ジョン・スミス氏

「私が新任のアーノルド・チェンです。国民の皆さんよろしくお願いします」
 この国の新しいボスが拾い物の古ぼけたホログラムテレビに映し出され、就任演説をしている。
 チェン新首相はヒューマン派閥の出身のヒューマンである。名前は海外出身を思わせるが、この島国生まれである。何世代か前の先祖が大陸からの移民らしい。
「あの男ね、私は誰が首相になっても驚かないな。私達からすれば、壁の内側の出来事だしね」
 そうぼやいたのはこの部屋の主であるキョウヅカ先生だ。先生は治安の悪いスラム街に移り住んできた自称医師、つまりは闇医者である。しかし、その腕は確かでヒューマンとマシンノイドどちらの身体構造にも精通している。
「先生は自分の国のボスがどんな人か気にならないんですか」
「覚えてもまたすぐに変わるだけさ。忘れたのかい、ウツギ君。アーノルドが首相になる前に首相だった男が居ただろう、ほら、なんて言ったっけ、そうだ、ミヤザワという奴だ。あの人は結局、民意に沿わないって引き摺り下ろされたばかりだろ」
 ミヤザワ・ススムという男は以前から機械人類、マシンノイド派閥出身のヒューマンだった。ヒューマンであるが、マシンノイド系の派閥に居たことでヒューマンとマシンノイド両方の支持にされて首相の地位に上り詰めた人物だ。政治家の家計ではなく労働者階級からの成り上がりという点でも一般市民層からも支持を得ていた。
 そんな彼がどうして首相という地位から退かなくてはいけなくなってしまったか、それは一般の報道メディアによる市民の扇動が原因であったと考えられる。僕はスラム街に居を構えているが、毎朝新聞配達の仕事で壁の内側にある一般市民街にも出かけている。新聞も毎日読んでいて、この国の情勢は気に掛けている方である。
「ミヤザワって確かヒューマンへの傾倒が著しいってメディアが言い出してからあっという間に消えましたよね」
「ミヤザワ氏は本当に中立の立場だったんだよ。実は古い知り合いでね。とても物腰の柔らかい人で、指導者の器かと言われれば、そうでもないんだけどもあの時期は彼が適任であったことは間違いないわね」
 首相に就任する前まで多くのメディアはミヤザワ氏を推していた、と先生は言った。
 しかし、就任した途端、メディアはここぞとばかりにヒューマン派閥とのみ面会している写真を記事にし始めた。その記事に反応したのは市民の情報を伝えるニュースメディアだった。そして、次に火が付いたのはコミュニティサイトを利用する国民たちだった。
「まるで図っていたかのようなタイミングですね」
「そりゃそうさ、波風立たない平和な世の中ではメディア屋さんは仕事にならないからね」私は忙しいのはごめんだから患者は少ない方が助かるけども、と付け加えた。
「先生はこの街唯一のまともな医者ですからね、居てもらわなければ困ります。そのために僕がいるんですから」
「頼もしいね、助手君は。また面倒ごとを引っ張てこないでおくれよ」ホログラムテレビでは、チェン首相がこの国の平和を訴える演説が続いている。「さあ、今度はどう出るかね。新首相殿は耐えられるかどうか」
 キョウヅカ先生はホログラムテレビで演説を一度も見ることなく、黙々とマシンノイド用の腕の部品を整備していた。



 チェン首相が就任してから一週間後、突如辞任の報が市中を駆け巡った。
 またもや、報道メディアがきっかけだった。その日、新聞の見出しは「チェン首相、敵国にマシンノイド提供。奴隷協定締結か」とあった。
 後からわかったことであるが、チェン首相は海外へ職を失ったマシンノイドとヒューマノイド問わず、労働先を斡旋する条約を決めるための会合を開いていただけだった。
 まず新聞の見出しに衝撃を受けた一般国民がたくさんの人目に触れるコミュニティサイトで呟くと、多くの反響があった。実際そこにはどのくらいの民意が存在していたかはわからない。もしかすると、それは操作された投稿であったか知れない。しかし、画面越しにそれを見る人は真実か虚構か見分けることはできない。
 それから数日はチェン氏のプライベートから発言の全てがニュースで取り上げられる日々が二、三日ほど続いた。チェン氏のネガティブな側面ばかりが注目され、いつしかヒューマン、マシンノイド関係なく国民共通の悪の存在が作り上げられたのだった。
 市民の声は大きく膨れ上がっているかのように見え、ついにチェン首相が失脚したのだった。
 誰がなんのためにこんな茶番のようなことが繰り返しているのか。
「まただね、こうなることはわかっていたことだから私はあまり驚かないね」
 先生は冷静に事態を見守っていた。
 ヒューマンを良く思っていないマシンノイド派閥の工作であるのか、それともヒューマン派閥の中にマシンノイド優位思想を持っている者が紛れているのか。僕ら市民、特にスラム街の住人にはわからないことが多い。
 次に首相に任命されたのはジョン・スミスというヒューマンの男性だった。
 ジョン・スミス氏は海外出身の政治家だ。数年前からこの国に移り住んできて、本国と同様に政治家をやっているが、まずまずの支持を得ていてチェン氏の次の首相はスミス氏ではないかという噂もあったほどだ。
「先生、この人はどのくらい持ちますかね」
 僕はキョウヅカ先生に何気なく尋ねた。毎度お馴染みのメディアによる失脚工作はスミス氏に対しても行われることだろう。特にスミス氏はヒューマンでありながらマシンノイド派閥でもあった政治家だ。過去を探せば必ずボロが出る。かっこうの獲物と言えた。
 しかし、僕の予想は大きく外れた。スミス首相の就任演説から一夜明けてからメディアもコミュニティサイトも絶賛で溢れていた。
「ねえ、ウツギ君。少し面倒ごとに君を巻き込んでしまうかもしれないから先に謝っておくわね」
「何ですか、いきなり。先生が僕を気遣うなんて珍しいですね」
 珍しく、キョウヅカ先生はホログラムテレビを見ていた。昨日のジョン・スミス氏の就任演説がニュースで取り上げられていた。もちろん、その堂々とした姿がヒューマンとマシンノイド、双方のコメンテーターから絶賛されている。演説台にはもちろんジョン・スミス首相、そして、ホログラム視野の端には彼の補佐官役を担っているヒューマンの男が控えていた。名前はなんて言っただろうか。
 先生の顔を見た角度のせいかも知れないが、その補佐官をジッと睨んでいるように見えた。
「この人がどうかしたんですか」
「いや、どこかで見覚えがある気がしてね。さて、どこだったか」
 僕が声を掛けたのをきっかけに先生は何かを隠し事をするように取り繕った。そして、我に返って今のことなど忘れてしまったかのようにホログラムテレビから目を逸らした。
 そして、またいつものようにマシンノイド用の部品を整備し始めた。
「ウツギ君、今日は君を診察する日だったはずだ。日が暮れる前に一度君のメンテナンスをしなければいけないね、君の身体は私の特別製なんだ」
 時間は十六時頃にしよう、とキョウヅカ先生が決めた。
 僕の身体の殆どはキョウヅカ・ナツキによって作られている。ヒューマンでもマシンノイドでもない、身体の多くが機械部品構成されてはいるが生まれ持ったままの臓器も備えているからヒューマン寄りのマシンノイドとも言えない。
 キョウヅカ先生は僕をヒューマンとも、マシンノイドとも呼ばない。ただ、半機械人間(ハーフノイド)と呼んだ。

ジョン・スミス氏

ジョン・スミス氏

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-11

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