ミッション
夏の午後、僕は必死に逃げた。
走れ。はしれ。走れ。
まだ陽が高い公園の中を全力で走る。
見つかるな。逃げろ。隠れろ。
そう呟きながら、ふと目にとまった木に駆け寄る。
足をかけられそうな、手頃な位置に枝が伸びている。幹の太さも申し分ないし、葉も十分に茂っているから、きっと身を隠してくれるだろう。
さっと周りを見渡して、近くのに誰もいないことを確認する。
木登りはもう慣れたもので、あっという間に葉茂っているところまで到達。
木の真下から見上げなければ、まさか自分がこんなところにいるなんて気付かないだろう。
…でも、あいつには見つかってしまうかもしれない。
そう考え始めたら、一気に怖くなってきた。
あいつは僕の匂いですぐにここに気づいてしまうんじゃないのかな。ひょっとして、たくさんの仲間を呼んで来てるかも。
いや、むしろ、あいつはもう僕の居場所なんか気づいていて、じわじわと僕に迫っているんじゃないのかな。
いろいろな考えが頭をよぎる。
落ち着け。落ち着け。
もう少し安定した枝に座ろうとして、上の枝に移る。
その拍子に木全体が揺れる。
やばい。見つかる…!
ちょうどその時風が吹いて、木の葉をゆらした。
よかった。もしあいつがこの木を見ていたとしても、きっと風のせいだって思うだろう。
僕は今日は運がいいかもしれないぞ。
もし、あいつが僕の匂いに気づいていたらどうしようかな。
いや、大丈夫。
さっきお昼を食べに帰ったとき、汗だくだったからシャワーを浴びたんだ。
きっと僕の匂いは、あの石鹸の匂いに代わって、あいつは僕の匂いだって気付かないぞ。
そうだ。あいつは石鹸の匂いが嫌いなんだ。だったら石鹸の匂いの僕のところには来れないな。
でも、あいつがたくさんの仲間を呼んできてたらどうしようかな。
いや、大丈夫。
あいつの仲間はあいつとおんなじだろうから、僕の匂いはまず分からない。
それに、大勢で来たって、僕は午前中に作った砂場の落とし穴に落っこちてしまうだろうな。
あいつらは足元をあんまり見ないんだ。
大丈夫。見つからない。
少し気が大きくなって、ふと下を見る。
結構高く登ってきたつもりの地面は案外近い。
これは、もしかして、真下からじゃなくても、僕のことが見えちゃうじゃないのな?
「みつけたー!」
少し遠くからそう叫ぶ声がした。
びくっとして、思わず身を縮める。
あいつらか?やっぱりここはだめだったのか?
鼓動が早くなって、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
さっきまで聞こえていたセミの音だって聞こえない。
やばい。
もしここで見つかったらもう逃げ場はない。
目をぎゅうっと閉じる。
見つかりませんように。
「みーつけた!これで全員見つかったから次は鬼ごっこにしようよー」
僕の隠れる木の下をそういって女の子が通り過ぎる。
良かった。
あいつらじゃなかった。
全く、お子様はのんきでいいな。かくれんぼなんて。
僕は命がけで隠れてるっていうのに。
そういえば、あいつの声はどんな声なんだろう。
低い声?高い声?
子供の声?大人の声?
まだその声を聞いたことないけど、きっと恐ろしい声をしているに違いない。
聞いたとたんにあいつって分かるような恐ろしい声をしてるんだ。
あいつの声を聞くために、僕は一生懸命に耳を立てる。
いつの間にかセミの声に代わってひぐらしがないている。
夕暮れが近い。
日が暮れてしまえば、僕よりあいつの目の方が見えやすくなる。
早くもっと安全な場所に移動しなければ。
でも、この木を下りた途端にやつらに見つかる気がして、動く勇気を出せない。
気づけば、公園で遊んでいたはずの子供たちの声も聞こえなくなり始めている。
あぁ、日が暮れてしまう。
もっと安全な場所に隠れなきゃ。
昼より夜の方が好きなあいつは、もっと仲間を集めてくるぞ。
逃げなきゃ隠れなきゃ。
とりあえず、屋根と壁のある隠れ家を探そうとおもい、ゆっくり木を下りる。
どうかあいつに見つかりませんように。
あと1メートル。
降りたとたんにあいつらが追いかけてきたらどうしよう。
あと50センチ。
地面に着いたら思いっきり走るしかない。
あと30センチ。
靴ひもはほどけてないかしら。
あと10センチ。
よし。走るぞ。
あと5セン「みつけた!」
びくっとして後ろを振り返れば、お母さんが妹を抱いて公園の入り口に立っていた。
良かった。
今日もミッションクリア。
「けいた、また1人で遊んでたの?そう君たちとも遊べばいいのに。」
お母さんと手をつなぐ帰りみち。
大人と一緒にいればあいつはもう来ないいんだ。
「遊んでたんじゃないよ。僕はミッションがあったんだ。」
そう言ってぎゅっと手を握りかえす。
「はいはい。帰ったらちゃんと部屋の掃除もするんだよ。」
「分かってるよー」
夏休みはまだ始まったばかり。
明日はどんなミッションをやることにしようかなー。
僕の隠れていた木のすぐ近くで、黒い影が残念そうに夜の入り口に消えていったことに僕は気付かなかった。
Fin.
ミッション
初書きなもので、まとまりないし、内容も薄っぺらなものになってしまいました。
読んでいただきありがとうございました。