茜に染まる閑寂な少女の瞳は

灰島 紫

  1. Chapter 1
  2. Chapter 2
  3. Chapter 3
  4. Chapter 4

途中。

普通に魔法みたいな概念が出てきます。

Chapter 1

「壊れた時計?」
 脚立に腰掛け、古びた戸棚をガチャガチャとあさりながら、男は言った。
 戸棚には随分と埃が溜まっているようで、男はマスクをつけて作業をしていた。どうやら、何か探し物をしているらしい。
「あぁ、あったあった」
 探し物が見つかって、漸く、マスクを顎まで下げて店の入り口付近に立つ少年のほうを見る。初めてしっかりと見た男の顔は、穏やかで人当たりのよさそうな青年といったふうだった。
「ちょっと待ってね、今降りるから……おっと」
 脚立から降りようとして、ぐらつく。驚いて支えに行こうと右足を踏み出すが、そのときにはもう男は自ら崩れたバランスを整えていた。
「あはは、ごめんごめん」
 どこか頼りなさそうに笑いながら、男はゆっくり慎重に脚立から降りて、戸棚の隣に置かれているカウンターへ向かう。
 手招きして少年を呼び寄せると、「古くてごめんね」と一言告げ、今にも壊れてしまいそうな木製の椅子を目の前に差し出した。
「すみません、ありがとうございます」
 一言礼を言い、頭を下げてから椅子に腰かける。椅子が軋む音がした。
「それで、時計が壊れてるんだっけ」
「はい、これなんですけど……」
 少年は言いながら、ズボンのポケットから古びた懐中時計を差し出す。
「懐中時計? こんな高価なもの持ってるなんてすごいね。君のご両親のもの?」
「いえ、両親はいなくて……。ただ、家の掃除をしてたら引き出しから出てきたんです」
「そうなんだ、失礼なこと聞いちゃったね」
「いえ、大丈夫です」
 少年は、本当に何も気にしていないというように表情も声のトーンも変えないままに告げた。それよりも早く時計を見て欲しいようで、時計を持つ男の手をじっと見つめる。
「ごめんごめん。壊れてるんだよね? 電池切れとかではなく?」
「はい。時間、合わせたら最初は動くんですけど、いつも5時になると止まるんです。それも、絶対、午後の5時に」
 少しだけ早口になった少年の言葉を聞いて、男は首を傾げる。今まで色んな時計を見てきたが、そんなおかしな壊れ方をする時計は初めてだったのだ。
 少年の顔を見ても、冗談で言っているような様子ではなかった。
「不思議だね……。ちょっと、中見てもいいかな」
「お願いします」
 少年が言うと、男はにこりと笑って懐中時計をいじり始める。その手つきはどこかおぼつかない様子で、少年は不安を覚えながらもその行く末を見守る。
 少しばかし時間をかけて分解を進めていた男だったが、その途中で手を止め、不思議そうに再び首を傾げた。
「あの……どうかしましたか」
 男の顔を覗き込み、これまで表情ひとつ変えなかった少年が不安げな表情を見せる。
「あぁ……うん、この時計ね、電池が入っていないんだ」
「え、でも」
 男の言葉に驚いた少年は、一瞬だけ立ち上がる素振りを見せて、それをやめた。人前で動揺を見せるのが恥ずかしかったから。
「それでね、電池の代わりにこんな物が入ってたんだよね」
 男はピンセットで摘み上げたソレを、アイボリーの布地の上にそっと置いた。
「髪の毛……?」
「うん、多分、そうだと思う」
 少年の前髪とさほど変わらない長さの髪の毛が1本だけ、そこには置かれていた。
「でも、君のではないよね。色が全然違う。もちろん、俺のでもない」
