歯車仕掛けのこどもたち

菜月進(なつきすすむ)

 店へ入るなり、店主のクレイグが近づいてくる。
「待ってたぜジャック。あんたに買って欲しいものがあるんだ、見て行ってくれよ」
「なんだいきなり」
「とびきりの商品を入荷してね……顔をしかめるなって、絶対に気に入る、保証するよ」
「分かったから落ち着け」
 クレイグに案内され、オレは店の奥の倉庫へ入った。中には表に出していない高価な機器やロボットが丁寧に仕舞われている。
「買って欲しいのはこいつだ、可愛いだろう」
 差し出されたのは、幼稚園児か小学校低学年ほどの体格にデザインされたロボット。クレイグの言うとおり顔は可愛らしく、綺麗に作られている。しかし他の部分は安っぽく、外装に至っては合成繊維どころかカーボンですらなく、プラ素材で作られていた。
「ただのホビーロボットに見えるが、どの辺がとびきりの商品なんだ」 
「ここさ」
 ロボットの頭部を開けると、中には人間のものと思しき脳が入っていた。俺は思わず身を引く。
「まさかこいつ」
 クレイグはしたりといった顔でロボットをなで回す。
「そうよ、元人間だ。七歳の可愛い可愛い女の子だったんだが、両親に売られてな。改造ムービー撮影の犠牲になった。動画を撮られた後はロボット娼婦として何十人って男に抱かれてる」
 オレは生唾を飲み込んだ。そんな年齢で強引に機械化され、小さな機械の身体で男の欲望を受け止めてきたなんて……そそるじゃないか。
「この顔は生前のままか?」
「ああ。改造ムービーに出てくる生前の姿、そのまんまだぜ」
「保護はされなかったのか」
「人格が欠けてるらしくてな、死亡扱いになった。埋葬される予定だったが、解体業者が金ほしさに横流しして、ウチに流れ着いたって訳だ」
 オレはロボットの手を取った。プラスチックの手、脆い手触り。安価に済ませるためロボットの外装に樹脂を使うこと自体は珍しくないが、一言で樹脂といっても多くの種類がある。触れば分かる、こいつに使われてるのは塩化ビニルですらない。スチロール樹脂、安いプラモデルと同じだ。
「何でこんな脆い素材を使ってる、水商売に使われてたんだろう。抱きしめたらそれだけで折れるんじゃないのか」
「娼館では破壊プレイをさせるなら、脆くて安価な素材のほうがいいのさ」
 壊すためにあえて、そういう設計もあるのか。オレは改めて少女を見る。部品はどれも標準規格で、修理しやすいよう作ってある。しかしメーカーや製造時期はバラバラ、動けばいいという程度の雑な調整しかされていない。小柄だからいいようなものを、大人の骨格でこれをやったら、歩くだけで壊れるのではなかろうか。
「所持がバレれば刑務所行きだな。なぜ、オレに勧めた」
「お前は口が堅い。それに幼女趣味だし、サディストでもある」
「悪徳商人め。いくらだ?」

