご)だ。
       呼び方は、アンタの好きなようにすればいい。

九十九:自己紹介、感謝するわ。
    それで安吾(あんご)に、夜長姫(よながひめ)
    私たちに、貴方たちのことを教えてくれるのかしら?

夜長姫:私たちのことを知りたいんでしょ?
    そのために結界(けっかい)をはったんですもの。
    もし、他の人間に聞かれちゃったら――殺さないといけないから。
    あなたたちも含めて、そこらへんの人間がどうなろうと知ったこっちゃないの。
    私にとっては、人を殺すことは子供の遊びと変わらない。
    でも、そんなことをしたら……新十郎さんに嫌われちゃうから我慢しとく。

結城(安吾):そうじゃなくても嫌われているだろうが。
       まっ、この通りイカれた奴もいるが安心してくれ。
       俺らは、アンタたちに手出しをするつもりはねえ。

九十九:まあ、貴方に(めん)じて信じることにしましょうか。
    さっ、話を続けて。

結城(安吾):あっさりと信じるんだな。

九十九:変に暴れなければ、それでいい。
    それに話を先へと進めたいから。

結城(安吾):それもそうだな。
       話を戻すか。
       厳密に言うと、〝結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)は二重人格者じゃねえ〟。
       正確に言うと、「結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)という〝(から)〟に〝結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)〟と〝坂口安吾(さかぐちあんご)〟がいる」。
       元々、俺は独立した存在だったさ。
       コイツ、夜長姫(よながひめ)に殺されるまではな。

九十九:えっ?

夜長姫:だって、しょうがないじゃない。
    貴方たちが私たちの里に踏み入ってしまったのだから。
    人間である以上は殺すしかないじゃない。
    それにね――

九十九:それに?

夜長姫:私、新十郎(しんじゅうろう)さんに惚れてしまったの。
    一目惚れだったの。
    だから、この下品な男が邪魔で邪魔で仕方がなかったの。
    二人きりになれないなら……殺しちゃえばいいんだって。

千里:ふざけるな!
   テメェ、命をなんだと思ってやがる!!

夜長姫:ギャー、ギャー騒がないでくれる?
    私、結構繊細(せんさい)なのよ。
    それにアナタって可笑(おか)しなことを言うのね。
    (あやかし)の癖に、人間みたいことを。
    滑稽(こっけい)だわ。

千里:この野郎……

九十九:千里、落ち着きなさい。
    それで、どうしてこんなことになっているの?

結城(安吾):新十郎(しんじゅうろう)が、コイツとある〝契約(けいやく)〟を結んだからだ。
       俺を生き返させるためにな。

夜長姫:あの時、中々くたばってくれなかったことを覚えているわ。
    アナタのことは下品で嫌いだったけど、人間の癖に善戦(ぜんせん)したことは評価するわ。

結城(安吾):はいはい、それはどうも。
       生きることへの執着(しゅうちゃく)が強い人間なのでね。

九十九:それで、〝契約(けいやく)〟って具体的にどういうことなの?

結城(安吾):アンタもわかるように、新十郎(しんじゅうろう)はお人好しだ。
       バカが付くぐらいのな。
       死に際の俺の言葉を聞いちまったせいで、生き返えさせるためにコイツと〝契約(けいやく)〟を結んだ。
       ……尸解(しかい)の法を発動するために。

九十九:なっ!

夜長姫:完全な尸解(しかい)の法ではないとは言え、とっても苦労したわ。
    でも、いいの。
    そのお陰で私と、新十郎(しんじゅうろう)さんは一生離れることはなくなった。
    ……この目障りな男がいなければ、もっと良かった。

結城(安吾):しょうがねえだろ!
       お前が俺の心臓を食ったのが原因だろうが!!
       肉体を失った以上は、新十郎(しんじゅうろう)の中で生きることになるのは必然だろ。

夜長姫:だって、しょうがないじゃない。
    あの時、お腹が空いていたんだもん。

九十九:それで、夜長姫(よながひめ)
    どうして、貴女は加納梨江(かのうりえ)の中にいるの?

夜長姫:あなたは、加納五兵衛(かのうごへえ)が殺された『舞踏会殺人事件(ぶとうかいさつじんじけん)』を知っているかしら?

九十九:もちろん知っているわ。
    紳士探偵(しんしたんてい)が世の中に知れ渡った有名な事件ですもの。

千里:確か、犯人は被害者の妻で。
   最後は、持っていた爆薬を爆発させて自殺したんだよな?

夜長姫:残念だけど、それは本当の結末じゃない。

九十九:本当の結末じゃない?
    どういうことよ、それ。

結城(安吾):……新十郎(しんじゅうろう)には悪癖(あくへき)がある。
       時として、事件の結末を「美しいモノ」に収めようとすることがある。

夜長姫:真実の改竄(かいざん)
    加納五兵衛(かのうごへえ)を殺した、妻の敦子(あつこ)は「国の名士(めいし)たる夫を、汚職(おしょく)汚名(おめい)を被せるわけにはいかない」
    という理由で殺害し、最後は一人残される娘に申し訳ないと感じつつ、自殺をした。
    でも、実際は違う。
    妻の敦子(あつこ)は年下の書生(しょせい)不貞(ふてい)を犯し、それを夫の五兵衛(ごへえ)と娘の梨江(りえ)に責められた。
    屋敷の使用人にも軽蔑(けいべつ)眼差(まなざ)しを向けられる始末(しまつ)
    心が病んでしまった女がとった行動は、夫を殺害しその罪を娘に背負わせる。
    そうすることで悲劇のヒトとなり、世の中の同情を得て、意中の書生(しょせい)と結ばれる醜い結末。

結城(安吾):新十郎(しんじゅうろう)は、それに気付いて止めようとした。
       しかし……

九十九:止めることが出来なかった。

夜長姫:そう……女と共に娘は爆発に巻き込まれた。
    女は即死、娘である加納梨江(かのうりえ)は軽く爆風を浴びながらも何とか生きていた。
    けど、虫の息で命の(ともしび)が後もう少しで消えそうだった、可哀(かわい)そう子。
    本当は、そのまま放置する予定だったんだけど……彼女、新十郎(しんじゅうろう)さんに惚れていたの。
    だから、死ぬ前に対話してみようって。
    同じヒトを好きになっちゃった同志(どうし)として。

九十九:ふぅん……

夜長姫:不思議なモノね。
    彼女は自分が死ぬことよりも、新十郎(しんじゅうろう)さんと離れることを何よりも悲しんだの。
    「死ぬのは怖くない、ただ、あの人に二度と触れることができないのが死より恐ろしいのです」って。
    可笑(おか)しな話よね、人間の癖に自分よりも他人のことを優先したのよ?
    だから、この子の中に入っちゃおうっと思ったの。
    彼女の魂の中は、とって居心地が良いものだったし。

九十九:それが、今の加納梨江(かのうりえ)が存在することなのね。

千里:どいつも、こいつも生への執着(しゅうちゃく)が強すぎるんだよ。

九十九:それが〝人間〟という存在よ、千里。
    あなたたちと違って、たかが数十年しか生を謳歌(おうか)できない。
    どんな人生を送ろうとも、悔いや未練はあるものよ。

結城(安吾):その通りだ。
       なるほどな……新十郎(しんじゅうろう)がお前に俺たちのことを話せって言った理由がわかった。

九十九:私は貴方たちのことを否定するつもりはないわ。
    まあ、夜長姫(よながひめ)のやっていることは容認出来ないけど。

夜長姫:でも、(はら)おうとはしないんだ?

九十九:ご冗談を。
    貴女を(はら)おうとするなら、こっちだって本気でやらなきゃ殺されてしまうわ。
    今ここで戦ったとしても、軽い被害で渋谷の街が丸ごと消える。
    例え貴女を(はら)ったとしても、御霊部(ごりょうぶ)の連中に処刑されるのがオチだわ。
    割に合わなすぎる。

夜長姫:残念、あなたと殺しあったら楽しいんだろうなーって思ったのに。

九十九:それはどうも、
    大方、あなたたちのことを理解したわ。
    でも、夜長姫(よながひめ)

夜長姫:なーに?

九十九:貴女の言葉には虚実(きょじつ)が入り混じっている。
    まあ、どうせ全てを話す気はないでしょ?

夜長姫:ふぅーん……まるで、全てを知っているかのように振舞っているけど。
    でも、貴方の想像を軽く凌駕(りょうが)するモノよ?
    怪奇探偵(かいきたんてい)さんには、わかるかしら?

九十九:探偵としては、そう(あお)られてしまったら暴きたくなる。
    けど、やめておくわ。
    真実というのは、時として残酷(ざんこく)なモノとなる。
    ……さっきの事件もそうだけど、結末が悪いと巻き込まれた方もたまったもんじゃないわ。

夜長姫:ええっ、そうね。
    さあ、私たちからのお話はおしまい。
    そろそろ、戻らないと。

結城(安吾):あぁ、そうだな。
       口喧(くちやかま)しいお嬢さんにとやかく言われる前にな。
       鬼の居ぬ間になんちゃら、だ。

千里:あっ……結界が消えた……
   アイツ等の気配も……

九十九:騒がしい連中ね。

結城:……九十九先生、すいません。
   続きは、僕のほうからお話をさせて頂きます。
   梨江(りえ)さんは……どうやら眠ってしまっているようですね。

九十九:寝かしておきましょう。
    お嬢さんにとっては、肉体的な負荷も大きいものでしょうから。
    それよりも貴方のほうも大丈夫なの?

結城:ええっ、大丈夫です。
   ありがとうございます、お気遣いを頂いて。
   では……まずは安吾(あんご)こと、坂口安吾(さかぐちあんご)についてです。
   彼は僕の親友で、仕事上の相棒でもありました。
   この仕事をしていると、荒事(あらごと)が関わるのは必然です。
   正直、僕は得意な方ではないので、いつも安吾(あんご)に助けてもらっていました。
   そして、夜長姫(よながひめ)ですが……彼女は、岐阜県飛騨(ぎふけんひだ)山奥(やまおく)にある集落の(おさ)の娘でした。
   僕たちは、行方不明になった護神仏(ごしんぶつ)の職人を捜索(そうさく)するために、その集落を訪れました。
   その時は、鬼たちが()まう集落だとは知りませんでしたが……

千里:しかも両面宿儺(りょうめんすくな)の一族だからな……運が悪すぎて、同情するわ……

結城:当然だと思いますが、人間である僕らは襲われました。
   念のために武装していたこともあって、配下の鬼たちは何とか組み伏せることが出来ました。
   しかし、夜長姫(よながひめ)は違いました。
   圧倒的な力の持ち主で、僕と安吾(あんご)呆気(あっけ)なくやられました。
   安吾(あんご)夜長姫(よながひめ)に心臓を喰らわれ、自分も虫の息で死ぬまでには時間の問題でした。

九十九:かなり絶望的な状況じゃない。

結城:ええ、自分もあの時は死を覚悟しました。
   けど――

2-4:初恋

結城:ハァ……ハァ……くっ!

夜長姫:私のことが、憎いですか?

結城:あぁ……憎い、さ……親友を、殺したのだから……

夜長姫:でも、不思議ね。
    貴方の瞳は、憎悪(ぞうお)(まみ)れていない。
    まっすぐで綺麗な瞳……

結城:うぐっ……

夜長姫:もっと見せて、貴方の瞳を、貴方の顔を!
    あぁ……本当に綺麗だわ……おもしろいわ!
    私が人間に恋い焦がれてしまうなんて!!
    独り占めにしたくなる!
    私だけのモノにしたい!
    誰にも渡さない!!

結城:ふざ、けるな……

夜長姫:あら、ごめんなさい。
    新十郎(しんじゅうろう)さんの綺麗な顔を、あの下品な男の血で汚してしまった。

結城:安吾(あんご)を……相棒を、侮辱(ぶじょく)するな……!

夜長姫:大切な友人なのね……あぁ、本当に不思議だわ!
    私の中で嫉妬(しっと)の感情が芽生えてる!
    私、人間みたい!!
    ……本当に、心の底から貴方のことが好きみたい。
    だから、あなたの望みを叶えてあげましょうか?

結城:な、に……?

夜長姫:坂口安吾(さかぐちあんご)を生き返させてあげましょうか?

結城:はっ……

夜長姫:尸解(しかい)の法、そのものではありませんが……彼の魂を現世(げんせ)に戻すことが出来る秘術があります。
    ――ただし、条件があります。

結城:代わりに、僕の命を差し出せばいいんだろ?

夜長姫:そんなことは望みません。
    望みは、〝(えにし)〟を結んで頂くことです。

結城:えっ?

夜長姫:〝契約(けいやく)〟と言った方がいいかもしれませんね。
    貴方には、私をこの世を(つな)ぎとめる(くさび)となって頂くだけです。
    その代わり、二度と私から離れることが出来ない。
    死ぬまで、一生。

結城:それは……一種の、呪い、だな……

夜長姫:どうしますか?

結城:どのみち選択肢など存在しない……いいだろう、(くさび)とやらになってやろうじゃ、ないか……!

夜長姫:うふふ、そう言ってくださると思いました。
    では、尸解(しかい)()を行います。
    我身(わがみ)犠牲(ぎせい)にし、()の魂を現世(げんせ)に呼び起こします。

結城:ま、待て!

夜長姫:ん?

結城:今、自分を犠牲(ぎせい)にって……

夜長姫:あらあら、お優しいヒト。
    でも、安心くださいませ。
    言ったでしょ?
    この身が消えようとも、貴方が現世(げんせ)と私を(つな)(くさび)となる。
    さすれば、私は霊体(れいたい)として存在することができる。
    だって、鬼なんて(みにく)いでしょう?
    愛してくれないでしょ?

