茸の焚火―茸書店の物語4

草片文庫(くさびらぶんこ)

茸の焚火―茸書店の物語4

茸の不思議な話です。縦書きでお読みください。


 今日は三省堂に寄ってプレゼントを探した。神田の三省堂には、本だけではなく鉱物、化石や実験用のガラス器具、それに万華鏡など、理系がかった人間には気持ちの惹かれるものが置いてある。甥っ子が小学校に入ったものだから、ちょっと記念の玩具と思って寄ったのだ。見ていたら自分がはまってしまって、たくさん並んでいる万華鏡を全部見てしまった。それで、午前中は終わってしまった。ともかく、万華鏡を一つ買うと、ランチョンに行った。今日のランチはサーモンフライに、チキンのソティーだった。ソティーにかかっているソースは、かなり美味しい。
 その後に、草片書店に寄った。よく考えると、今日は七日なので、次の語草片はまだ出ていないはずだ。笑子さんが店に入った私を見て、いらっしゃいませと小声でお辞儀をした。店には三人ほど若い女の子が茸の文学のコーナーで話をしている。
 そこで、入り口近くにおいてある茸の絵本のところを眺めていると、茸の綺麗な絵に華麗なカリグラフィーで説明が書かれている本をみつけた。「Loni Parker」というオーストラリア人が絵と字を書いた、「Mushrooms A Separate kingdom」という本だ。茸だけではなく周りに描かれている生き物や植物がまたいい。値段を見ると、かなりする。しかし手元におきたい本で、買う気になってしまった。
 デスクに持っていくと、草片笑子さんが、にっこりして「ありがとうございます」と言って、差し出した本を見ると、「これは貴重な本です、綺麗な本ですし、お眼が高いですね」と包み始めた。
 「そうだ、もう、第四集がきてますわ、もし必要なら、だしますが」
 と私を見た。
 「もちろんください」
 「ちょっとお待ちくださいね」
 と、彼女は裏に入っていった。もってきたのは、紫色の風呂敷包みである。デスクの上でそれを解くと、中から、尖った茸が指のようにいくつも突き出して、ちょっと手の指のように見える、赤い茸が表紙に描かれた冊子がでてきた。タイトルは「茸の焚火」とあった。始めてみる茸で、名前は分からない。
 「これは、八王子の方が書かれたのです」
 先に買った本の袋の中に冊子も入れてくれた。なかなか面白そうだ。
 「何の茸でしょうね」聰聞くと、笑子さんが、
 「茸図鑑はお持ちですか」と聞いてきた。
 「ええ、保育社の原色図鑑を持っています」
 「あれはすばらしい図鑑ですね、先駆的なものです。同じ今関先生と本郷先生の新しい本がありますが、いかがですか、山渓のカラー名鑑で「日本のきのこ」といいます、それの改訂版が最近出たのですが、ゆえあって、半額ではいってきたものがあります。これは新しい綺麗な写真があり、素人でも茸の同定が容易です」
 実際に手にとって見た、確かに、これなら茸の名前を調べるのはいいだろう。今回の叢書の表紙の茸もすぐ判るに違いない。いい値段の図鑑だがこれならもっていてもいい。しかも半値である。それで買うことにした。
 「お買い徳ですよ、その茸ものっています」
 と、ページをめくってくれた。火焔茸とある。猛毒である。触っても皮膚がただれるという説明を見てぎょっとした。
 笑子さんが笑った。
 「本郷先生のエッセイ集も、とてもいい本です」
 私がどこにあるのだろうと見回すと、反対側の文学の方を指差した。三人の女の子たちはもう店から出ていた。行ってみると地方誌と文学のコーナーの境あたりにあった。さっぱりしたきれいな表紙である。「きのこの細道、本郷次郎」とある。めくってみると、菌類関係の雑誌に書いたエッセイをまとめたもののようだ。トンボ出版から二〇〇二年にでている。
 「本郷先生はご自分でスケッチをなさるのですけど、それはきれいなものです。保育社の図鑑の絵も多くは先生です」
 どうもその本も欲しくなった。ということで、本でいっぱいになった手提げ袋をつるして、草片書店を出ることになった。
 笑子さんが、出口まで手提げを持ってきてくれて、ありがとうございました、と送り出してくれた。
 「茸の焚火」を帰りの地下鉄の中で開いた。
 八王子の西には山が連なっている。高い山もあるが、なんと言っても有名なのが高尾山で、ミッシュランの三ツ星になってしまったことや、最近は麓に温泉まで掘られたこともあり、登山客が多すぎるほどになってしまった。
 著者はこのように書き出している。このあたりに茸の言い伝えのあることが最近でてきた古い文献から明らかになった。それを書き残したのは、その昔、隠居の身になった薬師で、高尾山の奥に居を構え、自給自足の生活をおくっていたようである。江戸時代中頃の話である。どうも、私の先祖がその薬師に命を助けられたことから、終生面倒をみていたようで、薬師の書いた日記や薬の効能書きが我が家の蔵にあったようである。その日記の中に茸の話があった。それを今のことばで書き直した。