 少年は自分の髪に触れながら頷いた。少年の目の前に置かれている細くて綺麗なシルバーの髪は、暗紫色の自分の髪とは全くの別物だと、言われなくてもわかる。少年の前で首を傾げる男だって、そのひょろひょろとした体躯とは逆に、髪は少し太いし、何より狐色をしていた。
 じゃあ、一体誰の物なんだ。
 2人でしばらく黙って考え込んだ後、先に口を開いたのは時計屋の男のほうだった。
「この時計、しばらく預からせてもらってもいいかな? この、髪の毛も一緒に」
 男は言いながらシルバーの髪の毛を先ほどと同じようにピンセットで摘み上げ、小さなビニール袋に入れた。こちらに「NO」と言わせる気はないらしい。
「こういう不思議な現象って、この街ではたまに起こるんだよ。それで、そういうのに詳しい知り合いに聞いてみようと思って」
「はぁ、なるほど……」
 不思議な現象に詳しい知り合いってなんだろう、と思いながら少年は頷く。
 時計が直るとか直らないとかよりも、一体どうしてその時計がおかしな動き方をしているのか、少年も気になっていたのだ。
「それでね、いつまでに調べられるって具体的には分からないから、定期的にうちに来てもらったり、俺のほうが君のほうに出向いたりしようと思ってるんだよね。だから、名前と住所を教えてもらえると助かるかなって……」
 時計屋の男は少し遠慮がちに少年に尋ねる。少年はそれを承諾した。
「モラドです。住所は──」
 モラドと名乗った少年の口から伝えられる住所を、この街の地図を開いて確認してから、思う。
 この場所、人なんか住んでたっけ……?
「あの、さ、モラドくんってもしかして最近引っ越してきたとか……?」
 疑問に思ったことを言葉を変えて少年に伝えると、少年は質問の意図がよくわからないというふうに首を傾げた。
「いえ、全然、そんなことはないですけど……。どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないんだ」
 下手な笑顔を作ってその場なんとか誤魔化す。そして再び、考える。
 自分の記憶違いだろうか。それとも、この時計に関連して、この少年自身にも何か秘密があるのだろうか。
「あぁ、そうだ。俺のほうの自己紹介がまだだったよね。俺はノエ。実はこの店、親父の店で、俺はまだ手伝いでやってるだけなんだよね……。でも、引き受けたからにはちゃんと仕事するから、任せてよ!」
 ドーンと胸を張るノエに、やはりどこか頼りなさそうな印象を受けたが、なんとなく彼なら最後まで仕事をこなしてくれるだろうという気もした。
「あ、そうだ、支払いの話なんですけど……」
 なんとなく話が終わりそうな雰囲気だったのを、モラドが現実的な話で引き戻す。ノエもその話にはっとしてカウンターの引き出しを開けて日頃父が行っているのであろう料金設定について調べ始めた。
「えっと……うーん……。ごめん、特殊な事情だから、すぐには決められないや……。親父にも相談してみて、調査を進めてみて、それから決めるんじゃ駄目かな……?」
 不安げにこちらを覗き込んでくる眼前の男に、思わず漏れ出しそうになる溜め息を飲み込んで、モラドは相変わらずの無表情のまま頷いた。
「本当? ありがとう! できるだけ安くできるように頑張ってみるから!」
 言いながらノエはモラドの右手を握手をするようにぎゅっと両手で握る。
 どうして僕よりも時計屋のこの男のほうが嬉しそうにしているんだろうと疑問に思いながらも、モラドはその手を振り解くことなく、「よろしくお願いします」とだけ彼に伝えた。

