遺失物

茫洋とした海には名前のないものたちが
縷々と揺蕩いながら波に攫われていた

訥々としたぼくらの浅い語り口では
掬った先から溢れて何も残らなかった

救った先から零れて

燃え尽きる恒星の火も
満ち欠ける衛星周期も
消えた彼女の足跡を辿るには覚束なくて

面影は吐息のように
水に浮かぶ写真のように
記憶の囚獄に漫ろに影を落とした


荒涼とした街には形のないものたちが
千々に彷徨いながら「帰るよ」を待っていた

荒唐無稽なぼくらの浮いた語り口では
摑んだ傍から離れて二度と触れなかった

摑んだものから失くしてしまう

時間は沙のようにやおらに残影を掻き消してしまう
光は夢幻のように朧な残映を遺して


縹渺とした空には命のないものたちが
楚々とした佇まいで銀河を航っていく

自然の枠から外れて

筑前煮の温かさも
金木犀の花の香も
消えた彼女の輪郭をなぞるには十分すぎて

漏れ落ちる光芒のように
夜半に空いた穴のように
記憶の囚獄に虚ろな偶像を描いてしまう

時間は沙のように
光は夢幻のように

遺失物

遺失物

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2021-01-25

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