結城:それは……うぐっ……

夜長姫:うふふ、愛らしい其方(そなた)
    新十郎(しんじゅうろう)さん、覚えておいてください。


夜長姫: 「好きなものは、(のろ)うか、殺すか、争うかしなければならないのよ」。

2-5:嘘

結城:――先の『舞踏会殺人事件(ぶとうかいさつじんじけん)』で死ぬ目前だった梨江(りえ)さんの身体に憑依(ひょうい)をし、彼女を助けた。
   そして、今日(きょう)に至ったのです。

九十九:なるほどね。
    ……この事は、そこのお嬢様は知っているのかしら?

結城:いいえ……ですが、いずれはわかってしまうかもしれませんね。
   聡明(そうめい)な子ですから。
   事件のことも、夜長姫(よながひめ)のことも……

九十九:貴方、その子のことが本当に好きなのね。

結城:えっ、あの、その……

九十九:隠す必要ないじゃない。
    それに、こういう事に関して隠すのは得意じゃないでしょ?

結城:それは、どういう……

九十九:顔、赤くなっているわよ。

結城:えっ!?
   これは、お恥ずかしい……あはは……

九十九:……わかっていると思うけど、その先には(いばら)の道が待ち受けているわよ。

結城:ええ、覚悟しています。
   彼女には多くの隠し事をしていますから。

九十九:そうね。
    もしかしたら、目の前の事実に拒絶してしまう可能性もある。
    貴方の事も、ね。

結城:その時はそれまでです。
   だからこそ、最後まで出来うる限りのことはするつもりです。

九十九:良い方向に行くことを祈ってるわ。
    ねえ、千里(ちさと)

千里:……。

九十九:千里(ちさと)

千里:あっ、わりぃ……ちょっと考え事をしてた。

九十九:あなたが考え事をするなんて驚きだわ。

千里:なめんな!
   俺だって考えることだってするんですー!!

九十九:はいはい、悪かったわ。
    さて、後もう少ししたらお嬢様を起こして、目的の地に行くわよ。

結城:そうですね。

千里M:……2人は気付いてなさそうだな。
   加納梨江(かのうりえ)、おまえ、起きているな?
   それとも、今は夜長姫(よながひめ)なのか?
   あぁ、もう……とんでもないことに気付いちまった……
   結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)
   「美しい結末」への真実の改竄(かいざん)……自分に降りかかる事に気付かなかったようだ。
   なあ、夜長姫(よながひめ)
   そこまでして、この男に愛されたかったのかよ。
   お前だって、鬼じゃなくて人間みたいじゃねえかよ――

2-6:大野妙心と世良田摩喜太郎

千里N:関東大震災後の都市整備(としせいび)により常盤松御料地(ときわまつごりょおうち)(はら)()げ、学校などの様々な施設が建設されていった。
   『別天教(べってんきょう)』の本部も同地に造られ、天高く(そびえ)え立つ(とう)のような建物だった。
    無理を承知で俺たちは、教祖・『大野妙心(おおのみょうしん)』に面会を求めた。
    警察側の人間である以上、相手が警戒心を抱くのは当たり前だった。
    すると――

結城:九十九(つくも)先生、ここは僕に任せてくださいませんか?

九十九:いけるの?

結城:奥の手があるんです。
   ――すいません、守衛さん。
   「結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)が再会を望んでいる」と、伝えて頂けないでしょうか?

千里N:結城(ゆうき)の言葉を、守衛は黒電話越しでどこかに伝える。
    すると先程まで険しかった守衛の顔が朗らかなものになり、面会の許可が下りた事を伝えた。
    そして、俺たちは豪華な来客用の部屋に通された。

九十九:ちょっとしたイザコザは覚悟していたけども……

千里:まさか、こうも簡単に……

加納:ふふん!

千里:なんで、お前が得意げな顔をしているんだよ……

九十九:それにしても不思議ね。
    紳士探偵(しんしたんてい)、あなた、大野妙心とはどういう関係なの?

結城:それは……

妙心:新十郎(しんじゅうろう)

結城:世良田(せらだ)さん。

妙心:久しいな、最後に会ったのは、えーっと……

結城:学友の皆さんと、リヴァプールに行った時です。

妙心:それが最後だったか!
   いやはや、最近は物忘れが多くなるほど忙しくてな。
   懐かしい、あの頃は色々と楽しかったな……みんなは元気か?

結城:ええっ、元気ですよ。
   あなたのことで話題が持ちきりです。
   帰国後に、すぐに中央に出仕して、頭角(とうかく)を表しましたからね。

妙心:よせやい、昔の話だ。
   政治家を辞め、今ではこうやって宗教家をやっているけどな。
   それでも、あの頃と違う充実とした日々を送っているさ。

結城:そうですか……

妙心:おや?
   もしや、加納(かのう)様のご息女(そくじょ)ではないですか!
   お久しぶりです、御立派になられて。

加納:は、初めまして……
   あの、申し訳ございません。
   大野(おおの)様のことを……

妙心:いいのですよ、それに覚えていないのは無理もない。
   出会った頃は、まだ幼かったのですから。
   大層な美人に成長されましたな。

加納:ありが、とうございます……

妙心:それにしても、何故、一緒に……まさか、新十郎(しんじゅうろう)伴侶(はんりょ)となったのですか?

加納:は、はひっ!?

妙心:これはめでたいなぁ!
   やるじゃないか、新十郎(しんじゅうろう)
   お前も隅に置けないな!!
   もしかして、これを報告するために……

結城:残念ながら、違います。
   彼女は、僕の助手として働いてもらっているんです。

加納:うっ……!

結城:まあ、でもいつかは……

加納・千里:えっ!?

九十九:(※口笛を吹いてください)

妙心:これは、これは、おもしろくなってきたな!
   とりあえず、色々と話をしようじゃないか!!
   そこにいらっしゃる、ハイカラな方も気になるしね。

九十九:あら、それは私の事かしら?
    世良田摩喜太郎(せらだまきたろう)さん。

妙心:出家にあたって、その名を捨てました。
   私のことは、大野妙心(おおのみょうしん)と呼んで下さい。
   九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)さん。

九十九:あら、光栄なことね。
    私のことを知っているなんて。

妙心:貴方もそれなりの名が知られた探偵ではありませんか。
   教団の後援会会長である藤巻(ふじまき)侯爵が貴方の御評判をお話されていましたよ。

九十九:まあ、私はイロモノ扱いされるのがオチだから。
    きっと、閣下(かっか)のお言葉もそんな感じだったのでしょう。

妙心:ですが、私は貴方を評価し、そして興味を抱いています。
   この世ならざる事象を専門とし、又の名を『怪奇探偵(かいきたんてい)』と呼ばれる者。
   そして……元は、土御門(つちみかど)の人間だったことも知っています。

九十九:……それも、閣下(かっか)から聞いたのかしら?

妙心:もちろん、お喋りが大好きなお方ですから。

九十九:あのクソジジイ、余計なことをペラペラと。
    まあ、いいわ。
    私も、貴方に興味があるのよ。
    残念ながら、世良田摩喜太郎(せらだまきたろう)としての貴方だけどね。

妙心:ほう?

九十九:貴方がオックスフォードで議会政治を学んでいた時に、
    一度、仏蘭西(フランス)巴里(パリ)にあるソルボンヌ大学で招待講演されたでしょ?
    あの時の講演は素晴らしいモノだったわ。
    「今の帝国議会は藩閥(はんばつ)軍部(ぐんぶ)権威(けんい)跋扈(ばっこ)形骸化(けいがいか)している」
    そう(おっしゃ)った時は流石の私でも(きも)を冷やしたものよ。

妙心:あの時は仏蘭西(フランス)語で話したのですが……内容がわかったのですか?

九十九:こう見えても多言語を喋れるのよ。
    それにしても傑作(けっさく)だったわ。
    特高(とっこう)の潜入捜査官の慌てぶりったら。

妙心:それは同意しますな。
   奴らは私が英語で講演すると思っていたものだから、中身を理解できずに困り果てていた姿は滑稽(こっけい)でした。
   だから、好きなように悪口を言ってやりましたよ。

九十九:お陰で、笑いで腹が(ねじ)れそうだったわ。

妙心:しかし、驚きました。
   あの時は現地の人間しかいないだけだと思っていたものですから気付きませんでした。
   まあ、あの後に中華民国や朝鮮の方にも向かわなければいけなかったので
   そんな余裕がなかったというのが正直なところです。

九十九:そうね、国の柱石(ちゅうせき)たる人物として期待されていたもの。
    今では、実在するかどうかわからない神様を(あが)(たてまつる)る宗教の(おさ)に成り果てるとは……。
    嘆かわしいことだわ。

千里:ちょ、龍之介!

妙心:あはははは!
   挑発(ちょうはつ)のつもりかもしれませんが、残念ながら『別天王(べってんのう)』様は実在します。

九十九:貴方と神様がいるかどうか、問答しても平行線なのは目に見えているわ。
    それに、神が反対にいないと証明するのも難しい。

妙心:〝probatio diabolica(プロバーティオー・ディアボリカ)〟ですね。

九十九:『悪魔の証明』ね。
    正直、『別天王(べってんのう)』がいるかどうかはどうでもいいの。
    それよりも、もっと大事なことがあるから。

妙心:大事なこと……?

九十九:あなた、『ヤミヨセ』をどうして行っているのかしら?

妙心:それはもちろん……

九十九:戯言(ざれごと)を聞きに来たわけじゃないの。
    真実を話しなさい。

妙心:なっ……!

結城:世良田(せらだ)さん。

妙心:新十郎(しんじゅうろう)、なんだこの人は……!

結城:教えてください。
   『ヤミヨセ』は、本当に必要な儀式なのでしょうか?

妙心:なんだと?

結城:あなた方にとっては意義があることかもしれない。
   ですが、ヒトの命を奪うことは承服(しょうふく)致しかねます。
   世良田(せらだ)さん、貴方は……

妙心:その名で私を呼ぶな!!

結城:っつ!

妙心:世良田摩喜太郎(せらだまきたろう)は死んだ!
   今此処(ここ)にいるのは、大野妙心(おおのみょうしん)という男だ!
   “彼女”が授けた私の新しい命だ、私は生まれ変わったのだ!!
   『ヤミヨセ』は行わなければいけないのだ!!
   儀式を否定することは、私自身を否定することに繋がるのだ!!
   ……大切な友人であるお前も否定するのか!!

結城:しかし、それでも!!

九十九:新十郎(しんじゅうろう)

結城:九十九(つくも)先生……

九十九:帰りましょう、もうコイツに何を言っても無駄よ。
    狂人の心には響かない。

妙心:貴様!

九十九:それに!
    もうわかったからいいわ。
    アンタが何を崇め、そしてどうしてこんなことをしているのかを。

妙心:何が言いた……

九十九:今回の事件は、「誰が殺した?(フー・ダニット)」や「どうやって殺したか?(ハウ・ダニット)」よりも「なぜ殺したか?(ホワィ・ダニット)」が解決の重点に当てられている。
    おかげで、催眠術(メスメリズム)から()めた気分だわ。
    ん?

千里:なんだ……あの女は……

妙心:久美穂(くみほ)!!

九十九:だれ?

結城:世良田(せらだ)さんの奥方で、教団の巫女長(みこちょう)を務められています。
   いわば、教祖の次に地位がある方です。

九十九:なるほどね……きっと、彼女が『別天王(べってんのう)』よ。

結城:えっ?

妙心:ダメじゃないか!
   まだ体調が安定していないのに。

久美穂:大丈夫……貴方の、怒鳴り声が聞こえたから、何事かと。

妙心:すまなかった……私は大丈夫だ。
   部屋に戻っていなさい。

久美穂:ええ、わかったわ……

【キッと鋭い眼差しを九十九たちに大野久美穂。】

九十九:千里(ちさと)

千里:あぁ、わかってる。
   嫌な予感が的中した。
   予め結界(けっかい)をはっておいて正解だったな。

加納:それって、どういう……

千里:しっ!
   後で教えてやるから、今は黙ってろ。
   知らないフリをしとけ。

妙心:……新十郎(しんじゅうろう)、すまないが今日は帰ってくれないか。

結城:そう、ですね……行きましょうか、九十九(つくも)先生。

九十九:ええ、そうね。
    行くわよ、千里(ちさと)

結城:梨江(りえ)さんも……梨江(りえ)さん?

加納:あっ……ごめんなさい。

結城:大丈夫ですか?
   顔色、悪いですよ。
   どこか体調が……

加納:新十郎(しんじゅうろう)さん、私……!!

結城:えっ?

加納:……いえ、やっぱり何でもないです。
   行きましょう。

結城:えっ……は、はい。

2-7:それぞれの信念

千里:ふぅ……どうなるかと思ったぜ。

九十九:ええ、そうね。

結城:あんなに乱した世良田(せらだ)さんは、初めてです。

九十九:それよりも、いよいよ私たちを敵と認識し始めたわよ。

結城:無理もないです。
   彼の気を触れてしまいましたから……

千里:ちげえよ。

結城:えっ?

九十九:決定打は、大野妙心(おおのみょうしん)の妻が、私たちに呪詛(じゅそ)をかけてきたことよ。

加納:まさか、結界(けっかい)云々(うんぬん)ってそういうこと……!?

千里:あぁ、その通りだよ。

九十九:念のために百鬼夜行(ひゃっきやこう)除けの護符(ごふ)千里(ちさと)に渡しておいて良かったわ。
    (あやかし)呪詛(じゅそ)ならば、同じ(あやかし)である千里(ちさと)の方が早く気付けるから。

千里:へへっ!
   後で、ご褒美くれよな。

九十九:はいはい、鰹節でしょ。

結城:それよりも、先程の言葉はどういうことでしょうか?
   久美穂(くみほ)夫人が『別天王(べってんのう)』というのは。
   それに(あやかし)というのは……

九十九:世良田(せらだ)が激情した時の台詞を覚えている?

