ノノ

あおい はる

 ノノ、は、ぼくの眼球を、おいしそうとつぶやく系の、ひとである。そういえば、さいきん、すこしばかりにんげん離れがすすんでいることを、ぼくは、だいじょうぶかと指摘して、でも、ノノは、もともとそういう運命だからと、すべてをあきらめているように微笑むばかりだった。朝になると、街は、きのうのことなど忘れ去ったあとみたいに、まっさらとした空気をまとっていた。一日の汚れを洗い流した、という表現も、しっくりくるなぁと思いながら、ぼくは、駅に併設されているコーヒーショップで、コーヒーを買っているノノを見た。ノノは、毎朝、ブラックコーヒーを飲むひとで、にんげん、としての肉体や精神が、失われはじめている今も、からだはコーヒーを欲すのだという。ぼくが、会計を終えて店から出てくるノノに向かって、手を振ると、ノノは、コーヒーのカップを持った方の手を、軽く上げた。いっしょの電車だったんだね、と言うと、ノノは、うれしいね、と笑った。ぼくらは、ノノが、ぼくとおなじ、にんげん、とは、異なる生命体であると知る前から、恋人のようなまねごとをしていて、いまはちゃんとした、恋人である。ぼくらの住んでいる街は、同性愛というものに理解のない、ノノ曰く、あたまのかたいやつらが頂点でふんぞり返っているから、まだまだ、ひみつの関係なのだが。ノノとふたり、駅を出て、通学路を歩き出すと、ノノは、きょうもおいしそうだね、と、ぼくの顔を覗きこんで、物欲しそうにつぶやく。なんだか、指をくわえて羨ましがる古典的な仕草が、ノノは似合うなぁと思う。すれちがった、パンクロックのファッションに身をつつんだ女の子が、歌を口遊んでいた。ぼくらとおなじ方角に向かって歩いているのは、だいたい、おなじ学校のひとたちだ。ノノの気配が次第に、にんげん、ではないものに、確実に、変化していることを、ぼくは、肌で感じとっている。たとえば、そう、野性を剥き出しにする獣と、対峙しているような緊張感、というのか、そういう場面に遭遇したことはないけれど、想像は容易い。ドキュメンタリー番組で観る、サバンナでの光景。
 ぼくはノノの目の前に、じぶんの左手を差し出す。食べたいのならば、せめて、生活にあまり支障をきたさないところから、食べてほしいので。左手。ノノの喉が、ごくりと鳴ったのがきこえた。けれど、ノノはすぐ、静かに首を振って、冗談だし、と笑った。朝の澄んだ街に、歩くひとびとのさまざまな種類の靴音が響いて、夕方や夜とはまたちがったざわめきが、波紋のように拡がってゆく。ノノはまだ、にんげん、で、でも、きっと、近い将来、にんげんではなくなる日がきて、そのときは、もう、ぼくの左手など、迷わず噛みついて、貪り、骨までしゃぶりつくしてしまうかもしれない。
 ノノがコーヒーを飲みながら、きょうのなんの講義がめんどうだとか、学食の日替わりランチの予想などを話しだして、ぼくは、ほっとして、同時に、がっかりもした。

ノノ

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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