*

 モラドが店を出てから、ノエはふぅ、と一息つく。店内の時計を確認すると、時刻は午後4時30分頃だった。
 ──いつも5時になると止まるんです。それも、絶対、午後の5時に。
 モラドの言葉を思い出して、ノエはモラドから預かった時計を再び組み立て直す。中から見つかったシルバーの髪の毛は中に入れず、元の形に戻った古びた懐中時計を、今の時刻に合わせる。
「…………あれ」
 動かない。電池の入っていない懐中時計が動かないことなんて当たり前なのだが、モラドが持っているときが動いていたというのだからおかしな話だ。
 組み立て方を間違えたのかと思い、もう一度中を開いて確認するが、そんなことはなかった。
「やっぱり、コイツが何かしてるのかなぁ……」
 ノエは自らビニール袋に入れたシルバーの髪の毛を眺める。
 開いたついでだと思い、もう一度その銀髪を時計の中へと収めてみる。
「これで動いたら、この時計にとっての電池はコイツってことになるよなぁ……」
 言いながら時計を元の形に戻して時刻を合わせると、モラドの言っていたように、確かに時計は動き始めた。
「別に疑っていたわけじゃないけど……本当に動くんだ……」
 銀髪を中に仕込んだ懐中時計は、今確実にノエの手の中で時を刻んでいた。
 分針が一定間隔で進むのをぼーっと眺める。こうして見ていると、少し古いだけでどこもおかしいところがあるようには思えない。
「あ……そういえば、もうすぐ5時だ」
 本当に止まるんだろうか、と思いながら、静かにじっと懐中時計を見つめる。
 そして午後5時。時計店の外壁に設置された大きな時計が5時を知らせるチャイムを鳴らす。
 それと同時に、ノエのいる室内に西の窓から一瞬だけ夕陽が強く射した。
「うわっ」
 驚いて目を細めるも、眩しかった時間は本当に一瞬で、すぐに目を開いて手中の懐中時計を見る。モラドの言う通り、確かにその時計は午後5時で動きを止めていた。
 やっぱり、この時計には何かある。やっぱり、彼女に尋ねるのが一番だろう。
 再び時計を分解して、中の銀髪を先ほどのビニール袋に入れ、時計を組み立て直す。今日1日だけで一体何度この時計の解体と組み立てをするんだろうと笑いながら、ノエは席を立つ。
 店を出て施錠をして、扉にぶら下げられた「OPEN」と書かれた看板をひっくり返して「CLOSE」にする。
 向かうのはこの時計店の丁度向かいに位置する、廃墟とも取れる古びた建物だ。何の建物かと問われると、何度も通っているノエでさえ首を傾げるが、この建物は何かの店らしく、店主曰く「なんでも屋」だそうで。まぁ、今日はそこの店主に用があるわけではないのだが。
 そのなんでも屋へ向かおうと足を1歩踏み出したところで、ノエは気付く。
「そういえば、うちの店に西日なんて射すこと、あったっけ……?」