結城:確か――

妙心(回想):世良田摩喜太郎(せらだまきたろう)は死んだ!
       今此処(ここ)にいるのは、大野妙心(おおのみょうしん)という男だ!
       “彼女”が授けた私の新しい命だ、生まれ変わったのだ!!
       『ヤミヨセ』は行わなければいけないのだ!!
       儀式を否定することは、私自身を否定することに繋がるのだ!!

九十九:そう。
    大人物(だいじんぶつ)に見えて、きっと何か隙があるに違いないと思った。
    だからこそ、旧友である貴方が『ヤミヨセ』について異議を唱えたことが大きい。

結城:それじゃあ、最初から喧嘩腰(けんかごし)だったのも。

九十九:ええ、お陰で大体のことがわかったわ。
    『別天王(べってんのう)』の正体は――『白面金毛九尾の狐(はくめんきんもうきゅうびのきつね)』よ。

結城:『白面金毛九尾の狐(はくめんきんもうきゅうびのきつね)』。

千里:鈴鹿山(すずかやま)大嶽丸(おおたけまる)と、大江山(おおえやま)酒吞童子(しゅてんどうじ)に並ぶ大妖怪(だいようかい)一柱(ひとはしら)だ。
   名前は別にあるけど、敢えて言わないぜ。
   きっとそれにも(のろ)いが込められていると思うから。

加納:やっぱり、このままじゃ……

結城:梨江(りえ)さん、どうしました?

加納:新十郎(しんじゅうろう)さん!

結城:は、はい!

加納:誠に申し訳ありませんが、今日は実家の方に戻ってもよろしいでしょうか?
   ちょうど、松濤(しょうとう)が近いので。

結城:あ、あぁ!
   そうですね、確かにご実家に戻られたほうが安全かもしれません。
   ならば、お迎えの方を――

加納:いえ、大丈夫です。

結城:しかし、夜道を女性1人で歩かせるわけに――

加納:大丈夫です!!

結城:っつ!

加納:あっ……ごめんなさい、大きい声を出して……
   私は、大丈夫ですから……

結城:しかし……

九十九:新十郎(しんじゅうろう)、ここは彼女の(こと)に従いましょ。
    ……加納のお嬢様。

加納:なんでしょうか?

九十九:理由は聞かないし、止めもしないわ。
    だから、これを持っていきなさい。

加納:これは……お札……?

九十九:護符(ごふ)と言ってね。
    将来起きるかもしれない災厄(さいやく)から、あなたを守ってくれるモノよ。
    ひとりで戻るのなら。せめてでも持っていなさい。

加納:……ありがとうございます。

九十九:それじゃあ、気を付けて帰りなさい。

加納:ええ……新十郎(しんじゅうろう)さん!

結城:はい……

加納:明日、会いましょうね!
   御機嫌よう!!

千里:……行っちまったな。

九十九:そうね。

結城:……。

九十九:大丈夫よ、心配なさるな。
    それよりも忠告をしておくわ、紳士探偵(しんしたんてい)結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)

結城:改まって、どうしたんですか?

九十九:今回の事件はハッキリと言うと、いくら貴方でも手に余る。
    正直、貴方が死ぬ可能性は高い。

結城:……。

九十九:加納梨江(かのうりえ)と共に、手を引くのも今のうちよ。
    後は、専門家である私たちが――

結城:「探偵とは、正義を愛し、犯罪を解く人であれ」

九十九:……。

結城:僕は、ただ人間を愛す。
   自分を愛し、自分の愛するものを愛す。
   徹頭徹尾(てっとうてっぴ)、愛す。
   ……だから、僕自身としていきたいんです。
   探偵である自分として生きたい。
   確かに、僕は貴方たちと違って陰陽術(おんみょうじゅつ)など(あやかし)対抗(たいこう)する力は持たない。
   けど……ここで逃げることは、自分を否定することと一緒です!
   愚かで莫迦(バカ)な人間だと思うでしょう。
   でも、人間一人。
   男も、女も、性別関係なしに誰しも譲れないモノがある。
   それが他人にとってくだらないモノであったとしても、自分にとっては命を懸けるモノだ!
   だから、最期まで僕も同行させてください。

九十九:後悔するわよ、死んでからじゃ遅いのよ。

結城:本来であれば、僕だってあの日に死んでいたんです。
   もし今回で死ぬのなら、先送りされていたモノが返ってきただけです。
   それに、僕の智謀(ちぼう)安吾(あんご)の暴力。
   意外と戦力になるかもしれませんよ?

九十九:ハッ……!
    言うじゃない、気に入ったわ。
    じゃあ、改めてヨロシク。
    地獄の底まで付き合ってもらうわよ。

結城:望むところです。
   ただ……

九十九:ええ、わかってる。
    加納梨江(かのうりえ)のことよね。

結城:はい……彼女の、あの表情が気になるのです……
   もしかしたら……

九十九:信じてあげなさい。
    例え、あなたの後に付いて行くことを選んだのなら受け入れなさい。
    彼女の信念を、彼女の言葉を否定してはいけない。
    彼女を愛している貴方だからこそよ。

結城:九十九(つくも)先生。

九十九:それに、あんたも言ったじゃない。
    「男も、女も、性別関係なしに誰しも譲れないモノがある」
     ――自分の信念を突き通して生きることは、男だけの専売特許(せんばいとっきょ)じゃないのよ。

2-8:そして、少女は――

加納N:きっと貴方はわかっているかもしれません。

加納N:私の嘘を。

加納N:ヒトの身として生きる時間に限界が来た。

加納N:〝加納梨江(かのうりえ)という人間は元から存在しない〟

加納N:いや、違う。

加納N:〝結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)が知る、加納梨江(かのうりえ)という人間は元から存在しない〟

加納N:夜長姫(よながひめ)が創り上げた、人間としての幻影(げんえい)

加納N:ただ、ひとりの男に愛されるために。

加納N:鬼である夜長姫(よながひめ)は、決して愛されない。

加納N:自分がそうしてきたのだから。

加納N:最初は、(たわむ)れのつもりだった。

加納N:彼の綺麗な顔を絶望の色に染め上げるための。

加納N:ひとりの人間の女の子を演じ続けた。

加納N:でも、次第に私はおかしくなっていった。

加納N:本当の自分がわからなくなってきていた。

加納N:ヒトとして生き、彼と一緒に生きて。

加納N:彼の優しさに触れ、彼の笑顔を見て、彼に抱き締められて。

加納N:次第に、自分がヒトではなく、鬼として生を受けたことに後悔(こうかい)を覚え始めた。

加納N:つまらなくて、ちっぽけな存在と思っていた人間が。

加納N:今では、まぶしく光り輝く星の様に。

加納N:でも、私は違う。

加納N;私の名前は、夜長姫(よながひめ)

加納N:両面宿儺(りょうめんすくな)を祖とする鬼の一族の者。

加納N:……私の旅路(たびじ)は終わる。

加納N:だから、私は最後の呪いをかけよう。

加納N:消えない傷跡を、最愛の彼に。

加納N:オカシイ女に相応しい結末を。

加納N:――そして、私はそれを犯そうとするために、ある古書店を訪れた。

店主:待っていたよ、そろそろお前さんが来るんじゃないかと思っていたよ。
   夜長姫(よながひめ)

加納N:古書店の主は、若き青年なれど、老獪(ろうかい)さを感じさせた。

店主:君が、(やつがれ)の事を嫌っているのは知っている。
   だが、(やつがれ)は君が望む答えも知っている。

加納:対価はなに?

店主:そうさな……ふむっ、久しぶりにヒトの女を抱くのは一興(いっきょう)だ。

加納:くっ……!

店主:呵々(カカ)、冗談だ。
   その体躯(たいく)は、ひとりの男のみしか経験していない。
   それを(けが)すのは、無粋(ぶすい)であろう?
   だから、対価はお前の結末だよ。

加納:結末?

店主:(いぶか)みの顔を浮かべるか。
   本当に人間に成り下がってしまったか……呵々(カカ)ッ!
   尚更面白いな。
   破滅を選ぶか、救済を選ぶか、(やつがれ)はどちらでも良い。
   見ごたえがある。
   滑稽(こっけい)であり、救いようがなく、愚かで、そして――美しいモノであろうな。

2-9:堕落

久美穂:ぐっ……あっ……!
    呪いが、身体を(むしば)……んで……!!
    アアア……アアアアアアアア!!!

久美穂N:全身に激痛が走り、悲痛の叫びをあげる。
     苦しさでのたうち回り、今にも正気を失いそうだった。
     『ヤミヨセ』は、苦しみを抑えるための儀式。
     呪いが強くなり、多くの命を奪ってきた。
     にも関わらず、かつての力が十二分も戻ることなく、呪いは強くなるばかり。

妖術師:「お辛いですよね?」

久美穂:き、貴様は……!

妖術師:「もう、我慢なさる必要はないのですよ」

妖術師:「かつての頃に戻りなさい」

妖術師:「あなたは、現世(うつしよ)魔界(まかい)()(あやかし)

妖術師:「人類(じんるい)にとって不俱戴天(ふぐたいてん)の存在」

妖術師:「だから」

妖術師:「今日来た、4人の人間を食い殺せばいいのです」

妖術師:「あなたが呪詛(じゅそ)をかけ損ねた」

妖術師:「彼らを」

久美穂:ふざけるな……貴様の、言う通り、には……!!

妖術師:「散々と無辜(むこ)たる信者たちを食い殺してきたのに?」

久美穂:すべては、貴様のせい、だろ……!!
    貴様のせいで、摩喜太郎(まきたろう)は……!!

妖術師:「まさか、良心(りょうしん)呵責(かしゃく)でも出てきたのですか?」

妖術師:「……くだらない」

妖術師:「苦しみなさい」

久美穂:ヤ、ヤメロ……ヤメロオオオオオオオオ!!

妙心:久美穂(くみほ)!!

久美穂:みょ、うしん……?

妙心:大丈夫か、しっかりしろ!
   私はここにいる!!
   しっかりしろ!!

久美穂:みょ、う、しん……タスケ……アアアアアアアアアア!!

妙心:体が黒くなってきている……!
   まさか、あの妖術師(ようじゅつし)の呪いの力が……待ってろ!!

久美穂N:そう言って、大野妙心(おおのみょうしん)は〝何か〟を持ち、急いで部屋から出た。
     すると、数秒後に女の泣き叫ぶ声と妙心(みょうしん)怒声(どせい)が聞こえた。
     痛みで何が起きたか理解出来ない。
     荒い息をたてながら戻ってくる。
     白の(ころも)は、多量の返り血で赤に染まり、その手には新鮮な肝臓を持っていた。

妙心:部屋の門番を務めていた巫女の肝臓だ!
   若い女の肝臓だ!!
   きっと、良くなるはずだ!!

久美穂N:我慢出来なかった。
     ソレを奪い取るように(つか)み、私は(むさぼり)り喰った。
     今の自分はただの畜生(ちくしょう)だった。
     食べ終わると次第に苦痛は和らいでいき、黒く染まっていた肌も戻り始める。

妙心:はぁ……はぁ……落ち着いたか?

久美穂:妙心……(わらわ)は、(わらわ)は……

妙心:大丈夫だ。
   私が貴女を必ず助けみせる。
   それに、『妖術師』が呪いの解除方法を教えてくれた!

久美穂:何を……言って……

妙心:新十郎と、一緒にいた怪奇探偵を……
   それだけじゃない、その助手と加納のお嬢様も喰えば、きっと……

久美穂M:やめろ……

妙心:やつらを喰えば……貴女の苦しみを開放することが出来る……

久美穂M:やめてくれ……

妙心:私に任せてくれ、玉藻前(たまものまえ)!!
   私が必ずや……貴女を救ってみせる!

久美穂N:狂い堕ちた男は、呪われし女の名を告げる。
     もう後戻りは出来ない
     ――堕ち続けるしかないのだから。

3-1:比翼連離

結城:一説(いっせつ)

結城:『私は、闘う、という言葉が許されてよい場合は、ただ一つしかないと信じている。』

結城:『それは、自由の確立、の場合である。』

結城:『(もと)より、自由にも限度がある。』

結城:『自由の確立と、正しい限界の発見のために』

結城:『各々が各々の時代に()いて、努力と工夫を(はら)わねばならないのだ。』

結城:『歴史的な全人類のためにではなく』

結城:『生きつつある自分のために』

結城:『(また)、自分と共に生きつつある他人のために。』

結城:坂口安吾(さかぐちあんご)、『戦争論(せんそうろん)』より。


(間)


夜長姫M:朝がやってきた。
     胸に大きな穴が開いてしまったかのような空虚感(くうきょかん)を感じる、どこか目覚めの悪い朝。
     ――理由はわかっている。
     今日は、きっと最後の日。
     決して避けることが出来ない運命。
     沢山の命を奪ってきた私への因果応報(いんがおうほう)

夜長姫:「天網恢恢(てんもうかいかい)()にして()らさず」、ってね。

夜長姫M:そうポツリと(つぶや)いた。
     声色(こわいろ)にはどこか(さみ)()な感じがした。
     
夜長姫:今の私って、鬼じゃなくて人間みたい……ふふっ。

夜長姫M:何故だが嬉しくなった。
     それと同時に悲しい感情が()き起こってきた。

夜長姫:あの人と一緒に生きたかったなぁ……

夜長姫M:(ひとみ)から一筋(ひとすじ)の涙が流れる。
     ――でも、受け入れなきゃいけない。
     守るために、そう、〝あの人〟が生きる未来を守るために。


(間)


安吾M:恋愛とはいかなるものか、俺はよく知らない。
    それは自分にとって不要で、(えん)が遠いモノだと思っていた。
    だが、俺は理解してしまう。
    恋愛には狂的(きょうてき)な力が備わっている。

安吾:それが例え、(かな)わない恋であったとしても……ハハッ、何を感傷的(かんしょうてき)になっているんだが。
   てか、自分を喰い殺した(おんな)を好きになるとか、どうかしてる。
   けど……それが坂口安吾(さかぐちあんご)という人間なのかもな。
   色々と未練はあるが、まあ、悪くない。
   最後はカッコよく派手に散ってやるさ。

安吾M:これは独白(どくはく)
    誰の耳にも入らない、ひとりの男の独白(どくはく)

安吾:だから、先に言っておく。
   わりぃな、相棒……先に()びておくぜ。


千里(※タイトルコール):堕落(だらく)因果(いんが)
             (きゅう)比翼連離(ひよくれんり)

3-2:招待状

【『九十九探偵処』に九十九龍之介、千里、そして結城新十郎がいた。】
【三人は目の前のテーブルに置かれた一通の封筒を見つめていた。】

九十九:この封筒(ふうとう)が昨日の夜に投函(とうかん)されていたのね?