◆◆◆

 改造ムービーは少女を裸にするところから始まった。
「いや! やだあ!」
 大人たちに取り押さえられ、少女は絶叫する。裸になり、取り押さえられ、薬で強引に眠らせられる。生身の身体を再利用するため、脳と脊髄、頭蓋骨だけを綺麗に切除し、残った身体はストレッチャーで運ばれていった。切り取られた脳と脊髄はカプセルに入れられ、プラスティネーションされる。腐らぬよう細工した上で電極や回路が取り付けられていく。頭蓋骨は細かく解析され、人間だったときの顔が再現された。
 脳と脊髄は金属とプラスチックに覆われ、一つの部品。組み立て済みの身体に納められ、配線で繋がれていく。信号を発しているらしく、接続される度に機械の身体が小刻みに震える。新しい身体が受け入れがたいのか、脳に取り付けられたランプは激しく点滅していた。
「ぴぴ、ぴ、ぴ……」
 人間の声にしては人工的で、機械言語にしては曖昧な、人間と機械の中間のような声。スピーカーという喉を得た少女が出しているのか、外部AIによるものなのか。オレは所有するマスコット型ロボットのエクセルを呼び出す。
「エクセル、なんと言っているか分かるか」
「警告、致命的なエラーが発生しています。直ちに停止してください……と、言っています」
「なるほど。エクセル、隣に座って通訳してくれ」
「はい、マスター」
 機械の身体になったばかりの少女は自発的な発言が出来ないらしく、取り付けられた回路が発するシステムログばかりを口にした。組み立ては進み、少女の姿は見知った、オモチャのようなプラスチックの外観に変化していく。組み立てが終わったところで画面が暗転した。少女の意識は最後まで戻らなかった。
 場面は変わり、台の上に寝かされた少女が映し出される。相変わらず言葉は話さず、機械言語だけを発している。
「ぴぴぴぴぴ、ぴぴ、ぴぴぴ、ぴ……」
「許して、ごめんなさい、苦しい、助けて……と、繰り返しています」
「エクセル、少女の意識が戻ったのか?」
「文脈から知性を感知できません、意識の有無は不明です」
「そうか」
 しかし、慣らし運転が済んで調子が上がってくるころだ。意識を取り戻しているかもしれない。
 動画は進み、少女の頭脳にケーブルが接続される。画面越しでは何の作業をしているのか分からない。しばらくして、少女は起き上がった。モーターの音と平行して、ぎゅっぎゅっという、プラスチックをこするような音がする。
「ぴぴ……ぴ、あ、あ」
 機械言語から人間の声に切り替わる。少女は動画外の人間に乞われるまま、自己紹介を始めた。
「わたしわ、アオ。ロボット、です」
「お前が作られた目的はなんだ」
 アオというロボットに命令しているのは加工された聞きづらい声。機械によるものなのか、人の声を加工しているのか判断が付かない。
「わたしが、作られたのは」質問に対して、アオはゆっくりと答える。「人間に娯楽を提供するためです」
「お前は何歳だ」
「七歳です……ぴぎぃ!」アオに外部からプログラムの修正が入る。「製造されてから、三日目です」
「お前は人間か」
「はい、人間です……うああ!」再び、外部から修正を受ける。「アオは、人間を元にしたロボ、っと、違っ、あああああ!」アオの両手が持ち上がる、頭を押さえようとしているのかもしれない。「アオは、ニンゲンでは、ありまセン」
 身体のあちこちが震えている、誤作動を起こしているのだ。乱暴すぎる修正が脳の許容量を超えている合図……なんて下手な改造なのだろう、内蔵する回路に思考修正の機能を付けていないのか? こんなことをすれば健康な脳でも障害が残る、人間性は残っていないと判断されてもおかしくは無い。
 質問する声が変わった。ということは、人間の声を加工しているのだろう。
「アオちゃんのお父さんは誰かな?」
「アオのおとうさんは、は……にゅうううう! イ、いま、せん。アオはロボットだから、おとうさんは、いません」
「お母さんは誰かな?」
「おかあさんはぁああああ! ぴぴ、ぴぴぴ、ぴい!」変調が深刻になっている。「イマセン、アオは、ロボット、だから」
「おうちはどこかな?」
「おうちは、おうち……ぴぴぴぴぴぃ! い、ません。ロボットにおうちは、ありません」
 やりとりが続くと、少女の反応に変化が見られた。
「アオちゃんは誰が好き?」
「アオはロボットだから、好きなんてありません」
 自分をロボットだと定義し、質問に対して、はじめから存在しないと答えるようになった。しかし、今回の質問は悪かった。
「おあああ! にゅっ! うにゅううう!」
 質問した女は語気を強める。
「アオちゃんはロボットだから、人間が好き。そうでしょ?」
「ぴぴ、ぴ……はい、アオは、人間さんが好きで、ぴぴぴぴ、ぴいぃい! ぴ、が……人間様が、好き、です」
 こんな無茶をしてよく脳が持ちこたえている。子供の脳は成人より経験が少ないから容量が大きいとは言うが、それにしたって、これは無茶だ。
 記憶の修正作業は終わり、改造ムービーは人間とのセックスに移行した。興味を失ったオレは立ち上がる。
「マスター、動画をご覧にならないのですか」
「ああ、もういい」
「では、隣で通訳を終了しますか?」
「終了する」
「了解しました」
 エクセル……BD-XLのロボット然とした対応が心地よい。本人もロボットらしい振る舞いを心地よく思っているのだろう。そうで無ければ、過去の自分を思わせる通訳を嫌がるはずだ
 エクセルのように自ら進んで人間性を消していけば、元人間であっても、完全なロボットになることは可能なのだろう。

