夢分析シリーズ 第十夜
この作品をもって夢分析シリーズは
最終話となります。
あれは、いつ見た夢だろう?
どうかお楽しみ下さいませ。
夢分析シリーズ 第十夜
第十夜
「オレンジピンクの髪の女の子」
堀川士朗
「ほら。あの人、大皿料理を何品か頼んで、外のテラス席に持ち込んで、道行く人に店には内緒で安く売りさばくつもりなのよ」
中華屋「桂林厨房飯店」の店先。
演劇のワークショップを終えて知り合いになったショートカットのその子は僕に忠告した。
彼女は黒いワンピースを着ている。
僕より10歳くらい年下だ。
名前はまだ知らない。
「やだわね、そういうのは」
「うん。浅ましいね」
僕は知り合ったばかりで名前も知らないこの女の子と結婚した。
新婚だし親には紹介していない。まだ。
新婚旅行はなんちゃらキャンペーンを利用してローマに行った。
真実の口に手を入れたらなんか奥の方から午後午後午後と声がした。
大嫌いなノムラの声に似ていた。
トレビの泉にも行ってみたけどコインが上手く入らなかったし、泉からは明らかにプラスの方のイオンが出ていた。
結局ジェラートとかは食べなかった。
もちろん心配事はたくさんあって、例えば僕は10歳くらい年下のこの子よりも確実に早く死ぬ。
そしたらこの子はどうするんだろうな。
新しい恋に突き進んでほしいな。
悔しいけれども。
ああ。
この子には前にどこかで会ったような気がしてならない。
その時は先に逝ってしまった僕の妹だったような気もする。
「あのさあ、お兄ちゃんは早く来ない方が良いよ」
妹の名前は何だったっけ。
あれはいつ見た夢だっけ?
しかしそれ自体が僕の記憶の掛け違いなのかも知れない。
「ごめんね今日は出来ないの」
「え」
「生理になっちゃったみたいなの」
「ああ」
「それに今日はすごく疲れてるの」
「そうか。おやすみ」
この子は、今僕が置かれている何となくただぼんやりと家畜みたいに生きている状態を打破してくれるような感じもするしそれは全くの気のせいかも知れない。
何せ名前も知らないしな。
それから僕らふたりは僕の記憶の部屋をたくさん巡った。
僕はその部屋のひとつひとつを解説しながら案内した。
「さあ着いた。このボロい部屋が僕がバイトで大工をやっていた時に使っていた待機部屋。次の部屋が中学の時の漫画研究会の部室。机のどれかに僕の名前が刻んであるはずだよ」
「どれなの?」
「忘れた。まあいい。行こう。次の部屋は多分おしとやかな女子がいっぱい通う街の図書館に繋がっているはずだよ」
あれはいつ見た夢だっけ?
思い出と記憶のエスカレーターで地下に降りながら。
僕らふたり。
恋するふたり。
「今小説を書いているんだ」
「どんなの?」
「『夢分析』っていうタイトルの少し不思議な夢をテーマにした連作だよ」
「そう。今度読ませてね」
「今度っていつさ?」
長い長いエスカレーターに乗って降下していく。
僕らふたり。
恋するふたり。
あれはいつ見た夢だっけ?
「今度っていつさ?」
「百年後よ。百年後なんて一瞬だわ」
「うん」
「待てる?」
「うん」
「書ける?」
「うん」
手を繋ごうとしたけどしなかった。
太陽は出てるんだか出てないんだかよく分からなかった。
いつの間にか夜になっていた。
どこからかミルクセーキの匂いも漂ってきた。
何の意味もなく見つめ合った。
お互いにとても優しく。
次第にこの子の髪の色が鮮やかなオレンジピンクへと変わっていった。
ああ。これだ。
ああ。これなんだ。
「もう百年はたっているのよ」
「そうだね」
僕らふたりはまだまだ下の階に降りて行くつもりだ。
記憶の繋がりのある部屋へと、彼女を案内してあげよう。
彼女の名前はまだ知らない。
これはいつ見た夢だっけ?
「君の……」
「え?」
「君の名前は何ていうんだい?」
「……。ティナよ」
目が覚めた。
白い部屋。
The End
夢分析シリーズ 第十夜
この作品を最後までご覧頂いたみなさまに感謝したいです。
ありがとうございました。
次回作は四月中旬頃発表予定です。
しばらくお待ち下さいませ。
またよろしくお願い致します!
(^o^)