いつかのための習作①
装飾の無い文章の羅列。それを聞くことには当然慣れているし、寧ろ装飾された文章を発声する者ほど怪しい。しかしそれを読むことには人は案外慣れていないのかもしれない。
若き小説家は今、ある文芸誌主催の新人文学賞の受賞作を読み終えたところで、その剥き出しの文章の波にさらわれ呼吸が浅くなっている。快楽な水死。
などという評文を脳裏に書き連ねたところで、その書いた評文を両の手でグシャグシャにしてポイ。6畳間を黒が侵食し始めていた。
「夜の色は黒色でしか表現できないのでしょうか?」と先生に質したら「私はもう黒い夜なんて覚えていないよ」と先生は応えた。若き小説家はこのやり取りを脳裏にではなくスマートフォンのメモ帳に残してある。
ここまで書いてスマートフォンのアラームが鳴った。小説家は上書き保存アイコンをクリックしてパソコンをシャットダウンした。
いつかのための習作①