結城:はい、事務所の(とびら)の下に(はさ)むように置いてあったんです。
   差出人(さしだしにん)は書かかれていませんが、(おそ)らくは……

九十九:そうね、きっと〝アイツ〟からの手紙ね――大野妙心(おおのみょうしん)からの。

結城:はい。

千里:とりあえず、封筒(ふうとう)の中身を確認してみようぜ。

結城:そうですね。
   手紙は大きな紙一枚のみですね……それじゃあ、読みたいと思います。

結城:「拝啓(はいけい)結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)殿。
    突然のお手紙を失礼いたします。
    先日は久方(ひさかた)ぶりの再会と()う喜ばしいことにも関わらず――」

妙心:「――自らの未熟、(ゆえ)貴殿(きでん)を始め、御友人である九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)殿にもとんだ御無礼を働いてしまった事を深く後悔しております。
    此処(ここ)にお()びを申し上げます。
    それに伴い、此度(こたび)帝都(ていと)(さわ)がせている『別天教事件(べってんきょうじけん)』の顛末(てんまつ)について私の口から直接説明をさせて頂きたいと考えています。
    話す内容については一切の(いつわ)りはありません。
    ご多忙の身とは存じておりますが、ご都合の良い時に渋谷町(しぶやまち)にあります『別天教(べってんきょう)本殿(ほんでん)
    ご足労(そくろう)頂けますようお願い申し上げます。」

結城:「――また再び(あい)まみえる日を楽しみにしております。
    別天教(べってんきょう)座主(ざしゅ)大野妙心(おおのみょうしん)こと、学友・世良田摩喜太郎(せらだまきたろう)(はい)。」
    ……手紙はこれで以上です。

千里:絶対、コレ、俺たちを(おび)き寄せるための(わな)だよな?

九十九:ええ、確実にね。

結城:ですが、これは好機(こうき)だと考えます。

九十九:それは私も同意見。
    そこに書かれている通り、真実は教えてくれると思うわよ。
    ……私たちの命と引き換えにね。

結城:はい……。

千里:なあ、新十郎(しんじゅうろう)
   お前のところの助手はどうしたんだよ。

結城:梨江(りえ)さんは、体調を崩してしまったのでご自宅で休んでもらっています。
   前から彼女には何度も休むように進言(しんげん)はしたのですが、一度決めたことに対して中々辞めない人ですから。

千里:おいおい、大丈夫かよ。

九十九:あらあら、お友達が心配?

千里:べ、別にそういうわけじゃねえよ!
   それに、友達とかじゃねえし……

九十九:照れ隠ししなさんな。

結城:御心配して頂いてありがとうございます。
   乳母(うば)さんが付きっきりで看病しているそうです。

九十九:まあ、それなら大丈夫そうね。
    私たちと一緒にいるよりは安全だし、それに護符(ごふ)を渡しているしね。

結城:はい。
   彼女には申し訳ありませんが、今回は私たち三人で向かいましょう。

千里:きっと、アイツは怒るだろうなー

結城:生きて戻ることが出来たら、いくらでも受け入れます。
   これから……死地(しち)(おもむ)くわけですから。

九十九:そうね……敵は大野妙心(おおのみょうしん)だけではないからね。

結城:三大化生(さんだいかせい)一柱(ひとはしら)、『白面金毛九尾(はくめんきんもうきゅうび)の狐』……

九十九:まあ、考えると(らち)があかないわね。
    さっ、行きましょ。

結城/千里:はい!/おう!

九十九M:願わくば、今回の事件に関しては〝彼女〟が関わっていないことを祈るばかりだわ。

3-3:道化師

【『別天教』本殿・座主執務室に、大野妙心と敵対相手の〝妖術師〟の女がいた。】
【大野妙心は室内にある黒電話でどこかと連絡をとっていた。】

妙心:そうか、新十郎(しんじゅうろう)たちが来たのか。
   彼らを来客用の部屋に通しておいてくれ。
   ああっ、しばらく待つようにも伝えておいてくれないか?
   ああっ、そうだ、先客(せんきゃく)がいるからな。
   すまない、ありがとう。

【大野妙心はそう言って黒電話の受話器を置いた。】

妖術師:ふふっ、来たようですね。

妙心:そうだな。

妖術師:わかっているとは思いますが、彼らはこれが(わな)であることは承知の上ですよ。

妙心:そんなことはわかっている。
   それよりも、だ。

妖術師:ええ、もちろん約束は守りますよ。
    彼らを殺した(あかつき)に、奥方(おくがた)様の呪いを解除させて頂きます。

妙心:そうか、ならいい。

妖術師:……いいのですか?

妙心:何がだ。

妖術師:九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)はともかく、結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)は貴方の大切なご友人なのではないですか?

妙心:はっ!
   まさか、君からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
   ……確かに、新十郎(しんじゅうろう)は数少ない心許せる大切な友人だ。
   だが彼を犠牲にすることを(いと)わない程、久美穂(くみほ)は……私の全てだ。
   彼女を救うためならば畜生(ちくしょう)になることだって構わない。

妖術師:まるで道化師(どうけし)……哀れに狂い踊るんでしょうね。
    どの道、〝破滅(はめつ)〟しか待ち受けていませんよ、貴方の未来は。

妙心:言っただろう。
   彼女は、私の全てだ。
   他人が、世界がどうなろうと、私にとってはどうでもいいことだ。
   もちろん……彼女が私の命を奪うことになってもだ。
   喜んで受け入れよう。

妖術師:……救いようがない自己中心的なヒトです。
    いや、(たち)の悪い破滅願望者(はめつがんぼうしゃ)ですね。
    実に(おろ)かで、滑稽(こっけい)ですね。

妙心:それは君もそうだろう。
   全てを見透(みす)かしているかのようだが、油断をしていると君もいつか喰われるぞ。
   ひとつひとつの言葉で神経を逆撫(さかな)でにし、他人の信念を嘲謔(ちょうぎゃく)する、その振る舞い。
   同じ空気を吸っているかと思うと嫌悪感(けんおかん)しか感じられない。
   そろそろ目の前から消えてくれ。
   準備にとりかからないといけない。

妖術師:あらあら、随分(ずいぶん)と嫌われたようですね。
    いいですよ、嫌われるの、慣れていますから。
    期待していますよ。
    では……御機嫌よう。

【妖術師はそう言うと、その場から一瞬にして消え去った。】

妙心:幻霊(げんれい)のように一瞬にして消え去ったな。
   〝破滅(はめつ)〟しか待ち受けない未来、か。
   ……自分が犯してきた罪を覚えば、そんなことは当然だろう。
   これが堕落(だらく)してしまった私への因果(いんが)だ。

3-4:戦闘開始

【『別天教』本殿の来客用部屋に九十九龍之介、千里、結城新十郎の三人がソファで腰かけていた。】
【目の前のテーブルには、お茶と高価そうな茶菓子が置いてあった。】

千里:ううっ……腹減った……
   なぁー!
   ちょっとぐらいつまんでもいいだろ?

九十九:アンタ、本当にバカね。
    敵の(はらわた)の中にいるのよ。
    それに日本茶には眠り薬、茶菓子にはしびれ薬が入っているわよ。

千里:うへぇ、マジかよー!
   てか、なんでわかるんだよ。

九十九:バカなアンタに説明したってわかんないわよ。

千里:なにをー!

九十九:うるさい。

千里:あんぎゃ!
   相変わらず、容赦(ようしゃ)ねえな……

九十九:たかがデコピンじゃない。
    んっ?

結城:…………。

九十九:緊張しているの?

結城:えっ?

九十九:手、(ふる)えているわよ。

結城:あっ……すいません。
   自分が思っているよりも緊張しているんですね。

九十九:新十郎(しんじゅうろう)

結城:……九十九(つくも)先生。
   世良田(せらだ)さんは……大野妙心(おおのみょうしん)はどうしてここまでのことをするんでしょうか?
   何があの人をここまで()り立ててしまったのでしょうか?

九十九:そうねぇ……直接本人に聞くしかないんじゃない?
    簡単には教えてくれないと思うけど、とりあえず正面からぶつかっていくしかないわ。

結城:そう、ですね……

九十九:まあ、そこは貴方の相棒に任せるしかないじゃない。
    ねっ、安吾(あんご)

結城(安吾):気安く呼ぶんじゃねえよ、怪奇探偵(かいきたんてい)

九十九:あら、早速出てきたわね。
    それにしても、新十郎(しんじゅうろう)の声でその言葉遣(ことばづか)いは慣れないわね。

結城(安吾):ほっとけ!

九十九:まあ、安吾(あんご)が出てきたっということは。

千里:あぁ、来るぜ、〝奴〟が……いや、〝〟奴らだな。

千里N:部屋の扉が勢いよく開かれた。
    大野妙心(おおのみょうしん)が先頭に立ち、青白い顔をした、複数の男性信者がたちが背後に立っていた。

妙心:ようこそ、おいでくださいました。
   ご多忙(たぼう)にも関わらず、ご足労(そくろう)頂きましてありがとうござ――

結城(安吾):はっ!
       随分(ずいぶん)血気(けっき)(さか)んな奴らを連れてくるじゃねえか、大野妙心(おおのみょうしん)

妙心:んっ、新十郎(しんじゅうろう)……ではないな。
   君が、坂口安吾(さかぐちあんご)か。

結城(安吾):けっ、俺の事も知っているというわけかい。
       おい、ペテン野郎。
       俺たちを殺すつもりなんだろ?
       だったら、その前に真相をさっさと話せよ。

妙心:冥土(めいど)の置き土産に、か?
   それならば、鬼籍(きせき)に入った後ではダメか?

結城(安吾):やっぱりそうかよ!
       テメェの背後にいる信者共は随分(ずいぶん)と御立派な物をお持ちで!!
       おい、お前らが持っているのはガキの玩具(がんぐ)じゃねえだろ?
       かかってこいよ。

妙心:見え透いた挑発(ちょうはつ)だな。
   やれやれ、野蛮(やばん)な人間は嫌いだよ。

結城(安吾):奇遇(きぐう)だな!
       俺もテメェみたいな偉そうに他人を見下す奴はブッ飛ばしたくなるくらい嫌いだからよぉ!!

九十九:大野妙心(おおのみょうしん)

妙心:これは、これは怪奇探偵(かいきたんてい)
   ……いや、土御門(つちみかど)(はじ)というべきかな?

九十九:やれやれ、随分(ずいぶん)と嫌われたようね。
    他人が触れたくない過去をあまり口にしないほうがいいわよ。

妙心:あぁ、そうだな。
   だが、感謝してほしい。
   これで私を容赦(ようしゃ)なく(たた)(つぶ)すことが出来るだろう?

九十九:あら、そんな気遣(きづか)い出来る程の余裕(よゆう)があるのね。

結城(安吾):おいおい、早く始めようぜ。
       さっきから心が(たか)ぶって仕方がねぇからよ!

九十九:本当に新十郎(しんじゅうろう)と大違いね。
    相棒だって言うのが驚きだわ。

結城(安吾):おうよ!
       俺は、喧嘩(けんか)が大好きだからなぁ!!

千里:おい、待て!
   何も持たず一人で行くのは……!

結城(安吾):先手必勝(せんてひっしょう)! 乾坤一擲(けんこんいってき)!!

妙心:突っ込んでくるか……行け、奴らを殺せ!!

【背後にいた武器を持った信者たちが、突っ込んでくる安吾に襲い掛かる。】

結城(安吾):ふっ!はっ!!
       おらぁ!!

千里:うっそだろ、おい……圧倒しているよ……

結城(安吾):おいおい、武器を持ってる癖に手ぶらの人間に負けてどうすんだよ!
       ほらよ、まずは一人目!!
       さあ……次、来いよ!
       木偶(でぐ)(ぼう)ども!!

千里:すげぇ……

九十九:あんたもよそ見をしている暇はないわよ、ふん!

千里:うわぁ!?
   いきなり回し蹴りをするんじゃねえよ!

九十九:呆然(ぼうぜん)としている暇はないわよ、千里(ちさと)
    さっきも言ったけど、私たちは敵の(はらわた)にいる。
    ……それに後ろをよく見なさい。

千里:えっ、あっ……

九十九:あんた、やられていたわよ。

千里:……くっそー!
   俺だけなんか置いてけぼりされている気がするー!!
   ムカついてきた!!

九十九:ちょ、千里!
    ……たく、脳筋(のうきん)バカが二人とか、勘弁(かんべん)してほしいわ。

結城(安吾):さっさとくたばれよ、おらぁ!!
       よっしゃ、四人……なっ、いつの間に後ろに!!

千里:あらよっと!
   まずは一人目!!

結城(安吾):やるじゃあねえか、ガキンチョ。
       助かったぜ!

千里:誰がガキンチョだ、コラァ!

結城(安吾):女でも威勢(いせい)がいいのは嫌いじゃねえぜ。
       さあ、勝負しようぜ!
       どっちが多くを倒し、大将(たいしょう)の首をとるか!!