Chapter 2

「こんにちは……」
 なんでも屋の扉をゆっくり開くと、扉はギイィと不気味な音を立てる。
 ノエはおずおずとその中を覗き込むと、その中は相変わらず薄暗くて埃っぽい。室内には天井まで届くほどの本棚が並んでおり、その本棚にはこの街の図書館でも見たことがないような書物が雑多に並べられていた。
 扉が開いているということは中に誰かいるはずだと思い、中に入って扉を閉める。
 瞬間、扉の左手側に置かれた低めのカウンターの奥から声が聞こえる。
「あっ、お前! またリーラのこと誑かしに来たのか!」
 ノエは突然聞こえた大きな声に肩をびくつかせながらも、声のした方向に視線を向ける。そこには、左手でマグカップを持ち右手でこちらを指差す、男性とも女性ともとれる中性的な顔をした人物が立っていた。
「ファルベさん。違いますよ。リーラさんに用があるのは本当ですけど……」
「お前みたいな頼りなさそうな男に、私の大切な妹はやらないからな! あ、コーヒー飲む?」
「ちゃんともてなしてはくれるんですね……」
 自分のことを目の敵にしているのか何なのかよくわからないファルベの言動に肩をすくめるも、「じゃあ、いただきます」と言いながらノエはカウンター前の椅子に腰かける。
 ファルベがカウンター奥の小部屋へ消えたのを確認してから、ノエは再び店内を見渡す。
 店の天井の隅には蜘蛛の巣が張っており、衛生環境はとても良いとは言えない。広い店内の天井に1つだけぶら下がる照明は頼りなく、その周辺の狭い範囲だけを照らしている。部屋全体を照らすほどの力はないために、店内は薄暗く不気味な雰囲気を醸し出していた。
 それでも、ノエはこの空間が好きだった。理由はわからない。単に図書館では読めない珍しい本が読めるのが楽しいだけかもしれない。見たこともない色褪せた分厚い本を手に取る瞬間はわくわくするし、中身を読んで期待を裏切られたこともない。家業の都合で学校へ通えなくなったノエにとって、新しい知識を身につけられるこの場所は学び舎と言っても過言ではないのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、カウンターの奥からファルベが新しいマグカップを持って戻ってきた。その後ろには眠そうな目をした少女が1人。ノエは、この少女に用があるのだ。
「ほら、お前が用があるって言うから連れてきてやったぞ。仕方なく、本当に仕方なく!」
「ファルベうるさい」
 リーラがファルベを睨むと、ファルベは落ち込んだように騒がしかった口をぐっと噤む。本当に分かりやすい人だ。
「それで、ノエがわざわざ私に用事ってなに? 珍しいね」
 淡々と問うリーラの言葉に、口をつけかけたコーヒーをカウンターに置いて、ノエは用を話す。
「実はちょっとおかしな出来事というか、物があってね。リーラさん、そういうのに詳しいでしょ? それで……」
「待って」
 ノエの言葉を、リーラが遮る。
 リーラはちらりとファルベのほうを確認した。ファルベはリーラからの視線に気付くと「ん?」とにこりと笑った。
「ごめんノエ、場所、変えよう」
「え、うん、わかった」
 一度腰かけた椅子から立ち上がると、リーラはそのままカウンターを飛び越えノエのいる側へやってくる。気だるそうにしているその様子からは想像できないくらいの、軽い身のこなしだった。
「あっ、リーラお前またそんな横着して!」
「うるさいな。ちょっと出かけてくるから。行こ、ノエ」
 相変わらずファルベに冷たく接するリーラに苦笑いしながら、ノエは促されるままに店の出口へ向かう。
 ファルベはカウンターから身を乗り出し、店から出て行こうとするリーラとノエに声をかける。
「あんまり遅くなっちゃ駄目だからな! ノエも私の妹に変なことするんじゃないぞ!」
「ファルベ、本当にうるさい」
 店から出て、ファルベのほうを振り返りながらそれだけ言うと、リーラは冷たく扉を閉めた。店内からはファルベの「反抗期か!? 反抗期なのか!?」と叫ぶ声が外にまで聞こえてきていた。
「ファルベさん、大丈夫?」
 少しだけ心配になって、リーラに尋ねると、リーラはうっすらと笑いながら「いいの」と言った。その様子を見て、別にリーラはファルベのことを本当に煩わしいと思っているわけではないんだろうなと、ノエは思った。
「ところで、どうして場所を変える必要があったの?」
 店を出て、この街で一番大きな広場へ繋がる大通りを歩きながら話をする。
「私、ファルベの前では普通の女の子だからね。おかしな事象について私が詳しいってこと、ファルベに知られるわけにはいかないんだよ」
 ノエの質問に、リーラはどこか苦しそうな表情をしながら答えた。
「そうなんだ……。ごめんね、知らなかった」
「言ってなかったんだから知らなくて当然だよ」
 先ほど自分の店に来た少年と同じく、何も気にしていないようにリーラは言った。最近の若い子は強かなんだなあと、自分の目の前を歩く少女と先ほどの少年を思い浮かべて考える。ノエ自身だって、彼らと大して変わらない歳であるのに。
「それで、どこに向かってるの?」
「気になる?」
「え、うん……」
 いつものように淡々と素直に答えてくれると思っていたリーラからそんな言葉が発せられて、ノエは少し驚く。
 リーラは身体ごとノエのほうへ振り返って答えた。
「私たちの秘密基地」
 西からの逆光でよく見えなかったが、それだけ答えたリーラはどこか楽しそうに笑っていたように見えた。
 ファルベのいるあの空間では見せたことのない表情にノエは少しドキドキしながらも、平静を装う。
「リーラさんたちの秘密基地かぁ……そんなところに俺が行っちゃっていいの?」
「うん、今回ノエの持ってきた案件にはぴったりの場所だからね。まだ内容聞いてないけど」
 先ほどの弾んだ声と笑顔が夢だったのかと思うほど、リーラはいつものように淡々と告げた。
 ん……? 私、たち……?