 「茸の焚火」

 庵の周りや、林の中には、ずい分いろいろな草片がでる。春には編笠茸、絹傘茸がでて、この辺りの者は食べようともしないが、こんなに美味い草片はない。梅雨時になれば、それ相応の草片がでるし、秋はもちろん、一人では食しきれないほどの草片が採れる。
 その年は、やけに草片、これからは茸と記す、がたくさん生えた。特におかしな天気が続いたのではないのだが、いつも見ないような茸まで、身近に生えてきた。
 それにおかしなことだが、茸が、妙なことにどうも儂の様子をうかがっているようなのである。何しろ、朝起きてふと気がつくと、障子の穴から何かが覗いている。猿、鹿、鼠や栗鼠が庵にはやってくるので、そんなやからかと思ったのだが、どうも雰囲気が違う。なにやら動きが静で、あのちょろちょろした連中とはちょっと違うようなのである。
 それでは、なんだろうかと考え、もしやもすると、虫けらの連中かと思いもしたが、虫はこそこそしているが、覗いているのはもっと、どっしりとしたやつらのようである。
 そこで、どんなやつか、調べてやろうと思い、障子をぱっと開けたのだが、すーっと影のようにいなくなってしまった。ただその影は、傘の開いた茸のような形をしておった。だからのぞいているのは茸かと思ったのだ。
 昨日は少し寒く感じたが、すがすがしい秋の日で、林の中をほんの一時であるが、ぶらぶらと歩いた。ホトトギスやツリフネソウなどが咲いていて、彩を添えている。マムシ草の実が赤橙色に色づき、ぶつぶつといかにも毒のありそうな雰囲気をかもし出している。もう秋もだいぶ深まってきた。
 その日は五人の友人が集まり、句を読もうということになっていた。句を読んだ後は、恒例の酒盛りである。茸を焼いてただ食べるだけである。儂は必ずしも茸の通ではない。茸ほど怖いものはない。薬にする茸には多分に知識はあるつもりだが、食べられる茸は一部のものは分かるが、ほとんど自信がない。そこは手伝いに来てくれている、高尾山麓の宿屋、橋口屋の手代、猪吉が茸のことは誰よりもよく知っていて、我が庵の茸を取り仕切ってくれている。この男は他の宿からも茸の目利きとして頼りにされているほど、茸には精通している。もう還暦に手が届こうとする爺さんだが、儂よりはるかに元気である。橋口屋の主人がわずらった時、儂が薬を処方し、一命が助かったことから、主人がそれを恩にきて猪吉を儂の庵によこしている。正直言って、大層助かっている。彼が春は山菜、秋は旨い茸を採ってきてくれる。そればかりではなく、身の回りの細かなことを気にしてくれている。
 歩いていると、林の中の下草の間から、なにかが儂を見ている。いつも感じることだが、おそらく茸である。すべての茸がそうしているわけではないようで、いくつかのものたちのようだ。
 家に戻ると、猪吉が部屋を掃除して、客人たちを出迎える準備をしていた。
 「いつもすまないね」
 「いえ、旦那様、今日は、まさか採れるとは思っていなかった茸を馳走しますじゃ」
 猪吉は朝早く高尾の山奥に行って茸や木の実を採ってくる。
 「なんと、木の葉隠れがありましたじゃ、それに、黒皮もありました」
 「それはすごいの」
 黒皮はちょっと渋い茸で、酒に会う。木の葉隠れははじめて聞く茸だ。
 「木の葉隠れってのは、鼠茸といったり、銀だけといったり、土占地、それに冬占地ともいいますが、秋も終わりころ、枯葉の中に生えて、黒っぽい、鼠っぽい色で、あまり旨そうには見えねえんですが、これが美味い。占地どころじゃねえ、それが、先生のこの家の近くにあったのでごぜえます」
 「そりゃあ楽しみだね、いつもたいしたもんだね」
 猪吉は土間におり、竈に火を入れに行った。
 もう一時もすれば、客人たちが来るだろう、みな暇人だから、早く来て、句などよりも、どちらかというと、猪吉の作る料理にありつこうという魂胆である。猪吉は簡素だが、そのものを引き立てるいい味付けの酒のつまみを作る。酒は誰かがもってくるはずである。独り身の儂はともかく、客人たちは昼間から酒を飲んでいると、家人からとやかく言われる身分である。みな八王子の街中に住んでいて、隠居している爺さんばかりだ。彼らは、昔江戸にいた儂のところに、病を治しにやってきた連中だ。儂がこっちに庵を構えることを聞いて、大層喜び、橋口屋とともに儂を助けてくれている。
 「猪さん、今日は精太朗さんが腰を痛めているそうだが、万年茸を用意しておいてくださらんか」
 「へえ、分かりやした、量はいつもので」
 「ああ、一月分をみなにも持たせます、あの万年茸は腰だけじゃなくて、心の臓を休めてもくれるし、腎の蔵、肝の蔵にも効きますからな」
 この庵に越してきたとき、高尾の山奥で見つけた万年茸で、万能薬である。特に痛みをよく抑えるので、煎じて飲むとよく効いた気持ちになる。江戸の薬問屋にも橋口屋を通して送っている。