千里:上等(じょうとう)
   その勝負、のった!!
   それに俺は女じゃなくて、男だ!!

九十九:どうやら、あの二人に任した方が良さそうね。

3-5:始まりと終わりの空は一緒。

【渋谷町松濤の加納家・玄関。】

加納:それじゃあ、行ってきます。
   ええ、もちろん新十郎(しんじゅうろう)さんのところよ。
   心配しないで、ばあや。
   体調はもう大丈夫よ。
   もう、心配性(しんぱいしょう)なんだから。
   うん、うん……ちゃんと帰ってきますから。

夜長姫N:そう言って、人差し指でばあやの(ひたい)に触れた。
     突然のことに困惑した表情を浮かべている。

加納:それじゃあ、行ってきます。
   ……ありがとう。

夜長姫N:そう言った瞬間、ばあやは眠るようにその場で倒れた。
     これは「記憶の削除」、この人で最後。
     目が覚めた時は全部が終わっていて、加納梨江(かのうりえ)という人間は〝元からいなかった〟ことになる。
     そう、それでいい。
     今日で〝加納梨江(かのうりえ)〟は消える、〝夜長姫(よながひめ)〟も消える。
     ――(せみ)五月蠅(うるさ)い鳴き声が聞こえる。
     照りつける太陽の日差しと、その暑さ。
     雲がちらちらと浮かんでいるものの、空の大半は()んだ青色。
     ふいに笑みがこぼれる。

加納:懐かしいなぁ……貴方に初めてお会いした日もこんな天気でしたね
   ――新十郎(しんじゅうろう)さん。
   始まりと、終わりの光景が一緒なのは……本当に……

3-6:妖術師は嗤う時、妖狐は目覚める。

【別天教本殿・巫女長執務室。】

玉藻前:アアアアアアアアアアアアア!

玉藻前M:痛みのあまりに叫びをあげる。
     もう我慢の限界だ。
     耐えることなんか出来ない。

玉藻前:このまま……ハァ、ハァ……いっそ、死ぬことが出来れば……

妖術師:自死(じし)なんて真似(まね)、許すわけないじゃないですか。

玉藻前:ハァ……ハァ……貴様は……!

妖術師:御機嫌よう、九尾(きゅうび)(きつね)
    随分(ずいぶん)とやつれてしまいましたね。

玉藻前:全て……

妖術師:ん?

玉藻前:全て、貴様のせいだ!!!
    狐炎辺獄(きつねびへんごく)早蕨(さわらび)ィ!!

妖術師:地割れ……そして、何か光って……

玉藻前:燃えろ!!!

玉藻前M:一瞬にして火柱が()き上がる。
     憎き相手を燃やし尽くした。
     これで――

妖術師:五行相克(ごぎょうそうこく)水克火(すいこくか)
    (うな)奔流(ほんりゅう)()炎魔(えんま)を消し尽くせ――喼急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)

玉藻前:なっ、そんなバカな……人間(ごと)きが(わらわ)の……

妖術師:呪いの炎だから焼き殺すことが出来ると思ったのかしら?
    甘いのですよ。

玉藻前:くっ、ならば……うっ!
    うああああああああああああ!!

妖術師:本当にツメが甘い。
    お忘れなのですか、貴女は私の呪いに既にかかっている。
    ――でも、ありがとう。
    お陰様で手間が省けました。

玉藻前:な、にを……!
    
妖術師:その苦しみから解放してあげましょう!
    目が覚めた時に貴女様は真の御姿(おすがた)へと変わる!!

玉藻前N:全身に寒気が走った。
     人間の底知れぬ悪意に恐怖した。
     どう生きたらここまで邪悪(じゃあく)になれる?
     権謀術数(けんぼうじゅつすう)渦巻(うずま)く平安京でもここまでの者はいなかった。
     悪霊左府(あくりょうさふ)と共に(みやこ)転覆(てんぷく)しようとした道摩法師(どうまほうし)ですら(かす)んでしまう程の邪悪(じゃあく)
     ――理解できない、(いな)、理解してはいけない。
     気が付いたら、既に手遅れなのだから。

妖術師:さぁ、全てを殺し尽くしなさい!
    この世を魔界(まかい)へと化しなさい!!
    アハハ……アハハハハハハハハハハハ!!

玉藻前:高笑いが響き渡る。
    自分を嘲笑(あざわら)うために。
    何かを返す前に、目の前が真っ暗となってしまった。

3-7:歪な愛ゆえに……

【再び『別天教』本殿・来客用部屋。】
【安吾と千里が、武器を持った別天教信者たちを次々となぎ倒していく。】

千里:あぶねぇ……っと!
   あっ、待ちやがれ!
   逃げるな!!

結城(安吾):あらよっと!

千里:あっ!?

結城(安吾):これで10人目だ!
       お前は9人で、俺は10人。
       この勝負は俺の勝ちが確定だな。

千里:ちょっと待てい!
   今のは! 俺が!! 倒そうとしていたの!!!
   ずりいぞ!!

結城(安吾):戦場で卑怯(ひきょう)もクソもねえよ、バカ野郎。

千里:むきー!

九十九:あんたたち、喧嘩(けんか)するのは後よ。

千里:そうだ、大将(たいしょう)の首は残っているからな!
   お前より先にブッ飛ばせばいいだけだ!!

結城(安吾):はん!
       やれるもんなら、やってみろチビ助!!

千里:なにをー!
   あいた!!

九十九:もうちょっと緊張感を持ちなさいよ、アンタらは……

千里:だから何で俺だけが拳骨(げんこつ)を喰らわないといけないんだよー!!

【当然拍手をしだす大野妙心、その表情は余裕であった。】

結城(安吾):あっ?
       拍手(はくしゅ)とは随分(ずいぶん)余裕(よゆう)があるじゃねえか、大将(たいしょう)

妙心:いやはや、ここまでやるとは思えなかったよ。
   君たちの健闘(けんとう)称賛(しょうさん)に値するよ。

結城(安吾):お前の負けは確定だ、大野妙心(おおのみょうしん)
       諦めろ。

妙心:おいおい、それは流石に早計(そうけい)ではないかな?

千里:どういうことだ?

九十九:二人とも伏せなさい!!

結城(安吾):ちい!

千里:うわっ!?

九十九:簡易式発動(かんいしきはつどう)
    オン・シバリ・ソワカ!!

千里:どうしてさっきまでのびてたやつがすぐに起き上がるんだよ!

結城(安吾):牛沼の時と同じだ……まさか、こいつらは!!

九十九:彼らは〝生きた人間ではない〟。
    そうよね、大野妙心(おおのみょうしん)

妙心:ご名答、彼らは『殭屍(キョンシー)』だよ。
   まあ、彼女と比べると月と(すっぽん)の差があるがね。

九十九:あら、認めるのね。
    彼女も人間ではないことも。

妙心:とぼけるなよ、怪奇探偵(かいきたんてい)
   もう君は知っているだろう?
   大野久美穂(おおのくみほ)という人間はいない。
   彼女が『白面金毛(はくめんきんもう)九尾(きゅうび)(きつね)玉藻前(たまものまえ)』であることを。

九十九:もちろん。
    でも、納得したわ。
    どうして今まで事件が露見(ろけん)しなかったのか。
    それはそうよね、生きている屍体(したい)なのだからね。

妙心:だが、誤算だったよ。
   まさか、三人も見つかってしまうとはな。
   脱走するなんて予想外だ。
   屍体(したい)屍体(したい)の管理を行うには限界があるな。
   今後の対策を再考(さいこう)しなければいけない。
   あとは、術の鍛錬(たんれん)を――

結城(安吾):ふざけたことを言ってるんじゃねえ!
       どこまで死んだ人間を侮辱(ぶじょく)すれば気が済むんだ、てめぇは!!

妙心:野蛮(やばん)な癖に、生命倫理に高潔(こうけつ)とは滑稽(こっけい)が極まるな。

結城(安吾):この野郎!!

千里:おい、挑発(ちょうはつ)に乗るな。

九十九:残念だけど、いくら『殭屍(キョンシー)』を生み出しても私が全てを潰す。
    それとも、その余裕(よゆう)が示すように他に何か策があるのかしら?

妙心:正直言うと、予想以上に追い詰められているよ。
   ただ……〝あの女〟の言った通りだったな。
   九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)、まずはお前から(つぶ)させてもらう。

九十九:貴方が私の命を奪えると思って?

妙心:あはは、それは無理だろう。
   元より君を殺せるとは思っていない。
   だから……

結城(安吾):なんだありゃ……人型のお札か?

千里:それを破った……なにをしたいんだ?

妙心:(ふう)じさせていただく!

九十九:外縛(げばく)手印(しゅいん)に、札破(ふだやぶ)り……まさか……!
    簡易式発動(かんいしきはつどう)!!

妙心:もう遅い。
   呪符解放(じゅふかいほう)怨身黒縄縛(おんしんこくじょうばく)!!

九十九:ぐうっ!

千里:龍之介(りゅうのすけ)
   大丈夫か!!

九十九:ちっ、やられたわ……まさか封術(ふうじゅつ)を使用してくるとは……

千里:封術(ふうじゅつ)

九十九:……術が使えない。

千里:なっ!

妙心:これはすごい……!
   忌々(いまいま)しいが、〝あの女〟に感謝せねばならないな!
   あはははははははははは!!

結城(安吾):ちいっ!
       だったら、俺が代わりにこいつらを……!

九十九:待ちなさい。
    安吾(あんご)、あんたがいくらやったとしてもジリ(ひん)よ。

結城(安吾):じゃあ、どうすればいいんだよ!
       お前が満足に戦えないんじゃ、俺とこのガキンチョで何とかするしかねえだろうが!!

九十九:大丈夫、千里(ちさと)が何とかするから。

千里:へっ?
   それって、まさか……

九十九:そうよ。
    久しぶりに本当の姿に戻してあげる。

結城(安吾):本当の姿ァ?

九十九:そう、千里(ちさと)は私の式神(しきがみ)である猫又(ねこまた)
    猫又(ねこまた)は、年月(ねんげつ)を重ねた化猫(ばけねこ)怪異(かいい)
    そして、それは神通力(じんつうりき)を持つ。
    この子は、かつて人間の精気(せいき)を吸うことで多くの命を奪ってきた。
    今でも初めて会った時のことは覚えているわ。
    とても手強(てごわ)くて、闘い甲斐(がい)があった……だからこそ気に入った、自分の式神(しきがみ)にしようと。

妙心:なんだ?
   降参するのなら、そこで土下座をして()びれば考えないこともないぞ?

九十九:……その言葉、これから起こる事を見た後でも言えるのかしら?
    陰陽師(おんみょうじ)土御門龍之介(つちみかどりゅうのすけ)()のもとにおいて()げる。
    (なんじ)俗名(ぞくみょう)千里(ちさと)
    我、(なんじ)真名(しんめい)を言の葉に示し、封じられし力を此処(ここ)に開放する。
    真名解放(しんめいかいほう)――悪行罰示神(あくぎょうばっししきがみ)仙狸(せんり)!!

結城(安吾):なっ、ガキンチョが光り輝いて――!
       どうなって――

仙狸(千里):……何度も言わせるな、誰が(わらわ)だ。

結城(安吾):えっ……お前、まさか、あのガキンチョなのか?

九十九:仙狸(せんり)
    命令よ、久しぶりに派手に暴れなさい。

仙狸(千里):相承知(あいしょうち)した。

妙心:ふんっ、姿が変わっただけではないか!
   苦し(まぎ)れも片腹痛(かたはらいた)いぞ!!
   行け、『殭屍(キョンシー)』たち!!

結城(安吾):なっ、18人全員をアイツ一人に!
       やべえ!!

九十九:大丈夫よ、安吾(あんご)
    私の式神(しきがみ)、強いから。

結城(安吾):あっ?

仙狸(千里):死して(なお)、道具の様に生き(なが)られ……泣き(さけ)(たましい)の声が聴こえる。
       ならば送ろう。
       (とむら)いの炎を(もっ)て、(なんじ)らの(たま)極楽浄土(ごくらくじょうど)へ――『猫鬼炎廊裹(びょうきえんろうか)』。

九十九N:仙狸(せんり)の身が炎へと化し、殭屍(キョンシー)たちを包み込む。
     彼らを火葬(かそう)するための(ほむら)
     炎に包まれた殭屍(キョンシー)たちは苦しみにのたうち回ることはなく、ただじっと立っていた。

妙心:おい、殭屍(キョンシー)たち!!
   何をしている、最期まで戦うんだ!
   戦え!!

九十九:無駄よ。
    誰もあんたの言うことは従わない。

妙心:なっ!

結城(安吾):よそ見をしているんじゃねえよ。

妙心:坂口安吾(さかぐちあんご)……!
   いつの間、に?!

結城(安吾):覚えとけ、クソ野郎……命、なめんな。
       おらぁ!

妙心:がはっ!

【安吾の力を込めた拳で大野妙心の顔面を殴りつける。】
【妙心は殴られた勢いで背中を地面に思いっきり叩きつけられる。】

結城(安吾):そこで寝ていろ。
       ……新十郎(しんじゅうろう)を悲しませるようなことを二度とするな、大馬鹿野郎。

仙狸(千里):大丈夫か、龍之介(りゅうのすけ)

九十九:ええっ、なんとかね。
    奴が気絶したことで、術が解けたけど後遺症(こういしょう)で少し力が落ちているわ。
    久しぶりね、その姿。

仙狸(千里):そうだな、久しぶり過ぎてまだ十分に発揮(はっき)できていない。

結城(安吾):無事か、怪奇探偵(かいきたんてい)

九十九:ありがとう、大丈夫よ。
    すまなかったわね、安吾(あんご)
    いくら貴方とはいえ、新十郎(しんじゅうろう)に友人を(なぐ)らせることをさせてしまって。

結城(安吾):気にするな……あいつだって理解しているさ。
       それよりも、まずは全て終わらせてからだ。

千里N:突然、勢いよく扉が開かれる音がした。
     三人の注意が一転に集中する――玉藻前(たまものまえ)がいた。
     荒い息を立て、髪も服を乱し、表情は怒りで満ちていた。

玉藻前:はぁ……はぁ……

九十九:まさか、アッチから来るなんてね……

結城(安吾):それにしても、おかしくねえか?
       どうしてあんなに弱っているんだ?