Chapter 3

 リーラに連れてこられたのは広場の北側にある市場の前に道幅の狭い階段の先。広場の西にかかる橋のちょうど真下だった。
「ここが秘密基地……?」
「まさか。ほら、ここ」
 だだっ広いだけで何も置かれてすらいない空間が秘密基地だとでも言うのかと疑問に思いながらリーラに問うと、僅かな失笑と共にリーラが橋の南側を指差す。そこには、古びた木製の扉が1枚置かれていた。
「え、なにこれ……こんなの、あったっけ……?」
 生まれたときからこの街に住んでいる自分でさえ見たことのないその扉の存在に動揺する。普段あまり通ることのない道であるし、自分以外の人間だって滅多にここを通ることはないだろうが、それにしたってこんな扉の存在は聞いたことがない。それをどうして、この街で生まれ育ったわけでもない彼女が知っているのだろうか。
「この先、本当は存在しない部屋があるんだよ」
「え?」
 リーラの発言を理解できていないノエに、リーラは見せたほうが早いと思ったのか、ポケットから鍵を取り出す。
「これ、この部屋の主が作ったものなんだ。この鍵が近くにあると、この部屋が見えるようになるの」
 リーラの持つ鍵は透明なガラス細工のようなもので、普通の人間の想像する鍵とは少し違う特殊なものだった。
「まぁ、理解できなくても仕方ないし、何も不自由ないからいいよ。とりあえず早く入ろ。他の人に見られるのも面倒だから」
 言いながらリーラは木製のその扉を開ける。特に鍵穴などはなくて、リーラの取り出した透明な鍵は本当にこの扉の存在を知らせるための物のようだった。
 何も理解できないまま開かれた扉の中へ入ると、そこには下へ降りる階段のみがあって、ノエは後ろに立つリーラに急かされてその階段を下っていく。
 蝋燭の灯りだけで照らされた狭い階段を下りきると、そこにいたのは大きなホールケーキを1人で頬張る幼い少女だった。
 少女のいる空間はとても狭く、人1人がご飯を食べて眠るだけのスペースしか用意されていなかった。
「む。なんなのさコイツは。リーラの友人か?」
 ノエの姿と、その後ろのリーラの姿を確認してから、少女は言った。そして、頬についたクリームを気にもせず、ケーキを頬張るのを続ける。
「うん、まぁ、そんなとこ。ノエ、この人がこの部屋の主のソルだよ」
「あ、はじめまして……。ノエです」
「ほーん……。なんだか頼りなさそうな男さ。そいで、わざわざリーラが連れてきたってことは、なにか特別な事情があるってことか?」
 猫のような目つきでこちらを観察する独特な口調の少女にしどろもどろになるノエに代わって、リーラが説明する。
「変な出来事があったって私のところを訪ねてきたんだよね。それで、ファルベの前じゃ話せないから、ここに来たってだけ」
「なんなのさ、ここは僕の家だぞ」
 頬を膨らませてぷりぷりと怒る様子がなんだか可愛らしくて、ノエは思わず笑ってしまう。
 それを不愉快に思ったのか、ソルはぎろりとノエを睨みつけた。
「ご、ごめんなさい……」
 自分より遥かに小さな少女に委縮している自分を情けないと思いつつも、この部屋の持ち主の機嫌を損ねるわけにもいかない。大人しくしていなければ。
「ソルが怒っても怖くないよ。それに多分、ソルが聞いてもそんなにつまらない話じゃないと思うんだ。まぁ、まだ私も話を聞いたわけじゃないんだけど」
「相変わらずリーラは適当なヤツさ……。まぁいいよ、話を聞いてやろう」
 頬についたクリームを漸く舐めとって、ソルはその場にふんぞり返る。
 リーラは何も言わないままソルのベッドに座り、ノエは座る場所もないので立ったまま話を始めた。
 自分の店にやってきた少年が持ち込んだ、午後5時で必ず止まる古い懐中時計、中から出てきたシルバーの髪の毛の話を順を追って説明する。初めはさほど興味のなさそうなソルだったが、話が進むにつれ、だんだんと体が前のめりになっていくのがノエにもわかった。そして、それとは対照的に、リーラは考え込むような仕草を見せていた。
「……て感じなんです。あ、あと、これは関係あるか分からないんですけど、その午後5時ちょうど、いつもは射さない西日が、店内に強く射したんですよね」
 ノエが話を終えると、室内はしんと静まり返る。
 そして、少し時間が経ってから、リーラが重々しく口を開いた。
「それ、本当に西日?」
「え……? うん、多分……。西の窓から射したように感じたよ。一瞬だったし、眩しかったからよくわからないけど……」
 そう答えると、再び沈黙の時間が流れる。
 その沈黙を破ったのは、どこからか聞こえてくるカサカサとしたビニールの音と、ソルの声だった。
「ま、これだけの情報じゃ何も分からないさ。店にやってきた少年の特徴をもう少し詳しく教えて欲しいのさ。そこがどうもにおうのさ」
 ソルは小さなビニールの包みの中から飴玉を1つ取り出し、自らの口へ放ってそのまま喋る。飴玉のおかげで少々甘くなった滑舌は、元々甘ったるいソルの声を更に甘くさせる。