 昼近くになると、五人がやってきた。
 「今日は、ちょっと肌寒いが、いい天気になりましたな」
 精太朗と五兵衛は織物屋、久作と箕助は旅籠、一造は大きな籠屋の旦那だった人たちだ。隠居してしばらく経つ。江戸の大店の隠居ならばしゃれた遊びの場で楽しむこともできたに違いないが、八王子では将棋か碁か、それとも釣か湯かといったところである。最も芸枝もいないこともないが、江戸での経験のあるこの御仁たちにはちと物足りない。しかし、この五人の隠居衆はなかなか粋な連中で、句をたしなむ。同じ寺の檀家で、その寺の住職が歌や句を作ることを教えたからである。
 五人は床の上にあぐらをかくと、猪吉が茶と埋(うもれ)木(ぎ)をそれぞれの前に置いた。
 「甘いものは埋木にしましたぞ」
 埋木とは無花果のことである。庵の近くになぜか無花果の木が生えており街中より遅くに熟す。それがまた、蜜のように甘い。茶菓子にもなるほどである。
 「この無花果は何度いただいても、美味ですな」
 五兵衛は酒も飲むが、大いなる甘いもの好きである。
 「今日の題は茸にしますぞ」
 「ほう、なぜ茸を選ばれましたかな」
 久太郎が不思議そうな顔をした。茸そのものが季語である。そのままなので、季語を考える必要がなく、単純だと思ったのであろう。
 「確かに、そうですな、儂が今、茸が気になっていたので、ついつい、選んでしまいましが、二つ季語でいきましょうかな」
 二つ季語などという句の読み方はないが、ここでは季語を二つ入れた句を作ったり、お堅い俳句師なら顔をしかめるような、ちょっと変わった遊びをする。
 「それは、むずかしくなりましたな」
 精太朗が頭をかいた。蓑助と一造は庭に眼を走らせている。季語をさがしているのだろう。
 しばらくすると蓑助が口を開いた。
 「出来ましたぞ、松茸に、あおぎみゆれば、鰯雲」
 「おお、すばらしい、松茸の香りと鰯と、これまた秋の旨いものが、炭火にあぶられ香って目に見えるようだ」
 「お次はわたしだ」五兵衛が書いた紙を持ち上げた。
 「案山子殿、一本足で、茸蹴る」
 「なかなか絶妙な、案山子の一本足のたもとに、茸が生えましたな」
 清太郎が作り終えた。
 「十六夜の、占地の上で、鉦たたき」
 「おお、風流な、三つも季語が入ってますな」
 お次は一造だ。
 「ドングリの、山の中から、落葉茸」
 「ドングリも可愛いが、落ちたドングリが山になって、その真ん中から落ち葉茸が生えるなど、可愛らしい句ですな」
 「赤紅葉、白い茸の舞姿」と、久作が詠んだ。
 「いやみごと、白い茸に、赤い紅葉の葉がはら、はらと降りかかる、その様子は、あたかも、白い茸が赤いべべ着て舞うような」
 「さて儂だが、箸の先、月夜でつまむ、黒きのこ、ということで、本当なら、飲んでから読むべきものを先に詠じまいましたな、これは失礼しましたな、今日は猪吉が黒皮を採ってきましたぞ、それに、鼠茸、木の葉隠れがありますぞ、最も旨いといわれる占地で、土占地ともいいますな、さあ、飲みましょう」
 一句できれば、酒、それが、この句の会の不文律、口では言わぬが、大事な決め事となっている。猪吉はそれをよく知っていて、すぐ、緘(かん)がでてきて、焼いた占地に紫が添えられてくる。
 「おお、この酒は、中村の酒ですな、どなたがおもちかな」
 儂が尋ねると、籠屋の隠居、一造が「わしだす、うちの籠が牛沼に客を一人担ぐことになって、それで、担ぎ手に帰りに中村の酒を買ってこさせました」
 「ほお、それは結構ですな、だが、ずい分遠くまで客を運んだものだ」
 「なんでも、秋川の奥の宿までいきなすってな、しばらく湯治とのことでしたよ、商人のような格好をしていたが、あれはどこかの武家のご隠居だろう」
 「贅沢なものですな」
 久作が土占地を摘まみながら、「いや、この茸は旨い、秋川へ行くより、ここで馳走になるほうがもっと贅沢」と口元をほころばせた。
 「本当に旨い茸ですな」
 猪吉が黒皮をもってきた。
 「黒皮はこの渋みがいいですな」
 みなが口に運ぶ。
 「ところで、先生、なぜ茸が気になっておられたのかな」
 儂が茸を句の題に選んだことを、精太朗がきいてきた。
 「それが、近頃、この庵を覗いているのがおってな」
 「そりゃぶっそうな」
 「いや、何をするというのでもなさそうなのだが、それで、誰だか突き止めようとしたのだが、分からない、だが、茸の格好をしておった」
 「人ほどの大きさの、茸ですかな」
 蓑助が言うと、皆笑った。
 「いや、大きさは分からないのだがな、猿かとも思ったが違うようだ」
 「だが、茸とは先生らしくない」
 清太郎の言ったことに、五兵衛が首を横に振った。
 「いや、先生がそう思ったということは、正しいのかもしれませんな、形は確かに茸の形だったのではないでしょうかな」
 「確かに」一造がうなずいて、
 「頭に何やらをかぶった者かもしれませんぞ、茸のような影になるでしょう」というと、久作は「京の女子の笠じゃろう、菅笠じゃよ、とすると、先生にほの字の女子が訪ねてきたのではないですかな」
 ここで、みな笑った。
 「なるほど、皆さんの言うことを聞いていると、そっちの方が正しいように思えてくる」
 「そのうち、見目麗しき女子が先生のところに現れますぞ」
 「狸だな」
 ということで、笑い話になってしまった。