玉藻前:みょ、う……しん……?
    あっ、ああっ……あああああああああああああ!!!

仙狸(千里):あいつのところに……させるか!!

玉藻前:どけえええええええ!

仙狸(千里):ぐあっ!!

九十九:簡易術式発動(かんいじゅつしきはつどう)

玉藻前:邪魔をするなあああああああ!!

九十九:っつ!

結城(安吾):しゃらくせえ!!

玉藻前:あああああああああああああ!!!

結城(安吾):かはっ!

【玉藻前は大野妙心の元に辿り着くと抱きかかえる】

玉藻前:妙心(みょうしん)……妙心(みょうしん)……!

妙心:く、みほ……いや、玉藻前(たまものまえ)……
   よく、聞くんだ……私を、喰え……

玉藻前:っつ!

妙心:そして、奴らを……喰い、殺せ……!
   そうすれば、あなたを……

玉藻前:はぁ……はぁ……妾は、妾は……!

妖術師:『いつまで悩んでいるのですか?』

玉藻前:ぐうっ……あ、たま、の中から……声が……!!

妖術師:『さあ、大野妙心(おおのみょうしん)は喰われることを望みました』
    『何を迷っているんですか?』
    『さあ、お食べなさい』
    『あなたは呪いから解放され、力を取り戻す』
    『そして――』

玉藻前:あああああああああああああああああ!!

3-8:白面金毛九尾の狐

夜長姫:この霊力(れいりょく)は……!
    まさか、玉藻前(たまものまえ)が目覚めたの……!!
    止めてください!

夜長姫N:事の事態を理解し、乗っていた馬車から降りた。
     形振(なりふ)り構っておらず、加納梨江(かのうりえ)から夜長姫(よながひめ)へと変わる。
     周りは騒然(そうぜん)とするが、それを無視し、神通力(じんつうりき)を使い急いで目的地へと向かう。
     最悪な事態が起こったのだから――


(間)


九十九N:一心不乱(いっしんふらん)玉藻前(たまものまえ)大野妙心(おおのみょうしん)を喰らう。
     首に()みつくと鮮血色(せんけつしょく)が吹き上げ、そしてそこから血を吸った。
     それが終わると、次に顔、腕、胸、腹そして足へ。
     骨を砕く音と共に喰い続けた。
     あまりの光景にただじっと見ている事しかできなかった。

妖術師N:そして、その光景を鏡で通して見て、満足そうな笑顔を浮かべる女がいた。

妖術師:女は愛した男を喰い、呪いから解放され、そして――()じれ(くる)()ちる。
    
妖術師:『()太極(たいきょく)一理(いちり)
    『陰陽(おんみょう)両儀(りょうぎ)と別れてより』
    『天あれば地あり』
    『(しょ)あれば(かん)あり』
    『男あれば女あり』
    『善あれば悪あり』
    『吉あれば凶あり』
    『されば乾坤開闢(けんこんかいびゃく)
    『呂律(にょりつ)の気は(きよ)みて軽きは昇って天となり』
    『(にご)りて重きは降りて地と成り』
    『中和(ちゅうわ)霊気大(れいきだい)となれり』
    『()大気(たいき)禽獣(きんじゅう)となる時に』
    『不正(ふせい)陰気(いんき)()って一箇(いっこ)(きつね)となるあり』
    『開闢(かいびゃく)より以来、年数を()(つい)に姿を変じ』
    『全身金色(きんもう)に化して(めん)は白く九ツの尾あり』
    『名つけて白面金毛(はくめんきんもう)九尾(きゅうび)(きつね)といへり』
    『元来(がんらい)邪悪(じゃあく)妖気(ようき)の生ずる所ゆへ()人民(じんみん)を殺し()くし魔界(まかい)となさんとす』

妖術師:――さあ、全てを殺し尽くしなさい。

3-9:絶体絶命

玉藻前:クフフフ……アハハハハハハハハハハハ!!
    ふぅ……(わらわ)は、何をしていたんだろうな……
    長い夢を見ていた気分だ。

仙狸(千里):最悪だ……

玉藻前:んっ、なんだお前たちは誰だ?
    名を名乗れ、(わらわ)御前(ごぜん)であるぞ。

仙狸(千里):あいつ、俺たちのことを覚えていないのか……?

九十九:初めまして、玉藻前(たまものまえ)

玉藻前:んっ?
    どうした、満身創痍(まんしんそうい)ではないか。

九十九:ええっ、あなたのせいでね。

玉藻前:それは済まなかったのう……ちゃんと殺していなくてな。
    安心せよ、次は殺す、絶対にな。
    ……それにしても其方(そなた)、実に忌々(いまいま)しい血の匂いがするな。
    晴明(せいめい)の奴と同じ匂いだ。

九十九:ご名答よ。
    この身には、偉大なる祖・安部播磨守晴明(あべのはりまのかみはるあきら)の血が流れている。
    お初目にかかる。
    我が名は九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)、改め、土御門龍之介(つちみかどりゅうのすけ)

玉藻前:なるほど、末裔(まつえい)というわけか。
    クククッ……これはとんだ好機(こうき)だな。
    (わらわ)妖力(ようりょく)形作(かたちづく)られた刀で切ってやろう。
    ひとつ、ひとつ、丁寧にな。
    だが……

九十九:んっ?

玉藻前:まだまだ足りないな。

九十九:足りない?

玉藻前:お前を殺す前に、空腹感を失くしておきたいのだ。
    そこの式神(しきがみ)を喰うのもいいが……今は人間が良い。
    ほら、いるではないか、そこに倒れている男が。
    しかも魂を2つも内蔵している……ご馳走(ちそう)だ。

九十九:仙狸(せんり)!!

仙狸(千里):わかってる、燃えろ!!

玉藻前:っつ!

仙狸(千里):効いたか?!

玉藻前:――これが神通力(じんつうりき)とは片腹痛(かたはらいた)いな。

仙狸(千里):なっ、火を一瞬で……
       がっ!!

玉藻前:驚いて逃げることを忘れたのか?
    このまま首を(つか)んだまま、(わらわ)の炎を喰らったらどうなるんだろうな?

仙狸(千里):はな、せ……!
    
玉藻前:見せてやろう。
    ――狐炎辺獄(きつねびへんごく)城郭炎上(じょうかくえんじょう)!!

仙狸(千里):ああああああああああ!!

九十九:急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)

玉藻前:んっ?

九十九:オン・ビロバクシャ・ノウギャ・ヂハタエイ・ソワカ!!

玉藻前:見事な水の濁流(だくりゅう)だ。
    水神(すいしん)を従える広目天(こうもくてん)真言(しんごん)……これに巻き込まれれば無事では済まされないだろうな。
    だが……(わらわ)には手が届かぬな、ふん!!

九十九:一瞬にして大量の水を蒸発させるとは……流石ね。

玉藻前:ほう、(わらわ)の背後に回るとは……それに、腕を切るとは驚きだ。
    その素早さ……禹歩(ぐうほ)を使ったな?
    小賢(こざか)しい真似(まね)を。

九十九:ごめんなさいね、うちの式神(しきがみ)とあなたが求めるご馳走(ちそう)を助ける必要があったから。

玉藻前:腕の一本や二本くれてやる。
    すぐに再生することが出来るからな……ほら、元通りだ。

九十九:ちっ……わかっていたけど、あまりの強大さに嫌になるわね。

玉藻前:それに百鬼夜行(ひゃっきやこう)()けの結界(けっかい)とは芸達者(げいたっしゃ)だな、だが……

九十九:っつ!

玉藻前:簡易発動(かんいはつどう)かつ、十全(じゅうぜん)ではないお前が創ったものなど壊すのは簡単だ。
    さあ、どこまで耐えられるかな?

九十九M:状況は……最悪。
     きっと、この結界(けっかい)は壊される。
     私一人を犠牲(ぎせい)にすることで、果たして彼らを救えるのか……
     あぁ……奇跡を信じてしまうのはきっと……私、本当にやばいのね。

3-10:夜長姫宿儺

夜長姫:はあっ!!

【夜長姫の妖力で生み出された大刀の斬撃を、玉藻前は持ち前の刀で防ぐ】

玉藻前:ほう、立派な首切り包丁だ。

夜長姫:っつ!

玉藻前:この妖力(ようりょく)……両面宿儺(りょうめんすくな)と似たものだ。
    アハハ、アハハハハハ!!
    土御門(つちみかど)に、両面宿儺(りょうめんすくな)……最高のご馳走ばかりだ!!

夜長姫:こんのっ!

玉藻前:興が乗った!
    まずは其方(そなた)から相手してやるぞ、宿儺(すくな)ァ!!

九十九N:玉藻前(たまものまえ)の対象が、夜長姫(よながひめ)へと変わった。
     二人の剣がぶつかり合い、激しい剣戟(けんげき)が繰り広げられる。
     刀がぶつかる度に強い衝撃波(しょうげきは)が放たれる。

玉藻前:楽しいな!
    久方(ひさかた)ぶりの殺し合いがこんなに心躍(こころおど)るものとはな!!

夜長姫:それは、どうも!!

玉藻前:ふんっ!

夜長姫:まずい……吹き飛ばされる……!!

九十九:おっと、危ない。

夜長姫:あなたは……九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)……!

九十九:まさか来るとは思わなかったわよ、姫様。

夜長姫:あなた、傷だらけじゃない……ちょっと、新十郎(しんじゅうろう)さんは無事よね?!

九十九:大丈夫よ、王子様は結界(けっかい)の中で……

結城:梨江(りえ)さん!!

九十九:あら起きちゃったみたい。
    もちろん無事よ、彼も満身創痍(まんしんそうい)だけどね。

夜長姫:……生きているのなら、いい。

結城:どうして来たんですか、梨江(りえ)さん!
   いや……夜長姫(よながひめ)!!

夜長姫:新十郎(しんじゅうろう)さん、貴方に謝らないといけないの!

結城:えっ……

夜長姫:あなたが愛した〝加納梨江(かのうりえ)〟は、私が作った〝まやかしの存在〟。
    全ては、貴方に愛してもらうために!
    夜長姫宿儺(よながひめすくな)(みにく)い鬼で、大事な親友を殺した(あだ)となる存在!
    だから愛して(もら)える(はず)はない!!
    だから……嘘をついたの……でも、それは今日でおしまい。
    怪奇探偵(かいきたんてい)

九十九:なに?

夜長姫:絶対に新十郎(しんじゅうろう)さんを守りなさいよ。
    死なせたら、苦しませて殺すから。

九十九:ええ、わかったわ。

玉藻前:……話は終わったか?

夜長姫:ええ、今生(こんじょう)の別れは済ませたわ。

玉藻前:今生(こんじょう)の別れか……果たして其方(そなた)の命を犠牲にしても(わらわ)を殺すことは出来ぬとは思うぞ?
    無駄死にだ。

夜長姫:好き勝手に言いなさい。
    慢心は身を滅ぼすわよ。

玉藻前:覚えておこう、すぐに忘れると思うがな!

夜長姫:っつ!

玉藻前:受け止めるだけではどうしようもないぞ!

夜長姫:うっさい!!


(間)


結城:九十九(つくも)先生……

九十九:新十郎(しんじゅうろう)夜長姫(よながひめ)のことは――

結城:気付いていたんです。

九十九:えっ?

結城:彼女と知り合って、それなりの年月が経った後ですけどね。
   親友を殺した(かたき)が、まさか……愛した人であったことに気付いたのは絶望しました。
   加納梨江(かのうりえ)を演じた彼女の言葉は全て偽りで、いつかはそれを暴露して自分を絶望に陥れるんじゃないかって。

九十九:…………。

結城:ただ……

九十九:ただ?

結城:それでも、私は彼女を愛してしまった。
   心の底から。
   向けられた気持ちが偽りかもしれないのに。

九十九:……そうね、その可能性があるわ。
    〝かつての夜長姫(よながひめ)〟だったらね。

結城:えっ?

九十九:〝今の夜長姫(よながひめ)〟は違う。

結城:どういうことですか……?

九十九:見なさい、彼女の姿。
    貴方を守るために必死になって戦ってる。
    これが貴方を(だま)す演技だったら、とんだ役者ね。
    短い間の付き合いでしかなかったけどわかることがある。
    ……彼女の、貴方への想いは偽りではないと思うわ。
    もちろん、これは根拠がない私の勘なんだけどね。

結城:ハハッ……なんですか、それ……

九十九:でもね、私は探偵。
    探偵である以上は外すのはご法度(はっと)
    それに、一度も外れたことが無いのよ、私の勘。

結城:九十九(つくも)先生……。

九十九:結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)、貴方は彼女のことを信じられない?

結城:それは……

玉藻前:ほらァ!!

夜長姫:ぐっ!!

玉藻前:もう終わりか?

結城:夜長姫(よながひめ)

夜長姫:新十郎(しんじゅうろう)、さん……?

玉藻前:あはははははは!
    どうやら、お前の想い人らしいな、そいつは!

夜長姫:こんのぉ!!

玉藻前:ぐっ!
    押しが強くなってきたな。
    だが、剣の(すじ)が乱れているぞ!!

夜長姫:しまった!

玉藻前:隙あり、だ。

結城N:それは一瞬だった。
    玉藻前(たまものまえ)斬撃(ざんげき)夜長姫(よながひめ)の身体を切り裂いた。
    世界の時間が停まり、目の前が真っ白になった。

結城:夜長姫(よながひめ)……夜長姫(よながひめ)ェ!!!