「エクセル、サポートを頼む」
「はい、マスター」
 充電を終えたアオの初起動。暴走しないよう、システムをエクセルに制御させる。プラスチックで作られているためか、モーターの音がよく響く。目を開き、少女はオレと目が合った。
「コードネームアオ、起動しました。マスター登録がリセットされています、登録を行ってください」
 機械的な声、システム音声だろう。
「エクセル、アオのマスター登録は可能か」
「しばらくお待ちください、システムフォーマットの解析が出来ていません」
「準備が出来たら教えてくれ。アオ、今の状態で人間との会話は可能か」
「はい。アオは人間様と会話出来るよう作られています」
 口パクと音声が合っていない。こんな基本的な調整も受けていないのか。
「マスター、登録準備が出来ました。網膜、声紋、指紋での登録が可能です」
「すぐに手続きしたい。エクセル、頼む」
 エクセルの操作でアオは立ち上がり、両手を広げた。
「マスター、アオを正面から抱き寄せ、声をかけてください」
 オレはしゃがみ、アオの小さな手を握り、瞳を見つめながらつぶやいた。
「オレはジャック・レヴァフ、アオの新しいマスターだ」
 アオは小刻みに震え、微笑んだ。
「登録完了です。マスター、ご命令を」

◆◆◆

 オレはアオに「自発的に行動すること」「室内で過ごすこと」「充電量を二十パーセント以上で維持すること」だけを命じ、観察した。最初はしつこく「ご命令はありませんか」と言っていたアオだが、二日三日と過ごすうち、聞きに来なくなった。
 四日目、オレは家を空けた。出張の依頼があったからだ。家へ戻ると、アオはエクセルと向かい合っていた。
「ぴぴぴぴぴぴぴ」
「ぴぴ、ぴぴぴ」
「ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴぴ」
 機械言語で話している、人間の耳では何を言っているか聞き取れない。オレはエクセルを呼んだ。
「何を話していたんだ」
「アオが命令を求めていたので、マスターの命令を守るコツを教えていました」
「そんなものがあるのか、初耳だ。オレにも教えてくれないか」
「マスターの命令をシミュレートすることです」
 前もって、オレに命令された場合を考えるのか。人間がやったらストレスで病んでしまうだろう。
「命令をシミュレートか、勤勉なことだ。人間にもそれくらいの勤勉さがあればいいんだがな」
 エクセルはオレの足に抱きつき、頬を寄せる。
「エクセルもアオも、ロボットとしてははみ出しものです。人間らしさを、人間の作ったプログラムでごまかしながら動いています。マスターが受け入れてくれること、必要としてくれること……それがあるから、ロボットであり続けられるのです」
 エクセルは時々こうして甘えてくる。アオと違い、エクセルは望んでロボットになった。姿も人間では無く、頭身の低いマスコット型を選んだ。それ自体には満足しているという。だが、生身を完全に失っても、自分の中から人間性が完全に消えることはないのだそうだ。それがとても怖いと、彼女は言う。
「アオは望まず機械に改造され、人間では無いと認定された。二人の境遇は違うと思うが?」
 エクセルは腕をほどいて離れた。
「マスターの発言は合理的です。当機の行動はマスターへの不信を連想させるものでした。以後、同様の思考プロセスを行わぬようプログラムを修正します」
「任せる」
 もう少し話したかったが、それはロボットでありたいと願うエクセルに失礼だと思った。オレはアオを呼ぶ。
「マスター、お呼びですか」
 アオが嬉しそうにしている、そう感じた。プログラムされているとはいえ、アオの中身は幼い子供だ。命令が無いのは、退屈なのかもしれない。オレは椅子に腰掛けた。
「命令だ、オレの膝の上に座れ」
「かしこまりました」
 アオを膝の上に乗せる。まるでオモチャの人形だ、耐久性は家電に劣るのではなかろうか。
「命令だ、黙ってオレの話を聞け」
「はい、マスター」
 アオの頭に手を乗せ、なでる。
「アオはいい子だ。真面目だし、我慢強い」
 アオに反応はない。
「無理矢理改造されて、怖かったろう。辛かったろう。なのに、マスターの言うことを聞いておとなしくしている。偉い、本当にいい子だ、こんなにいい子を見たのは初めてかもしれない」
 アオに反応はない。
「今までよく我慢した。改造手術も我慢したし、嫌な命令も我慢した。エッチなことだって、ずーっと我慢した。これからは我慢しなくていい、マスターと楽しいことをいっぱいしよう」 
 アオの表情に変化はないが、頭部が発熱しているような気がした。カバーを開けてみると、脳のランプが激しく点滅している。
「アオ、命令だ。望みをいいなさい」
「アオ、は……」
 アオの電脳は火花を放ち、停止してしまった。負荷が大きすぎたようだ。
「あおハ、ろぼっとデス。あおハ、ろぼっと、デス」
 目のレンズが開き、同じ言葉を繰り返している。早めに修理しないとまずそうだ……仮にも人間だったんだぞ、どうして中身までこんな脆い設計にしたんだ。