 句会から半月、もうかなり寒い。林の中を歩くと、それでも、茸がちらほらと生えている。八王子の街中はまだまだ秋の盛りだろうが、この庵のあたりではもう冬といってもいいほど冷たい風が吹く。天道虫などはもう家に入り込んで、寒さをしのいでいる。
 夜になると、いつものように何かが覗いている。大きさは鼠ほどのようだが、いくつも、縁の上から、障子の隙間に集まっている。月明かりがあるときなど、障子に影が映る。中に入ってくる気配はないが、なぜか落ち着かない。
 何度か障子を開けたが、さっと、そいつらは散って見えなくなる。
 庭に林からの葉が舞ってきて、だいぶ積もっている。朝、庵の前で落ち葉をかき集め火をつけた。寒くなってくると、これも日課の一つである。落葉焚は朝に限らず、気がむくとやっている。寒くなると外で体を動かさなくなる。真冬になると散歩も億劫になるので、せめても戸外で焚き火などをしないと、体がなまってしまう。
 煙が林のほうに流れていく。手をかざすと暖かいのが気持ちがよい。高尾山は冬になっても雪はそんなに降らないが、厚着をしないと空気が冷たい。まだ冬前だが、どてらを羽織らないと朝はつらい。
 林の中がなにかわさわさしている。焚き火をすると、いつもそうだ。林の中から何かが見ている。きっと、夜にやってくる連中だろう。
 落ち葉の中には唐芋がいれてある。それが朝食代わりである。薩摩芋は裏の畑で作っている。儂もやるが、猪吉が手伝ってくれるので、惣菜にはこまらない。猪吉は句会のときなどは早く来てくれるが、いつもは、昼の少し前で、昼飯の用意をしてくれる。昼にしっかりと食べるので、夜はつまみと酒だけである。
 芋ができただろう。棒っきれで芋をかき出した。いい匂いだ。少し冷ましてから食べよう。三つかき出して並べたところに、林からツツツーと、鼠のようなものが一つ、焚き火のそばまでやってきた。
 見ると黒っぽい茸だ。茸が動くはずはない。とすれば茸に似た動物か。焚き火の脇でゆらゆら揺れている。目も鼻もない。ちょっとくちゃっとした茸だ。霜降占地に似ている。
 目がないが、儂が芋を手にとるのを見ている。
 芋を二つに割ってかじった。ほくほくしていて旨い。時には芋だけではなく、拾っておいた栗も入れる。焼き栗も旨いものだ。
 芋に気をとられていて気がつかなかったが、焚き火の周りに、占地たちが集まっていた。目がないが、儂を見上げているようである。
 一体、この茸たちは、本当に茸なのか。
 ついつい、子供に話しかけるように「寒いのかい」と茸に声をかけていた。すると、傘を前に振って、頷くようなしぐさをした。みんな同時にやったので、なぜか可愛らしい。
 もう火がおわりそうになったので、落ち葉をもってくると、焚き火の上にまいた。すると、茸たちが一斉に体を揺らして、喜んでいるようなしぐさをした。
 寒がりの茸なのだろうか。夜、縁にあがって覗いていたのは、寒くて中に入りたかったのだろうか。
 林のほうから、また茸らしきものがツツーとやってきた。前に来た茸の後ろに集まった。要するに、焚き火を茸が二重に囲んだのである。後から来た茸は紫っぽい茸で、前の黒っぽい茸とは違うものだ。きっと紫占地だろう。