九十九:新十郎(しんじゅうろう)
    結界(けっかい)から出たら駄目!!

結城N:ただ歩みを止めず、ただ彼女の元へと駆け寄った。
    自分の事は二の次、今は、ただ、ただ、彼女の元へと……。

玉藻前:(わらわ)の姿が見えないとは、愚かしいのう。
    先に始末を――

九十九:急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)

玉藻前:っつ!

九十九:ノウマク・サマンダボダナン・シャカラヤ・ソワカ!!

玉藻前:ちい!

九十九:こっちも忘れては困るんだけど?

玉藻前:(いかずち)に、その真言(しんごん)帝釈天(たいしゃくてん)か。
    いいだろう。
    この人間は最後にとっておく、死に(ぞこ)ない其方(そなた)から喰ろうてやろう。

九十九:残念だけど、私、強いから。
    返り討ちに合わないようにね。

玉藻前:減らず口を!!


(間)


結城:夜長姫(よながひめ)

夜長姫M:あぁ、声が聞こえる……愛する人の声が……

結城:返事をしてくれ、夜長姫(よながひめ)!!

夜長姫M:意識が朦朧(もうろう)としてきている。
     目の前の光景が(かす)んでいるせいで顔が見えない……こんなに近くにいるのに……

夜長姫:新十郎(しんじゅうろう)……さん……

結城:夜長姫(よながひめ)!!

夜長姫M:力強くギュッと抱き締められているのがわかる。
     こんなに抱き締められたのは、いつだっけ?
     そう、初めて夜伽(よとぎ)をした時だっけ……あの時は……

夜長姫:嬉しかったな……かはっ!

結城:(しゃべ)らなくていい……いいから……!
   くっそ、血が止まらない!
   止まってくれ!!

夜長姫:どうして……そんなに悲しい顔を浮かべているんですか?
    憎い相手が……死ぬんですよ?
    喜ばしいことじゃないですか……

結城:黙れ!!

夜長姫:っつ!

結城:……すみません、怒鳴ってしまって。
   夜長姫(よながひめ)、貴女が梨江(りえ)さんということはわかっていました。

夜長姫:えっ、嘘……

結城:けど、貴女と長く過ごし、心の底から好きになってしまった。
   最初は戸惑いましたし、絶望もしました。
   自分の親友を殺した女性を好きになるなんて。
   貴女の言葉や思いが偽りかもしれないと思った。
   本当に馬鹿ですよね、自分。
   都合が悪いところは目を背け、そして自分勝手な考えを。

夜長姫:新十郎さん……

結城:貴女の事を信じようとしなかった。
   貴女が(いつわ)ったのならば、自分も同じように(いつわ)った。

九十九:ぐあっ!

結城:九十九(つくも)先生!!

九十九:ちっ、流石に大妖怪(だいようかい)を単独で挑むには無理があったのかしら、ね。

玉藻前:終わりだ、土御門(つちみかど)
    だが()めて(つか)わすぞ。
    ただひとりで、(わらわ)果敢(かかん)(いど)大健闘(だいけんとう)したのだ。
    かの晴明(せいめい)とは(おと)るが、誇るが良い。

九十九:そいつは……嬉しいわねぇ……

結城:まずい、このままでは……!

夜長姫:新十郎(しんじゅうろう)さん、これを……

結城:これは、小刀(こがたな)……こんなものをどうしたら……

夜長姫:これで……私を殺してください……

3-11:『鬼成り』

夜長姫:『鬼成(おにな)り』?

店主:そうだ。
   『鬼成(おにな)り』は、「人間を鬼するための儀式」だ、まあ呪いと同一ではあるがな。

夜長姫:人間を……なぜ、それが玉藻前(たまものまえ)を倒す――

店主:夜長姫宿儺(よながひめすくな)、わかっているだろう?
   其方(そなた)は、もう、鬼としての力が失ってきている。

夜長姫:それは……

店主:両面宿儺(りょうめんすくな)末裔(まつえい)である以上は、その力は絶大なものであるのは必然。
   にも関わらず、今の其方(そなた)は人間に近い。
   だから、玉藻前(たまものまえ)には勝てない。

夜長姫:だからって……!

店主:『鬼成(おにな)り』を行い、自らの命を捧げて、結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)を鬼にしろ。
   それが玉藻前(たまものまえ)を倒す唯一の方法だ。

夜長姫:…………。

店主:それに〝彼〟は覚悟したようだ。

夜長姫:〝彼〟……?
    えっ、どうして……

安吾:よう、この姿では久しぶりだな。

夜長姫:安吾(あんご)……!
    だって、あなたは、新十郎(しんじゅうろう)さんの中に!!

安吾:こいつの力で一時的に実体化しているだけだ。
   まぁ、すぐに戻っちまうけどよ。

夜長姫:待って!
    どこまで聴いていたの……?

安吾:悪いが、全部だ。

夜長姫:だったら……!

安吾:分かっているさ。
   それに、こいつ、ちゃんと言ってねえだろ?
   『鬼成(おにな)り』の行う条件を。

店主:ほう?

安吾:夜長姫(よながひめ)だけじゃなく、俺の命も捧げる必要があるんだろ?

夜長姫:えっ?

店主:呵々(かか)、勘が良い奴だ。
   その通りだよ。

安吾:じゃなきゃ、俺を呼ばねえだろ。

店主:それもそうさな。
   『鬼成(おにな)り』を行うには2つの条件が必要だ。
   ひとつ、能力譲渡(のうりょくじょうと)を行うためには、その能力を持つ鬼一体の命を捧げる必要がある。
   ふたつ、成功するためには呪いに打ち克つ必要がある。
   そもそも、『鬼成(おにな)り』が知られていないのは十中八九(じゅっちゅうはっく)失敗に終わる儀式だからだ。
   だが、結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)は違う。
   夜長姫(よながひめ)と、坂口安吾(さかぐちあんご)の命を捧げることで必ず成功する。

夜長姫:そんなの無責任じゃない……ただ、新十郎(しんじゅうろう)さんを苦しめるだけじゃない!!

安吾:それでもだ!
   俺は……新十郎(しんじゅうろう)と、新十郎(しんじゅうろう)が守ろうとしている世界を守りてぇ……!

夜長姫:安吾(あんご)……。

安吾:自分がやっていることがエゴで、如何に無責任であることは理解している。
   学がねぇ俺ですら理解できるほどな。
   だけどよ……確かにこの胡散臭(うさんくさ)い奴の言う通りならば、このままだと俺たち全員が死んで全てが台無しになる。
   夜長姫(よながひめ)、お前の反応を見るに、こいつが言っていることは間違っていないんだろ?

夜長姫:…………。

安吾:腹を(くく)れ、夜長姫(よながひめ)
   この悪巧(わるだく)みの共犯者に俺もなる、いや、ならせてくれ。

夜長姫:……本当に嫌い。

安吾:夜長姫(よながひめ)

夜長姫:どいつもこいつも好き勝手に言って……ねぇ!

店主:なんだい?

夜長姫:……本当にそれで新十郎(しんじゅうろう)さんを守れるんでしょうね?

店主:呵々、もちろん、僕は取引が成立した相手には嘘をつかないさ。
   忘れたか?
   (やつがれ)百鬼夜行(ひゃっきやこう)の一員、客人神(まろうどがみ)たる怪異(かいい)、〝ぬらりひょん〟だよ?
   自らの名を(けが)真似(まね)はしないさ。

3-12:愛の果てに

結城:何を言って――

夜長姫:時間が無いの!
    新十郎(しんじゅうろう)さん、聞いて……私の命を代償(だいしょう)にし、貴方に私の力を譲渡(じょうと)します。
    ……鬼になって貰います。

結城:えっ?

夜長姫:残酷(ざんこく)なことだってわかってる!
    自分勝手なことだってわかってる!!
    でも、このままじゃ……貴方だけじゃない、貴方が守ろうとした人々や世界まで無くなってしまう。

結城:だからって、貴女の命を必ずしも犠牲にしなければいけないのか?!
   他にも方法が――

夜長姫:そんな時間はないのよ!
    この状況を挽回(ばんかい)するにはこれしかないのよ!!

結城:夜長姫(よながひめ)……

安吾:おいおい、女を泣かせるなんて『紳士探偵(しんしたんてい)』失格だな。

結城:えっ……安吾(あんご)!?
   き、君はどうして……うぐっ!

安吾:よく聞け、新十郎(しんじゅうろう)
   コイツは確かにイカれた女で、人間の心を理解しようとしない奴だ。
   だがな……コイツが言っていることは真実で、何よりもお前を守ることを第一優先としている。
   それにな、俺も同じなんだ。
   これから行うのは『鬼成(おにな)り』という「人間を鬼にする儀式」だ。
   ……新十郎(しんじゅうろう)、お前には鬼になって(もら)う。
   俺たちの命を代償(だいしょう)に。

結城:なにバカなことを言っているんだよ、安吾(あんご)
   夜長姫(よながひめ)も!!
   どうして……どうして! 二人でこんなことを勝手に決めているんだよ!!

安吾:ははっ、お前がそんなに感情を(さら)け出すなんて初めて見たよ。
   ……俺たちはとうに死んだ身だ。
   ちょいとズルをしてこの世にとどまっている。

結城:だからって!!

安吾:これじゃあいけねえんだ。
   それにな、新十郎(しんじゅうろう)

結城:なんだよ……

安吾:さっきも言ったが……俺と、夜長姫(よながひめ)はお前を死なせたくねえ。
   お前は、この先を生きる人間だ。
   未来がある。
   だが、亡霊(ぼうれい)である俺たちはここでお終いだ。
   ……わりぃな、相棒。
   お前に全部背負わせちまって。

結城:安吾(あんご)……

安吾:さあ、俺からのお話はこれでおしまいだ。
   本当にさよならだ……後は任せたぞ、夜長姫(よながひめ)

夜長姫:新十郎(しんじゅうろう)さん。

結城:夜長姫(よながひめ)……

夜長姫:私は……貴方に出会えて幸せでした。
    沢山の罪を犯してきた私には、貴方と過ごしてきた日々はとても輝いていました。
    自分にはもったいない程の……だから、最期に言わせてください。
    ――愛してくれてありがとう。

結城N:彼女はそう言って、幸せそうな微笑みを浮かべた。
    その笑みを見て、涙が止まらなかった。
    ひとつぶ、ひとつぶが彼女の(ほほ)にぶつかる。

夜長姫:ふふっ……今の新十郎(しんじゅうろう)さん、小さな子供みたい……
    ねえ、新十郎(しんじゅうろう)さん?
    あの時の言葉を覚えていますか?

結城:あの時の言葉?

夜長姫:そう、安吾(あんご)を生き返させ、貴方に『(くさび)の呪い』をかけた時の言葉です。
    『好きなものは――』

結城:『好きなものは、(のろ)うか、殺すか、争うかしなければならないのよ』

夜長姫:覚えていてくださったのですね……

結城:忘れたくても忘れられませんよ、なにせ、貴方は本当に僕を殺そうとしたんですから……

夜長姫:そうでしたね……あぁ、昨日のことのように思える……貴方に出会った日を……
    さあ、新十郎さん。
    『鬼成(おにな)り』を始めましょう。

結城:……本当にいいんですね?

夜長姫:ええっ、もちろん。

結城:……わかりました、貴方たちの覚悟を無駄にはしません。

夜長姫:儀式の前に貴方に名を授けましょう、鬼としての名を。

結城N:耳元で彼女は名を告げ、それを聴いた私は苦笑いを浮かべてしまった。

結城:夜長姫(よながひめ)、趣味悪いですよ。

夜長姫:でも、これなら安吾(あんご)は貴方の中で生き続けるわ。

結城:そして、貴女も私の中で生き続ける。
   だから、〝さよならは言いません〟。
   先に待っていて下さい。
   すぐではありませんが、時期が来たら迎えに行きます。

夜長姫:はい、待ってます……新十郎(しんじゅうろう)さん。
    私の愛した人……

3-13:〝炳伍〟

九十九N:玉藻前(たまものまえ)妖刀(ようとう)が自分の命を()り取ろうとした瞬間だった。
     (まばゆ)い光が再び世界を包み込み、大きい金属音が鳴り響いた。

玉藻前:どういうことだ、どうしてお前(ごと)きが宿儺(すくな)の力を!

九十九N:()()まされた(やいば)が、兇刃(きょうじん)を受け止めていた。
     長く伸びた白髪(はくはつ)、頭に2本の角、白の死装束(しにしょうぞく)に黒の羽織(はおり)
     そして、視界を(さえぎ)ったのは彼の肩にかけられた女物の着物。
     場にそぐわず柔らかくひらめくそれに、私は覚えがある――夜長姫(よながひめ)が着ていたものだ。

玉藻前:断じて有り得ない!
    人間の分際(ぶんざい)でその霊力(れいりょく)……まるで鬼じゃないか!!

九十九N:玉藻前(たまものまえ)狼狽(ろうばい)した声が聞こえる。
     驚くのも無理はない、実際に自分も信じられない。
     目の前に立っているのは、人間・結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)ではなく――

結城:――問われて名乗るも烏滸(おこ)がましいが、我が身に流れる血は飛騨高沢山(ひだたかざわやま)日龍峰寺(にちりゅうふじ)(おわ)
   両面四手上人(りょうめんしでしょうにん)、改め名将・難波根子武振熊命(なにわのねこたけふるくまのみこと)と死闘を繰り広げし鬼神(きしん)両面宿儺(りょうめんすくな)
   (おそ)れ多くも末裔(まつえい)たる夜長姫宿儺(よながひめすくな)より鬼成(おにな)りの儀を()(たてまつ)り、(ほま)れ有る鬼神(きしん)の力を(たまわ)った。
   我が(たま)真名(しんめい)結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)、そして(たまわ)れし(あざな)は〝炳伍(へいご)(なり)
   今此処(ここ)に、宿儺(すくな)の力を(もっ)貴殿(きでん)調伏(ちょうふく)す!

