高山日記

 高山駅を出ると、目の前に鉄道と並行するように国道百八十五号線がある。

 北へ向かってやや歩くと国分寺東と名された交差点があり、そこで国道は右に折れ、街中を流れる宮川を通り、その道は長野県の松本へと続いてゆく。賑やかな商店街となっているその道を歩いてゆくとその途中、鍛冶橋と呼ばれる交差点に差し掛かり、そしてその直ぐ近くに一軒のアクセサリーのお店が見えてくる。

 高山へ行くようになってから七年くらいの歳月が経っているが、高山を訪れるとそのお店に足を運ぶのはもはや恒例行事だ。店内に入ると多種多様な天然石やアクセサリー類が店を飾っている。若い女性のお客さんが多いのはいつもの光景である。アクセサリーの類というものにハマる切っ掛けをくれたのはこのお店を訪れたことがきっかけだ。

 中々、思うようにならない日々を送っていた時に気分を一新しようとして飛騨高山観光をしようと思い立ち、高山市内を歩いていたらこの店に辿りついていた。店内の壁にはネックレスが一面に、部屋の中央各所に用意されているテーブルにはブレスレットが所狭しと並べられており、キラキラとした空間はその場所にいるだけで私の凝り固まった気持ちを和らげてくれた。

 いつものように店内でアクセサリーを物色していると背後から声がかかる。

「いらっしゃいませ……あれ~、何処かでみかけたことのあるお客さんやなぁとおもたら」
 振り返ると、そこには見覚えのある女性が。
「また、来ちゃいました」とこちらが答えると、
「いや~、ホントにいつもありがとうございます~」と彼女。
 アクセントの響きが関西風とはまた少し異なり、何処か京言葉風のニュアンスにも近い、柔らかな印象が伝わってくる。
「もう、随分と長くこちらにいますよねぇ」と私が尋ねると、
「はい! もう五年になります」と明るい声が返ってくる。

 そこからしばし雑談が始まる。
 彼女は住まいの有る下呂から電車で高山にあるこの店へと毎日通っているのだとその時初めて知った。年に一回、高山を訪問するようになってから彼女と会うのは五回目にもなるのかと思うと月日が経つのは早いものだなぁなどと感じていた。丁度、ユネスコの文化遺産登録が済んだところで春の高山祭と秋の高山祭で市内を巡回する山車全てが先日まで街を練り歩いていて、五十年に一度見られるかどうかというお祭りがあったんですよという話を聞いて少々悔しく思ったりもしたがそういう話もまた一つの興味深い思い出になるのがいい。

 彼女がフッとこんな事を言う。
「私、小さい頃から変わった石や綺麗な石を集めるのが好きなんで、ずっとそういう石を並べては部屋でニヤニヤしてたんですよねぇ」と。
「だったら、まさに天職だよね!」とこちらが応じると、
「そうなんですよね!」と笑顔交じりに答えていた。

 午後を少し回り始め、街には観光客の人影があふれ始めた。
 お店の方でも次々とお客さんが訪れ始め、店内が慌ただしくなったせいもあって、
「チョット忙しくなってきたみたいで。ゆっくりしていってくださいね」と軽くお辞儀をして、何処か愛嬌がある後ろ姿を残して去ってゆく彼女は五年前の少女の面影を僅かに残しながらも、一人の女性の姿を映し出していた。

 "イキイキしている人と言うのは、あのような人のことを言うのだろう"と素直にそう思った。
 思うようにならない日々を迎えていた私にとってはその姿が新鮮だった。


 人の思いとは目には見えないもの。
 だがそれらは何かしらに込められ、形となった時に現れる。
 思いとは内に大事に秘めているだけではダメなのだ。
 自ら進んで開示をしてゆかぬ限り。

 それは宝石と同じように削って、磨いてを繰り返して白日の下に晒した時に初めてその輝きが人目に触れることになる。
 その勇気が無い人にはその切っ掛けとしてほんのちょっと支えてくれるものがあるだけでもいい。

 そんな私が今回惹かれた『アマゾナイト』。
 青緑色の輝きが私を導いてくれるような気がした。

高山日記

高山日記

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-02-01

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