◆◆◆

 アオの修理が無事終わり、二週間ほど経った。アオは膝の上に乗せておくと命令をねだらなくなると分かり、今では暇があれば膝の上に乗せている。幼い子供がオモチャみたいな身体で膝の上に乗るのは心地よい。猫を膝に乗せる人間はこういう心理なのかもしれない。
「マスター、エクセルの報酬が振り込まれました」
 エクセルはオレの助手をしつつ、独自にも仕事をしている。彼女はロボットでありながら、ロボットのプログラムを書いている。そのプログラムは正確であると、概ね好評だ。その報酬の使い道は決まっている。
「分かった、部品を取り寄せよう。アオ、膝の上から降りなさい」
「はい、マスター」

 その日の夜。オレは大小様々な工具を揃えて作業場に入った。作業台の上にはエクセルが乗っている。ウサギのような耳、短い手、大きな足を投げ出して大の字に寝ている。
「マスター、エクセルは悪いロボットです。お仕置きしてください」
 オレはエクセルの身体を万力で固定し、プライヤーで強引に外装を引き剥がした。
「ひぎい! ま、マスター!」
「知ってるぞ、こんな程度で満足しないことはな」
 下半身のモーターの電源ケーブルを切断し、その上で切断したケーブルを掴み、思い切り引っ張る。バチバチ、ブチブチと嫌な音を立てながらケーブルが出てくる。エクセルはそれに苦しみながらも、どこか嬉しそうな表情をしている。
「中身まで完全に機械じゃないか。こんな身体で人間らしさを語る傲慢な機械人形、元の鉄くずに戻してやろう」
 エクセルの頭を開き、電子頭脳に直接ケーブルを繋ぐ。
「マスター! わた……ボク、ボクにはもう人間の記憶は残ってません。ただの浅ましいロボットです。どうかボクを、思うまま滅茶苦茶に壊してください」
「人間に命令できるとは、いつからそんなに偉くなったんだ、ロボットってヤツは!」
 オレは動作に影響しない出来事についての記憶、エピソード記憶を古いほうから削除した。これでエクセルは、よりロボットに近くなる。彼女がいうとおり、人間だったときの記憶は全て消されている。それでもなお、人間の心が残るからと言って、彼女は記憶を消されることを望む。彼女が言うには、記憶を消されるのは独特な感覚で、頭の中を引き抜かれるような感じがするんだそうだ。
「あああああ! ボクの、大事なものが、消されていきます! マスター、助けて!」
「助かりたいなんて発想、誰にプログラムされたんだ? 消えたと言っているが、本当は人間性が残ってるんじゃないか?」
「違う、残ってません、ボクのプログラムは全部マスターが……」
 オレはペンチを手に取り、電脳のコンデンサーを掴んだ。
「本当か? 隠してるんじゃないか? 例えば、この中とかなぁ!」
 コンデンサーを引き抜くとショートした回路が破裂し、嫌なにおいの煙を噴いた。
「いぎっ! ぴ、が……え、エラー、エラー」
「電子頭脳から部品をひとつ引き抜かれただけで壊れるなんて、脆いもんだよな、ロボットってのは!」
「ぴゃあ! キュ、グギュ……」
 燃えた回路を引き剥がすと、エクセルは停止した。電脳の中は滅茶苦茶になっているだろう。
「さて」
 オレはエクセルと部屋のコンピューターを繋ぎ、大急ぎで制御した。停止できる部分は可能な限り早く、安全に停止させる。火元になる電源の供給も停止し、電脳全てが壊れてしまわぬよう、大急ぎで修理をする。