九十九N:そう口上(こうじょう)を言い終えると、夜長姫(よながひめ)と同じ大刀(だいとう)玉藻前(たまものまえ)を吹き飛ばす。 

玉藻前:ぐあっ!
    なっ……!

結城:うおおおおおおおおおおおお!!

玉藻前:ちぃ!
    万死(ばんし)に値する無礼であるぞ、この(ぬえ)風情がぁ!!

結城:っつ!
   我が(やいば)は、決死の(やいば)
   三千世界(さんぜんせかい)(からす)を殺しても、この死合(しあい)に勝利をする!!

玉藻前:ハッ!
    アハハハハハハハ!!
    ここまでの大言壮語(たいげんそうご)を吐くか!!
    両面宿儺(りょうめんすくな)の新しき末裔(まつえい)・〝炳伍(へいご)〟!
    貴様の決死の(やいば)、我が(たましい)を貫いて見せよ!

九十九N:狂気に近い(たぎ)る心が互いに溢れ出し、それは剣戟(けんげき)の衝撃に現れた。
     両者の身体に(やいば)が切りつけられ、鮮血(せんけつ)が周囲に飛び散る。
     (わず)かな瞬間でも多数の斬撃(ざんげき)が襲い掛かる。
     そして、勝負の終わりがやってきた。

結城:貰った!!

玉藻前:っつ!

九十九N:結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)こと、炳伍(へいご)大刀(だいとう)玉藻前(たまものまえ)の身体を切り裂いた。
     しかし――

結城:なっ、幻術(げんじゅつ)……!

玉藻前:甘いぞ!
    (わらわ)が術を使わないと思ったか!!

結城:しまった!

玉藻前:死ね!!

九十九:オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ!

玉藻前:なっ……不動(ふどう)金縛(かなしば)り、だと!

九十九:……ごめんなさいね、手は出さないつもりだったけど外法(げほう)を使ったから。

玉藻前:こんな脆弱(ぜいじゃく)なもので、妾を(しば)れるはずがな――

九十九:そんなことはわかってる、ただ、隙が欲しかっただけだから。

玉藻前:隙……まさか……!

九十九:決めなさい、新十郎(しんじゅうろう)

結城:今度こそ貰ったぁ!!

玉藻前:しまった……あああああああああああああ!!!

結城:我が(やいば)、其の(たましい)を両断す……!

玉藻前:……見事、だ……其方(そなた)たちの勝ちだ……
    人間を(あなど)っていたようだ……ククッ……あの小娘が言ってた通りになったな……

結城:……最後におひとついいですか、玉藻前(たまものまえ)

玉藻前:良いぞ……勝者には応えればならないな……
    それに、(わらわ)は後もう少ししたら消滅する……長くは話せぬぞ……?

結城:はい……黒田妙心(くろだみょうしん)という男の名は覚えていますか?

玉藻前:……何者だ、聞いたことが無い。

結城:では……世良田摩喜太郎(せらだまきたろう)という名は?

玉藻前:その名も聞いたことが……いや、あるかもしれないな。

結城:えっ?

玉藻前:……不思議なことだ。
    はは……何故だろうな、涙が止まらぬぞ……
    (わらわ)は、この名の男を大切にしていたのか?
    顔も声も覚えておらぬ男に?
    だが、涙が止まらない……あぁ、せめて、思い出すことが出来れば良かった……

結城:……消えてしまいましたか。
   せめて、あちらでは――

3-14:事件解決

千里N:事件から2週間後――。
    戦いの(すえ)に『別天教(べってんきょう)本殿(ほんでん)は崩壊し、瓦礫(がれき)の山となった。
    しかし、今では何もない更地(さらち)となっていた。

千里:もう、なにもねえんだな。

九十九:そうね。
    まあ、今回の件は御霊部(ごりょうぶ)の連中が黙っている(わけ)ないからね。
    秘匿(ひとく)の為に対応するとは思ったけども、こうも素早くされるとは。

千里:……そうだな。

九十九:それに、これから面倒な事が待ってるしね。

千里:だーよーなー!
   うへぇ……あの女の尋問(じんもん)、嫌いだわ。

九十九:それは、私も同意見。
    きっと一発殴られるわね。

千里:おっ、そいつは見物だぜー
   あいたぁ!

九十九:ヒトの不幸を笑っていたら罰が当たるわよ。

千里:もう当たったわ、バカ!!

結城:九十九(つくも)先生、千里(ちさと)さん。

九十九:んっ、やっぱり、あなたも来たのね……新十郎(しんじゅうろう)

結城:はい……あの事件から、もう2週間も経過したのですね。
   時の流れはあっという間です。

九十九:そうね。
    貴方のほうは大丈夫なの?
    身体も、能力の方も。

結城:ええっ、なんとか落ち着いています。

九十九:そう。

結城:そういえば、こないだ宮内庁御霊部(くないちょうごりょうぶ)に呼ばれました。
   監視対象になってしまうそうです。
   危険と判断されたら、即刻処分(そっこくしょぶん)

九十九:その感じだと、私の姉が言ったそうね。
    もう少し手心があればいいんだけど。

結城:仕方ありませんよ。
   もう私は人間ではないのですから。

九十九:後悔してる?

結城:まさか、全く後悔していませんよ。
   死ぬまで守っていきます。
   ……この世界を守るために、夜長姫(よながひめ)安吾(あんご)が遺した生きた証。
   力に(おぼ)れるような真似(まね)はしません。

九十九:強いのね、貴方。

結城:ありがとうございます。
   それに……

九十九:それに?

結城:私も〝そっち側〟の人間になってしまいました。
   なので、お二方とは長い付き合いになりそうですね。

九十九:ふっ、確かにそうね。
    まあ、はぐれ者同士、仲良くしましょ。

結城:喜んで。

千里N:九十九龍之介(つくもりゅうのすけ)結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)が固い握手を交わす。
    すると、新十郎(しんじゅうろう)が何かを思い出しかのような表情を浮かべる。

結城:九十九(つくも)先生、おひとつ、お聞きしたいことが……

九十九:なに?

結城:目黒にある古書堂、『百夜堂(ひゃくやどう)』をご存知ですか?


(間)


店主:いらっしゃい、生憎(あいにく)だが本日の営業時間は……おや?
   君達か、いつかは来ると思っていたよ。
   特に、結城新十郎(ゆうきしんじゅうろう)、君をね。

九十九:京極(きょうごく)、あんたの仕業ね。

店主:はて、何のことやら?

九十九:とぼけるんじゃないわよ、あんたが教えたのね。
    夜長姫(よながひめ)に『鬼成(おにな)り』を。

店主:…………(やつがれ)は最適解を与えただけにすぎない。
   それに、夜長姫(よながひめ)はどちらにしろ、長くこの世にはいられなかった。
   千里眼(せんりがん)を通して見させて頂いたよ。
   あやつの最期は実に()い見せ物であった。

九十九:アンタねぇ!

結城:いいんです、九十九先生……そうですか。

店主:結城(ゆうき)、君という人間は不思議だ。
   ここで、(やつがれ)を殺すものかと思ったが……一切の憎悪を感じられないとは……

結城:貴方には借りが出来てしまったようですね。
   時が来たならば、熨斗(のし)をつけて〝お返し〟しますよ……

店主:ほう……〝お返し〟、か。

結城:こんな"禁じ手とも言える方法"を知っている貴方だ。
   もっと他にやりようがあったのでは?
   いえ、鬼となったことは憂いていません。
   ただ、人の(ことわり)を外れて……思い至る節があった、と言うだけです。

店主:呵々(かか)
   そうか、そうか!!
   これは面白いことを言うな!!

結城:減らず口を……

店主:そうだ、(やつがれ)を愉快にした褒美(ほうび)として〝ある話〟を教えてやろう。
   世良田(せらだ)玉藻前(たまものまえ)()()めを――

結城:いえ、結構。
   彼らは愛してあっていた。
   最後は悲劇だったかもしれないですけど、それでも彼らは愛しあっていた。
   それで充分です。

店主:…………つまらんやつだ。
   なぁ、九十九(つくも)

九十九:なに?

店主:またしても、蘆屋(あしや)妖術師(ようじゅつし)を出し抜いたそうだな。
   相変わらずの不倶戴天(ふぐたいてん)の関係だ。

九十九:……やっぱり、道冥(どうめい)の奴が関わっていたのね。
    あんた、〝彼女〟がお気に入りなの?

店主:馬鹿を言うな、むしろ(やつがれ)はお前を気に入っているよ。
   奴はあくまで「(やつがれ)の興味を引くもの」への添え物でしかない。
   何か一遍(いっぺん)固執(こしつ)してる存在はやがて()きが来る。

九十九:ホント、(ろく)でもないわね。

結城:九十九(つくも)先生、行きましょう。
   これ以上、長居は無用です。

九十九:え、ええっ、そうね。

店主:そうか、もう帰るのか。

結城:店主。

店主:なんだい?

結城:鬼とはよっぽど私よりも、貴方の方が相応(ふさわ)しいようだ……

店主:面白いことを……鬼がそう言うとは。
   残念だけれどね、(やつがれ)はしがない古書堂の主人さ。
   鬼なんて大仰(おおぎょう)なもんじゃない。

結城:そうですか、ではお邪魔しました。

店主:またのご来店をお待ちしております。


(間)


九十九:驚いたわ。

結城:何がですか?

九十九:あのクソ店主はあんなのでも、神様の一人ではあるのよ。
    そんな奴相手に、あんな過激で皮肉めいたことを言うなんて。
    貴方……そんな性格してたっけ?

結城:そうですね……夜長姫(おに)の気がそうさせるのか、
   安吾(ひと)の気がそうさせるのか……ふふ、きっとどちらも、なんでしょうね。

九十九:変わったわね、貴方。

結城:そうですか?

九十九:もちろん、良い意味でね。
    ……さて、新十郎(しんじゅうろう)、この後時間はあるかしら?

結城:ええ、もちろん。

九十九:すぐ近くに電気ブランが旨いジャズバーがあるの。
    どうかしら?

結城:喜んで。
   僕もなんだか、一杯飲みたい気分になりました。

九十九:それじゃあ、行きましょう。

結城:はい。

千里N:二人を遠くから眺める女がいた。
    忌々(いまいま)しい表情を浮かべ、女――蘆屋道冥(あしやどうめい)は静かにこう言った。

妖術師:不愉快ね。

千里N:女はそう言葉を吐き捨てると、一瞬にして消え去った。
    次の災いを起こすために――。

3-15:三途の川にて

安吾:んっ……ここは……船、か?

夜長姫:やっと起きたのね。

安吾:おわぁ!?
   ビックリさせんなよ!!

夜長姫:寝ぼけている貴方が悪いんでしょうが。

安吾:わりぃ……てか、なんでお前と一緒なんだよ!

夜長姫:私たちは、今、三途(さんず)の川を渡っているのよ。
    この船でね。

安吾:三途(さんず)の川……あぁ、本当に死んだんだな、俺たち。

夜長姫:まったく……死んでも騒がしいのは貴方らしいわ。

安吾:まあな、それが俺だからな!

夜長姫:そうね。

安吾:…………。

夜長姫:…………。

安吾:なぁ。

夜長姫:なに?

安吾:もし、生まれ変わることが出来たら何になりたい?

夜長姫:(やぶ)から棒に、可笑(おか)しなことを。

安吾:良いから、答えてくれよ。

夜長姫:あなたのそういう下品なところが嫌いよ。

安吾:悪かったな、そういう人間なんだ。
   で、何なんだよ。

夜長姫:そうね……まあ、普通の女の子にいいな……
    普通に勉強して、花嫁修業して、結婚して、母親になって……そんな平凡な人間になりたい。

安吾:ぷっ、あはははははは!!

夜長姫:ちょっと、あなたが言えって言ったから折角(せっかく)真面目に答えたのに!

安吾:わりぃ、わりぃ。
   まさか、そんな答えが返ってくるとは思わなかったからさ。

夜長姫:本当に不愉快、嫌い。

安吾:悪かったって。

夜長姫:もう……それで、安吾(あんご)はどうなんですか?

安吾:俺か?
   そうだな……次、生まれ変わるなら『小説家』になりてえなぁ……


(END)

探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 三部作まとめ版

本作品はフィクションです。

劇中に登場する個人名・団体名はすべて架空のものであり、現実のものとは一切関係ありません。

皆さまが、楽しめる台本でありますように。


スペシャルサンクス:こーたぬ

探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果- 三部作まとめ版

  • 自由詩
  • 中編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-14

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND
  1. 探偵・九十九龍之介の怪奇手帖 -堕落の因果-
  2. 1-1:紳士探偵
  3. 1-2:別天教事件
  4. 1-3:襲撃
  5. 1-4:新たな犠牲者
  6. 2-1:偽神天女
  7. 2-2:駅前ドタバタ劇
  8. 2-3:安吾と夜長姫
  9. 2-4:初恋
  10. 2-5:嘘
  11. 2-6:大野妙心と世良田摩喜太郎
  12. 2-7:それぞれの信念
  13. 2-8:そして、少女は――
  14. 2-9:堕落
  15. 3-1:比翼連離
  16. 3-2:招待状
  17. 3-3:道化師
  18. 3-4:戦闘開始
  19. 3-5:始まりと終わりの空は一緒。
  20. 3-6:妖術師は嗤う時、妖狐は目覚める。
  21. 3-7:歪な愛ゆえに……
  22. 3-8:白面金毛九尾の狐
  23. 3-9:絶体絶命
  24. 3-10:夜長姫宿儺
  25. 3-11:『鬼成り』
  26. 3-12:愛の果てに
  27. 3-13:〝炳伍〟
  28. 3-14:事件解決
  29. 3-15:三途の川にて