欲しがり

 毎日眺めてしまう。彼れがあったら好いのにな、此れがあったら好いのになって。すてきにディスプレイされている新しいものが、ひどく魅力的に見えてしまう。きれいにうつった写真をみて、もし此れが手元にあったなら自分の生活も一変するだろうなと勘違いしてしまう。たとえば、おようふく。このふくを買えるわたしは、とても価値があるんだ、と先ず思う。そして、このふくを着て生活しているところを思い描く。散歩をしたり、或いは家でコーヒーを飲んだり。それはとても素晴らしい光景で、きらきらしていて、自分でさえないみたいで、心地が好い。優越している。でも、だいたいは判っているんだ。判っているつもりではいるんだ。そういうのは、あんまり長くは続かなくって、ひと月もしたら別のものを憧憬している。
 わたしは常に何かを欲しがっている。欲しいって、なんだろう。足りないってことなのかな。足りないって、なんだろう。埋めなきゃいけない穴があるのかな。そういう隙間は、いったいどこから生まれていくんだろう。
 わたしは其れを、ちゃんと判っているときもある。でも、何故だかちゃんと忘れてしまう。忘却をすると、また隙間が生まれる。それで、埋めたくなって、足りなくなって、欲しくなる。そうしたら、手に入れて、満たされて、穴が埋まる。埋まったら、最後に、やっぱり思い出してしまう。忘却したことを、思い出してしまう。
 じつは、買うことより、棄てることのほうがよっぽどむずかしい。棄てるっていう行為もさながら、生まれた思い出や時間をならべて、ととのえて、手を離しても好いのかなっておそるおそるやらないといけないのが、考える以上にわたしのからだから力を奪い去ってゆく。そして、じつは幸せって自分が幸せだと思えばすぐに手に入るらしい。でもそれに満足できなくてじたばたすると、やっぱり思っている以上に消耗してしまう。
 物事はじつは単純で、でも其れに従うにはひとの心は余りにも複雑だとおもう。わたしの抱えている問題もすごくこんがらがっていて、でも或る側面ではとてもまっすぐだったりするみたい。欲しがり、は、辞めることができないけれど、ととのえる、は、すこしずつやったらいいのかもしれないな。でもそれを始めるにはまず、自分をととのえてからのほうが好くって、そう思ったらだんだん眠くなってきたから、そっと灯りを落とすことにした。考えごとは遠くにいってしまい、しずけさが、夜のあおといっしょに寝息をたてた。

欲しがり

欲しがり

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-01-27

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