浄土
蓮の花々の間をモルフォ、というのか輝く蝶が飛んでいる。池畔には霧氷だろうか、水晶のような木々が茂っており季節感どころかon earth 、地球上の何処なのかすら分からない。
馥郁たる香りが漂っており、気がつけば死んだはずの両親、妻に囲まれている。
「ここは...?」
「極楽の蓮池のふちよ」
すかさず妻が答える。
なーんだ、やっぱりそうか。その証拠にお釈迦様は歩いてないけど、阿弥陀如来が空中を浮遊し、紫の雲をたなびかせている。
「もう病気になることも、歳をとることもない。私たち、ここでずっと一緒に暮らしましょう。お義父さんもお義母さんもいるわ」
母の顔を見る。晩年の皺はない。苦労して俺を育て、ろくに孝行もせずに死なせてしまった。
父もでっぷりと太っており、癌に痩せ衰えていたのが嘘のようだ。子供の頃、あのお腹を枕にして、一緒に映画を観たのを思い出す。
極楽では、愛した者とずっと一緒にいられるというのは、本当だったんだ。
涙が出てきた。生きるって、愛ってこういうことなんだって、死んでからやっと思った。全てが報われた。
俺は泣いた。両親と妻と再会を喜び合った。
ひとしきり泣いて笑って近況を報告し合って、一つ腑に落ちない事がある。
猫のマヤがいない。
あんなに可愛がったマヤ。寝る時も一緒だったのに。
「マヤは?」
妻が優しく微笑んだ。
「極楽では、愛した者とずっと一緒にいられる。でも、愛した者から愛されなかったら、それでも一緒にいられるかしら...?」
妻の顔の皮がずるずる剥がれて、馬の頭が現れた。破れた皮から血が滴って、目玉を赤く濡らしていた。
両親は、牛になっていた。父は母の鼻の穴に、鉄棒を突き刺していた。貫通した棒の先に、モルフォがとまった。口のストローを長く伸ばして、母の体液を吸っている。
俺は了解した。愛した者に愛されないような人間が、極楽になど行けるわけがない。
浄土
何年も前に実家で飼っていた猫が死んだ時に妄想したことです。やっと形になってよかった。