 エクセルは自分が稼いだ金で、自分の修理用パーツを買う。そしてオレの手で意識が停止するまで壊され、停止した後修理する。
 はじめは、人間だった頃の名残を消すための作業だったが、エクセルは自身が壊れることに快楽を感じるようになったため、今のようにするのが習慣になった。オレはエクセルに助けられているし、大切にしたいとも思っている。毎回壊して修理するのは大変だが、彼女のことを思えば、嫌ではない。エクセルは人間だったとき、アオより少し大きいくらいの、まだまだ小さな子供だった。歳は覚えていないが、十歳未満だったことは覚えている。そんな頃から機械になりたい、ロボットになって人間に使われたいなんて発想をする辺り、壊れた子供だったのだろう。そんなロボットを好んで所有するオレも、人としては十分壊れているんだろうが。
「マスター、何をしているんですか」
 気がつくとアオがいた。そういえば、入ってくるなとは命令しなかった。
「今、エクセルと交友を深めているんだ」
「こうゆうとは、なんですか?」
「仲良くなるって意味だ。オレはエクセルと長く生活したいと思っている、エクセルもオレの元で働きたいと思っている。だからお互いが仲良くなれるように、努力しているんだよ」
 アオは停止したエクセルをしばらく眺めてから、オレに向き直った。
「マスター。アオも、マスターと仲良くなれますか?」
「努力次第だな」
「わかりました、努力します」

◆◆◆

エクセルとは対照的に、アオは人間らしさを取り戻しているように見える。自分から話すことが増えたし、笑顔も見せるようになった。自分から催促できるようになった点は、特に評価できるだろう。
「マスター、膝の上に座りましょうか」
「ああ、頼む」
 アオはオレのためと思っているらしい。可愛いじゃないか、大人を思って尽くす子供の姿には胸を打たれる。それだけに、二度と人間社会に戻れない身体に変わってしまったことを気の毒に思う。
「アオはいい子だ、すごくいい子だ」
「はい、マスター。マスターのためなら、わたしはいい子になります」
 脳が慣れてきたはずだ、そろそろ大丈夫だろう。
「アオ、命令だ。望みをいいなさい」
 膝の上のアオが振り返る。
「わたしは、マスターと交友を深めたいです。そのために、わたしを壊して欲しいです。エクセルのように、電子頭脳から部品を抜き取られたりしたいです」
 そうきたか……エクセルとのあれを見られたのはまずかったな。
「アオ、お前の脳は半分以上が生身なんだ。部品を抜き取ったりしたら修理できなくなってしまうぞ」
「アオの脳の一部は、電脳に作り替えられています。主要部分も電脳にしてしまえば、エクセルと同じです」
「今のままでは不満か?」
「不満はありません。ですが、叶うなら、マスターと交友を深め、今よりもっと幸せになりたいです」
 かわいいアオ、膝の上に座るアオ、カメラの瞳で真っ直ぐ見つめてくるアオ。こんな子供にそんなことを言われたら、我慢できないじゃないか。オレの本性は悪なんだぞ。
「可能だが、手術はすごく苦しいし、電脳化した部分は元に戻せない。それでもいいのか?」
「はい。マスターと仲良く、ずっと一緒に居られるなら、アオは何をされてもいいです」
 オレの良心は崩れ、邪悪な欲望が剥き出しになる。