「えっと、モラドって名前の子だった。多分、リーラさんとそんなに歳は変わらないんじゃないかな……。あと、住んでる場所がどうもおかしくて……」
 モラドに住所を教えてもらったときの違和感を口にする。2人がぴくりと反応したのが分かった。
「おかしいって、どうおかしかった?」
 リーラに問われ、ノエは自分の服のポケットを片っ端からあさって、頭を抱える。地図を持っていなかった。仕方ない、口頭で説明しよう。
「実は、リーラさんがこの街に来るよりも何年か前に、この街のある地帯で火事があったんだ。その火事以降その地域には誰も住んでいなくて。ただ、モラドくんはその火事の出火元だと言われている家に住んでるって言うんだよね」
「確かにリーラがここに来るようになるより前に火事はあったな。僕は幼かったからそのときの記憶はあまりないのだけど、話を聞くに、やっぱりその少年はおかしいのさ」
 ソルが飴玉を口の中で転がしながら喋る。
「ねぇ、どうしてその地域に誰も住まなくなったか、その理由は覚えてる?」
 リーラが尋ねる。
 そういえばどうしてだったっけ……。ノエは当時の記憶を遡り始めた。
「出火元だって言われている家に誰も住んでいなくて、出火原因が何かも分かっていない……から、だったような……?」
 誰かにそう答えろと言われたような気がして、ノエは言葉を発する。
 実際は、轟々と燃える炎を思い出すことはできるのに、それ以外の情報が何も出てこない。まるで、思い出した当時の炎に記憶がチリチリと燃やされていくような感覚さえした。
「やっぱり、記憶は曖昧なんだね」
「ご、ごめん……」
 いつもの調子のリーラに言われ、申し訳なくなって頭を下げる。だが、リーラはそれを制して「それでいいの」と告げた。
「こういう事象はよくあることなんだよ。人間の記憶が都合の良いふうに書き換えられるのは、よくあることなの」
 ここへ来る道中、ファルベの話をしたときのような苦しそうな表情を見せて、リーラは言った。
 ノエは何のことだかわからないといったふうに首を傾げる。
「ま、どちらにせよ今回の問題の解決は難しいのさ。リーラがこの街にいない間に起こった出来事なんて、解決の仕様がないのさ」
「そんな……! ソルさん、もう少し協力してくださいよ……!」
 やる気をなくしてしまったのか、ソルはノエのほうを見向きもせず、今度はチョコレートの包み紙を雑に開き始めた。
「協力と言われたって、何の報酬も無しで働かされるこっちの身にもなってほしいのさ」
 やれやれと言うように肩をすくめ、ソルは板チョコにかじりつく。
 その様子を見て、ノエは閃く。
「あの、もしかして、甘い物がお好きですか?」
「そうだけど……それが、なにさ」
 怪訝な表情を浮かべながらも、その次に続く言葉を期待してか、喉がごくりと鳴る。
「問題の解決に協力してくれたら、お礼にたくさん甘い物をご馳走しますよ。大通りのケーキ屋の限定メニューだって入手することも可能です」
 ここに来て突然人が変わったように弁舌をふるうノエに圧倒され、更に甘い物の誘惑に負け、ソルは「ぐぬぬ……」と悶えながらも結局は協力することを承諾した。
「問題の解決は難しいとは言ったけど、全く心当たりがないわけではないのさ。リーラと僕の友人に、バランサってヤツがいるのさ。ソイツがどうもにおうのさ」
 再びやる気を取り戻したソルは、生き生きとした様子でノエに告げた。初めて聞く名前だった。
 どうも、この街のはずれで1人で静かに暮らしているらしい。人前に出るのが苦手なために、滅多に外には出てこないそうだ。
 バランサさんには申し訳ないけれど、問題解決に協力してもらおう。そう思い、チョコレートを片手に立ち上がったソルと共に外へ出ようとすると、リーラから声がかかる。
「知らないでいることのほうが、幸せなことだってあるよ」
 いつもの、淡々としていながらも強気な様子の彼女とは違った。俯いていて表情はよく見えないが、やはり声はどこか苦しそうだった。
 なんだか、今日の彼女は度々様子がおかしい。
 ノエがよくわからないままオロオロしていると、ベッドに座り込んだままのリーラをソルが肩肘で小突く。
「はぁ……こうなると思ったから引き受けたくなかったのさ。でも、僕が引き受けてしまったのだからリーラも道連れなのさ。ぐだぐだしてないでさっさと向か……いたいところだけれど、今日はもう帰るのさ。早く帰らないとリーラの保護者がうるさいのさ」
 ソルの言葉を聞いてハッとする。そういえば自分が自分の店を出た時点で5時を過ぎていたんだ。そろそろ外が完全に暗くなっていてもおかしくはない。
「ソルさん、ありがとう。また明日、リーラさんと一緒にここに来ますね」
「にゃはは。明日は早速限定のケーキが食べたい気分さ。待ってるさ」
 八重歯を見せてソルが笑う。ひらひらと手を振るソルを背に、ノエは俯いたままのリーラの手を引いて外へ出た。

