やり返し

とあるいじめられっ子がいた。学校の悪漢らに毎日のように殴られ、金を巻き上げられ、言葉による暴力もたくさん受けていた。
いじめられっ子には幼馴染がいた。その幼馴染は彼がいじめられているのを知っており、度々彼を助けていた。ある日、いじめられっ子と幼馴染が放課後一緒に作業をしていると、幼馴染のひょんな一言で、いじめられっ子は逆上してしまった。
幼馴染は思った。
『部活には入らないの?って。ただ、そう訊いただけなのに』
いじめられっ子は泣いて幼馴染に謝罪を求めた。
「謝れ!いじめられてる僕が部活に入りたいなんて思ってんのが面白いんだろ!でも入れるわけねえだろ!僕が部活に入ったらアイツらは部活仲間ごと巻き込んでいじめにくるに決まってる。何でそれがわかんねんだよ!」
「で、でも部活には入りたいんだろ。入りたい、でいいじゃんか……」
いじめられっ子は怒りに任せて大粒の涙を流した。そして、呪うように自分の不遇を語った。
「どうしてターゲットが僕なんだ……どうして」
「あ、あのさ。俺もいるから、大丈夫だって」
「ちがう!お前は僕の敵だろ。どうせ部活に入れない僕を嘲笑って今そう言ったくせに!お前もアイツらの仲間だろ、どうせそうなんだろ…!」
「はあ? ちげえって、そんなわけねえじゃん!」
「そうやって声を荒げらなくたっていいだろ!あー、お前も僕をいじめるんだな。そうだ。絶対」
「だから、もう違うって言ってるじゃん。俺はずっとお前がいじめられてんの助けてきたつもりだよ? なのに何で……」
「そうか!今まで助けてきてやったんだから、俺は偉いって? そうだよなあ!僕は弱いから、ずっと助けられてきました。はい。どうもありがとうございました!」
幼馴染は言葉を失った。今、自分が加害者にさせられてしまった気がした。
「だからちげえって!」
幼馴染は思わず強い口調で言い返した。するといじめられっ子は、さっきとは打って変わり、波が引いたように静かに泣き始めた。
「怒鳴る……ことないだろ……、やめてくれよアイツらにいじめられてるみたいで……」
「……え?」
「こええよ……」
怖い?
幼馴染は困惑した。誤解を解こうにも、どこから切り込めばわからなかった。
「……え? いや、そうじゃなくて……、元はと言えばお前が俺を敵だとか言い出したから」
「そう。僕が悪いんだ。ぜーんぶ、僕が」
待って、待ってくれ。幼馴染は自分が加害者側に立つのは初めてだった。意図せず、ずっといじめから助けてきた人間の、加害者になった自分を許せないと思った。
でも、どうしたらいいかわからない。とりあえず、これだけはと思った。
「…ちがうよ。お前が悪いんじゃないから」
「いや。僕が悪いんだ。ずっと守ってくれた君を敵扱いした僕が」
一筋光が差したと思って幼馴染は顔をあげた。
「君の手を煩わせた僕が…全部悪い」
その言葉で、光は消えた。
「もう嫌になったんでしょ。だから部活に入らないの、なんて訊いたんだ」
「き……決めつけんなよ」
「じゃあどういう意味で?」
いじめられっ子は自嘲するような笑みを浮かべた。
「た、ただ俺は話として訊いただけで」
「ふうん。僕のいじめを一番近くで見ていた君が、随分デリカシーのない発言をしたね」
「……あ」
えもいわれぬ不快感が幼馴染を襲う。傷つけるつもりは毛頭なかったのに。
「まあそれが君か。気づけなかった僕が悪い」
「……ちがう。悪くない…」
「じゃあ、誰?」
幼馴染は胸が苦しくなった。ちがう、そんなつもりはなかった。だけど、きっと。
「俺が悪かった」
「……何で泣くの?」
無意識に幼馴染は泣いていた。怪訝そうにいじめられっ子は幼馴染の顔を覗く。
「僕が泣かせたみたいだね」
「ちがう、あの、これは何で……」
「やっぱり僕が悪い。全部、僕のせいだ」
「もうやめてくれ……もう、お前のせいじゃない。それは絶対だから。やめて。……俺が全部悪い」
「そこまで君が落ち込むことないよ。それに、君は僕の敵なんだから。アイツらと同じね」
涙はとめどなく頬を伝った。幼馴染は、もはや誤解を解くことすらしようとしなかった。
「……とにかくさ、お前はなんにも悪くないから。悪いのは俺。…だから、もう自分を傷つけるのはやめて」
「敵である君に言われる筋合いはないよ。君に言われることじゃない」
いじめられっ子は怒ったようにイスから立ち、教室をあとにした。幼馴染は、頭を垂れることしかできなかった。

やり返し

やり返し

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-02

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