泣いていいよ
なにかのための、いのち。ねこのこども、雑踏でふるえていた、夜に、あしたのことを想像するのは、わりと苦痛だった。好きなひとたちとだけ、つきあっていけたらいいのに、でも、好きじゃないひとともやっていかなくてはいけないことくらい、わかっているのは、おとなになったから。高級ブランド店の、ショーウインドーにうつるとき、すこし滑稽、と思う。きっと、一生、じぶんで買うことはないだろう、ファッションモデルしか着られないような、個性的で、ビビッドな色のワンピースを、じっと見つめている、わたしを、まわりのひとびとは、もしかしたら、心のなかで嘲笑っているかもしれないという、被害妄想で、じぶんをかわいそうだと思う行為は、あとから空しくなるやつだ。高校生のとき、おなじクラスに、卯月ちゃんという女の子がいて、その子のひだりうでの、無数の切り傷を盗み見た瞬間の、血が、ざっ、と波のようにひいてゆく感じを思い出す日は、だいたい眠れない。おとなになったから、わかることを、わかるから、それを、あきらめなくてはいけない、とは思っていない。けれど、できない、は、言い訳でしかないなんて、えらそうにご高説垂れる上司ともつきあっていかなければ、仕事を失い、お金は底をつき、家もなくして路頭に迷う、なんてこともありえる、現実とは、わりと、いつでも、紙一重である。
くたびれたビジネススーツ、夜の闇にまぎれる。わたしはいま、顔だけぼんやりと浮いている、幽霊や妖怪の類に変化していないかと、奇妙な不安に苛まれる。ヒールの高い靴で歩きまわった代償。冷えと疲労から最早、神経が壊死したみたいに感覚のない足。不釣り合いな高級ブランド店のショーウインドーの前で、ガラス越しのきらびやかな世界を、羨んでいるわけでもないのに。
いま、ちいさな子どもみたいに、わたし、大声を出して、泣きたい。
泣いていいよ