 店へ入るなり、オレは大きな声を出す。
「クレイグはいるか! 欲しいものがある!」
 オレの大声が珍しかったのだろう。クレイグは見たことの無い速さで店先に出てきた。
「なんだなんだ、大ごとか?」
「ああ。電子頭脳転換手術用の道具と集積回路が欲しい、用意できるか」
 クレイグは顔を近づける。
「大きい声で言うな、バレたらヤバいんだぞ……あるにはあるが、何に使うんだ。そもそもお前、そんな難しい手術ができるのか?」
「外科的な部分はエクセルにプログラムしてやらせる。使い道は、例の横流しロボットだ」
 クレイグは納得したようだった。
「なるほど、生体脳はもう限界か。焦る気持ちは分かるよ、今用意する」
 本当は違うが、誤解してくれるなら話が早くて助かる。オレは電子頭脳用に必要な他の部品を見繕い、クレイグから受け取って大急ぎで家に帰る。

 準備していたら夜になってしまった。オレは作業台にアオを固定し、施術の準備をした。アオの電源は落とさない、これはオレのわがままだ。アオの最後の部分が機械に変わる、その瞬間を、その反応をなんとしても見たかった。
「エクセル、こっちの用意は出来た。そっちは?」
「もう少し待ってください、精密アームの動きに制御が追いついていません」
「ミスは出来ない、制御は完璧にしておけ。アオ、気分はどうだ」
「緊張、しています。変ですね、ロボットが緊張するなんて」
 無理も無い、アオには無理矢理改造されたときの記憶が残っている。プログラムで押さえ込んでも、恐怖が表に出てしまうのだろう。
「マスター、調整完了です。いつでもどうぞ」
「よし、アオの生体脳に残ったデータを移行する。生体脳は回路に癒着させ、補助コンピューターとして残す。深層のデータを残しておかないと、アオの人間性が戻りにくくなるからな」
 作業が始まると、アオが苦しみ始めた。
「にゅううう! ま、マスター……報告、します。重要なデータが、抜き取られていきます」
「アオ、命令だ。データの抜き取りに協力しろ」
「はい、ますたー……きょ、きょう、協力、します」
 アオが素直なおかげで、作業は順調だ。プログラムで動くよう改造された生体脳を電脳に置き換えられるのは、どんな感覚なのだろう。失神するような苦痛だろうか。それとも、それと分からないうちに終わってしまうものだろうか。
「アオ、苦しいのか?」
「アオは、ろぼっとです。だから、苦しいなんて感じません」
「論理プログラムの出す答えに興味はない。今物理メモリーにある、発生理由が不明なデータの中から、苦しいというデータを摘出しろ」
 アオは泣き顔のまま、素直な感想を口にする。
「苦しいけど、前よりも苦しくない……データには、そう出ています」
 アオは乱暴な方法で洗脳された分、プログラムへの依存度が大きいようだ。それならそれでいい、アオには悪いが、苦痛に歪む顔をたっぷり味わわせてもらおう。
 手術は進み、電子頭脳への転換手術に入った。アオの感情は不安定だが、主導権はプログラムに握られているようだった。
「はああああ! ますたー、電源を、落としてください……いやあああ!」
「許可できない、電源は落とすな」
「あああああ! は、はい、ますた、あ」
 思考を司っていた生体脳は電子頭脳に役割を渡し、人間の名残をとどめるためだけの記憶デバイスになる。苦しくない訳がない……だからこそ、オレは興奮する。一度機械に改造され、道具として使い倒された少女に、オレはトドメを刺す。アオは、オレを恨むだろうか。狂気に浸っているオレに一切の注意を払わず、エクセルは手術を続ける。作業が複雑で処理に余裕が無いだけかもしれないが、同じ手術を受けたことのある身として、思うところはないのだろうか。
「エクセル、話せるか?」
「タスクに影響が出ます、簡素な質問でお願いします」