 後から来た紫色の占地が、前に来た黒い占地を小突きはじめた。何をしているのかと見ていると、前の列の占地に代われと言っているように見える。しばらくすると、前に来ていた占地が後ろに下がって、後から来た占地が前に出てきた。占地たちは焚き火を前にして、なんだかゆったりしている。眠そうに見える。茸がこんなに寒がりだとは知らなかった。
 今度は前に来た黒っぽい占地が紫占地を小突いた。また代われと言っているようだ。紫占地はおとなしく後ろに下がった。
 なかなかお行儀よく紫と黒の占地は焚き火で温まった。儂は落ち葉を集めてきて、くべてやった。そうすると、茸がみんなでお辞儀をする。御礼を言っているようだ。
 そこへ、林の中から、黄色っぽい茸がつつーっとやってきた。峰占地のようだ。黄色の占地は後ろに並ばなくて、いきなり一番前に割り込むと、焚き火の前で陣取った。前からいた黒と紫の占地が、黄色い占地を小突いた。怒っているようだ。だが、黄色い占地はどこうとしない。紫の占地が黄色い占地に体当たりした。黄色い占地は紫の占地を押し返した。そこに黒い占地が紫の占地に加勢して、黄色い占地にぶつかった。その拍子に、黄色い占地が焚き火の中に転がった。黄色い占地はあわてて起き上がろうとするが、滑って起き上がれない。そのうち黄色い占地に火がついちまった。黄色い占地は炎のように真っ赤になって起き上がると、焚き火から飛び出し、紫占地に襲い掛かった。
 乱闘がつづき、いくつもの茸が焚き火に落ちた。すると、火が付いて、真っ赤な炎のような形になり、相手の茸に襲い掛かった。どの茸も焚き火に落ちると赤い炎の茸になった。何がなんだか分からない状態になって、みんな真っ赤な炎の茸に変わり、ぶつかり合った。
 儂はどうしたらいいかわからなかったが、ともかく「やめなさい」と大声をだした。
 占地たちはその声に驚いて、動きを止めた。
 「仲良く、焚き火に当たりなさい」
 赤い炎の形になってしまった茸たちは、おとなしく焚き火の周りを囲んだ。
 「占地に戻らないのかい」
 ときくと、赤い炎の形になった茸は頷いた。
 「もう、食えない茸になったのだな」
 赤い炎の茸は頷いた。
 「火焔茸という名前をやろう、焚き火にあたりにきていいが、仲良くするのだぞ」
 そう諭すと、火焔茸はぞろぞろと林にもどっていった。
 こうして、毎日、焚き火の前に、火炎茸がやってくるようになった。
 あるとき、朝早くやってきた猪吉が焚き火の周りにいた火炎茸をみつけた。
 「旦那様、変な茸ですな」と手を伸ばして火炎茸をつかんだ。すると、猪吉が「あちちち」と火炎茸を放り投げた。
 猪吉の手が焼け爛れた。
 「てえへんだ」
 猪吉は手を水に浸した。儂はあわてて火傷の薬を猪吉の手に塗った。この薬も儂が作った特効薬だ。火傷はすぐなおるだろう。
 「あの茸は猛毒のようだ、触ってこのようになる茸は他にはない、気をつけてくださいよ」
 「へえ、もう、絶対触りませんで、恐ろしい茸だ」
 「火焔茸というのだよ、占地に火が付いて、毒茸になってしまったのだ」
 儂は焚き火にあたっている火炎茸に、
 「今年、焚き火に十分当たって温まりなさい、めったに地上に出てきてはだめですよ」そう言い聞かせた。
 こうして火炎茸は生まれたが、めったに生えることはない。しかし、生えた時には、人は触らぬように気をつけなければならない。

