桜の季節

あおい はる

 テレパシーは、森のなかから。みずうみには、いつも、ねむっているひとがいて、小鳥のさえずりが子守唄の、すこしぬるくなったカフェオレを飲みながら、する、花占いのゆくえ。虫のはう、ゆび。肉体に、生まれたときから刻まれている、ものが、忘れるなと戒めるように、ときどき、酷く熱をもつ。おとうさんという、骨。おかあさんという、形だけのなにか。しろくまが、いやなことは朝になればだいたいどうでもいいことになっている、と云うけれど、だれかが、ぼくのそれをゆるさない。甘やかな頭痛。街との境界にある、教会では、やさしいひとたちのうつくしい歌声が、いつまでも、夜にこだましている。桜の季節になったら、ピクニックに行くこととしよう。ぼくの、どうにも空っぽな、腕を、胸を、脇腹を、そっと撫でながら、しろくまはささやく。昨日、街の本屋さんで買った、写真集の、三十七ページ目を思い出す。知らない国の、知らない山にある、桜の名所。淡いピンクの洪水は、おだやかに、ぼくの視界を染めて、しろくまの体温は、ぼくの、すかすかのからだに、生を与えてゆく。生を受けて、活発になる細胞、誘発されてよみがえる、血肉。まじめに働きはじめる、神経。ああ、にんげんに近づいている、感じ。にんげんとして、生まれたはずなのに。にんげん、というものであることを、ぼくはたまに、忘れるので。まもなく、春。

桜の季節

桜の季節

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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