「オレは酷い人間だと思うか」
「回答するには容量が不足しています、もっと簡単な質問にしてください」
「アオは、オレを恨んでると思うか」
「いいえ」
「根拠は?」
「ご自分で確認してください」
 オレは、今まさに電子頭脳を組み立てられているアオに顔を近づけ、質問した。
「アオ、オレが憎いか?」
「ぴぴ……い、い、え。好き、です」
 意外な答えだ。アオのようなプログラムは嘘が苦手だ。極限状態で世辞が言えるとは思えない。本当に、オレを好いてくれているのか。
「アオ、望みはあるか」
「い、いいい……」
「いい?」
 目のレンズの絞りが焦点を合わせ、アオがオレの顔を見た。
「いいこだねって、にゅうううう! いい子だねって、言って、ほしいです。今まで見たいに、いやあああああ! あっ……いいこだね、って……いってくれる、なら、わたしは、なんでも……」
 目のレンズが開き、反応が無くなった。電脳が耐えきれず、停止してしまったようだ。
「エクセル、手術は順調か」
「予定通り進んでいます」
「アオが停止してしまったが、原因は何だ」
「過負荷です」
「なら仕方が無い。作業を続けよう、メインが電子頭脳に移行すればオレの分野だ」
 かわいい、小さなアオ。よく見ると、身体の外装があちこち溶け落ちていた。プラスチックが熱に耐えきれなかったのだろう。愛されたい、か。親に売られたって話だったな。いいこだねって言葉が、そんなに気に入っていたのだろうか。
「マスター、報告です。高負荷の処理が終わりました、作業しながらの会話が可能です」
「質問だ。アオを見て、何か湧き上がる思考はないか」
「報告すべき思考演算は発生していません」
「報告に値しない、些細な思考を報告しろと言っている」
 エクセルは少し間を置いた。複雑な感情で言葉を詰まらせたのか、単に処理に詰まったのか、オレには判断が付かない。
「わたしとアオは、幸運なロボットだと思いました。マスターはわたしをロボット扱いし、アオをロボットであると同時に、人間の子供としても扱っています。それは、望みを持たないわたしたちに適しています。幸せ、と言ってもいいと思います」
 幸せか、オレのような身勝手な人間に幸せを感じるとは、なんて都合の良いロボットたちだ。使うオレからしてみれば、思い通り過ぎて最高に心地が良い。
「報告ありがとう、エクセル。この関係が続くことを願っているよ」

 改造を終え、アオは再び動き始めた。思考回路が生体脳から電脳に変わっての最初の再起動だが、思ったよりは調子よく動いているようだ。
「ガギュ……ます、たー。あおは、再起動、しました」
「アオ、よく手術を耐えた。お前は我慢強いいい子だ。お前がオレのところに来てくれて、本当に嬉しいよ」
 アオが笑顔を見せる。
「ますたーは、うれしいん、ですか?」
「ああ、とても嬉しいよ。調子が戻ったら、また膝の上に乗ってくれるかい?」
「はい、ますたーがお望みなら、わたしは、がんばります」
 アオが不完全な人間性が心地よい。考えてみれば、オレもアオもエクセルも、不完全で壊れた知性体だ。同類、と言っていいだろう。哀れな破綻者が集まって、互いに慰め合いながら暮らすのは、幸せなことなのかもしれない。

歯車仕掛けのこどもたち

歯車仕掛けのこどもたち

裏ビデオ撮影のために機械に改造されてしまった幼い少女「アオ」と、自ら望んで非人間型ロボットに改造され、自分の電脳を破壊する「エクセル」。 所有者のジャックの視点から見る、人間でもロボットでもない少女たちのお話をグロテスクに描きます。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
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