 その薬師の日記はそう書いてあった。火炎茸の由来である。火炎茸は珍しい茸でめったに生えることはない。しかしキャンプ場や公園の切り株の周りに生えることがある。人懐っこ茸であるのは薬師の焚き火が恋しいからだろう。
 2013年八王子に珍しく火炎茸が生えた。保健所が駆除をしたそうである。動物のような茸でもある。

 私は語草片第四集の表紙の絵を改めて見た。火焔茸である。話の上で元は占地だったことを知った。
 数日後、連絡を取り、八王子に出向き、筆者に会った。室井さんという。
 高尾山口からタクシーで二十五分ほどのところにその家はあった。そのあたりの地主さんで、アパート経営や商工会議所の役員をしている人だ。そのうち市議になるつもりだということだった。茸の好きなまだ三十になったばかりの若い人である。父親が亡くなり、あとを継いだばかりのようである。
 昔ながらの大きな敷地を持つ屋敷で、蔵もあった。そこにその日記があったのだという。
 客間に通され、母親が茶を運んできてくれた。
 「火焔茸の由来が面白く書かれていますね」
 私はそう切り出した。彼は年のわりには落ち着いた口調で話す人だった。
 「ええ、面白いと思います、それを書いた医師は、薬の専門的な知識も書き残していますが、あのような話も沢山残しています。日記には古文書にあったような書き方がされていましたが、おそらく、その老人が書いたものと思います。きっと物語を書くのが好きだったのでしょう」
 「室井さんもお好きなようですね」
 彼は顔を赤らめながらうなずいた。
 大学時代には、小説なども書いていたそうである。子供のころから高尾山で遊んでいたこともあり、茸については詳しかった。
 それから茸について色々な話をした。
 「ともかく、面白い話でした、文章がよみやすかった」
 と言ったら、ずいぶん喜んでいた。
 帰りの京王線の中で、あの話は室井さん自身が書かれたのではないかと思った。

茸の焚火―茸書店の物語4

茸の焚火―茸書店の物語4

茸書店の出している小冊子。今回は焚火に集まってくる茸たちのエピソード

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-01-29

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