*

 外へ出て、扉が見えなくなる位置まで黙って移動して、歩みを止める。
 普段から決して口数が多いわけではないリーラだが、今回はそれとはわけが違う。なんと声をかけるべきか悩んでいると、リーラのほうから口を開いた。
「人間の記憶が都合の良いふうに書き換えられることはよくあるって言ったでしょ?」
「え? うん……」
 そういえば、さっきソルの家でそんなことを言っていた。そのときは何を言っているのかさっぱりわからなかったし、今も正直よくわかっていないけれど、それがリーラを苦しめているのだろうということはさすがのノエにも察することができた。
「この世界にね、神様って本当にいるんだよ。私はその神様に好かれたのか嫌われたのか、それとも人間じゃないのか、よくわからないけど……」
 最後まで言い切ることなく、リーラは口を閉じた。
 もしかして、リーラは、忘れるようにプログラムされた出来事を全て覚えたままでいるのだろうか。と、そこまでのリーラの話を聞いて思う。でも、途中で喋るのをやめたリーラにそんなことを聞けるはずもなく、ただ黙って2人並んで帰路に着く。
 お互いの店の前まで辿り着き、ノエが「また明日」と言うと、リーラも「また明日」と同じく言った。良かった、協力はしてくれるみたいだ。
 リーラが店の中へ入っていくのを見送ってから、ノエも時計店に隣接した自分の家へ入った。

Chapter 4

 

茜に染まる閑寂な少女の瞳は

茜に染まる閑寂な少女の瞳は

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-02-04

CC BY-NC-ND
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